月晒しに黒檻

作者:皆川皐月

 ビル間を風が抜ける。
 ごう、と過行くそれは花交じりの春風。夜ゆえのしんとした冷たさに僅かな冬の名残はあるものの、いずれ芽吹きの季節に全てが押し流されることだろう。
 鉄筋の上からふらり、煌々と輝る満月を背に一人の女が身を投げる。
 風に踊るレースは尾のように。しなやかな様はまるで泳ぐよう。この不自然なほどの余裕は螺旋忍軍 ソフィティスギアだからか。
「セントールの復活は、ケルベロスの邪魔により失敗した。が……」
 ついと伸ばされた黒革に包まれた指先。
 その指先がくるりと円をなぞった瞬間宵に浮かび上がったのは紋様うねり狂う魔法陣。生き物にも似た禍々しさと妖しさから尋常なものでないことは一目瞭然。しかしソフィティスギアは意に介した風もなく、手中で転がしていたコギトエルゴスムをつぷりと魔法陣へ沈めゆき。
「コギトエルゴスムは、こういう使い方もできる」
 くっと口角を上げてソフィティスギアはにたりと笑う。
 愉悦に歪んだ唇で紡ぐのは、呪いのような祈りにも似た言葉。
「さぁ、狂月病の病魔達よ……神造デウスエクスとなり、我らがマスタービースト様へと至る、道しるべとなれ」
 “ゆけ”。
 とうたわれた瞬間、蠢く魔法陣から“何か”が飛んだ。

 満月の照らす公園を歩く、一人の猫のウェアライダーの男がいた。
 どこか疲れたような足取りながら、抱えた大きな紙袋にはリボンの掛かった何かが入っている。
「遅くなっちゃったけど、つーちゃんは喜んでくれるかなぁ」
 楽しみだと笑う男が即興の鼻歌を歌う。“つーちゃん、つーちゃん誕生日。今日からつーちゃん、おねえさん”。ふふ、と微笑み交じりなのはつーちゃんが大切だからか、笑顔を思い浮かべているからか。
 ふ、と道行に影が差す。
 大きな、大きな、影がいくつも。
「つーちゃん、は――」
『にゃあ』
 大きな影を避けようとして、見上げた先に赤い満月。
 今宵の月はこんなにも近かっただろうか。赤い月など昇ったことがあっただろうか。ごぼりごぼりと耳元で音がする。きこえる。“くるえくるえみなころせ”と、ごぼごぼこえがする。いやだ。こえが。こえ、

