騎士の咆哮

作者:黄昏やちよ


 静かな、夜だった。
 ふと、何か聞こえたような気がしてルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820) は耳をそばだてる。
(「この方向、かしら……?」)
 まるで、いざなわれるようにルベウスはその場所に一歩また一歩と歩みを進める。
 はっと、息を呑む。
「オオオオオオオオオオ!!」
 鼻先をかすめていく大きな斧。あと一歩進んでいれば、この斧の餌食になっていただろう。
「あなたは……っ」
「ウオオオオオオオ!」
 ルベウスの問いかけに答えているのか否か、巨躯の騎士が咆哮する。
 空気が震えた。
 巨躯を覆う灰色の体毛と白い全身鎧を月の光に照らされながら、その騎士は再び斧をルベウスに振り下ろそうとする。
 静かな夜に、その戦いの火蓋は切られたのだった。


「皆さん、集まって頂きありがとうございます」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が集まったケルベロスたちを確認すると少し焦ったような表情で説明を始めた。
「ルベウスさんが、エインヘリアル『白銅のシネレウス』の襲撃を受けることが予知されました」
 急いでルベウスに連絡を取ろうとしたが、音信不通で現在どのような状態であるかが不明だということを付け加えた。
「一刻の猶予もありません。ルベウスさんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください」
 そう言った後、セリカははっとした表情になり、ケルベロスたちに情報を共有する。
「敵は、エインヘリアル『白銅のシネレウス』の1体です。ルーンアックスを用いた攻撃を主としているようです」
 急いで用意した資料を確認しながら、ケルベロスたちに説明を行っていくセリカ。
「敵の目的は一切わからないのですが、ルベウスさんを殺しに来ていることだけは確実です」
 セリカは神妙な面持ちで続ける。
「ルベウスさんを救い、エインヘリアル『白銅のシネレウス』を撃破して頂きたいのです」
 ケルベロスたちは、セリカと共に急ぎヘリポートへと向かうこととなる。


参加者
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エリザベス・ナイツ(フリーナイト・e45135)
エイジ・アルトラングレー(出会いを求める鉄壁戦士・e77269)

■リプレイ

●月光に照らされる赤い宝石
 いつもと変わらぬ、静かな夜のはずだった。
 鼻先を掠めた大きな斧。あと一歩進んでいたら、あの斧の餌食となっていただろうとルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)は感じていた。
 素早く後ろにさがり物陰に隠れながら、ルベウスは胸元の月光に照らされ赤く輝く宝石に手をあてていた。
(「そう……次の刺客というわけ、ね。好かれたものだわ……」)
 物陰からそっとその刺客の姿を捉える。
 巨躯を覆う灰色の体毛と白い全身鎧。シルエットだけでは、大きな熊にも見えるその白銅のコアラ戦士は『白銅のシネレウス』というらしい。
 白銅のシネレウスは、獲物を捕らえることなく地面に突き刺さった斧を引き抜いた。
「オオオオオ……!!」
 ルベウスを捕らえられなかった悔しさか、白銅のシネレウスは空気を揺らすように咆哮した。
 ビリビリと空気が震えるのがわかる。ルベウスは深く息をつく。
(「自分の周りを兵隊で囲むのは、あの子らしいやり方だわ」)
 白銅のシネレウスを駒とし、こちらに仕向けてきた相手であろう銀鐘君のことを思いながら、心の中で独り言ちた。
 ウェーブのかかった柔らかな真っ赤な髪の毛が、夜風に吹かれゆらゆらと揺れていた。

●戦場を震わせる咆哮
 白銅のシネレウスと対峙する覚悟を決め、ルベウスが物陰から姿を現わそうとした時。
「ウオウオウオウオうるさいんだよ! シネ!」
 エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)が咆哮する。
 魔力が籠められた咆哮が空気を揺さぶる。
「!?」
 エステルの咆哮に反応したのか否か、白銅のシネレウスは天を仰ぐ。まるで遠吠えをするようなその姿。
「自由騎士エリザべス参上よ! ルべちゃん、助けに来たわ」
 『時刻みの杖』を構えたエリザベス・ナイツ(フリーナイト・e45135)は、竜砲弾を放つ。まるで魔法のように放たれたそれは、白銅のシネレウスに見事に命中する。
 そこに畳みかけるように、コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)も飛び出し、『終焉砕き』による超高速の斬撃を白銅のシネレウスに叩きこむ。
(「まるで伝説の狂戦士だな。果たして言葉は通じるのか……否、言葉は不要か」)
「ガッ……オオオオオアアアアアア!」
 悲鳴か、はたまた咆哮か。白銅のシネレウスは声をあげる。
 よろよろとよろめき、一度倒れそうになった……が、戦士のプライドだろうか、自身の武器である斧を上手く利用して体勢を立て直してみせた。
 集まった仲間のケルベロスたちは、白銅のシネレウスからルベウスを護るように彼女の前へと立った。
「みんな、ありがとう」
 ピリピリと張り詰めた空気の中、自身を救うためにつどった仲間たちをその赤色の瞳に映して、ルベウスは感謝の言葉を口にする。
 その言葉を聞き、集まったケルベロスたちは微笑んだ。大事な仲間を救うことは、当然だとでもいうような表情で。

 フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)が助走をつけながら、その足に流星の煌めきと重力を宿し、勢いのまま白銅のシネレウスに飛び蹴りを喰らわせる。
「デウスエクスとはいえ所詮はケダモノ、頭に血が上っては同レベルです」
「オ、オオ……!」
 その言葉に、反応するようにして白銅のシネレウスが動き出す。その手に持った大きな斧を振り回し、近くにいる者を叩き割るようにして振り下ろした。
 ザン!
 巨大な斧が、空気を切る音。
「……ッ! 夜の最中に乙女を狙うとは、感心できねえコアラだな」
 直撃は免れたものの、その巨大な斧はエイジ・アルトラングレー(出会いを求める鉄壁戦士・e77269)の肩口を易々と斬り裂いてみせた。
「ルー……またその石狙われてるんだね……前回に引き続き……助けに来たよ……」
 フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)が静かに呟く。そして、傷ついたエイジを見ると素早く、『プラズマブレイド』から浮遊する光の盾を具現化させる。
 そのシールドはエイジを守るように展開され、彼の傷を癒していった。
「フローラは故郷が……オーストラリアの田舎だったから……小さい時にコアラを見た事はあった……」
 ちらりと、フローライトは白銅のシネレウスを見やる。
「コアラを見るのはそれ以来になるけれど……凶暴性が……凄い事になってるね……」
 昔見た木の上でゆっくりと動き、ユーカリの葉をもしゃもしゃと食らうコアラの姿を想像しながらフローライトは呟いた。
「ウオオオオ!」
 少なくとも、オーストラリアにいたコアラはこんな風に咆哮していなかったと考えながら。

●赤い宝石と少女
「サルベージされた死兵は人形と同じだわ。そんなものに、私の友達を傷つけさせはしない」
 味方を守護する魔法陣を描きながら、ルベウスは白銅のシネレウスを視界に入れて呟く。
「……! オオオオオ!」
 白銅のシネレウスとルベウスはばちりと、目があった。
 体毛を逆立てながら、白銅のシネレウスは咆哮する。
 そしてその体毛に覆われた大きな手を伸ばす。どうやら、ルベウスの胸にある赤い宝石に手を伸ばしているように見えた。
「やっぱり、あなたの狙いは……『これ』なのね」
 確信したように、ルベウスは呟く。その言葉に、白銅のシネレウスは反応することはなかったが。
「ルベウス、大丈夫……? そこのコアラさーん、さっそくだけど斬らせてぇ! あはははは!!!」
 狂ったように笑う屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)。桜花の笑い声が静かな戦場に響き渡る。
「ふふふふふふふふふふ……あはははははははははは!」
 白銅のシネレウスの懐に飛び込み、魅力的な笑顔を浮かべて桜花は何度も何度もその戦士を切り刻んでいく。
「ッ……」
 鎧に守られていない部位から、血が流れだす。血しぶきが、まるで桜のようだと、桜花はうっとりとした表情になる。
「ユーカリ畑に送ってやるか!」
 エイジはそう言うと、白銅のシネレウスに飛びつくようにして組み付いてゆく。
 獣のような臭い。その大きな体は戦士を名乗るだけあるのかしっかりと鍛えられているのか、筋肉質だった。
 柔らかな体毛に包まれる感触。まるで大きなテディベアを抱きしめるような感覚がエイジを襲う。テンションが上がり過ぎないようにとエイジは頭を振って、がっちりと白銅のシネレウスに組み付くのだった。

