ミッション破壊作戦～竜が潜む地へと叫べ

■リプレイ

●やり残したことが残るその地へ
　ケルベロスの中で、熊本県を訪れたことがある者は少なくない。
　へリオンが向かっているのは、かつて激戦の舞台となった場所からそう遠くない八代市だった。
「やり残したことを、思い出したんよ」
　呟くように言ったのは、小車・ひさぎ（二十一歳高校三年生・e05366）だった。
　誰もが機に恵まれるわけではない。望んだ敵と戦えないこともある。
「……あの土地には、俺も思い入れがありますからね」
　彼女の友人の１人である筐・恭志郎（白鞘・e19690）は、火祭りと共に復興する熊本を思い出していた。
「熊本のことだけじゃないよ。ドラゴンは許せない理由が多すぎる。いつか必ず滅ぼしてやるんだ」
　淡々とした口調でしゃべる新条・あかり（点灯夫・e04291）の心中に苛烈な想いが宿っていることを、親しい者たちはきっと感じ取っていただろう。
「ドラゴン相手の時はきつい戦いばかりになるからな。気持ちはわかるぜ。けど、なるべく落ち着いていこうぜ、あかり」
　穏やかな声をかけたのは落内・眠堂（指切り・e01178）だった。
「うん、わかってるよ、ミンミン」
　少女は頼りがいのある声を聞き、素直に頷く。
「理由はいろいろだ。せいぜい、こいつに込めるとしよう」
　気だるげな声が響いた。ナザク・ジェイド（甘い哲学・e46641）は友人たちへ小剣を掲げてみせる。
　外にはもう八代市が見えてきていた。
「良い思い出ばかりでもないが――故郷とはそういうものだろ。無きゃ無いで寂しいものだ」
　炎に包まれた街をながめて、ナザクは口の中で呟く。
「私も、全部叩きつけてやりますよ。やり残したことは、たくさんありますからね」
　朱藤・環（飼い猫の爪・e22414）の言葉は明るいが、決意は他のケルベロスたちにはっきりと伝わった。
　会話の間にヘリオンは沸騰する海を見下ろす位置へたどりついていた。
「回廊が海にあるなら発煙筒は使いにくいな。要請した援護とうまく合流できるといいんだが……」
　アルベルト・ディートリヒ（昼行灯と呼ばれて・e65950）は海とは思えぬ光景をながめながら考え……頭から煙を吹く前に、考えを打ち切った。
「それじゃ行くか。今度こそ、やつらを追い返してやる」
　ルルド・コルホル（廃教会に咲くイフェイオン・e20511）が言った。
　この中で唯一、以前行われたこの八代へのミッション破壊作戦の参加者だ。
　再び訪れた熱い海へと、ルルドは飛び出していく。
　ケルベロスたちは次々に、魔空回廊へと足を踏み出していった。

●沸騰する海へ叫べ
　熱い風を身に受けながら、ケルベロスたちは八代市に面した海へ降下していった。
「ここに来んのも２回目、半年振りくらいか」
　かつて参加した作戦のことを、ルルドは思い出していた。
「２度ある事は３度ある。３度目の正直。仏の顔も３度まで。３回目を匂わせる言葉は色々あるが、この戦いに３度目はねぇ」
　輝く小剣を構えて、藍色の上衣に熱風をはらんで青年は降下していく。
「今日、ここで終わらせる。半年間楽しかったか豚野郎！　さっさとこの街を返しやがれ！」
　半年間、溜め込んでいた思いをすべて込めてルルドは叫ぶ。
　最初の爆発がバリアを揺らしていた。
　もちろん溜め込んでいるのはルルドだけではない。
「魔竜の仕留め損ないとケリつけるチャンスを永久に失って、一度は足を止めてしまったけれど。熊本にまだ戦場が残ってた事、思い出したんよ」
　ひさぎが抱えていたのはつけられなかった決着への想い。
「先の滅竜戦ではここから熊本市内へ侵攻してくれやがったよね」
　取り逃がしてしまった魔竜とはもう戦えない。だが、討つべき敵はかの魔竜だけではない。
