その拳が語るもの

作者:猫鮫樹


 冬の寒さが明けて、春の温かな風が吹き抜くころ。
 誰かが使わなくなった道場内に一人、劉・沙門(激情の拳・e29501)は佇んでいた。
 埃っぽい空気を外に出すために道場の扉を開け放ち、自身の忘れた記憶と『八方天拳』を思い出せればと小さく息を吐く。
 その呼吸の一瞬。沙門は自分の背後に気配を感じて振り返った。禍々しい、と一言で済むような気配でなく、握られた拳は沙門の腹を狙い撃ち放たれていた。
 油断していた自分自身に苦笑を漏らし、沙門は目の前に立つ『螺旋忍軍』剛武・拳を睨みつけてやった。
「この道場も壊してやろうと来てみたが……」
 強いやつに会えたのは運が良いと言って再度構え直した拳に、痛む腹を抑え沙門はただ口元に笑みを浮かべる。
「道場破りにでもきた集団の一人か?」
 主を失った道場といえども、壊させるわけにいかない。かつて開いていた道場のことが沙門の脳裏によぎる。
 沙門は目の前で構えるデウスエクスを倒すために、自身の受け継ぐ拳法の構えを取ったのだった。


「劉・沙門さんが螺旋忍軍の襲撃を受けることを予知して、急いで連絡を取ろうとしたんだけど、連絡がつかないんだよ」
 いつもならば笑みを浮かべる中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)は焦った表情を滲ませて、集まったケルベロス達に告げた。
 一刻の猶予もないのだろう。沙門に危害が及ばないように、救援に向かってほしいと話ながら、手元の本を握っていた。
「人がいない道場の襲撃で、人払いの必要もないよ。ただ相手は様々な拳法を身につけているみたいだから、油断しないでね」
 赤目が不安とケルベロス達ならば大丈夫だろうという期待で揺れ動く中、鴻は静かな声で続ける。
「沙門さんを救って、螺旋忍軍を早急に撃破してきて」
 本を強く胸に抱きしめ、鴻はそう言葉を結んでケルベロス達を見つめるのだった。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
劉・沙門(激情の拳・e29501)
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)

■リプレイ

●吹き抜ける春風
 螺旋忍軍――剛武・拳は口元を三日月に歪めていた。
 一触即発。いつ攻撃が来てもおかしくない空気が、春の温かな風では吹き消せないほど道場内を満たしているようだった。劉・沙門(激情の拳・e29501)は油断しないようにと、その拳を構える。
 すると開け放っていた道場の扉から、明るくよく通る声が響いた。
「沙門さーん!」
 お掃除お手伝いに……と言いながらフィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)は、道場内にいる二人を春の光で煌めかせた瞳に映し、肌を刺すような殺気が含まれる空気を身に感じてミミック「スームカ」と共に沙門のそばへと駆け寄る。
 フィアールカの後ろからも救援に駆け付けた仲間達が、後を追うように姿を見せると、沙門は少しだけほっとして息を吐いた。一人ではないことの安心感、失われた記憶の断片にはいつかの自分の道場が浮かんでいた。
 あの時は1人で戦い、負けた。
 しかしあの頃とはもう違うのだ。鍛えた技も体も、そして仲間もいる。
 翼を一つはためかせた椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)は聞きつけた襲撃に駆け付けた一人だ。沙門と剛武の間にある、なにか因縁らしき雰囲気を感じて言葉を零す。
「邪魔、してしまいんしかね…?」
 笙月の零した言葉に沙門は、いいやと首を横に振った。
 沙門の反応に笙月は目を細めると、自分たちの前にいる剛武について問いかける。
「あいつは世界各国の格闘技の道場を潰して回っている凶悪な武闘集団。自分達以外の道場は目障りだから潰しているのだ」
「そうざんしか……ならばサポートに回るざんしよ」
 沙門の話に頷いて笙月は迦陵頻伽を構え、柔らかな微笑を浮かべて一振り。
 その笙月の攻撃を剛武がなんなく回避し、そこを幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)が追撃した。
「拳法を学ぶ者としては対抗心の湧く言葉ですね、幸家の拳法にてお相手しましょう!」
 靴を脱いだ鳳琴の足が道場の床を踏み鳴らす。
 鳳琴は自身の小ささを利用して剛武の体に潜り込み、魂を喰らう降魔の一撃を撃ち放つ。
 だが剛武も様々な武術を身に付けた螺旋忍軍。懐に潜り込んだ鳳琴の一撃をいなし、鳳琴の体を投げる為にその腕を取った。それと同時に耳障りな機械音が室内を埋め尽くす。
 悲鳴のようにも聞こえる機械音はパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)の持つ損壊遺棄から鳴らされていた。不協和音を奏でる損壊遺棄をパトリシアは振りおろす。
 いつもなら殴る蹴るなどの攻撃をしているパトリシアだが、この戦いではそれらを封印してサポートするために得物で確実に剛武にダメージを負わせるために動くのだ。
 鳳琴を投げる為に掴んだ手を一度放し、パトリシアの攻撃を避ける為に身を捩った剛武。
 その一瞬の隙を見てフィアールカが爆破スイッチを押して、スームカに指示を出した。
 前衛の背後にカラフルな爆発が起こり士気を高めていく。
 その爆風を利用したスームカは作り出した武器を振り回し剛武に襲い掛かった。
 シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が沙門に魔導金属片を含んだ蒸気を浴びせて、防御力を増強させた。因縁のある相手との闘い、メインで動くのは沙門だと深い事情が分からずともそう判断したのだ。
 シルディの気持ちを汲み取った沙門はただ頷いて、仲間達の攻撃を避ける剛武を睨みつける。
「ろくでもない知り合いとお見受けしました。とりあえずぶっすり潰しましょう」
 物騒な言葉が聞こえた沙門が視線を下げると、ドローンの群れと巻角が目に入った。
 折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)は前衛にヒールドローンを施して沙門を助けるべく行動する。
 そうして今度は左頬の刀傷を少しだけ気にしつつ、小柄ながらも螺旋忍軍を睨む目には力が籠っているエイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)が、装甲から光輝くオウガ粒子を放出し、差し込む光と合わせて更なる輝きを見せると、前衛の超感覚を覚醒させる。
 仲間がこうして駆け付けて、手を貸してくれる今。
 沙門は背を押されるような感覚を覚えた。
「今の俺には鍛え上げた技があり、仲間たちがいる。覚悟しろ剛武・拳!」
 失ってしまった記憶が込み上げるように、沙門は床板を蹴り上げミミック「オウギ」とともに剛武を倒すべく、力強い蹴りを見せるのだった。

