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天気は晴天。週末は桜が満開という予報が出ていただけあり、その金曜は朝から其処此処の公園で場所取り合戦、夜になれば仕事帰りのサラリーマンやOLで賑わい始めた。
そんな中、普段通勤の為に公園のど真ん中を突っ切っている中年の独身サラリーマンが、一人寂しく歩いていく。時間は午後の6時半、土日を含めると一人の時間が有り余るほどにある。会社で花見が催されていたのも今は昔、経費削減と称して花見をやらなくなったのは今から5年ほど前だ。
花見は良い。みんなで賑やかに、楽しく酒を飲む。とぼとぼ歩きながら、そんな事を考えていたサラリーマンは、色々考えるうちに気疲れしてきて、手近なベンチに座り込む。こんなんだったら、カップ酒でも買ってくれば良かった。溜め息をついた、その時。
「部長ー、奥さんの写真見せてくださいよぉ! いつもは見せてくれないじゃないですかー」
上司と思しき男性に絡むOLの声。
「先輩っ、飲みっぷり良いっすねー!! もう一杯、いきましょー!!」
そんな若いサラリーマンの声。
「え……課長?」
「今日くらい……ね?」
良い雰囲気な男女の声。
そんな開放的な会話と空気に、彼の中の何かが目覚めた。
「花見の席では無礼講、何をしたって許される……それが、大正義だ!!!!」
突然叫び立ち上がった彼の姿は、羽毛に覆われたビルシャナへと変じていた。
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「調査をしていたら……除・神月(猛拳・e16846)の危惧した通り、花見の席では無礼講である事が大正義であると主張するビルシャナが出現することがわかった」
雪村・葵は、集まってくれたケルベロス達に、今回の依頼の説明を始めた。
「この大正義のビルシャナはまだ出現したばかりで配下はいないが、放っておけば周りの一般人達に布教を始め、場合によっては新たなビルシャナを生み出してしまうだろう。そうなる前に、この大正義ビルシャナを撃破してきてもらいたい」
なお、大正義ビルシャナはケルベロス達が戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成意見だろうと反対意見だろうと、本気の議論であれば反応してしまう習性を持っている。このを利用して議論を挑み、その隙に一般人達の避難を行ってもらいたい……葵は大正義ビルシャナと周りの花見客の避難について、そう説明を行った。
「また、避難誘導時に『パニックテレパス』や『剣気解放』など、能力を使用した場合は、大正義ビルシャナが『戦闘行為と判断してしまう』危険性があるので、できるだけ能力を使用せずに、避難誘導してほしい」
そう説明し、葵は小さく息を吐く。
「大正義ビルシャナを元に戻す事は出来ないが、被害者が増える事は防げる。みんな、被害が広がらないよう、なるべく速やかにビルシャナを撃破してきてくれ」
そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
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柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681) |
除・神月(猛拳・e16846) |
アンネ・フィル(つかむ手・e45304) |
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278) |
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「花見の席では無礼講、何をしたって許される……それが、大正義だ!!!!」
突然ビルシャナになった男性は、そう叫ぶ。
「え、何なの?」
その叫び声に怪訝そうな顔で振り向いた女性は、すぐに悲鳴をあげて後退りし始める。
「そーだそーだ!! いい事言うな、あんた!!」
一方、強か酔っ払ったサラリーマンは、そう野次を飛ばしながら酒瓶を振り上げた。