 こえが。

 ごろりと落ちた贈り物の袋を拾う手は、爪が伸び切って触れる全てをこわしてしまう。

●月の牙
 振り返った月色の瞳に僅かな焦り。
 集まったケルベロス達に深々と頭を下げた漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)が既に配布済み資料の並ぶ席を勧め、全員が着席したことを認め話が切り出される。
「皆さんの活躍で、妖精8種族のセントールを蘇らせ自戦力としようとしていた螺旋忍軍の計画を阻止する事が出来ました」
 母性への道が途絶えても尚暗躍し続ける螺旋忍軍。
 分割して飛んだグランドロンの一部を手に入れたと知れてから、嫌に動きの目立つ陣営の一つである。
「現在、セントールの復活を阻止された螺旋忍軍は何らか方法で『狂月病の病魔にセントールのコギトエルゴスムを埋め込む』事で、実体化させ、神造デウスエクスモドキを生み出す、新たな作戦を開始したようです」
 “狂月病の実体化”と潤が口にした瞬間、部屋が騒めく。
 その騒めきへ唇へ人差し指を当て、潤はさらに言葉を続けた。
「元来、病魔はウィッチドクターでなければ実体化はさせられないものです。ですが狂月病は、神造デウスエクス『ウェアライダー』が定命化した事で発生した病魔ですので、ウィッチドクターに頼らずに実体化させる方法が存在するものと推測されます」
 抱えた狂月病の深度はまちまち。
 それゆえに苦しみ悩むウェアライダーの多い中、怖気の走る一件であることは間違いない。
 潤曰く、神造デウスエクスモドキは実体化した病魔のような戦闘力を持っている。好んでウェアライダーを狙って襲撃しようとしており、ウェアライダーを襲撃・殺害する事でマスタービーストの秘儀を再現しようとしていると考えられる、と。
「まずは狙われたウェアライダーを守り、病魔型の神造デウスエクスモドキを撃破をお願い致します。成功すれば、妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れる事もできることでしょう」
 資料が移り、示されたのは血のように真っ赤な目をした黒猫のような病魔の姿。
 満月のような光を収めた鳥籠と、目のような模様の描かれたボロボロの白衣が妙に目立つ。
「襲撃時間は深夜、公園の噴水広場前です。襲撃対象は黒猫のウェアライダー、黒山・幹也さん。男性。公園を抜けた先の自宅へ帰宅途中に襲撃を受けてしまいます」
 確実な救出のため、襲撃直後に割り込むのが最善です。と潤が強く言葉にしたのち、資料の写真を指でなぞる。
 小さな深呼吸の後、じっとケルベロス達を見つめ。
「病魔型の神造デウスエクスはウェアライダーを攻撃しません。ですが戦闘開始後にウェアライダーが逃げた場合は、その方向に自動的に移動してしまいます」
 あくまで狙いは対象のウェアライダーのみとでもいうのか――。
 そう問うたケルベロスの声に首を振った潤も苦い顔を隠さず、眉を寄せたまま。
「この追尾移動を阻止する事は出来ず、ウェアライダーを避難させる事は不可能とお考え下さい」
 本来なら逃がすべきである対象ウェアライダーの逃走阻止と守護、そして戦闘。
 役の多い戦いを予見させる現状へ、注意がもう一つありますと潤が告げ。
「戦闘開始後8分が経過すると、病魔に誘発され狙われたウェアライダーが重度の狂月病を発症します」
 たった8分。長いようで短い時間。
 “重度の”と前置きされたことの重さに、空気が僅かに張り詰める。
「発症した瞬間、発病に成功したせいなのか神造デウスエクスの戦闘能力が上昇してしまいます。その為、短期決戦が望ましいです」
 一通りの説明が終わり、潤が静かに息を吐く。
 眉を下げ、下を向いたままの瞳でぽつりと。
「襲撃されたウェアライダーの方も、セントールのコギトエルゴスムも……どうか、お助け下さい」
 静かな声が深々と頭を下げた。


参加者
紗神・炯介(白き獣・e09948)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
椚・暁人(吃驚仰天・e41542)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)

■リプレイ

●今宵のやまい
 春にしては冷えた夜だった。
 疲れた声ながらどこか幸せそうな鼻歌がプツリ途切れる。
 予定時刻通り、ケルベロス達は暗い公園の中を全力で駆け抜ける。小さな女の子の父親を守るため、全力で。
 嫌な予定通りではあるが、予想通りの瞬間にぶつかった。
 ぐらぐら揺らぐ胡乱な影が真っ赤な瞳で黒山・幹也を見下ろし、下を向いていた幹也がどうにも避けられない不審な影を見上げようと―――。

