黒き抱擁

作者:秋月諒

●黎明
 連ね鳥居に風が吹く。吹き抜ける風は、春告の鳥のように歌う。あと少しすれば、指先を濡らす雨が止むことだろう。狐の嫁入り。晴れ渡った朝の空から落ちる雨はきら、きらと輝いていた。
「そろそろ、か」
 八千代の名を持つ桜が、花をつけるのに後少し。春がくれば季節が巡る。僅かな感慨はーー剣舞を担うのもこれで終わりとなるからか。数えの年月を思えば不思議も無く、だが、時が巡るものだな、と藤守・つかさ(闇夜・e00546)は思う。
 重ねた年月。過ごした日々。
 瞼の裏に刻まれた景色のどれもが美しいとは言えずとも、美しいものもそうでないものもつかさは知っている。ほう、と落ちた息は白く染まらず、近しい春に、木々の芽吹きに口元を綻ばせる。
「問題もなさそうだな」
 連ね鳥居の神社に足を運んだのは、本当にひょんな理由だったのだ。偶然立ち寄った先、刀の奉納をするのだという老人が寒さで腰を痛めた。奉納の時にはまだ足らず、だがそれまでの日々も何もせずに過ごすのではないのだと。饒舌に語る老人を手伝うこととなったのは、刀鍛冶というものに縁があったからか。
 いずれ八千代の桜も咲き、桃の彩る階段を辿った先、神域を染め上げるのだろう。
「だからこそ」
 声を落とす。先までの声とはまるで違う、静かな声。穏やかなのは音色だけに、ぴん、と張り詰めた気配を纏いつかさは告げた。
「これより先は神域だ。立ち入りは無用に願おうか」
 漆黒の瞳が見据えるのはこちらに向かい来る階段であった。桃の花が咲く神域への階段を『それ』は変わらず上がってくる。放つこちらの警戒を気にする様子もなく、ただ蕩けるような笑みを零しながら神域に、足音さえ無く迫ってきていた『もの』はその姿を表した。
「そう。だから、こうして化粧が剥がれてしまったのですね」
「ーー」
 化粧、と告げた者に、女につかさは小さく息を飲む。長身の黒衣の娘。喪服めいたドレスの裾を揺らし、指先まで黒く覆った肌は肩口だけを晒す。
 只人ではあるまい。気配がそれを強くつかさに告げる。
「ドラグナー……」
「ふふ」
 その手は、長ものの入った袋を抱えていた。ひどく大切そうに。つかさの視線がそれへと向かえば女はうっそりと微笑む。
「あぁけれど、お会い出来てよかった」
「ーー何者だ」
 問いかけるというよりは、それはつかさにとっては確認であった。
 見間違える筈が無い姿。
 見忘れることのなど無いもの。
 つかさの言葉に女は笑みを深める。神域の入り口で降る雨が避けるように揺れた。
「私は私」
 艶やかな唇に笑みを乗せ、女はーー黒衣のドラグナーは告げた。
「苦悩する方の元へと馳せ参じるもの。さぁ、どうぞお話くださいませ。共に救済の道へと参りましょう」
 私にはその力があるのです、と女は言った。
「……、戯言を」
 一つ、つかさは息を吐く。この地を戦場にはしたく無かったがーー此処で逃す訳にはいかぬ相手であるのは事実。これは、此処で終わりにすべき存在だ。
「もう一度だけ問う。何者だ」
 鯉口を切る。キン、と高く響かせた音に女はまぁ、と楽しげな声を響かせ笑った。
「私は私。されど名を問われれば貴方にはお教えいたしましょう」
 他ならぬ、あなたさまのために。
 ヴェールの下、覗く瞳が淡く輝きーー告げた。
「エーデルシュヴァルツァ。貴方様を救済するものですわ」
 次の瞬間、風がーー止んだ。