「それこそが大正義であり、真理だ!」
ビルシャナが続ければ、何かの余興と勘違いしたらしい酔っ払い達は歓声を上げ、正常な判断力のある者は悲鳴を上げ、または酔っ払い達をビルシャナから引き離そうと手を引っ張ってみたり説得を試みてみたりと、お花見会場はかなり混乱していた。
「ちょっと……失礼! あなた……そこのあなた!!」
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)は、そんな混乱の真ん中を割ってビルシャナの前へと顔を出し、その羽毛に覆われた鳥のような顔をびしっと指差した。
「……私か?」
首を傾げ、自身を指差したビルシャナに、エイシャナはこくりと大きく頷く。
「そう、あなたです。親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知っていますか? つまり、信頼あってこその無礼講ということ……あなたの主張は間違っています!」
真剣な顔をしてそう語るエイシャナに、ビルシャナは至極不愉快そうに顔をしかめた。
「礼儀あってこそ……? 礼儀など気にしていたら相手と腹を割って話せないだろう。礼儀などクソ喰らえだ」
ふん、と鼻を鳴らすビルシャナに対し、果たしてどう言えば良いかと考えを巡らせるエイシャナの肩を、除・神月(猛拳・e16846)が後ろからがしっと掴む。
「シャーナは真面目だナ」
ニヤニヤと頬を歪める神月の手には、未成年用の甘酒と自分用の日本酒が握られている。
「む?」
突然の乱入に首を傾げるビルシャナに、神月は言う。
「こういうのは実践してみせるのが一番良いと思うゼ。なぁ、アタシは無礼講万歳なんだガ……あんたもそうなんだロ?」
神月の質問に、ビルシャナは胸を張って大きく頷く。
「その通り。君はよくわかっているようだ。それにひきかえ……」
ちらりと目を向ける先には、エイシャナが憮然とした表情で立っている。それを見て、エイシャナの肩に手をかけたままの神月は、その肩を引き寄せるようにしながら日本酒を振った。
「そりゃ、経験がねぇからだロ。さっき言った通り、こういうのは実践あるのみ……だと、アタシは思うゼ?」
にぃ、と笑ってみせる神月に、ビルシャナは少し考えるように視線を泳がせてから、大きく頷いた。
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「あちらの誘導はなんとか上手くいってるみたいですね」
ちらりとビルシャナ達の方へと目を向け、柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681)は呟く。それから、様子をうかがうために意識を逸らしていた一般人達へと再度意識を向ける。
「みなさん、落ち着いて避難してください」
そう一般人達に声をかけ、避難を促す結衣と同じように、アンネ・フィル(つかむ手・e45304)も避難誘導に当たっていた。
「おい、なんなんだよ〜……あのパフォーマンス、楽しいじゃんか」
そう不満そうに言う中年男性を見て、アンネは隣を歩く若い男性に声をかける。
「あの、すいません。お酒のみすぎちゃってるみたいで……たすけてもらえますか?」
アンネの頼みに、若い男性は目を瞬き、それから中年男性へと目を向ける。
「部長、仕方ないなぁ……うん、大丈夫だよ」
アンネに優しく頷き、若い男性は彼の上司らしい中年男性に肩を貸す。
「ほら、逃げますよ! あれは余興じゃないですから!!」
まだくどくどと何事かを言い募る部長は、部下に引き摺られて去っていく。ほっと息を吐き、アンネは他の花見客達の避難誘導を再開する。
「大丈夫ですか? しっかり立って……」
一方、結衣も酔っ払いの避難に手を焼いていた。こちらは別にビルシャナに気を取られている訳では無いのだが、兎に角足元が覚束ない。
「んんん〜……なんだか、ふわふわして」
どれだけ飲んだのかわからないが、痩せ型の若い男性は真っ赤な顔と締まりのない顔でへらりと笑う。
「ごめんねぇ」
酒臭いに、この人はどれくらい飲んだのだろうかと結衣は一瞬考えを巡らせた。そんな結衣に、OLらしき女性が声をかける。
「あの、その人の避難手伝いますよ」
