ミッション破壊作戦～落魂地帯

■リプレイ

●一
　鳥取県境港市。
　三方を海と川に囲まれた、西日本の歴史ある港湾都市である。
　春の訪れと共に魚介の水揚げで賑わうはずの漁港に、しかし人々の活気はない。この港はいま、デウスエクスの根城と化しているからだ。
　『ローレライハーピー』――。
　老若男女の区別なく、歌声で人を惑わし、命を奪う鳥女の屍隷兵。
　彼女たちの手から境港を取り戻すため、ケルベロスは魔空回廊へと向かっていた。
「……おっ、とと」
　ヘリオンを揺らす潮風が、卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）の手元を狂わせた。
　チャリン――。
　泰孝の指を離れて床を叩いたコインの音に、ミリム・ウィアテスト（リベレーショントルーパー・e07815）が振り返る。
「コイントスですか？」
「ああ、ちょっとしたジンクスだ。表か、裏か……」
　揺れるヘリオンの機内を見回して、泰孝は諦めたように肩をすくめる。コインはどこかへ消えてしまったようだ。
「ま、たまにこんな事もある」
　苦笑混じりに頭をかくと、泰孝は右腕で地図を広げ、気持ちを戦いへと切り替えた。
「それにしても、境港は随分と平らですね。見渡す限り建物と道路しかない」
「迷う心配がなさそう、という意味では有難いかもしれませんね」
　眼下の街並みを見下ろす旗楽・嘉内（フルアーマーウィザード・e72630）の言葉に、ジュスティシア・ファーレル（エルフの砲撃騎士・e63719）は頷いた。
　境港に回廊を築いたローレライハーピーは、デウスエクスの中では比較的与しやすい部類に入るものの、油断できる相手では全くない。そう言う意味では、見知った仲間が多くいるのは、ジュスティシアにとって有難い。
　ルーシィド・マインドギア（眠り姫・e63107）は、そんな仲間の一人だった。
「人の好意を弄ぶデウスエクスに、屍を作り変えられる……許せませんわ」
　グラディウスを握るルーシィドの小さな手は、微かに震えている。かつて戦った屍隷兵との記憶、そして犠牲者を冒涜する存在への怒りが、彼女をそうさせているのだ。
　デウスエクスとなった者を助けることは出来ない。
　あの死神の犠牲者もそうだった。頭では理解しているが、しかし――。
「犠牲になった人たちは気の毒やけど、ね……」
　ルーシィドを慮るように、田津原・マリア（ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514）は呟いた。
　こんな残虐な所業を、これ以上続けさせるわけにはいかない。今日限りで彼女たちの非道に終止符を打たねばとマリアは心に誓う。
「ローレライハーピー……ったく、ひとさまの土地で好き勝手しやがって」
　岡崎・真幸（花想鳥・e30330）が窓から見下ろす港の上空では、翼を広げたハーピーの群れが、まるでハゲタカのように舞っていた。
　漁港に海鳥はつきものだが、彼女たちが浚うのは魚ではない。グラビティ・チェインだ。
　屍となった犠牲者への同情は無論ある。だが真幸の中では、自分の故郷であり、縄張りの土地を侵された怒りが勝っていた。
「この港はいい魚がたくさん採れるのに……くそっ、漁師たちの無念が聞こえるようだ」
「故に本作戦での破壊が理想。全員でなら遂行可能と想定」
　款冬・冰（冬の兵士・e42446）の囁くような声に、真幸は頷いた。
「……ああ、そうだな」
　機内に響くアナウンスが、降下ポイントの到着を告げた。
　解放されたハッチの真下で展開する回廊のバリアを目指して、ケルベロスたちは一人また一人と降下を開始するのだった。

●二
　一番槍を務めるのは、泰孝。
　みるみる迫る魔空回廊を睨みつけ、彼は一思いにグラディウスをバリアへ突き刺した。