●蘇るは過去
 打ち合う拳。床板を蹴る足。
 笙月はまるで和楽器を奏でているようだと笑みを零す。時折混ざるパトリシアの得物の悲鳴が混ざれば、道場内はたちまち舞台へと変貌するかのようで。
 剛武の強さは言っていた通り、上に立つ位置にいる者としてかなりの実力だと感じるほどだった。
「まだ! これからっ!!」
 剛武からの攻撃を自分より行かせないようにと、鳳琴がその身で剛武の攻撃を受け止めていく。襲いくる攻撃の重さ、早さ。
 拳法を学び、日々鍛錬を欠かさない鳳琴の体を痛みがじわりと蝕んでいくようで、それでも目の前の螺旋忍軍から目を逸らすことはしなかった。
「さすがケルベロスって言ったところかぁ? だが、甘いな」
 見えない瞳を細めるように、口元を三日月に歪める剛武。
 挑発ともとれるその言葉。
「螺旋忍軍……!」
「だめだ! 挑発に乗るな!!」
 剛武の挑発に乗ってしまったエイシャナを止めようと沙門は叫ぶが、それよりも早くエイシャナが床板を強く踏み向かっていく。
 エイシャナは負けん気が強く、その熱くなりやすい性格を逆手に取られたのだ。
 向かっていくエイシャナの一太刀。
「虚ろにて実を断ち切る我が刃……疾風の剣……っ、虚空太刀!」
 熱くなる想いも、敵を倒す気持ちも、すべて集中させて浴びせる一太刀。春風とともに抜き放つ剣は全てを斬り裂かんばかりに。
「ハッ、だから甘いんだよ」
 鼻で笑い飛ばす剛武は、エイシャナの攻撃を少しばかり食らうが大きなダメージにはならないのだろう。そのままエイシャナの懐に拳を打ち付けようと体を引く。
「オウギ!」
 質量のある一撃をあの小さな体に受け止めさせてはいけないとすかさず沙門がオウギに庇わせようと叫ぶ。それも見越していたのだろう剛武は、ただ一層笑みを深めるばかり。
「エイシャナさん!!」
 吹き飛ぶエイシャナとオウギ。小さな体はオウギによってダメージは受けてないものの、自重を支えるほどの余裕はなかったのだろう。
 仲間が倒れる姿を茜の瞳が捕らえていた。
 剛武の目的は沙門なのだろう、他の者がうっとうしいのかさっさと倒そうという算段なのか。
 握る拳が再び動く。
「これはあまり使うことないのざんしが、敵さんの強さに敬意をこめて、ざんしよ…」
 チャイナドレスの裾を揺らし、笙月はそう声を上げ舞うと、それにパトリシアも続いて得物を振り上げた。
 唸るチェーンソーの刃が日差しを乱反射させる。
 着実に剛武にダメージは与えてはいるはずだが、いまだに脅威は消えない。
 庇うために全線に向かうフィアールカと鳳琴。状態異常を積み重ねるために後方から攻撃する茜とエイシャナ。
 それでも打ち付けられる拳に、空を蹴る足。
 倒れる仲間。
 ふつふつと溢れる記憶が、沙門の脳を焼いていくようだった。
「勇ましきものを支え、突き動かす。それが今ひとたびの活力をもたらす」
 シルディの唱える声が響いて、春の陽気とはまた違う温かな力が溢れる。
「ありがとうございます、シルディさん!」
 バレエを踊る様に軽やかに舞うフィアールカは温かな力を感じて、再び剛武へと向かう。
 戦いに向かう仲間。沙門ももちろん鍛錬し培った力を拳に乗せて剛武へと向かうが、それよりも脳裏をよぎる何かが邪魔をする。
 剛武の拳を避ける為に後方へ跳躍すれば、今度は鳳琴に攻撃が向く。
「うぇっ……!!」
 倒れる鳳琴が体をくの字にしている。
 倒れる仲間の姿が、剛武のいる道場が過去の記憶に重なったのだ。
「思い出したぞ……血に染まり、死屍累々な俺の道場……」
 シルディは回復をする手を止めずに、沙門の言葉を聞いていた。
 苦痛に顔を歪めて、思い出したものを深く吐き出すようなその声を。
「そこにいたのは貴様だった! 俺が席を外していたばかりに……ふがいない……しかし! もうこれ以上貴様には奪わせない! 誰かの命も、俺の命もな!」

