月に吼える獣

作者:秋月きり

「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗したが、コギトエルゴスムはこういう使い方も出来る。狂月の病魔達よ、神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へ至る、道しるべとなれ」
 その詠唱は、光を放つ魔法陣を敷く女性の口から零れていた。
 女性――螺旋忍軍ソフィステギアは白き相貌に緩やかな笑みを浮かべる。
 それは満月の下での出来事。魔法陣から飛び出した5つの影を見送った彼女が形成したそれは、嘲笑にも哄笑にも似た歪笑だった。
 誰かが見ていれば、彼女の笑みをこう評したであろう。
 その笑みは混沌だった、と。

「ふにゃ!」
 そして、魔法陣より距離を開けた夜道。
 一人の少女が帰路を急いでいた。
 年の頃17、8と言ったところか。猫のような耳と尻尾、明るい笑顔が特徴的な猫人――『人型』のウェアライダーであった。
 悲鳴は彼女を囲う5つの影に向けられていた。
「……で、デウスエクス?!」
 一般人である彼女にそれ以上の抵抗は出来ない。否、許されていなかった。ただの人たる彼女が、それ以上の事をどうして出来ようか。
 それを知ってか知らずか、骸骨を思わせる顔のそれは、悪魔の笑みを浮かべる。
 ――それが、少女、碧川・水希の見た、最後の光景となった。

