黄色い花のやくそく

作者:皆川皐月

 春も近く、花の香りが鼻をくすぐる頃。
 長閑な鳥の囀りに額の汗を拭った老人 井川・春蔵が腰を叩く。
「ひぃ、ひぃ、やっぱり湿布一枚じゃだめかぁ……まぁ今年も咲いたからそれでいいか」
 大きな独り言。
 の、ように見えてどうにも相手がいるらしい。な!と春蔵が振り返った先には――影も形も、無かったけれど。
「おぉーい」
 首に掛けた手拭いで額を拭いながら、春蔵が庭から家の中へと声を掛ける。
 すると遠くかすかに、ちりんちりんと小さな鈴の音がするばかり。
 しかし今や遠くなった春蔵の耳には届かなかったのか、眉間に皺を寄せて首を傾げた春蔵は“よっこらせ”と一人零しながら縁側に膝で上がるや再び奥へ向って声を張る。
「おぉーい、たまぁ。咲いたぞぉー」
「なぁお」
 聞こえた声は春蔵の足元から。鈴の主はぽよんと肉揺らす白三毛猫だった。
 なぁんだそこに居たのか、と笑った春蔵のが縁側に座って隣を叩けば乗ったのは春蔵の膝の上。
「お前、また重く……あいててて、噛むんじゃない。わし美味しくないって言っただろ」
「んんー」
 ぷいとそっぽを向いた猫に春蔵が大笑いすれば、また白三毛たまは皺深い手を一齧り。
 甘噛みだから後が残らないことなんて、互いが知っていれば十分。
「ほれほれたま、お前と婆さんが可愛がってたちゅうりっぷ、また咲いたぞ」
「んー。んなーん」
 あの黄色くてデカいの、お前に似てるよなあ。茶でも入れるか、なんて脈絡のない会話に相槌を打つのもたまの仕事。お婆さんに任された、たまの仕事。
 今日も何でもない春の日の筈だった。
 たまの見たことないキラキラがチューリップに掛かって、立ち上がった春蔵を絡め喰らうなんて、そんな―――。
「たまぁ、おまえ……とおく、に、いきなさい」

 伸びた異形の葉を命辛々逃れたたまは走る。
 千切れたチューリップを一輪咥えて、走る。

●ねがいごと
「緊急のお知らせにも拘わらず、お集まりくださりありがとうございます」
 漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)と共に深々と頭を下げた幸・公明(廃鐵・e20260)と、口の中に大きな三毛猫を抱えた公明のミミック ハコさんがいた。
 怪我の治療痕がある白三毛猫をそっと撫でながら、潤が口を開く。
「東京都郊外、住宅に区分けされた一角にて攻性植物が確認されました。風に乗った胞子を受け入れたチューリップが一人の老人を宿主としています」
 示された猫が咥えていた一輪のチューリップを落とした。
 潤に撫でられていた猫は今やハコさんのエクストプラズムに撫でられ、落としたチューリップもハコさんのエクストプラズムによって回収されている。
 一方、ハコさんの主である公明は慣れた手つきで一人一人へ資料を配り終え、丁度着席。
「そういえば……あの、幸さん、こちらの猫さんは……」
「あ、はい。動物関連の訪問営業で回っていた際、攻性植物を発見した近くで偶然」
 攻性植物の宿主と猫との関連性は不明。
 だが察する限り、飼い主と飼われていた猫であることは想像に難くない。
 猫がのっそりとハコさんの口から這い出て机上の、しかも公明の資料の上で丸くなる。当の公明は困った顔はしたものの、そのまま説明に耳を傾けようとしたため潤が予備の資料を手渡し説明再開された。
 攻性植物は花粉の散布による麻痺、葉の切りつけ、槌のように花部分を振るう3つのグラビティを扱う、と潤は口にした後。
「件の攻性植物は一体のみ。配下はおりません……が、問題は取り込んだ老人です」
 既に幾件もの救出成功例はあるものの、通常の撃破では取り込まれた人間は攻性植物ごと息絶える。取り込まれたことで生命が連動しているとでもいうのか、ただ倒すだけでは老人の命は救えない。
「……ヒールしながら攻性植物を倒す、ですよね」
「はい、仰る通りです。ヒールをしながらヒール不能ダメージの蓄積が鍵になります」
 避けられない長丁場。
 見極めとある程度の試算を必要とする繊細な戦いを前に、慣れない手つきで白三毛猫を撫でた公明が、眦緩めて微笑んだ。
「――大丈夫、貴方の御主人は必ず連れ帰ります。ので、漣白さん」
「はい。大変な戦いになると思いますが、幸さん、皆さん、どうぞ宜しくお願いします」
 なぁんと一声、猫が鳴いた。


