鋼のみどり児

作者:坂本ピエロギ

「日輪、月輪……進化する事はできなかったようですね」
 歯車の噛みあう音が響く暗い部屋で、ジュモー・エレクトリシアンは呟いた。
 これまでダモクレスという種族のために尽くした戦士たちの死を知っても、しかし彼女の声に悲嘆の色はない。
 何故ならば、彼らの死は無駄ではなかったのだから。
 新たなダモクレスの礎となって、今ここに在るのだから――。
「あなたたちはダモクレスという種族の未来を拓く、魁となるのです」
 ジュモーが語り掛けるのは、巨大な機械型生命体の群れ。
 日輪と月輪という犠牲によって生み出された、ダモクレスの新たなる可能性の種。
「お行きなさい。試作進化型ダモクレス『クレイドール・クレイドル』よ」
 鉢植えを思わせる機体の奥で、コギトエルゴスムが冷たく光る。

 都会を少し外れた、とある地方都市の駅前。
 ダモクレスたちは、そこに何の前触れもなく現れた。
「お、おい! 何だあれは!!」
「デウスエクス……? ケ、ケルベロスを呼ぶんだ! 早く!!」
 宙を浮かんで動く3つの巨体が、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を見下ろす。
『ふふふ……』
『あはははは……ハハハハハ……』
 赤い一つ目から発射されたレーザーが、街の全てを破壊していく。
 立ち並ぶビル。市民の命。平和な日常。そのすべてを――。

「先の工場襲撃事件ではお疲れ様でした。ダモクレス『日輪』と『月輪』を撃破し、妖精族のコギトエルゴスムを回収できたのは、皆さんのおかげです」
 ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)は、ケルベロスたちをヘリポートに招き入れると、さっそく本題を切り出した。
「まず、回収したコギトエルゴスムですが……解析の結果、彼らの正体が判明しました」
 その名を、妖精グランドロン。
 秘匿と防衛を司る、妖精8種族のひとつに間違いないという。
「彼らが宝瓶宮グランドロンと何かの関係があることは確実と思われます。うまくいけば、いずれ彼らを元の姿に戻すことも可能かもしれませんが……」
 ムッカの表情がかすかに曇るのを見て、ケルベロスたちは察する。
 どうやら、あまり良くない報せがあるらしい――と。

「2つほど、皆さんにお伝えすることがあります。今回の依頼にも関係することです」
 静かに頷くケルベロスたちに、ムッカは静かに切り出す。
「まず1つ。ダモクレスは、今もグランドロンのコギトエルゴスムを保有しています」
 つまりグランドロンたちをケルベロスの勢力に引き入れるには、更なるコギトエルゴスムを回収する必要があるということだ。
「そして……2つ目なのですが」
 ケルベロスたちが息を呑む間もなく、ムッカは更なる情報を告げる。
「ダモクレスはグランドロンを利用して、新たな生命体を創造しました……こちらです」
 ムッカは、プロジェクターに映像を投射した。
 そこに映っていたのは、鋼鉄の植木鉢を思わせる、一つ目の怪物。
 体の上部からは人間を思わせる体を生やしたダモクレス。その力が強大であることは、ムッカの表情が雄弁に物語っていた。
「進化試作型ダモクレス『クレイドール・クレイドル』。不完全ながらも、グランドロンの力を引き出すことに成功した機体……皆さんには、彼らの撃破をお願いします」
 クレイドールは現在、完全体となるために必要な大量のグラビティ・チェインを求めて、市街地の人々を殺戮するという。
 その数3体。
 彼らを全て撃破することが、この作戦の目標だ。
「クレイドールが出現するのは地方都市の駅前です。市民の避難誘導は現地の警察に任せられますので、皆さんは敵の撃破に専念してください」
