三つ脚烏と梅の花

作者:沙羅衝

「この辺りね……」
 黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)は、奈良県南部の天川村に来ている。と言うのも、以前依頼で救出した一般人の生田・浩子と会う為だった。
 彼女の隣には、鶏のファミリアであるメイの姿もある。メイは、その場所に来ると、こけーと鳴きながら走り出した。
「成る程ね。いい場所かしら」
 浩子に聞いた話だと、この辺りに良い梅の花が咲いている場所があるらしいとのことだった。
 天川村は、はっきりと言うと山だ。野生の動物も多く存在する為、寒さが少し和らいだこの時期、万が一に冬眠から目覚めたお腹をすかせた獰猛な獣が現れるかもしれない。舞彩はそんな考えで下見がてらやってきていたのだ。
 山の中腹くらいの日のあたる、すこし開けた場所である。辺りには梅の木が十本弱程地に根を下ろしていた。植林のように整理されている様子は無いことから、ひょっとするとはるか昔から自生している梅であろうか。
 枝はうねりながらも、日光を探し当てようと伸びており、そこには白やピンク色の花を沢山つけている。まだ少し寒いが、天気は良く、梅の花を観賞するには良い風景に思えた。
「いけそうね。浩子がお弁当を用意してくれるっていうから、そろそろ迎えに行こうかしら」
 依頼で助けた浩子は、当時小学校6年生だったが、あれから1年。背は少し伸び、そろそろ舞彩と同じくらいになる。そんな少女を想いながら、メイに行くわよ、と呼びかけた。
 しかし、そのメイの様子がおかしい。
「どうした……の?」
 舞彩はその異様な空気の存在を察知する。急いでメイと合流し、その雰囲気の先を確認する。
 肌に突き刺さる殺気。何度も味わった事のある空気。
 デウスエクスだ。
 舞彩はすぐにメイを跳ばせる事が出来るように左肩に乗せ、右手に武器を出現させた。
「!?」
 そしてその鳥は唐突に現れた。
「え?」
 舞彩はその姿に、少し戸惑いを覚えた。感じた殺気の主の姿が、余りにも可愛らしい姿をしていたからだ。
 黒い風貌の鳥、だろうか? しかし翼はとても短く、口には四葉のクローバーを咥えている。目はぱちくりと開かれて愛らしく、丸い体を揺すらせながらぴょこぴょこと歩いてきた。
 ただ舞彩は、その脚が3本脚である事を見逃さない。3本脚の黒い鳥と言えば、古の八咫烏だが、その纏う空気はデウスエクスそのものだ。
「くえー!!」
 そしてその時は唐突に訪れる。気の抜けるような鳴き声で跳びあがり、舞彩に襲い掛かってきたのだった。

「しかし、何で舞彩はそんな所にいるんだ?」
「ほら、前リコスちゃんも行った……」
「ああ、あそこか! 覚えている。成る程」
 ケルベロス達が集まっている場所に、
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)と、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)が姿を現した。どうやらリコスが少し状況を先に聞いていたようだった。
「ああ、皆ごめん。実は集まってもらったんは、黒住・舞彩ちゃんの事やねん。実は、彼女が屍隷兵の『ヤタガラスのヤタクロウ』に襲われるっちゅう事がわかってん。せやから、救援をお願いしたいんよ」
「その事を伝えようとしたのだが、どうやら向かった後みたいでな。恐らく山奥なので、でんぱが繋がりにくいのだろう」
 集まったケルベロス達は、状況を素早く把握し、頷いて詳細を絹に尋ねた。
「敵は1体で、攻撃方法は嘴と、キック。それにヒールや。全体を攻撃してくるものはないで。見た目はなんか可愛らしい感じみたいやけど、その威力はびっくりする程強いから、気をつけてな」
 絹の話によると、どうやら敵の目的は分からないそうなのだが、舞彩を殺しにかかってきている事は、間違いないそうなのだ。
「状況は良くわからんが、行こう。助けるぞ」
「お願いやで、頼んだ!」
 こうしてケルベロス達は、急いでヘリポートへと向かっていくのだった。


参加者
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
デスマーチ・ラビット(くるくるくる・e02467)
シィ・ブラントネール(フロントラインフロイライン・e03575)
ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
久遠・薫(恐怖のツッコミエルフ・e04925)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)