参加者
真柴・勲(空蝉・e00162)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
輝島・華(夢見花・e11960)
幸・公明(廃鐵・e20260)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●ねこ
 “たすけて”とただただ必死に泣いて。全速力で走った。
 そうしたら、抱え上げてくれた腕ははるぞーより硬かったけど。でも、撫でてくれた手が優しかったと、たまは近所の猫に語るだろう。

●花の前
 降下の折、安全の都合を考えて「迎えに行くまで、待っててね」と皆で確認して置いてきたはずだった。
 しかし。
 もっちりとした体のたまは、非常に軽快な足取りでハッチから飛んだ。
 むにむにの毛皮と肉を空気に踊らせながら、重力に抗わず。ケルベロス同様に降りるというよりも、本当にただの猫なのでほぼ落ちていくに等しいたま。
「えっ」
「た、たま?」
 呼ばれて小さくなぁんと鳴こうとしたものの、空気圧で開かれなかった小さな口と滑るように落ちていく大きな体。ぎょっとした沈黙も一瞬。わあわあと大騒ぎの末、幸運にも奏真・一十(無風徒行・e03433)が受け止め見事に着地した。
 一十が着地してすぐに腕から逃れたたまは、素早く縁側の赤い座布団の上で香箱座り。
 本当は恐怖に震える体で、いつもの場所へ。
「はっはっは!いや驚いた!と、言いたいところだが……何、猫よ案ずるな」
 本来怒るべきところを大らかに笑った一十が自然な動作で蠢く黄花の異形とたまの間に立てば、一十の肩から降りたボクスドラゴン サキミが叱り飛ばす様にたまを一睨み。
「サキミ、」
「……ぎゃぅ」
 一十が柔らかく声をかければ、きろりと宝石のような瞳を瞬かせたサキミはぷいっとそっぽを向いた。
「はは……たく、無理すんなよ。お前はそこで見てりゃいい。隣に爺さんが帰ってくるの、待ってろよ」
 たまの様子と、一十とサキミのやりとりは春陽に似ていて。
 眼前の老人を食む異形さえ居なければ、さぞ微笑ましかったことだろうと思いながら、喉を鳴らして低く笑った真柴・勲(空蝉・e00162)は、擦れ違い様にたまを撫でた。そして足取り軽く、腕に巻いたケルベロスチェインを奔らせる。
 すれば、薄く輝く守護方陣描いたチェーンに続いたのは新条・あかり(点灯夫・e04291)。
「……たまぁさんとおじいさんの願いの邪魔は、させないから」
 通る少女の声に簡潔ながらも柔らかさと優しさが。“大丈夫だよ”と細めた蜂蜜色の瞳と下がっていたあかりの尖り耳が水平に張る。
 春携えた風に踊った白衣の裾は花のよう。
 あかりは脳裏で描く長期戦を思いながら、万事過不足なく行えるように。少しでも早く、背に庇うたまの隣へ元気な春蔵を返せるように。
「今日が、最期じゃないんだ」
「あかりさんの仰る通りですわ。今日は、暖かく綺麗なチューリップの咲く日です」
 あかりのライトニングロッド タケミカヅチがチューリップへ雷光迸らせ、うねる茎を捉えると同時、とんと輝島・華(夢見花・e11960)に座面を叩かれたライドキャリバーのブルームがエンジンを唸らせ走り出した。
 迸る星のような光と共に蠢くチューリップの足根を引き潰せば、華のライトニングロッド 叩いて治す杖から奔った微弱な雷が、三重に重なる身体異常感知雷壁を前衛の前に構築する。
 淡々と整いゆく現場に、中折れ帽を目深に被りなおした一十が呟いた。
「まったく、この事例も尽きんものだ――」
 軽く振られた一十の腕から飛び出した白百合の茎がチューリップの葉を締め上げれば、小さな翼で羽ばたいたサキミが並び立つ火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)へ七色に瞬く泡を吹き付け、自身の属性をインストールさせる。
「サキミちゃん、ありがと!猫ちゃんのためにも、気合いいれよー!」
 元気のいいひなみくの声に呼応するように輝いたマインドリング Quiesが空野・紀美(ソラノキミ・e35685)の前へ蛍光ピンクの光盾を形成するのと同時にミミックのタカラバコちゃんも地面蹴り出した勢いのままに牙を突き立てた。
 黄色いチューリップが痛みにもがく。取り込まれた春蔵が僅かに眉間に皺を寄せ、目を見開いたままのたまが小さく不安げに鳴く。
 声帯が無いからこそ悲鳴の一つも上がることは無い、が。
 隣に立つ幸・公明(廃鐵・e20260)の指先に力が入っていることに、フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)はすぐに気づいた。何せ公明の握るライフルがキシギシと悲鳴を上げているからだ。
「……こうめい、あわせて」
「――っ、はい」
 公明を流し見たフィーラがゲシュタルトグレイブの穂先で描く、魔法陣。
 慣れた手つきで描かれたそれは、フィーラだけが扱える茨の方陣。鍵開けるように突き刺し、フィーラが甘い声で“おやすみ”と囁く。チューリップの足元が輝いたのは一瞬のこと――溢れるように出でた茨が、黄色い頭部を振り回すチューリップへ枷のように絡みつき締め上げた。
 その横を、鮮やかな緑の光線が一条。
 狙い済ませた公明の一発が確実にチューリップのグラビティを中和すれば、マシュマロのような体で跳ねたハコさんも、タカラバコちゃんと同じように蠢く根に宝石のような歯を突き立てて。
 みゃあと鳴いたたまが気がかりだけれど、ぱちりと頬を叩いて紀美は自身に気合いを入れた。眼前で輝く盾をくれたひなみくが言っていたのだ、気合いを入れていくよ、と。
 ヘリオン搭乗前から話し合い、決めた方針はただ一つ。
「ぜったいぜーったい、助けちゃうんだから!」
 ぶん、と春風切った紀美の竜槌が、鋭利な線形の葉と鍔競り合う。

