アイスエルフ救出作戦～欺瞞と踊る

■リプレイ

●小休止
「雑草食は慣れたモンだが、さすがに攻性植物の拠点で生えてる草食うわけにゃあなァ……。食いもん持ってきて良かったぜ」
　スコープを覗き、軋峰・双吉（黒液双翼・e21069）は懐からチョコレートを取り出し、囓る。
　既に一度戦闘を離脱し、消耗した体に染み渡る。
　暫しの休息は索敵を兼ね――思い返すはただ愚直な白百合騎士団の面々。
　レリを信じ、男を厭い。自身の戦いが正しいと――アイスエルフのための行いでもあると信じて従っていた彼女達。
「全く……姫自らアイスエルフが裏切る口実を作って如何するのです」
　藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）が嘆息した。
　仮に甦らせてもらった恩義はあれど――親しきものと言葉も交わせぬとなれば、不満が出ても当然であろう。
「――彼女らの掲げる理想はご立派だが、女性の地位向上の為に男性を蔑ろにして良いという主張は俺は好まないね」
　隙なく周囲を警戒しつつ、ナザク・ジェイド（甘い哲学・e46641）は一刀両断する。
　無論、その理論を築き上げるに至る相応の過去があるのだろう。
　だがそれを他者に強要すれば、こうして綻ぶ。
「それでは彼女らの嫌う、女性に決定権を与えない男性達そのものではないか」
　あまり共感できないね、という彼の意見は――彼が男性ゆえ、では無いだろう。
「王女自ら戦っていることは評価できるとしても……」
　前を確り見つめる青い瞳が瞬きひとつ。アトリ・セトリ（仄暗き深碧の棘・e21602）の肩で、キヌサヤが身を伸ばす。
「まったく余計なお世話だな」
　肩を竦め、ハンナ・カレン（トランスポーター・e16754）は笑みを浮かべた。
　彼女達は自らが男に劣ると思ったことなど、恐らく殆どないだろう。同時に――支配者として男の権利を奪おうとも思わぬだろう。
「なんであれ、敵の邪魔が出来るのは喜ばしいことです」
　ラーヴァ・バケット（地獄入り鎧・e33869）の声に合わせ、兜より零れる炎が揺れた。
　デウスエクスの企みを掻き乱し頓挫させることを楽しむ彼にとっては、この種の作戦は――実際の戦闘も含め、実に愉快。
　救出より此方のほうが『性』にあっているのだ。
「お、あそこに丁度良い団体さんだ」
　レヴィン・ペイルライダー（秘宝を求めて・e25278）が額に上げていたゴーグルに触れ、唇に笑みを刻む。
「宜しく頼むよ」
　そう仲間と愛銃に告げ、ゴーグルを下ろす。
　意気揚々な仲間の様子に、櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）はのんびりと頷く。
　彼は地球育ち、日本育ちのエルフ――同朋なんて感慨も無いが、と跳ねる赤茶の髪をくしゃりと撫ぜながら。
「まあ叶うなら愛しい者にまた会いたいという願いは万国……万星？　そこそこ共通なんじゃないかね」
　だから、力になってやろうと。
　それに景臣は首肯する。黒髪が彼の横顔に掛かる。
「――永遠に離れ離れになってしまうのは耐え難い程に、寂しいですから」

