ミッション破壊作戦～因果応報の理

■リプレイ

●一
　石川県笈ヶ岳。
　富山、岐阜と三県にまたがるこの山はいま、人類の手が及ばぬ魔境と化している。
　登山道なき無人の山麓にあるのは、ダモクレスの秘密工場。その主たる『輝きの軍勢』が滅んでもなお、工場から鋼の脈動が途絶えることはない。
　工場を守護する螺旋忍軍と、彼らの強襲型魔空回廊がある限り――。
「ついに、この時が来たですね……」
　ヘリオンの座席に坐した機理原・真理（フォートレスガール・e08508）は、ふと窓の外に目をやった。
　眼下に広がるのは美しい自然が広がる山々。だが真理の目は、その光景を見ていない。
　彼女の目が映すのは、あの山麓で今も動き続けるダモクレスの秘密工場。そして、そこを守護する螺旋忍軍『呪鎧鋼殻将雷謳音瑠』と『呪鎧轟雷将零怨覇婁屠』の顔だった。
（「待っているのですよ。必ず引導を渡してやるのです」）
　暗い光を宿した目で拳を握る真理。そんな彼女の頬に、マルレーネ・ユングフラオ（純真無表情・e26685）の温かい手がそっと触れた。
「真理、こっち向いて。戦化粧をしてあげる」
「ありがとうです、マリー。……お願いなのですよ」
　つちくれを付けた指で、マルレーネが真理に化粧を施す。
　その向かいで紺崎・英賀（自称普通の地球人・e29007）は苦悩の声を漏らしていた。
「不安だ……不安だ……」
　英賀はかつて螺旋忍軍に誘拐された過去を持つ男だ。
　そこで過ごした日々のことを、英賀は秘して語ろうとしない。だが、苦悶する彼の表情を見れば、彼が螺旋忍軍によって狂わされたものの重さは容易に察せられる。
「ほら英賀！　リラックス、リラックス！」
　そんな彼を励まそうと、マサムネ・ディケンズ（乙女座ラプソディ・e02729）は先程から英賀に明るい笑顔を送っていた。
「大丈夫だって。オレたちがついてるよ！」
「ありがとうマサムネ君、ちゃんとやらなきゃね……ちゃんと……」
「ほらまた！　心配しないで――」
　自分に言い聞かせるように肩を落とす英賀。再び励ますマサムネ。
　そんな彼らの姿をフレデリ・アルフォンス（ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627）は黙って眺めていた。
（「みんな……色々と訳ありのようだな」）
　あえて立ち入らないよう気遣いつつ、フレデリは己の仕事を淡々と進めていく。
　グラディウスを固定する装備は準備した。周辺の地形も頭に叩き込んだ。あとはベストを尽くし、回廊の破壊が成功することを祈るのみだ。
「……着いたか」
　降下ポイント到着のブザーが鳴り響くのを聞いて、フレデリは席を立った。
　解放されるハッチへと移動するケルベロス。グラディウスを手に準備を終えたフレデリの隣で、田津原・マリア（ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514）は小さく呟く。
「ダモクレスの工場……それだけで許せんよ、うちは」
　マリアの脳裏に蘇るのはダモクレスに蹂躙された故郷、そして犠牲となった人々だ。
　あんな悲劇を起こす連中を、これ以上野放しにはできない。
　そのために、自分は戦う――。
「魔空回廊の連中が誰だろうが、打ち壊すのを邪魔するんやったらこの手で倒します！」
　決意が最高潮に達するのを感じたように、マリアは回廊へと降下していった。
「じゃ、俺も行く。また地上でな」
　続いて、フレデリが降下。
　英賀が、マサムネが、後を追って次々にハッチから降下していく。
「真理……気を付けて……」
「ええ……行くのですよ、マリー」
　戦化粧を施した顔で、真理が頷いた。
　ダモクレスも螺旋忍軍も、全てを灰に帰す。その誓いを込めて。
「いつまでも、奪わせたままにはしておかないです。私たちだって強くなるのですよ」
