ぽんぽこぽん

作者:東間

●ふっかつの、
 桜並木の近く、風でふさふさ揺れる芝生に沈むようにして、ころんと引っ繰り返っている物体があった。
 全体的に丸々とした物体は土と埃と細かな石にまみれ、そこへひらひら落ちてきた桜が乗る。それも風が吹いた瞬間、さぁっと飛んでいった。
 花弁が飛び去って数分後。ささささっ! と芝生かき分けて物体の前で急停止したのは、コギトエルゴスムを背負っているように見える小型ダモクレス。ざっくりと走る亀裂から中に入り込み、自分都合で物体に機械的ヒールを施し、変えていく。
 そして、新たなダモクレスが生まれた。
 四つ足で立ったダモクレスは桜並木に目もくれず、うららかな日和を引き裂くべくトコトコ歩き始め――。
『クゥン』
 何とも可愛らしい声で、鳴いてみせた。

●ぽんぽこぽん
 桜並木の近くに転がっていた、とある物がダモクレスになった。
 そう報せたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)はタブレットをくるり。撃破を頼みたいダモクレスに最も近しい姿をした生物の画像を見せた。
「サイズ以外は冬毛の狸に酷似してる。ちなみに夏毛の狸は、こう」
「まぁ、全然違うのね。狸って聞いて思い浮かべるのは冬毛の方だわ……」
 目を丸くしてしげしげと見る花房・光(戦花・en0150)に、日本へ来てから狸を知ったというラシードは「こんなに変わるとかどうなってるんだ」と不思議そうだ。
 その狸ダモクレスは元々は玩具だったらしい。
 乾電池を入れて、スイッチをオン。『クー』『クゥ』等々、可愛い鳴き声と共にトコトコ歩く愛嬌溢れる狸。名は、『タヌ吉』。
 ダモクレスとなったタヌ吉は体高2メートル半。まんまるぷりぷりとした可愛らしい姿で、桜並木の横をトコトコ――いや、のしのしと歩いている。
「現場から4キロ先にある集落でグラビティ・チェインを得るつもりなんだろう」
 だが、穏やかな春の1日をぽんぽこ血濡れたものになど出来はしない。
 幸いタヌ吉が歩いている桜並木周辺に人気は無く、戦いの邪魔になるような物も無いので、存分に動き回れる。気を付けるべきは――。
「タヌ吉のビジュアルと毛並みね」
「ご明察」
 何となくシリアスな空気になった後、ラシードがゴホンッと咳払いした。
 タヌ吉はタックルして標的をもふもふ毛並みの中に抱き込もうとしたり、愛らしい鳴き声を響かせたり、無数の葉っぱをびゅわーと踊らせてケルベロス達を苦しめようとするだろう。
 高い命中精度を誇る為に攻撃を躱すのは難しいが、タヌ吉の火力はそれ程高くないらしく、しっかりと備えていれば大丈夫だとラシードは言った。
「ただ、もう一度この画像を見てくれ」
 画面に映し出されているのは冬毛の狸だ。
 鼻はチョコレート色で、つぶらな目の周りや脚は黒。冬毛のボリュームは「俵形ハンバーグかな?」というくらいあり、もふもふ冬毛の影響であんよが短く見える。
 全体的にまん丸で可愛い、キュートな生き物。
 それを元にした玩具が――ダモクレスになっている。ビッグサイズの、もふもふまぁるいダモクレスに。
「タヌ吉の見た目は色々な意味で脅威だ。気を付けてくれ」


参加者
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
美津羽・光流(水妖・e29827)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
星野・千鶴(桜星・e58496)
高野・澄香(虹色絵筆のペインター・e61873)