丁度、誰かに頼もうと思っていたところだったのだ。結衣はその申し出に、大きく頷く。
「良いですか? 助かります」
頭を下げる結衣に、OLは大丈夫ですよ、と笑顔で答えてから、男性の肩を支え、ほかの一般人達と一緒に逃げていく。
「あと……少し、ですね」
その背中を見送ってから、逃げ残りの人々に目を向ける。その人数は避難を開始した時点からすると、既に4分の1程度までに減っていた。
「おい、アタシの酒が飲めねぇってのカ?!」
その頃、すっかり神月のペースに飲まれたビルシャナは、適当にそこらに落ちていたコップに日本酒を注がれ、妙な顔をしていた。
「こいつはいつもこうなのか?!」
問いかけられるエイシャナも、未成年だからとノンアルコールの甘酒ではあるが、ほぼ強引に手渡されて苦笑する。
「一気! 一気!!」
上機嫌な神月に煽られ、ビルシャナは僅かに逡巡するものの、結局はコップを手に立ち上がる。
「ええいっ!!」
ぐびっ、と一気に呷り、ビルシャナは一瞬ふらりと足元が怪しくなる。
「いい飲みっぷりだゼ! あー、暑くなってきたナ」
ビルシャナに追随するように酒をぐいっと呷った神月は、自身のアウターの裾に手をやるや否や、勢いよく脱ぎ捨てた。
「は?! な、何です?!」
慌てるエイシャナと、絶句するビルシャナ。そんな2人……いや、1人と1体に、神月はニヤリと口角を上げた。
「ほら、シャーナも暑いだロ?」
エロオヤジさながらの笑みを浮かべつつ、じりじりと躙り寄る神月に、エイシャナは目を見開き、全力で後退りする。
「つまんねーナ……じゃあ、お前だナ!」
拒否されては仕方がない、とエイシャナを脱がせるのを諦めた神月は、ターゲットをビルシャナに変更した。
「何故私が脱がされねばならんのだ?!」
下着姿の神月のそのやたらと鋭い視線に、ビルシャナは身の危険を感じ、エイシャナ同様後退りする。
「無礼講だかんナ。ダメな事は1つもねーんだゼ!」
心底楽しそうな神月の手が、ビルシャナに伸びる。
「くっ……くそぉっ!!!!」
お花見会場の公園に、ビルシャナの悲痛な叫び声が響く。
「避難、おわりました!」
避難誘導を終えたアンネが、結衣と一緒にビルシャナの元へと走ってきたのは、その時だった。
「避難だと?! ちっ、私とした事が!!」
悔しそうに舌打ちし、ビルシャナは立ち上がり神月から距離を取る。
「ふん……まだまだお楽しみはこれからだゼ!」
脱がせる気満々で不敵に笑う神月に、ビルシャナは身構える。
「お前はともかく……そっちのガキンチョには負ける気がしないな」
視線を向けられたエイシャナは、カチンときて日本刀の切っ先をビルシャナへと向ける。
「ガ、ガキンチョ……?!」
挑発であるとはわかっているものの、聞き流せるものでもなく。
「失礼です!!」
反論するエイシャナに、ビルシャナはへらりと嘲りの笑みを向け、肩をすくめる。
「図星だからと声を荒げるなど、子どもの証左に他ならないな」
自身の教義を広めることを存在意義としているだけあり、弁の立つビルシャナに、エイシャナは何か返そうと口を開く。しかし、返す言葉が思いつかず、ぱくぱくと口を開閉するだけに終わってしまう。
「ふん、他愛ない」
鼻で笑うビルシャナに、エイシャナの堪忍袋の尾が切れた。
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「こ、このぉっ!!」
エイシャナは鞘から抜いた日本刀で、急所目掛けて斬りかかる。
「そして、素直で正直になるのがたのしいっていうのもあるとおもいます。でも、それはしりあってるなかよしのひとたちだけでやることだとおもうんです!!」
戦闘が始まったと見たアンネは、アニムズアンクに意識を集中し、自身の癒しの力を増幅させるべく、精神を周りの無機物と同調させていく。
「くっ!!」
エイシャナの一太刀を避けるべく素早く後退するビルシャナだが、それより早く迫る鋒により、上腕が薄く裂ける。
「大人しくしていただきましょうか」
ビルシャナが回避行動を終えたタイミングを見て、結衣はセイヨウヒイラギに似た葉を持つ攻性植物を伸ばす。蔓触手形態に姿を変えた結衣の攻性植物は、ビルシャナの自由を奪うべく蔓を巻きつける。