「……うん」
　こうして二人は、ヘリオンから身を躍らせた。
　必ず勝って帰る――その想いを、ともに胸に抱きながら。

●二
　笈ヶ岳の風は刃のように冷たく、鋭かった。
　人間の進入を拒む山、その山麓で今なお蠢く強襲型魔空回廊。一番槍で降下したマリアはバリアの奥を一点に見据え、ひと思いにグラディウスを叩きつける。
「ダモクレスの秘密工場なんてもん、残すどころか許してもおけません！」
　地球という星に根を張り、侵略の触手を伸ばすダモクレス。その彼らに力を貸す螺旋忍軍への怒りが、マリアの魂の叫びによって、爆炎に、雷光に変じていく。
「そこで作られた兵に、どれ程の人たちが苦しめられたと思うとるんですか！　それを守る存在かて生かしておけません！　番人諸共無にしたります！！」
　山を覆う雪景色に、赤黒い花が次々と咲き乱れた。断続的な爆発が空気を揺さぶり、叩きつけるような衝撃波がマリアと仲間たちを弄ぶ。
「なんのぉっ！！」
　フレデリは負けじと大喝して、グラディウスをバリアへと突き刺した。
「ゲートが壊され帰れなくても、同情はしない。侵略してきたのはそっちだからな！」
　フレデリは小国とはいえ王族の人間であり、聖騎士団長でもあった男。侵略という行為がどれほどの悲劇をもたらすかは知っている。
　故に、それに進んで加担する者に抱く怒りも、また深い。
「共存する意思もなく！　ダモクレスだのビルシャナだのと手を組んで！　今なお侵略を続ける螺旋忍軍の者どもよ！　良く聞け、俺は――！！」
　俺は、貴様らを生かす気はない。
　フレデリは明白な滅殺の意思を込め、魂の叫びを剣に込めた。
「あの世でたっぷり後悔しとけ！　ぶっ壊れろクソッタレの魔空回廊！！」
　グラディウスから一際大きな爆炎が生み出され、笈ヶ岳の山麓に降り注ぐ。
　回廊を防衛する機械分身たちは、為す術もなく砕け散るしかない。死の直前になっても、悲鳴一つあげずに四散していく彼らを見下ろしながら、英賀が、マサムネが、息を合わせてグラディウスを叩きつけた。
「他の命を利用する卑怯者め……僕の宿敵を殺す前に……まずはお前達からだ」
「螺旋忍軍は、同志たる英賀の憎む敵。なら協力するよ、復讐の一歩に！」
　英賀がグラディウスに込めたのは、憎しみ。かつて自分をさらい、その人生を狂わせた、螺旋忍軍という種族そのものに対する殺意だった。
「――殺す……殺す！　殺す！！」
　握り砕かんばかりの力で柄を握り、地獄の底から轟くような声で、カッと目を見開いて、英賀はいま、魂の叫びを振り絞る。
「螺旋忍軍ども、僕の復讐の第一歩となれ！　必ず殺す！　絶対に殺す！」
「英賀を苦しめる奴は、オレが許さない！　螺旋忍軍、これ以上の横暴はさせない！」
　マサムネもまた、英賀に続いてグラディウスに魂を込める。
　二人の響きがもたらすのは、視界を赤黒く塗り潰す爆炎。聴覚を奪う程の雷鳴。
　既に回廊は土煙と煙に覆われ、視認すら困難な状況だ。雷謳音瑠と零怨覇婁屠の機械分身たちは、相変わらず回廊から湧き出て来るのみ。悲鳴ひとつ上げずに鉄屑へと姿を変えることだけが、彼らに許された唯一の選択だった。
「あの螺旋忍軍たち……これまで如何程の非道を繰り返して来たのか……」
「……それも今日で終わる」
　マルレーネはグラディウスをバリアへと突き刺した。
「終わらせる。私と、真理と、皆で」
　そして思い出す。
　この回廊の螺旋忍軍の雇い主を。かつて恋人と共に戦った輝きの軍勢を。
　今はもう存在しないダモクレスのことを――。
「輝きの軍勢、お前たちの存在がある限り、真理の心は囚われたまま」
　真理の敵は自分の敵。マルレーネにとって彼女はそういう存在だ。
　だからこそ、生かしてはおけない。恋人である彼女を今なお苦しめ続ける、あの螺旋忍軍たちだけは。
