鶸萌黄

作者:藍鳶カナン

●紅鶸
 春匂う古都に映える華やかな楼門の前。
 大きな通りに面したそこが花咲くような賑わいに満ちているのは勿論、楼門を潜り寺院に詣でる参拝客が訪れているため。そして、楼門の斜向かいに老舗の高級茶舗がオープンした京町家のカフェへ向かう観光客が通っていくためだ。
 観光客達のめあては『鶸萌黄』――ひわもえぎと称される抹茶チョコレートフォンデュ。
 艶やかな白磁の重箱で饗されるそれは、隅に小鳥のマヒワが描かれた蓋を開けば、温かな抹茶チョコレートソースと蕩けるそれを絡めて楽しむためのフルーツや菓子が迎えてくれる品で、オープン記念の春季限定とあって中々の人気ぶり。
 看板の上で客を迎える絡繰り仕掛けのマヒワが囀れば、皆の笑みと歓声が咲き、
『あら可愛い。けれどあたくし、その鳥よりあなた達の悲鳴の囀りが聴きたいの』
 古都の通りへ不意に影を落とした女の斧の一閃が、真っ赤な血の花を咲かせた。
 誰もが見上げるほどの背丈を持つ女だった。けれどその意味を考える間も、彼女が纏った軽鎧が星霊甲冑(ステラクロス)であると知る由も、まして鎧の背に広がる飾り翼が、紅鶸――ベニヒワのそれに似ていると気づく余裕も、ひとびとにありはしない。
 春風を劈くような悲鳴が錯綜するなか、女はひとり、またひとりへと斧を揮い、己が胸を雄の紅鶸よりも鮮やかな紅に染めていく。
 やがて、聴こえる囀りが絡繰り仕掛けのマヒワの声だけになったなら。
 新たな獲物を探しにいくだけのこと。

●鶸萌黄
 籠に入れて飼うならばすぐに死ぬ。
 ゆえにヒワという鳥達には『弱い』を含む『鶸』が充てられたのだとか。
「逆説的に言うなら、籠から解き放てば強いってことかもね。少なくとも、この紅鶸の翼で背を彩るエインヘリアルはそうだと思う」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が予知で視た女性エインヘリアルはまさに永久コギトエルゴスム化の刑という籠から解き放たれた鳥。それも小さなヒワというよりは大きな猛禽というべきか。
 何故なら彼女は、それだけの重刑を科される凶悪犯罪者だと思われるからだ。
 地球に解き放たれたのは、生来の狂暴さでより残虐にひとびとを殺戮し、より多く恐怖と憎悪を齎して、他のエインヘリアル達の定命化を遅らせるのを期待されてのことだろう。
「到底野放しにはできないよね。どうか被害が出る前に、彼女の撃破をお願い」
 難点は事前の避難勧告が行えないところ。事前にひとびとを避難させれば敵の出現場所が変わり、事件の阻止が叶わなくなるためだ。
「あなた達には敵の出現とほぼ同時に現場に着地できるくらいのタイミングでヘリオンから降下してもらう手筈になる。彼女が予知通りの台詞を言いかけたあたりになると思うけど、何も最後まで聴いてあげる必要はないしね、速攻で戦いを仕掛けてやって」
 警察にも協力要請済み。ケルベロスの現着と同時にひとびとの避難誘導が開始される。
 敵が揮うのはルーンアックスのグラビティ。単体を標的とする技ゆえに、ケルベロス達が彼女の気を完全に惹きつけられれば他の一般人に被害が及ぶことはない。ひとびとの避難はすべて警察に任せ、こちらは全力を敵との戦いに振り向けるのが最善の道だ。
 現場は楼門前の大きく開けた場所で、戦闘の障害になるものはない。
「厄介なのは彼女がメディックだってところかな。攻撃に破魔、回復には浄化が乗るのと、ヒールの威力が高いから、充分な策がなければ苦戦すると思う」
 だが勿論、策と連携が確りしていれば誰ひとり倒れることなく勝利が叶うはず。
 無事に終えられたならカフェで『鶸萌黄』を楽しむ時間も取れるよと遥夏が付け加えた。
