あやかし火の桜

作者:朱乃天

 煌々と夜空を照らす月の光に導かれ、町外れにある森の中に踏み入ると。
 鬱蒼と生い茂る木々に埋もれるように、煤けた朱色の鳥居が見えてくる。
 茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)は何故だか妙にこの地が気になり、鳥居を潜って奥に進んでいった先、そこには薄紅色の桜の花が色鮮やかに咲き乱れ、その傍らには古びた神社が静かに鎮座していた。
 見たところ、手入れをされなくなって久しく時が経っているのだろう。半ば廃墟と化して幽けき空気に包まれながら、それでも嘗ての荘厳とした面影を、この神社に集う当時の人の賑わいを、その佇まいから感じ取ることができる。
「……これはまた、何と不思議な景色でございやしょう」
 廃れて朽ちた神社と対照的に、桜の花は今も尚、寂寞とした世界に華麗な彩り添えて。
 空から射し込む銀色の、月の光が神社と桜を優美に照らす。
 その幻想的な光景は、ここが常世と思えるかのようで、魂までも吸い込まれていきそうな奇妙な感覚に囚われてしまう。
「……? はてさて。誰か、そこにおりやすね」
 三毛乃が不意に気配を感じたか、右目の炎を棚引かせ、身構えながら神社の奥を見る。
 すると朧気に光る『何か』が、三毛乃の前に顕れた。
 それは全身に炎を纏った巨大な猫だ。尻尾が二つ生えているところから、おそらく妖怪変化の類だろうか。謎の怪異を前にして、三毛乃はどことなく違和感を覚えるものの、動じることなくその化け猫と対峙する。
「その姿……何者かは存じやせんが、あっしの前に立つなら退けるだけでございやす」
 冷静に振る舞う三毛乃に対し、化け猫は唸り声を上げ、獲物を狩らんと牙を剥く――。

「大変だよ。今すぐキミたちの力を貸してほしいんだ」
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)がケルベロスたちを招集し、予知した事件について語り出す。
 彼女が視たものは、三毛乃が宿敵のデウスエクスに襲われてしまい、命の危機に晒されてしまうといった内容だ。三毛乃に連絡しても繋がらず、このままでは予知が現実のものになってしまう。
 今は一刻の猶予もない状況だ。この事態を打破する為には、こちらからすぐに現場に乗り込む以外に手段はない。
「これから急いで向かえばまだ間に合うよ。三毛乃さんが無事でいるうちに、彼女を助けてほしいんだ」
 襲撃現場は町外れの森の中にある廃神社。周りは桜が咲いていて、綺麗な景色なのだが、それを眺めるような余裕はなさそうだ。
 敵は化け猫みたいな姿のドリームイーターで、三毛乃はその敵のことが気になるような仕草を見せるが、互いの関連性までは分からない。
 化け猫は素早い動きで爪攻撃を繰り出してきたり、周囲に呪いの炎を撒き散らす。また、炎の視線は捉えた者の過去の辛い記憶を呼び起こし、相手は心の傷を抉られてしまう。
 ――例え三毛乃と敵の間にどんな因果があろうとも、仲間の窮地を見捨てることなど到底出来はしない。
「あたしも力を貸すよ! だからみんなで、三毛乃さんを一緒に助け出そうよ!」
 シュリの話を聞きながら、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が語気を強めて気炎を上げる。
 皆で力を合わせて戦えば、どんな窮地も必ず乗り越えられる。
 今までだって、そうだったから。だから今回も、この手で彼女を連れ戻す。
 彼らは強い決意を胸に秘めながら、いざ戦いの地へと飛び立つのであった――。


参加者
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
有枝・弥奈(牙折り脚砕くマリスジャマー・e20570)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
巽・清士朗(町長・e22683)