「真理の心の安寧のためにも、とっとと消え失せろ！」
　山麓に響く轟音に、マルレーネの叫びが響き渡る。
　そして真理が、最後の一振りを叩きつけた。
「雷謳音瑠。零怨覇婁屠。貴方たちが契約した相手は、既に倒れてるです」
　故郷に帰る道を失った二名の螺旋忍軍。
　彼らの心中を知る術を、真理は持たなかった。
　故に思う。もしかしたら彼らとて、契約に従うしかない存在なのかもしれないと。
　けれど――。
「けれど、ここは地球なのです」
　真理は、はっきりと言った。
「私たちの故郷なのです。それを貴方たちは、勝手に工場にして、勝手に守って、色んな人を苦しめてるです。私はそれを許さないのです！」
　地球人の父。レプリカントの母。焦土に変えられた故郷。
　あんな光景を、二度と作らせるわけにはいかないのだ。
「私たちの地球を――好き勝手にはさせないですよ！」
　最後の叫びが、雷光となって回廊一帯を包み込んだ。
　次々に着地するケルベロスたち。目を覆うスモークの中、真理は平衡感覚とマルレーネの手を頼りに立ち上がる。
（「回廊は……？」）
　うっすらと開けていく視界。すぐ横で、マリアの祈るような声が聞こえる。
「頼むで……」
　ケルベロスたちは息を呑み、回廊の方角へと目を凝らした。
　そして――。
「真理……」
「ええ、マリー。……やったのですよ」
　スモークの晴れた先に、回廊の姿はない。
　フレデリは破壊成功という戦果にガッツポーズを取って、喜びに飛び上がる。
「よしっ、やったぜ！！」
「そうと決まれば長居は無用だね。急ごう！」
　一同はマサムネの言葉に頷いて、離脱を開始した。

●三
　スモークをかき分けて、襲い来る忍軍の機械分身を蹴散らして、ケルベロスはひたすらに走り続ける。
　ミッション地域の境界までもう少し。そこを抜ければ作戦成功だ。
「みんな、もうすぐ――！」
　マサムネがそう言いかけた時、先頭を行く真理のライドキャリバー『プライド・ワン』がヘッドライトを明滅させた。
　敵の接近を示す警告のサインだ。
「気をつけて！　来るのですよ！」
　刺すような殺気に、反射的に跳び下がる真理。
　直後、１秒前まで彼女が立っていた場所を、飛来する砲撃が吹き飛ばした。
『ケルベロス共を発見した』
『契約に基づき、これより排除する』
　煙の向こうより現れる、ふたつの人影。
　呪鎧鋼殻将、雷謳音瑠。呪鎧轟雷将、零怨覇婁屠。
　ここは通さぬとばかり、二名の螺旋忍軍がケルベロスへ砲口を向ける。
「プライド・ワン、続くですよ！」
　真理はチェーンソー剣を手に、雷謳音瑠めがけて突撃。構造的弱点を捉えて振り下ろした回転刃の一撃で、鋼の装甲を吹き飛ばす。
『作戦遂行に支障なし』
『ミサイル発射準備』
　攻撃態勢を取る雷謳音瑠と零怨覇婁屠に、炎を纏ったプライド・ワンが突っ込んだ。
　零怨覇婁屠を庇い、フレデリめがけて毒手裏剣を放つ雷謳音瑠。その影から零怨覇婁屠も前衛へナパームミサイルを発射する。その火力は、クラッシャーのそれだ。
「皆さん、雷謳音瑠を先に落とすです！」
　毒手裏剣からフレデリを庇いつつ、真理が言った。
「了解した、任せろ！」
「オレがみんなを応援するよ！　ネコキャット、回復手伝って！」
　カラフル煙幕で前衛に力をもたらすマサムネ。清浄の翼で羽ばたくネコキャット。
　フレデリが、マリアが、マルレーネが、マサムネの支援で炎を吹き消し、嵐のごとき勢いで雷謳音瑠に迫る。
「逃がすかあ！」
　フレデリの風神突が、剥がれた鎧の隙間を突いた。部品を撒き散らしながら、踏み止まる雷謳音瑠。そこへ、英賀のメタリックバーストを浴びたマリアがエアシューズの滑走で突撃し、流星の蹴りを叩き込む。
「取っ掛かりを作ります！」
「霧に焼かれて踊れ」
『調子に乗るな、ケルベロス共』