 艶やかな白磁の重箱に添えられるのは甘さ控えめの桜ソーダか深煎り珈琲で、蓋を開けば宇治抹茶をふんだんに使った温かな抹茶チョコレートソースをたっぷり湛えた白磁の桝と、蕩けるそれに浸して楽しむための苺にみかん、ふるふるのわらびもちに、香ばしい焼き目を付けた胡桃(くるみ)団子、そして、桜風味のパウンドケーキが彩りも華やかにお出迎え。
 抹茶チョコレートフォンデュをゆったり堪能したなら最後には温かなミルクが届けられ、白磁の桝に残った抹茶チョコレートソースに注げば抹茶オレで最後の一滴まで楽しめる。
 深みと渋みのある濃緑がミルクで明るく柔らかにとけていく、その色の名は。
「ああんわかったの、それで名前が『鶸萌黄』……!!」
 真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾が閃いたとばかりにぴこーんと跳ねた。こうなれば是非とも鶸萌黄の彩にもお目にかかりたいところ。
 皆で紅鶸の翼で背を彩るエインヘリアルを倒し、『鶸萌黄』に逢いにいこう。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
落内・眠堂(指切り・e01178)
スプーキー・ドリズル(モーンガータ・e01608)
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)

■リプレイ

●紅鶸
 春の緑に桜の花、光さえも春匂う好日に、華やかな楼門が映える京の都の艶姿。
 天翔ける鳥の眼差しで見ても麗しきこの地に囀る真鶸は絡繰り仕掛けの鳥、なれど大きな紅鶸の翼を軽鎧の背に飾って現れた女は、野放しにすれば春を血に染める猛禽だ。ゆえに、
『あら可愛い。けれどあたくし、その鳥より』
 彼女が言い終わるのを待たず、黎明思わす紫の獄炎が燃え上がる。
「あら。大きな鳥ね。籠から出たばかりの小鳥に何ができます? なぁんて」
「囀りがお望みと在らば私達がお相手しましょう。――但し、そう簡単に囀りませんが」
『!? なんて、生意気な……!!』
 空から舞い降りた瞬間八柳・蜂(械蜂・e00563)は身に纏う闘気そのものに紫炎を燈し、見上げるほどの背丈を持つ女の許へ真っ向から躍り込んだ。揶揄も挑発も慣れぬ身なれば、苛烈な一撃こそが何より雄弁に戦意を物語る。至近で叩きつけた炎が女の眼前まで昇れば、清冽に閃いた斬撃が春の暁にかかる月を描き出した。
 春の風に音も無く跳躍した蓮水・志苑(六出花・e14436)、彼女が白雪の桜咲く刃で女の肩を斬り裂いたのに続き、
「誰の囀りも聞かせない。囀るのは……あなた。あなただけ、だよ」
 紅緋の瞳で女を見据えたティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)が咲かせるのは七彩の爆風。華やかな彩風が後衛陣を幾重にも鼓舞するけれど、
『あたくしの獲物が……!』
 咲いた彩り越しに見えた、ひとびとが逃げゆく光景に女が声があげた。身の丈がある分、視野が広いのだ。然れど即座に春風を貫く男の声。
「紅鶸のお嬢さんには言葉だけでは足りなさそうだね。今は強化でなく、皆で攻撃を!」
「それが良さそうよね! 全力でぽこぽこのボコにしてやるのだわ……!!」
 楼門前から波が左右に割れるよう避難するひとびと、ならば女をここに釘付けにするのが最善と瞬時に判じたスプーキー・ドリズル(モーンガータ・e01608)の軍刀が大切羽に咲く水葵に春風を透かす。月の斬撃が女の右膝から右肘を斬り上げた刹那、氷の上を滑るように彩風に乗った片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)が、正確無比な流星となって女の左肩を蹴り飛ばした。