 ずどん、とその眼前を遮ったのは鋼一本と低い声。
「おれたちがこいつらを倒す。あんたに手出しは――、させん」
 レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は飛び込み様、背に携えていた鉄塊剣 骸を抜き叩き付ける様に幹也とねこの間に突き立てた。
 こうすれば、いくら幹也が驚きに顔を上げようとある程度の視界は使い込んだ刃が占める。
 一方幹也はといえば、目を白黒させていた。
 ごうごうと銀の獄炎を腕に纏うケルベロスが飛び込んできたことは、日々穏やかに暮らす幹也にとって非日常が過ぎる。
「あの、すみませんが――……」
「さ、こちらへ。どうか、落ち着いてお聞きくださいませ」
 動揺し辺りを見回そうとした幹也の視界を、黒い絹に包まれたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)の細い指が遮った。するりと極自然な動作でアウレリアのビハインド アルベルトが幹也の背を病魔へ向けさせ、一段階。
 動揺から耳を揺らし、忙しなく尻尾を動かす幹也の肩を同族の手が叩く。日月・降夜(アキレス俊足・e18747)だ。
 目が合うと同時、アラームのスイッチを入れた降夜は簡潔に告げた。
「どういう訳かアイツはアンタを狙ってるらしい上、逃げても追ってくる」
「え?!そ、そんな、じゃあどうしたら……!」
 ぶわりと逆立つ幹也の毛。
 不安に揺れた瞳、震える背をそっとアウレリアが擦れば多少治まるも握りしめられた紙袋がくしゃりと音を立ててしまう。
 だが、怯える幹也をじっと見つめたまま、降夜言った。
「――でも、俺達がアンタを必ず家族のもとに帰す。必ずだ。だから、信じて此処で耐えちゃくれないか」
「そう。君を無事に、家族の元へ帰したい。……どうか信じてくれ」
 降夜の言葉に更に重ねたのは、紗神・炯介(白き獣・e09948)だ。
 ただ静かな声は不思議と耳障りよく、一瞬見かけた真っ赤なねこの目よりも透き通る月色の瞳がゆるりと細まり弓なりになった時、幹也はただゆっくりと頷く。
 幹也はこう見えてそれなりに社会人であり、良き他人も悪しき他人も沢山の人を見てきたからこそ、降夜と炯介の言葉に音以上に込められた想いがよく見えたし、溢れんばかりの願いと決意秘めた瞳にも胸を打たれていた。
 どこまでも丁寧に接しようとするアウレリアと不思議な青年二人も、自分を救おうとしていること。
 また、一番最初に剣を突き立てた大柄な男 レスターの燃えるような瞳にあった想いも、全ては分からないが何となく、ただ何となく自分を救おうとしていることだけはハッキリと思い出せる。
 ケルベロスだからというだけではない、信頼に値する。
 背の向こう側から聞こえる雄たけび。
 何かの斬れるような音。
 金属か、何かのぶつかり合う音も。
 聞いたことの無い声は不安だ。本当はとてもとても、恐ろしいけれど。
「少し、待っていてください」
 そう静かに言った羊の少女 折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)と擦れ違った。小柄な少女の姿に追って振り返りかけたが、力強い駆け出しにどこか大丈夫だろうという思いが沸いた。
 艶やかな夜より黒い髪を躍らせそっと幹也の手を取った少女 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)の瞳もまた力強かった。
「あの敵に、あなたを家まで追わせません。此処で必ず、仕留めます」
 暗に家族という幹也の宝も守るという言葉。
 ふと香った血の臭いに振り返りそうになった幹也の手を引き背へ庇いながら、咲き誇れ!と命ずるように告げたかごめが指を鳴らした瞬間、幻のように輝く桜が散ると同時に血は薄甘い桜の匂いに消えていた。
 尋常ならざるケルベロスの力の一旦を、幹也が間近で垣間見た瞬間だ。
「終わるまでさ、俺達の側にいてね」
 徐々に戦闘音が苛烈になりゆく中、そう穏やかに笑った椚・暁人(吃驚仰天・e41542)とエクストプラズムの剣携えたミミック はたろうは何とも不思議な存在であったが、自然と幹也は頷いていた。
「少し苦しくなったら、家族の顔を思い出せ。その紙袋、今度は離さないようにな」
 とんとウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)に叩かれた背が熱い。
 ぐるぐる腹の内で芽生えんとした不安も不快感も、きっと大丈夫。守ってくれると幾重にもケルベロス達が声を掛けてくれた。
 喉の奥から吐き出したくなるよう何かを飲み込んで、言葉を掛けられる度に頷いていた幹也はただ、耳を塞いで身を小さくする。大切な人の元へ帰りたい一心で、だた。
 向けた背は預けた背だ。
 信じてただ、じっと腹の奥で暴れる何かが喉まで来るたび飲み下しては耐え続ける。