「セントールの復活を画策した螺旋忍軍の話はもう聞いているかな?」
 ヘリポートに集ったケルベロス達にそう告げるリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は悲痛な物であった。
 ケルベロス達によって螺旋忍軍の計画が阻止出来たのは先日のこと。そして、計画を阻止された螺旋忍軍は、再び活動を始めた様なのだ。
 それが即ち。
「セントールの復活を阻止された螺旋忍軍は、狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込む事で実体化、神造デウスエクスモドキを生み出す作戦に出たようなの」
「通常、病魔はウィッチドクターでなければ実体化出来ない筈ですが……」
 疑問を口にするケルベロスの名はグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)。鎧装騎兵の能力の他、ウィッチドクターの能力を持つ女性であった。
「狂月病は神造デウスエクス『ウェアライダー』が定命化した際に発生した病魔だから、ウィッチドクターの能力に頼らず実体化する事が出来た……と思われるわ」
 その手段がセントールのコギトエルゴスムを埋め込む事かも知れない、とはリーシャ談。
「生み出された神造デウスエクスモドキは実体化した病魔の様な能力を持っているわ。そして、儀式の近くを通り掛かったウェアライダーを襲撃しようとしている。ウェアライダーの殺害を行う事で、マスタービーストの秘儀の再現に至ろうとしているのか、それとも……」
「『狂月病』を発症させようとしているのか、ですか」
 新造デウスエクスモドキが病魔をベースにしている以上、病魔と同じ行動原理に縛られているのかも知れない。
 グリゼルダの推測は、あながち外れていないようにも思えた。
「新造デウスエクスモドキを撃破し、ウェアライダーを救って欲しい。それと同時にセントールのコギトエルゴスムも回収してもらえると、大変助かるわ」
 かなり厳しい条件だけどね、とのリーシャの言葉に、グリゼルダはこくりと頷く。
「みんなが相手してもらうのは、五体の神造デウスエクスモドキよ。捉えにくい相手だから、それなりの作戦を立てて頑張って欲しい」
 何れもが骸骨のような頭部と骨で形成された羽根を持つ、悪魔のような外見をしているとの事。
 熱病の様な攻撃は、様々な不利益をケルベロス達に叩きつけるので、注意が必要だ。
「で、注意点は二つ。一つは今回、被害者になっているウェアライダーを逃がす事は出来ないの」
 戦闘の隙を突いて逃がした場合、神造デウスエクスモドキはウェアライダーの追尾、並びに攻撃に移ってしまう。これを防ぐ手段はない。
「その上、未来予知に反する行動は取れない、ですか」
「そう。みんなが事前に彼女を逃した場合、神造デウスエクスモドキの動きが変わっちゃう。本来の被害者である彼女が狙われるのか、別のウェアライダーが犠牲になるのか、定かじゃないけど」
 最善策は、彼女をその場に止めた後、その身を守る事だろう。
「幸い、その場に止める事が出来れば、神造デウスエクスモドキがウェアライダーを襲う事はないみたい。だから、誰かが宥める等で足止めする方法もあるわ」
 みんなの作戦次第だけどね、とはリーシャの弁。
「そして二つ目。戦闘開始後八分――8ターン経過すると、ウェアライダーは狂月病を発症しちゃう。その瞬間、神造デウスエクスモドキの戦闘能力が上昇しちゃうから、戦闘そのものは早期に決着をつける必要があるわ」
 だが、此度、神造デウスエクスモドキは獣じみた素早さを持つようだ。如何に攻撃を当て、如何に倒すか。その匙加減が必要と言う事だろう。
「当てる事に集中しすぎても駄目、ダメージだけに偏っても駄目、ですか」
「バランスが大切と思うわ」
 グリゼルダの独白を、リーシャは是と肯定する。
「厄介な敵との戦いになるけど、みんなならば必ず倒せると信じている。だから、襲われているウェアライダーの少女も、利用されているセントールのコギトエルゴスムも、助けて欲しいの」
 リーシャの激励は祈りにも似て。
 故に、グリゼルダは応と声を上げるのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「はい! 行ってきます!!」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
ソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●暗きより出でて
 それは、狩猟だった。
 まるでライオンの集団が、群れからはぐれたガゼルを襲う様に。
 何か、複数の何かが自身を追って来ている事を、碧川・水希は感じていた。
「ハッハッハッ」
 心臓の動悸が、呼吸が五月蠅かった。
 それは本能的な恐怖だったのだろう。第六感――原始の恐怖から逃れるべく働いた直感は、むしろ、ウェアライダーに相応しい物だった。
 だから、逃げた。夜道はいくらかの街灯に照らされ、そして、猫のウェアライダーである自身は僅かながらも夜目が利く。自分を追ってくる『何者か』が何なのか判らなかったけれど、ただ、夜道を走る事だけが彼女に許された抵抗だった。
 もしも、と思う。
 自身を追う相手がただの暴漢で、血迷っただけのただの不届き者、或いは犯罪者であれば、逃げ果せる事が出来ただろう。
 だが、現実は違った。
「ふにゃっ! で、デウスエクス……」
 自身を取り囲む五体の異形――山羊を思わせる頭蓋がそのまま頭になり、骨の翼を持つ存在を表す言葉を、彼女はそれ以外知らなかった――相手に咄嗟に出た言葉は、その正体を如実に現わしていた。
 だが、それまでだ。
 目の前の五体が『狂月病』の病魔を元に、螺旋忍軍ソフィステギアが生み出した神造デウスエクスモドキである事も、それがマスタービーストの秘儀の再現に至るため、彼女の殺害を目論んでいる事も、無論、一般人でしかない彼女が知る由も無く。
 恐怖に震え、身を竦ませる彼女に、忌まわしき狩人の爪が振るわれた。
 ただの一般人である少女にそれを防ぐ術は無い。
 服が、血肉が切り裂かれ、夜の闇に血飛沫が舞う。
 ――些か逞しすぎる妄想が、現実の物にならなかったのは、そこに、白金の輝きを見たからだった。
「びしっと参上、ケルベロスデス! ボクたちがロックに守り抜くのでちょーっと大人しくしてもらえると助かるのデス! ばっちり守っちゃうデスから!!」
 巨大なギターを盾にと爪を受け止めたドラゴニアンの女性がニカリと微笑う。ライトに照らされた偶像さながらの笑顔は、同性にもかかわらず、ドキリとしてしまった。
「あ。あの」
 水希が声を上げるより早く、闇を切り裂く炎が舞った。彼女が放った竜の息吹が炎の奔流となり、異形達を薙いだのだ。
 炎そのものに恐れる様子はなく、しかし、ダメージを嫌ったのだろう。冷静に一歩飛び退く姿は、それらが獣ではなく、知性ある化け物である事を示す様だった。
「水希さん」
 掛けられた淑やかな声によって、ようやく自分の周囲を幾人かが囲っているのを改めて理解する。
 先の白金のドラゴニアン――シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の台詞が是ならば彼女たちはケルベロスで、そして、自分を守る為に駆けつけてくれた、と言う事なのだろうか。
「大丈夫。貴方の事はちゃんと守るから」
 湯気の様な赤い光を称えた女性の心強い言葉に、こくりと頷く。

