その夜は見事な満月だった。
ソフィステギアと名乗る少女は白い指先を月光に照らしながら、闇に魔法陣を描き続ける。魔力によって発光する陣中から引き出されるように姿を現した異形は黒く煙る耳をぴくぴくと動かした。
「セントールの復活はケルベロスの邪魔により失敗したが、コギトエルゴスムはこういう使い方も出来る」
唇に絶対的な自信の色を浮かべ、ソフィステギアは闇の向こうを指差した。
「狂月の病魔達よ、神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へ至る、道しるべとなれ」
「どうやら、螺旋忍軍が次の手を打ってきたようですね」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は皆を出迎えると、さっそく依頼の説明に入った。
「セントールの復活を阻止された彼らは、『狂月病の病魔』にセントールのコギトエルゴスムを埋め込み、『神造デウスエクスモドキ』として実体化させることに成功したようです。通常、病魔はウィッチドクターでなければ実体化はできないはずなのですが……この病はそもそも神造デウスエクスである『ウェアライダー』が定命化した事で発生した病魔ですから、他にも実体化させる方法が存在するのでしょう」
セリカは地図を用いて、螺旋忍軍の生み出した神造デウスエクスモドキが出現すると思しき場所を示した。
「予知によれば、埼玉県川越市――小江戸と言われる古都の街並みの一角で、彼らはウェアライダーの襲撃を行います。そうして殺害することでマスタービーストの秘儀を再現することが目的なのかもしれませんね。ですが、勿論これを許すわけにはいきません」
襲撃が行われるのは、満月の深夜。ちょうど裏路地をそぞろ歩いているウェアライダーの男が対象だ。普段は耳や尾を隠して、町の土産物屋で働いている。どうやらその帰り道のようだった。
「病魔型の神造デウスエクスが襲いかかるのは、このあたり。鐘楼前の石畳を彼が通過する前後と思われます。道幅は十分にありますし、他の人気は感じられません。また、もし襲撃前に彼を避難させた場合は別のウェアライダーが狙われる可能性があります。何とか、ここで敵を撃破してください」
ただし、とセリカは付け加えた。
もし戦闘開始後にウェアライダーが逃げた場合、この神造デウスエクスモドキはその後を自動的に追尾してしまう。これを防ぐのは難しく、さらに戦闘開始後に一定の時間が過ぎるとウェアライダーは重度の狂月病を発症してしまうため、神造デウスエクスモドキの戦闘能力が上昇してしまうという話だった。
「神造デウスエクスモドキの数は7体。状況的に考えても、できるだけ短時間での撃破が望まれます。無事に撃破が叶えば、セントールのコギトエルゴスムの回収も叶うはず」
よろしくお願いしますと、セリカは深くお辞儀した。
「それでは、ご武運を」
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354) |
伏見・万(万獣の檻・e02075) |
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995) |
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129) |
●月の輪郭
(「それにしても、ここは落ち着いた風景の街だな……」)
石畳に佇み、周囲を見渡したヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)は誰に言うともなしに胸中にて呟いた。
埼玉県川越市――通年を通して有名な観光地でもあるため、見渡す限りどこも管理が行き届いている。ただ、古い建造物も多く、それらの影になる暗がりには街灯の照らしきれない深い闇の存在が見えた。
「へー、お姉さんたちケルベロスなんですか!」
屈託のなさそうな青年・三之は手にしたカードを眺め、目を輝かせる。これから自分に降りかかる災厄にまるで気づいていない笑顔だった。
「これより少々物騒になりましてー、恐れ入りますが私達貴方の警護を務めさせて頂きますのー」
それを差し出した方のフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)もまた、戦いに身を投じる直前とは思えないほどにおっとりとした物腰で彼に簡単な自己紹介と説明を施した。
「えっ、じゃあ皆さんの戦いをそばで見させてもらっていいんですか?」
