アイスエルフ救出作戦~宝物庫のコギトエルゴスム

作者:沙羅衝

 大阪城内に取り込まれた、宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつで、エインヘリアルの第四王女レリは、同じく宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつを拠点とする、第二王女ハールとの間で回線を開き、情報を交換していた。
 議題は、当然、ケルベロスへの対策である。

『ケルベロスの襲撃の情報が欺瞞情報の可能性があります。アイスエルフの忠義を確かめる為にも、男のアイスエルフを復活させ、前線に配置しなさい』
 このハールからの指示に、レリは、
「男のアイスエルフこそ、裏切る可能性が高いでしょう。ケルベロスの迎撃は、信頼できるものだけで行うべきでしょう」
 と答え、白百合騎士団による防衛すべきだと意見を返す。
 ハールは、何度か注意を重ねた後、
『砕かれたグランドロンの『破片』が、再び揃おうとしています、その前に、大阪城の『破片』が失われる事だけは無いように、心して守り抜きなさい』
 と念を押し、通信を切る。
 この通信の後、第四王女レリは、グランドロンの警護として、騎士団の後方支援を担う蒼陰のラーレと、戦力としては期待できないアイスエルフの女性達を残すと、騎士団主力を率いて、ケルベロスの迎撃へと出陣したのだった。
 
「みんな、アイスエルフの説得、有り難うな」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、そう礼を述べた。ケルベロス達は、先の戦い『大阪都市圏防衛戦』で、多くのアイスエルフを説得、救出する事に成功したのだ。絹はその事を喜びつつも、でも、と話を繋げた。
「その事はめっちゃ嬉いねんけどな、でも実は救出出来たんは、女の子だけやったんや」
 絹の言葉に事情を知っているケルベロスは頷く。
「知ってる人は知ってる状況やと思うねんけどな、女の子だけやったんは、その現場に女の子しかおらんかったからや。どうやら、エインヘリアルの第四王女レリは、男性を信用してないみたいでな、アイスエルフの男性はコギトエルゴスムのまま、グランドロンの宝物庫に閉じ込められているみたいや」
 ケルベロス達の反応は様々だったが、それほど意外なことでもないだろう。
「んで、今回救出したアイスエルフから、彼女たちの恋人や家族、友人である男性アイスエルフの救出を行って欲しいっちゅうお願いがあった」
 絹はそこで一旦話を切り、ケルベロス達の反応を見る。すると、彼らは頼もしい表情で頷き返してくれた。絹は少し嬉しい表情を作りながら、また話を続ける。
「王女レリはアイスエルフを疑わずに信じて行動する可能性が高い。そこで、有志のアイスエルフ達が、ケルベロスの元から脱走したと見せかけて大阪城に戻って、偽情報で敵を混乱させてくれる事になった。せやからその隙をつくで。アイスエルフ救出の為の、大阪城潜入作戦やな」
 アイスエルフにとっては賭けであろう。だが、その決意を無駄にさせたくない。ケルベロス達は、良し、と気合を入れる。
「潜入作戦は少数精鋭での隠密作戦になる。これを成功させる為には、アイスエルフの偽情報通りに、大阪城に向けてうちらが襲撃をかける陽動作戦が不可欠や。
 アイスエルフの協力があるとしてもや、大阪城は敵拠点や。大部隊で潜入する事は出来へん。ちゅうことは必然的に、少数精鋭による潜入作戦となるわけやな。当然、めっちゃ危険な任務になるけど、アイスエルフと協力して、作戦の成功をお願いするな」
 絹の言葉に、ケルベロス達のテンションは上がっていく。そして、絹は今回の作戦についての詳細、特に自分達の役割を伝えるべく口を開いた。
「で、全体の作戦内容やけど、簡単に時系列で説明するな。
 まずは沢山の陽動班が、迎撃に出向いてきた第四王女の騎士団と戦闘しつつ、頃合いを見て撤退する作戦を実行する。
 その隙にアイスエルフの手引きで『真田の抜け穴』から3班が潜入を開始する。
 そのうちの1班が、前回協力してくれへんかったアイスエルフの説得に向かうことになってる。
 そんで残りの2班が、グランドロンに向かって、そのうちの1班がグランドロンの警備をしているアイスエルフと一緒になって、横槍を入れてこようとする攻性植物と交渉する。
 その間に、宝物庫にたどり着いた最後の1班が、宝物庫を守っている敵を撃破して、コギトエルゴスムを奪う。
 ざっと、こんな流れを想定はしてる。でも、潜入の作戦内容によったら、予定通りにならんこともある。その辺は臨機応変に対応する必要があるかもな……」
 絹は肝心の情報を出すのを、少し躊躇っているのか、核心に触れない。
「それで……私達は?」
 絹が中々自分達の任務を話さないので、とうとう一人のケルベロスがそう切り出した。
「えっとな……。その、最後の1班やねん」
「……つまり、宝物庫に向かう班という訳だな?」
 一人のケルベロスが、そう言って頷いた。
「せや……ホンマはな、ちょっと心配やねん。当然みんなの事は信じてるし、大丈夫やとも思ってる……」
 絹の心配を受け止めるケルベロス達。そして、一斉に任せろと言うのだ。すると絹も意を決した表情で頷いた。
「分かった。ほな、敵の情報や。宝物庫の入口は8人ほどの白百合騎士団員と『蒼陰のラーレ』が守ってる。
 白百合騎士団員は、ゾディアックソードと、ルーンアックスで武装してる。ラーレの攻撃は武器封じと、炎と氷の攻撃。それにヒールもある。かなり強い事は、前回レインボーブリッジで戦った事もあってわかってる。対策、しっかりな」
 ケルベロスが過去に相対したことがある敵である。それに、自分達の班が一番重要である役割である事は、全員が理解出来ていた。
「どの班も重要である事は間違いないけど、その中でもうちらは絶対に失敗できへん班でもある。それに、時間をかけすぎると、何が起きるか分からんような感じもする。重要やけど、慌てずに、急いで。そんで確実に。難しいけど、みんなやったら出来るって、信じてる。せやから、頼んだで!」


