アイスエルフ救出作戦~羅針は真心を指し示す

作者:ほむらもやし

 大阪城内に取り込まれた、宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつで、エインヘリアルの第四王女レリは、同じく宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつを拠点とする、第二王女ハールとの間で回線を開き、情報を交換していた。
 議題は、当然、ケルベロスへの対策である。

『ケルベロスの襲撃の情報が欺瞞情報の可能性があります。アイスエルフの忠義を確かめる為にも、男のアイスエルフを復活させ、前線に配置しなさい』
 このハールからの指示に、レリは、
「男のアイスエルフこそ、裏切る可能性が高いでしょう。ケルベロスの迎撃は、信頼できるものだけで行うべきでしょう」
 と答え、白百合騎士団による防衛すべきだと意見を返す。
 ハールは、何度か注意を重ねた後、
『砕かれたグランドロンの『破片』が、再び揃おうとしています、その前に、大阪城の『破片』が失われる事だけは無いように、心して守り抜きなさい』
 と念を押し、通信を切る。
 この通信の後、第四王女レリは、グランドロンの警護として、騎士団の後方支援を担う蒼陰のラーレと、戦力としては期待できないアイスエルフの女性達を残すと、騎士団主力を率いて、ケルベロスの迎撃へと出陣したのだった。

●依頼
「諸君も聞いての通り、大阪都市圏防衛戦は、大成功に終わり、多数のアイスエルフを救出するに至った」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は笑顔を作って言うと、次の軍事行動についての説明を始める。
 調略に応じた、建前では戦闘訓練を強いられていた所を救出したアイスエルフは全員が女性だった。
「連れ帰ってきた、アイスエルフから、彼女たちの恋人や家族、友人である男性アイスエルフの救出を行って欲しいという嘆願があったそうだ。理解し難いことかも知れないが、エインヘリアルの第四王女レリは、男性を信用していないという個人的な心情のために、アイスエルフの男性を、コギトエルゴスム化したまま、拠点であるグランドロンの宝物庫に留め置いている——そこでこのコギトエルゴスムを奪取する作戦が立案された」
 推察される第四王女レリの性格を鑑みれば、有志のアイスエルフ達が、ケルベロスの元から脱走したと見せかけて大阪城に戻り、ケルベロスの大攻勢があるという欺瞞情報を伝えれば、敵を混乱させることが出来る。
「諸君にお願いするのは、欺瞞情報の通りに攻勢を仕掛けて敵の注意を引く陽動だ。敵の目を引きつけている間に、別働隊が大阪城に潜入し、コギトエルゴスムの奪取を実施する計画だから、陽動の意図を見破られないように、出来るだけ派手にやって貰いたい」
 敵戦力の構成は、第四王女レリ配下の白百合騎士団のエインヘリアル、および大阪城公園付近で活動が確認されている『竹の攻性植物』の混成部隊となる。
 また状況次第では未知や既知の有力敵が後方から来援する場合もある。
「諸君の目的は陽動だから、防衛に当たる、或いは迎撃に出向いてきた第四王女の麾下の戦力を相手に可能な限り戦い、攻勢が本当であるように見せかければ良い。ただ敵の強さにはばらつきがある。特に第四王女本人や精鋭の騎士のような有力敵に少人数で遭遇したときに、そのまま無理をして戦えば、為す術も無く全滅することもあるから気をつけて」
 様々な強さの敵が入り交じる戦場において、陽動という作戦の本分を忘れずに、できる限り長く戦い抜き、さらに大きな戦果につなげることが出来たとしたら、そう言う結果は安易には出ないはずだが、できるとしたらすごいことかも知れない。
 困っている人がいれば、助けたいと思うことは自然なことだ。
 それが真に真心であることを信じたい。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
ゲイン・グロウル(闇に光る刃・e64017)
 