●黒き抱擁
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。急ぎの仕事です」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は口早にそう告げると、集まったケルベロス達を見た。
「藤守様が宿敵と思わしきデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急ぎ連絡を取ろうとしたのですが……、捉まりません」
 最悪の事態を考えるべきだろう、とレイリは告げた。
「事態は一刻を争います。皆様には急ぎ、藤守様と合流し、救援をお願いいたします」
 時刻は早朝。幸い、陽は昇っていて明るさを警戒する必要はない。つかさが現在いる場所はこの神社の一角だ、とレイリは言った。
「連ね鳥居が一部の方に有名な、地元の隠れスポットだそうです。神社は大体春には刀を奉納する場所でもあるそうなんです」
 研ぎ澄まされた刃を奉納するのは魔を祓う為。長く続く鳥居は、神域へと続く急な階段となっている。
「早朝の神社に、他に人の姿はありません」
 散歩にやってくる人もいるだろうが、そこはこちらで避難を通達しておきますので、とレイリは告げた。
「皆様は藤守様の救援をお願いいたします」
 つかさが、デウスエクスと接触したのはこの神域へと続く鳥居の側だ。踊り場のような空間は広く戦うには問題のない広さがある。
「桃の花が咲く階段を駆け上がった先に、踊り場が見えます。周囲に障害物などはありませんが、踊り場エリアから吹き飛ばされでもしたら階段から転がっていく羽目になるので、どうぞお気をつけを」
 そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
 敵は一体。配下は無い。
 喪服めいた黒衣を纏った女だ。その手には、長ものの入った袋を抱え、微笑を浮かべる。
「苦悩する人を唆し、堕とすことを救済と信じているドラグナーです」
 力の信望者である女は、嘗て己にその力をくれた存在に尽くすことを至上とする、と囀る。
「藤守様は、若しかしたら相手のことをご存知かもしれませんが……、現状では何とも言えません」
 黒衣のドラグナーは、つかさを狙うが他に深く負傷した者がいれば唆すように狙ってくるだろう。
「攻撃は幻影の桜を操る他に、抜刀術を用います。斬撃では毒も操るようです」
 その性質から見て、ポジションはジャマーで間違いないだろう。扱う刃は持っている長ものに収められている刀だ。毒を滑らせた刃からは花の甘い香りがするという。
「では、行きましょう。藤守様の元へ。援護と戦いに」
 もしも其処に由縁があるのであれば、存分に振るえるよう。思うがままにあれるように。
 神域の入り口、通さぬように斬撃を受け止めた姿を知ってしまったのだから。一人きりでは戦わせられない。
「ヘリオンでの移動はお任せください。万事、間に合わせてみせますので」
 さぁ急ぎましょう、とレイリは言った。
「皆様、ご武運を」


参加者
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
ユリウス・ルシファー(夜香華・e00514)
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
多鍵・記(アヤ・e40195)

■リプレイ

●宵闇の魂
 溢れる様なあの笑みを、自分は知っていただろうか。
 た、と足音だけが耳に届いた。沈み込むしなやか体は纏う黒衣からは想像もできない素早い踏み込みに藤守・つかさ(闇夜・e00546)は、たん、と身を逸らした。キン、と抜く音は短く払われた布の向こう『あの』刀が抜かれる。
(「払いは右から」)
 斬りあげる抜刀に、足を引いた。躱す己の体も沈め、ばさりと揺れる黒衣を捌くようにつかさは砂利の上に手をつく。
「ぬるいな」
 払う足を黒衣の女ーードラグナー・エーデルシュヴァルツァは避けた。とん、と軽い跳躍は人のそれより素早いか。
「貴方様が往生際の悪いだけのことでしょう。苦悩する方。共に救済の道へと参りましょう」
 艶やかな唇が笑みを描く。指先に、魔力が乗るのがつかさの目に見えた。
「『それ』がお前の名であるというならば、俺は遠慮も思慮も持ち合わせる必要はないな?」
 警戒に意識を置いて、だが、息は吸う。
「ただ、お前が振るうその刀は返して貰おう」
 刀、と告げたつかさに、エーデルシュヴァルツァが警戒するように鞘を抱く。その動きに、一度握った拳を解く。武器を、手に落とす。
「そして、終わりにしようじゃないか。エーデルシュヴァルツァ」
 その名を口にしてしまえば、もう後は戦うだけ。