参加者
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
夜陣・碧人(影灯篭・e05022)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)

■リプレイ

●潜入! グランドロン
「いかがでしたか?」
 セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は、気流を纏いながら現れた影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)に尋ねた。
「予定通り、予知、通りかな。今のところ、うまく行っているよ」
 リナがそう言うと、セレナの後ろに控えているアイスエルフが頷く。宝物庫へと続く道の案内を引き受けたのが彼女だ。彼女はスイと名乗った。腕は立ち、責任感もあるアイスエルフだった。
「我らがコギトエルゴスムを盗み出す可能性を考えて、入口はエインヘリアルだけで固めているが、ラーレの部隊以外のエインヘリアルはいない。それに、今は表で作戦が行われている。増援の恐れは無い」
 それを聞いて、二人は頷き、目に意志をはっきりと灯らせて行動を開始した。

 『真田の抜け道』から大阪城内部に潜入したケルベロス三班だは、アイスエルフの案内を受けながら進み、それぞれが作戦を決行していった。そして、最後に残った彼等こそが、この戦いの最終目的『アイスエルフのコギトエルゴスム』をグランドロンの宝物庫から奪い取る任務を請けている。
 グランドロンは大阪城の植物迷宮の中でも、ゴーレムのような機械迷宮に変化する地区にあった。
 セレナとスイ以外は特殊な気流や闇を纏い、先行して様子を窺っていた。
(「男達が使い捨ての懲罰兵として投入されなかったのは僥倖だった。レリの行き過ぎた思想には共感できんが、その点だけは感謝せねばな」)
 地から抜き出た大きなパイプのような構造物に隠れながら、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)はそう思った。
(「アイスエルフの人たち、友達に会いたいんだよね……うん、リリ、アイスエルフの人達が再会できるように頑張るよ」)
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は、リューディガーと同じく決意を新たにしながら、ゆっくりと息を吸う。植物迷宮の内部であるからか、幾らか湿度を纏った空気を感じる。
「必ず、助けましょう……」
 夜陣・碧人(影灯篭・e05022)は傍らに控えるボクスドラゴンの『フレア』の存在を感じながら、隠れている全員を確認していると、全員が揃う。
 必ず、成功させる。
 全員が気持ちを一つに合わせ、一斉に飛び出した。
「何奴!」
「敵襲!!」
 ケルベロス達を見て、女騎士達が武器を構えて叫ぶ。
「蒼陰のラーレ! 白百合騎士団!
 直接の恨み辛みはないけれども、家族や恋人との再会を願うアイスエルフ達のため、推し通る!」」
 旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)も呼応し、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)がいつでも回復の手を施せるように、全体をカバーできる位置につく。
「そんじゃ、その存在狩らせてもらうぜ? 悪いが、悪く思うなよ!」
 首から下げたヘッドホンを頭に装着し、『異装旋棍【銃鬼】』を構えた空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)が竜砲弾を打ち放った。

