アイスエルフ救出作戦~白百合は大阪に……

作者:のずみりん

 大阪城内に取り込まれた、宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつで、エインヘリアルの第四王女レリは、同じく宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつを拠点とする、第二王女ハールとの間で回線を開き、情報を交換していた。
 議題は、当然、ケルベロスへの対策である。

『ケルベロスの襲撃の情報が欺瞞情報の可能性があります。アイスエルフの忠義を確かめる為にも、男のアイスエルフを復活させ、前線に配置しなさい』
 このハールからの指示に、レリは、
「男のアイスエルフこそ、裏切る可能性が高いでしょう。ケルベロスの迎撃は、信頼できるものだけで行うべきでしょう」
 と答え、白百合騎士団による防衛すべきだと意見を返す。
 ハールは、何度か注意を重ねた後、
『砕かれたグランドロンの『破片』が、再び揃おうとしています、その前に、大阪城の『破片』が失われる事だけは無いように、心して守り抜きなさい』
 と念を押し、通信を切る。
 この通信の後、第四王女レリは、グランドロンの警護として、騎士団の後方支援を担う蒼陰のラーレと、戦力としては期待できないアイスエルフの女性達を残すと、騎士団主力を率いて、ケルベロスの迎撃へと出陣したのだった。

 大阪都市圏防衛戦は大成功に終わり、多くのアイスエルフをエインヘリアル……レリ王女率いる白百合騎士団から奪還する事に成功し、また大半の者がケルベロスたちと共に立つことも受け入れてくれた。
 ねぎらいと共にリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はケルベロスたちにアイスエルフらからの情報をまとめ伝えていく。
「今、解放されたアイスエルフたちは女性だけだったが……男性のアイスエルフはそもそも復活すらしていないそうだ。信用できない男衆はコギトエルゴスムの状態のままグランドロンの宝物庫。男性を信頼しないレリ王女らしい話ではあるが」
 その徹底ぶりは清々しいほどだが、勿論このままというわけにもいかない。ケルベロスたちを頼ったアイスエルフたちからも恋人や家族、友人である男性アイスエルフの救出を行って欲しいという嘆願は届いている。
 道義的にも、白百合騎士団に代わって保護した新たな盟友の願いとしても、この救出は果たさねばならない使命だろう。
「アイスエルフの女性たちも助けを乞うだけではない。特に協力的な有志のアイスエルフ達から支援の提案ももらっている。ここは勝負所だ」
 有志のアイスエルフ達はケルベロスの元から脱走したと見せかけて大阪城に戻り、『ケルベロスらが大阪城へと決戦を挑む』という偽情報を流し、レリ王女と白百合騎士団を誘い出すという。
「皆に頼みたいのは、この偽情報に釣られるだろう王女たちへの陽動だ。潜入作戦は少数精鋭での隠密作戦を予定しているが、少なくともアイスエルフたちが解放されるまで王女と騎士団を釘付けにする必要がある」
 潜入部隊が戻るまで、レリ王女と白百合騎士団には本当に大阪城で決戦が起きると信じさせる必要がある……あるいは、本当に決戦となるかもしれない。
「大阪都市圏防衛戦で白百合騎士らが漏らした情報では、第二王女ハールとエインヘリアルは着実に勢力を拡大している……レリ王女はまだ話せたといえ、こちら側に引き込むのはほぼ不可能だろう」
 彼女も多くの同胞をケルベロスに殺されている。リザレクト・ジェネシス追撃戦の時以上に、人間の情に訴え変わることに期待するのは論外。
 かといって忠臣を失った王女が耳を傾けるに値する情報や実利、あるいは思いもよらぬ方法があればだが、少なくとも自分では思いつかなかったとリリエは首を振る。
「ここでレリ王女、白百合騎士団と雌雄を決する……その選択も私はありだと思う」