●月に吠える獣
(「水希さんは確保しました。後は――」)
 まずは最小限の目的――被害者である碧川・水希の安全を確保する――のスタートラインに立つ事が出来た事に、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は胸をなで下ろす。
 着地地点から、神造デウスエクスモドキと水希を見つけるのは然程時間を要さなかった。未来予知に裏付けされた探査能力だ。いつもながら流石と唸らざる得ない。
 そこからの行動は早かった。シィカは我が身を盾にと水希の前に飛び出し、神造デウスエクスモドキの攻撃を受け弾く。同時にドラゴンブレスでの掃射で敵を牽制しながら、彼我の距離を取っていた。
 続くシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)の気咬弾は声援と共に。
 逃げては駄目。ここに留まって欲しい。真摯な面持ちで告げた依頼を、水希は全肯定で頷く。ケルベロス達が映す必死さに、全てを理解した。そんな様子だった。
「大丈夫。ボク達ケルベロスが、キミの事は守るからね」
 頼もしい言葉と共に、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)へ光の蝶の加護を施すのはアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)だ。中性的な美貌に裏打ちされた激励は、姫――否、王族を想起させる気品を纏っていた。
 親友に続く霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は光源となる球体を散布しつつ、ついでとばかりに黒色の太陽をその場に召喚する。
「GAAAA」
 黒色の炎に炙られ、神造デウスエクスモドキ達がくぐもった悲鳴を上げたが、それは無視。対話出来ない敵との会話は意味がないと切り捨てる。
「後ろに隠れててね」
 炎を纏う戦鎚で敵を牽制しながら、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)もまた、アンセルム同様に光の蝶を召喚する。加護を纏わせる先はシア。第六感を尖らせるその加護は、クラッシャーの彼女の破壊力を存分に敵へと伝えてくれるはずだ。
「うっし、いけるっすね。いくっすよ」
 そして、佐久弥が放つ黒太陽は、自身への発破と共に紡がれる。病魔達を熱気消毒するかの様な多重攻撃に、やはり零れるのは呻きの様な悲鳴だった。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
 水希の状態を確認し、一安心とはシェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)が息をつく。発見が早かった事、そして早々のシィカの介入となった事。この二つの利によって、水希には怪我の一つもなかった。万が一の事態があれば、如何に治癒グラビティと言えど癒やせない可能性もあったのだから、むしろこの結果は最善と言って良かった。
 ならばと神造デウスエクスモドキと向き合う。対に構えた雷杖――癒杖と縁杖の雷撃は神造デウスエクスモドキの身体を灼き、周囲に焦げた臭いを振りまいた。
 そして、雷撃に呼応する様に、無数の爆発が神造デウスエクスモドキらの足下を強襲する。
「貴方達の身勝手で、誰かを傷付けさせませんわ」
 爆破スイッチを押し込んだソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)の紡ぐ決意は、凜とした声で周囲に響き渡っていた。
 それは確固たる信念だった。地球人に害なすデウスエクスを、そして自身の望みのために犠牲を厭わない彼らの野望を肯定するつもりはない。
「そうです! 水希様も傷つけさせません! そして螺旋忍軍の野望も挫いて見せます!」
 語る夢すら誇らしいと、彼らに続くグリゼルダは決意のままにゲシュタルトグレイブを振るう。
 敵を穿ち、守るべき者を守る。その為に。

●燃ゆる三眼
 黒き爪と雷杖が打ち合う。
 黒き霧の呪いと無数の弾丸が交差する。
 満月の熱狂はケルベロス達の精神を侵し、対して、ケルベロス達のグラビティは神造デウスエクスモドキ達を灼いていく。
 戦いはケルベロス達の方が優性であった。
 個々の戦闘力は神造デウスエクスモドキに軍配が上がり、しかし、数の利、そしてその運用においてはケルベロス達の方が上であった。
 神造デウスエクスの戦い方が純粋な暴力であれば、ケルベロスは多彩な戦術で、彼らの攻撃を上回る。何より、速度を重視し、並の攻撃では捉える事の出来ないはずの彼らを、ケルベロス達はその機動力を削ぎ、自身らの命中を高める事で対処していた。
 神造デウスエクスモドキとケルベロスの邂逅より2分経過し、その勝敗は誰の目にも明らか。
 ――そのはずだった。

