月に呪われた男

作者:土師三良

●獣人のビジョン
「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗したが、コギトエルゴスムはこういう使い方もできる」
 いずことも知れぬ場所に、黒いヴェールを被った美女――螺旋忍軍のソフィステギアが立っていた。
 二種の光が彼女を上下から照らしている。天窓から差し込む蜂蜜色の月光と、床に描かれた魔法陣の赤い光。
「狂月の病魔たちよ。神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へ至る道しるべとなれ」
 ソフィステギアの言葉に反応するかのように魔法陣の光が揺らめき、ゆっくりと消えた。
 いや、消えたのではなく、赤い光から黒い靄に変わったのだ。
 そして、その靄もまた変わり始めた。
 人とも獣ともつかぬ者たちに。
 艶やかに笑うソフィステギアの前で。

 夜の並木通りを一人の男が歩いていた。
 犬の獣人型ウェアライダーだ。泣き笑いの表情めいたユーモラスな顔立ちをしている。
 その顔を男は空に向けた。そして、すぐにまた首をすくめるような動きで視線を下ろした。
「やれやれ。狂月病の発作を起こしたことは一度もないけど……やっぱり、満月ってのは気味が悪いな」
 下界を冷たく見下ろす月の視線から逃れるべく、男は足を速めた。
 しかし、速めるどころか、立ち止まることとなった。
 不気味な一団が行く手を塞いだからだ。
 黒い靄を纏った六人組。
 全員が獣人型のウェアライダーに見えた。しかし、男は彼らに対して親近感など抱けなかった。
 全員が凶悪な眼光を放っていた。しかし、それがなくても、親近感は抱けなかっただろう。
 全員が同じ武器を手にしていたから。
 二条の長大な刀身を有した鋏のような黒い剣。刀身の内側の縁には無数の牙が並んでいる。
 ガチリ! ……と、音がした。二条の刃が互いの牙を噛み合わせた音。
 ガチリ! また、音がした。六人組が己の牙を噛み合わせた音。
 ガチリ! 三度目の音は小さかったが、男の耳には一番大きく響いた。
 それは彼自身が無意識のうちに発した音だったのだから。そう、六人組と同じように牙を噛み合わせたのだ。
 思わず口に手をやろうとして、男は気付いた。いつのまにか、五指の爪が鋭くなっていることに。
 そして、自分の心中で憤怒の炎が燃え上がっていることに。
(「……狂月病!?」)
 声に出さずに叫んだ瞬間、六人組が襲いかかってきた。

●音々子かく語りき
「皆さんのおかげで、妖精八種族のセントールを戦力として取り込むという螺旋忍軍の悪辣な計画は阻止できたのですが――」
 ケルベロスたちが並ぶヘリポートの一角。
 満月が昇り始めた夕空を背にして、ヘリオライダーの根占・音々子が語りっていた。
「――奴らはホントに懲りないというか、転んでもタダで起きない連中でして、セントールのコギトエルゴスムを利用した作戦の第二弾を始めやがったんですよー」
 狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込み、実体化させて、『神造デウスエクスモドキ』とでも呼ぶべき存在を生み出すこと。それが螺旋忍軍の新たな作戦だという。
「本来なら、病魔を実体化できるのはウィッチドクターだけなんですよね。でも、狂月病というのは、神造デウスエクスであるウェアライダーが定命化したことによって発生した病魔ですから、ウィッチドクターに頼らずとも実体化させることができるみたいです」
 螺旋忍軍の生み出した神造デウスエクスモドキは、実体化した病魔と同様に戦闘力を有している。その力を用いて、一般人のウェアライダーを襲撃し、殺害するつもりでいるらしい。そうすることでマスタービーストの秘儀を再現しようとしているのかもしれない。