 レリ王女の軍勢は『沸血のギアツィンス』『絶影のラリグラス』をはじめとする白百合騎士団の女エインヘリアルたち、それに大阪干渉地域で活動してた『竹の攻性植物』の混成部隊という。
「陽動に専念するなら、迎撃に出向いてきた第四王女の騎士団と戦闘しつつ、頃合いを見て撤退すればいい……勿論、そのための作戦は必要だろうが」
 この場合、レリ王女や白百合騎士団幹部の相手は避けて撤退しても問題ないだろう。一方で偽情報通り……ここでレリ王女を討ち白百合騎士団を殲滅するなら、複数チームで連携して増援を阻止、一気呵成に攻め切る必要がある。
「白百合騎士団の幹部たちとは数度交戦しているが、撃破を狙うなら連携は不可欠だ……私見だが、あまり長く大阪城周辺に留まるのは危険も感じる」
 陽動か、決戦を挑むか。デウスエクスの戦力は二兎を追えるものではとてもない。方針は統一し、全力で当たらなければ結果は残せないだろう。

「陽動とはいえ、気づかれたら負けだ。戦いはかなり激しくなると思うが、これは大きなチャンスだ」
 うまく事が運べばアイスエルフらを仲間に加え、エインヘリアルの戦力であるレリ王女と白百合騎士団を滅ぼすこともできる。
 ケルベロスたちの知恵と勇気を総動員しての一大作戦だが、その見返りは大きいはずだ。


参加者
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
カトレア・マエストーゾ(幻想を紡ぐ作曲家・e04767)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)

■リプレイ

●飛来しあう、威力
 綻びた戦線をすり抜け、三十余名のケルベロスたちは大阪城下を本陣へと突入した。
「皆忙しそぅ」
「総戦力は白百合騎士団が上だからな……とはいえ、陽動はうまくいっているようだ」
 大事ではあるけど、けどもっと緩くでもいいのに……マイペースに呟くラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)に、カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)は振り向いた戦況をそう分析した。
 今の状況は軍事戦術で言う浸透戦術に似ている。特定の敵を狙わない自分たち以外の全員による一斉攻撃は、総力戦に備えて薄く広く展開していたデウスエクスの混成軍に刺さり、準備砲撃の如く大混乱を招いた。
「ここまで陽動に乗ってくるとは、白百合騎士団の練度も消耗してきたのか?」
「けど、油断は禁物だよ……リズムは少しずつ戻ってきた」
 真打の幕開けは近い。カトレア・マエストーゾ(幻想を紡ぐ作曲家・e04767)は、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)の戦術AIの分析に頷きつつも告げ、手にした楽譜を開く。
「そうだね。自意識過剰かもしれないけど、ボクたちは招かれているのかも」
「宿縁の邂逅ってヤツ、か……!」
 この作戦に参加した者には、かの騎士団と浅からぬ宿縁を持つものも多い。七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)に、ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)が答え、舞台の幕は開いた。
 戦場の奥中央、互いが互いを捕らえたと同時に始まる応酬、作戦。
 青葉・幽たちが一つ礼を残し、レリ女王へと向かうのが見えた。
 ケルベロスらの出現に駆け付ける白百合騎士の増援へ、霧島・カイトたちが阻まんと防壁に離脱する。
 絶影のラリグラスの姿と、それに対峙する仲間たち、そして八人の前……宿縁というものがあるのなら、自分たちを招きいれたのであろう赤髪の女傑。
「ぃつもより大変そぅ。頑張……」
「まずいラトゥーニ!」
 デコイ代わりに、様子見と投げ……もとい、先行させていたラトゥーニのミミック『リリ』が、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)の声に重なるように炸裂した。
「九十九、リリのカバー! っとに、血の気に逸ってくれちゃって!」
「迂闊に動く貴様らが悪い」
 芍薬のメイド制服が闘志に呼応して最終決戦モードを取る。
 九十九の応援動画のバックライトに照らされ、エインヘリアルの女騎士は長柄の斧を肩へと担ぐ。
「また会えたな。奇遇……ではないんだよなぁ」
「当然だ、ハインツ・エクハルト」
 ライオットシールド『Heiligtum:zwei』を構えるハインツに、はっきりとギアツィンスはその名を呼んだ。
「貴様らの脅威はよく知っている。そして言ったはずだぞ、貴様らを殺すのは白百合騎士団『沸血のギアツィンス』だと!」
 整然と並ぶ白百合の騎士と配下、更に駆けつけてくる無数の増援部隊が彼女の統率、カリスマを感じさせた。
 だがケルベロスたちも孤独ではない。
「あっちはギアツィンスと戦ってるぞ、ここで増援を食い止めないと!」
 献身に散ったリリの姿が、増援と戦う玉榮・陣内への狼煙となった。
 この離れた距離では……そう思えたが、犠牲で生まれた距離が生きた。
「りょ、ぃってこーぃ」
「な、うわっ!?」
 相棒の犠牲に応えるような……本人の思う所はさておき、ラトゥーニの放つ『飛来する威力』が射出した魔力が不意打ちに白百合騎士たちを怯ませ、一手を稼ぐ。
 距離と時間は語り合う暇をくれないが、玉榮・陣内は一度振り返り、瑪璃瑠は大丈夫、頼んだと『鋼の意志』で応える。
「不規則なノイズと規則的な旋律が合わさり、1つの音楽を作り上げる……舞台は整った。開演といこうか」
「ケリをつけよう。SYSTEM COMBAT MODE」
 戦場には忽然と出現した空白……騎士たちの決闘場へ、マークの駆動音を前奏にしたカトレアの蟹型式神が織りなす『ラジオノイズによる夜想曲』が流れていく。
「ギアツィンスさん」
 フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)は唯それだけを言って刃を抜いた。空を切り裂くほどに薄く軽い刀は銘を『虚空』という。
「……なんだ、今日はそれだけか?」
「お客さんは拳で語る人って聞いてたけど?」
 ギアツィンスの意外そうな様子の表情は読めない。芍薬に言われ、ふと彼女は笑ったようにも見えた。
「……もう言葉は十分過ぎるほどに伝えました。私も、あなたがそう望むように、戦いで自分の想いを伝えます」
「そうか。そう考えたなら、それでいい」
 振り下ろされる斧が衝撃を放つ。不可視の壁を飛び越えるように、フィルトリアは強く地面を蹴った。

