月は夜空に狂い結ぶ

作者:秋月きり

 それは、明るい夜の出来事だった。
 天頂に輝く満月は夜を纏う街を青白く染め、闇の色を失わせていた。
 公園に点在する木々は昼間同様、芝生に影を落とし、春の訪れを待つ花は、静かに蕾を膨らませる。
 これは、そんな夜の出来事だった。

「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗したが、コギトエルゴスムはこういう使い方も出来る」
 そんな公園の中、女性が一人、立っていた。
 女性の名前はソフィステギア。螺旋忍軍が一人だった。
 彼女の前に拡がるは巨大な魔法陣。光り輝くそれは、儀式の終焉を物語り、そして――。
「狂月の病魔達よ、神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へ至る、道しるべとなれ」
 ソフィステギアの詠唱が至る。共に魔法陣からあふれ出た輝きが公園を覆っていた。
 それが照らすは恍惚と笑む忍びの笑みと、そして、魔法陣から飛び出た八体もの『何か』であった。

「きゃぁぁぁぁ! 何?! 何なのですか?! 貴方たち!」
 暗夜の中、悲鳴が響き渡る。
 悲鳴の主の巨躯、そして象の様な耳から、彼女が象のウェアライダーである事を伺わせた。
 そしてその悲鳴の理由は。
 彼女を取り囲む獣のような男達であった。
 浮かぶ笑みは獲物を前にした肉食獣の如く。ギラギラと輝く瞳は、天頂に輝く満月の如く。
「きょ、狂月病……」
 その呟きが、皮切りとなった。そして、それが、彼女が残した最期の言葉だった。
 絹を裂くような悲鳴が再度響き渡る。許しを請う声が、絶望に嘆く嗚咽が響き渡り、やがて、全ての音が消え去っていく。

 ただ、月明かりだけがその光景を見つめている。
 これは、そんな夜の出来事だった。

「みんなの活躍のお陰で、妖精8種族の一つ、セントールを蘇らせて自分達の戦力にしようとした螺旋忍軍の計画を阻止する事が出来たわ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達に向けられた物は、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)からの労いの言葉だった。
 そして。
「ただ、残念な事に、螺旋忍軍の計画はそれに留まらなかったの」
 続く説明は、彼女の視た予知だろうか。
 彼女が告げた螺旋忍軍の次なる作戦は『狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込む』事で、病魔を実体化させ、神造デウスエクスモドキを生み出す、と言った物だった。
 通常、ウィッチドクターでなければ病魔を実体化させる事は出来ない。だが、狂月病そのものがウェアライダーが定命化した際に発生した病魔の為なのだろうか、その他の病と異なり、ウィッチドクターに頼らずとも実体化させる方法があったのではないかと、推測されるのだ。
「神造デウスエクスモドキが最初に狙うのはウェアライダーのようね。私の予知だと同じ公園内を散歩していた大学生のウェアライダーが狙われていたのだけど」
 ウェアライダーを殺害する事で、マスタービーストの秘儀を再現させようとしているのかも知れない。
「襲われるウェアライダーを助け、病魔型神造デウスエクスモドキを倒す。これが今回の依頼になるわ」
 そうすれば、病魔型神造デウスエクスモドキが抱くコギトエルゴスムを入手する事も可能だろう。
「まず、敵の数だけど、八体いるわ。戦闘能力は同じだから、優先順位はないと考えて貰ってOKよ」
 狂月病の病魔だけあって、グラビティもウェアライダーと同等の物を使用するようだ。
「戦闘が起きるのは午後9時頃の公園ね。大きめの公園で、それなりに街灯はあるけど、明かりの対策は必要と思うわ」
 また、襲撃されるウェアライダーを先に保護する、と言う手段は使用出来ない。それを行えば、新たな被害者が生まれるだけだ。よって、襲撃されたところを救出する手段が最善策となるだろう。
「戦闘に入れば、病魔はウェアライダーを攻撃しないわ。ただ、彼女が逃亡した場合、彼女を追う事を優先するようね。残念だけど、これを阻止する事は出来ない。だから、戦闘中、『ウェアライダーを逃亡させない』事が必要になるわ」
 また、戦闘開始から八分後、つまり8ターンを経過すると、ウェアライダーが重度の狂月病を発症するようだ。その瞬間、神造デウスエクスモドキの戦闘能力が向上してしまうとの事。故に、それまでに決着をつける必要があるだろう。
「おすすめは攻撃重視の短期決戦かな。クラッシャーが3人以上いれば問題ないと思う。ただ、かなり前のめりな作戦になっちゃうけど」
 自分に出来る助言はこのくらいかな? とリーシャは苦笑じみた微笑を浮かべていた。
「どうやって螺旋忍軍が病魔を呼び出したかは不明。ただ、その作戦によって、犠牲者を生む事は出来ないし、セントールのコギトエルゴスムを好き勝手使用させる訳にもいかないわ」
 だから、とリーシャは告げる。神造デウスエクスモドキを倒し、ウェアライダーを助けて欲しいと。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 いつもの言葉と共に、彼女はケルベロス達を送り出す。