●背のむこう
 ねこを見上げた瞬間、レスターは深く突き立て逆手に持った骸を軸に己が尾を振るいねこ達の足を払うように打ち据える。
「お前たちに渡すウェアライダーなど、いない」
「その通りです。どうか、お引き取りを」
 低く響いたレスターの言葉に頷きながら、アウレリアの細い指が爆破スイッチを起動した瞬間、前のめりに立つねこを牽制するように一体の足元が炸裂。同時、アウレリアが爆破したねこの背後から、アルベルトが強かにねこの後頭部を打ち据えた。
『み゛』
『あぁーお、なぁお』
「おいおい、猫っぽいとこはそいういうのか?ったく、」
 盾役のいないねこの陣営は隙間が多い。
 爆破とアルベルトの存在に気を取られたねこ達の間に踏み込んだ降夜が捉えたのは喚く一体。走り込み眼前でブレーキ。勢いのまま振り上げた足を、米神目掛けて槍の如く叩き込む。
『ミ゛ァァァア゛ア゛アアア゛ッッ』
 濁った悲鳴。
 しかし意に介すことなく、その降夜の背から飛び出した炯介がぴりぴりと肌剥け地獄覗かせた顔でねこを見た。
 ただただ、静かに。幹也に声を掛けた時とあまり変わらぬような様子で、炯介は言う。
「ついてきてもらうよ――……恨み言なら、あの世で聞こう」
『ぁ、』
 邪なる月狂いの狂熱がは、瞬く間に青白き炎に喰われて消えた。
 残る4体のねこ。警戒したような足取りになるのは、ただの病ではなくセントールのコギトエルゴスムを核にしているがゆえか。
『ァァアアオオオオォアォアォアォアォォォォオオオーーー!!』
『ンナァァァアアアアアッッ!!!』
 カッ―――と光る赤瞳。
 狂ったような雄叫びに掲げた鳥籠ので輝く偽の月。
 波の様でいて嫌に鋭く纏わりつくそれらが、レスターの庇うように立ったアウレリアや降夜の前で目を庇うように立った炯介と茜達前衛陣を襲った時、微かな甘い香りと煌めく桜の花弁が、ぐらつく視界と裂けた傷を覆う。
「さあ咲き誇れ!」
 凛とした声の主はかごめ。
 声に呼応するように咲いた桜模った光の盾が、精神揺さぶる感覚も傷口蝕む毒をも緩和し拭っていく。
 街灯だけが頼りの春の夜に、かごめの咲かせた桜はひどく幻想的に映りゆく。しかし時間は刻一刻と迫っていた。暁人の横でふうふうと呼吸を荒げながらも震える手で自身を抱きしめる幹也が、どこか遠い目で呟いた。
「……っぅ。つーちゃんと、ママと、お花見に行か、なきゃ……」
「そうだね……大丈夫、必ず行けるから」
 幹也は耐えている。暁人には想像の及ばぬ何かを抑える様に身を丸め、歯を食いしばって耐えている。
 だからこそ、皆で話した8分以内に確実に病魔を仕留めねばならない。
「お花見も、黒山さん達の記念日も、滅茶苦茶にさせない」
 黒髪に黒服の身を陰へ隠すように距離を詰める。
 体内のグラビティチェインを織るように編むように繋ぎ合わせ、破壊役の背でぎらぎらと満月の籠を揺らし蠢くねこの背を取った瞬間、暁人は陰から飛び出した。
「影を縫い、喰らい付け! 暗流縛破!」
 振り抜いた手にねこが振り返ろうと、もう遅い。
 ぞろりと生きたように飛び出した暁人の鎖型グラビティチェインが地を這うように奔り、ねこを爪先から締め上げ足を折る。
 暁人の一撃が決まることを知っていたかのように、追随して食らいつくはたろう。
 ごきりと軋み、黒い流動体のような身を崩し零したねこの瞳から赤い雫が落ちた。が、今夜の暁人は揺らいだねこの瞳に感傷を感じない。罪無き一人の父親を、家族を壊そうとした罪を。核たるセントールを喰らうこの病一匹、許せるほど寛大ではあれないのだ。
「原因は螺旋忍軍。でもね、いくらお前も利用されてると言ったって……許す必要、ないよね」
「ただでさえ、苦しむ人のいる狂月病……それを利用するうえ、妖精のコギトエルゴスムも使うんだ。仕方がないね」
 暁人の言葉に同意するように頷いたウリルは、赤い涙零すねこの背を密かに取っていた。
 背を取られ足も潰されたねこ動作は遅い。巡るウリルの如意棒が空気を、悪しき気配を焼き猛る。ごうごう、ごうごう、紅蓮の炎がねこの瞳を照らした時、また一つの病が焼き落ちる。

