月狂い

作者:遠藤にんし


 満月の下、ソフィステギアは魔法陣へと命じる。
「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗した――だが、コギトエルゴスムはこう使うことも出来る」
 魔法陣は、月光を浴びて輝いて。
「狂月の病魔よ。神造デウスエクスとなり、マスタービースト様へ至る道しるべとなれ」
 命令を受け、病魔が姿を見せる――。

 一人、うさぎのウェアライダーの女性が神社を訪れていた。
「うん、頃合いね」
 視線は神社に植えられた桜たち。桜はちょうど見ごろを迎えており、女性は嬉しそうに笑みを向ける。
 春の香りはあるものの、まだ夜風は冷たい。
 女性は身を震わせ、神社を去ろうとしたが――。
「……、え?」
 目の前にいる病魔たちの姿に、目を見開く。
 靄がかった黒猫のような病魔の姿。
 引き裂かれたような口で病魔はニタリと笑うと、赤い瞳を女性に向け。
 その命を奪うべく、殺到した。

「みんなのお陰で、螺旋忍軍の計画は阻止できたよ」
 しかし、と高田冴は続ける。
「セントールの復活を阻止された螺旋忍軍は、狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込み、神造デウスエクスモドキを生み出しているようだ」
 本来ならばウィッチドクターにしか実体化させられない病魔。
 狂月病はウェアライダーが定命化したことで発生した病魔だから、ウィッチドクターに頼らず実体化させることが出来たのかもしれない……と、冴は言い。
「ウェアライダーを襲撃して殺害することで、マスター・ビーストの秘儀を再現しようとしているのかもしれない」
 今から現場に向かえば、病魔の出現した直後に現場へ到着できるはず。
「ウェアライダーを守り、病魔型神造デウスエクスモドキを倒してほしいんだ」
 妖精八種族のコギトエルゴスムを得るためにもと告げる冴へ、新条・あかり(点灯夫・e04291)はうなずいた。
「夜の神社に行くと良いのかな」
「そうだね、みんなには夜の神社に行ってほしい」
 そこには、女性のウェアライダーが一人いるようだ。
 恋人と夜桜デートをする下見に訪れたところだったようで、周囲に人はいない。
「襲撃される前に避難させてしまうと、別のウェアライダーが襲われる。そうなると、襲われた人を救出するのは難しくなってしまうんだ」
 神造デウスエクスはウェアライダーを攻撃しないが、戦闘開始後にウェアライダーが逃げた場合はその方向へ移動してしまう。
 追尾移動を阻止はできないので、ウェアライダーを避難させることは不可能だと考えて良いだろう。
「そして、戦闘から8分が経過すると、ウェアライダーの女性は重度の狂月病を発症、デウスエクスの戦闘能力が上がってしまうんだ」
「なるべく早く倒したいね」
 あかりの言葉に、冴はうなずく。
「どうやって病魔を呼び出したのかも気になるところだが、まずは撃破から進めていってほしい」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
安曇・柊(天騎士・e00166)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
ミレッタ・リアス(獣の言祝ぎ・e61347)