「小癪な……この程度の草、私が凍りつかせてくれる!!」
そう叫んだビルシャナは、宣言通りに氷の輪を作り出し、攻性植物の蔓を斬り裂き、余勢を駆ってケルベロス達へと攻撃を仕掛けてくる。
「無礼講とは言え……危ねぇナ!!」
神月は魔法の射線へと身を滑り込ませ、その背で氷の輪を受け止める。
「ぐっ」
凍てつく一撃をモロに受け、顔をしかめる神月を見て、すかさずアンネが動く。
「この歌が、あなたの支えになれますように」
そして奏でられる祈りの想いを込めた歌は、神月の傷を癒していく。
「助かったゼ」
ふぅ、と一つ息を吐き、体制を立て直す神月。その間に、冷静になったエイシャナは自身の攻撃力を上げながら、確実に一太刀を浴びせるべく隙をうかがっている。
「鋭い棘にご注意ですよ?」
反撃の意思は尚も固いが、それでも幾多の攻撃を受けたビルシャナは、動きがかなり鈍っている。結衣は地面から蔓のようにしなる茨を生やし、ビルシャナの傷を広げていく。
「ッチィ!!」
地面からの不意をつく攻撃に、ビルシャナは回避行動が間に合わない。その羽毛は斬り裂かれ、抜けた羽がひらひらと公園に散っていく。
「丁度いいゼ……丸裸にしてやんヨ!」
ところどころ羽毛のハゲたビルシャナへ、神月は一気に距離を詰め、右手を伸ばす。
「ぐっ?!」
身の危険を感じ、咄嗟に飛び退るビルシャナだが、神月の情熱はその上をいっていた。驚くべき速さで神月はビルシャナを追いかけ、ついに右手がビルシャナの羽毛を引っ掴む。そして、どこをどうやったのかわからないまま、気が付いたら丸裸に近くなったビルシャナがそこにいた。
「ひっ……」
ビルシャナとは言え、一瞬でその身包みをはがされるという事態には本能的に恐怖を感じるようだ。恥じらいを覚えた……かどうかは定かで無いが、咄嗟にビルシャナはその身から閃光を放つ。
「くそぉっ!!」
モザイク代わり、という訳では無いだろうが、その閃光はビルシャナの身体を隠す程度の役割を果たしつつ、ケルベロス達に圧力を伴い襲いかかる。
「くっ……!!」
エイシャナはその魔法の威力に耐え、閃光が消えゆくタイミングを見計らい、刀を抜く。ダメージに崩れそうになる脚に叱責し、そして、額に刃を当て、意識を集中する。
「虚にて実を断ち斬る我が刃……疾風の剣……っ、虚空太刀!」
空を断つグラビティは、気合いと共にビルシャナへと向かっていき。
「く、くそぉっ……この私が……!!」
ビルシャナを真っ二つに斬り裂いたのだった。
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「きれいになりましたね」
4人で手分けしてヒールを施した花見会場の公園を見回して、アンネは満足そうににっこり笑う。
「お花見できるくらいには片付きましたね」
みんなで楽しくお花見するのに、荒れていては困る、と思っていた結衣も満足できる程度に片付いた公園を見て、ほっと一息つく。
戦闘が終わり、これだけ綺麗に片付いたのだ。しばらくすれば、お花見客達もこの公園に戻ってくる事だろう。
「……折角ですから、少しお花見して帰りたいですね」
結衣がぽつりと零した言葉に、神月がにっこりと笑う。
「んじゃ、花見して帰ろうゼ。酒も甘酒もまだあるしナ!!」
戦闘中も死守した酒瓶二本を振る神月に、エイシャナも嬉しそうに頷く。
「いいですね、お花見。これだけ綺麗に桜が咲いてるんだから……見て帰らないともったいないですよね」
そう笑うエイシャナに、アンネも笑顔を浮かべる。
「わたしはおさけのんだりしないけど、たのしい雰囲気はすきです」
そう言うアンネに、神月は甘酒を振る。
「甘酒なら飲めるだロ」
そして、ケルベロス達は薄く色付いた桜の下で、甘酒と日本酒で乾杯し、ささやかなお花見を楽しむのだった。
作者:あかつき |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月25日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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