 近接攻撃に特化した敵の破魔が届かぬ後衛陣を強化するのは良策だが、この戦いの序盤で最も優先すべきは戦いを有利にすることではなく、一般人の安全を確保することだ。
「了解。囀りを聴くのがお望みなら、俺らを鳴かせてみろよ」
「やんね! 一閃で鳴き終える鳥よりも、斬り甲斐あるケルベロスの相手はどう?」
 一瞬で切り替えた落内・眠堂(指切り・e01178)が招くは九尾扇の幻影ではなく雷の獣、稲妻纏う爪撃が雷光の波のごとき幾重もの痺れを女に刻めば、同じく九尾扇は開かぬままにキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)が古都の大路に靴を滑らせ炎の蹴撃を放つ。
 絶え間ない連撃に堪らず顔を顰め、
『けるべろす? ああ、聴いているわ。鳴いてごらんなさいな、可愛い仔犬ちゃん達!』
「っと! みんなには通させへんけどね!!」
 あたくしに刃向かった報い、と獰猛に笑む紅鶸の女性エインヘリアルがルーンを輝かせて打ち下ろした強撃、盾として受けに入ったキアラが純白のシルクの透かし織が帯びる耐性でその威を大幅に殺した瞬間、
「戦えぬ民草を獲物と言ったな。さては貴様、アスガルドでは雑兵だったのではないか?」
『――!!』
 仲間と呼吸は併せられずとも敵の隙は逃さず、楡金・澄華(氷刃・e01056)が雪を思わす刃紋と蒼き輝き乗せた大太刀で麗しき斬撃を揮った。精鋭たる彼女でも一対一では太刀打ちできぬ格上の敵、一目でそれを見抜きつつもあえてそう口にしたのは、勿論自分達に意識を惹きつけるため。
 間髪容れず夜色テレビウムが姉のごときキアラを癒しにかかれば、
「フフフ、スペラ殿と一緒によろしくお願いするのだわ、梓紗!!」
「お願い、あなたも力を貸して。紅鶸の彼女をとめるために……!」
 腕が鳴るな的に腕まくりポーズを決めたテレビウムも応援動画を重ね、兎耳の術符を翻す芙蓉が眠堂に贈られた三重の幻影とともに氷の騎士を解き放てば、ティスキィの掌で杖から変じた真鶸もエインヘリアルめがけて翔けた。
 敵が揮うのは偉大なるアスガルドの斧。呪力が光り輝く一閃も力強い跳躍から降り落ちる一撃も侮れぬ威を持つが、怯まず挑めば直に辺りからひとびとの気配は消え、肩と肘の裂傷ゆえに鈍った女の一閃を銀と藍に彩られた花紺青が掻い潜る。
 氷めく刃に乗せた空の霊力で志苑が女の傷を斬り広げれば、
「如何ですか? 私達の嘴、あるいは牙は」
『流石に、煩わしくなってきたわね……!』
 続く皆の猛攻を浴びつつ女はその身に変化と自由の輝き、破壊のルーンの癒しを宿した。一気に癒える傷、幾つも消えゆく縛め。
「流石の威力だね。だが、君を自由に羽ばたかせるわけにはいかない」
「ええ! 京の都の雅を荒らさせはしないのだわ!!」
 ――あのね、抹茶とチョコレートって美味しいのよ……美味しいのよ!!
 癒し手たる本領を発揮した敵の許へ一瞬で跳び込む漆黒の風はスプーキー、キアラからの幻影を纏う男が狙い澄ました超音速の拳で女を吹き飛ばせば、春風に秋の彩を連れて舞った気合いっぱいの芙蓉が完璧な狙いの流星となって降り落ちる。
 瑪瑙の双星を静かに煌かせれば、澄華の大太刀が纏うは絶対の冷気、
「この斬撃、耐えられるか?」
『嫌いじゃなくてよ、その囀りも』
 端的な詠唱とともに超高速の斬撃を揮うが、女は呪力輝く斧で彼女の雪月華を相殺した。
 強力な癒しと浄化を併せ持つメディックは力押しも搦め手も通じにくい相手だ。
 皆の状態異常攻撃も敵の弱体化だけでなく浄化に手を割かせる狙いが大きい。呪怨斬月の六割以下と極端に命中率が低いこの技では、追尾効果を併せても確実とは言い難いのだ。
 獰猛な猛禽が高々と跳躍する。これ以上ない機を得て降り落ちる。然れど、
「はっちー!!」
「大丈夫、よ。桃花ちゃん」