「また同じ事を起こすかもしれない、と、この地を灼き尽くしただけでなく、奪還した周囲の街を今なお不安にさせるよな連中は完膚なきまでにブッ潰す」
　振り下ろせなかった拳の分まで小剣に想いを込めて、グラディウスを振り下ろす。
「八代の大地を、海を解放して、あたしはもう一度歩き出すんだ。……いつかあの島に辿り着くために！」
　２度目の大きな爆発が熱湯と化した海に波を立てる。
　続く恭志郎もまた、グラディウスに込める想いは熊本における激戦の記憶だ。
「魔竜王の遺産を巡る熊本での戦い、よく覚えています」
　ドラゴン配下の軍団との戦いも、ドラゴンそのものとの戦いも。
「助けに向かったケルベロス数十人で何十万が助かったのは、恐怖と混乱の中でも心折れる事なく支え合う人々の強さがあったからこそ」
　……そして、その戦いから立ち上がる人たちの姿も。
「皆で取り戻した筈のこの地に、往生際悪く居座り脅かそうなんて……これ以上させない」
　輝く小剣を、近づいてきたバリアへと向ける。
「――俺達の勝ちです。復興を進める中で催された火祭りの熱気は、こんなもんじゃありませんでしたよ？」
　３度目の爆発も同様に大きなものだった。
「この地に赤はおいしいトマトの赤で十分なんですよ！」
　次いで響いたのは環の叫びだった。
「大体命を滅ぼす母ってどういうことですか。脳みそまで燃え尽きちゃったんですか。どっちかっていうとクソガキですね」
　迎え撃つ術を持たないドラゴンたちへ叩きつけるように、少女は想いを言葉に乗せる。
「命の重みを知らないドラゴンは焼き討ち決定なのですよ。異論？　聞く気はありません！」
　そして、４度目の爆発が八代市の沖に響いた。
　吹き付ける風は熱く、続くアルベルトのモノクルから垂れた鎖を揺らしていた。
「俺はクズ共を引き連れてるドラゴンと言う種族を心底軽蔑している」
　鋭い眼光に怒りを込めている青年の声は、決して激しくはない。
「そんなに憎悪と拒絶が欲しければ、腹が膨れてぶち破れるまで食わせてやるよ」
　だが、語気は激しくなくとも告げる言葉は苛烈だった。
「それとも火の国にふさわしく、自分の炎で燃え尽きるか？」
　焼き尽くすほどの想いを込めてアルベルトが突き出した小剣から、また爆発が広がっていく。
「お前の炎で灼かれたもの、その腕で壊されたものに、どれほどの思いが、心が込められていたか……解らないんだろうな」
　眠堂の声もまた、激しくはなかった。
「だったら刻み込むまでだ。傷付く痛み、奪われる痛み、解せないなりに知ればいい」
　だが、冷静であろうとしても、想いを込めるほどに熱はこもっていく。
「勝手な蹂躙、無意味な暴虐、お前のそれは俺にとっての非道で、況して、此処のひとを苦しめるならば」
　意思で押さえ込む想いの熱が吹き出すように、小剣がバリアへと飛び出した。
「これ以上は赦せねえよ」
　抑えた叫びと共に起きた６度目の爆発もまた、仲間たちに劣らぬ勢いで広がっていく。
　広がっていく爆煙で、八代市は徐々に隠されていっていたが、燃える町並みはまだ眼に残っていた。
「授業で習った八代市は美しい球磨川と氷川、平野に広がるイグサ。住みやすくて親子連れにも人気だって」
　だが、あかりが見ていたものは、話とは違う。
「――今、眼下に見えるものは、ひび割れた大地、枯れた川、死に絶えた地」
　グラディウスを握る手に力を込める。
「このままにしておけるわけがない。この地を、人の営みを返してもらう」
　隠されてもたやすくは忘れられそうにない記憶。それに、あかりにはもう１つの記憶もある。
　城ヶ島の調査でドラゴンと遭遇した記憶だ。暴走している間のことははっきりと覚えていないが、消せない感情は胸にある。
「城ヶ島での借りを忘れたことはない。持てる力を全てぶつけてお前たちを潰すから」