 通常状態におけるクレイドールの戦闘能力は、通常のダモクレスと変わらない。
 しかし、ひとたびその命が危機に脅かされると、その力を爆発的な速度で進化させることが判明している。
「具体的には防御、攻撃、妨害、命中、回復、バッドステータス耐性……それら全てが強化され、加えて破剣の力も得ます。この力は永続し、いかなる手段でも無効化できません」
 ただし、その力がもたらす代償は少なくない。
 進化発生から4分が経過すると、彼らは急激な定命化現象によって崩壊、死に至る。
「グランドロンのコギトエルゴスムは、クレイドールの死体から回収できます。ですが、自壊によって死亡した場合、グランドロンはクレイドールと共に死んでしまい、回収することが出来ません。注意してください」
 説明を終えたムッカは今一度ケルベロスたちに向き直り、深く頭を下げた。
「説明は以上です。ダモクレスの野望を阻止し、グランドロンを助けるため……どうか皆さんの力を貸してください。よろしくお願いします」


参加者
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●一
 その日、街の駅前は冷たい空気に覆われていた。
 随所に待機する警察官が漂わせる、緊迫した雰囲気のせいもあろう。しんと静まり返ったバスターミナルで、ケルベロスは粛々と戦いの準備を始めていた。
「ダモクレスの回収したコギトエルゴスムは、妖精グランドロンだったのね……」
 テレビウムの『テレ蔵くん』と一緒に前衛に立つ神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273)は、興味を滲ませた声でそう呟く。
 シャドウエルフやヴァルキュリアと同じく、妖精郷アスガルドに住んでいた妖精たち。彼らが、どのような存在なのかを。
「グランドロンを取り込んで、進化する敵……ダモクレスは何を企んでいるのかしら」
「連中の目論見に興味はなイ。ワタシはただ、ヒトを守ルだけだ」
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)はそう言って、静かに戦棍グザニアを握った。上空から飛来する、敵の気配を感じたからだ。
「……来タな」
「そのようですネ、マナ」
 眸が見上げる視線の先を、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が追う。
 空の果てから音もなく降ってくるのは、三つの大きな影。
 鋼鉄の植木鉢を思わせる、紅い単眼の怪物たちだ。
「クレイドール・クレイドル……『粘土人形の揺り籠』、言い得て妙な姿ですネ」
 一見しただけでは、ダモクレスたちにさほどの脅威は感じられない。
 だがケルベロスは知っている。彼らに埋め込まれたコギトエルゴスムがもたらす力を。
「妖精グランドロン……そこにいらっしゃるのですカ」
 答えはない。エトヴァは漣ノ戦鎚を握る手に力を籠め、ダモクレスの体の奥で眠る妖精に向かって語り掛けた。
「……待っていてくだサイ。今、お助けしマス」
「あの子たちの進化する力……まさか、お母様が……?」
 エトヴァの横で、シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)が驚嘆に息を呑む。クレイドールの力を導いた存在に心当たりがあるようだ。
「mauvais! 今回は上手くいっているパターンにしか見えませんの!」
 シエナはクレイドールを見上げて、細い腕で頭を抱えた。
 グランドロンを糧に得た力。クレイドールたちの歪な進化が招く結末。そこに待っているのは、しかし決して明るい未来などではない。
「定命化による死……あまり見たくないな。妖精族まで巻き込まれるとあっては尚更だ」
 レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は真紅のゴーグルで目を覆い、すでに砲撃形態をとる赤熊手の射程に敵を収めている。
 彼らを終わらせるのはケルベロスのみ。ならばその役目を、一刻も早く果たすのみだ。
「強くても自分が壊れちゃうようなのは、進化なんて言わないのです」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は相棒の『プライド・ワン』に合図を飛ばし、揃って陣形の最前列に進み出る。
『ふふふ……』
『ははは……アハハ……』
 浮遊する外殻ごしに、ケルベロスを見下ろすクレイドールたち。
「――始めるですよ」
 さ、と手を挙げる真理。
 それと同時、警察の呼子がターミナル内に鳴り響く。
「ケルベロスです! 市民の皆さんは落ち着いて避難して下さい!」
「よしっ。避難誘導は任せたぜっ、ホゥ!」
 市民の避難誘導に駆け出すホゥ・グラップバーンに、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)はニッと笑顔を送り、言った。
 これから始まるのは、全力での壊し合い。
 破壊できる対象を前にするとき、彼が浮かべる満面の笑みだ。
「行こうぜ。壊れる前に壊してやる」
「行きましょう皆さん。人々を、グランドロンを守るために」
 アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)を最後尾に残して、ケルベロスは異形のダモクレスとの戦闘を開始するのだった。

●二
 縦一列の陣形を組み、クレイドールが迫る。
 グラビティ・チェインを求めて牙を剥く、飢えた獣たち。赤くギラついて輝く単眼から、凍結光線が次々に撃ち出される。
「あなたたちの進化は、ここで終わりなのですよ!」
 レッドレークを捉えた青い光を、真理とプライド・ワンが庇った。真理は反撃とばかり、脚部スラスターで加速して突撃。噴射の力を用いて跳躍し、土人形の懐へ飛び込む。
「弱点は、そこなのですね!」
 巨大な単眼を狙い、速度と体重を込めた貫手をクレイドールの体の奥へとねじ込む真理。背後から迫る敵クラッシャーは、プライド・ワンが灼熱の体当たりで妨害する。
「オウガメタルちゃん、よろしくね!」
 純恋が、オウガ粒子を前衛に散布した。クラッシャーの一撃を庇ったプライド・ワンを、テレ蔵くんの応援動画が更に回復していく。
 通常状態のクレイドールに突出した攻撃力はないようだが、彼らが進化によって得る力はいまだ未知数。けして気は抜けない。
「広喜、足止めは引き受けタ」
「おう眸、了解だぜっ!」
 言い終える前に、眸と広喜は仕掛けていた。
 ジグザグに地面を蹴り、間合いへ飛び込む広喜。グザニアの砲口を敵の眼へ向ける眸。
 狙うは最前列のクレイドールだ。
 広喜の回転する機械腕が、植木鉢の外殻を穿った。火がついたように暴れ狂う敵の動きを眸の目は寸分の誤差なく捉え、轟竜砲によって動きを封じていく。
「そこで大人しくしているが良いぞ!」
 レッドレークが赤熊手を振りかぶり、全力で地面へと叩きつけた。
 『YIELD-FIELD:E』。震えるアスファルトの亀裂をこじ開けて、そそり立つ巌の巨刃。串刺しにされた最前列のクレイドールが、痛みに絶叫をあげる。
「足並みを揃える時間ハ、差し上げまセン」
「石像人形になってもらいますの」
 その後ろでは、コンビネーションを発動したエトヴァとシエナが、最後尾のクレイドールへ轟竜砲と石化光線を発射し、敵の連携を妨害にかかる。
「皆さん! 油断せずに――」
 アリッサムが前衛に注意を促しながらサークリットチェインを発動した、その時。