 ひゅるり、酷く低い位置から茜が滑るようにチェーンソー剣を振り上げた。
 ずるりと引き裂かれるねこの白衣のような襤褸布。カァッと開かれた真っ赤な口に、決して茜は怯まない。
「私は盾。倒れぬ、盾です」
 短くも力強い言葉。
 その通りに、幾度爪が降り下ろされようと茜は後ろに下がらない。ただ前進。無いしは不動。
 薄明りに冷たい輝きを放つ碧眼は、ねこを見ていた。ゆらゆらぐらぐら牽制に血飛沫と黒き身のようなものを散らしてのたうつねこを、見ていた。
 鋭利な爪に殴り引っかかれ、切れた口に溜まった血を吐き捨てる。
 素早く拭って、深呼吸。
 すれば血が沸き立つ。茜の内で眠れる因子が声を上げる。耐えよ、強く在れ、堅く在れ、守れる者で在れとうたう血が、透き通るように白い肌へ土色の甲殻を生成していた。
「罪なき人を護るためなら――倒れぬ盾となって、ありましょう」
 碧眼が燃えていた。
 ぎらりと強かな光をもって。
 ぐっと茜が爪先に力を入れて一歩、踏み出した小さな拳が身目に反す破壊力を伴って凄まじい衝撃波でねこのはらを突き抜ける。ねこが、もんどおりを打ち吹き飛ぶ――前に、屈強な黄金色の猫科の手が摘まみ上げた。
 静かに息を抜いた降夜が、囁く。
「さて、刈り取ろうか」
 ぞ、と背筋泡立てるような音がまた一つ病を刈り取って。
 残されたるは傷を癒す術も持ち合わせない哀れなる病が二つ。