参加者
天崎・祇音(霹靂神・e00948)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
風花・つぐみ(夢のひとひら・e20196)
天城・弥白(天に舞い散る・e20197)
桃園・浅葱(月酔い兎は何見て跳ねる・e30472)
明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)
ルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)
デュオゼルガ・フェーリル(月をも砕く蒼狼拳士・e61862)

■リプレイ

●ファム嬢、斯く語りき
 それは、明るい夜の出来事でした。
 天頂に輝く満月はとても綺麗で。月明かりが周囲を柔らかに照らしてくれる、そんな夜でした。
 だから、私は、その夜に全く心配などせず、徒歩での帰宅を選択したのです。
 それがまさか、あんなことになるなんて……。

 申し遅れました。私の名はファム・エレナ。
 彼らの言葉を借りるならば、ただの一般人です。――それ以外に自身を表す言葉を持ちません。
 歳は19歳。都内のそれなりの大学に通う大学生。
 もしも『ただの』人と異なる事を上げるとすれば、種族と言う枠組みだけでしょうか。
 私の種族名はウェアライダー。その中でもインド象の特徴を残した半獣半人――いわゆる獣人でした。

 最初に感じた異変は息遣いでした。
 振り返った私の目に飛び込んできたのは、八つの異形――狼を直立させた様な化け物でした。はぁはぁと言う息遣いは獣を思わせ、手にした大剣は、人を殺すのに充分な凶器でした。
 誓って言います。あれを同族――ウェアライダーと誤認する筈はありません。あれはもっと禍々しい何か――一言で表すならば、悪魔、でした。
「きゃぁぁぁぁ! 何?! 何なのですか?! 貴方たち!」
 私はただ、悲鳴を上げる事しか出来ず、それでも、その悪漢達はただ、笑みを浮かべ私を取り囲みます。
 悲鳴で誰かが来てくれれば――そんな思考は、一瞬にして断たれます。
 だって、私は気付いてしまったのです。異形の彼らが何者なのかって。
 ギラギラと輝く瞳は月に狂うその症状そのもの。
 そして何より、人を人と見ないその狂乱の目は――。
(「で、デウスエクス……」)
 その直感は、私の原始の本能に根ざした物――だと、思います。でも、間違っていませんでした。彼らは侵略者デウスエクス。
 彼らの存在はそれ程異質で、そして、私は……。
「ぐらびてぃ・ちぇいん……」
 振り上げた大剣が、月光に輝き、ぎらりと光を帯びたのも、それが振り下ろされる光景を私は目の当たりにしました。
 全てがゆっくりと動く死の瞬間。ええ、私は死を覚悟していました。
 ですが、そうはなりませんでした。
 振り下ろされた大剣はその間際に阻害され、そして、間に割って入ってくれた女の子が私を守ってくれたのです。
「ほい、正義のケルベロス参上ってね!」
 素敵な笑顔を浮かべる彼女に、私は……はい、正直に言えば、その笑顔に見惚れていました。
 それが私と、ケルベロスさん達との出会いでした。