 レッドレークが、それまで戦っていた敵を指さした。
「……!? みんな、あれを見ろ!」
『ふふ……くくく……』
 外殻に包まれた緑色の人形が、変化を始めたのだ。
 幼さを感じさせた声は、猛々しい力に満ちた声に。細い体は、堂々たる大人の体躯に。
『これが進化の力……素晴らしいぞ!』
 新たなる力を得た歓喜の声が、グラビティの大波となってケルベロスを襲った。
 衝撃でめくれ上がり、砕け散る舗装。広喜の身代わりとなった真理を、残るクレイドールたちの破壊光線が前衛ごと薙ぎ払う。
「この……程度で……!」
 真理がふらつく足で立ち上がり、進化したクレイドールを見上げれば、プライド・ワンの炎を浴び、広喜に装甲を抉られた敵の体が、巻き戻し映像のように元へ戻っていく。
「時間が惜しいのです! 皆さん、行くですよ!」
「心得た、任せろ!」
 腰を落とし、赤熊手を振りかぶるレッドレーク。真理は彼の声を背に、脚部スラスターの加速から流星の蹴りを浴びせる。進化前のクレイドールになら傷を刻んだであろう一撃は、しかし分厚い外殻に阻まれた。
 レッドレークが全力でアスファルトを蹴り、赤熊手を振り下ろした。進化の可能性を閉ざす一撃が、単眼の上に生えた土人形の腕を砕く。
『はっははは! こんなものか、ケルベロス!?』
 残る2体の仲間を従えて、光線を乱射するクレイドール。浅くない傷を負っているというのに、進化の力に酔って痛みなど感じていないかのようだ。
「……驚いたのデス。あそこまで急激な進化とハ」
 エトヴァは凍結光線の傷に身を刻まれるのも構わず、バスターライフルの照準を敵の単眼に合わせた。
 発射されるフロストレーザー。凍結光線を浴びた眼が音を立てて凍り付くのを確かめて、エトヴァは仲間に総攻撃を促す。
「行きまショウ、皆さん」
「先陣は任せてもらおウ」
 眸はビハインド『キリノ』と共に、クレイドールに迫る。
 キリノのポルターガイストが操るアスファルト片の嵐が、眸が放つ可変機械式ハルバートの刺突が真正面からクレイドールと激突し、その勢いを押し止め始めた。
「育ちすぎた枝は剪定される運命ですの」
 シエナは敵の武器封じと足止めが重いことを見抜くと、チェーンソー剣を手に突撃。眸が作った刺創を切り裂き、緑色の土を土人形もろとも滅茶苦茶に切り裂いていく。
『がっ!? あ……うああっ……!!』
 クレイドールの哄笑が、悶絶の悲鳴に取って代わった。
 命を振り絞るかのような破壊光線が、後続の2体のそれを従えて前衛に迫る。
(「ああもう、なんて時に……!」)
 縛霊手を掲げる純恋の額に、冷たい汗が伝った。
 クレイドール3体の集中攻撃を浴びれば、前衛とてただでは済まない。一刻も早く回復をしなければ、確実に後の戦いにダメージが響いてしまう。
(「けど私たちが回復に手を回したら、集中砲火の火力が――!」)
 回復か、攻撃か。
 二者択一を迫られる純恋とアリッサムに、新たな仲間の手が差し伸べられたのは、その時だった。
「大丈夫です。そのまま攻撃を続けて下さい」
 葛城・かごめは流れるような動作でオウガメタルを纏うと、メディックポジションからのメタリックバーストを前衛に散布し始めた。
「ごめんレッド! 避難に時間かかっちゃった!」
 そこへ続くクローネ・ラヴクラフト。オルトロス『お師匠』には攻撃を任せ、自身は傷の深い真理を呪文の歌で癒していく。
「命育み、協う、温かな腕。母なる大地の象徴たる、慈愛の女神よ――」
 指揮棒代わりに杖が振るわれ、みるみる癒えていく真理の傷。純恋とアリッサムはしばし二人に回復を任せ、クレイドールへと迫った。
 純恋の御業が、原型を失い始めたクレイドールを拘束。アリッサムは苦悶の呻きをあげる人型を狙い定め、追撃の竜砲弾を叩き込んだ。