「幸いなことに、神造デウスエクスモドキの襲撃事件の一つを予知することができました。現場は北海道苫小牧市の市街地。現れる神造デウスエクスモドキの数は六体。そして、狙われるのはブルテリアの獣人型ウェアライダーの戸林・隆(とばやし・たかし)さんという男性です。毎度のことではありますが、隆さんに事前に避難してもらうわけにはいきません。予知の内容が変わって、別の誰かが狙われてしまいますので」
 確実に事件を阻止するためには、隆が襲われる直前に現場に割り込むしかない。それだけならば、普段の任務とさして変わらぬのだが……。
「今回はちょっと面倒なことがあるんですよー。戦闘になったら、神造デウスエクスモドキは皆さんだけを相手をして、隆さんには手を出しません。ただし、それは隆さんがその場に留まっていればの話なんです。隆さんが逃げ出してしまったら、神造デウスエクスモドキは皆さんのことを放って、隆さんを反射的というか自動的に追尾するでしょう。しかも、その自動追尾を阻止する術はありません」
 つまり、戦闘が始まった後も隆を安全な場所に避難させることはできないということだ。
『敵はケルベロスしか相手にしないのだから、隆が戦場に残っていても、なにも問題はないのでは?』というような意見をケルベロスの一人が口にしたが、音々子は情けない顔をして、かぶりを振った。
「ところがですねー。戦闘開始から八分が経過すると、隆さんは重度の狂月病を発症しちゃうんです。それに伴って、神造デウスエクスモドキどもがパワーアップしやがるんですよー」
 隆は非常に温厚な人柄だが、狂月病に抗うことはできない(あるいは温厚な人柄ゆえに病魔に対する抵抗力がないのかもしれない)。戦闘開始から八分後には確実に発症し、我を失ってしまうだろう。
「まとめますと……今回の任務は隆さんを守り抜き、神造デウスエクスモドキどもを倒すこと。ただし、隆さんを現場から移動させてはいけません。なおかつ、八分以内に敵を全滅させることが望ましいです。いろいろと大変だとは思いますが――」
 情けない表情を凛然たるものに変えて(グルグル眼鏡をかけているので、眉と口元から判別することしかできなかったが)、音々子は声を張り上げた。
「――大丈夫です! 皆さんなら、できます!」


参加者
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)

■リプレイ

●月に吠える
 顎門のごとき剣を構え、凶悪な眼光を放ち、黒い靄を纏った六体の神造デウスエクスモドキ。
 ウェアライダーを戯画化したようなその異形の軍団を前にして、戸林・隆は蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
 だが、すぐに硬直は解け――、
「うわっ!?」
 ――悲鳴とともに腰を抜かして、へたりこんだ。
 もっと驚くべきことが起きたからだ。
 ウェアライダーに似たデウスエクスモドキと夜道でいきなり出会うよりも驚くべきこと。
 本物のウェアライダーが夜空からいきなり降ってきたのである。
 しかも、一人ではなかった。
 二条のケルベロスチェインで体をがんじがらめにした玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が受け身も取らずに隆の前に落下したのに続いて、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)が、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が、ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)が次々と着地していく。各々の身と魂に宿った獣は順に黒豹、銀狼、イリオモテヤマネコ、狐。ユーシスは獣人型、他の三人は人型の姿を取っている。
「え!? え!? え!? えぇーっ!?」
 同族が現れる度に頓狂な声を発する隆。
 四人目のユーシスが着地した後も彼の声は途切れなかった。