●力と力
「させません!」
 碧人が身を投げ出し、白百合騎士団の前衛におけるルーンアックスによる連続攻撃を受け止める。
「ぐ……流石に、手ごわいですね……!」
 碧人は相手の攻撃を見切り、一撃は武器で弾き飛ばしたのだが、白百合騎士団の力の勢いが強く、バランスを崩した所に深い一撃を受けていた。
「碧人!」
「大丈夫です。まだ、戦いは始まったばかり。皆さんにはまだ倒れてもらっては困りますので……」
 空牙の言葉にそう答えながら、碧人はフレアに指示を出し、自らは気合の言葉を以って傷を塞ぐ。フレアはギャウッ! と、返事をして、前を行くセレナと嘉内のちょうど真ん中辺りに位置を取った。

 ラーレが率いる白百合騎士団は、精鋭である事がすぐに分かった。
「前衛は、その女騎士の攻撃を任せましたよ。そして、中衛は、我らに力を」
「はっ!」
「心得ました!」
 ラーレの指揮のもと、一糸乱れぬ陣形と戦術。そして、そのラーレが強い。
 ラーレの放った炎が前を行く嘉内、リューディガー、そしてセレナを庇ったフレアに襲い掛かる。
「ギャウッ!!」
「まだまだ行けます!」
「……流石に、強いな」
 リューディガーはそう言いながら、花びらのオーラを自らを含む前衛に対して降り注がせる。
「だが、約束したのでな。囚われの仲間たちを助けて、と懇願されたのだ。
 ……身勝手な理由で身柄を拘束され、愛する人と引き裂かれる。そんな悲劇はもう沢山だ」
 刃蓙理もまた、その戦場の様子を見極めながら、まだ前衛に回復が必要と判断し、グランドロンの数多なる惨劇の記憶を呼び起こし、力へと換えて癒す。
「全くです。正直妬けますが、それだけに無事に再会させてあげたいですね」
「どんな強敵でも、今回ばかりは押し通るよ」
 リューディガーの声に頷いた嘉内とリナが飛び出し、一番前を行く騎士の一人に対し、嘉内がエアシューズにグラビティ・チェインを乗せて蹴り込むと、リナが雷の霊力を帯びたゲシュタルトグレイブを、自分が出来る最大限の速度で貫く。
「まずは前だね……」
 嘉内とリナの攻撃がかなり大きなものだと分かったリリエッタが、すかさず二本のバスターライフル『LC-88 Type ASSAULT』と『リリ・リリ・スプラッシュ』を両の腕に装着し、構えた。
 リリエッタはスコープから狙いを定め、巨大な魔力を螺旋のように集束して放つと、巨大な砲撃は轟音と共に敵を打ち抜いていく。
「そこだ! 皆、続いてくれ!」
 空牙が『異装旋棍【斬刹】』の先に装着された刀の切っ先で、鋭く突く。すると、空牙の突きは白百合騎士団の左腕をかすめ、傷口から氷がバリッと発生した。
「我が名はセレナ・アデュラリア。騎士の名にかけて、剣を交えましょう! 参ります!」
 名乗りをあげ、『星月夜』を横に薙ぎ、星座のオーラを飛ばす。その攻撃で前衛の一人が倒れ、その周囲にも攻撃を加えることが出来た。そして、その切り口からはまた、氷が発生していく。
 小細工はいらない。力と力。真っ向勝負。
 敵の統率が完全であれば、策を立てれば立てる程、失敗した時のリスクが高すぎる為だ。
 ただ何人かは、ラーレに対する礼儀を重んじていたのかもしれなかった。特にセレナはそうであろう。彼女はレインボーブリッジで、剣を交えていたからだ。
 一人の敵が倒れたとは言え、まだ気を抜く事は許されない。此方も無傷ではないし、相手は乱れる様子もなく、戦う意志は健在だ。
 戦いは、これからまさに死闘と呼ぶに相応しい戦いに突入していくのだった。

