いちごの春の日

作者:遠藤にんし


 花粉のようなものが、舞う。
 舞い落ちた先にあるのは野苺の生垣。まだ青い実に花粉のようなものが触れると、実は震え、蠢き始める。
 急激な成長を遂げる野苺は、木製の柵をみしみしと破壊。カフェのドアをびっしり覆うほどに育っていく。
「何の音……?」
 そこに現れた女性は、このカフェのオーナー。
 攻性植物となった野苺は、そんな彼女にも襲い掛かる――。


「苺のスイーツが襲われるってことね」
 高田・冴の説明を聞いて、浜咲・アルメリア(捧花・e27886)はそう呟く。
「そうだね、女性の店主が襲われてしまえば、苺の春らしいスイーツを出しているこの店もやっていけない。この攻性植物を放っておくということは、スイーツをひとつ、この世界から失うことと同じだ」
 冴はそう言うと、集まったケルベロスたちへと協力をと募る。
 攻性植物は一体、配下を連れてはおらず、周囲の植物を配下化するようなこともない。
「敵一体を倒すだけではあるんだが、少し難しいのが、この敵が女性を取り込んでしまっているというところだね」
 ただ闇雲に攻撃するだけでは、取り込まれた女性も攻性植物の撃破と同時に死亡してしまう。
 そうならないように、敵を癒しながら攻撃し、撃破を狙いたいところだ。
「ヒールを掛けても、『ヒール不能ダメージ』は蓄積する。この蓄積で撃破を狙うという感じだね」
 もちろん、女性の犠牲を覚悟して戦うことも出来るが……できれば、彼女は救いたいと冴は言う。

「なんといっても、ここの苺スイーツは絶品らしいからね」
 苺タルト、苺のショートケーキ、パフェやゼリーもあることだろう。
「店もかなり広いようだから、誰かを誘うにも丁度良さそうだね」
「女性を救い出せたら、苺スイーツが食べれるってことか……」
 小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)にとってもそれは魅力的らしく、そんな風に呟くアキヒト。
 苺に溺れる至福のひと時のためにも、戦いを無事に終えなければならないだろう。


参加者
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)

■リプレイ


 ドラゴニックハンマーから放たれる砲撃音が、戦いの始まりの合図だった。
 鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)による一撃は野苺の蔦を引き裂いて、攻性植物の意識をケルベロス側へと向けさせる。
 この戦いが賭けるのは人の命と美味しいスイーツ。蔦を蠢かせ、警戒するように距離を取る攻性植物に視線を送りながら、郁は呟く。
「しっかり守らないとだな……!」
 大穴を開けた体を埋めようとするかのように蠢く蔦より早く鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)は全身に雷を纏わせ、力強い踏み込みと共に腕を振るう。
「少しだけ待っててくれな!」
 道弘の言葉は攻性植物に囚われた女性へ向けて。
 彼女の命が奪われることを思うと道弘の心臓に痛みが差し、それによって雷はより激しく火花を上げる。
 戦場に集まったケルベロスたちの視界を明滅させる光がより強くなったと感じられたのは、攻性植物が花に光を点し、それによってケルベロスたちへ炎を見舞おうとしているからでもあった。
 焔の花が戦場を照らし、郁を燃やし尽くそうと猛る――しかしケープを揺らすウイングキャットのすあまはその攻撃を受けると同時に白翼を広げて、舞い上がる風によって仲間に加護をもたらす。
「必ず助けるわ」
 女性へと告げる浜咲・アルメリア(捧花・e27886)の手には、淡いピンクの妖精弓『Primrose』。
 祝福を伴う矢はルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)へ捧げられた。
「ありがとね! 待っててね苺! じゃなくてオーナーさん!」
 いつも以上にルアが満面の笑みなのは、シヲン・コナー(清月蓮・e02018)だから。
 これが終わったらシヲンにあ~んしてもらえる、というのは事実なのかルアの思い込みなのか。どちらにせよアルメリアから受け取った破剣の力もあって、ルアは力いっぱいブラックスライムを振り回して深く重く葉と実を貫いた。
「ポラリスがイチゴを食べたがっていたからなんだが……」
 呟きつつも、シヲンは女性を助けるために攻性植物へと治療を施す。
「あともう少しの辛抱だ、耐えてくれ」
 女性を救うためには攻撃と共に癒す必要がある……長期戦になろうとも必ず助けると覚悟を固めるシヲンの指示を受けてボクスドラゴンのポラリスはボクスブレスで攻撃を行うが、そうしながらもぷきゅ、と声を上げる。
 ポラリスは食いしん坊だから、戦いの後のご褒美が待ち遠しくて仕方ないのだろう――そんな風に感じて、シヲンはポラリスの柔らかな毛に指を絡ませる。
 そんな二名のやり取りに微笑をこぼすニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は、ウイングキャットのクロノワを見上げてピンクの眸を笑みの形に。
 クロノワはニュニルの眼差しを受けると翼を広げて風を作る。
 柔らかな風はニュニルの纏う純白のドレスを広げ、伸びる影もまた形を歪める。
「春といえば苺、苺といえば春、だよね」
 嬉しそうに言って、ぎゅ、とクマのマルコを抱きしめるニュニル。
「美味しい苺スイーツを楽しむ為にも、オーナーをしっかり救出しなくっちゃ――ね、マルコ?」
 言葉と同時に、揺らぐ影は弾丸となって野苺の攻性植物へと殺到した。