　少女の言葉はこの地にいるドラゴンのみならず、すべてのドラゴンに向けられたものだった。
　七度目の爆発が起こった。
　最後に降下していくナザクは気だるげな目で故郷をながめていた。
　爆煙に隠されたそこから視線を外し、ドラゴンたちが潜っているはずの場所に向ける。
「往生際の悪い連中だ。先の大戦で退けた筈なのに、未だこの地に残っていたのか」
　かつてこの地に住んでいた時、空からの風景を見たことはあっただろうか。
「……前にも言ったが、な。此処は俺の故郷だ。帰る家なんてとうに朽ち果ててしまったが、それでも迎え入れてくれる人の居る大切な場所だ」
　気だるげに、クールに振る舞っているが、ナザクの中にある熱は強かった。
「いつまでも居座るというのならば、お前らの矜持ごと叩き斬ってやる」
　もちろん一番大事なことがなにかはわかっている。わかっているけれど、それでも――この地は取り戻さねばならない場所だ。
「―――此処を、返せ」
　最後の一閃がバリアを捕らえ、仲間たちに勝るとも劣らぬ爆炎と雷光が熱い海の上に広がっていった。
　立て続けの水音が響いて、ケルベロスたちは次々に着水していった。
「どうだ？　壊せたか？」
「いや……残念だが、壊せた手応えはなかった」
　ルルドの問いかけにナザクが答える。
「さすがドラゴンの回廊ってとこか。行けるかと思ったんだけどな。みんなすごい叫びだったし」
　眠堂が言った。
「まずは切り替えて、ここから帰らなきゃ。不満はドラゴンにぶつけましょー」
　環の言葉に仲間たちが頷く。
「行こう。撤退ルートはこっちだ」
　アルベルトが先導し、ケルベロスたちは皆であらかじめ検討しておいた撤退路を進み始めた。

●炎の竜の猛攻
　沸騰する八代の海を移動していく。常人なら火傷したかもしれないがケルベロスなら死ぬほど熱いだけだ。
　ほどなく現れた轟炎竜母は巨体に反して小さな目をケルベロスへと向ける。同時に灼熱の炎が前衛を襲った。
　ルルドとアルベルトが、素早く恭志郎と環をかばう。
「相変わらず暑苦しい敵だな」
「なるべくディフェンダーがひきつけなきゃいけませんね」
　環が手にしたパズルから女神カーリーの幻影が現れ、敵を狂乱させる。
　彼女と同様に防衛役を引き受けているルルドやアルベルトも、まずは敵の注意を引くために攻撃していた。
　美しい虹をまとったアルベルトが急降下しながら敵を蹴り飛ばす。
「一気に勝負をかけなきゃいけないからな。しっかり捕まえておいてくれよ」
　ルルドは自らの影へと呼びかけながらドラゴンへ接近した。その影の中には、奇襲を好むブラックスライムが潜んでいる。
　彼と共に近づいた影狼が飛び出して、敵の巨体に食らいつき、ドラゴンをルルドへと引きずり寄せていた。
　ディフェンダーが敵の注意を引いている間に、他の者は支援の技や敵を弱体化させる技を使っている。
　眠堂が九尾扇を手にして、ケルベロスたちの動きに陣形を見出す。
「短時間で勝てるように、僕たちが最大限に支援するからね」
　あかりは攻撃や防御が最大限の効果を発揮する中衛で、『希望』の名を持つオウガメタルから粒子をばらまく。
　ひさぎは後衛から敵をしっかりと狙っていた。水底の砂を素早く握り混む。
　その前方で、恭志郎が流れるような一撃をしかけていた。小振りな黒い鎌の刃が凍り付くほど鋭い動きでドラゴンに突き刺さる。
「ここから先は、行かせないんよ」
　告げたひさぎの意図を察して、恭志郎がドラゴンをひさぎのほうへ押しやる。
　警告と共に放った砂礫がドラゴンの外皮を貫いて、その動きを止めていた。
　足が止まったところを狙ったのはナザクだ。
「あまり私を舐めない方がいい」
　光り輝くメスが彼の手の中に現れる。
　グラビティ・チェインを練り上げて作り上げたメスは足止めされたドラゴンへと確実に命中し、その外皮に深々と傷つけ、破る。
