アイスエルフ救出作戦～大阪城の虜

■リプレイ

●一身是胆
　大阪城周辺、攻性植物の占領区域と人類の居住区域との緩衝地帯――かつては普通の住宅街であった場所を八人のケルベロスが歩いていた。
　先頭を堂々と行くは竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ（絶望請負人・e02470）。先陣を切っているからといって、べつにリーダーを気取っているわけではない。むしろ、その立場は囮に近い。男を敵対視する第四王女レリの軍団を引きつけるべく、男らしい所作を殊更にアピールしているのだ。
「……む？」
「現れましたね」
　足を止めたアジサイの横にレプリカントのウルトレス・クレイドルキーパー（虚無の慟哭・e29591）が並ぶ。
　彼らの視線の先には十幾つかの人影（といっても、人ならざるものだが）があった。白い甲冑を身に着けたエインヘリアルの女たちと、奇妙な武器を携えた竹型攻性植物の兵士たち。
「ケルベロスか！？」
「情報通りだな……」
「ここから先へは行かせんぞ！」
　女たち――白百合騎士団が声をあげ、身構えた。竹型攻性植物たちも戦闘態勢を取ったが、こちらは無言だ。
「今、『情報通り』って言いましたよね？」
　と、小声で仲間たちに確認したのはオラトリオのイリス・フルーリア（銀天の剣・e09423）。
「うん。言った、言った」
　エマ・ブラン（銀髪少女・e40314）が頷いた。彼女はヴァルキュリアではあるが、過去の記憶がないため、エインヘリアルに対して思うところはない。心の中の大部分を占めているのは、敵の大物と戦えるかもしれぬという期待。
「つまり、敵はアイスエルフさんたちの偽情報を信じてるってことだよねー」
「さすが、レリだわ。ピュアというか、おつむの出来が大雑把というか……」
　何度もレリと戦ってきた青葉・幽（ロットアウト・e00321）が敵を威嚇するかのようにアームドフォート『Pterygotus』のスラスターを吹かした。
　その後ろでスウ・ティー（爆弾魔・e01099）が――、
「さて、派手にいこうかい」
　――黒い円柱形の爆破スイッチ『Happy』を押すと、敵の前衛陣の周囲で小さな爆発が連続して起こった。不可視の浮遊機雷を散布するグラビティ『悪神の狡知（トリックスター）』が発動したのだ。
「おう！　いくぞぉーっ！」
　アスファルトを砕かんばかりの勢いでアジサイが足を踏み出し、爆発音に負けじと大声を張りあげた。これもグラビティだ。ダメージを与え、危機感を抱かせて動きを鈍らせる『龍ノ大筒』。
　咆哮と爆発音の二重奏が消えると、爆竹が炸裂するような連続音が戦場に響いた。竹型攻性植物が銃器らしきもので反撃を始めたのだ。
　騎士たちもゾディアックソードを振り、ある者はゾディアックブレイクを叩きつけ、ある者はゾディアックミラージュを放ってきた。
「デュフフフフ。盛り上がってきたでごさるな」
　エドワード・リュデル（黒ヒゲ・e42136）がアームドフォート『Stuka』の火砲を操作し、制圧射撃で応戦した。肩を小刻みに揺らして笑いながら。今回の作戦の目的が陽動であることはよく判っていたが……いや、陽動だからこそ、彼は心から楽しんでいた。
「攻めの戦いは大好きでござるよぉ。好きなだけ暴れることができるでござるから」
「敵も遠慮なく暴れるでしょうけれど……おっと！」
　ゾディアックミラージュのオーラの一端を食らい、ウルトレスが眉を微かに顰めた。
「重い一撃だ。伊達に騎士団を名乗ってないな。だが――」
　口調を変えて、肩にセットしたガトリングガンを騎士の一人に向けるウルトレス。
「――あんたらのような強敵のおかげで、オレらは鍛え上げられてきた」
　ガトリングガンが唸り、何十発もの銃弾を騎士に撃ち込んでいく。
「銀天剣、イリス・フルーリア！　参ります！」