驚いたように目を瞬かせる三之に、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)はこくりと頷く。
「……むしろ、この場に留まっていてくれないと困る……敵はあなたを狙って現れるから……」
「わかりました! ちゃんと囮役させてもらいますよ」
にっこりと笑って、三之は彼女たちの話を受け入れた。自分が狙われているという状況も、好奇心旺盛な彼にとっては願ってもない機会であるらしい。フラッタリーの差し出した手をぶんぶんと握り返して、子どものようにはしゃいでいる。
「……話が早くて助かる……」
まずは、第一段階成功。
千里はフラッタリーと視線を交わし合い、微かに頷くように顎を引いた。
(「いざという時はー、お任せあれーなのですわー。彼のー足の強度であればー、さきほど手を握った時に計算済みですのー」)
(「……背に腹は、代えられないか……」)
2人の間でとんでもない計画が進行中だとも知らず、わくわくと胸を躍らせている三之へと伏見・万(万獣の檻・e02075)が遠慮がちに話しかけた。
「万が一ってこともあるからなァ。そんときゃ、戦いが済むまで目ェつむってろよ」
「えっ、万が一って何です?」
三之が少し怯えたように肩を揺らした。
「心配すンな、よっぽどでなけりゃ問題ねェ」
もし、どうしようもない窮地に陥った場合は――同じ思いを抱いていたフラッタリーとヴォルフだけが万の言いたいことを悟ったらしく、微かに頷いてみせる。
「とにかく、俺らの守りやすい場所で大人しくしといてくれりゃそンでいい。いいか、絶対に動くんじゃねェぞ」
万が念を押すと、三之は素直に首を縦に振った。
「はい。俺、絶対に動きません」
「よろしくお願いします。後は、私達が必ずあなたを護りますから。信じて任せて下さい」
「了解です!」
背筋を伸ばして答える三之にロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)は頷き、振り返る刹那の一瞬に白銀の甲冑を纏った。
「さあ、どこからでもかかってきなさい」
まるで、その言葉に反応したかのように風のさざめきほどの異音がすぐ近くで鳴った。
ケケ、ケ……――。
「どこだァ!?」
ぞくりと背筋を這い上がる感覚に万は自然と歯を剥いた。
酒で紛らわせてきた『発作』に似た、けったくそ悪い気配――。万がその出所に気づくのと、ヴォルフが目をつけていた物陰から影のような物体が躍り出るのとがほぼ同時だった。
「猫――?」
標的である三之を他の仲間ごと庇い込んだロベリアが、訝しむように呟いた。
ケケ、ケ――……。
「何とも血なまぐさい姿をしているな。悪いが、ここは通さん――!」
ヴォルフの詠唱を受けて闇夜に透き通った青銀の氷霊が乱れ飛ぶ。
「おわわっ!!」
慌てて三之が後衛の後ろまで距離を取ったのを見届け、ヴォルフは即座に得物の槍を抜き払った。目にも止まらぬ速さで撃ち出された礫が奇怪なダンスを踊っていた敵の中衛を撃ち抜き、戦列を乱す。
「……覚悟……」
敵陣へと白い颶風のように躍りかかった千里の瞳が、流れる黒髪の合間に緋色へと染まる。――ヒュッ、と瞬きの間に微量の雷撃が空気を割った。
否、雷神の力を宿した妖刀がそこに在った病魔を斬り伏せたのだ。
「もっと……」
千里の唇が音もなく動いた。
その脇を、人とも思えぬ塊が這い抜ける。
「お、お姉さん!?」
背後から叫ばれる動揺の声など、額の銃創をさらけ出して赤い舌をちらつかせるフラッタリーには届かない。
「ケケッ?」
首を傾げ、嘲笑する敵の頭を掴む掌に業火を宿した火種が爆ぜた。
「夜天浮ブ金色ノ虚穴二汝ラノ路無シ。朽チtE果テヨ」
敵の頭を掴んで固定したままその体に叩き込んだ爆発たるや、火の華の如き絢爛さ。残った生首を放り捨てたフラッタリーのけたたましい哄笑が月下にこだました。
●闘争か殺戮か
時を告げる鐘がひっそりとそびえる鄙びた街並みに、激しい剣戟の音が鳴り響く。先に中衛を一掃する間、前衛を引き付けるのは盾であるロベリアの役割だ。万の張り巡らせた星瞬く魔法陣が彼女の身代わりとなって病魔の牙に裂かれていく。
「はあッ!!」
槍を構え直し、気合を込めた一喝が血を止めて傷を癒すその間にも次々と別の個体が飛び掛かっていった。
「ちィ、しつけェやつらだ!!」
万が月光めいた光球をロベリアへ投擲すると、彼女の瞳に高揚の色が浮かぶ。
「後ろの奴らを倒すまでもうちッとだ、持ちこたえてくれよなァ!」
「はい!」