■リプレイ

●絡み合う複雑な意思
 陽光を反射して銀色に輝くビルディングの間から白みを帯びた青空が見える。
 地上に視線を戻せば荒れ果てた街並み。幾度となく繰り返された攻性植物との戦いの痕が刻まれている。
「見つけましたわ。しかしまあ何と言いますか、敵とはいえもう少ししっかりして欲しいものですね」
 植え込みの段差に腰掛けて歓談している白百合騎士団の姿に、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は軽く肩を竦めた。
 敵に体する怒りや憎しみの感情が消えたわけでは無い。
 ただ戦術書に書かれている防衛戦のイロハすら理解して無さそうな行動を目にすれば、神の名を冠したデウスエクスとは言っても、完全無欠な存在では無く日々の売り上げアップに知恵を絞るどこにでもあるスーパーマーケットの従業員たちとさほど変わりが無いように見えてくる。
「どのような感情でも、それに飲まれてしまうことは、自分自身への敗北を意味しますわ」
「その通りかもね。出来るだけ多くの敵を引きつけて、時間を稼ぐ——か。こういう回りくどいの、わたし向けじゃないと思うけど、いやとか苦手とか、弱音を吐いている場合じゃ無いよね」
「もちろんです、アイスエルフを助ける為のこの陽動作戦……必ず成功させましょうね!」
 貴石・連(砂礫降る・e01343)の言葉に、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)は真剣な表情で、自分の気持ちを、一拍の間の後に頷きを返す。
「しかし、あそこを通らないと先には進めないよね。どうしたものかしら?」
 連が指摘するように、エニーケが発見したのは、定められた持ち場を守ることを命じられた白百合騎士団の班のひとつだろう。
 見ての通り役割は拠点の守備であり、敵の出方を伺うために行動する斥候でも無ければ、警戒して見回りをする警邏隊でも無い。
「迂回して、別の敵を探すというのも、なんか違う気がするよね」
「だが、作戦は守らねばならないだろう?」
「もう少し融通を利かせてもよろしいのでは?」
 そんなタイミングで、リュセフィーの真後に陣取っていた、ゲイン・グロウル(闇に光る刃・e64017)が会話の輪の中に割り込んでくる。
「俺はストリートギャングの出なんでな。スラムにはスラムの仁義がある。苦難を共にするダチは命に代えても守る——誰であろうともだ」
 そして皆の気持ちを確かめるように、自分の思いを語った。
「うん、まあ、仲間は大事よね。でも今は迂回して先に進むか、攻撃を掛けるかを決めないとね」
 陽動とは、自分たちの本来の目的を敵に誤認させるためにすること。
 今回の作戦では、基本的にコギトエルゴスムの奪取を目論む部隊の行動を悟られないようにするため、大阪城への大規模攻勢が始まったと敵に誤認させる行動を取れば良い。
「自分の大切な人が囚われていたら助けたいよな。俺だってその気持ちは、すごく分かるぜ。だったら目一杯戦って、しこたま敵を引きつけて、それで、少しでも長い時間戦えれば御の字じゃないのか?」
「王女ならいざしらず、ただの防衛戦力なんだから、仕掛けない方がおかしいだろう?」
「そうですね。私はこのまま仕掛けても良いと思うのですが? 陽動の目的が果たせるなら、敵をえり好みする必要はないでしょう」
 ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)や蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)の表情を見て頷く、イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)の言葉に些細な枝葉の行動に囚われて本来の目的を見ていなかったと気づき始める一行。
 ヒットアンドアウエィという戦術も消耗を避けるための一手段であるはずが、その行動で戦うことを目的に据えて、互いの行動を縛り合うようなことをすれば矛盾だらけになってしまう。