　連射音に自らの叫びを重ねて、イリスが飛び出した。
「光よ、かの敵を束縛する鎖と為れ！」
　空から幾条もの光が差し、イリスが手にしている喰霊刀の刃に集まった。
　その間に攻性植物の放った種子のような銃弾群を食らったが、イリスは怯むことなく走り続け――、
「銀天剣・玖の斬（プラタシェロ・カディナ）！」
　――ガトリングの標的となっていた騎士に喰霊刀の一太刀を浴びせた。刃の光が鎖状に変じて騎士に絡みつき、動きを封じていく。
　少し遅れて、別の光がイリス（だけでなく、他の前衛も）の体を染めた。
　千手・明子（火焔の天稟・e02471）のオウガメタル『磨上無銘』から放出されたオウガ粒子である。
「この前の大阪都市圏防衛戦ではアイスエルフの女の子たちに随分と厳しいことを言っちゃったのよね。その分、今回は地球の女の底力ってのを出さなくちゃ」
　イリスたちが粒子群にヒールされる様を見ながら、明子は述懐した。
　そして、その視線を騎士たちに移した。
「清く、正しく、美しく！　可愛く、賢く、優しく、優しく、うんと優しく！　それがわたくしのモットーよ！　やまとなでしこの強さ、かっこよさ、可愛さ、可憐さ、よーく見ていきなさい！　……って、そこ！　変な顔しない！！」
　視線がまた仲間たちに戻った。
　いや、仲間の一人であるアジサイに。
「あ、すまん。顔に出てしまっていたか。わははは」
　睨みつけてくる自称『やまとなでしこ』に豪快な笑いを返しつつ、アジサイは敵めがけてロックオンレーザーを放った。

●一騎当千
　ケルベロスたちの苛烈な攻撃によって、一人また一人と倒れていく騎士と竹型攻性植物。
　その数が最初の半分ほどになった時、状況が大きく変化した。
　十人ほどの援軍が現れたのだ。
「やったー！」
　敵が増えたにもかかわらず、エマが歓声をあげた。
「期待通り、大物がかかったぁー！」
　そう、援軍の中には『大物』がいた。
　レリである。
「また、貴様らか……」
　幽にスウにエドワードなど、見覚えるのある面々を前にして、眉間に少しばかり皺を寄せるレリ。
　だが、すぐに気を取り直して、肩をそびやかした。
「大攻勢に出た思い切りの良さは誉めてやるぞ、ケルベロス。しかし、詰めが甘かったな。貴様たちが襲撃してくることを我々は知っていた。だからこそ、こうして事前に強固な防衛線を築くことができたのだ」
　レリの口元に笑みが浮かぶ。補助輪なしの自転車に乗れるようになったことを親に報告する幼子のごとき、自信と自慢の笑み。
　どうやら、この姫はまだ気付いていないらしい。自分たちが陽動作戦に乗せられているということに。
「なぜ、貴様たちの動きを知ることができたと思う？」
「さっぱり、わからないよー」
　レリの問いに対して、スウが首を横に振ってみせた。わざと棒読みで反応したのだが、揶揄の意図は相手に微塵も伝わっていないだろう。
「では、冥途の土産に教えてやろう。貴様たちのところから逃げ出したアイスエルフの女たちが教えてくれたのだ」
「うわー、それはびっくり」
　またもや棒読みの皮肉で応じるスウ。
　もちろん、レリには通じていない。
「助けたつもりのアイスエルフに見限られたことにも気付かず、貴様たちはのこのこと攻め込んできたというわけだ。飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ！」
「一寸の虫にも！」
　と、アジサイがいきなり吠えた。『龍ノ大筒』の咆哮。
「五分の魂です！」
　イリスが後を引き取り、バスターライフルからゼログラビトンを発射した。
　続いて動いたのはエドワード。『Stuka』からロックオンレーザーが次々と発射され、レリとその周囲にいる者たちへと伸びていく。
「『冥途の土産に云々』というのは死亡もしくは敗北フラグですから、口にしないほうがいいでござるよ」