「ぐっ!」
 振り下ろされた爪をゲシュタルトグレイブが受け止める。長き柄はぐにゃりと撓み、しかし、得物を奪われるわけにいかないと、膂力の差異を気迫で押し込める。
「グリくん!」
「グリゼルダさん!」
 援護に来てくれたユルとことはの悲鳴が木霊した。
「大丈夫です!!」
 ゲシュタルトグレイブを大きく振るい、先の病魔を牽制する。如何にデウスエクスと言え、目の前のそれの腕は二本のみ。猛攻の後の追撃は――。
「――?!」
 一体目の影から飛び出した二体目の拳が、グリゼルダを強襲する。胸を捉える強打に、一瞬、息が詰まった。
 続く三体目の呪怨はしかし。
「ビースト!!」
 ベルベットの呼び掛けに応じたサーヴァントは、その身を盾にとグリゼルダと自身を覆う呪いを引き受ける。減衰により重圧の呪に囚われる事はなかったが、しかし、二重となったダメージに、ウイングキャットの短い悲鳴が零れた。
「デウスエクスが連携、ですか」
「奴らも愚かではない、と言う事だろう」
 四体目の放つ熱は、グリゼルダを中心にシィカら前衛に拡がり、五体目の呪怨がそこに続く。彼らの狙いがグリゼルダに集中している事は間違いなかった。
「グリゼルダお姉さん、回復するよ!」
 シェスティンから零れた桃色の霧がグリゼルダを覆い、その怪我を全快へと導く。
(「――ッ!」)
 一度の治癒で全快する。即ちそれは、グリゼルダの限界が早い事を意味していた。
 如何にディフェンダーの加護によって被ダメージを半減しても、そもそもの体力が低ければ意味を成さない。そして、グリゼルダはここに居る誰よりも戦力、体力共に劣るのは紛れもない事実だ。それはサーヴァント使いであるベルベットを差し置いて、でもあった。
 そこがケルベロス達の穴であるならば、デウスエクス達がそこを狙わない理由はない。
 その差を埋めようとケルベロス達の攻撃が集中し、しかし、それらを受け、或いはくぐり抜けたデウスエクス達が狙う先、それは――。
 黒色の爪が二閃する。見切りを厭わない一撃は、しかし、着実にグリゼルダの身体を捉えている。一刀は鎧を切り裂き、残りの一刀は割り込んだシィカのギターが受け止める。
「SHAAAAA!!」
 獣の叫びを伴った熱病と、三刀目、四刀目と振るわれた爪が、グリゼルダの額を捉える。吹き飛ばされたヘルメットは地面に落ち、カランと乾いた音を立て。
 身体が崩れ落ちる鈍い音は、どさりと、やけにゆっくりと聞こえた。
「回復を!」
 駆け寄ったユルとことはの治癒をしかし、グリゼルダは受け付けない。血にまみれ、浅い呼吸を繰り返す彼女に、戦闘続行が不可能である事は明白であった。
「お姉さん?! お姉さん?!」
 水希の悲鳴が響く。声の端々に、動揺の色が如実に表れていた。
 自身を守ろうとした存在が倒れたのだ。その事実に強い衝撃を受けない筈がない。
「……大丈夫、です」
 それが、戦乙女の残した言葉で。
「ごめんなさい。皆さん。後は、任せました……」
 自身の無力感と共に吐き出された台詞は、むしろ、懇願であった。
「――任され、たよ!」
 倒れたグリゼルダを水希や支援に着た二人に託し、気丈な声を上げたのはベルベットだった。殊更明るく、殊更強く。グリゼルダの離脱がしかし、ケルベロス達の戦意を挫かせる結果にしまいと、大きな声で詠唱する。
「さあ、やってみなさい。あなたが高嶺まで至れるかどうか見ててあげるわ」
 ステップは魔法陣を刻み、吹き出した魔力は仲間達を覆っていく。
「ビビ各位に、伝達。護衛モードから、支援モードへ、移行……散開!」
 続くシェスティンの治癒グラビティは、前衛の支援の為に紡がれる。瞬時に展開された高機動蜂型ドローンは神造デウスエクスモドキにとりつき、撹乱すべしと縦横無尽に駆け巡った。
「さあ、そちらへ」
「同胞よ――いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう。ヒトに愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する我が同胞達よ――!」
 そして、何かを振り払う様にシアの召喚した蔦花が、佐久弥の喚び出した鎧武者と看護師の地縛霊が、神造デウスエクスモドキの一体にとりつき、蹂躙していく。
 仇討ちと言わんばかりの集中砲火に、攻撃を受けた神造デウスエクスモドキはなすすべもなく。
 ぐしゃりと鈍い音を響かせ、夜の闇に消えていった。
「まずは一体なのデス。イエーイ!」
 シィカのギターを掻き鳴らす陽気な音が、夜闇の中に響いていた。