 ウェアライダー以外のケルベロスたちも降下してきたからだ。竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)、シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)、オラトリオの火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)、レプリカントのアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)、晟と同種族のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。そして、六体のサーヴァントたち。
「戸林だろう?」
 と、ようやくにして『えっ!?』の連呼を止めた隆にアラタが声をかけた。
「はい、戸林ですが……皆さんはケルベロス……ですよね?」
「うん。いきなりで驚くだろうけど、どうか落ち着いて、指示に従ってほしい」
「指示?」
「『逃げて』と言いたいところだけど――」
 と、ひなみくも隆に語りかけた。
「――今回はそうはいかないの。とりあえず、わたしたちの後ろにいて!」
「下手に逃げると、喉笛に喰らいつかれるぞ」
 警告を発しながら、晟がルーンアックス『澗』で虚空を薙いだ。
 大きな刃が輝き放ち、破壊のルーンの力がユーシスに宿る。
 そのユーシスを含む後衛陣を光が照らした。ウェアライダーを狂わせる月の光ではない。アラタが持つ鈴蘭型の攻性植物『Kielo』から放射された、黄金の果実の光。
 そうしている間に、前衛の一人である陣内がむくりと立ち上がった。
 ケルベロスチェインを全身に絡めた状態での所作はユーモラスだったが、笑う者はいない。狂月病による凶暴な衝動を抑えるための鎖だと知っているからだ(普段は獣人型で過ごしている彼が人型の姿を取っているのも、狂月病の影響を少しでも低下させるためだった)。
「ウォォォーッ!」
 口も裂けよとばかりに陣内はハウリングを敵の前衛陣にぶつけた。
 その激しい咆哮に反応するかのようにケルベロスチェインが波打ち、解けて、足元に流れ落ちていく。
「アァァァーッ!」
 大音声による打擲が二人分になった。
 アガサが陣内に並び、同じくハウリングで敵を攻撃したのだ。
「Wowowww!」
 三人目。ただし、今度はケルベロスではなく、二人分のハウリングを受けた前衛のモドキの一体だ。
 別のモドキもハウリングを発するつもりらしく、息を大きく吸い込んだが――、
「させるか」
 ――それを声に変えて吐き出す前に、ルティエの獣撃拳を食らった。
 ルティエの口調は普段のものとは違っていた。それに容貌も。爪や牙が鋭くなり、藍色の瞳が紫に変わっている。
 そんな彼女に後衛のモドキの一体が飛びかかり、鋏型の剣で斬りつけ……いや、噛みついてきた。
 そして、獣撃拳を浴びたモドキが改めてハウリングを反撃した。
「Wowowww!」
「ちっ……」
 ルティエは怒りと苛立ち(それらは剣の攻撃でもたらされたものであり、狂月病がもたらしたものでもあった)に顔を歪めながら、自分に噛みついている剣を強引に引き剥がした。
 その隙に第二の剣が迫る。手にしているのは前衛の中で一人だけハウリングを発していないモドキ。
 しかし、晟が素早く割り込み、ルティエを背中で押しのけるようにして、自らの巨体を盾にした。
 モドキは慌てて飛び退ったが、小さな二つの影が追いすがった。ボクスドラゴンのラグナルと紅蓮。前者がボクスタックルを見舞い、後者がボクスブレスを放つ。
 別の二つの影――陣内とアラタのウイングキャットたちも空を舞った。敵を攻撃するためではなく、清浄の翼で味方を癒すために。
 敵にも癒し手はいた。攻撃に加わらなかった二体のモドキ。その身を覆う黒い靄が蠢き、他の仲間たちの靄と混じり合い、傷口を塞いでいく。
「黒一色とは芸がないね! こっちのヒールとはもっとカラフルだよ!」
 ひなみくが爆破スイッチの『かぶーん』を押し、ブレイブマインを発動させた。晟と陣内とルティエとアガサと何体かのサーヴァントの後方で各自の体表や髪と同じ色の爆煙が巻き起こる。