●奇襲
　恐らく白百合騎士団の面々は、木々の隙間を駆け抜けて、一気に攻め込んできたケルベロス達に心底驚いたことだろう。
　先陣を切ったのはナザク。
　騎士達の視界を無数の花弁が覆って奪う。ゆらり、はらりと幻想めいた光景を打ち破る――白銀の一閃。
　それはひとりの騎士の肩を砕き、後ろへ吹き飛ばす。しかし、彼自身は騎士達の中心で無防備に取り残される。
　否、その背後より伸びし多節鞭――千梨が翻した扇より放たれた御業の尾が、踏み込もうとした彼女達を打ち据える。空気が凍え、氷の煌めきが白く残る。
「派手に気を引くんじゃなかったか？」
「派手だろ、ナザクが」
　ナザクが口の端を僅かに上げ振り返れば、柔らかな笑みで千梨は応える。
　状況を把握した騎士の一人が、皆を庇うように突出してくる。女性故にやや小柄とはいえエインヘリアル、覆い被さるような圧がある。
　彼女が手にする星辰の剣が、さてその刀身が輝きださんとした時だ。
「べつに殲滅突破してしまっても構わんのだろう、でございます？」
　炎をゆっくり吐き出して、ラーヴァはケルベロス達に冗談とオウガ粒子を向けた。
　敵には言葉通りの意と捉えて貰って結構、ただ、この面子なら達成できそうな気もするが――同意に不敵な笑みで応え、ハンナが覚醒の輝きの下を金の髪を踊らせ駆る。
「先ずは軽く行こうか」
　一見、彼女の軽やかな拳の乱打は頑丈な鎧の前に、然程の効果を与えぬが――畳み掛けるグラビティの滞留は、如何なる鎧で身を纏おうと無意味と変える。
「この程度で私が怯むか――！」
　彼女は気付かず。そして、気付いた時には、遅く。
「――お静かに」
　景臣が深く、踏み込んでいた。
　彼の振るう刃はゆるりと。それでいて接触の瞬間は一瞬。
　斜めに走った幽き焔が騎士の身を縛る間もなく――彼女は均衡を失って地面に転がった。衝撃の儘、言葉を失い、苦悶すら漏らさなかった。
「ケルベロスめ……！」
　騎士が怒りを顕わに身構えた。苛烈な攻撃の気配を前に、邪気を払う羽ばたきでキヌサヤが援護する。
　次いで溜めなく放たれたアトリの祝福の矢を背に受け、ゴーグル越しにレヴィンが笑う。
「お前ら全員、そこを動くな！！」
　リボルバーが限界まで一気に回る。目にも止まらぬ早撃ちで、彼は次々と麻痺弾を叩き込む。
　出鼻を挫かれるも、騎士達は守りの姿勢で堪えきり、すかさず攻勢に転じる。
「お前達、援護しろ！」
　騎士の一人が声をあげると槍を手に地を蹴る。その足元で星座の力が輝く――雷纏う槍の突進に、ハンナが応じる。ハンマーを短めに振るうことで素早い一撃にタイミングを合わせる。
　そこへ、奥から植物が凄まじい勢いで喰らいつこうと飛び出す――前を、黒い影が遮った。
「おや、隠れていましたか」
　藤色の瞳を細め、景臣が躊躇わずに左腕を差し出し誘導すると、すかさず此咲を閃かせる。
　別の方角から幾つも伸び上がった蔓は、アトリが鎌を薙いで片付けた。それでも僅かに難を逃れた蔓が、彼女の肩を捉えようとする。
　其れを緩めたのはキヌサヤの風。邪気を退ける力が、彼女の動きに合わせて、蔓を落とした。
「正面四人、奥に三体、横に二体――か。半分囲まれてるぞ、気をつけなァ！」
　戦場に鋭い視線を送りつつ、双吉がスイッチを押せば、カラフルな爆風が戦場を掻き乱す――傷を癒やし、仲間を鼓舞するものだが、同時にケルベロス達がそれぞれに躍動すれば、簡易な目眩ましと働く。
「了解。頼りにしてるよ、ナザク」
「……サボるつもりじゃないだろうな？」
　すっと紫の瞳細めた友人に、か弱い俺の分まで頑張ってくれるだろう、と千梨が嘯けば。
　そいつはどうだろう、とナザクは微かに首を傾げながら――武器へと呪詛を載せ、鋭い一撃を敵へと放ったのだった。