●爛漫と、
「さぁ、今日は門出だ。思う存分いくがいい」
 一十が手中のガネーシャパズルを起動と同時に像と人の合いの子のような影が浮かんだのは一瞬のこと。人の目には追い切れぬ速度で組み変わるや、内に飼っていた雷竜の如き稲妻が鋭くチューリップを貫いた。
 肌が泡立つ程の電気の中、合わせるように駆けたフィーラが素早いステップで至近距離へ踏み込み、大柄な勲が振り回された葉刃を転がるように伏せ抜けて。
「まだ、いける。逃さない、から」
「だな。――いいから黙って、擲らせろ」
 細い手首が慣れた手つきで稲妻の如き槍を繰り出した瞬間、肌痺れさせる空気がより強く勲の手中で爆ぜる。蛇の如くうねり狂う雷霆は細く長く、一瞬周囲の空気も音も喰らった青き雷が奔ったことしか、攻性植物には分からなかったことだろう。
 間の中に残ったのは、雷の残響。
 燃えるような瞳で右拳振り抜いた勲。根を張り前進しかしなかったはずのチューリップが無理やり後退させられた痕跡。
 しかし、攻性植物の切り返しもまた苛烈であった。痛みに呻くように頭を振った黄色い花槌が逃げるように勲を避ける。狙ったのは、半歩構えの遅れていた紀美。纏わりつく痺れも何も振り切って、黄色い鉄塊の如き花が横から紀美を殴り飛ばす。
「空野っ!」
「紀美ちゃん!」
「だいっじょーぶ!へーき!」
 即座に勲とひなみくが声を掛ければ、凄まじい勢いで吹き飛ばされ生垣に受け止められた紀美が勢い良く手を挙げた。ホっと息つく音がいくつか。
 ひなみくの光盾が多少の衝撃を和らげたものの、受け止めた際に砕かれ勢いを殺しきるには至らなかった。切れた自身の頬を拭えば、紀美の手につく赤。ちりりと走る痛みと腹の鈍痛、歯を食いしばった時に口内を切ったのか血の味がする。吐き捨てたい衝動も何もかも飲み込み、踏み込む時は全力で。
 これ以上庭を傷つけさせたりなどしないと、紀美は決めていた。
「ぜんっぜん、痛くないから!」
「うん、その意気なんだよ! タカラバコちゃんも、ごー!」
 抜き打ち様に引いた空奔る道はチューリップレッド。紀美の前に再び盾が浮かぶと同時、紀美の筆が黄色いチューリップを赤く染め変える。
『ぅっ――……、ぐ、あ』
 タカラバコちゃんが肉厚の葉に噛みついた瞬間、上がった老人の呻き声。
 春蔵だ。
 皺深い日焼けした顔を青くさせ、きつく瞳を閉じたまま。はくりと乾いた唇が悲鳴を上げる。
「華さん!」
「心得ております、あかりさん。さ、その傷は塞いでしまいましょう」
 鋭いあかりの声がタケミカヅチの先端に集めた薬液で前衛陣の頭上に春雨を降らせ、ばっくりと裂け赤零す攻性植物の傷口は華の細い指が魔術糸と針で縫い塞ぐ。
 主 華が傷の具合を鑑みながらブルームへ合図を送れば、ブルームは内蔵した砲身を回転させ足根を狙って鉛玉を撃ち込んでいく。
 噛み合った歯車は崩れない。何度でも、正確に回り続ける。

