月狂いの夜

作者:犬塚ひなこ

●狂月の紅い眼
 それは満月の夜のこと。
 淡く揺らめく光を放つ魔法陣の前で、螺旋忍軍ソフィステギアは右手を掲げた。
 その動きに呼応した陣が妖しく光り輝いたかと思うと、其処から黒い影――狂月病の病魔が姿を現わす。その様子を見つめたソフィステギアは口をひらいた。
「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗したが、コギトエルゴスムはこういう使い方も出来る」
 歪んだランプを手にした猫のような姿をした病魔は、ぎぃ、と鳴く。
 次々と魔法陣から黒い病魔が現れる様を見守ったソフィステギアはそれらに呼びかけた。
「――狂月の病魔達よ」
 彼女の言葉を待つように四体の病魔達はぎぃぎぃと騒ぐ。
「神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へ至る、道しるべとなれ」
 そして、下された命令を成し遂げる為に彼らは歩き出した。

 それから暫し後、或る路地にて。
「遅くなっちゃった……今日は月を見ちゃいけないのに」
 其処を通り掛かったのは塾帰りの少年。柴犬のウェアライダーである彼は帽子を目深に被り、満月を見ないよう気を付けながら尻尾をぴこぴこと揺らして歩いていた。勉強道具が詰まった重そうな鞄を抱える少年が帰路を急ぐ中、曲がり角を通る。
 その瞬間、それは現れた。
 不意に黒い影が彼を取り囲んだかと思うと、ぎぃぎぃという不気味な声が響く。
「なっ、なに? やめろ、来るな……!」
 驚いた少年は逃げようとした。だが、既に周囲を囲まれて抜け出すことができない。
 ぎぃ、と鳴いた黒い影は一瞬で少年に襲いかかり――今宵、ひとつの命が散った。

●夜道に忍ぶ
 満月の夜、ウェアライダーの少年が襲われる。
 そのような予知が見えたと告げて雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に事件の解決を願った。
「皆さまの活躍で、妖精種族のセントールを蘇らせて自分達の戦力としようとしていた螺旋忍軍の計画を阻止することができましたです。ですが、それを受けた螺旋忍軍はなんらかの方法で『狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込む』ことで実体化させてしまったのです」
 そして、螺旋忍軍は神造デウスエクスモドキを生み出すという新たな作戦を開始したようだ。通常、病魔はウィッチドクターでなければ実体化はさせられない。しかし狂月病は、神造デウスエクス『ウェアライダー』が定命化した事で発生した病魔なのでウィッチドクターに頼らずに実体化させる方法が存在するものと推測される。
「今夜、現れるのは病魔を元にした『神造デウスエクスモドキ』でございます。その力はは実体化した病魔のような戦闘力を持っていて、予知で見えた男の子を狙って襲撃しようとしているのです」
 おそらくウェアライダーを襲撃して殺害する事で、マスタービーストの秘儀を再現しようとしているのかもしれない。そう語ったリルリカは、まずは襲撃される少年を守り、病魔型の神造デウスエクスモドキを撃破して欲しいと願った。
「敵を倒せば病魔の具現化に利用されている妖精族のコギトエルゴスムを手に入れることもできます! ですが、少し問題もあって……」
 やや不安げな表情を浮かべた少女は現場の状況について話してゆく。

 少年が襲われるのは閑静な住宅街の一角。
 空には満月が煌々と輝いている。襲われる瞬間は少年が曲がり角を曲がってからすぐ。ケルベロス達は別方向の角に潜んで、病魔型の敵が現れた瞬間に割って入ると効率よく戦いがはじめられる。
「戦いをはじめても途中で少年くんが逃げた場合、敵はその後を追ってしまいます。敵は素早いので移動を阻止することはとっても難しいです」
 それゆえにウェアライダーを避難させることはほぼ不可能。
 また、戦闘開始後八分が経過すると、少年が重度の狂月病を発症してそれを受けた神造デウスエクスの戦闘能力が上昇してしまう。
 その為、できるだけ短期間に戦闘を決着させるのが望ましいと予測されている。
「男の子を守りながらの短期決戦……とても難しいですが、皆さまでしたら問題ないとリカは信じているのでございます」
 螺旋忍軍がどのように病魔を呼び出したのかは不明だが、神造デウスエクスを生み出したマスタービーストに関わる技術の一端なのかもしれない。しかし、だからといってセントールのコギトエルゴスムを材料にするなど許されない。
「お願いします、皆さま。襲撃される男の子も、セントールのコギトエルゴスムも助けてあげてくださいませ!」
 それが出来るのはケルベロスだけ。
 大きな信頼を抱き、リルリカは戦いに赴く仲間達の背を見送った。