■リプレイ

●睨み合い?でやんす
 そよそよと風が吹く。桜色の花弁がくるくる舞い、優しく揺れた芝生は漣めいた音を立ててと、そこは『うららかな春』を形にした風景の真っ直中。可愛らしい狸もいてと実に自然豊かな――とは、いかない。
「なっ……」
「此れは……!」
 高野・澄香(虹色絵筆のペインター・e61873)は対峙する相手の、頭の天辺から芝生をぎゅむと踏んづけているあんよの先っぽまで凝視して。蓮水・志苑(六出花・e14436)も、ぴこっと動く先っぽがまあるい尻尾や、もすっとお座りしている姿を凝視中。
 春風に撫でられて、ふぁさあ、ふぁさあ。素敵な毛並みを持つ狸は冬毛狸型ダモクレス・タヌ吉だった。洗剤のCMも真っ青な素晴らしい触り心地を思わす、その毛並み。その恐ろしさをゴッドペインターである澄香は理解した。
「あの頭と耳、頭と身体の比率、そしてしっぽの描く弧と角度。なんて完璧な黄金比なんだ……! 恐ろしい……これは写真で見る以上に凶悪だ……」
「なんて魅惑のもふもふ……故郷のお山の狸を思い出しちゃうの。じっちゃが見たら喜びそう……2mだけど」
 現実を捉えつつも、星野・千鶴(桜星・e58496)の瞳はタヌ吉の見事な毛並みで静かにキラキラ。タヌ吉がこてっと首を傾げれば、首のもふもふが上等な襟巻きのようにもふんっ、と目立った。
 もふもふは正義、とは古来より伝わる言葉である。そこに『とても可愛らしい』もあるのならば、
(「ぜひともそのもふもふに埋もれてみたいものだな」)
 と、キース・クレイノア(送り屋・e01393)が見つめるのも当然なわけで。静かな灰色目はタヌ吉から隣のシャーマンズゴースト・魚さんをちらり。お手手が小さくもじもじしている。気になっているのだろうか。
「とても、もふもふしているな」
 魚さんがこくっと頷いた。やはり気になっていたらしい。
 シャーマンズゴーストの心を鷲掴む毛並みは、カリスマギャルの心までもぐっと掴む。
 うわぁ、もふもふ。思わず零した桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)だが、それでもネイル輝く指先添えた笑みは、どことなく不敵だ。
「これは……なんて、手強い」
「ラシード先輩が言うてたのってこれやんな? ダモらしくあらへんな。タヌやな。むしろタヌクレスやな」
「タヌクレスってなんか語感がかわいい」
「うっかり和んでしまいそうね。なんて手強さかしら」
 美津羽・光流(水妖・e29827)の感想に萌花と花房・光(戦花・en0150)は笑顔で頷き合い。
 まさかという可能性に危惧した光流は隣のリリウム・オルトレイン――蒲公英の綿毛をふーっと飛ばしていた小さな『先輩』に確認を頼むと、リリウムは何やら1枚の写真を取り出してタヌ吉とじぃーっと見比べタイム。そしてバッと飛び出しサッともふるとシャッと戻り、胸を張った。
「多分たぬきちはこんなに大きくはないです!! とゆーかこれはたぬきさんです!」
「多分なんやな。てか言われてみれば大きさ全然ちゃうな。よし殴ろ」
『!?』
 いきなりもふられ殴る宣言を受けたタヌ吉の毛がぼわわと膨らむ。ちなみにケルベロスM・Mさんによると、『たぬきち』とはリリウムが飼っている狸に似た犬(犬に似た狸)だという。
「つまりこれが平成最後のもふり合戦ぽんぽこ!!」
『ニャア』
「……あ、いや。お仕事シマス」
 ウイングキャット・ねーさんの声。涼しげな眼差し。小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)は、ぐっと握った拳をするすると戻した。そうだ、間もなく戦いの火蓋が切って落とされる。タヌ吉は空気を読んでいるのか呑気にクァ~と欠伸をして――ああ、胸の辺りも何というもふもふ!
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は目の前の光景に、ふむ、と付け髭を撫でた。
「元号が変わりこの戦いも令和狸合戦と呼ばれるのかのう」
 気が早い?
 まあ、気にせずゆくとしよう――平静最後のもふり合戦ぽんぽこへ!