「雪よ、雪。すべてを覆い隠して、消してしまって」
 爆発音の残響に続くのはあかりの詠唱。
 夜空に登ったカラフルな煙が純白の雪に変じ、黒い靄をすり抜けて、モドキたちに降り注いだ。当然のことながら、ただの雪ではない。見た目からは想像もできないほどの重さを有し、標的となった者を押し潰さんとするグラビティの産物。
「きっと、辛くて不安で怖いよね」
 黒い体毛と靄、白い雪、その雪によって生じた血――三色の斑になったモドキたちに目を向けたまま、あかりは背後の隆に語りかけた。
「でも、信じて。僕らは全力を尽くすから。一分一秒でも早く、あいつらを倒すから」
 腰を屈めて、手探りでもするように(まだ目は敵に向けていたからだ)ゆっくりと腕を後方に腕を伸ばし、へたりこんでいる隆の前にキャンドルを置く。ナズナの飾りが施されたボタニカルキャンドル。
「詳しい説明をしている暇はないけど……あいつらは狂月病の病魔なのよ」
 そう言いながら、ユーシスが片膝をつき、キャンドルに火を灯した。彼女もあかりも『アルティメットモード』を発動させている。隆が恐慌に陥らぬように。
「もしかしたら、あなたも発症するかもしれない。そうなったら、拘束させてもらうわね。予想外の行動を取ったり、誰かを傷付けたりする恐れがあるから」
「は、はい」
 隆はがくがくと頷いた。
 そして、引き攣った顔に笑みらしきものを浮かべた。
「でも、夜中に外で女の人に拘束されるとか……人には見せられない光景ですよね。トクシュな趣味嗜好の持ち主だと誤解されちゃいますよぉ。ははははは」
 明らかに無理をしている。
 しかし、自分の恐怖をごまかすために笑っているではないだろう。
 ケルベロスたちに心配をかけまいとしているのだ。
「大丈夫。人に見られる前にかたをつけるから」
 隆なりの『アルティメットモード』とでも言うべきその不器用かつ誠実な作り笑いに微笑み返しながら、ユーシスは爆破スイッチを操作した。
 モドキたちの周囲でエスケープマインが次々と爆発した。

●月は燃える
 アラタの腕に絡みつく『Kielo』が黄金の果実の対象を後衛陣から中衛陣に変えた。
 異常耐性をもたらす光を受けながら、あかりがアイスエイジの呪文を唱える。
 氷河期の精霊たちが飛び交い、モドキたちを氷結の状態異常で蝕んだ。先程の雪『stainless snow』による同じ状態異常がダメージに反応し、新たなダメージを加えていく。
 精霊たちの吹雪が止むと、一瞬にして季節が変わったかのようにモドキの足下に無数の花が咲き乱れた。陣内が『Oeillet jaune(ウイエ・ジョーヌ)』で生み出した黄色いカーネーション。
「逃げるな! 抗え! 月の支配に!」
 陣内は牙を剥いて吠え立てた。花に魅入いる(それによってアンチヒールの状態異常が付与されるのだ)モドキを睨みつけているが、吠えている相手は後方の隆だ。
 そして、自分自身だ。
「タマちゃん……」
 気遣わしげに呟くあかり。その鼻孔をアイリスの香りをくすぐる。発生源はあのボタニカルキャンドル。そもそも、あれは狂月病に苦しむ陣内のため、鎮静効果のあるハープを用いて作ったキャンドルだった。
「Wowowww!」
「Wowowww!」
 花に魅せられていたモドキたちが我に返り、うちの二体が反撃した。一体はハウリンで。もう一体は鋏型の剣で。
 だが、陣内に届いたのはハウリングのみ(対多攻撃なので、他の前衛も巻き込まれたが)。剣のほうは晟が盾となって庇った。
 すかさず、ひなみくが気力溜めで晟を癒す。
「なかなか良い歯並びだが――」
 腕に噛みついた剣を晟は振り解いた。
 いや、腕を振ったのは剣を離すためではない。
 強力な一撃『霹靂寸龍(ヘキレキスンリュウ)』を敵に叩きつけるためだ。
「――竜の牙には劣るな」
 蒼い電光を帯びた重量級の錨型ドラゴニックハンマー『溟』が弧を描き、鉤でモドキの腹を抉り抜いた(ついでに軌道上にあった敵の剣をへし曲げた)。
 衝撃で吹き飛ばされ、地に倒れ伏すモドキ。