■リプレイ


「――Prometheusの火を掲げよ!」
 戦場に炎が灯る。
 夜桜を照らす輝きは安曇・柊(天騎士・e00166)のもの。
 デウスエクスモドキの瞳がぎょろりと柊を見やり、宵闇とはまた違う黒い体が歪むのが分かる。
 軋むような笑い声に力が抜けそうになる――その気持ちを押し込んで、柊は翼を広げて女性を守る盾となった。
 盾として翼を広げるのはボクスドラゴンの天花も同じ。油断ない緑の瞳を敵と守るべき人へ向けつつ、花のブレスでデウスエクスモドキを威嚇する。
(「気になることはたくさんあるけど、」)
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)の頭の中を巡る思考。
 考えたいことはたくさんあって、しかし考えることは後でも出来ること。
 メリルディは今しかできない戦いのために、ゾディアックソード『main gauche』より星々の煌めきと加護を引き出す。
 前列へ立つ仲間へ届けられる瞬きは、ネロリの香りを添えて。メリルディがソードブレイカーを振るうたび、刃を飾る装飾が炎に照らされて妖しげに輝いているようだった。
「せっかくのお花見デートの下見なのに……えーとなんだっけデウスエクスモドキ……?」
 聞き慣れない敵の存在を口にするのは瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)。
 デウスエクスモドキ、アイスエルフ……このところ知らない事態が起こっているが、それらを打破する一歩としてこの敵はたおさなくてはならない。
 そんな右院の気持ちを受け止めたかのようににゃんこメタルの輝きが増し、重武装モードの据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)はケルベロスチェインで印を組んで支援を重ねる。
「これは、狂月病の治療の手掛かりを得るチャンスかも知れませんな」
 呟く赤煙の頭の中にあるのは狂月病の知識。その病を癒しきることは出来なくとも、八分後に彼女を襲う痛みから少しでも救い出すためにと、赤煙はあらかじめ応急処置を学んでいたのだ。
「もう大丈夫です! ケルベロスが必ず貴方を助けますぞ」
 武装は重く、鎖の陣は加護を放つ。そうしながらも赤煙は女性に声をかけることを欠かさず、新条・あかり(点灯夫・e04291)もまた彼女のために口を開く。
「ここから離れないで。逃げると追いかけられて、殺されてしまうから」
 告げるあかりを嘲るかのように、デウスエクスモドキは口を歪める。
「信じて、必ず護ってみせるから」
 デウスエクスモドキの手にしたランプは眩暈を誘うかのように揺れるが、巨大な深紅の壁がデウスエクスモドキに深入りを許さない。
「あげる」
 深紅の壁――それは薔薇の花びらの一枚。
 可憐に散る夜桜とは比べ物にならないほど醜悪な薔薇に包まれたデウスエクスモドキはどんな夢に堕とされたのだろうか。むせかえるような薔薇の香を全身に浴びたデウスエクスモドキは、いっとき笑むことも忘れて呆然としていた。
 ダメージを受けたことに関係しているのか、デウスエクスモドキの手にするランプの輝きが弱くなる。夜の闇がかえって濃くなったように感じられたが、スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)の用意した灯のお陰でケルベロスたちが敵を見失うことはない。
「スノーさん、続きをお願い」
「えぇ、任せて頂戴」
 うなずくスノーの狙いはあかりと同じ。
 薔薇の散った直後、デウスエクスモドキを中心に据えて地面に魔法陣が展開。
 デウスエクスモドキにもそれが攻撃であることは理解できたのだろう。すぐさま逃げようとするが、
「拒否権はないんですけどね♪」
 楽しそうなスノーの声と共に、光の柱が噴出する方が早かった。
 焼き払おうと猛る輝きにデウスエクスモドキの体が潰される。牙を剥いて絶叫するデウスエクスモドキを前にして、伏見・万(万獣の檻・e02075)は喉を鳴らして酒をあおって。
「逃げられると思うなよ!」
 獣の幻影を放ち、デウスエクスモドキを絡め取る。
 狂月病のデウスエクスモドキ――未知なる敵だからこそ、『喰った』ことがない。
 自身をも苦しめるそれがどんな味なのかと想像する万は、黒狼の耳を前に傾け、眼前の敵どもに警戒を怠らないまま唇に残った酒の雫を舐め取った。
「逃げると逆に危険なので、ここに居て下さい」
 言葉と共にミレッタ・リアス(獣の言祝ぎ・e61347)は青の羽織を女性へ。
「あ、ありがとう……ございます……」
 恐怖と寒さにか震える女性が『花まとい』を羽織れば、暖かい加護が包み込むよう。
 描かれた鮮やかな花が彼女を彩るのを認めてから、ミレッタはデウスエクスモドキへと蹴りかかる。
 ミレッタの放つ流星の蹴りにいつもよりも力が籠っていると感じられるのは、被害に遭う女性が自分と同じ兎のウェアライダーであるということだけが理由ではない。
(「マスタービースト、狂月病……」)
 それらに思う所もあるが、今は一刻も早く狩ることだけと、ミレッタは長い髪を揺らして流星を注ぐ。
 ――だって。
 デートを楽しみにする女性の邪魔は、どんな存在でもどんな理由でも、してはいけないことだと思っているから。