●追撃
　攻性植物の部隊の援護を受けながら、対峙する白百合騎士団の騎士達であったが――彼らにとっては然程の脅威でもなかった。
　数分もすれば部隊は瓦解し始め、それこそラーヴァの言葉通り、殲滅して突破も不可能では無い。
　だが、これとほぼ同じ部隊が数分おきに駆けつけてくる。
　先に余所の部隊と戦った時と同じ状況なので、今更驚くことでもないのだが、
「なにぃ！？　新手か！」
　わざとらしく声を上げ、レヴィンは大仰に飛び退いた。
　足元に迫るは大地と融合し、のたうつ植物の根。やがて広範囲に竹槍が次々と飛び出して来るのが足場を奪い、厄介だった。
　深く腰を据えた騎士が、重力を宿した剣を振り下ろす。剣風に髪を踊らせ、アトリは体を捻りながら軽やかに跳躍し、虚の力を宿した刃で斬り返す。
　剛剣に消された彼女の分身を再度与えながら、双吉がぎろりと騎士を睨む。
「俺も来世は美少女になんだから、男だからって嫌わないで仲良くは――」
「ならば今すぐ死ね」
　騎士はけんもほろろに、天に向けて槍を蹴り出す。
「……できねぇかっ」
　世知辛い――間に入った景臣がひっそりと困ったような笑みを湛えながら、槍を蹴り飛ばして軌道を変えた。
「ま、来世に期待しな」
　同じく無数の槍をハンマーで弾きつつ、ハンナが雑に励ます。
　傍ら、ラーヴァが笑いながら全身で弦を引く。ギリリ、強靱なそれが限界まで張り詰める音が不穏に響く。
　そして、隙を見、接近せんと影から飛び出した攻性植物へ、燦と降り注ぐ灼熱の滝。
「我が名は熱源。余所見をしてはなりませんよ」
　彼の身の丈を越える機械仕掛けの脚付き弓が放った鋼鉄の矢は焔そのものとなり――帯びていた呪いごと焼き尽くす。
「しかし、エルフを追うためには、これ以上足止めを食らうわけにはいきません」
「ああ――無駄な消耗は避けたいからな」
　至極自然な返答を返しつつ、千梨が緋色の地に、黒い葉の影が落ちる扇をゆっくりと上げた。
「繰る糸は、糸桜か糸薄。或いは哀しき、業の糸」
　御業で紡いだ半透明の糸を差し招き――彼の仕掛けた密かなる陣に、騎士が踏み込む。
　細かく糸が震えるような音がどこからともなく響き、赤み帯びた輝きが彼女の周囲に『何か』が張り巡らされていることを報せる。
　それが消えても尚――幽玄の檻は消えぬ。自らの体が儘ならぬ状態に戸惑う彼女へ、撃ち込まれるはレヴィンの早撃ち。
　無造作だが卓越した技倆に裏打ちされた一撃は、騎士の眉間を貫いた。須臾、傷口から氷がぱきりと音を立てた。
　銀糸靡かせ、ナザクが杖を振るう。今にも解放の時を待つ雷が、その白い貌を青く照らす。
「我々の行く手を阻むものは容赦はしない」
　冷徹な声音と同時、雷を奔らせる。
　帯状に広がった雷撃が、後方の攻性植物を貫く――焦げた竹の芳香が漂う。
「おのれ！」
　翻弄されるが儘の状況に業を煮やした騎士二人が、槍を正面に構え地を蹴った。
　それとは易からぬ体躯の差がある――予め逃避に徹していない限り、双方向から同時に繰り出されるそれは――目視は出来ても、回避は間に合わぬ。
「間に合いやがれッ！」
　双吉の黒鎖が地に魔法陣を描く。
　重ねた加護と、刀身を盾にしながら前に出た景臣の胸部目掛け、雷纏う渾身の槍撃が交差する。
　彼は柄に刃を当てながら、身を倒しながら加速した。共に、焔が走る。
　肩と背が熱を持ったが、無視して潜り抜け――至近より、応酬の一閃を。
　もう一体の前に飛び込んだハンナが彼の背を庇うように素早い蹴りを放つ。直接槍を蹴り上げて撥ね除けると、同時に星型のオーラを叩き込む。
「もうお疲れか？」
　半身で振り返ったハンナが片頬を上げて問えば、
「ええ、老骨には堪えますね」
　などと穏やかな笑みで景臣が諧謔を弄し、失った体力を奪うべく地獄の炎弾を紡ぐ。
　捕食せんと顎を開いた植物から逃れ、キヌサヤが高々と舞い上がる――羽ばたき、ケルベロス達に加護を送る。
　更にアトリも共に戦線を支える皆へ、風を繰る。
「緩やかなる恩寵を…！」
　癒しの力を纏った微風が、傷の熱を奪い、心身共に静穏さを取り戻すような優しい力。
　一方で、隙はない。銃弾と共に放出された蔓を軽やかに躱すと、直ぐに地を蹴り、敵の間を縫うように駆った。