 もがきながら立ち上がろうとした時、一人分の範囲しかない超局地的な雨が降り注いでてきた。石礫のように激しい『しぶきあめ』。アガサのグラビティだ。
「一匹、かたづいたわね」
 雨水の機関銃に打ち据えられてモドキが死んでいく様を見届け、ユーシスがスターゲイザーを放った。
 続けて、ルティエも同じ標的にスターゲイザーに打ち込む。
「ニ匹目……」
 唸るような調子で呟くルティエの前でモドキが絶命した。
 残された四体のモドキが威嚇するように吠えたが、ルティエの耳には届いていない。
 彼女が聞いているのは別の声を聞いていた。
 心の奥底に潜む衝動が自分自身に語りかけてくる声。
(「壊セ! 壊セ! アレラハ壊シテイイモノダ!」)
 声が言うところの『アレラ』の一つにルティエは目をやった。モドキの亡骸から分離したコギトエルゴスム。
(「堕トセ! 堕トセ! アレラハ底ナキ闇ニ墜トセスベキモノダ!」)
「黙れ!」
 内なる衝動をルティエは一喝した。
「あああぁぁぁーっ!」
 呼応するかのように吠えたのは陣内。
(「俺の中にもいるのか? こいつらが!? 出て行け! 出て行け!」)
 ケルベロスチェインを振り回し、モドキの一体に絶空斬を見舞う。チェインを握る手は痙攣していた。本当は爪や牙で引き裂きたくてたまらないのだ。先程までは隆に(その実、自分に)語りかけていたが、今はもうその余裕もない。
 隆はといえば、例の誠実な作り笑いを維持しながらも、両肩を抱くようにして震えていた。恐怖に震えているのではなく、陣内やルティエと同様、暴力の衝動に苦しめられているのだろう。
「踏ん張って我慢して。あんたが狂ったら、多美子が泣くよ」
 敵を戦術超鋼拳で殴りつけながら、アガサが隆を励ました。多美子とは、隆の亡き妻。この夫婦が被害者となった事件にアガサはかかわったことがあるのだ。
「ヴァオ!」
 隆の傍で『紅瞳覚醒』の演奏しているドラゴニアンに呼びかけるアガサ。
「隆のこと、頼んだよ。うまく出来たら、飴玉あげる」
「いやいやいやいや」
 と、晟が呆れ顔でかぶりを振った。
「いかにアレなヴァオ大先生といえども、飴玉ごときで釣られはしないだろう」
「判ってるって。言うだけ言ってみただけ」
 アガサは肩をすくめた。
 だが、しかし――、
「やったー! ところで、何味の飴? ねえ、何味なの? 俺、今日はメロン味の気分なんだけどー!」
 ――思い切り食いついてくるヴァオであった。

●月が見える
 やがて、また一体のモドキが倒された。
 残るは後衛の三体。
「ブッッッ潰す!!」
 そう叫んで、ひなみくが発動させたグラビティは『ドロレス夫人の踵(レディ・ドローロ)』。激しい戦意がヴェールの形を取って、前衛陣を包み込んでいく。
 そのヴェールで破剣の力を得たミミックのタカラバコが敵の左足に噛みつき、オルトロスのイヌマルが神器の剣で右足を斬りつけた。
「よし。なんとか八分以内に……おっと!」
 晟が咄嗟に前傾姿勢を取り、両腕を顔の横に構えた。サーヴァントの連続攻撃を受けたモドキが鋏型の剣を広げて襲いかかってきたのだ。
 剣は勢いよく閉じられ、牙の生えた二条の刃が晟の左右の前腕部に食い込んだ。牙は骨にまで達し、ついでに怒りを心に植え付けたが、なんの意味もない。晟は最初からこのモドキを攻撃するつもりだったのだから。
「加熱消毒といくか」
 両腕に力を込めて鋏をこじ開けながら、怒れるドラゴニアンはブレスを吐いた。首の動きに合わせて炎が水平に走り、三体のモドキを焼いていく。
 数秒後、腕に力を込める必要はなくなった。剣は晟から離れ、地に落ちている。消し炭と化した持ち主とともに。
「Grrrrr!」
 焼け死なずに済んだモドキが唸りながら、傷を癒すために黒い靄を活性化させた。
 しかし、その恩恵を受けたのはケルベロスの前衛陣だった。あかりのゲイボルグ投擲法やアラタのハートクエイクアローがもたらした催眠の影響だろう(ヴァオが『ヘリオライト』を弾いた時もあったが、それは役に立ってないと断言できる)。
「あらら。敵から塩を送られちゃった。まあ、べつに――」