●決戦、沸血のギアツィンス
 一組の因縁がぶつかり合い、飛び退く。ギアツィンス、フィルトリア、双方ともに表情はない。
 ただ全てを決着に注ぎ込む二人へ、瑪璃瑠は大自然の護りを呼ぶ。
「わがままな願いだけど……どうか、少しでも伝わってほしいんだよ」
「……やっぱりこの舞台は盛り上がるね。これならこの曲を作った甲斐がありそうだ」
 カトレアの額で汗雫が跳ね、黒髪を美しく濡らす。楽譜に注がれるグラビティに、御業が『ブラッドスター』の楽譜を跳ねる。
「異星の騎士団との戦とは……このような情勢下でもなければ心躍る話だったのだろうが!」
「男にしてはいってくれる!」
 共感と敬意を遠回しに示しあい、カジミェシュはボクスドラゴン『ボハテル』の属性をまとったチェーンソー剣で白百合騎士と切り結んだ。
「今だ、いけ!」
「ROGER」
 出鼻を挫いたカジミェシュの『Przewodnik』に、マークとハインツの二枚壁が前進、押し込んでいく。
 遅滞からの迂回、強襲。騎士の末裔が示す先達は素早く的確だ。
「あんたらは拳で語る方が好きだろ? 存分にこい!」
 地に立てたライオットシールドが飛来する石礫と星辰のオーラを受け止め、それを銃架に二丁の『M158』ガトリングガンが嵐を叫ぶ。
 反動と反撃に揺れる体を突き立てた『LU100-BARBAROI』のバンカーで強引に制動。集中射撃。
「んー。ぃまぃ、ち? 長引かせてぃ、ぃなら楽だけど」
 薬莢と破壊を辺り一面にぶちまけるガトリングデストラクションを、エインヘリアルたちはそれでも果敢に突き破ってくる。ラトゥーニのエゴより生まれた暗黒縛鎖が絡みつくも、長くはもたない。
「託されたのだ……王女殿下を、ギアツィンス様をと!」
 かつて地球より騎兵を駆逐した機関砲と障害の組み合わせだが、デウスエクスという規格外は燃え上がる戦意をも備えて弾幕を乗り越えてくる。
「やはりメディックを厚くしてきてる。予想以上にやっかいだよ、これは」
 白百合騎士たちもエインヘリアルだ、彼女らの好むゾディアックソード、その守護結界は状態異常への耐性を付与しつつ、苦労して与えた異常を剥ぎ取ってくる。
「ここまで到達した以上、討ち果たすほか勝利はない……か」
 カジミェシュが戦域外に目をやれば、五月雨式に押し寄せる増援を迎撃するレベッカ・ハイドンたち仲間の姿。その頼もしい背中も、捨て身の猛攻に少しずつ押されつつあった。
「であるならば、機動にて圧倒する!」
 予想以上だが、想定内。背に『Skrzydla Husarskie』を掲げ、妨害を突破へと切り替えるカジミェシュの蹴りが、白百合騎士へと炎を上げて道を作り出した。
 戦闘機動、そして遅滞から反撃の鮮やかな切り返しも波蘭翼騎兵の妙技である。
「助走つけるヒマはないってことか、チビ助頼む!」
「ォンッ!」
 再びの対決。
 飛びかかるハインツのオルトロス『チビ助』の振るうソードスラッシュが白百合騎士の護りを破る。芍薬の燃えさかる『火葬』の拳がギアツィンスの衝撃波と競り合い、双方が大きくはじかれあう。
「立て! 踏み込んで来い! その程度で私を殺し殺される覚悟かッ!?」
「これでも結構マジなんだけどね……!」
 気安く言ってくれると、芍薬は解れた制服のスカートを結びあげて立つ。打ち込んだ炎は確かに届き、体内まで彼女を焼いているはずというのに……その底力こそが彼女の覚悟か。
 何度となく戦ってきたかの敵の圧力は以前にも増していた。
「わかってる! 瑪璃瑠の全てを以て貴方と戦うんだよ、ギアツィンスさん!」
 振り下ろされる斧がチビ助に突き立つその時、二人の瑪璃瑠の声が夢現を呼んだ。廻れ、廻れ……走馬灯のように世界が揺らぎ、戦場の夢と現が反転する。
 その反転し、夢より出でた世界でさえも、彼女と拳をもって語り合う運命は決して覆りはしない。
「TARGET LOCK,ADM STANDBY」
 マークの対ダモクレス誘導弾『HELL HOUND MISSILE』が放物線を描き、降下する。駆け寄る騎士を吹き飛ばし、クレーターを開ける爆発の炎の中、沸血の戦乙女が前進する。