「ほざけ！」
　三種の攻撃によるダメージをものともせずにレリは地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
「どんなに強がろうと、貴様たちが我々の策にはまったという事実は変わらん！」
　怒号とともに振り下ろされた大剣がアジサイの肩を斬り裂く。
（「策にはまったのは、そちらなんだが……」）
　心中で呟きながら、ウルトレスがヒールドローンを展開した。
「ドヤ顔で『我々の策』とか宣ってるけど――」
　明子が手刀に地獄の炎を乗せ、ブレイズクラシュを叩きつけようとした。
「――襲撃に備えて守りを固めただけでしょう？　そんなものは策のうちに入らなくてよ！」
　レリは素早く身を躱した……が、躱した先で爆発が起きた。スウの遠隔爆破だ。しかし、レリがダメージを受けることはなかった。騎士の一人が身を挺して庇ったのである。
「余計なことをするな！」
　自分の代わりに傷ついた騎士をレリは怒鳴りつけた。
「戦場で散るのも武人の誉れ！　しかし、私の盾となって死ぬことは許さん！　忠義を示したいのであれば、なによりも己が命と矜持を守れ！　それは私の命を守ることと同じなのだからな！」
「はい！」
　と、声を揃えて答える騎士たち。だが、彼女たちは今後も自らの命を省みることなく、レリを守ろうとするだろう。可能な限り。
「レリ王女ってば、部下に恵まれてるねー」
　エマがフローレスフラワーズを舞い踊り、前衛の仲間たちを癒した。
「そうね。でも、上司には恵まれてない……というか、上司を見る目がないのよね」
　幽が紙兵を散布し、同じく前衛陣を癒した。
「貴様……なにが言いたい？」
　レリがぎろりと睨みつけてきたが、幽は動じることなく、睨み返した。
　そして、声を振り絞って、怒りの言葉を叩きつけた。
「『アンタは救いようのない大馬鹿野郎だ』って言いたいのよ！」

●一以貫之
「言葉に気をつけろ、ケルベロス！」
「レリ様を愚弄することは許さんぞ！」
　騎士たちがいきりたち、次々とケルベロスに襲いかかってきた。
「青葉殿は愚弄などしてないでござるよ。ただ、バカをバカ呼ばわりしただけでござーる」
　火に油を注ぐかのようにせせら笑いながら、エドワードが制圧射撃で応戦した。
「そうよ！　アンタは本当にバカ！」
　幽がレリに指をつきつけた。
「黙れぇーっ！」
　騎士の一人（レリを庇ったあの騎士だった）が怒号し、気咬弾を放ったが――、
「黙るものですか！」
　――明子が幽の前に立ち、盾となった。
　気咬弾を受けた傷口から血飛沫が上がる。だが、その血は赤一色ではなかった。黄金の輝きが交じっている。数度目のメタリックバースト。
「少しばかり口は悪いが、青葉の話を聞いてくれんか？」
　明子の放出したオウガ粒子を浴びながら、アジサイがロックオンレーザーを発射した。
　その科学の光線群の中には魔法の光線が一条だけ紛れていた。イリスのペトリフィケイションだ。
　それらを浴びて傷だらけになっていくレリを指さしたまま、幽は言った。
「アンタ、いつまでハールのことを盲信しているの！」
「盲信などしていない！」
「思い切りしてるでしょーが！　リザレクト・ジェネシスでアイツがなにをしてたか知ってるの！？」
「知る必要はないし、知ったところでなにも変わりはしない！」
　レリは大剣を横薙ぎに振るい、幽を含む後衛陣に斬撃の疾風をぶつけた。
「レインボーブリッジで初めて戦った時、貴様らは私が部下のサルベージを企んでいると根拠もなく決めつけ、糾弾してきた！　そして、今はお姉さまを盲信していると決めつけている！　まったく、なにも変わってないな！　命に限りある種族のくせして、成長もできんのか！」
「決めつけるもなにも、盲信しているようにしか見えないわけだが……」