●戦い
「さあ、私たちケルベロスの大勝負の始まりです! 大阪を返してもらいますよ、エインヘリアル!!」
「いっ、いつのまに?!」
「敵襲っ!」
 凜とした叫びと共に風の精霊を纏ったイピナが、あらゆる物を巻き上げるつむじ風の如くに突っ込んでくるのを見て、通りの守備に当たっていた白百合騎士団の小隊は、どうしてこれほどまで近寄られるまで気づかなかったのかと大いに慌てた。
 道路自体は直線が続き見通しは良いが、植え込みや地下へ続く階段、脇道など、身を隠せる場所は幾らでもある。故に注意深く見ていなければ異変を察知するのは難しい、さらに気配を隠す工夫もなされていたのであれば、なおさらだろう。
「いきなりとは卑怯な!」
 即座に応戦の構えを見せる白百合騎士団だが、続く、間合いを意識した連の攻撃への対応に手間取り、その動きを乱される。先手を取られた分だけのやりにくさは否めない。
「私個人の憎悪と今やるべき事への心構えはそれこれとして分けさせていただきますわ」
「くっ、こんな!」
 連の一撃に続くようにして、エニーケの呪いの斬撃が襲いかかる。ダメージはその巨体を枯れ木の如くになぎ倒し、赤く光る刃は遺されたエインヘリアルの命を啜り取った。
「一気呵成に行くぞ、その後は手はず通りに——」
 ヒットアンドアウエィとは言っても、ボクシングのような格闘技と同じことが出来るわけでは無い。考え方と実際にできる行動との違いを履き違えたまま事を為そうとするべきではない。
 守りの一手を放った真琴、一撃離脱戦法で守りを固めなければならない理由を問われれば、一方的に攻撃ができるわけではない事実に気づくだろう。
「ほら、来いよ。このままだとお前達はさんざん毛嫌いしてる『男』に倒されるんだぞ?」
 理想としたい方針と、実際に出来ることの違い理解しつつ、一手を繰り出そうとするゼフト。長い戦いの始まりの幕はこのようにして切って落とされる。
 渾身の力で繰り出したリュセフィーの飛び蹴りがエインヘリアルの騎士の鎧に食い込み、落下の勢いのままにそれを引き剥がした、装甲が地面を転がる高い音が響く中、ミミックのばらまく偽りの黄金の輝きが広がって行く。
「問題無い——これくらいお安いご用だ」
 敵の反撃で打ち消された加護を再び重ねるゲイン。展開したケルベロスチェインの描く魔方陣の輝きを見つめながら、敵の戦力を値踏みする。
 イピナの歌声に心揺らがされる敵の何人かが、真琴の乱射するファイアーボールの直撃を受けて燃え上がる様が見えた。相手がエインヘリアルなので体格差は圧倒的だが、実力で言えば強いとは言えない。自身と比べてもさほど変わりがなさそうだと気づきゲインはある意味安堵する。
 果たして一行は数分で、守備隊の半数ほどの撃破に成功する。
「ここでのんびりするつもりはありません、押し通らせてもらいます!」
 イピナはわざとらしく大声で言い放ち、大阪城の方向を目指して進む振りをする。念のため後ろからの不意の攻撃も警戒したエニーケと真琴が殿についた。
 もう少し時間を掛ければ、全滅させることも出来ただろうが、全滅させるまで戦えば、此方も消耗するし、攻撃を受けたという情報を広めてくれる役割を果たす者も居なくなる。
 攻撃側が1チームだけでも、攻撃を受けた側の2部隊が別々に報告を上げれば、大抵の場合、すぐに同じチームから攻撃を受けたとは判断されずに、2つのチームから攻撃を受けたと誤認する。
(「……今は、目の前の事をキッチリこなしましょう」)
 果たして、再びエニーケを先頭に、一行は気配を消すようにして先に進み始める。
「——?!」
「輝ける地の申し子よ、我が敵を捕らえ葬らん」
 鉢合わせた敵の小隊、その前衛に向けて、連は指先を薙いで、煌めく水晶の如き粉末をばらまいた。
 悲鳴を上げる敵、そこにゼフトの射出したケルベロスチェインが鋭い斬撃の風となって突き抜けて行く。
 為す術も無く、膝をつく前衛の後ろ側、逃走を図る敵を目がけて、全身を覆うオウガメタルを鋼の鬼と化したリュセフィーが満身の力を込めた拳を突き出して、その装甲を打ち砕く。
「これは油断も隙も見せられないな」
「まったくだぜ」
 総崩れとなる敵、傷ついた前衛の後ろ側、後衛の方を狙って、真琴はファイアーボールを放つ。一瞬にして燃え上がる2人の敵、そこにローラーダッシュの火花が生み出す輝を纏ったゲインが速攻の蹴りを打ち込む。
 あっけなく倒れる敵の1人、だがもう1人までは倒せなかった。
「ひとり逃げたようだな」
「構わないわ。とにかくスピードが大事よ」
 戦いを進めて行くうちに連もまた陽動という行動の本質を思い知って行く。
 今、立ち去って行ったエインヘリアルが、有力敵を含む援軍を連れて戻って来たとしても、その時までに別の場所に移動していれば、作戦には何の支障も無いし、遭遇したとしても無理に戦わなければ良いだけの話だ。
「さっきの場所が、恐らく敵が設定した防衛線だったんだぜ」
「その通りだろうな」
 ゲインの何気ない呟きにゼフトが返す、林立するビルに視界が遮られているせいか、今いる場所から大阪城公園までの距離感は把握しにくいが、戦闘状態と違う平時であれば、歩いて数分で着く距離であることは予想がつく。