■リプレイ

●仁義なき邂逅
 空から射し込む銀の光に照らされて、深い闇夜に幽玄と浮かび上がる桜の花の艶やかさ。
 ただ景色を眺めに来ただけならば、その美しさについぞ見惚れて我を忘れてしまう程。
 ここが現世と常世の境界線であるかと思えるようなこの場所に、まるで黄泉の国から迷い出てきたように一匹の猫が顕れる。
 全身に炎を纏い、右目にモザイクの炎を灯した人間大の化け猫、否――ドリームーターであるソレは、茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)の右目の地獄と似ているようであり。
 同じ右目に炎を宿すドリームイーターと、彼女がここで遭遇したことは、決して偶然などではないだろう。
「……『あの人』が亡くなったのと入れ替わりに、あっしに点いた炎、宿った力。例えそのモザイクを埋めたかろうが、この右眼をくれてやるわけにゃァ参りやせん」
 表情一つ変えることなく冷静に、三毛乃が静かな闘志を燃やして強い口調で言い放つ。
 片や対するドリームイーターは、言葉を発する代わりに低く唸り声を上げ、今にも襲い掛かろうと威嚇する。
 互いに出方を窺いながら睨み合い、緊迫した空気が周囲を包む。
 化け猫が舌舐めずりをして爪を砥ぐ。三毛乃も懐に左手を忍ばせ、愛用の銃をいつでも抜けるように身構える。
 今にも両者が激突しようとする寸前――どこからともなく駆け付ける者たちがいた。
「下がって、三毛乃さん!」
 全速力で突入してくるのは、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)。
 フィオが手にした太刀を振り抜けば、刃が月に反射し弧を描き、化け猫は咄嗟に後ろに飛び退って回避する。
「さて、ちょっと久々に『邪魔』するよ。そっちがどういうものかは知ったこっちゃないが……その手は易々と通させやしない」
 次いで竜の翼を翻して颯爽と、有枝・弥奈(牙折り脚砕くマリスジャマー・e20570)が突撃しながらエクトプラズムの弾を放って、ドリームイーターと三毛乃を引き離す。
「ヘイ、そこの右眼モザイク猫。三毛乃襲ったってその欠落が埋まるワケないじゃニャーですか」
「これは悪いねこさんっすね! よーしぶちのめしてやるっす!」
 更に堰を切るかのように攻め込んでくるケルベロスたち。
 黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)と鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)の二人も『一家』の危機に対処すべく、力を結集させて殴り込む。
 物九郎が巨大な鎚を片手で軽々取り回し、大砲状に変形させて魔力の弾を撃ち込めば。
 五六七はガネーシャパズルの力を発動し、弾けるような紫電を化け猫狙って射出して。
 竜が猛るが如き砲撃と、竜の姿を模した稲妻が、ドリームイーター目掛けて見事に炸裂。
 その間隙を縫うように、巽・清士朗(町長・e22683)が孤篷の運足でするりと接近。
「生憎だな、お前にくれてやるものは欠片もないとさ」
 三毛乃や物九郎たちの言を拾って軽口叩き、鯉口を切って柄に手を添えて斬りかかる。
 抜いた刀の刃文は直刃調の小乱れ刃。雷を帯びて繰り出す突きが、相手の足を鈍らせる。
 清士朗が一旦後ろへ下がると、入れ替わるように今度は樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)がファミリアの猫を力いっぱい投げ飛ばす。
「黒斑一家のフォーメーションを軸にみんなで支えるぞ」
 正彦の放った小さな猫ファミリアが、化け猫を爪で引っ掻き回して相手を攪乱。
「熱そうだからカッツェ冷やしてあげるね」
 そこへカッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が、冷気を集めた掌を、敵に突き出し冷気が螺旋を描いてドリームイーターを狙い撃つ。
 凍てる氷の螺旋に締め付けられる炎の化け猫を、ケルベロスたちが取り囲む。
 仲間の窮地を救う為、この場に集った九人の番犬。彼らが揃えば強敵相手だろうと恐れることはない。後は夢を喰らいし化け猫を、力を合わせて倒すのみ。
 風が吹き抜け、月夜に桜の花が華麗に舞い、今ここに戦いの幕が切って落とされた――。