 五体の敵は残り三体にまで追いつめることが出来たが、残された三体はみな妨害の力に長けている。
 キシキシと笑うたびに護りは奪われ、ランプが揺れるたび敵と味方の区別が曖昧になっていく……それでもケルベロスたちが互いを傷つけあわずに済んでいるのは、メリルディとケルス――Quelque chose d'absorbeがいるからだ。
「道化師の祝福」
 呟くとケルスはケルベロスを包むように蔓を伸ばす。ほころぶ花のひとつひとつには癒しの力があり、それらは優しく、仲間の負った傷を消していく。
 仲間を守り続けることで柊の消耗は深かったが、お陰で傷は塞がった。琥珀の瞳の焦点は定まり、手の震えも収まる。
 胸の内に蠢く恐怖は消えることはなくても、それ以上の恐怖を――誰かが傷つくことの方が恐ろしいのだということを思いだした柊へ、メリルディは微笑みかける。
「この傷は忘れよう? 先に進めるよ」
「そう――そうですね。ありがとうございます、ファーレンさん」
 メリルディの癒しにケルスが咲かせた花に天花は上機嫌に尾を揺らし、デウスエクスモドキの掲げたランプめがけて突撃。
 柊は紫水晶の装飾を持つスーツに包まれた脚に炎を纏い、デウスエクスモドキの落書きじみた体に大穴を開ける。
 夜風が炎を膨らませ、デウスエクスモドキの全身が炎に包まれた――黒い姿のデウスエクスモドキは塵となって夜風に攫われ、一粒も見えなくなったところで二度目のコールがあった。
「五分経過、です」
 残された時間は、あと三分。
 恐怖に顔をひきつらせている女性が傷を負うことはない。それに安堵しながら、柊は彼女へ呼びかける。
「恐ろしいのも、不安なのも分かります。でも、僕達が必ず守るとお約束しますから」
 微笑めば、ネモフィラが揺れる。
「危険を排除して、安心して大切な人と過ごしてください」
 大切な人――その言葉に女性が思いだしたのは、夜桜デートの相手だろうか。
 少しばかり彼女の表情が和らいだように見えた。柊は両翼を広げ、護りの意志と共に敵と対峙する。
「……へッ、ケッタクソ悪い真似しやがって」
 黒猫姿のデウスエクスモドキはあと二体。
 いずれも万全の状態にはなっていないが、それでも不快な笑みを貼りつかせていることには変わりなく万はそう吐き捨てた。
 接近してドラゴニックハンマ―でぶん殴ると見せかけて至近からぶっ放す。頭に大穴を開けたデウスエクスモドキだが、体の黒を滲ませて頭を作り、ニタニタ笑いを浮かべている。
「クソッタレが」
 吐き捨てた言葉を埋めるのは酒。スキットルは既に二本空いて、三本目も間もなく空になるのがかすかな水音から分かった。
「よく飲むのね」
 スキットルが空になったのは戦いの中でのことで、自分とは違う飲み方をする万にミレッタは少しばかりの驚き顔。
 万の顔は酔いに赤らんではいるが、攻撃の精度が落ちることはない。呼吸が荒いのも、首筋を密かに流れる玉の汗も全部酔いのせい――ということにしておいて、万は狂月病のせいで歪む視界でデウスエクスモドキを捉える。
 ミレッタは月明りの下、唇で言葉を刻む。
「ささやきは傷」
 桜の木の下、柔らかな土が隆起する。
「寂しくて怖くて苦しくて、」
 蛇のように覗く鎖は、怨嗟と嫉妬。
「傲慢な呪いを――」
 飛び出た鎖がデウスエクスモドキの体を覆い尽くし、囁きかける言葉が身を竦ませる。
 その囁きは誰の願望の残響なのか。歪む音と視界を覆う鎖がデウスエクスモドキの動きを阻む中、ミレッタは女性へと微笑みかける。
「こんな無粋な輩、すぐにとっちめますから」
「下手に動くのは危険です! 私達からあまり離れないでください」
 赤煙も声をかけ、オーラを鍼の形に凝縮させる。
「グラビティチェインの流れ……」
 凝縮された鍼は、迷うことなくデウスエクスモドキへと飛んでいく。
 鍼が突き刺す秘孔は経路を遮断するもの。飛鍼・穿によって抵抗力を奪われたデウスエクスモドキの体内で、受けた負荷が爆発的に増殖していくのが赤煙には分かった。
 炎が、破られた護りがデウスエクスモドキを食い潰す。盛る炎に女性の体がびくっと跳ねたのを認めて、右院は改めて口を開く。
「遠くへ行くとかえって危ないので、怖いかもしれないけどごめんなさい、近くに居て」
 とはいえ、戦いを目の前にすることは恐ろしいことのはず……そう離れていない桜の木の後ろに隠れていても大丈夫だと右院が言うと、女性はぎくしゃくとうなずいた。
 戦場において仲間の癒しは十全だから、ヴァナディースの花々の幻影は不要。
 残り時間のことも考えて、右院はヴァルキュリアとしての力を手に宿す。
 手刀が纏うのは冥府深層の冷気。凍結の一撃に砕け散ったデウスエクスモドキの姿に快哉を叫ぶ暇もなく、右院は残る一体へと立ち向かう。
 ランプを揺らすデウスエクスモドキの狙いは、ケルベロスたちを利用すること。
 そう分かっているからケルベロスたちの警戒は高く、そのおかげで戦況がデウスエクスモドキの有利に傾くことは防ぐことができた。
(「もうすぐ全部終わるわね……そうしたら、モフモフ……触らせて貰えないかしら……」)
 スノーは兎耳に心惹かれて心の中でそんな言葉を繰り返しながら、艶やかなドレス姿を光の粒子へと変貌させる。
 自身を輝きそのものへと変えての特攻にデウスエクスモドキは伏せ、あるいは後退して回避しようとするが、追いすがるスノーは同時に追い詰め、逃げ場を奪われたデウスエクスモドキはついには光を真上から浴びてしまう。
 黒い体に赤い眩さが降り注ぐ。闇を許さない輝きがデウスエクスモドキの体を侵食し、えぐり取られた姿は修復も不可能なほどに歪められていた。
 ――最後のコールに、蜂蜜色の目を見開くあかりの内心に焦りはない。
「これなら、出来るよ」
 終わらせられるという確信だけを胸に。
 重い狂月病の苦しみがどれほどのものかは、満月のたびに見る恋人の様子に知っている。ウェアライダーではないあかりにも、その苦しみがどれだけのものか――それを故意に引き起こすということがどれだけの恐怖で苦痛であるかは分かっていたから。
「助けられる」
 ――いつか、彼のことも。
 嘲る余裕を失くしたデウスエクスモドキのつくりものの笑顔に降り注ぐ、朱い花びら。
 朱く舞う『Kalanchoe blossfeldiana』がデウスエクスモドキの体を隠し、あかりの白いワンピースの裾を膨らませる。
 月光の光に耐えかねて、デウスエクスモドキは桜の下の土くれの中に還って消えた。