 精鋭とはいえ破壊耐性を持たぬ澄華の頭蓋を割りかねなかった一撃、完璧な形で決まった痛撃を間一髪で滑り込んだ蜂が受けとめた。真白・桃花(めざめ・en0142)の声には笑みを乗せた声で応えはしたものの、盾たる身でも破壊耐性のない身にこの完全なる一撃は重い。だがテレビウム達の癒しに重ね、霞の糸が織り成す薄紗が蜂を包んで大きく癒す。
 振り返れば癒し手として布陣した藍染・夜(蒼風聲・e20064)の微笑、護り手として舞い降りたアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)は癒しは十分と観るや、後衛へ力を贈った。
 布陣をいっそう盤石なものにしてくれる二人に笑み、砂糖衣と木苺艶めく術から力を得たスプーキーが愛銃を翻す。
「落内! 君の『硬さ』を借りても構わないかい!?」
「――! ああ勿論。狙撃手の腕前、見せてもらうぜ」
 当意即妙、瞬時に彼の意を汲んだ眠堂が女の正面に躍り込んだなら響くは鉄琴めく音色、眠堂の鎧を掠めるように跳弾させたスプーキーの銃撃が女の顎から後頭部へと見事に貫通、衝撃で彼女が仰け反ったところへ迸らせた御業が首を鷲掴みにすれば、頸椎がかなり派手な音を立てた。かはっと溢れた苦悶の呻きも血飛沫混じり、
「俺らが鳴く前にお前さんの骨が鳴いたみてえだな。さあ叩き込んでやれ、ティスキィ!」
「うん! あなたのルーンの癒し、弱めさせてもらうね!!」
 御業で三重に相手を縛めたまま眠堂が声を張れば、ティスキィが撃ち込むのは極小の星。身を護らんとした腕を星のごときカプセルが穿つ傷は浅くも、溢れだす神殺しのウイルスが幾重にも女を冒す。
「読めたんよ! 敏捷攻撃が避け辛くて、魔法攻撃が弱点やんね!!」
『!! そんな囀り、必要なくてよ!!』
 誰よりも敵の様子を注視していたキアラは今の流れでそれを見極めて、電光石火の蹴撃で襲いかかった。刃のごとく閃き魔法力で貫く旋刃脚が決まれば、
「魔法でしたら、どうぞ此方をお受け取りください」
「ね、大きな紅鶸さん。ハチドリって御存知です?」
 絶大なる威の虚無魔法を志苑が解き放つ。消滅の魔力球が敵の脇腹を大きく抉った刹那、軽やかに舞い込んだ蜂が波打つ漆黒の刃を高速で羽ばたく鳥のごとく躍らせて、ウイルスをひときわ深く浸潤させた。
 弱点を衝く攻勢に転ずれば僅か数分で戦いの天秤は傾き、堪らず女は癒しを揮うが、身の芯まで冒すウイルスが劇的に治癒力を鈍らせる。
「残念だったな。癒えた分もすぐに私達が削ってやるぞ」
「ええ、どうぞ御覚悟を」
 呪詛ゆえに空恐ろしいほど美しい斬撃で澄華が自慢の火力を遺憾なく発揮して、両の手に蒼氷と白雪めいた刃を携えた志苑も雪とも桜とも見ゆる白を舞わせて散華の斬撃を見舞い。
 凛冽な冷気が更に深まったと感じた刹那、
 ――目を、逸らさないで。
 紅緋の瞳で女を捉えたティスキィの囁きが一気に魔法の雪花を咲き溢れさせ、女の四肢の感覚を三重に麻痺させればその脇腹の深手に蜂の指先が触れた。細く鋭く撃ち込まれるのは此方も麻痺を齎す甘い蜂毒の針。
 ――おいたは、いけませんね。
 密やかに囁けば、
『……!!』
「機運到来! 絶好のチャンス、もらったのだわ!」
 幾重もの麻痺で女の手から偉大なる斧が滑り落ち、思うさま兎らしく跳ねた芙蓉が追儺の神威を秘めた膝落としで相手を急襲。胸を直撃されたエインヘリアルが体勢を崩した瞬間に銀の煌きを引いたキアラが跳び込んだ。
 彼女達の主星アスガルドは隣接するユグドラシルの攻性植物達と緊張関係にある。それは遥か古からのこと。女が宝石化という檻に封じられる前も安穏な日々ではなかったろう。
 けれど、
「ここも君らが好き勝手できる遊び場と違うんよ、地球にはケルベロスがおるんやから!」
『……利かん気が強い、仔犬だこと』