「命ってのはチップみてーなもん、それを理不尽に奪った上、他のと無理矢理混ぜるなんざブレイクスルーもいいところだ……」
　左腕のジャンクアームを剣の柄に当て、凄まじい力で押し込んでいく泰孝。叫びが生んだ火の弾が、雷が、港を舞うハーピーたちを次々に撃ち落としていく。
「テメーらのやってる不正なんざ認めねぇ。人生ってゲームにこれ以上干渉できねーように此処でぶっ壊させて貰うぜ！」
　続いて降下してきたのは、ルーシィドとマリアだ。
　誘惑の歌声を途切れさせ、金切り声を上げて墜落していくローレライハーピーたち。その最期を眺めながら、二人はやり切れない思いでグラディウスを握った。
「殺して、心を奪っただけでは足りずに、からだをほしいままに、飢えたけだもののように振る舞わせるなんて……どうしてそんなことができるのでしょう」
「そやね。……もう終わりにしてあげますさかい、お覚悟を」
　向かい合うようにバリアへ剣を突き刺して、ルーシィドとマリアは魂の叫びを放つ。
「かわいそうなあの方の躯が、これ以上辱められないように。悲劇に悲劇を重ねさせて、きっと笑っている何者かに、思い知らせるために！」
　ルーシィドの決意が、燃え盛る爆炎に姿を変えた。
「未来ある女性を異形の姿に変えたばかりか、一生懸命生きる漁港の人達の命を貪らせようとする下卑た所業！　人間をなめるのも大概にせえや！」
　マリアの怒りが、撃ち砕く雷光へと変じた。
「いつまでも、好きにはさせない！」
「とっとと壊れんかい魔空回廊！！」
　破壊の嵐が、魔空回廊を包み込んだ。
　轟音に遮られたハーピーたちの歌が、次第に小さくなっていく。
「やれやれ……私はこの港にはいろいろ思うところがありますから、海の資源が保護されること自体は悪くないと思いますが」
　しかし――と、剣を握る嘉内は続ける。
「人の遺体を弄び！　生前の女性を冒涜する振る舞いをさせ！　人々に危害まで及ぼす！　そんな連中を、放置などできるか！！」
　剣の切っ先を回廊の中心へ向けて、魂の叫びを込めていく。
「犠牲の連鎖を食い止めるためにも、犠牲者を解き放つためにも、叩き壊してやる！」
　降り注ぐ炎。弾ける雷。
　立ち上る煙のなかで時折輝く光の粒は、砕け散ったコギトエルゴスムの欠片だ。
　その光景を見下ろしながら、ジュスティシアは誰に言うともなく呟いた。
「私は先日、女の子を殺しました」
　それはオークとドラグナーに踏み躙られ、屍隷兵にされた少女の成れの果てだ。少女との戦闘で得た生々しすぎる感触は、ジュスティシアの心に今も爪痕となって残る。
　いや、少女だけではない。
　かつての恋人。名も知れぬ、サイボーグ化されたクローン。記憶を改竄された女――。
　だからジュスティシアは許さない。屍隷兵を作るデウスエクス共を。１体また１体と彼らを葬るたび、その思いは強くなっていく。
「犠牲者のあなた達が罪を冒し忌み嫌われるのは見たくありません。あさましい姿を捨てて生まれ変わり、幸せに生きて下さい！」
　赤い洪水のような爆発で、回廊を包みこむジュスティシア。微かに声を震わせる彼女とは対照的に、冰は冷静そのものだ。
「屍隷兵の脅威は把握済。この地を占拠する個体は水産物、人命に著しい被害を与えると。死して尚、生者を脅かすよう強いられるその様は見るに忍びない」
　せめて我々が全力を以って葬送を遂行。
　そう言い終えると同時、レプリカントの少女はグラディウスを振り下ろした。
　他のケルベロスにとっては腕の長さほどの小剣だが、背の小さな冰が持てば、それは自身の身長に届きそうな大剣に映る。
「……グラディウス、アクティブ」
　冰の呼び声に応じて、剣に湛えられたグラビティが褐色を帯びた輝きを放つ。
　それは必勝の意思を込める、冰の瞳と同じ色。