●撤退
 果たして、戦いを重ねて進んだ先、大阪城公園とビジネス街を隔てる城北川に架かる橋らしき物が見えた。地形の高低差故か対岸の川べりに植えられた桜の花が咲いている様に気がついて、気が緩んでいたわけでは無いが、思わず目を向けた瞬間——。
「かかれっ!」
 気配を殺して待ち構えていた白百合騎士団の精鋭部隊が攻撃を開始した。
「させません——」
 攻撃の射線は皆の盾となろうと、前に出ていたエニーケに集中する。
 そのあまりの激しさに危機感を覚えた真琴が庇おうとするが、焼け石に水だった。
 果たして強固な守りを誇った鎧には無数の孔が穿たれて破壊され、露出した皮膚は焼けたように抉れて白い骨が露出している。それはもうどんな治療でも手の施しようがないように錯覚するほどであった。
「心配ありませんわ……これで役割は果たせましたわね」
「エニーケ!」
 不思議と笑みを見せたエニーケは鈍い水音を立てて倒れ伏す。ゲインは満身の力で癒術を繰り出すも、彼女を戦列に連れ戻すには及ばなかった。
「糞っ、何で気づかなかったんだ」
 ゼフトは苦々しい表情で唇を噛む。
 ここまでほぼ一方的に有利に戦いを進めて来ただけに、掌を返したような事態は正に青天の霹靂であった。
 ただ、此所にこれだけの敵がいるということは、陽動という目的自体は充分に果たしたと言える。
「何をしている! 急げ、撤退だ!」
 急激にダメージを重ねつつあった、真琴が激痛に耐えながら鋭い声を飛ばす中、まるで時間を稼ぐように偽の黄金を撒いていた、リュセフィーのミミックが殺到する攻撃に破壊される。
「悔しいけど、どうにも出来ないよ——こんなことになったのは悔しいけれど」
 治療されてなお、エニーケは気を失ったまま、肩を抱えて運ぼうとするゲインを手伝いながら連が言った。
 咆哮を上げながら慎重に距離を詰めてくる白百合騎士団、次いで地面に青白い魔方陣が描かれる。イピナの操る風の奔流を遮るように敵を守る障壁が現れる。
「そろそろ限界です」
「ああ、分かってる——」
 作戦は成功した、だけど今は、帰るために、傷ついた仲間を帰すために、真琴が最後の力を振り絞り、イピナが力を振り絞って風を起こし、殿に立っている。
 最後、2人は無意識のうちに、敗走ではなく、戦術的な撤退であることを匂わせて、敵の警戒を誘う。
 一行が帰ろうとするのは、仲間と呼べるケルベロスが待つ場所。
 仲間という言葉の響きは、わが家や家族と同じ様な甘く暖かなイメージがある。
 現実には、認識の行き違いや思い込みから、望まないことが起こることもある。
「大丈夫、皆で、ちゃんと帰り着けるよ」
 皆で、という言葉の意味を、言葉を耳にした者は胸の内で静かに噛みしめた。

作者:ほむらもやし 重傷:エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月12日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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