『嘘だ……! 私は、ダモクレスの新たなる――』
「ああ、確かにその新機能はすげえけどよ」
 クレイドールの体を、影が覆った。
『……!?』
 ヒビの入った単眼で、空を見上げるクレイドール。
 そこに振り下ろされるのは、広喜の精神が具現化されたマインドソードだ。
「そんなもん無くても、皆のほうが強いぜ!」
 光剣が一閃。
 その身を縦一文字に切断されたクレイドールは、煙を吹いてターミナルの路肩へ墜落し、その機能を永久に停止した。

●三
「新型なのに壊れちまうんだな。……ま、関係ねえ。次だぜ次っ!」
「ああ。ここからは反撃の時間だ!」
 広喜が回転する機械腕の矛先を、中衛のクレイドールに定めた。レッドレークが赤熊手を振りかぶり、再度『YIELD-FIELD:E』の構えを取る。
『あはは……あいつ、もうしんだよ!』
『ふふふ……ばかなやつ!』
 一方クレイドールは仲間の死を悼むこともなく、笑いながらケルベロスへ襲い掛かる。
「ダモクレスにとっての進化とハ……何なのでしょうネ」
 エトヴァは凍結光線が直撃した傷を庇いながら、バスターライフルの中和光線で最後尾のクレイドールの力を削いでいく。
 それを聞いたレッドレークは、赭土鳴で大地を砕かんばかりに踏みしめる。かすかな期待が裏切られた、そう感じたが故の心痛をかき消すように。
(「……やはり、駄目なのか」)
 蹴飛ばす星のオーラでクレイドールの装甲を砕きながら、レッドレークは唇を噛む。
 思えば、日輪も月輪もそうだった。他者をねじ伏せる力は得られるのに、なぜ――。
(「なぜ彼らは、『心』を得られないのだろう」)
「ここは、気合を入れ直すですよ!」
 真理はシャウトを飛ばし、武器封じのバッドステータスを吹き飛ばした。
 ディフェンダーを務める真理と純恋に蓄積されたダメージは小さくない。アタッカーの眸や広喜、レッドレークへの攻撃を庇い続けた代償は、着実にその身を蝕み始めていた。
「オウガメタルちゃん、お願いね!」
「”可憐”な青は、幸福の兆し。困難を乗り越え、”どこでも成功”です」
 純恋がメタリックバーストの分厚い支援を前衛に浴びせていく。アリッサムもまた純恋の傷を、花言葉のおまじないと花開くネモフィラの力で塞いでいった。
「行くぜっ、眸! あのすばしっこいヤツだ!」
「分かっタ」
 眸が発射する轟竜砲の砲撃。回転する機械腕を翳して迫る広喜。
 二人は最小限の言葉を交わすだけで、仲間が驚くくらい息の合った連携を見せる。
 砲弾を浴び、鋼のドリルに貫かれるクレイドール。土人形が、ぐにゃりと歪んだ。
『はは……ははははは! いいね、これが僕の新たな力か!』
 青年へと姿を変えたクレイドールは土塊の手を青空へかざし、アリッサムめがけ凍結光線を発射。それを庇ったテレ蔵くんが、体から煙を吹き始める。
「皆さん、行くのですよ!」
 真理は神州技研製アームドフォートを展開、フォートレスキャノンの発射態勢に入る。
 彼女が序盤に与えた足止めと武器封じによってクレイドールの戦闘力は低下しているが、進化の力はすぐにそれらを除去していくだろう。
「覚悟してもらいますの」
 シエナのヴィオロンテが牙を剥いた。毒の噛みつきは、しかし敵の回避で空を切る。
「やはり、一筋縄でハ行かないようですネ」
 エトヴァの轟竜砲が吠えた。
 着弾し、動きを鈍らせるクレイドールめがけ、ドラゴニックハンマーを振りかぶる広喜とレッドレーク。腕部換装パーツ六式が、赤熊手が、ドラゴニック・パワーを噴射させ、膨大な推力で加速した二人が派手に宙を飛ぶ。
「行くぜっ!」
「貴様の未来を、叩き潰してやる」
 必中の一撃が振り下ろされた。潰れ、ひしゃげ、吹き飛ぶクレイドールの破片。
 アリッサムの轟竜砲と純恋の縛霊撃に援護され、真理とシエナがクレイドールを挟むように両脇から迫る。