●つきがみていた
「あと三分。さ、行こうか」
「それだけあれば十分だろう」
 炯介が骨ばった爪先で時計を弾いた。
 息を吐いたレスターの獄炎が咆哮する。
 闇を焼く銀の焔が立ち昇り、今宵の月よりも尚明るく、ねこの真っ赤な瞳よりも鮮やかに夜を照らす。無理やり振るわれた爪を鉄塊剣で受け止めて細く息を吐いた。
 幾度も刃を爪を交え、一つ見えたことがある。
 あのねこに、戦闘の知識は薄い。ただ力任せな部分が非常に多く、獣に憑く病の性か核となった妖精族 セントールのコギトエルゴスムの影響か、ほとんど反射と生存本能で蠢いているのだ。
「……正面から行く。仕留めるぞ」
 炯介の答えも確認せずレスターは地を蹴り、己の纏う地獄を這わせた刃を静かに構え距離を詰める。
 この短いやり取りの中、察しの良い炯介にならばそれで十分に伝わるだろうと踏んだのだ。
 頼まれた炯介はといえば、見せたのは僅かに困った表情だけ。微かに上がった口角に乗っていたのは是の答えだけなのだ。
 叩き下ろすように振るわれたレスターの刃を、身を捻ったねこが皮一枚ですり抜ける。ぎろりと丸く赤い目を吊り上げ、ねこがカァッと開いた真っ赤な口も大きく掲げた爪で返すようにレスターを斬りつけようとした時。
「いいさ……僕にも、渡したくないものがあるんだ」
 空気が一瞬にして燃え散った。
 蒼炎の名を冠されたガントレットの先。銃の様に構えられた炯介の爪先から発された蒼き地獄がガラ空きのねこの喉笛に食らいつく。悲鳴も上がらない。上げることを許さない。
 ぼうぼうと、ごうごうと、燃えながら命吸い上げられたねこはそれでも跳んだ。
 奥で震える黒猫をせめても惑わさんと、狂わせようと、月を掲げて。
 しかし。
「災禍は此処で潰える……それは決まっていたことよ。そうでしょう、アルベルト」
 春の夜に透き通る静かなアウレリアの声。
 飛び跳ねたねこの足が、子供が落としたであろう砂だらけの縄跳びが捕え引く。
 もがいても無駄であった。空中の、防御もでき無防備になった一瞬は時間にして五秒ほど。だが、アウレリアが撃鉄を下ろしたままの愛銃 Thanatosを抜き打ち、照準を合わせ、引き金を引くには十分。
 残響はたった一発の発砲音。
 撃ち落されたねこだったものが、どろりと溶ける。
 残るは一匹の病と、二分間。
『ぉ』
『オォオオオオォォオオオォオオッッッッ!!!』
 病は叫ぶ。
 猫の如く月を見て、獣のように形振り構わず。
『アァァアアォオオオオオオ!!!』
「っ、させません!」
 吼え走るねこを、体当たる様にして茜が止めた。
 鋭利な爪が横凪に細く薄い体を斬りつければ、茜の喉を競りあがる鉄の臭いと骨に染み入るような痺れが体を突き抜ける。痛みに声を上げれば幹也に聞こえてしまう。怯えさせたくない、その一心で歯を食いしばった瞬間――その身を、温かなオーラが包み込む。
「折平さん、無理をしないでください」
「っ……ありがとう、ございます」
 遠のく痺れ。ゆっくり痛み感じさせず塞がれる傷口。ほたりと汗した垂らせた茜の声は、幾度となく感じるかごめの丁寧な治癒に安堵したからだ。
 苛烈で常に幹也の変化へ気を配りながらの短期決戦の中、ひどく丁寧で繊細なかごめのヒールは前線に立つ者の背を、柱の様に支えていた。茜はふーっと深く息を吐く。まだ、負けない。思い強く、ねこを押し返した瞬間。
 響いた、あと一分!の声。
 細い茜の腕に組みつくねこの腕を、ウリルの如意棒が弾き落とした。
 四方八方上下左右無く、まるで無尽蔵な斉天截拳撃が無理やり振るわんとするねこの爪を見事に封じて見せたのだ。
「こんな酷いことは、もうお終いだ。ここで、お終い」
『アォ、ォッ』
「そう。これで――終わりだ!」
 踏み込んだ暁人の眼は、真っ直ぐにねこを捉えていた。勢いよく振るわれる暁人の竜槌。春夜には冷えすぎた風が唸る。
 冬さえ退く――否、命の進化の可能性すらも奪い凍死させる超重の一撃が、悪しき病を欠片も残さず打ち砕いた。

 残ったのは、全てを見ていた煌々と輝く月と、残り十二秒で命と意識繋いだ黒猫の男と、見事に病を打ち砕いたケルベロス。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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