ロベリアが答えた時、ヴォルフの槍が3体目の病魔を貫いた。雷によって焼き捨てたそれを振り払う彼の顔には殺害に快楽を覚える戦闘狂としての表情が刻まれている。
「ハハハハハ!! もっと獲物を寄越せ、ほら来いよォ!!」
まるでその狂気に引きずられたかの如く、残った攻撃手たちが一斉に奇怪なステップを踏み始めた。
「持ちこたえろォ!」
再び、万の星陣が千里やフラッタリー達の眼前に描かれる。まるで地上に瞬く星図のように、それは美しい盤面を闇夜に記し、敵の足音が響かせる麻痺の波動から仲間たちを守ろうとした。
「ケケ、ケッ!?」
今度は跳躍して襲いかかろうとした個体が、不意に足元へ撃ち込まれた爆炎に巻き込まれて体勢を崩す。
「愚カ為ル病原ヨ。疾ク去ネ」
フラッタリーの赤い口が大きくはっきりと動いた。
起き上がりかけた病魔の口に千里の妖刀が突き込まれ、そのまま地面に串刺すとしばしの間ぴくぴくと震えた後、動きを停止して消滅する。
最後の生気を千鬼を通して吸収した千里の背後で、苦しげな唸り声がした。
「うう……ああッ……」
ぴくりとフラッタリーの動きが止まる。
「三之さんー? 大丈夫でございますかー。もう少しだけー、我慢できませんかー?」
決して振り返らず、顔を見せないままに声をかけて反応を見ると、息苦しそうなか細い返事がした。
「えっと……が、頑張ってみますけど、これちょっといつもと全然違うっていうか……や、やばそう……!!」
くそ、と万が歯ぎしりする。
「当て身で気絶させちまうか――」
「大丈夫ですわー、こちらはお気になさらずー、戦いを続けてくださいませー」
「え?」
直後、ゴキンッという鈍い音が夜の路上に響いた。
「あーッ!!」
闇をつんざく男の悲鳴。
万はごくりと喉を鳴らして、「容赦ねェ」とこぼした。後でちゃんと治してやるからな、とも。
「消えろ!!」
ヴォルフが身を低め、槍を手に敵陣へと突っ込んだ。刃が病魔の体に食い込み、乱雑に傷口を広げる度に彼らを覆う炎が大きく爆ぜて、体全体を舐め尽くさんほどに燃え広がった。
「貫け!」
はためく翼が月を覆い隠したと思った刹那、急降下したロベリアの槍が病魔を貫いて霧散する。
「残り2体です」
「……ついに、ここまで追い詰めた……」
正眼に構える千鬼の刀身に千里の緋眼が映り込み、戦場を包む炎と混ざり合う。彼女が駆け抜けた後、ただ一度振り返った先で血の華が咲いた。
至近距離で仲間が瞬殺された恐怖に慄いた病魔が後ずさった先には、ヴォルフが回り込んでいる。
「ケケッ――」
雷撃を纏った槍の一閃。
最後の病魔が千々となって闇に消え、後には正気を取り戻した三之の呻き声だけが夜の空気を震わせた。
●封じられた石
「あ、ありがとうございました~」
引きちぎられた狩猟用ボーラの残骸を体に絡ませたまま、三之はケルベロスたちに向かって頭を下げた。
既に傷は万が治してやっている。
「大丈夫か?」
「はい。まあ、殺されちゃうよりは全然マシですよね」
三之は笑い、改めて感謝の言葉を述べた。
「他に痛い所はありませんかー?」
普段の姿を取り戻したフラッタリーがおっとりと尋ねると、彼はびくりとして「だだだ大丈夫です!」と恐縮した。
「ならいいんですけどもー、ちゃんとー、足を折った責任はとりますので――」
「お気遣い痛み入ります……!」
あちらは仲間に任せ、ヴォルフは戦場を見渡した。
「これか」
石畳の上に石のようなものが転がっている。
「……セントールのコギトエルゴスム……」
彼の拾い上げたそれを覗き込み、千里は何か変わった様子はないかと目――既に茶色に戻っている――を細めた。
「持って帰ったら、何か……分かるかもしれないね……」
「ああ」
ヴォルフが頷き、周囲の修繕を済ませたロベリアが帰還する。
「観光地のようですから、念入りに済ませてきました」
振り仰ぐ空には変わらぬ月。
淡い光が降り注ぐ街にはもとの静けさが戻り、また日が昇ればそぞろ歩く観光客たちで満ちるのだろう。
「あァ、月がみてやがる。やつらを喰らえばちったァ気分もよくなるかと思ったが……」
やれやれと肩を竦めた万の手は常備しているスキットルへと自然に伸びる。解決された事件への安堵と裏にいる黒幕への思惑を酒で喉の奥へと押し流して、感傷を振り切るように尾を振った。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月31日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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