参加者
深月・雨音(小熊猫・e00887)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
火岬・律(迷蝶・e05593)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)

■リプレイ

●満月の夜に
 夜の冷たい空気が満ちる中、息をひそめる。
 少し離れた所から足音が聞こえてきた。それが件の少年のものだと感じ、ケルベロス達は意思を確かめあう。
「病魔まで持ち出すとは、多彩な芸をお持ちの様ですね。でも、」
 どんな手段で来ようとも、僕たちが全部破壊しちゃうんですけど、と口にしたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)に対して深月・雨音(小熊猫・e00887)が首を縦に振ってみせる。
「まさか狂月病にも病魔があるとはにゃ……む、来たにゃ!」
 耳を立てて警戒していた雨音は少年が曲がり角を曲がる瞬間を察知し、呼びかけと同時に駆け出した。其処にガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)が即座に続き、少年の前に割り込むよう陣取る。
「我等が其方を護りに来た。もう大丈夫だ」
「な、なあに?」
 ガイストの声に驚く少年の前方でゆらりと影が揺れた。
 それは猫めいた姿をした狂月の病魔。明空・護朗(二匹狼・e11656)とオルトロスのタマ、そしてナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)とナノナノのニーカは少年を庇う形で布陣して其々の言葉をかける。
「助けに来たよ。逃げたくなるだろうけれど待ってほしい」
「こんばんわ。驚かせてごめんね。アイツらは君を狙っているんだ」
 護朗とナクラ、それから奇妙な病魔を交互に見た少年は混乱しはじめている。
「あれが……俺を?」
「君を守りにきました。そこで大人しくしててくださいね」
 怯えた声で問う少年にカルナは頷き、火岬・律(迷蝶・e05593)も仲間と共に詳しい説明に入ろうとする。だが、既に戦闘は始まっている。
「来ます、皆さん」
 悠長に説明をしている暇はないと悟り、律は数歩後ろに下がった。
 その瞬間、鋭い爪が先程まで律がいた場所に振り下ろされる。説明は手早く行わないと駄目だ。そう感じた天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)は鋼鬼の力を仲間達に施しながら、背後の少年に語りかける。
「逃げると危険でにゃんす。怖いとは思いますが、どうかわちき達を信じて頂ければと! たとえ何が起ころうとも、その身は絶対に守り抜いてみせますゆえ!」
 猫丸に続いてニコ・モートン(イルミネイト・e46175)も声を掛ける。迫りくる病魔からの攻撃を受けつつ、ニコは少年の気持ちを慮った。
「大丈夫、満月が怖いのは僕も同じ」
 だからこそ静かにじっと待っていて欲しい。無事終わったら一緒に帰ろうとニコが告げると、少年はぐっと唇を噛み締めて頷いた。ガイストは此方の言葉が届きかけていると悟り更に告げてゆく。
「必ず護り通す故、我等を信じて目を閉じ、任せられよ」
「うん……!」
 彼が目を瞑ったことを確かめたガイストは仲間に視線を送った。
 猫丸は誓った言葉を裏切らぬよう、全力を以って事にあたることを決める。護朗が視線を送ると、タマはぎぃぎぃと鳴く病魔から放たれた影を受け止めに駆けた。
「すぐに終わらせるよ」
 少年に、そして自分自身に言い聞かせる言葉を紡いだ護朗はフードを目深に被り直し、鋼の鬼の力を周囲に広げる。
 月は妙に眩くて、その光が狂気を導いてくるかのような感覚に陥った。
 それでもただ前を向く。救えるものがあるのならば、これが自分達の使命だから。