 デウスエクスモドキの消滅を認めた赤煙はすぐさま女性へと駆け寄り、様子を診る。
 呼吸は荒い、手足は冷たい――でもそれらは全て緊張からなるもので、狂月病の症状としてのものではない。
「どうやら、手遅れにはならずに済んだようですね」
「大変だったね、もう大丈夫だよ」
 右院の言葉に安堵の息を漏らす女性の様子に、ミレッタは。
「怖い思いをさせてごめんなさい。先ほどの黒猫はもう現れないから、安心して」
 有事には然るべきところへ送り届ける覚悟も固めていたミレッタだが、この分ではその必要もなさそうだ。
「勇気あるあなたが、彼と楽しいひと時を過ごせますように」
 あかりはそう言って、彼女の夜桜デートがうまくいけばいいと瞳を細める。
「こんな時間におひとりで出歩かれるのは危ないです、よ」
 柊の言葉は、女性を思いやってのこと。
 今回はデウスエクスモドキの襲撃だったが、夜道を女性が一人でというのは、デウスエクス以外の危険もあることだと柊は言う。
「貴女に何かあれば、貴女の大切な人が悲しみます、から」
 大切な人のために、という彼女の気持ちを否定はせずに告げる柊の言葉に、女性はうなずいた。
 うなずけば頭の上で兎耳が揺れる――我慢ならない表情のスノーに気付いて、女性はくすっと笑って。
「どうぞ、触っても良いですよ」
「や、優しくするわ! 任せて頂戴!」
 言うが早いか十本の指でさわさわタッチするスノー。
 柔らかな感触、毛の柔らかさは彼女の丁寧なケアの賜物か。痛がらせたりしないよう細心の注意を払いながらも夢中で触るスノーは、ついつい無意識のうちにハムっと彼女の耳を甘噛み。
「ひゃっ……!」
 びっくりして思わず声を上げる女性が、しかし嫌な顔をしないのは生粋のモフリストとしての手さばきのためかもしれない……あかりがジト目で見ているような気がしつつ、手の止まらないスノーである。
「皆も無事だね」
 メリルディは女性だけでなく、仲間の様子にも気を配る――疲れて見える万に目を留めるメリルディだが、何でもないと万は手を振って酒に口をつける。
「飲み足りねェ、先帰るぜ」
 現場を去る万の足取りがどこか覚束なく見えるのは酔いのためか、煌々と照らす月のためなのか。
 月の光を浴びる桜は、まもなく満開を迎えることだろう。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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