●『化け猫』対『化け猫』
 チリチリと、化け猫の全身を覆う炎が、火の粉を散らして燃え盛る。
 自身を囲むケルベロスたちをぐるりと見回し、獰猛な獣のような雄叫びは、まるで怨嗟の声のようにも聞こえ。身体の炎が、火の玉となって番犬たちに飛んでくる。
 前衛陣に撃ち込まれる炎の弾が延焼し、彼らを祟るが如く炎が激しく燃え広がっていく。
「みんな、こんな炎に負けちゃダメだよっ!」
 後方から猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が魔力を声に籠めて歌い、勇壮なる調べが仲間を鼓舞して呪いの炎を掻き消していく。
「ルーチェおねーさん、あちきも手伝わせてもらうっす!」
 五六七の全身を鎧うオウガメタルが発光し、溢れる光の粒子が降り注ぎ、彼女の強い思いを届けるように、仲間の闘争心を研ぎ澄ます。
「……コイツぁ、さっきのお礼でございやす」
 三毛乃の右目の炎が小さく波打ち、懐に忍ばせた銃を抜く。と同時に目にも止まらぬ速さで引き金を引いて、水平に構えた銃から発射された弾丸が、銃声と共に化け猫の肩を穿つ。
「ニ゛ャアアアッッ!!」
 傷を負い、痛みで悲鳴を上げるドリームイーター。一瞬たじろぐその隙を、清士朗が見逃すことなく間合いを詰める。
「居ね、物の怪。ここは神域、邪なるものが立ち入る場所に非ず」
 疾走しながら空の霊力宿した太刀を振り翳し、身を躱そうとする化け猫の、肩に刃を押し込むように斬りつけて、傷口を重ね広げて血が飛沫く。
「所詮、お前さんは偽物っスよ。後でこれから『本物の化け猫』が見られますでよ」
 物九郎が横目でチラリと三毛乃を見遣り、再び化け猫の方に目を移して見比べる。
 同じように右目に炎が灯っていようと、似て非なるモノ。だったらその紛い物の炎を凍結させようと、ライフル銃の照準を合わせて冷気を籠める。
「おい待て。この状況で軽口を叩いているとは、余裕のつもりかい? まあいい、なら……軽く徹底的にブチのめしてやれ」
 銃を撃とうとする物九郎の手を、弥奈が遮るように一瞬止める。それから自分の手を敵に向け、親指で相手を指さしながら狙いを示す。
 弥奈に気合を入れられて、物九郎が放ったビームは一直線に化け猫狙って撃ち抜いて。敵の炎を冷気が浸食、熱を奪って生命力を殺ぐ。
「――芯まで凍りつけ」
 続けて追い討ちをかけるように正彦が、魔導術式を刻み込んだ7.62ミリ短小弾をライフル銃から発射。命中した一発の弾丸が、敵の生命活動を体内から凍結、命の時を、息吹を止めてやがて死に至らしめんとする。
「私の眼からは逃げられない……!」
 フィオが巫力を高めて瞳に宿す。すると彼女の緑の双眸が、朱色を帯びて闇夜の中に煌めいて。陰陽における『陽』の気質を『受信』に特化し、発現させたフィオの魔眼――。
 今宵は満月。彼女の気を昂らせるには十分だ。その目は限定的な未来を予見して、相手の次の動きを予測することで、牽制打を放って足止めさせる。
「見た目は嫌いじゃないから、敵じゃなかったら可愛がってあげたかもしれないなぁ」
 猫好きなカッツェにとって今回の相手となる化け猫は、敵にするには勿体ないと残念そうに思いつつ。でもそんなことを言ったら『黒猫』に怒られちゃうか、と愛用の黒い大鎌を見つめて独り言ちるように呟きながら苦笑する。
 だからその代わり、ちょこっと味見をさせてもらうよ、と。刃に『虚』の力を纏わせて、不敵に微笑みながら夢喰い猫を斬り裂いて。刃が滴る血を啜り、カッツェは相手の生命力をじっくり味わうように愉悦する。

 ケルベロスたちが連携力を活かして手数で攻める。だが対するドリームイーターも、彼らを振り払おうと反撃に出る。
 化け猫が背中を丸め、四つの脚に力を溜めて飛び掛かる。敵の狙いは中衛にいる弥奈だ。
 前衛陣の脇を摺り抜け、鋭利な爪が弥奈を襲って迫り来る――しかしその時、夢喰い猫の爪をカッツェが漆黒の鎌を伸ばして防御する。
「あまい! カッツェをそんな簡単に抜けると思ってたら大間違いだよ」
 仲間を守り、盾役としての務めを果たし、少女は誇らしげに気炎を上げる。
 辛うじて難を逃れた弥奈は、カッツェにお礼の目配せしながらすぐ距離を取り、桜の木の影に隠れるようにしながら、ライフル銃でのレーザー射撃ですかさず応戦。
 高出力の光線に、化け猫が怯んで攻め倦ね、その様子に物九郎はここぞとばかりに竜の巨鎚を叩き込み、五六七が脚に炎を纏わせ、熱く灼けつく烈しい蹴りを見舞わせる。
「有枝は、目立たないようにそのままで。あそこの猫(モノクロ)が激しくやってくれるだろうから」
 正彦が眼光鋭く戦場を見渡し、状況分析しながら指示を出し、凍結ビームで援護する。
「生き死が場に浄不浄の区別なく――我が技は戦場にて磨かれた剣ゆえに」
 清士朗の剣技は一撃離脱。前衛陣との闘いで、生じた隙に切り込む遊撃の剣。
 確実に相手の力を削ぎ落とし、仲間に繋げて線として。それを引き継ぐようにフィオが刃に無数の霊を憑依させ、呪力を載せて浴びせた一太刀が、化け猫の精神までも蝕んでいく。
 ケルベロスたちは尚も手を緩めることなく攻め続け、優位に戦いを進めるのであった。