●合戦でやんす
『クゥ~~』
 それは、まろやかで可愛らしい鳴き声。
 魚さんと共に仲間を庇い、『聞いた』キースは両足から何となく力が抜けていく感覚を覚える。成る程、外見だけでなく声も可愛らしいと。
 その鳴き声にタヌ吉をぎゅっとしたくなった千鶴は、きゅっと気を引き締める。
「今の鳴き声とっても卑怯……!」
「せやったらまずはコレや。もふるの避けられたら悲しいさかいな!」
「あっ、リリウムもキラキラやるですー!」
 光流とリリウムは全身から溢れさせた輝く粒子を前衛に振り撒いた。ちかちかキラキラ、盛大に癒しが舞うそこにキースも果実の輝きを重ねていく。
「気になるのなら、後で思いっきりもふっとしてきても良いぞ」
 しかし、あまり戦闘に支障が出ないようにな。
 魚さんにこそり伝えると、魚さんはドキッと肩を震わせてすぐ両手を組む。
 輝きと祈り合わさった支えが広がったそこをウィゼが飛び越え、タヌ吉の足元に一撃叩き込むと轟音と共に割れ砕ける。タヌ吉が『クゥン!』と驚きの声を上げ、それに「うぅ、また!」と千鶴は困った様子。澄香も「まさか声まで黄金比とは」と驚愕を隠せない。
「千鶴さん、高野さん、共に頑張りましょう。後ろ、お任せしますね。宜しくお願いします」
 何せ此度の相手はもふもふ的な意味で強敵だ。
 志苑は両の前脚でくしくしと顔の毛並みを整えるタヌ吉を見る。あの声で、姿で、人を楽しませる為に生まれた子だったろうに。そんなタヌ吉に殺戮などさせられない。
「誰も傷つける事なく此処で止めます!」
 真白な日本刀構えた千鶴の声が凛と響くが、その心はもふもふ毛並みにそわそわ。だが、幾つもの戦場を駆けてきた心に油断は無く太刀筋も決して乱れない。
 緩やかに閃いた月の軌跡に澄香の心は不思議と落ち着いていく。番犬仕事を始めたくとも怖さがあった。もふもふなら大丈夫かもと思い、来た。けれど一番の『大丈夫』の源はあの毛並みではなくて。
「ふたりが一緒で、凄く心強いんだ」
 凛々しく強く、綺麗な志苑。姉のようで、可愛らしい千鶴。
 ペイントブキを握る澄香の手は震えず、ぱちりと瞬きした千鶴は私も、と笑顔を咲かす。
「はじめてのケルベロス、頑張っちゃお、澄香さん!」
 志苑さん流石の刀さばきだよね、と笑ってきりり見つめた先はタヌ吉のもふもふ尻尾。突然の爆発で換毛期のように毛がぼふぁっ! と吹っ飛んで驚いたタヌ吉が、尻尾を追うようにあたふたしている隙に澄香は『虹色』をくるり踊らせる。
 広がった『里山の春風景』はキースと魚さんの足にこびりついていた感覚を祓い、背後に描かれた風景からタヌ吉へと視線移した涼香は――魅惑の毛並みにそわっ。この後に機会はある筈と黄金果実を輝かせ、そんな涼香をチラッと見たねーさんがばさりと羽ばたき清風を起こした。
「ほんと、つぶらな瞳だよね。見つめあったらうっかりときめいちゃうかも」
 でも油断は禁物。
 さぁ、おいで。
 くすりと目を細めた萌花の誘う視線がタヌ吉を捕まえ、光の黒鎖が癒しと共に前衛陣の防御力を高めていく。
 たっぷりと重ねられた癒しに、クークー鳴いてじたばたしていたタヌ吉はぷるるっと全身を震わせ、キリッ。そして、にゅっと後ろ足で立ち――。
「む、葉っぱじゃな」
 額に現れた、青々とした1枚。ウィゼが呟いた直後、タヌ吉の大きなもふもふ尻尾から大量の葉っぱミサイルが放たれる。しかし先程の『ぼふぁっ』な一撃で速度を削がれた葉っぱミサイル群は、志苑や飛び出した涼香とキースを思った程痛めつける事は出来ず。
 次は後ろの先輩達やと光流が弾け輝く癒しを飛ばし、千鶴の御業があわわでやんすとドタバタ駆け出したタヌ吉を鷲掴み。
『クゥー! クゥー!』
 何するでやんすと大騒ぎのそこに、もふの隙有り。千鶴は遠慮無く顔を埋め、極上の肌触りと温もりにパアァと幸せ笑顔。
「タヌ吉大きいね。あ、大きくなったね、かな?」
『クゥー!』
「魚さんももふっとやってみるとよいぞ。普段は猫ももふっとさせてくれないもんな」
 キースは「離すでやんす!」と言っていそうなタヌ吉をスルーして魚さんを手招き。そういうキースはもふらなくていいのかという心配は無用。仲間を庇った際、その両手はタヌ吉をこっそりもふり済みだから。
 使われなくなり原っぱとなったそこを、タタタと駆ける魚さん。大きな大きな冬毛狸に、もふー、とくっつく魚さん。その光景は、それはもう和やかで。
「……魚さん、魚さん。ストップだ」
 キースが止めなければ、そのまま続いた――かもしれない。