「やああああ!」
 金色の髪を月明りに照らされながら、小さな体のエリザベスが走る。
 白銅のシネレウスの持つ巨大な斧を狙い、『鋼鉄の覇王ノヴァ』を振りかざす。
 キィィィィン!
 金属のぶつかり合う音。まるで鍔迫り合いのような状態になりながら、巨大な戦士と小さな体の騎士がぶつかり合っている。
 勝ったのは……エリザベスだった。白銅のシネレウスが持つ巨大な斧に、ひびが入る。
「ウオオオオ!」
 咆哮。どこかその咆哮は、悲しげに聞こえた。それは、己と共に戦ってきた武器への愛情なのか、それとも。
「オオオオオオオオ!」
 戦場の空気が震撼するのを感じる。
「フェルミー、行きますよ!」
「わかりました!」
 信頼している相棒の名を呼ぶ。呼吸するように、動きを合わせてエステルとフェルディスが動き出す。
「見える? この……赤が」
「これは私からのプレゼントです。愛を沢山振り撒いてあげましょう!」
 エステルが離れた場所からジャンプで飛び掛かった。白銅のシネレウスの上半身を掴むと、鉄棒の逆上がりの要領で勢いよく引き込む。
 さらに、腰部を跳ね上げるように蹴り上げると、前のめりになる白銅のシネレウスを巻き込みながら頭越しに後方に向かって投げてみせた。
「……!」
 放り投げられ、宙に浮く白銅のシネレウス。あまりにも一瞬のことで、自身が今どうなっているのか、わかっていないようにも見えた。
 宙に投げられた白銅のシネレウスをしっかりと双眸でとらえるフェルディス。
 『祝福のこもった弾丸』をフェルディスは、白銅のシネレウスに向けて放つ。埋め込まれた弾丸は身体の内側から炸裂し、『祝福』が白銅のシネレウスを包み込む。
 しかし、白銅のシネレウスを包み込んだのは『祝福』ではなかったようだ。
 苦しげに顔を歪ませる白銅のシネレウス。
「せめて武人として死力には死力を以て応えん」
 命果てるまで戦い、赤銅のギーラハと同じく見事に散り逝けとコロッサスは続ける。
「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――」
 コロッサスの詠唱に応えるようにして、闇を纏う炎の神剣が姿を現した。紅き神火と払暁の輝きを宿せし刀身、其が抜き放たれるさまは正に夜明けが如く。
「相対すれば戦の掟に従いてただ討つのみ」
 白銅のシネレウスの鎧ごと、斬り裂いてみせる。
 ケルベロスたちの集中攻撃により、白銅のシネレウスの殆どの鎧は砕け散り、その意味をなくしてしまっていた。

●白銅のシネレウス
 殆ど生身となってしまった白銅のシネレウスが天を仰ぐ。
「オオオオオ!!」
 ビリビリと、今まで以上に空気が震えるのをケルベロスたちは感じる。
 白銅のシネレウスが最後の力を振り絞ろうとしている。そんな予感がしていた。
 そして、彼は走り出す。『彼女』に向かって。一撃振るえば、砕けてしまうであろう巨大な斧と共に。
「……!」
 ルベウスは、白銅のシネレウスが最期の力を振り絞りこちらに突進してきているのを双眸でとらえた。
 だが、前衛に立つ仲間たちがそれを許すわけもなく。
「ルー」
 ルベウスの名を呼び、フローライトがルベウスの前に飛び出す。
 フローライトの小さな体が、巨大な戦士の最期の一撃をルベウスの代わりに受けた。
「か、はっ……!」
 ルベウスが息を呑む。
「ルー……今、だよ……」
 フローライトの言葉に、ルベウスは何も言わず頷いた。
 最期の力を振り絞った白銅のシネレウスはよろよろとよろめいていた。
「ねえあなた。次もあの子に拾われることがあったら、伝えて頂戴」
「……」
 白銅のシネレウスは、その双眸をルベウスに向けている。
「これの中に貴女の求める答えは無いわ。それでも欲しいなら、自分の手で取りに来なさいとね」
「……」
 白銅の戦士は瞳を閉じる。まるで、ルベウスの言葉を理解しているかのように。
「轍のように芽出生せ……彼者誰の黄金、誰彼の紅……長じて年輪を嵩塗るもの……転じて光陰を蝕むるもの……櫟の許に刺し貫け」
 魔力を込めた宝石を触媒に、黄金色をした巨大な槍のような魔法生物を作り出す。
 光と金属の中間のような存在は、白銅のシネレウスを貫いた。
 少しして、彼の体を支える力が全てなくなったのか、どうっと音をたてて白銅のシネレウスは地に斃れた。

●再び相見えることがあるならば
 戦闘によって傷ついた仲間、荒れてしまった場所をヒールしていくケルベロス。
 エイジは、白銅のシネレウスに組み付いた時の感覚が忘れられずにいた。
「何かに目覚めそうだぜ……」
 誰に言うわけでもない言葉を、ぽつりと呟いた。その言葉は、夜の闇に溶けていくのだった。
「その石……向こうとしても……何とか取り返したいモノなんだね……」
 フローライトがルベウスに寄り添って呟いた。
「ええ……どうやらそうみたい」
「ルー……これからも……気をつけてね……」
 フローライトはルベウスの肩をそっと叩いて、そう言った。
 きっとまた、同じようにその赤い宝石を狙った者たちがやってくるのだろうと思いながら。
「皆、私を……助けに来てくれて、ありがとう」
 ルベウスはぎこちなく笑った。彼女らしいなと、ケルベロスたちも笑うのだった。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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