 鋼の鬼纏うキアラの拳に穿たれた女はそう応えたが、声音は苦しげに掠れ。
 ゆえに、絡繰り仕掛けの真鶸の囀りがいっそう澄み渡るように耳へと届く。
 この真鶸を可愛いと思う感性までは同じになのに、
「……その先を理解し合えないのは、とても残念だ」
「絡繰りが気に入ったんなら、この星も丸ごと気に入ってくれりゃ良かったのにな」
 海色の瞳に陰りは落ちれど双頭銃口の狙いには一片の曇りもなく。春の風にスプーキーの銃声が響けば、女の鳩尾に林檎飴めいた深紅の石化が咲いた。眠堂が翻すのは薄紗の被衣のごとく纏った闘気、柔い憐れみ思わす春霞色の紗から純然たる魔力を練り上げ、解き放った気咬弾は幾重にも高まる精度のまま相手の胸元に喰らいつく。
 紅鶸よりも鮮やかな紅、己が血で自らを染めて、女は春の古都に散り消えた。
 戦いの名残を浚うかのような和風が淡い淡い白檀の香りを運んで来る。楼門の奥に見ゆる伽藍からのものと思しきそれに、眠堂は穏やかに眦を緩めた。
 愛らしくも清らかに、絡繰り仕掛けの真鶸が囀りを響かせる。

●鶸萌黄
 古都の大路に舞う光の羽は、戦いの痕を癒しが潤した証。
 京町家カフェが掲げる看板の上では絡繰り仕掛けの真鶸が囀って、軒先を軽やかに駆けた真白なオコジョが真鶸を覗き込めば、軒下から夜色テレビウムが一羽と一匹に手を振った。
「お。遊んでてもらうか? 白夏」
「眠堂のファミリアなん? スゥは遊び上手やし、仲良くしとると思うんよ!」
「今カフェのひとに挨拶してきたけれど、小さい子達にはお土産を包んでくれるそうだよ」
 格子戸の中から顔を覗かせたスプーキーの声に眠堂もキアラも歓声咲かせ、甘い春が香る京町家カフェへ御入店。紅殻格子の合間から零れる春の陽射しを透かしたグラスは透明から濃い桜色へのグラデーションを描き、気泡躍る影を白磁に描かれた真鶸に落とす。
「京の都の方はとんでもなく雅な発想をされるわね……!?」
「ほんと。雅やかで、綺麗ですね」
 全国各地を駆けめぐる今でも芙蓉の裡には都に憧れる山奥育ちの乙女心が息衝いていて、桜の香りがしゅわり弾けるソーダと白磁の重箱を蜂がスマートフォンで撮れば、あ、と声をあげた志苑も自身の端末を取りだして。
「私も撮らせていただきますね。宿利さんにいただいたアルバムに載せたいな、と」
「志苑ちゃんたら。うん、そういうことならいっぱい撮って!」
 桜ソーダを手にした月織・宿利(フラグメント・e01366)の姿もぱしゃり。
 艶やかな白磁の重箱の蓋を開けば、温かな抹茶チョコレートソースと蕩けるそれを絡めて楽しむためのフルーツや菓子――『鶸萌黄』の一揃いがお出迎え。
「私の強さとプロポーションは、甘いもので保たれている! 間違いない!」
「フフフ、分かるのだわ、素敵な甘味は女子を磨くのよね……!」
 白磁の重箱の二段重ねが一人前、仕事上がりの身体が命ずるままに四人前を頼んだ澄華の意気揚々たる言葉に力強く頷いて、芙蓉は香ばしさに誘われるまま胡桃団子へ手を伸ばす。
 艶やかな白磁に坐する苺やみかんの美しさも然ることながら、緑鮮やかな笹の葉を敷いて盛りつけられた胡桃団子やわらびもち、桜風味のパウンドケーキも瞳に楽しくて、何よりも白磁の桝に映える抹茶チョコレートソースが心を惹きつける。
「美しいニホンの色だね……桃花の眸の次に好きなグリーンだ」
「ぴゃー!? ああん待ってスプーキーさんがつよい! 最近とてもつよい……!」
 抹茶の香りととけあう深煎り珈琲の香りを楽しみつつスプーキーが語れば、桃花の尻尾がぴこんと跳ね、ふふ、と笑みを零したティスキィが、彼女の花色に染まった耳許へ密やかに耳打ちを。内緒話はティスキィ自身と婚約者の、熱くて甘い秘密の話。
「だから、ね。これ選んでくれてありがとう、桃花さん」
 はにかみつつティスキィが指すのは、耳許に鮮やかな赤を咲かせる撫子の花。