「防御力は、あまり上がっていないようですね。もう一息ですよ!」
「君乃さん、頼みますの」
 クレイドールは破壊光線を発射しようとするも、真理の砲撃でパラライズを受け、シエナのブラックスライムに毒を流し込まれ、あえなく失敗に終わる。
「終わりだ。成り損なイのダモクレス」
 突き出される、眸の稲妻突き。その刺突が、土人形の心臓を寸分の狂いなく貫いた。
『あれ? どうして……体が、動か……』
 ガシャン、と崩れ落ちる鋼の植木鉢。土人形の体は瞬く間に萎れ、朽ち果てた。
 そして――。
 程なくして、最後のクレイドールもケルベロスの攻撃によって進化を果たし、嬉々として進化の産声をあげた。
『ふふふ……ケルベロスよ、息が上がってきたようだな?』
「最後まで、油断禁物なのですよ!」
「ああ。全身全霊でブッ壊してやる!」
 クレイドールは死んでいった仲間などすっかり忘れたように、己が力に酔いしれた。
 広喜のスパイラルアームと、エトヴァの戦術超鋼拳に装甲を剥がれても、
『ははは! そら、逃げまどえ!』
 純恋のホーミングアローに貫かれ、シエナのけしかけるヴィオロンテに毒を注がれても、クレイドールの顔に怯えはない。
 それを見て、レッドレークは問いかけた。
「貴様らは恐ろしくはないのか? ……生まれたばかりだと言うのに」
『恐ろしいとは何のことだ? 俺はお前たちとは違う!』
 そう言って笑うクレイドールの顔は、眸とレッドレークのアイスエイジインパクトを浴びて凍傷に覆われている。
 アリッサムは、そんなレッドレークとクレイドールの会話を聞きながらふと思った。
 恐怖というものが何か、死というものが何か。それが、あの3体のクレイドールたちには分からないのではないか――と。
(「危ないものを前にしたとき、赤子は恐怖を覚えない。それどころか、進んで命を危険に晒すことさえある。広い道路に飛び出し、素手で熱いアイロンに手を伸ばすように」)
 だから地球の人々は、長い時間をかけて学ぶ。危険を、恐怖を、そして死を。
 しかし、彼らは違うのだろう。
 心臓にグラビティを撃ち込まれぬ限り、滅ぶことのない彼らは――。
 アリッサムは半透明の御業で土人形を掴みながら、言い知れぬ寂しさを感じた。あと数分も生きられないであろう、この鋼のみどり児に。
(「彼らの求める進化の先には……何があるのでしょう」)
 その時、プライド・ワンのエンジン音が、ひときわ高く鳴り響いた。
 真理は跳躍するサーヴァントを足場にクレイドールの懐へと飛び込むと、両腕を砕かれた人型の心臓めがけ、破剣衝を狙い定めた。
「もう、これで終わりにするですよ」
『ははは……ははははは! ――は?』
 ずぶり、と埋まる真理の手。
 青空の下で、コギトエルゴスムが砕け散る。

●四
「皆さん、お疲れ様です。三つのグランドロンは、全て回収できました!」
「お疲れ様デス、ホゥ殿。この戦い、俺たちの勝利のようですネ」
 エトヴァは現場を片付けながら、ホゥを労った。その横では、仲間を手当するクローネと、なぜか肩を落とすレッドレークの姿がある。
「レッドも皆も大丈夫? 怪我はない?」
「俺様は平気だ。だが、道路を壊し過ぎたかも……」
「大丈夫、壊れたら直せばいいんだよ。ほら、一緒に修復しよう!」
「ふふっ。頼もしいのですよ」
 仲間と共にヒール作業にあたりながら、真理は土に汚れた手で顔の汗を拭う。
 それは仄かな蛍光を含んだ緑色の土。戦いで付着した、クレイドールの欠片だ。
(「いつか私は、なってみせるですよ。何もかも守れる盾に」)
 成長を願う真理の心。
 それを祝福するように、緑の土は彼女の頬で仄かに輝くのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。