「人々の安寧と、彼女らの魂の安らぎを齎す為、この一撃で、破壊する……！」
　ハーピーを撃ち落とし、回廊を傷つけ、剣から迸るグラビティの奔流が、徹底的な破壊の嵐となって荒れ狂う。
　土煙に覆われ、もはや全貌を確認することの叶わない回廊を見下ろしながら、真幸はふいに迷ったように口ごもる。
「……参ったな」
　叫ぶことがないのではない。
　あまりに多すぎて、叫びきれない。それ故の迷いだった。
「聞け、ハーピーども。お前らが生前どうしてたか、この土地に思い入れがあるか、俺には分からん。だがな」
　だが――と、真幸は続ける。
「お前らに分かるか？　水産関係の仕事がどれだけ大変か。異星人の侵略で漁獲量は減る、燃料は上がる。そんな中で藁をつかむ思いで、何年もかけて戦ってきたのをデウスエクスに灰に帰される。その無念さが分かるか、お前らに」
　胸の内の思いを吐き出すように、一息でそう告げると、真幸は剣の柄を握る。
「許せん。例えお前らが犠牲者であっても、だ」
　屍隷兵の狼藉は今日限り。俺のものにこれ以上手出しさせん――。
　そう決意して、渾身の一撃を叩きつける。
「冥竜ハーデスの置き土産……これ以上、好き勝手はさせません！」
　最後に降下してきたミリムは、カッと目を見開いた。
　真幸と仲間たちの攻撃で、すでに回廊周辺はスモークに包まれ始めている。もしかしたら自分の言葉は、ハーピーたちに聞こえていないかもしれない。
　だが、それでもミリムは言う。
「ここは、人が日常を送る為に必要な居場所。貴女たちが居着いて漁ができない、どころか逆に人が食べられそうになる。ホント迷惑で邪魔です！！」
　数羽のハーピーが煙幕を突き破り、最後の力を振り絞ってミリムの方へ向かってきた。
　だがそれも、降り注ぐ雷に残らず撃ち落とされ、空しい抵抗となって終わる。
「ここの日常、返してもらいます！　ですから……この魔空回廊消え失せろぉおおお！！」
　そして――。
　ミリムの一撃が振り下ろされ、ひときわ巨大な轟音が空気を揺さぶった。
　立ち込めるスモークの中へ仲間たちが次々と降り立つなか、一足先に着地した泰孝はふと地面の小さな光に気づく。
（「……ん？」）
　見間違うはずもない。
　落ちていたのは、泰孝がヘリオンで見失ったコインだった。
　そっとコインを拾い上げ、魔空回廊の方角へ翳す泰孝。
「結果はどうだ……っと」
　コインが示すのは、表。
　彼の視線の先に魔空回廊の姿は――ない。
「反応の消滅を確認……魔空回廊、破壊完了」
　冰の言葉に、ミリムは思わずガッツポーズで飛び跳ねた。
「よしっ！　やりましたね！」
「まだ気を抜くのは早いです。急いでここを離れましょう！」
　グラディウスを収納したジュスティシアの言葉にケルベロスたちは頷くと、すぐに離脱を開始した。

●三
　上空から襲い来るハーピーを切り伏せながら、ケルベロスたちはひたすらに駆ける。
　ミリムがドラゴニックハンマー『灼熱の竜棘鎚』を振り回し、一羽また一羽と、散発的に襲いくるハーピーを狙いすまして叩き落していく。
　と、そこへ――。
　スモークを突き破って猛然と降下してくる、ひとつの影が見えた。
「……熱源反応、接近」
「来ましたね」
　警戒を促す冰の言葉に応じ、ミリムは青い炎を纏う大剣を抜き放った。敵はそんな彼女を挑発するように港の低空を旋回しながら、ケルベロスの前衛めがけて誘惑の歌声を放つ。
「させるか……っ！」
　歌の発動とほぼ同時、嘉内が盾となってミリムを庇う。
　その威力は非常に高く、敵のポジションがクラッシャーであることは容易に知れた。
（「……強い」）
　これまで討った、どのローレライハーピーよりも強い。
　屠竜の構えを取りながら、ミリムはそう思った。あの敵に運命めいた宿命を感じたのは、歌声のせいなのか――？
　いや、考えるのは後でいい。