 攻撃と癒しを折り重ねて、ケルベロスたちは少しずつ攻性植物の体力を削っていく。
 小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)の癒しのみでは少し心もとないところもあったが、それをカバーするかのようにクロノワとすあまは翼を広げ、穏やかな風で辺りを満たす。
 ポラリスは金の瞳を瞬かせて仲間たちへ視線を送り、ダメージの溜まった味方のもとへ飛ぶと属性を注いでヒールを行っていた。
 サーヴァントたちの癒しは護りに立つニュニルの元へ集まるから、ニュニルは癒しではなく攻撃に力を費やすことが出来る。
「冷たくなっちゃえ、どうかな?」
 ニュニルの放つ螺旋の力は氷結を秘めて、くるくるスピンしながら攻性植物を凍てつかせる。
 急激に冷やされて攻性植物に霜が降り、閉じ込めるかのように表面に氷が張った。
 氷の檻を打破しようと野苺がもがくたびに細かなヒビが入るが、氷を破壊したのは内側からではなく外側からの力。
 ――郁の、アームドフォートの斉射によってだ。
「ちゃんと守る……! そのために、倒れろ!」
 砲声に負けじと郁は声を張り上げる。
 砲撃は何度も野苺を穿ち、野苺の蔓の一本はそれらの弾丸をかいくぐるようにケルベロスたちへ向かう。
 眼前にまで迫った蔓――ケルベロスたちを締め上げようとする蔓から仲間を守るように、アルメリアの元から煌めきが広がる。
 ケルベロスたちの体を包み込むのはアルメリアのオウガメタル『百合白皓』の煌めき。ケルベロスたちを覆うように広がったオウガは硬質な盾となって、野苺の苛みから仲間を守り抜く。
 オウガの表面を撫でるように、叩くように野苺は蔓を揺らがせる。その在りようがもがき苦しんでいるかのようにアルメリアには見えて、視線を野苺へと向ける。
 野苺の内側に捕らわれた女性の状態をここから窺い知ることはできない。長期戦が彼女の負担になっていなければ良い……そんな気持ちを抱いて、アルメリアは声掛けを続ける。
「もう少しだけ、頑張って」
 もう少し。
 こうして戦いを進める中で、攻性植物の癒すことのできないダメージは蓄積されている。
「植物が弱ってきた! 頑張るんだ!!」
 シヲンもまた女性へ呼びかけ、植物へ依然として癒しを与え続けた。
 苺スイーツにかける想いも、女性を救いたいという意思も同じくらいに。
 攻性植物を癒すためだけに使われるシヲンの手は、攻性植物自身の葉に切られ細かな傷が数えきれないほどに。
 それでも決してシヲンは手を止めず、道弘はそんなシヲンに続いて攻性植物へ癒しを。
「ここで終わりにはさせねぇ――破!!」
 く道弘の咆哮弾が、真正面から攻性植物を穿つ。
 大気を歪ませるほどの弾丸は気力を押し上げるために。
 十全の心配りと共に放たれた一撃は攻性植物の繊維を、命を繋ぎ止める。
 体力を取り戻した攻性植物の蔓は膨張。最後の力を振り絞って攻撃を叩き込もうとする攻性植物を前にして、道弘は声を張り上げる。
「頼むぞ、ルア!」
「任せてよ、みっち先生!」
 道弘に言われて大きくうなずいたルアが一歩、踏み出す。
 黒髪が瞳の上で揺れる――胸いっぱいに息を吸い込んで、ルアは口を開く。
「ヘッズ・アップ!」
 グラビティを籠めた声を発する――辺りの空気を揺らがせる叫び。
 声に圧されて葉が散り、蔓の繊維が再びほどけるのが見えた。
 ――果実が弾ける。
 甘酸っぱい香りを残して、攻性植物は姿を消した。