　ウルトレスがヒールドローンの群れをまた放った。
　それらに守られながら、幽はレリに詰め寄っていく。
「母島での会談で『手を汚しても構わない』とかなんとか言ってカッコつけてたけど……アンタの本当の望みはなに？　虐げられてる女の子たちを救うことでしょ！　ハールが王位に就いたとして、本当にそれが果たせるとでも思ってるの？」
「一朝一夕に果たせるとは思っていない！　だからこそ、私は会談において『そのための第一歩』と言ったのだ！」
　レリも負けじと詰め寄った。
「女の身でも王座に着けるという前例をつくれば、エインヘリアルの女たちの地位を向上させることができる！　そして、その実現に最も近い場所におられるのがお姉さまなのだ！　故に私はお姉さまに協力するし、お姉さまが王座を諦めれば、袂を分かつ！」
　見方によっては、ハールとレリは対等な関係なのだろう。ハールはレリを野望のための武器として利用し、レリはハールを理想のための御輿として利用している。ハールのほうが何枚も上手ではあるが。
「もし、仮に……あくまでも仮の話であり、そんなことは絶対にあり得ないが……お姉さまが王になった後で女たちを虐げるようであれば、私の手でお姉さまを排斥して王座を奪う覚悟もある！　これでも、まだ盲信と言うかぁーっ！？」
　大剣が再び薙ぎ払われた。見切りが生じて（怒りのあまり、レリともあろう者がそんな基本的なことまで忘れているらしい）命中率が低下しているにもかかわらず、幽は回避することができなかった。
　もっとも、回避するまでもなかった。
　アジサイが盾になったからだ。
　その巨躯が蒸気に覆われた。エマのガジェットから噴出された『スチームキュア』。
「うん。やっぱり、盲信だね」
　と、アジサイの傷を蒸気で癒しながら、エマはレリに言った。
「そう、盲信です。ハールではなく――」
　イリスがバスタービームを発射した。
「――自分の目的を盲信しています」
「ならば、盲信で結構！」
　真正面からビームを受けながら、レリは叫んだ。
「世界をより良きものにしようという目的を盲信して、なにが悪い！」
「あーぁ。開き直っちゃったよ」
　呆れ顔で呟きながら、スウが『Happy』を操作した。
　レリがまもたや大音声を発したが、『悪神の狡知』の爆発音がそれをかき消した。

　数分後、怒れるレリの猛攻の前にイリスが力尽きた。
「おっと！　大丈夫、イリスさん！？」
　と、イリスの背中が地につく抱きとめたのは明子。
「こいつぁ、そろそろ潮時かな？」
「うむ。もとより、一チームだけで勝てる相手ではないからな」
　スウとアジサイが言葉を交わした。
　当初は、白百合騎士団の幹部を狙う複数のチームと行動する予定だったのである。だが、敵の防衛線が広い範囲に展開され、各幹部も距離を置いて行動している（そうでなければ、ここに幹部の更なる援軍が来ていたかもしれない）ことが察知されたので、別行動を取ることになったのだ。
「では、名残り惜しいが、撤退するでござるか。いやはや、楽しい時間とは早く過ぎるものでござるな」
　エドワードが敵を牽制しつつ、後退を始めた。他の者たち（イリスはアジサイに抱きかかえられた状態で）も走り、あるいは翼で舞い、それに続く。
　彼らを見るレリの目は怒りに燃えていた。『盲信』という発言をまだ許していないのだろう。
　しかし――、
「追うな。皆の手当てが先だ」
　――勢い込んで追撃しようとする部下たちを押しとどめた。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年4月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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