●戦いと決意と
 幾度剣を交え、グラビティを繰り出しあっただろうか。
 ケルベロスはまず、前衛の4人に対して集中して攻撃を行った。相手の防御と攻撃の芽を摘まなければ、終盤戦の障害となる。
 ただその間は、後衛に位置したラーレの攻撃にさらされる事になる。
「フレア!」
 前衛を全員倒すことが出来た同時に、フレアが倒れた。サーヴァントの耐久力という弱点が露呈した形になる。刃蓙理を中心として、二人の盾であるリューディガーと碧人が懸命に回復を施しても、限界があるのだ。
「下を向いている暇は、無いぜ」
 少し心配したのか、空牙が中衛に位置した騎士の鎧に付与された力を破壊したあと、碧人に呼びかけた。
「覚悟はしています。それに、私はまだ立っています。行けます」
 そして彼は、倒れたフレアをそっと流れ弾が当たらない位置へと横たわらせた後、前を向いて真っ黒な妖精を呼び出した。
『地の底に潜み、陽の光を嫌い。そして彼らは悪意へ微笑む。』
 その妖精は喜びながら、病と災厄を振りまき、癒しの力を阻害する。
 フレア以外も、ケルベロス達のダメージは深いが、一歩足を踏み込んでいく。

 ガギイン!!
 リューディガーが女騎士の大剣の一撃を、己の大剣で迎え撃つと、激しい火花が、両者からはじき出された。
「今だ!」
『これで凍って砕け散ればいいよ! コキュートス・バレット!』
『風舞う刃があなたを切り裂く』
 リューディガーの声に応えたのはリリエッタとリナだ。
 氷獄のような冷気の弾丸と、魔力と幻術が混じり合った無数の風刃が、リューディガーが抑えた一人を打ちのめし、さらに冷気が周囲へと拡散する。
『此はデウスエクスの闇を祓い、未来を導く希望の翼――。その羽ばたきは、何人たりとも逃しはしない!』
 そして、畳み掛けるように嘉内がエメラルド色に輝く翼の幻像を纏い、その翼を羽ばたかせて羽を突き刺した。
『アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!』
 最期にセレナが白百合騎士団の間合いに一瞬にして踏み込むと、一撃の元に切り伏せた。
 とうとう残りは最後尾に位置していた二人の騎士と、ラーレが残るのみとなった。すると、セレナが口を開き、ラーレに問いかけた。
「ラーレ殿……こんな形で、再戦する事になるとは……。出来れば、ハール王女の傀儡ではなく、レリ王女の紛れもない意思の下のあなたと……戦いたかった」
 純粋な視線を、ラーレにぶつけるセレナ。そして、刃蓙理もまた、尋ねた。
「一歩下がって王の補佐をする……貴女の役割的に……。
 貴女は、気付いているんじゃないかという気もしますが……。客観的に見て、こういうのを……『独裁』というのです」
 刃蓙理はラーレの立場から、今の状況がすでにハールによって利用されていることが分かっているのでは無いかと問う。
 するとラーレは、尺杖のような武器を少しだけすっと引いた。
「対攻性植物戦線からの離脱に、宝瓶宮グランドロンの無断使用。既にハール王女の叛意は誰の目にも明らかです。しかし、ここで戦いをやめれば、ハール王女もレリ王女も、王と王子達によって処断されるでしょう」
「そんな!」
 ラーレは既にその事は分かっていたのだ。その答えにセレナは思わず声が出た。
「ハール王女が勝利しなければ、私達に未来は無い、そういう事です。勝利した後の心配など、している時では無いのです。さあ、戦いを続けましょう」