●黒き抱擁
「刀を、私から力を奪うなど、貴方様にできますか?」
 は、と嘲笑う声が耳につく。薄く差し込むばかりの日差しに、天気雨がキラキラと光っていた。囁くような声音に、ふと、空が揺らぐ。
 来る、と手の中、力を込めた瞬間ーー足音が、耳に届いた。
「よぅ、つかさ。お困りかい」
 とん、と足音は軽やかに。広がる翼に揺れる髪には白い梅。
「疎影……」
 なぞるように落とした言葉に、ふ、と疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)の指先から光が溢れる。キン、と鳥の歌うような声と共に立つのは光の盾。な、と跳ねた声はエーデルシュヴァルツァの者だ。
「私の誘いを、邪魔すると」
「ーーえぇ」
 応じる声は、空にあった。は、と顔を上げたエーデルシュヴァルツァの頬に影が落ちる。
「それ以上此方に来ないでくれる?」
 ばさり、と広げた羽と共にユリウス・ルシファー(夜香華・e00514)は身をーー落とす。流星の煌めきと重力を纏った一撃にエーデルシュヴァルツァが防ぐように手を前に出す。ーーだが。
「……っく」
「言ったでしょう。それ以上、と」
 ユリウスの一撃の方が、重い。火花が散り、黒衣から赤が滲む。たん、とエーデルシュヴァルツァは距離をとった。
「邪魔をするというのですね」
「つかささんを倒すって言うなら、とりあえずぶっ飛ばす!」
 つかさと、黒衣の女の間に立ち、深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)はそう声を上げた。着地と同時に発動したのは分身の術。ふ、と息を吐き、少年は忍びの技に身を染める。
(「つかささんの宿敵……知り合い? んー……関係はよく分かんねーけど」)
 つかささんを襲うってんなら敵は敵だよな、と蒼は思う。
「つかささん無事か?」
「あぁ」
 短く、答えたつかさに泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)は唇を引き結んだ。
「今回の敵がまさか関係者だったとはな……」
「あらまぁ、沢山いらっしゃること」
 向けた視線に気がついたのだろう。黒衣を揺らし、その身を魔に染めた女は笑う。そう確かに笑っているというのに、違和があった。
(「美しい方ですわね……。ただ、何でしょうこの独特の雰囲気は……」)
 湧き上がる違和感を、だが薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)は一度置く。トン、と踏み込む足が空間を作り上げた。
 殺界。
 放たれたシャドウエルフの鋭い殺気がこの空間を満たす。誰一人近づけぬものに変える。
「人払い……」
「ーーあぁ、その通りだよ」
 告げる声と共に、笑う。ふ、と吐息を零すように藍染・夜(蒼風聲・e20064)は笑みを浮かべた。
「桃の花言葉は「貴方の虜」だったか。とんだ女難だな、色男」
 揶揄いを零しつつ、つい、と視線だけを送れば一緒になってユリウスが笑う。
「それにしても『花喰鳥』には女難の相が出てる色男が二人もいるとはねぇ? モテる男はツライわね?」
「女難言うな」
 女難って、と立ち上がったつかさとヒコの顔を多鍵・記(アヤ・e40195)は交互に見た。
「これが、第2の女難」
 思わず、漏れた小声を伏せ少女は微笑んだ。
「何でも有りません」
「……あのな」
 思わず口をついた言葉に、けれど、肩の力も抜けたような気がする。元より、そう「あの名前」で答えなかった時点で、気を張る理由もないが。
「ほおお、お前も人の事言えねえじゃねえか。……。なんて、な」
 ふ、と息を吐き、冗談はあとあと、とヒコは笑い告げた。
「今はこの無粋モノに灸据えてやろう」
「あぁ」
 応える声は常と変わらず。芯を失うこともなく、指先を震わせることもなく。藤守の名を持つ男は告げた。
「終わりにする」