 膠着した空気がじわりとケルベロス側へ傾き始めたのは、いつからか。
「踏ん張れよ、爺さん。あんたの猫はいつもの場所で待ってるぜ」
「そうとも。――春蔵さん、僕らの声が聞こえるか。約束事は、覚えておいでだろう?」
 至近距離。
 力任せに大上段から振り下ろされた花槌を勲が受け止めながら、春蔵に言葉を掛ける。
 同様に先程まで横合いから回転刃の如く叩き込まれる葉刃を受け止めていた一十が、痛みに喘ぐ春蔵へ言葉を重ねて。
「二人とも、無理はしないで」
 冷静に前衛の傷を治療するあかりが幾度目かの薬液の雨を降らせる。
 春雨に似た暖かさのそれへ、勲も一十もひらりと手を振っただけ。集中途切れさせない様子にあかりは詰めていた息を吐き出し、深呼吸。様子を窺う限り――もうあの花の寿命は近く、老人の彼岸は遠い。背から痛いほどの視線を送るたまに、家で自身を待つ子猫の姿を感じてしまう度、心臓が嫌に脈打つ。
 真ん丸の硝子玉のような瞳で、朝別れたドアへ鳴くのだろうか。
 じっと、“いつもの場所”で丸くなり自分を待ち続けるのだろうか。
 背の冷えるような想像を頭を振って打ち消して、じっとあかりは前を見る。たまもきっと、自身と同じように春蔵の生還を願い待っている。
 あかりは、否皆は思う。一人と一匹の終わりは、もっともっともっと先で良い。
 もっともっと先の、あと三度は――いや、最良はたまの世界が終わるまで“ふたりで”春を越えるべきだと。
 もう一度、深呼吸をしようとした時だった。
「新条! 輝島!」
「――っ、ぅ」
 視界眩ますほどの黄色い粉塵は爆ぜる。
 花粉だ。咄嗟に袖口で口元を覆えば、並び立つ華も手で口元を覆うとしていた。だが、攻性植物の放った超微粒子の花粉は瞬く間に行き渡り、身を蝕む。
 呼吸するたび焼け付くように喉が痛み、杖を握る指先がびりびりと痺れる。ぐっと歯を食いしばった、その時。
「大丈夫なんだよ。わたしに任せて!」
 この場で幾度も聞いた明るい声。
 ひなみくの二対の真白い翼が、七色秘めた羽ばたきで痺れごと花粉を吹き飛ばす。
 チューリップが押し戻したかに見えかけた形勢が再び覆される。鎌首擡げたチューリップが、再び花を振るわせ花粉をまき散らさんと構えた瞬間。
 鮮やかな春花色の瞳細めたフィーラの細い指が、スイッチを押した。
「そういうおわり方、フィーラはいやだから……」
 花が爆ぜ、もんどうりをうつ。
 ぐらりぐらりと傾いて、揺れて。
 戦いの直後は公明にとって扱い慣れなかった日本刀も、もう柄を握るのに違和感無い程度の時が経っていた。終わりが近い。
 擦り減った革靴の底で土を食み、情けない程度に降った花粉をトレンチコートで跳ね除け回り込んだ横合い。ずい、とわざとらしく春蔵が突き付けられた。
 まるで斬れるものならば斬れとでも言うような攻性植物の動作に、公明は息を吐く。
「侮ることを、覚えたと?」
 睨み上げた碧緑の瞳が、僅かな怒りをもって鯉口を切る。
 強く踏み込めばハコさんのエクストプラズムの足場が公明の一歩を押し上げ、睥睨する花を肉薄――。
「あなたの春は今日限り。彼とあの猫の春は、これからです」
 春真昼の三日月が、鮮やかな剣閃で花首を斬り落とす。