●蒼陰のラーレ
 戦いは、終局を迎えつつあった。既に敵はラーレ唯一人。しかし、彼女の魔法の力は衰えない。
「ぐ……おぉ!!」
「これまで、ですか……。皆さん、後は……頼みます」
 圧倒的な冷気の力を受けたリューディガーと碧人が共に倒れる。特にリューディガーの傷は深かった。碧人はフレアと前に立っていたが、彼は一人であった為、蓄積されたダメージが大きすぎたのだ。
「大丈夫。絶対に作戦を成功させるよ」
 リリエッタがそう言うと、強烈な凍結光線を放つ。
「任せろ、何とかなるぜ」
 そして、空牙が消える。
『ほら、死角ができてんぜ?』
 バリィン!!
 空牙の死角からの刃で、ラーレの体に幾重にも氷を発生させた。明らかなるダメージである。
「本心だけ、聞かせてください」
 するとセレナが一歩前に出て尋ねた。どうしても確かめたい。それだけだった。
「あなたにとって、レリ王女が利用されるのは不本意ではないのですか!?
 こんな……こんな、騎士らしくない事は、止めてください。女性の地位向上だって、もっと別のやり方がある筈です。こちらに亡命していただ……」
「くどい!」
 その声を、途中で遮るラーレ。それを聞き、首を振るセレナ。
「……第二王女は無能では無い。攻性植物だけでは無く、全てのグランドロンを戦力として糾合しているのです。これに定命化で追い詰められている、ドラゴンが加われば……。勝ちの目は、あります……」
 ラーレは、途中から自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぎ終えた。
「……貴女の王と、仲間達に何か言い遺す事は?」
 相手の覚悟を見た刃蓙理が、それだけ問う。
 すると、ラーレはふっと笑い、それ以上何も言わなかった。
「……わかりました」
 その意志こそ、答えなのだと刃蓙理とセレナは頷き、星月夜を正眼に構えた。
「では、行きます。神を殺すは……人の業……」
 刃蓙理が狂気を自分を含む周囲に感染させていく。
「その覚悟に、応えてみせるよ」
「残りの魔力、全て注ぎ込む! エメラルドの翼、最大稼働ッ!」
 リナが無数の風刃を呼び出し、嘉内が最大限に翼を広げ、最高の出力で羽を打ち放つと、ラーレを切り裂いていく。
「我が名はセレナ・アデュラリア。参る!」
 そして、セレナが肉体に魔力を巡らせると、ラーレの胸を一瞬にして貫いた。
「……見事です」
 ラーレはそれだけ言うと、徐々に霧散し始めた。ケルベロスによる死が訪れる。それは見知らぬ恐怖の対象である力だが、彼女は最期まで倒れる事を拒み続け、そのまま散っていったのだった。
「貴女も……見事でした」

「此処が宝物庫です」
 アイスエルフのスイの手は、心なしか震え、扉を目の前にして、少し躊躇する。
 ケルベロス達は、スイの案内により、宝物庫までたどり着いていた。周囲は古代の遺跡神殿の様な柱や壁で出来ていた。
「不安、なんだよな。此処まで来て、無いじゃあ、申し訳がないもんなあ……」
 空牙がそっとスイをフォローする。
「でも、大丈夫。さあ、一緒に開けよう」
 嘉内が優しく頷くと、スイは宝物庫の扉を開け放った。
 そして、ケルベロス達の眼前に映し出されたのは、様々な色や形のコギトエルゴスムの数々。その数は想像以上の数だった。
「丁寧に、且つ、急いで……でしたね」
 嘉内は用意していた『コギトエルゴスム保管ケース』を手早く広げ始めた。
「多いね。でも、全部持って行かせてもらうよ」
 リリエッタもそう言って鞄を開いて続く。
「セレナちゃん、アイテムポケット準備できてるかな?」
「大丈夫です。リナ殿」
「うん。壊さないように、大事に保管しよう」
 彼女達もまた、回収を急ぐ。ただ、丁寧にすることだけは心がけた。
「もし足りなさそうだったら言ってくれ、生憎この様だ。鞄やリュックもあるから、回収を頼む」
 リューディガーはそう言って、少し宝物庫の壁にもたれかかった。何とか意識は取り戻せたが、当分は動けそうには無かった。
 暫くして、回収作業が完了した。
「これで全部ですね」
「回収し忘れは、無いみたいだね」
 碧人とリリエッタの声に、頷きあうケルベロス。目的を達成した後は、速やかなる撤退が重要だ。
 彼らは決して油断する事無く、来た道を戻り始めた。
「みんな……」
 すると、スイが目の前に出て頭を下げた。
「この恩は、絶対に忘れない。心から感謝する!」
 彼女の眼からは、光るものが零れ落ちていた。すると、刃蓙理がスイに近寄って話した。
「受け取りました……。しかし、まだ終わった訳ではありません……。此処を抜け、仲間と合流し……。無事に帰ることが出来たら、改めて喜びましょう……」
 未だ敵の中枢だ。スイの言葉は嬉しいが、気を抜く事は出来ない。ただ、確かにその未来は、手の届く所まで手繰り寄せることが出来たのだ。

 もうすぐ、頼もしい仲間達が待っている所まで辿り着く。
 彼らの作戦の成果は未だ分からないが、きっと大丈夫だろう。
 これまで、どんな困難でも打ち勝ってきたのだから。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月12日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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