 攻性植物の撃破の直後、女性は意識を取り戻した。
 シヲンが事前に呼んでいた救急車によって運ばれた女性だったが、怪我等は負ってはいない様子。ケルベロスたちは安心して、苺スイーツを御馳走になることにした。

「諸々済んだしお邪魔するかね」
 道弘自身がヒールをしたドアを開ければ、店内は苺の甘い香りに満ちている。
「この間の埋め合わせも兼ねてだ。遠慮なく食べてくれ」
「埋め合わせなど、気にすることもなかろうに」
 道弘に言われて、ビーツーとボクスドラゴンも席に着く。
 機会があればこの店に行こうと思っていたビーツーは定番のショートケーキとアイスティー。それからコンポートにも目を留めて、ヨーグルトとセットで注文した。
「ボクス、どうする?」
 写真のあるメニューをボクスドラゴンや道弘にもよく見えるように広げると、ボクスドラゴンは目を細め――溶岩のような光を点す尾で、ゼリーを指した。
 コンポートもゼリーも宝玉を思わせるほど鮮やかな赤。
 道弘の注文したパンケーキを彩る苺ソースも店の照明を受けて煌めき、砂糖の味が抑えられているからこそ苺の旨味と酸味が感じられる。
 ゼリーを一口頬張ればボクスドラゴンの顔には満足げな笑顔が広がる。冷たいのど越しも楽しむボクスドラゴンは夢中になって食べ進めたかと思えば、思い立ったようにフォークでゼリーを少しばかりすくい上げる。
 デザートフォークでもボクスドラゴンの体には少々大きくて、バランスが崩れかけるたびに翼を広げて踏ん張るボクスドラゴン。
「バランスに気を付けるんだ。その調子だぞ」
 そんなボクスドラゴンを真剣に応援する道弘である。
 道弘の応援の成果もあるのだろうか、テーブルにゼリーを欠片もこぼすことなく、ボクスドラゴンはフォークをルアの口元へ差し出すことに成功。
「俺にくれるの? ありがとう!」
 ぱくっと食べて、美味しいと顔をほころばせるルア。
 みんなの頼んだ品々を興味たっぷりにじろじろ見つめていたルアの前には自家製苺ソーダ、そして苺シフォンケーキの艶やかな赤がある。
「みんなの美味しそう……シェア! ぜひシェアしよう! そうしよう!」
 言ってルアは自分のタルトも仲間たちへ取り分けて、それからシヲンに期待の眼差しを向ける。
「シヲンは俺に『あ~ん』していいよ。遠慮せずにしていいんだよ!」
「落ち着け、イチゴは逃げないぞ」
 言いつつ我慢ができなかったのか滝のような涎を流すルアにシヲンは困惑顔。
 涎がすごいのはポラリスも同じなのでポラリスの涎を拭いて、それからシヲンは目を逸らす。
「いいんだよ、シヲン! いいんだよ!!」
 期待に満ちて燦燦と輝くルアの瞳――根負けしてイチゴジャムを入れたロシアンティーを飲んでいたシヲンはカップを置き、溜息をひとつ。
「仕方ないなぁ」
 一口、自分のイチゴタルトにフォークを差し込んでルアへ差し出せば、ルアは嬉々として口を開ける。
 そうするとルアの口からは再び涎が溢れる。
「おい、涎を垂らすな」
 先ほどふき取ったはずの口元からポラリスもまた涎を垂らしている。ぷきゅっ、と力強い声と共にスイーツを要求するポラリスに、分かったと言う代わりにシヲンはうなずいて。
「あー、はいはい。ポラリスにもやるからな」
 きゅ、と嬉しそうに声を上げるポラリスに、ニュニルは微笑。
「ボクのも分けっこしようか。ゼノも食べるだろう?」
 隣で珈琲を嗜むゼノは甘さが控えめな甘味を好む。ニュニルはタルトの苺の多い部分を切り分けると、ゼノアへ誘い掛ける。
「この苺びっしりのタルトも絶品だ。ほら、ゼノも食べて食べて」
 タルトの上、苺を支えるクリームの量は最低限で甘さも控えめ。あくまでも主役の苺を映えさせるためのタルトは、口に入れた瞬間苺の果汁が口の中で膨らみ、時折舌の上で踊るタルトの食感と生クリームのミルク感が心地よい。
「ん……、確かにこっちも美味いな。果実が多いのが俺好みだ……」
 こくりと頷いてもぐもぐするゼノア、その顔を見つめるニュニル――おや、とニュニルの瞳に笑みが混じるのは、ゼノアの口の端にクリームがついていたからだ。
「おや。食べ残しが付いてるよ、ゼノ? 取ってあげる」
 ゼノアが反応するより早く、ニュニルの指がゼノアの唇をかすめてクリームをぬぐう。
 自分の指についたクリームをぱくりとくわえるニュニルは、にこりと。
「……うん、おいし♪」
「お前、それは……。……むう」
 大胆なニュニルの行いを咎めたいと思う反面、楽しそうな表情はそう言うことを憚られるもの。
 どうしたものかとゼノアが悩ましげな表情になればなおのことニュニルの顔には笑顔が咲き、その笑みだけでゼノアは先ほどの行為だって許してしまう。
(「……まあ、こいつが楽しそうなら良いか……」)
 思いながら、ゼノアはマルコの頭を撫でるのだった。