●冴える月光
 狂月病の病魔――もとい、神造デウスエクスモドキの数は四体。
「手早く倒してさしあげます」
 ニコは懐中時計が時を刻む音を確かめながら敵を見据える。同時に解き放った鼓舞の爆発が色鮮やかな煙となって周囲を彩った。
 此度の戦闘は時間との戦いでもある。ニコが気を引き締める最中、ガイストは光の蝶を顕現させて己に力を宿した。その際に少年から怯えの雰囲気を感じた彼は自分の陣笠を外し、その頭に被せてやる。
「暫し目を閉じている間に終わるからな。……終わらせてみせる」
 これならば月光や戦いの音も少しは防ぐことが出来るだろう。最後に呟いた言葉は誓いとして、ガイストは敵に狙いを定めた。
 其処へカルナが地を蹴り、手近な一体へと竜尾を振るう。
「狂月病の病魔なのに妖精の復活って、色々節操無さ過ぎじゃないですか?」
 皮肉を込めて紡いだ言葉に対して病魔もどきは、ぎぃ、と鳴くのみ。所詮はこれらもただの駒なのだと感じたカルナは神経を研ぎ澄ませ、冷静に一体ずつ処理していくべきだと改めて心に決めた。
 カルナに続き、雨音は魔力を籠めた咆哮を解き放つ。
 にゃあ! と響く声には気迫が宿っていた。それは満月を感じることで沸き起こる破壊衝動を敵にぶつけるためのもの。
「すぐにやっつけてやるにゃ!」
 少年が、そして護朗がそうしているように雨音もまた月の光を見ぬよう努めている。
 律はそんな彼女達の力になれるよう敵を見据え、高速の回転斬撃を放った。
「余計な時間はかけていられませんからね」
 敵が身軽ならば足止めしてしまえばいい。四体すべてを巻き込んだ一閃は鋭く、律がひとかけらも容赦していないことを示していた。
 だが、敵も黙ってはいない。ぎぃ、と声が聞こえたかと思うと四体が一気にケルベロス達に襲いかかってきた。
 影が猫丸とナクラへ、引っかきがガイストとニコへと迫る。
 護朗はタマに目配せを送って自らも力を紡いだ。前衛の二人が自ら攻撃を受け止める中でタマは猫丸を、ニーカがナクラを庇う。
「なかなかやるね。でも、こっちだって負けるつもりはないんだ」
 護朗は胸をそっと押さえた後、ふたたび光の粒子を周囲へと放った。先程の一撃を受けたものへの回復と同時に力を与える光輝の力は確りと巡ってゆく。
 ナクラも黄金の果実をみのらせて後衛への援護を行っていった。
 狂月病のウェアライダーをモドキで殺すことで神造デウスエクスを再製造する。敵の狙いは複雑かつ不明瞭だ。
「どういう仕掛けなのか解らないけど、お好きにどうぞーっていう義理もないね」
 ナクラは仲間達に力の加護が宿っていく様を見つめた。
 既に此処で一分弱が経過し、間もなく二分を刻む。分かってはいるが予想以上に時間が切迫していると感じつつ、ナクラはニコと視線を交わしあった。
 猫丸は攻勢に移る為の一手を更に紡ぐため、鼓舞の煙を辺りに満たす。
 またしても、と先日の戦いを思い出した猫丸は気合を入れる。
「うぇあらいだーたるわちきには思う所もありますが、それよりも何よりも……平和の象徴たるお猫様の姿を象り、罪無き人々を襲うなど不届き千万!」
 己の思いを確りとした言葉へと変え、猫丸はネコモドキを瞳に映した。
 猫丸の宣言に同意を示したガイストは構えを取る。
「その所業、赦してはおけぬな」
 それは病魔を操る黒幕に、そして現に少年を襲おうとしていた敵にも向けられた感情だ。ガイストは雷刃の突で以て確実に敵を斬りにかかる。
 更には雨音が流星を思わせる蹴りを追撃として放ち、敵を一気に弱らせた。
 だが、その際に少年が「ひっ」という声を漏らす。それに気付いた雨音は振り返って大丈夫かと問う。そして、気を紛らわせてやりたいと考えて首を傾げた。
「何を言えばいいかにゃ。美味しい食べ物の話でもするかにゃ?」
「大丈夫……!」
 すると少年は強く答える。その声は震えていたが必死に耐えようとしているのだろう。雨音とカルナは頷き、ならば早く戦いを終わらせてやろうと考えた。
「――風よ」
 嵐を告げよ、と詠唱を紡いだカルナは魔導書を指先でなぞる。
 次元異相から召喚された氷晶を伴う嵐が戦場に広がり、魔力を帯びた氷は次々と敵の動きを阻んでいった。
 それでも病魔達は邪魔なケルベロスを排除しようと向かってくる。
 その中で癒やしの風を紡いでいくニコもまた満月の光を見ぬよう努めていた。満月に導かれるようなこの感覚は慣れてどうにかなるものではない。少年もまた、自分達と同じように戦っているのだ。