●雷花
「そんなにこの刀を欲するのであれば、どうぞいらっしゃいませ。私のこの力に、勝てるようであればですが?」
 呼応、と黒衣が告げる。バチ、と空気が震えーー花が、舞った。
「来るぞ……!」
「歌え、雷花」
 警戒を告げるつかさの声と桜花が弾けたのはーー同時だ。衝撃が前衛を襲った。痛みと同時にぶわり、と花の香りが広がる。視界が歪むのは重い毒の所為か。
「後は、貴方様だけ」
 告げたエーデルシュヴァルツァの視線が、つかさに向く。た、と地を蹴ったのは刃を向ける為か。だがーー。
「……俺の友人に、手出しはさせまセン」
 そこに、踏み込む影があった。揺れる蒼穹の髪。軸線に割り込んだ男に黒衣の女は声を上げた。
「邪魔を!」
「微力ながラ、助太刀させて頂きマス。……大切なものヲ、お返し願えますカ?」
 告げる声は背に庇ったつかさへと。エトヴァは囁くようにして黒衣の女へと告げた。
「………und Sie?」
「……ッ」
 その視線に、エーデルシュヴァルツァの動きが、鈍った。一瞬。だが、それだけあればケルベロス達には十分だ。
「ーー祓う」
 つかさの指先から紙兵が舞う。前衛へと届ける癒しと加護が体を軽くする。た、と一気に壬蔭はエーデルシュヴァルツァの懐へと飛び込んだ。地を蹴り上げる。浮かした体から叩き込んだ蹴りに、ぐらり、黒衣が揺れる。
「この程度」
「あぁ」
 応える、短な言葉だけで応じたのは向かい来る仲間の姿が壬蔭には見えていたから。
「追加だ」
 言って、身を逸らす。その影を踏むように夜は黒衣の間合いに入った。ゴウ、と雷光が爆ぜる。払う為に振り抜かれたエーデルシュヴァルツァの刀の上を滑り蒼白の月影めいた刀身は一撃を届けていた。
「揃って、無駄なことを」
「さて、どうでしょうか」
 振り下ろす怜奈のハンマーが竜の咆哮を響かせた。高い命中力から届く一撃に、距離を取ろうとしたエーデルシュヴァルツァの動きが鈍る。その腕にある刀に怜奈は目を留めた。
「あの刀でしょうか……。とても大事に抱え込んで居られますが……」
「あぁ、あれで間違いない」
 つかさの、回収したいもの。取り戻したい刀。
「判りましたわ……」
「はい」
 怜奈と共に頷きで返して記は紙兵を舞わす。回復と加護は中衛へと。耐性は千鷲も紡いでいる。最初の一撃以降、エーデルシュヴァルツァが狙うのは常にーーつかさだ。
「さぁ、貴方様も共に参りましょう」
 生憎、と落ちた熱に、眼前の相手につかさは告げる。その言葉だけをひとつ。次に紡ぐは黒き雷を招く言葉。
「我が手に来たれ、黒き雷光」
 自らのグラビティを黒い雷に変え、槍の一撃と共にーー穿つ。
「っく」
 血が、し吹いた。白皙を染める赤に踏鞴を踏む。衝撃に、僅か傾いだ体を引き戻すようにエーデルシュヴァルツァは地面を蹴る。
「この程度、児戯に過ぎません。私の毒が貴方様にも回る頃でしょう」
 例えどれ程拭おうとも。
「貴方様も願うようになる」
 力を、と告げるエーデルシュヴァルツァが振るう刃をつかさは避ける。払うだけのそれは間合いを取り直す為か。
 火花が散り、花が舞い。回復を告げる声が戦場に響き渡る。
「その刃の香りが毒ならば、それを打ち払う風を送るよ」
 涼香の癒しが戦場を満たす。た、と踏み込む体が軽くなる。加速する戦場に振り下ろされる者など一人もなく、迅はつかさの背を追っていた。
(「やれる事なんざ、限られてるし。持てる荷物の量ってな、人それぞれに決まってやがる」)
 肩の荷、降ろす時が来たんだなぁ、お前。
 いつも通りなその背を見れば、こちらもしっかりと支援をしなければと思うのだ。
「さて、こっちも回復だ」
 薬瓶を空に放る。前衛へと回復と払いを迅が紡げば、流石のエーデルシュヴァルツァの意識もそちらを向く。
「本当に、邪魔ばかり。私の誘いを邪魔するなんて」
「ほう? 今すぐにかい」
 緩く笑ったヒコの手の中、模した折紙に鈴音ひとつ、ふたつ。
「――…さぁ、可愛がってくれるかい?」
 祝詞に呪式、祷を籠めれば本物相違無い蝶たちがヒコの吐息を受けて舞い上がる。白き胡蝶の群れだ。
「っく、このような、もので……!?」
 払う黒衣の腕が焼けた。制約で腕が焼けたのだろう。剣を握る手が一瞬鈍りーーだが、その揺らぎさえ利用するようにエーデルシュヴァルツァが来る。飛ぶように前に来た黒衣に武器を構える。ーーだが。
「ほらほら、鬼さん此方~。私と遊びましょ?」
 間合いへと、踏み込んできたのはユリウスだ。地を踏み、二歩目から一気に加速する。炎を纏った蹴りを叩き込めば、ぶわりと空間を焼く熱が生じた。
「っく」
「折角花見の時期なんだから、誰も倒れさせないんだぜ」
 蒼の一撃が刃の上を滑り、肌へと届けば衝撃に、ぐらり、とエーデルシュヴァルツァが揺れた。
「この程度、この程度で私の力が……!」
 圧されるなど、とエーデルシュヴァルツァが吠えた。