●ピンチ(でチャンス)でやんす
 桜並木をバックにもふんもふん、どすんばたんどたんとタヌ吉が暴れ回るが、ケルベロス達はタヌ吉の愛らしい鳴き声も葉っぱミサイルも、抗うのが精神的に大変なタックルも何のその。序盤から重ねた加護が、更なる癒しと共に注いだ支えが、ケルベロス達に色々な意味で味方し続ける。
「さぁ行くのじゃ!」
 ウィゼの号令に合わせるように放たれたアヒルちゃんミサイルが、ずどどどどとタヌ吉へ殺到すれば、そこに生まれるのは『タヌ吉とアヒルちゃん』というアニマル系グラビアが撮れそうな組み合わせ。
(「かなり『映え』そう」)
 敷き詰められたアヒルちゃん。ころんもふんと寝転がるタヌ吉。ふふと笑った萌花は楽しげな笑みのまま素早く踏み込んだ。禍祓う加護のおかげで、存分に動き回れる。もっふりとした冬毛に拳を見舞って――もっふもふ。
『クゥン!?』
「だって、隙あらばもふらないと」
『クー!』
 抗議滲む鳴き声と共にバババと動く前脚を、ひらり躱すその後方。澄香の目に映るタヌ吉は倒すべきであり――。
「たぬカラーもいいけど花柄とかも可愛いと思うんだ」
 アートの対象でもあった。
 心配ご無用。塗料は冬毛が更にもこもこになる特別製。
「リクエストはございませんか!」
「うわあ面白そう! 今の時期だと桜カラーなんてどうかなあ?」
「それ頂きで!」
 目を輝かせた涼香に澄香も情熱で目を輝かせ、タヌ吉の頭上に飛んだ。え、と見上げるタヌ吉へ春らしい色を遠慮無く贈れば、桜吹雪にまみれたタヌ吉の出来上がり。きょとん顔のタヌ吉に志苑は思わず笑顔を綻ばせ――涼香の足は春色もふもふへ一直線。
『クゥ……!?』
 ななな何でやんすかと後退るタヌ吉を――ぎゅっ。
 視界一杯のもふもふ(春色モードの冬毛)が涼香の顔をぽかぽか包み込む。3秒と待たずに快眠出来そうな、素晴らしい温もりで満ちていた。
「そうか、ここはもふもふの桃源郷だったんだ……」
『……ナァオ』
 そよいだ癒しの風と聴き慣れた猫の声。バッとタヌ吉から離れれば翼をはばたかせるねーさんの姿。自分をさし置いてもふを楽しんで、と語る眼差しに涼香はサッと顔を青くする。
「ごごごめんね、ベストオブもふはねーさんだから……!」
 姉妹のようで親友のようでもある1人と1匹の光景に、光流は仲良しやなと笑って「ほな」とタヌ吉へ。
「俺ももふっとこ。あ、リリウム先輩は桜見ながらどーなつ食べてて良えで」
「どーなつ! ……そーいえば、さっきおうちでたぬきちにご飯あげましたです!」
『クゥ……』
 光流は両手を冬毛に突っ込んでもっふもふ。タヌ吉の目が閉じられ、何やらとろーんと心地よさそうだ。しかし光流のこのもふり、かつて存在した白い毛玉の――話すと長くなる為、タヌ吉的に大事な部分を抜粋すると『もふっているだけに見えるが立派な攻撃グラビティ』。実に恐ろしい技である。
「なかなかの手触りや。良えコートになりそうやな」
『クゥーンッ!?』
 夢心地は、狩人の目をした光流の囁きによって無事終了。
 攻撃し、もふり、攻撃して。そんな封に出来るのは、癒しだけでなく攻撃も万全であるが故。