●VS神造デウスエクスモドキ
「ほい、正義のケルベロス参上ってね!」
 神造デウスエクスモドキの凶刃から間一髪、被害者女性のファム・エレナを庇った明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)が浮かべた表情は、軽快な微笑だった。
 八体のうち、突出してきた一体は、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)の稲妻突き、そして、天崎・祇音(霹靂神・e00948)の命を受けた彼女のサーヴァント、レイジによる息吹に虚を突かれ、一瞬、動きを止めた。お陰で、その魔手からファムの身体をすくい上げるのは、容易だった。
「今は慌てず落ち着くのが先っすよ。怖いかもっすけど、俺達ケルベロスがちゃんと守るっすから安心して欲しいっす!」
 気咬弾で神造デウスエクスモドキを牽制しつつ、まくし立てるルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)の言葉は、ファムに如何様に届いただろうか。
「は、はい!」
 帰ってくる言葉は夢心地で、ふわりとした物だったが、今はこれで充分と断ずる。
「狂月病の病魔って俺たちウェアライダーと同じ姿をしてんのか……!?」
 揺らぐ声はデュオゼルガ・フェーリル(月をも砕く蒼狼拳士・e61862)から。ウェアライダーである彼からして、狼にも似た神造デウスエクスモドキには思うところがあるのだろう。
「狂月病そのものが、マスタービースト由来だからな」
「何らかの因果、或いは絡みがあるかもしれないけれど」
 だが、あくまでそれは似ているだけと口にするのは、桃園・浅葱(月酔い兎は何見て跳ねる・e30472)と天城・弥白(天に舞い散る・e20197)だ。ウィッチドクターである二人は、病魔がその病を想起させる外観を取る事をよく知っている。此度もそうであるだけに過ぎないのだろう。
「危ないから、離れちゃ駄目だよ」
 ふわりと降り立った少女は長身の彼女を見上げると柔らかく微笑。そして反転し、神造デウスエクスモドキへ指をびしりと突きつけた。
「折角綺麗なお月様なのに、あんた達のせいで台無しなんだから! 絶対、絶対、許さないよ!!」
 風花・つぐみ(夢のひとひら・e20196)の思いは、ヒロインを守るヒーローそのもの。絶対ファムを守り切ってみせる。それが、彼女の抱く気概であった。
「シャァァァ!!」
 応じて神造デウスエクスモドキ達が咆哮する。
 ケルベロス達の血潮で渇きを潤さんと、ウェアライダー達の血肉でマスタービーストに至る標にならんと、叫声に狂乱が注ぎ込まれていく。

 あのとき、私は腰を抜かしていました。
 当然です。突如デウスエクス――自身の命を容易く奪える存在に襲われ、それでいて平然としている事など、出来る筈もありません。
 だけれど、彼らがいました。ケルベロスの皆さんは、私を守ってくれると断言してくれました。
 中でも地球人お二人の微笑みは、私の心を穏やかにするのに充分でした。
「離れると危ないから逃げないで」
「指一本触れさせない。だから、一緒に戦おう」
 その言葉が、今にも逃げだしそうな足を押さえてくれました。
 そう。二人がいたからこそ。
 私は、その場に留まれたのです。