「……行きますよ！」
　両頬を叩いて、邪念を振り払うミリム。それを合図にジュスティシアが動いた。
「ルーシィドさん。頼りにしていますよ」
「……はい、ジュスティシアさん」
　コンビネーションを発動した二人が、歌声を浴びた前衛に回復支援を開始する。
　乙女座の光る守護星座。大気に放出されるオウガ粒子。
　しかしハーピーの攻撃は衰えることを知らず、鋭い鉤爪で嘉内に追撃を浴びせる。
「この程度！」
　歯を食いしばり、ガードを固めて攻撃に耐える嘉内。
　泰孝は左腕のジャンクアームからドラゴニックハンマーを取り出した。
「おーおー、なんとも悪趣味な敵じゃねぇか」
　泰孝が、流れるような動作で轟竜砲を発射。砲弾が宙で炸裂し、巻き込まれたハーピーの動きが鈍る。その隙を狙いすましたように、その脇腹を真幸の時空凍結弾が貫いた。
「続け、チビ！」
　ボクスドラゴンの属性ブレスを浴び、ハーピーが絶叫。
　冰は命中率が確保されたことを確かめると、ジュスティシアの付与したＢＳ耐性で催眠を振り払い、ルーンアックスを軽々と振りかぶって跳躍する。
「ルーン起動……攻撃開始」
　巨大で無骨な斧が、ぶんと振り下ろされた。
　グシャッ――。
　骨を砕く鈍い音。鮮血と共に、鳥の羽毛が飛び散って宙を舞う。
　怒り狂ったハーピーは胸を反らし、再び前衛に歌声を浴びせんとする。それをマリアが、嘉内が、鋼の拳と星型オーラで迎撃する。
「その防御、破らせてもらいます」
「叩き落してやる！」
　足止めによって回避を封じられたハーピーに、二人の攻撃が次々に命中。その身を丸裸にされるのも構わず放った歌声から、ジュスティシアが冰を庇う。
「逃しません！」
　ミリムの得物砕きが、ハーピーの喉を突いた。
　声を擦れさせて上空へ飛び上がろうとしたハーピーを、ジュスティシアの射撃が捉えた。追撃を受けて耐性を崩した敵へ、真幸が召喚した異世界の神が氷の息吹を浴びせる。
「来たれ神性。全て氷で閉ざせ」
「くれてやる、拾いな」
　波の音に混じって響くのは、泰孝の放り投げた『愚か者の金貨』の音。
　地面に広がるグラビティの金貨がハーピーの体を覆い、その身動きを封じていく。
　地面を蹴った冰が、ハーピーの頭上から振り下ろすルーンアックス。砕け散った氷の破片を嘉内がフェアリーブーツで蹴飛ばして叩き込み、更なる氷へ包み込む。
　マリアのライトニングボルトを浴びたハーピーは、なおもひび割れた爪をかざし、ミリムに攻撃を浴びせる。
　その傷は、しかしルーシィドがミリムの体に描くボディペイントで瞬く間に消えた。
「ミリムさん、とどめを」
「ありがとう、ルーシィドさん。行ってきます！」
　ミリムは竜棘鎚を噴射させ、飛んだ。
　全体重を込めて振り下ろしたドラゴニックスマッシュが、ローレライハーピーの体を跡形もなく粉砕する。
「よし……！　皆さん、離脱しましょう！」
　敵の首魁を討ち果たしたことを確認し、ミリムと仲間たちは再び駆け出した。

●四
「離脱完了……重傷者ゼロ、全グラディウスの保持を確認」
　冰の言葉に、ケルベロスは戦いの終わりを実感した。
「終わりましたね」
「ああ。これで境港に平和が戻るといいが」
　やり遂げた表情で笑顔を浮かべるミリム。それに頷く真幸。
（「……安らかにお眠り下さい」）
　犠牲になった女性たちへ祈りを捧げ、ジュスティシアは仲間と共に漁港を去って行く。
　魔空回廊が破壊され、再び人類の手に戻ってきた境港市。
　この街に、ローレライハーピーの歌声が響くことはもう二度とない。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年3月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。