●終もふ、でやんす
 それにしても、と呟いたのはタヌ吉の毛並みに視線を注ぐウィゼだった。
 ダモクレスという事は、あの毛並みもダモクレスの技術が使われたものなのだろう。だというのに、『こう』とは。
「あのモフモフ感とは最新技術もすごいのう」
 だからこそ、外す事の出来ないものがある。
 いつもキラキラ楽しげに笑んでいる萌花から、笑顔が薄れていった。神妙な面持ちで、怒ったように尻尾をぷりぷり振るタヌ吉を見据え――紅緒ちゃん、と駆け付けてくれた愛らしい友を呼ぶ。
「も、萌花ちゃん……」
 ほんまにええの?
 呼ばれた意味を感じ取り、同時に戦闘中だからこその戸惑いを見せた紅緒だが、その目には隠しきれないそわそわもある。萌花はこくりと頷いて。
「今だよ。いくよ」
「……うん!」
 2人タイミングを合わせタヌ吉へ突撃。見舞うのは無論――!
「萌花ちゃん、萌花ちゃんっ。えへへ……ふわふわでぎゅーって出来る大きさのたぬきさん、可愛いねえ」
「はぁ、ほんと、この毛並みともふもふ感最高」
『クゥン???』
 攻撃されると思ったら違ったでやんす、とタヌ吉がキョトンしてる間に、全力もふもふタイムに紅緒は心底嬉しそうに微笑み、萌花もタヌ吉の毛並みに大絶賛癒され中。快晴も手伝ってか、非常に優しいぽかぽかもふもふが心身を包んでくれる。
「けど、たぬ吉ちゃん……紅緒のお友達なたぬきさんとお友達になれへんのね」
 2匹の狸と暮らす狸好きの紅緒にとって、タヌ吉がダモクレスという現実がちょっと寂しくて。
「ん、たしかに連れて帰れないの残念だよね。だから存分にもふっとこ」
「うん……!」
 こんな機会は滅多に訪れない。ふかふかお腹を存分にもふる紅緒も、萌花はもふもふと撫で。
「光ちゃんも、もふるなら今だと思うよ」
 きょとんと首傾げた紅緒も、笑顔でもふもふ返しつつ「一緒にもふりましょ」と笑顔でこくり。2人の誘いに光はほんのり頬を紅潮させ、そうねと頷き駆けていく。
「この機を逃すなんてケルベロス失格だわ……多分!」
 そして飛び込んだ先は春の日だまりに似た素晴らしいもふもふの海。
 もう一度、ううんでも、と悩んでいた涼香とねーさんも一緒になってもふれば、逃げられないでやんす~と言いたげにタヌ吉がクゥクゥ鳴く。
「やっぱりもふもふ桃源郷……」
 涼香は噛み締めるように両手をにぎにぎしながら、ひらりと距離を取った。ふいに訪れた自由にタヌ吉が四つ足で地面を踏み締め、もこもこ尻尾を右へ左へぷりぷりと。しかし。
「暴れたらあかんで」
「これは仁義なきもふもふ戦争、負けぬ」
 光流とキースはちくりと釘を刺すようにしっかりとタヌ吉を攻撃し、魚さんの祈りが広がり、ケルベロス達の態勢を更に強固なものとする。
「人はどうして丸いものを可愛いと感じるのでしょうか。更に其処にもふもふが加わると最強の存在となりますね」
「まるいものがかわいいのは痛くない安心感かもね」
「わかる、丸いもふもふって勝手に手が伸びちゃうよね。大きくて贅沢!」
 志苑の疑問に澄香が答え、千鶴が同意する。何の話でやんす、と首傾げるタヌ吉は澄香にとって相変わらずビッグサイズで怖――くは、ない。ない。
 千鶴は志苑に視線を送ると、友2人の手をしっかり取る。
「ね、澄香さん真ん中にしてもふりに行っちゃお!」
「いいですね。行きましょうか」
 一緒だから大丈夫。今だと目で語る仲間もいる。楽しんでも、良いのだ。
「ふわ、挟まれもふー!?」
 飛び込んだ先も、繋いだ手も温かい。
 もう、ズルいやふたりとも。2人のおかげでとっても楽しくて、今日の皆と一緒だから頼もしくて嬉しくて。もふもふ越しに、「有難う」と呟いた。
『クゥン!!』
 一際大きく響いたタヌ吉の声。
 見れば、闘牛のように後ろ足で原っぱをザッザッと蹴っている。風がざあ、と吹き、それに乗るように葉っぱミサイルが一斉に飛び出すのを、ケルベロス達は見ていた。
 ――嗚呼、もっともふっていたいけれど。
 存分にもふらせてもらったから。ケルベロスと、ダモクレスだから。様々な思いを胸に攻撃を叩き込んでいく。
 桜並木の横。どどーん、かつ、もっふりと在ったタヌ吉の体が原っぱに倒れ込む。春色纏った冬毛がもふんっと揺れた後、蒲公英の綿毛のようにはらはら崩れ、消え始めた。
「最後に素敵なもふもふをありがとうございました。どうか、ゆっくりお休みください」
 志苑がそっと両手を合わせる前、タヌ吉の目がゆっくり閉じられていく。
 最期に『クゥン』と一鳴きして、魅惑のまん丸もふもふボディは完全に消え去った。そこを撫でるように舞い込んだ桜吹雪が、ふわ、と青空へ舞い上がるのを澄香の目が追う。
「タヌクレス。ボクはきっと、生涯その呼び方を忘れない」
 見目だけでなく、その語感も、黄金比。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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