「速攻で片をつけるよ!」
 電光石火の一撃を身近な神造デウスエクスモドキに叩きつけながら、ミリムは吼える。
 何分、ケルベロス達の隊列は前のめりだ。前のめり過ぎた。メディックはおらず、つぐみの分身の術、弥白のウィッチオペレーション、その二つの単体回復を除けば、列回復、或いは自己治癒のみしか所持していない。ミリムと同じく自己治癒すら持たない者もいる。倒される前に倒す。それしか活路はなかった。
「行くぞ、レイジ!」
 裂帛の気合いはサーヴァントと共に敵へ肉薄する祇音から紡がれた。
 自身は光剣を、サーヴァントは体当たりを以て神造デウスエクスモドキに吶喊する。吹き飛ばされる病魔はしかし、地に伏せる事は無い。そのまま大剣を杖にと立ち上がり、呪怨まがいの咆哮を口にする。
「旅人だからってナメんなよ……! 俺にも狼の意地ってもんがあるんだッ!! 餓狼の拳、その身に叩き込んでやるぜェ!!!」
 病魔の呪詛が狼の咆哮ならば、デュオゼルガの詠唱もまた、蒼狼の咆哮であった。
 圧縮したグラビティ・チェインを伴う拳は立ち上がる一体に、そこから生まれる衝撃波は身構えるだけの七体を吹き飛ばしていく。それはまさしく餓狼の如し。全ての獲物に食らいつくべく、己が牙を立てていた。
 蒼き狼に続く影は舞鈴だ。紙で出来た兵を散布し、自身、そして仲間達の防御を高めていく。
「企みはきちんと潰さないとね」
 自身の纏うオーラを弾丸にして放つルフの気咬弾は敵を穿ち、虚空へ縫い止める。
「逃がさないんだから!」
 それに対する追撃は、つぐみの連打。纏った地獄の焔を繰り、乱打する姿は一種の舞踏のようでもあった。肉と毛の焦げる臭いが辺りに充満し、神造デウスエクスモドキの表情が歪む。
 彼女に続く爆風は、神造デウスエクスモドキ達をひるませるに充分な威力を秘めていた――はずだった。
「ちっ!」
 浅葱の舌打ちは減衰によって存分な効果を阻害された事に対する苛立ちだった。列攻撃、減衰、そして使役修正。神造デウスエクスモドキの動きが一瞬だけ止まった物のそれは損害に対してでは無く、音と爆風に対しての驚愕に過ぎないと、悟ってしまう。
 続くチェシャが喚ぶ風もまた、減衰の前に効果を充分に発揮していない。自身を含め、7――5人と2体から成る前衛に、纏めて付与能力を振るうのは、いささか条件が厳し過ぎた。
「むー」
 爆風によって仲間の士気を高めようとした弥白もまた、同じ表情を浮かべていた。こちらは使役修正がない分、まだ幾分かの利はあった。舞鈴やルフらディフェンダー二人に付与出来ただけでも僥倖と捉える。
(「これは厳しい戦いになりそうだな」)
 へたり込むファムへ横目で視線を送りながら、デュオゼルガは独り言ちる。

●狂月病、発症
 それはデュオゼルガの懸念通りだった。
 それは、ミリムが抱いた不安の通りだった。
「死して死屍となるも、なお志士たる獅子よ……! 我が四肢にその力を宿せ……! 征こう……禍音!」
 浮かび上がる金色の残影を纏い、祇音の黒き刃が神造デウスエクスモドキを貫く。黄金の雷電の中、振るわれた神の威光の受け、病魔は消失していく。
「――5体目!」
 だが、その口から零れるのは焦燥だった。残すところあと3体。単純な引き算だ。だが、それは自分達も同じ事。
 ケルベロス達も残すところ8人。攻防の末、既にレイジとチェシャの姿は無い。そして、我が身を盾にと庇い続ける舞鈴とルフもまた――。
「まだ行ける!」
「大丈夫っすよ!」
 裂帛の気合いで自己治癒する二人に、更なる煌めきが宿っていく。
「私達が支えます! だから」
「こういうことも出来るんだぜ!!」
 弥白の緊急手術、そして浅葱の咆哮に拡散された治癒が二人に向けられていたのだ。だがそれも、完治にはほど遠い。
(「よく戦ったと思う――けど!!」)
 焦燥混じりのつぐみの蹴打は、星型のオーラと共に。蹴球の如く放たれたそれは残された神造デウスエクスモドキの一体に着弾。短い悲鳴を木霊させる。
 治癒専任者――メディックの不在を皆でカバーしている。その努力は無意味とは言わない。だが、それでは、その分だけ、敵への攻撃の手数が減ってしまう。
 何より、攻撃手の存在だ。
 ヘリオライダーの助言は3人のクラッシャーが必要と言うものだった。そして3人揃える事が出来た。ツラだけならあっている。
「すまんの」
「いや、祇音さんの責じゃねーよ!」
 自責の念に駆られる祇音へ、デュオゼルガから叱責が飛ぶ。
 使役使いの打撃力がそうでないものに比べて落ちてしまう事は致し方ないこと。ならば、それは彼女一人の失策ではない。その理を忘失した皆に非があると叫ぶ。
「――っ」
 そして、時は至ってしまう。
 同時に神造デウスエクスモドキ達の目が輝いた。
 浮かび上がる歓喜の咆哮。そして。
「あ。あああ。ああああッ」
 熱に浮かされた叫びは、ケルベロス達の背後から上がっていた。

 その刹那。
 私を襲ったのは膨大な熱でした。
 体内から溢れ、身体そのものを嬲る様に吹き出すそれは、むしろ心地よく、抗う事の出来ない欲望で。
 私は、ただ、はしたなく声を上げるしか出来ませんでした。