●翁と猫
「にゃぁんなぁうなうななううなうなななん、」
「わかったわかった、お前今日ずいぶんとうるさ……あいててて、こら噛むなって」
 腐り落ちるように溶け消えた攻性植物は何の痕跡も残さず土に染み込んでいった。
 攻性植物から解き放たれた老人 春蔵は解放された当初こそ気絶していたものの、誰より早く駆け寄ったたまが喉を鳴らしながら擦り寄って暫し。
 がぶり、と音が聞こえそうなほど勢いよく鼻を噛まれて飛び起きた。
 ゆるんだ空気にどっと笑いが起きたのは言うまでもない。
 飛び飛びに飛んでいた記憶とたまの噛みつきに目を白黒させた春蔵であったが、周囲で笑う見知らぬ若者や少女、綺麗な小竜や動く木箱とマシュマロにぽかんとしたものの、縁側に腰を下ろし“ケルベロスです”と公明達が身分を明かせば不思議そうな顔をしたまま納得した。

 若い人がいっぱいだなぁ婆さん、と春蔵が手を合わせた仏壇にはフィーラと華が編んだ花冠と、紀美とあかりとひなみくが束ねた春の花束が揺れている。
 ことが終わり落ち着いた居間では、堂々と春蔵の座布団でひっくり返っていたたまは照れ隠しか最初はハコさんをぽこぽこ叩いて遊んでいた。
 と、思えばいつの間にかサキミの尻尾へ絡みに行ってきつい眼差しをもらった後、自身に怯えていると即座に察知したタカラバコちゃんを追いかけ回して、ひなみくを中心に追いかけっこに興じている。
「わ、わああ!タカラバコちゃんっ危ないんだよ!」
「おおいたまぁ……おまえなぁ、そうなんだから友達の一匹もできないんあいてて」
「たまはやんちゃだなあ」
 猫怖い、とぴょこぴょこひなみくの膝で主張するタカラバコちゃんに春蔵の足首を狙い蹴りを繰り出すたま。そんなたまを撫でた一十の左手には眦吊り上げたサキミが食いついていて。
 庭先では、倉庫から持ってきた球根の箱をブルームの背に乗せて、華やあかりフィーラや紀美を中心に崩れてしまったチューリップの一角の植え直しを行っていた。
「おじーさーん!ピンクの球根はこっちですのー?」
「ピンクの横はオレンジて婆さん決めてたからそうしてくれー!」
 はーい!と返ってきた色取り取りの返事。
 腰痛を患う春蔵のため、吹き飛んだ庭石や拉げた生垣の括り直しなど、力仕事は勲と公明がかって出た。
 器用に生垣を竹の支柱へ結びなおす公明のもとへ冷茶を運んだ春蔵の話は長い。勲も交じって聞き上手と話し上手とお喋り老人、となれば自然の摂理とも言うものか。
 庭石が整い、順番に土も被せ終わった球根の前でフィーラが目を細めた。
「また、咲きますように」
「かわいいチューリップ咲くの、楽しみなの!」
 ぶかぶかの軍手を嵌めた手で土を撫でれば、隣にしゃがんだ紀美が微笑んで。
 首に掛けた手拭いで汗拭った勲がどかりと縁側に腰を下ろして一息。冷茶を呷って見上げた空は、先の戦いが感じられないほど鮮やかに、青く澄んでいた。
「なあ爺さん、もし迷惑でなきゃ――」
 勲の提案に庭からも居間からも手が上がり、春蔵の笑い皺に涙が滑る。
 伸びた猫のような雲が、ゆるりふわりと流れていく。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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