 ニコは決意を忘れぬ為に拳を痛いほどに強く握り締めて戦況を確かめる。
 律も敵の様子を探り、中でも傷が深い一体に狙いを集中していく。
「あの個体が深手を負っているようですね」
 律が呼びかけると猫丸が応え、二人はひといきに敵との距離を詰めた。左右から同時に迫る番犬に対してネコモドキがぎぃ、と焦ったような声を出す。
 次の瞬間、律が反閇を応用した近距離打撃を打ち込み、其処に続いた猫丸が筆を振り上げた。墨の連撃は敵を漆黒に塗り潰し、その場に伏せさせる。
「凶行に利用されてしまったせんとーるの方々も、無辜の命を傷つけるなど決して望んではいないはず!」
 そうであると信じたいとして猫丸は視線を残りの敵に向けた。
 後は三体。時間は既に四分が経過している。
 護朗は満月による息苦しさを感じつつも、地面を強く踏みしめて耐える。
「なんとしても倒すよ。守るためにも」
 故郷の者は皆、狂月病で狂った。背後の少年もそうなるかもしれず、治せぬ事に歯がゆい気持ちを覚えてしまう。
 しかし今は目の前の相手さえ倒せばどうにか出来る。仲間達は其々が出来ることを行い、懸命に戦っている。
 だから諦めはしないと考えるのは護朗だけではなくナクラだって同じだ。
「ニーカ、一気に打って出よう」
 ナノナノに呼び掛けたナクラは超鋼の拳で以て次の標的を狙う。ニーカも懸命に彼の隣に並び、ちっくん攻撃で敵を穿った。
 そして、其処へ機を合わせたガイストが力を揮う。
「――推して参る」
 放たれたのは夜行の名を抱く冴えた剣閃。夜闇に輝龍が吼えたかのように思えた一瞬。
 それが、二体目の神造デウスエクスモドキが倒れた瞬間だった。
 時間にして五分間。
 それは短くも感じられるが、戦いにおいては長き時間でもある。ニコは刻限が近いことを皆に報せ、自らも攻勢に入る気概を固めた。
「間に合うか否か、計りきれませんが……」
 小声で呟いたニコは振り返って少年の様子を窺う。
 彼は必死に目を瞑っていた。徐々にではあるが病魔の影響が出始めているのだろう。それが分かるのは自分も妙なざわつきを感じ続けているからだ。
 雨音も尻尾をぶんぶんと不機嫌そうに振って、敵を強く睨み付ける。
「うっとおしいやつらにゃ。もっと全力を出しちゃってもいいにゃ?」
 問いつつも良いに決まっていると踏んだ雨音は獣化した両手の爪を長く伸ばし、その切っ先を敵に差し向けた。
 其処から放たれるのは十刃散華斬――さくさく・くろー・すらっしゅ。
 鋭い爪が相手に無数の傷を刻み込み、黒い影が散らされていく。其処に好機を見出したカルナは側面から回り込み、破鎧の衝撃を打ち込んだ。
「よそ見してる暇は無いですよ」
 言葉と同時に敵が穿たれ、その体勢が大きく崩れる。
 其処に猫丸とナクラが追撃を放ち、ガイストと律も一閃を重ねていく。他の者も援護や攻撃に入るが、無常にも其処で六分が経過していた。
 まだアラームは鳴っていないが此処でこの一体を倒さなければ間に合わないだろう。そう直感した護朗はタマを呼び、地獄の瘴気を放つよう願った。
 そして、護朗は色彩の杖先を標的に向ける。
「消えてもらうよ」
 遠慮も何もない、ただ純粋な雷撃が敵を真正面から貫いた。護朗が告げた言葉通りに標的は焼け焦げながら影の塵となって消滅していく。
 しかし、敵はまだ健在。
 残る時間がもう一分もないことをニコから響くアラームが告げていた。
 されど仲間達は確信していた。此処で全てが終わる、と。
「僕たちを倒すまで、ここは通しませんから。……なんて、悪役っぽいセリフですね」
「――千里の外、四方の界」
 カルナがそう口にすれば、律が鬼劔舞を解き放った。衝撃波と同時に鈴に近い清音が残る最中、ニーカを伴ったナクラが鋼拳で敵を貫く。
「今だ、一気に!」
「このような悪い夢はここで終いとしましょうか!」
 ナクラの声に猫丸が応え、筆をひといきに振り下ろす。一筆で命を断つ一閃は夜の闇を更なる黒に染め上げた。
 其処に雨音が爪撃を放ち、仲間達も攻撃一辺倒の策を取る。
「次で終わりにするぞ」
「はい、参りましょう」
 ガイストとニコはよろめいた敵へと同時に駆けた。
 太刀風を劈いて生まれ出た翔龍が閃き、敵を斬り裂くように迸る。そして其処に重ねられるのは鮮やかな色を取り戻した花のひとかけら。
 生きとし生けるものへの証が解き放たれた、刹那――。
 最後の神造デウスエクスモドキが倒れ、辺りにはそれまで通りの平穏が戻ってきた。