「ふふ。大阪の花のお店のですね」
「ああ、あのイヤリング専門店も素敵だったね」
「えっ! みんなで遊びにいったん!?」
 桜色咲くパウンドケーキに抹茶緑を纏わす蜂が、綺麗に皮を剥かれ軽く炙られたみかんを竹串に迎えるスプーキーが和やかに相槌を打ったなら、桜ソーダを両手に包むキアラの声が弾み、お仕事でしたなの~と桃花が応えれば、眠堂も口許を綻ばせた。
「こうやって各地で色々堪能できるのも、ケルベロスの特権かね」
 確かに、と皆に笑みが咲き、眠堂の手許の春苺にも蕩ける抹茶の彩が咲いた。
 濃厚な抹茶の香りに誘われるまま食めば、温かに華やぐ甘さとほろ苦さの裡から瑞々しい苺の果汁が弾け――。
「甘酸っぱい苺がとても合いますね、美味しいです……!」
「胡桃団子も。香りもとても良くて、美味しいね」
 輝く瞳を見合わせれば、志苑と宿利にも満開の笑みが咲く。お互い茶の香りには日頃から親しんでいる身ゆえに、心まで深く染む香りに気持ちはほぐれ、それでいてお出掛けという非日常の楽しさが胸を弾ませる。
 鶸萌黄の地に小花咲く小紋を纏ったアイヴォリーは淑やかに振舞い続けたけれど、甘さと苦さの中から胡桃団子の香ばしさが溢れたなら、
「夜、よるさん、美味しいです!」
 感極まってぷるぷると震え、温かな抹茶チョコにひんやりふるりとわらびもちが弾む様に感嘆を洩らしていた夜が吹きだした。大人っぽくしたかったのに、と膨れる姿に眦を緩め、心を明かす。
「どんな君でも、愛しく思うよ」
 今の稚さも、宵の艶めきも、一瞬たりとも見逃しはしない。
 鳥籠の鍵が開いていても、ずっと、と囀る天使の鶸にあげるのは――。
 仲睦まじい二人の様子にそっと笑みつつ、蕩ける抹茶で装う桜色を口に運べば、
「……美味いな! 桜の風味が華やかで、甘さの中の仄かな塩気がまた」
「これは手が止まらなくなる味だよな。幸せだ……!」
 眠堂の頬がいっそう緩んで、澄華も御満悦で桜風味のパウンドケーキに舌鼓。
「だ、そうですよ。はい、桃花ちゃん、あーん」
「ああん、はっちー大好きー!」
 この前のお返し、と蜂が抹茶の彩を纏わせた桜を差し出したなら、素直に頬張った桃花の尻尾がぴこぴこぴっこーん。お返し返し~と口許へ運ばれた胡桃団子を食んだなら、抹茶の雅やかさに胡桃の素朴な香ばしさが絡んでいく様が堪らない。
 果たしてみかんは、と見遣れば、
「八柳も気になるかい? みかんと抹茶の相性も素晴らしいよ」
「――! ほんまやね、美味し!」
「フフフ、これもグーな取り合わせね……!」
 軽く炙られ酸味の消えた甘いみかんと抹茶チョコのハーモニーをスプーキーが皆に勧め、早速食んだキアラと芙蓉の瞳が歓喜に輝いた。飴玉職人たる彼に抹茶×桜が好きと竜の娘が明かせば、皆で手毬飴を買って帰ろうかと話は広がって。
「こうやって皆で楽しめるのが幸せよね!」
「うん、とっても贅沢な時間……あ、ミルクが来たよ」
 お代わりした胡桃団子に芙蓉の兎耳が弾む。連れてきたい顔がたくさん思い浮かぶことも飛びきりの幸せで。絶えず咲く皆の笑みに咲き綻んでいたティスキィの笑みも運ばれてきた温かなミルクにひときわ大きく咲いた。
「ふふふ~。乾杯しちゃう~?」
「ええね! ほなみんなで抹茶オレの乾杯しよっか!」
 京の都の春をたっぷりと満喫した締めくくり。桃花の言葉にキアラの声も心も更に弾んでいくばかり。美味を心ゆくまで堪能したなら、抹茶の濃緑がミルクで明るく柔らかにとけ、鶸萌黄の彩へ移り変わる、最後のひとしずくまで、しっかりと。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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