 そして、時は七分の経過を示す。
「後残り一分、だよ」
 アンセルムの声は、穏やかに紡がれる。
 ヘリオライダーの未来予知によって、告げられた限界時間は八分間。それを経過すれば、碧川・水希は狂月病を発症してしまい、その症状故、狂月病の病魔――神造デウスエクスモドキは強化されてしまう。
 故の制限時間。その時が経過すれば苦戦は必至。だからこそ、それまでに倒す為の布陣を組んだ。
 そして、今や、彼らの前に残った神造デウスエクスモドキはただの一体のみ。四分経過時に一体と五分経過時にもう一体。六分経過後の総攻撃で三体目、四体目と着実に倒して行き、そして今、残された一体もまた。
「これで、終わりかな?」
 無数のバッドステータスを付与され、もはや息も絶え絶えと言う表現が相応しい一体に、和希は凍結光線を射出する。
 脚と羽根は氷塗れに砕け、ガラスの粉砕を思わせるガシャリとした破砕音が周囲に響いた。
「私の攻撃は、ちょっと痛いですよ! ……はい。五体目も完了です!」
 葬送の言葉はソフィアの御業から放たれた轟炎だった。
 響いた断末魔は短く一度のみ。
 やがて闇を取り戻した夜の小道に、蠢く物は何も居なくなっていた。

●輝く者へ
「グリゼルダさんも、気を失っているだけですね」
 状態を確認したことはの言葉に、一同はほっと胸をなで下ろす。相手が破壊に特化した個体でない事が幸いしたのだろう。爪の一撃もダメージよりむしろ、バッドステータスの被害拡大を主としていた物だ。併せてビーストとシィカが攻撃を反らせた事で、重体に陥る事態も免れたようだ。
「無茶しすぎだよ」
 抱えるユルは「仕方ないなぁ」と苦笑いと共に立ち上がる。グリゼルダよりも小柄な彼女だったが、そこはケルベロスの膂力。気絶したヴァルキュリア一人抱えることに問題はない。
「水希さんも無事で良かった」
 和希の言葉を引き継ごうとしたアンセルムはしかし、「狂月病の発症も防げたし」との言葉を飲み込む。
 狂月病の発症を防いだ以上、そんな事実はなかった。であれば、徒に不安にさせる必要もない。
「だ、大丈夫ですか? 皆さん?」
 心配そうにぴょこぴょこと猫耳を動かす彼女に、その不安は似つかわしくないと思うのだ。
(「しかしながら、狂月病の病魔ですか」)
 アンセルムの想いは、シェスティンとシアも共有するもの。
 狂月病について、それぞれ思うところがあるのだ。この勝利はその行く末につながる物か否か。今はまだ判らないが、今得た情報を持ち帰ることが何よりも大切だと信じる事にした。
「さーて。後はヒールを施したら帰りましょうデスよー」
「そうですね。後始末は大事です」
 シィカの脳天気な声に、重なる佐久弥の声は、何処か真摯な物で。
 廃棄物を起源と自称する彼の言葉は重く、皆して顔を見合わせてしまう。
「お騒がせしまして、すみませんでした。もう大丈夫ですよ」
 水希だけでなく、破壊してしまった道路や壁にすら慈愛を以て語りかけるソフィアの声は何処までも優しく。
「んじゃ、ちゃっちゃっと片付けて、リーシャさんを呼ぼうか。水希ちゃんも送って上げないと行けないしね」
 ベルベットの明るい声が、暗夜の中、朗らかに響くのであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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