●欺瞞の撤退
　徐々に互いの陣形が入り乱れ、とって引き返すのは容易にゆかぬ程度に深く斬り込みつつあった。
　常に撤退を意識していても、本気の戦いに興じているのだから、仕方が無い。
「くそ、数が多すぎる……！」
　合図宜しく、銃を構えたレヴィンが発すれば、
「そろそろ、潮時かもしれませんねぇ」
　ラーヴァが同意を示す。二人の意見に、双吉は鋭い眼光で戦場を一瞥した。
「そうだな――」
　冷静な判断を下そうとは思っている。だが、胸の裡に熱を帯び始めた暴力衝動が――まだまだ戦えると哮る。
　疲労の蓄積がそろそろ気になるところだが、未だ無理が利く範囲だ。
「いや、マズいだろ」
　自身に言い聞かせるように、彼は零す。開戦からそろそろ十分ほど経過しようとしている――更なる増援部隊が近づいてくる気配がある。
　戦いを継続するならば、舞台を移すべきだ。
「……仕方ない。ここの突破は諦めよう」
　表情は変わらず――しかしやや伏せ目がちに、千梨は自身を庇うように扇を持つ腕を巻いた。
　眼前の騎士を御業ががっしりと掴み、動きを阻む。
　そこにナザクが飛び込んだ。
　彼は無数の花弁の中、夢を絶つ一撃を放ち。友と背を合わせる。
「ならば俺達は道を作ろう。任せていいか」
　ああ、と。穏やかな笑みの気配を互いに察して、別れる。
　殿を務めようという悲壮な覚悟を決めた――相手はそう見てくれるだろうか。
　敵影を縫う疾風となりて、アトリが密集する敵陣から抜け出す。
　その勢いを身に載せ、くるりと返したかと思うと、後ろ回し蹴りから暴風を起こす。空より滑空し爪を振るったキヌサヤが、着地した彼女へ腕を伸ばそうとした攻性植物を裂いた。
「ハンナさん！」
「おう――無理すんなよ」
　千梨の背に声を掛けて、ハンナは立ち塞がる攻性植物に連打を放つ。
　畳み掛ける乱打の力は弱ったそれを打ち砕き、倒れ込んだのを踏みつけに、彼女は別の個体についでの一蹴り喰らわせた。
　怯んだそれを見やり、かっと双吉が目を見開く。
「本願投影。シアター、展開（オン）ッ!!」
　ブラックスライムを霧状に展開し、スクリーンを作り出す。
　それに投影されるは、フワフワしたピンク髪をツインテールに束ねたアイドル然とした美少女。
　相手の趣味嗜好は関係なく、彼女の『かわいらしさ』は本能レベルの庇護欲と油断を招く――このグラビティの誘引力は抗いがたく、攻性植物といえど釘付けである。
　その背後で暗に双吉が鎖を振り上げている。
　不意を突く致命の一撃――竹の割れる小気味よい音を立てて、更に一体が地に崩れ落ちる。
「道は作ったぜ！」
　退路は出来た――その報告にレヴィンが安堵の溜息を吐く。
「よっしゃ、おっかない騎士さん達とは、さっさとおさらばしようぜ」
　及び腰にじりじりと後退しつつ――ゴーグルの奥の瞳を輝かせ、レヴィンは砲撃形態に変じたハンマーを構えた。
　追い縋る騎士に、強烈な砲撃を。胸にめり込んだ一撃に、息を詰めた瞬間。
　鋼の矢が雨あられと降り注ぐ――。
　にやと笑う代わりに、ラーヴァの頭部の炎がごうと燃えさかる。
「実にたのしい」
　敵の邪魔をするのは――。
　言外のそれに薄く笑い、さあ退きましょう、と景臣が千梨の横に並ぶ。
　呼び掛けながら――体勢としては白刃を敵に向け、今にも斬りかかろうとしている。
「置き土産に、こんなものは如何でしょう？」
　藤色の瞳をすっと細めて、景臣は笑む。
　突如として桜吹雪が吹きつける。紛れる白刃の閃きに、自身を庇うような姿勢をとる騎士もあらば、美しい光景に忘我と立ち尽くすものもある――だが、いずれも結果は同じ。
「……くッ、正気に戻れッ！」
　仲間に斬りかかってきた騎士を叱咤し――或いは幻から醒める間に。

　果たして、ケルベロス達は姿を消し。
　別の場所で再び騎士らを翻弄せんと、駆けるのであった。

作者：黒塚婁	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年4月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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