●ひとひらの想い
 番犬たちと夢喰い猫との戦いは、一進一退の攻防を繰り広げていたが。各自の役目が機能を果たし、被害を最小限に抑えることで次第に流れを引き寄せていく。
 大事な仲間の危機を見過ごせないと、彼らの強固な絆は何者だろうと崩せない。
 今まで多くの苦難を共に乗り越えてきた、その揺るぎのない信頼感が一層力を滾らせる。
「茶斑さんに頂いた御恩、少しでも報います!」
 援軍として参戦したフローネが、アメジスト・シールドを広域展開。彼女の母の形見でもあるルビー・ドローンのフォトン・バリアを同調、合成させた防壁陣を張り巡らせる。
 三毛乃の凛とした佇まい、敵への苛烈な立ち振る舞い、家族へ向ける温かな優しさ、そのどれもがフローネにとって理想の女性の姿であって。今まで彼女に助けてもらった分を、今度は自分が補佐する番だと、全力で受け止めようと夢喰い猫の前を立ち塞ぐ。
「……己の矮小さ、姑息さなぞ、自分が一番理解している。だからこそ『脚を、牙を』折るような手を、こうして望んで取れるんだよ」
 弥奈が目立たないよう桜の木に隠れ、遠距離から仲間を援護射撃する。
「相手が化け猫だからって……! 狩られるのは、お前の方だっ!」
 フィオが死角を衝いて回り込み、夢喰い猫の背後から、呪詛を宿した刃で斬り祓う。
「キシャアアアァァッッ!!」
 幾度となく傷を刻み込まれた化け猫は、かなり消耗しているはずだがそれでも必死に番犬たちに抗い続ける。その執念を燃やすが如く、モザイクがかった炎の右目を見開くと、同じ右目の炎を抱く三毛乃に視線を向けて――。
 ――三毛乃の視界が一瞬揺らぎ、再び周りを確認すると、そこには一面焼け野原の景色が広がっていた。
 全てが破壊されて燃え尽きた世界。その中に唯一人佇む彼女に手を差し伸べる者がいた。
 三毛乃はどこか懐かしさを感じつつ、差し出された手を取ろうとすると――その人物の影が血に沈み、赤く塗れた無数の腕が、死の淵に引き摺り込もうと掴みかかってくる――が。
「……あっしに斯様なモノを見せるたぁ、覚悟はよろしゅうござんすか」
 化け猫が視せる死の幻影も、三毛乃は溜めた気力を自身に注いで耐え凌ぐ。
 幻の中で垣間見たものは、彼女にとって克服してきた過去でしかなくて。そんなまやかし如きに囚われるつもりは毛頭ないと、着流し姿の女侠は言葉に静かな怒りを滲ませる。
「燃える眼差し、名づけるなら灼視か。なるほど、猫が使うに相応しい」
 敵にとっては奥の手であったのだろうその技を、清士朗は興味深げに解釈するが、それも効かなかったとあればもはや相手に打つ手はない。
「――極意とは 別にきはまる事もなし たえぬ心の たしなみとぞ知る」
 ならばこちらも奥義を見せよう、と。清士朗が太刀を握って意識を集中、半身から真半身へと構えを変えて、ただ一筋に、敵の真芯を刃で突き刺す。
 刃は手応えと共に夢喰い猫の臍部を深く突き、捻りを加え、絡めて脾腹を抉り裂く。
「ニ゛ャアアアアアッッ!?」
 この一撃に、夢喰い猫は耐え切れなくて叫び狂い、悶え苦しみながらのたうち回る。
「今が絶好機だよ! さあ、一気に畳み掛けようか!」
 カッツェが鎌を振り上げながら、声高に一斉攻撃の合図を仲間に伝え、番犬たちが火力を集中させて手負いの夢喰い猫を攻め立てる。
「人には大事にしたいものが誰にもあるんだ。そういうモノに手を出すのなら、ケルベロスとして――お前を殺す」
 心の中に仕舞っておきたい過去の傷。それを無理やり抉じ開け、苦しめようとする夢喰いに、正彦が燻る怒りを武器に籠め、鋼の闘志を宿した冷気の魔弾を至近距離から撃ち放つ。
「――地球重力下弾道演算の極、ブチかましてやるっす!」
 五六七が扱う巨大キャノン砲、それは嘗てダモクレスであった己から、今のケルベロスである自分に受け継がれた新たな力――『狩猟の魔眼〔ザミエルシステム〕』をフルドライブさせて、最大火力の滑腔砲質量弾の砲撃が、狙った獲物を逃さず直撃。
 直後に物九郎が間髪を入れずに飛び込んできて。猫にまつわる民間伝承を実再現する奥義――信仰を具現化させた力をその身に招く。
「『時に喰らった敵のグラビティをも己の武器とする降魔拳士』! 実際どんなモンか見せてやりますでよウラー!」
 魂喰の御業によって、自身が喰らったデウスエクスの魂を、右腕を基点に降臨させて断片再現。取り憑くデウスエクスの御霊と融合し、力を復元させた強烈な一撃を食らわせる。
 ケルベロスたちの怒涛の猛攻に、ドリームイーターが深手を負って追い詰められる。
 息も絶え絶えに、辛うじて生命を維持している化け猫に、一人の女侠が歩み寄る。
 猫のウェアライダーである彼女の秘奥、巨大な姿で人を祟ると云う怪異――変化していくその姿は正真正銘の『化け猫』だ。
「さて――化け猫のお出ましでさァ」
 右目に棚引く地獄の炎が吹き荒れて、複数本の尾を持つ巨大な猫の幻影が、モザイクの紛い物に過ぎない夢喰い猫を、爪で斬り裂き、牙で喰らって噛み千切り、蹂躙し尽くし回して――モザイクが崩れるように死した夢喰い猫の亡骸は、炎の花が舞うかの如く消え散った。