●吐露
 撃つ。撃つ。『XMAF-17A/9』も加えた銃砲のオーケストラが突撃するギアツィンスと白百合騎士を打ち払う。一人倒れ、それでもなお止まらない。
『M158 Low Ammo』
「これ以上はッ!」
 戦術AIの警告にマークが給弾ベルトを取り回す一瞬、赤熱したガトリングガンの砲身が突き出されたゾディアックソードにへし折れる。
 捨て身の白百合騎士を残る逆腕のガトリングガンで撃破し、マークは役目を終えた砲身を切り離す。
「M158 PURGE……R/D-1,ARMD STANDBY」
「ヤマ場だね。だいぶ苦しくなってきた」
 攻撃と酷使に沈黙したガトリングガンをたむけと投げ捨て、『XMAF-17A/9』アームドフォートを展開。カトレアと背中合わせで一つ頷く。
「私も、ここまで……申し訳、ございません……」
「胸を張っていけ……ありがとう」
 カトレアの放ったイガルカストライクに半身を凍り付かせながらも、ギアツィンスは倒れ逝く騎士を労い、立ち上がる。
「今は敵同士ゆえ、多くは語れん。だがその戦いには敬意を表する、白百合の騎士よ」
「十分だ。彼女らは……彼女らも、立派な騎士だった」
 最後の部下を討ち果たしたカジミェシュの捧げ剣に短く返礼し、憂愁を帯びたギアツィンスは斧を薙ぐ。
 庇うハインツの盾を握る手が不穏な音を立て、血しぶきの不協和音でカトレアの音がプツリと途切れる。
「きついね……ここまでとは」
「あぁ……苦しいな。またお互い様だ……トイ、トイ、トイ……!」
 感覚のない、あらぬ方向に歪んだ腕へと『激励の鬨《蔦》』を静かに呼ぶ。
 彼を庇う九十九の液晶が気弾に砕け、ひいた痛みは僅か。致命は刻一刻と迫っていた。
「まだ……諦めたわけではありません。ですが……このままでは地球の人々が、アイスエルフの方々に託された想いが」
 そして彼女らエインヘリアルも……フィルトリアは言葉を飲み込み、正眼に構えなおす。言うはあくまで自分自身。
「今だから言うぞ。フィルトリア・フィルトレーゼ……ケルベロス、貴様たちとは似た者同士なのだろうな」
「ごじょぅだん」
 ラトゥーニの催眠魔眼が即答する。
 だがその激白を、瑪璃瑠はラトゥーニに程には否定できなかった。彼女を追いかけてきた一人として、見てきた様々な顔から時に感じた性根。
 時にギアツィンスの見せる意外なほどに理性的な反応は、沸きたぎる血の奥底に隠れた心の内を想像するにあまりあった。
「こちらにこい。無責任な下郎民草のいいように使われるな。王女殿下は懐深いお方だ……」
「貴女方はデウスエクスで……私はケルベロスです」
「私やレリ殿下も、そう答えただろうな。全く、交渉下手で、口下手で、頑固な事だ」
 絞り出すフィルトリアの否定に、ギアツィンスは寂しく微笑む。ケルベロスも、白百合騎士も、その意志は決して折れない。二者が主張をぶつけ合う結果、たどり着く先は決まっていた。
「今日が最後だ、ケルベロス」
 瑪璃瑠の最後の『夢現輪廻転生』の世界から夢が消えていく。ここからは確実で、非情な現実の世界。