●強く在ること
 戦いの音が聞こえなくなったと察した少年は瞑っていた目をひらく。
 すぐに月の光から目を逸らすように下を向いた少年に気付き、律は声を掛けた。
「大丈夫でしたか」
「は、はいっ」
 律の呼び掛けに彼は返事をする。そして律が少年の氏名を問うと、凛汰だと言う答えが返ってきた。無事に守りきったこともあり救急の連絡手配までは要らないようだと判断した律は安堵の気持ちを抱く。
 その間に雨音とカルナが現れたコギトエルゴスムを回収した。
 彼女が掌の上でころころとそれを転がす様を見遣った猫丸は少年に歩み寄り、こちらへ、と影になっている場所へ凛汰を連れて行く。
「少しは落ち着いたでしょうか。この月の光はわちきたちには少々毒ですゆえ」
 猫丸も症状は軽いとはいえ月光に高ぶりを覚える性質。護朗も静かに頷き、少年にもう大丈夫だと安心させるよう告げた。その傍らではタマが護朗をそっと見上げている。
 ニコは少年を含むウェアライダーの仲間にも伝えるつもりで口をひらいた。
「よく頑張ったね」
 満月の中で耐え、戦うことは皆にとっても並大抵のことではなかったはず。
 少年も仲間も無事であることにニコは薄く笑む。ニーカがぱたぱたと羽をはためかせる中、ナクラも口許に笑みを湛えた。
「凛汰だったか。俺はナクラって云うの。こっちの可愛ゆいナノナノはニーカ♪」
 軽く自己紹介をすると、少年もそっと笑う。
 ガイストも全ての任務を果たせたと感じて深く頷く。
「少年、家まで送ろうと思うがどうだろうか」
 其方が転ばぬよう確りと手を引いてやろう、と伝えて腕を差し伸べたガイスト。だが、凛汰は首を横に振って借りていた陣笠を返した。
「ううん、もうすぐそこだから大丈夫。それよりも……」
 ありがとうと告げた少年はガイストの手を取り、握手をしてから離す。
 そして彼は顔を上げて猫丸や護朗達を見た後にぐっと掌を握った。
「俺も強くなりたい。お兄さん達みたいに!」
 ニコと律は駆けて行った少年の背を見送り、その未来が明るいものであることを願った。そして、手を振り返した雨音は改めて回収したコギトエルゴスムを見下ろした。
「目覚めれば、定命化して生き続けられるといいにゃ」
「どんな妖精がこの中に眠っているのか、出会う時が楽しみですね」
 カルナもコギトエルゴスムを見つめていつかの未来を思う。
 鈍く光るそれは何も語らない。
 それでも、淡い月光を反射するその目映さは幽かな希望を映している気がした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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