　敵の意識を引いた３人で守りを固めてドラゴンを止めつつ、ケルベロスたちは攻撃を仕掛けていく。
　とはいえ敵も黙ってやられてはいない。
　炎を帯びた腕がアルベルトへと伸びてきた。
　環はダメージを散らすため、素早くその腕の前に飛び込む。恐怖を覚えるほど激しい打撃が環を襲い、少女の体を炎で包み込む。
　だが、環はすでに反撃していた。忍ばせておいた魂の射程圏内へドラゴンは侵入している。
「猛吹雪にご注意ください、なんてね？」
　殴り飛ばされながらも環は告げた。竜巻状に飛び出した冷気が巨体を切り裂き、凍結させていく。
「キンキンに冷やされて、少しは燃やされた人たちの気持ちがわかりましたか」
　環の言葉が聞こえているのかどうか、ドラゴンの様子からはわからなかった。
「火焔のかいな、満ちて閃け」
　竜とは違う柔らかな焔が環を包み込む。眠堂の生み出した炎が傷に染み込む。
　さらに、あかりが真っ赤になりながら一生懸命ぐねぐね踊って環を応援してくれていた。
　ドラゴンのほうも咆哮を上げて守りを固めようとする。
　だが眠堂が見出した陣形がそれを砕く力を仲間たちに与えていた。
「そこを動くなよ」
　アルベルトは急所を狙って幻想結晶刃を突き出した。
　鋭く、単純で、そして強烈な一撃がドラゴンを貫いて、その防御を打ち砕く。
　しかし、ディフェンダーが多い構成のケルベロスたちもなかなか倒しきることができなかった。
「まずいな……煙が晴れてきたぜ」
　眠堂は後衛で呟いた。
　強敵が出るとはいえ、少々守りに比重を置きすぎたかもしれない。
　だが、敵の体力を削りやすくする技はしっかり使っていたし、なにより今回のメンバーはケルベロスの中でも高い練度を持つ者が多くを占めている。
「今の勢いなら、押しきれるはずだ」
　そう信じて、眠堂は木製の釦に指をかける。
　色とりどりの爆発と共に天鵞絨のごとき煙が立ち上ぼり、仲間たちを鼓舞した。
　敵はまた咆哮をあげて身を守ろうとしていたが、ルルドの拳がうなりをあげてそれを吹き飛ばし、さらにひさぎが騎兵を召喚して敵を凍結させ、アルベルトの刀が毒に侵す。
　そして８人の全力の攻撃が、ドラゴンの体力を削り取っていく。
　爆煙は明らかに薄れているのがわかるほどになったが、しかし轟炎竜母も瀕死となっていた。
　ブレスがまた前衛のケルベロスたちに吹き付けられる。
　恭志郎は炎を浴びても声をあげなかった。
（「守ってくれるみんなのおかげで、俺は大して怪我をしてないんですから……」）
　だから、このくらいのことでひるんではいられない。
　環が禍爪に力をためて敵を切り裂いた。
　あかりのオウガメタルが表皮を砕き、連携したナザクがジグザグに切り刻んでそれを広げる。
　２人に続いて、恭志郎は一瞬にしてドラゴンとの間合いを詰める。
「花が落ちても実を結ぶよう」
　居合の要領で鏡面の短刀を振り抜く。戦意の希薄な動きから放つ一撃が、ドラゴンの巨体に深々と突き刺さる。
　引き抜いた刃から花弁のごとく清浄な光が散った。
　だが、光はすぐ炎に消された。
　体内から爆発的な炎を吹き出しながら轟炎竜母が消え去っていく。
「行きましょう。もう、時間がありません」
　安堵している時間はなかった。
　いずれ、この地の炎が消えることを願いながら、消えかけた爆煙の中をケルベロスたちは再び移動していった。

作者：青葉桂都	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年3月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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