●白百合は大阪に一つ散る
 ただ一人の突進がケルベロスたちを吹き飛ばす。
 共に戦うもの、守るものをなくしたギアツィンスの斧は嵐だった。
「合わせて一人分くらいはいけるか!?」
「SAY NO MORE……!」
 身体ごと振り回す斧をハインツとマークは二人掛りで受ける。肩の『HW-13S』防盾が割れ、突き立った斧からの衝撃に関節部の『ジョイントガード』が礫と飛んだ。
「まだまだぁっ!」
「っ、まだこれほどとはっ!」
 崩れ落ちるディフェンダーたちを乗り越えようとしたギアツィンスの脚へ、芍薬のケルベロスチェインが絡めて膝つかせる。倒れながらの気弾で返り討つも、そこに振り下ろされる大太鼓の如き戦槌『フォルティシモ』のドラゴニックスマッシュ。
「フィ、ガハ……ッ!」
「断罪の紅十字は刻まれました……もはや、癒しは能わず……!」
 一撃、二撃。爆音に白鋼の胸甲が砕け、潰れる肉と臓物の感触が伝わってくる。容赦なく三撃目を振りかぶるフィルトリアの顔は涙に歪んでいた。
「お互い様、だ……っ!」
 猟犬縛鎖を千切った右手が戦槌の柄を掴み、奪い取る。フィルトリアを打ち据える怒涛の衝撃波。一転地に這う彼女も、ヒールグラビティが癒せぬほどに傷ついていた。
「やっと果たせたな、約束」
「ギア……ィ……さ……!」
 フォルティシモを投げ捨て、地に突き立った斧を引き抜く。エインヘリアルは泣きながら笑っていた。血を吐き悶えるフィルトリアへ、大斧の一撃が正中に振り下ろされる。
「諦めるな! 手を伸ばせ!」
 駆け寄るカジミェシュの『Przewodnik』が、咄嗟に行動させた。取り落し、そこにあった『虚空』を掴み、突き出す。
「あ……?!」
 声と血しぶきが重なった。

「なる様、になる。なった、だけ」
 長い戦いを終わらせたのはラトゥーニのサキュバスの魔眼だった。
 生き残らせたのは仲間の声と彼女の意志だった。
「フィルトリアさん! しっかり! 死ぬなんてダメなんだよ!?」
「ボハテル! 最後の力を!」
 瑪璃瑠の悲痛な声。応急処置するカジミェシュがボハテルに願う。
「もう……やっと、話せ……リス……ィル」
 ギアツィンスは最期、気づけていただろうか? 止めの一撃は相殺に逸れ、フィルトリアの顔……右目から豊かな胸元までを深々切り裂きながらも、一命に僅か届かなかった事を。
 増援の一人でもいればままならなかった、心身に傷を残す紙一重の勝利。
「……片づいたようですね」
 勝利をもたらしてくれた一人、朝比奈・昴が呼んでいる。ここは今も戦場。感傷するに早い。
「……少しだけ時間をくれ」
 助けあい離脱する一行からわずかに遅れ、マークは沸血の白百合騎士にそっと拾った花を捧げる。
「この戦場に百合とはね」
 マークを支え迎えながら芍薬は呟く。その花の暗示は威厳と純潔だった。

作者:のずみりん 重傷:フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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