●黎明
 花と毒の踊る戦場に剣戟が連なった。なぎ払う刃を受け止め、時にその身に受けながらも一撃を届ける。黒衣の女も退く気もないのか。飛び込み、一撃を叩き込んでくる。
「この、力こそ……!」
 全てだと、払う一撃が一瞬ーー鈍る。
「敵の動きに変化が見受けられるな……。動きに鈍さが目立って来たよう」
 炎の拳を叩き込んだ、壬蔭が告げる。苛立つようにエーデルシュヴァルツァが刀を振るう。戦場は、毒に染まっていた。桜花は体を蝕み、砂利は血に濡れた。だが、細かな回復と耐性がケルベロス達を戦場に立たせていた。加速する戦場に足を止めるつもりは無く、この身は十全にーー動く。
「んー……拘りあるか分かんないけど。止めとか、つかささんが何かしたい事がありそうなら可能な限り、協力するんだぜ」
 それに、と蒼はびしり、と黒衣の女を指差した。
「それにその刀、お前が持ってちゃダメなんだろ。返してもらうぜ」
「この刀は私が手に入れた……!」
 エーデルシュヴァルツァは叫ぶ。その姿を、つかさは見ていた。真っ直ぐなその瞳に夜は薄く口を開く。
「――此れが俺の『救済』方法だよ」
 嘯き笑んで、葬送の一助に贈る閃きは宵隼歌。天駆ける速翼の鳥が黒衣に向かう。
「っく、ぁあ、こんな、もの……!」
「つかささん」
 記が告げる。伸ばす指先が届けるのは耐性を重ねての回復だった。傷が癒える。どんな選択があっても、彼が存分に行けるように記は癒しを注いだ。
「エルバイトシュトゥルム」
 怜奈は静かに告げる。紡ぐ力が言の葉に代わり道をつける。それは電気石を秘薬に用いての能力の解放。静電気を極限増幅させた突風が、ごう、と戦場を開く。毒の滴る花を攫う。
「っく、こんな、こんなもの……!」
 たん、と踏み込みと同時に再びの桜花が振る。毒の花は、だが重ねてでは威力も下がる。風が前衛を浸す毒を払い、エトヴァが、涼香が、迅が回復と共に道を作る。
「……」
「ほら、つかさ」
 最後の声が、ヒコであった。とん、と背に触れる。淡い光は十全な癒しと共に盾を紡ぐ。
「その手で終らせてくるといい」
「ーー」
 あぁ、とも分かったとも、返す言葉は無かった。だが、つかさは前に行く。踏み込む。ざぁっと揺れる黒衣とその背を迅は見る。
「お前のそんな背中……忘れねぇさ、絶対に」
 桜花が、舞う。
「そんな、力で……っ」
「遅い」
 剣が、弾かれた。払いあげる一撃はつかさの方が早く、沈み込ませた体は飛ぶ様な勢いで一撃をーー届ける。
「ーーぁ、あ」
 声が震える。ノイズがかった声が揺れる。間近で見た顔。ヴェールの向こうの瞳と出会う。
「……」
 みやび、と一言お前が名乗ったら。みやびのままだったら。
 浮かぶ言葉も思いも、何もかもあってーーだが、その名を名乗らず、獲物のひとつ相手にするようにお前が来たのならばーーこれは、見えた終わりだ。
 何方かが倒れる。何方かが終わる。
 首を晒してやる気は無かった。
「あ、なた、……はっまだ」
 手が伸びる。黒衣が、赤く染まる。頬に触れた指先が紅を引く様になぞる。
(「誰もこんな結末を望んでなかったのだとしても……きっと、俺達にはこの結末しかない」)
 深く、ふかく穿つ。バキン、と何かが折れる様な音がした。ずるり、と崩れ落ちる体に囁く様につかさは告げた。
「だから、おやすみ」
 肩にかかる重さは一度だけ。艶やかな白髪がさらり、と溶けてーーそうして、光の中に、消えた。

「……」
 残ったのは、刀だけであった。黒鞘に薄藤色の下緒。家紋を用いた目貫。静かに、つかさは刀を抜く。刀身の刃文が美しいそれの名を知っていた。
「刀護斬華」
 それは、刀護剣家に伝わる一振り。
 長く手を離れていた刀が、藤守の手に戻った瞬間であった。