　マルレーネの『焼霧嵐舞陣』に装甲を侵食されるのも構わずに、雷謳音瑠はグラビティの砲撃を放った。標的を氷で苛む螺旋の一撃からマルレーネを庇うプライド・ワン。
　ＢＳ耐性によって氷を剥いだのも束の間、零怨覇婁屠の轟雷砲が追撃で浴びせられる。クラッシャーから放たれた一撃によってプライド・ワンの体は地面にこすり付けられ、悲痛な悲鳴を上げた。
「プライド・ワン！　耐えるのですよ……！」
　真理は歯を食いしばりチェーンソー剣を雷謳音瑠の胸に突き刺した。回転する刃が火花を散らし、体の中を滅茶苦茶にかき回された雷謳音瑠が煙を吹いて奇妙なダンスを踊る。
『零……零怨覇婁屠……契約を……』
　プライド・ワンのスピン攻撃で転倒する雷謳音瑠。マルレーネはバスターライフルの照準を合わせ、引き金を引いた。
「ゼログラビトン、発射」
　発射されるエネルギー光弾に頭を吹き飛ばされ、雷謳音瑠が鉄屑となって消える。
「よし、残るは１体やね！」
　マリアは零怨覇婁屠めがけ、ドラゴニックハンマーを振りかぶり、飛んだ。
　少しずつだが、周囲のスモークは晴れ始めている。もはや一刻の猶予もなかった。
「こん一撃は重いですよ！」
　振り下ろされる、ドラゴニックスマッシュの一撃。
　金属のパーツがひしゃげ、悲鳴のような叫びをあげる。
「マサムネ！　英賀！　全員で攻撃に移るぞ、時間がない！」
　フレデリは零怨覇婁屠の傷口をえぐり、切り開きながら、二人にも加勢を求めた。
　ここで応援部隊に囲まれたら全てが水の泡だ。リスクは承知の上だが、やるしかない。
「任せて。神よ汝の子を哀れみ給え――」
「螺旋忍軍！　死ぬまで痺れてろ！」
　マサムネの奏でる『やがて復讐と言う名の雨』のダークなメロディに乗って、英賀の雷撃が零怨覇婁屠を打ち据えた。
　集中砲火を浴びた零怨覇婁屠は体中から煙を吹きながらも、しかし攻撃をやめない。
『契約……完了まで……あと……』
　最後の力で、ナパームミサイルを前衛へと発射する零怨覇婁屠。
　飛来するミサイルから最後の力を振り絞って真理を庇い、プライド・ワンが消滅する。
「……ありがとうですよ」
　相棒が稼いでくれた猶予に全てを駆けて、真理は零怨覇婁屠めがけて駆け出した。
　チェーンソー剣を両手に構えて跳躍。首筋に狙いを定め、薙ぎ払う。
「――終わりなのです」
　それが、とどめだった。
　回転しながら吹き飛ぶ零怨覇婁屠の首。機械化の施された体は頭部と揃って爆発し、跡形もなく消滅するのだった。

●四
「みんな、大丈夫か！？」
　領域から離脱すると同時、フレデリは仲間たちを振り返った。幸い、欠けた者はいない。グラディウスも全て無事のようだ。
「あ……危なかった……」
　火傷に覆われ、傷だらけの体で、マサムネはその場に崩れ落ちるように座った。あと少し戦いが長引いたら、どうなっていたか……。
　その横でマリアと真理は、紙一重で掴んだ勝利の味を仲間とゆっくり噛み締める。
「……終わったんやね」
「ええ。お疲れ様ですよ」
　真理は安堵の息を吐いて、瓦礫となった秘密工場の跡を眺める。
　そしてふと、思い出した。遭遇した二名の螺旋忍軍を倒してから、機械分身の物音が工場から聞こえなくなったことに。
（「あの雷謳音瑠と零怨覇婁屠、もしかしたら……」）
　真理は仮定を振り切った。
　全ては終わったことだ。輝きの軍勢も、工場を守る螺旋忍軍も、今はもういない。
　残雪期の訪れを待つ笈ヶ岳。その地を後に、ケルベロスたちは帰還していく。
　魔空回廊破壊という、勝利の報を携えて――。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年3月31日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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