●その拳が語るもの
 自分よりも前で、集中的に狙われる沙門を心配して視線を投げる茜。
 沙門と共に戦うのは茜にとってこれが初めてだが、その気迫や思いに茜も何か感じるものがあったのかもしれない。
「この技は前に使った時は貴様には通じなかった……だが、そこから俺は鍛錬を欠かさなかったゆえにこたえているはずだ!」
 両手を握り、勇ましく。
 両の足で床板を蹴り上げて跳躍して、帝釈天(タイシャクテン)を剛武の体を打ち付けて爆発的な威力を生み弾き飛ばす。
 避けきれなかった攻撃により、剛武の体は壁に叩きつけられた。
 咳き込む様子を見ると、かなりのダメージなのだろう。オウギも更なるダメージを与えるために喰らいつく。
 よろけながらも、剛武は拳を向けることをやめない。
 最初よりも動きの鈍る体は着実なダメージが積み重なっていることを証明しているようだ。
 ケルベロス達が剛武を囲むようにして攻撃していく中、回復役のシルディが仲間を癒し、それでも間に合わないようならと龍状の輝くグラビティを解き放って鳳琴が回復を施していった。
 攻撃や足音、声が道場内に木霊する。息遣いも何もかもが、音楽を奏でるかの如く皆の鼓膜を揺らした。
 春の温かな風すらも今は肌に感じられず、一瞬の油断もしないようにと動き回る。
 剛武も様々な武術を体得しているからか、ダメージが重なっても自分の力を信じているのか、動きを鈍らせても拳の重さを弱らせない。その拳をまっすぐ打ち出し、沙門の腹部を穿つ。
「グッ!」
「沙門さん!?」
 強い圧迫感、内臓をも破壊せんばかりの一撃に沙門は腹を抑え蹲ってしまった。
 追撃する剛武を沙門から遠ざける為に、茜やエイシャナが後方から攻撃に出ていく。その間にフィアールカが眉根を寄せて駆け寄った。
 口元から漏れる赤い雫がスローモーションのようにゆっくり流れ落ちる。
 死んでしまうという恐怖が瞬く間にフィアールカの心を侵食してしまうが、彼が弱くないことも知っているだろう彼女はそんな考えを払拭するようにグラビティを発動させた。
「私の恋は煌く霊峰、私の愛は咲き初めの睡蓮、護り癒すは女神の微笑み!パールヴァティー・リュボーフィ!」
 練り上げた闘気を治癒の力へ反転させ、フィアールカは腹部に手を翳し癒していく。女神の慈愛の名の通り、温かく優しい思いの力。
「ありがとうな」
 フィアールカに沙門はそう言って柔らかく微笑んだ。
「こう見えて、螺旋の術も習得しておるなんしヨ?ふふ」
 沙門にとどめを刺すために油断していた剛武に、笙月が隙を攻めていく。
 螺旋を籠めた半透明の掌が剛武を打ち付け、それに続くように、
「一撃必殺には程遠い未熟な身ですが……勝ちますとも!」
 鳳琴が寸勁のような動作で攻撃をし、パトリシアがサキュバスミストで沙門の傷を更に癒せば問いかける。
「ドウスル? アナタがトドメを刺しマスカ?」
 パトリシアの問いかけに沙門はただ頷く。
「死ぬのが怖くて……恋ができるかー!!」
 さきほどの恐怖心を消し飛ばし、フィアールカがスームカと共に追撃に走れば、シルディがこのまま押し切るためにまうで砲撃した。
 剛武は止まないラッシュにどうしようもできず、エイシャナの気合の入った一太刀を喰らいたたらを踏み、そして、
「ぶっ――すり潰れろっ――!」
 茜が踏み込み頭部にグラビティを集中させ、剛武の頭へと叩きつけた。トドメへの道はこれで切り開かれたのだ。
 互いを護り、助け合い、そこに強さが生まれる。
「破壊しか知らぬ拳は必ず砕ける時がくる……本当に強いのは人を守れる拳だ! それは生涯砕けることはない!」
 穿つ沙門の拳は剛武の胸を貫いた。足先や指先がハラハラと塵へと変わっていき、すべてを吹き飛ばすような春の風が道場内を舞い、跡形も残すことなく消えていった。