 苺のスイーツであっても、苺の見た目の生かし方はさまざま。
 蜜を塗って表面の艶やかさを押し出すこともあれば、切った苺を断面が見えるようにハート型に切ることだってあって、その愛らしさはアルメリアを悩ませるもの。
「どれも美味しそう……」
 シェアをするから様々な種類を食べられるとはいえ悩みは絶えない。シェアされたスイーツに幸せ気分に浸るアルメリアへと、郁はハートに切られた苺のパフェを。
「これも食べてみるか?」
「そうね、せっかくだから食べてみるわ」
 言って長いスプーンを差し込むアルメリアの隣、郁はパフェの中に秘められた苺アイスをじっくりと口の中で溶かしている最中。
 果肉をあえて残したアイスは種も残っていて苺をそのまま食べているかのように味わいは濃い……それでいてするりと喉を滑る感触が心地よく、郁は瞑目して堪能。
「――」
 そんな郁の顔がきらきらしていて、かわいくて、アルメリアは少しばかり見惚れてしまう。
「どうしたんだ?」
「何でもない。……タルトはどう?」
 ひとつのタルトをふたつに分けて、アルメリアは半分を郁へ。
「ありがとな」
 一緒にタルトを食べれば、互いの表情に満足感が満ちる。
「本当に、美味しい」
 嬉しさに満ちた、アルメリアのにっこりと笑う顔――珍しい表情に目を奪われる郁の心と顔もまた、緩んでしまう。
 ――苺には、近づく春の香りも混じっているようだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月31日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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