「三毛の姉御もモノクロ親分も、フィおねーさんもマチャヒコおにーさんも、みんなお疲れさまっすよ!」
 ドリームイーターを無事に撃破して、五六七が喜び燥いで跳ね回る。
 今の自分がこうして在るのも、自身を拾ってくれた一家の仲間がいればこそ。
 そんな彼女を、羽猫のマネギが神社の階に泰然と鎮座しながら見守っていた。
「ゴロちゃんもお疲れ様だね。でも本当に、良かった……」
 フィオも日頃から何かと世話になっている恩を返せたと、ほっと安堵の息を吐き、茫洋と夜空に浮かんだ月を仰ぎ見ながら佇んでいた。
 廃れた神社の汚れや蜘蛛の巣を、清士朗が取り除き、一通りの清掃を終えると柏手を二回打ち鳴らして、神社に向かって参拝をする。
 どんなに寂れた神社でも、神様までも離れてしまったわけではない。この地に眠る神へのお祈りを、済ませた彼らは折角だからと暫し花見を楽しむのであった。
「桜もきれいなんだけど、やっぱりだんごが欲しいよね」
「団子もいいですね。お弁当はどうしましょ?」
「食べ物の話を聞いたらお腹が空いてきちゃったね。それじゃ帰りに何か食べていこっか」
 カッツェや正彦が桜を眺めながらそんな会話を交わしていると、ルーチェが笑顔で答えて同意して。頭の中はすっかり食べ物のことで一杯になっていた。
 月の光に照らされて、夜闇に薄紅色の花が浮かぶ光景は、幻想的な美しさがそこにあり。
 まるでこの世のものとは思えぬような、不思議な世界に心が奪われそうになってしまう。
「この風景は生きてこそ、だな。死んでしまったら、終わり」
 それこそあの世に行ってしまったら、この景色を見られることは二度とない。
 風に吹かれて舞い散る桜の花弁に、弥奈が想いを巡らせる。
「……だから、どんなに情けなくとも、生きてやるさ」
 夜空に舞った花の行方を見届けながら、ドラゴニアンの乙女は強く決意を抱くのだった。
 ――黒い着物を靡かせながら、桜の下で佇む女侠が一人。
 夫が命を落として以来、彼女はずっと黒い衣服だけしか身に纏ってこなかった。
 しかしそうした悲しみも、亡き夫と瓜二つに育った息子の存在が、救いとなって心の傷を癒してくれた。
 『あの日』から、もう17年もの歳月が経ったと思うと、感慨深い気持ちが心の中に沸き立って。あの化け猫は、そのことを伝えに来たのだろうかなどとふと考えてしまう。
 彼女の息子である物九郎は、そんな母の姿を見ながら過去の事件が脳裏を過ぎる。
 蠍の女帝を相手に一歩も引かず、捨て身の殿行為に出た挙句、重傷を負って帰ってきた日――その時は、死んだ親父の後を追って死にたがったのかと疑いすらもした。
 だが後の暗黒竜との戦いで、敵の右目を撃ち抜き戻ってきた辺りから、確信したのだ。
 母親は、親父の分まで一緒に戦っているのだと――。
 そう判ったら、彼女の息子であることが、何だかとても誇らしく思えるのであった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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