●温かな世界
「皆、本懐を遂げられたこと心より感謝しよう。弟子達の無念も晴らすことができた」
 失っていた記憶が戻り、宿敵である剛武を倒し終わった。
 使われていないこの道場の戦いのあとを修復して、埃が薄っすらと積もった床を雑巾がけしていた皆に沙門はそう伝えた。
 そんな様子を見てそれとなく察したエイシャナは笑顔で頷いて、叱る時も褒める時も頭突きをしてくる師匠を思い出して、なんだか少し寂しくなってしまう。
 エイシャナの少し沈んだ横顔を見つめる茜も、共に戦うのが初めてだけれども何か感じることがあったのだろう、手にしていた雑巾を握ってエイシャナから床板へと視線を戻し作業を続けるのだった。
 どこかすっきりしたような沙門の顔を見つめていたシルディは、明るい未来へ……春のように温かな優しい未来に向かえるようにと掴んだ雑巾を持って笑う。
「てりゃ~!」
 なんて言いながらばたばたと雑巾がけする様子は何だか微笑ましい。
 戦闘痕のある場所はもう粗方終わったのだろうか、縁側にはパトリシアと笙月が座っていた。
「無事に終わってなによりざんしね」
「救援が間に合って良かったデス」
 二人が頷く中、沙門もそれに感謝をさらに深めていると、鳳琴が人数分のお茶を用意して縁側へと置いた。
「よろしければお茶タイムでもどうですか?」
 雑巾がけしていた3人も縁側へと集まれば、温かな休息の時間となる。
「まだまだ未熟さを感じました。修練あるのみ、ですね」
 お茶を啜って鳳琴はぽつりと零した。デウスエクスとの戦いはまだまだ続くだろう、それに負けないような力をつけなければ。
「それはそれと……なんだか甘いものも、食べたくなってきましたね……」
 少し翳った空気を吹き消すように鳳琴が呟くと、笙月が優雅な所作で湯飲みを傾けた。
「でもみんな大きな怪我もなくて良かったわ……」
 沙門の隣にいたフィアールカは、沙門が倒れた時のことを思い出して掌を握った。肝が冷えるとはこういうことを言うのかと体験したわけだ。
 暴走してでも、皆を、沙門を守るとは思っていたが……こうして無事に談笑する余裕があるのは嬉しい。
「ああ、皆が来てくれて本当に感謝している」
 強く握るフィアールカの手に、沙門は己の手を乗せて安堵の息と共にその言葉を呟けば、春の風が頬を優しく撫でるように吹き抜けていくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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