●桃源
「お疲れ様~。お花見ってのはいいねぇ。準備は万事ぬかりなく! オネーサンにお任せあれ♪」
 神社にお参りと説明を済ませて戻った頃には、ユリウスの手によって花見の場所が整えられていた。見上げれば桃の花。レジャーシートを広げた頃には天気雨も止んでいたらしい。
「桜はもう少し先みたいだから、桃の花になるだろうけどと思っていたが……、十分だな」
 酒につまみ。お茶にお菓子。
 差し入れだとエトヴァの持ち込んだ花あられが可愛らしい。指先に淡く、桃の影は落ちる。血の色はもう残っていなかった。
「さて、揃い踏みか。桃と云ったら白酒に甘酒だろう?」
 とぷり、と揺れる酒瓶にはとろり甘い白酒。淡く色づいた瓶には甘酒を。揃えて持ったヒコが合流すれば桃の花見と相成った。
 桃の花は、くるくると踊る。桜のそれよりは晴れた空によく映える。見上げれば杯にひとひら迷い込む。
「あの~温かいお茶頂きたいのですが……」
「はい、どうぞ」
 和菓子は怜奈の持ち込みだ。ユリウスのいれた茶の匂いが心地よい。ふ、と笑みを零し、夜はつかさの刀を真摯に、丁寧に抜いた。見せて貰えれば、とそんな話をしていたのだ。見るのも触れるのもご自由に、と告げたつかさに礼を言って、刀を見る。曇りなきを見て取れば、浮かぶ笑みも自然と清澄となる。
「……」
 つかさや皆に降りかかる悪しき縁を断つよう、祈りを籠めて空を斬る。一振り後、刀を収めれば白刃の残り香のように煌めきが残っていた。
「綺麗な刃模だな……」
「……はい」
 晒す刀身に壬蔭と一緒に記は頷いた。一度、二度少しだけ迷うようにして、けれど少女は口を開く。
「良し悪しは正直解りませんし御気を悪くしたらすみません」
 一言を断って、つかさを見た。
「……みやびさんが信じる事を「大切」に思っていたのは「本物」ではないでしょうか?」
 結果としては狂ったとしても、花は心注いでこそ美しく咲くもの。
「彼女が揮う刃を受けて、わたしはそう感じたのです」
 返す、言葉は何であったか。
 小さく、視線を向けた彼に「ほら」とヒコは杯を差し出す。
「おつかれさん。振る舞い酒ってな。思うところもあろうが美味い酒呑んで切り換えんのも大切だ」
「……ありがとな」
 落ちた声は、つかさの奥からこみ上げるようようであった。震えはしない。ただ手の中に僅かに残った感触。声。返ってきた刀。物思いに沈むには足りず、なぁ! と明るい声が耳に届く。
「花見っていったら、お茶と団子だよな!」
 で、それで? ときょろきょろと辺りを見渡す蒼につかさは苦笑した。
「蒼、花見で浮かれるの良いけど、出店の類はないからな?」
「え、店ないの!? そりゃ花は綺麗だけどさ……腹減った」
「今度出掛ける時にはなんか買ってやるよ」
 ほんとに! と目を輝かせる蒼に、ふ、と笑えば、ほいほい、と迅が酒と共に顔を見せる。
「蒼は育ち盛りだもんなァ。うっし、今度桜の花見付き合え! 三芝も花喰鳥の奴らも一緒に!」
 今日は桃で、次は桜。これは素敵なお誘いだね、と千鷲が笑う。
「梅……桃と来たから次は桜かな」
 ふ、と小さく壬蔭が笑う。桃の花を見上げた涼香がわぁ、と目を輝かせる。
「桃の花をじっくり見た事無かったかも……かわいいね」
 笑い会う声に紛れて、お酒も良いけれど、と笑みを見せたユリウスが胡弓を奏でる。ゆったりとしたその曲に、柔く吹いた風が桃を揺らす。
「……」
 梅は疎影の髪に、今は桃。
「少ししたら桜が……そして藤――紫陽花に朝顔、四季を巡る花を皆と観よう」
 そう、とそれは囁くような声だった。手の中、返ってきた刀につかさは触れる。
 そうやって時間を重ねて行く、これまで通りに。明日も、その先も。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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