 ヒールのお礼とばかりにアガサが稲妻突きを繰り出した。
「――嬉しくもなんともないけどね」
 ゲシュタルトグレイブに鳩尾を抉られ、モドキがよろける。
 そこに黒い影が組み付た。
 陣内だ。
「ヴォォォーッ!」
 獣よりも獣らしく吼えながら、陣内は絶空斬で敵の傷口を抉った。ケルベロスチェインではなく、己の爪を使って。
「落ち着いて、タマちゃん」
 理性を失いかけてる陣内に声をかけつつ、あかりがまた『stainless snow』を発動させた。
「Vaooooo!」
 小さな優しい猛獣使いが降らせたグラテビィの雪を浴び、モドキたちが苦しげに鳴いた。
 そこにルティエが踏み込み、一体のモドキの顔面に獣撃拳を叩き込む。
「うせろ。目障りだ」
「理に背く者どもよ、大地より飛び立つ雷竜に――」
 あいかわらず唸るような調子で痛罵するルティエの背後から詠唱の声が流れた。ユーシスの竜語魔法『ドラゴニックスパーク』。
「――穿たれるがよい!」
 雷を纏った竜の幻影が地から飛び出し、モドキの股間から脳天を一気に貫いた。
「あと一匹!」
 くずおれるモドキを視界の端に捉えつつ、アラタが妖精弓を構えた。
 その背後で爆発が起きる。
 ひなみくのブレイブマイン。
「わたしの一番の友達も、狂月病に苦しんでいる! だから、絶対に許せないんだよ!」
 自らが発生させた爆発音に負けんばかりに、ひなみくは声を張り上げた。最後のモドキを睨みつけているが、怒りをぶつけている相手はモドキではない。その背後にいるであろう者だ。
「まるで神サマにでもなったみたいなやり方で! 妖精を好き勝手に利用して! ふんぞりかえって! どこにいるか知らないけど、いつか、その顔をぶん殴ってやるんだよぉーっ!」
「おう! ぶん殴ってやれぇーっ!」
 ひなみくの怒号に呼応して、アラタが弓弦を離した。
 ブレイブマインで破壊力を強化されたハートクエイクアローがモドキの心臓を刺し貫いた。

 戦いが終わると、陣内は意識を失い、倒れ込んだ。
 その傍にあかりが座り込んで介抱を始め、他の者たちは周囲をヒールし、セントールのコギトエルゴスムを回収した。
 それらの作業が終わると――、
「はい、これ」
 ――と、アガサが隆の掌に飴玉を乗せた。
 当然、ヴァオが黙っているわけがない。
「あー!? ねえ、俺の分は! 俺の分はぁーっ!」
「はいはいはいはい。ほら」
「やったー! あ? この飴玉、緑色じゃん。つーことは、期待通りにメロン味……って、マスカット味じゃねーか!」
 口中で飴玉を頃がしながら、騒ぎまくるヴァオ。
 一方、隆は掌の飴玉をじっと見つめている。
「浮かない顔してるわね」
 と、ユーシスが肩を叩いた。
「あなたもメロン味のほうが良かったの?」
「いえ、そうじゃなくて……」
 隆は寂しそうに笑った。
「皆さんに守ってもらっている間、俺の心の中で……なんというか、ものすごくヤバいものがずっと暴れ回ってたんですよ。自分では平和的な人間のつもりだったんですけど、一皮剥けば、血に飢えたケダモノだったということですかねぇ」
「いや、戸林はなにも悪くないぞ。よく頑張ってくれたしな。天国から見守っていたであろう奥さんだって、頑張った戸林のことをきっと誇りに思ってるはずだ」
 と、アラタが優しい声でフォローした。
「狂月病は呪わしいものかもしれない。でも、病というものは様々な成り立ちがあるし、それもまた命の一部なんだ。だから、良いも悪いもない。仮にあったとしても、悪いのは病気にかかってる人じゃない」
 それは隆だけではなく、他のウェアライダーたちに向けての言葉でもあったのかもしれない。
「……」
 ルティエが無言で夜空を見上げた。
 忌まわしき光を放つ者もまた無言で見下ろしてきた。
 いつか、あれと和解できる日が来るのだろうか。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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