「ふざけんな! 大人しくそこに座ってろ!!」
 ミリムから発せられたファムへの口汚い台詞はしかし、彼女には届かない。
 立ち上がったファムが零すそれは雄叫び――月に狂い月に吠える、夜魔そのものの姿であった。
「ファムっ!」
 舞鈴がその身体を押さえる。180に届く長身を押さえる事は女性にしては長身の彼女を以てしても厄介で、だが、そこは超人と一般人の差。たちまちの内に舞鈴の腕の中で、彼女は暴れ狂うのみとなる。
 そこまで有した時間は刹那。だが、デウスエクスには充分な時間だった。
 神造デウスエクスモドキは狂月病を祖体として作られた病魔。そして、病魔は自身が属する病気が強ければ強いほど、能力を増強する。
 即ち――。
「ぐがっ!」
 最初の一太刀で舞鈴の身体が吹き飛び、次の一太刀でルフの身体が宙を舞う。
「強っ――」
 思わず零れた呻きはしかし、全てが正しいわけではない。
 二人が膝を突いた理由は、狂月病発症による能力増強に寄るモノだけでは無い。今までの積み重ねが、盾役としての献身が、ここに来て仇となってしまったのだ。
 それでも――と歯を食いしばる。それでも、と指を伸ばす。
 このまま、終わるわけには行かない!
「我撃ち出すは白銀の蛇。その蛙をむしゃっと残さず食らい尽くせ!」
 ルフから撃ち出された銀弾は、狙い違わず自身を吹き飛ばした神造デウスエクスモドキを穿ち、続いて召喚された白蛇はその巨大な顎を以て、狼の身体に食らいつく。
 横合いからの殴打が自身を吹き飛ばすその瞬間まで、せめてもの抵抗と、彼は敵を睨め付けていた。
「……行かないで」
 その言葉は為されたのは、主の意識と共に白蛇が消える間際だった。
 弥白の喚んだ淡く儚い雪景色は茨と化し、デウスエクスを拘束していく。淡い夢幻郷はしかし、デウスエクスには届かない遠き果ての光景。だが、そこに届けとばかりに手を伸ばしてしまう。
「信じているから、前だけを見据えられる」
 それが、夢幻に届かない理由だった。
 焔の斬撃が、殴打が、全てを切り裂いていく。手を、足を、腕を、脚を、そして全てを。
「こちとら毎日修行してんだ! 降魔拳士ナメんな!!」
 青き尾を引く獣の一撃――デュオゼルガの拳が最期となった。
 ぐしゃりと潰れたそれは、まるで何も無かったかの夜へと消えていく。

●それでも夜は更けていく
 ははっと獣が笑う。
 くはっと番犬が鳴く。
 満月に照らされた夜に、熱に浮かされた私が気絶する前に見た最後は、そんな光景でした。

「ねぇ。天崎さん。覚悟を決めたわ」
 ミリムのその言葉は唐突に紡がれる。
 残す敵は後二体。だが、こちらも舞鈴とルフが倒れ、サーヴァントは既に消え失せている。加えて、二体とも、ファムの狂月病発症により、能力が増強されている。
 どちらが有利か、と問えばこう答えるだろう。五分五分……いや、傷病者を抱える分、ケルベロスの方が分が悪い。
 だから、と笑う。
「わかった、儂も付き合おう」
 だから、共に笑う。
 ケルベロス達に残された物は、勝機では無く、ただの意地だった。
「ファムさんを無事に帰すって約束したからな」
「回復を捨てる、か」
 デュオゼルガの呟きと、つぐみの独白。そして、ふぅっと弥白の溜め息が重なった。
「それしか手が無いよな」
 自分も覚悟を決めたと、浅葱が自棄混じりの言葉を口にする。
「ああ、もう。だから満月の夜は嫌いだ。こんな事になるから――!」
 そして、吐き捨てるミリムの言葉だけが、後に残されていた。

 それが、私が気絶する直前に見た光景でした。
 その後、目が覚めた私を取り囲んでいたのはボロボロになったケルベロスの皆さんでした。
「大丈夫」
 目覚めに告げられた言葉は、私の身体を慮ってか、それとも、皆さんの無事を示していたのか判りません。
 ただ、私は。
 そのとき、皆さんが浮かべていた微笑みが、とても尊い物だと、感じたのでした。

作者:秋月きり 重傷:ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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