■リプレイ

●舞彩とヤタクロウ
「くえー!!」
 突然の鳴き声と共に、黒く、丸く、そして、なんとも可愛らしい風貌の鳥らしき生き物が、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)に向かって嘴を中心にした顔面を突き出して飛び込んでくる。
 ゴウッ!!
 しかしその勢い、鋭さはその見た目とは異なり、明らかなる殺意と力を持っている事を直感した舞彩は、右手に構えた如意棒『竜殺しの大剣』でその嘴を正面で受け止める。
 ガイイイィン!!!
(「嘘!?」)
 舞彩は歴戦のケルベロスである。そう簡単に押される事など、そう無いはずだ。それに、ある程度の自信も持っている。
 だが、何という事だろう。右手の武器に顔面が押しつぶされている様子だが、一向に弾き返すことが出来ないのだ。
「ぐっ……!」
 そして、その勢いは止まらない。『竜殺しの大剣』がしなり、舞彩の目の前につぶれた顔面が襲い掛かる。
「……ま、ずい」
 ギンッ! ドウッ!!
 そして、とうとう武器は弾かれ、舞彩の身体は吹き飛ばされ、冬の硬い地面に跡をつけた。しかし、追い討ちをかけるように、その鳥、『ヤタガラスのヤタクロウ』が上空から飛び込んできた。
 ドゴゴッ!!
「危ない!」
 三本の脚で抉ったのは、舞彩が先程まで存在していた地面だった。その蹴りを転がりながら避けた舞彩は、素早く立ち上がって距離を取る。
(「デウスエクスの強さに、見た目は関係ないわね……!」)
 そう思いながら、敵の様子をよく観察する。
 敵は明らかに自分に敵意を向けている。しかし、彼女もケルベロスだ。敵の攻撃が、前がかりの攻撃しかない事を見抜く。
(「……これは、賭け。ひょっとしたら、遠距離の攻撃も持っているかもしれない。でも、この強さは私一人では、……無理」)
 彼女は咄嗟にそう判断し、翼を広げ始めた。飛ぶ積もりだ。
 しかしその間に、ヤタクロウはまた、嘴から突っ込んでくる。
 それを素早く避けようとするが、今度は舞彩の左脚に突き刺さった。
「……!!」
 彼女の左の腿から、鮮血があふれ出した。しかし、ここで動きを止めるわけには行かない。舞彩はふわりと翼を動かして、一気に上空へと飛び出した。
 5メートル、10メートルと、ヤタクロウとの距離が離れていく。
「……嘘」
 思わず声に出た。小さくなったヤタクロウが、今度は元の大きさに戻っていく。それは、敵が彼女との距離を詰めている事を意味する。
「くえー!!」
 短い翼のような腕をばたばたと動かしながら、舞彩を飛び越えたヤタクロウ。そして器用にその体を大きくしたかと思うと、急激に空中での姿勢を保ち、今度は体を小さくして、舞彩に向かって渾身の蹴りを放った。
 ドォン!!
 再び地面に叩きつけられる舞彩。
(「そう……か。……そうよね。今、私ひとりなんだわ……」)
 今は1対1である。対峙した敵にとって、距離を詰めるのは造作もない事。まだ届く範囲で阻止されてしまう事もある。敵の行動に関係なく飛行が可能なのは、あくまでも前に味方がいる場合に使える作戦、もしくは相手がそうさせてくれる時だ。しかも、相手はこんな見た目だが、明らかに自分よりは強いだろう。そう簡単に飛ばせてはくれない。
「逃がして……くれなさそう、ね」
 舞彩はそう言いながら、自分の傷を確認する。先程の蹴りで、今度は右腕に大きなダメージを受けていた。そして、左脚の流血は止まらない。
「このままなら、負ける……救援、きてくれると思うけど」
 彼女は信頼しているヘリオライダーの顔を思い出す。
「くえー!」
 ヤタクロウは地面に降り立ち、次の一撃を加えようと、目を見開き、鳴き声を上げた。
「もし、駄目だったら……死ぬとなれば、暴走してでも生き延びないと、ね」
 今度は思いっきり飛んで、無理矢理にでも戦闘の距離から離脱することも、少し頭をよぎった。だが、彼女はすぐにそれを否定する。この強さのデウスエクスを野放しには出来ない。もし万が一、浩子の家のほうに向かってしまうこともあるからだ。
 彼女は足に力を入れ、もう一度立つ。そして、覚悟を決めた。
(「信じているから、早く助けにきてね……!」)
 そう思い、体にありったけの力を籠めようとしたその時、遠くから声が聞こえた気がした。
(「嘘……」)
 確かに聞こえた。幻聴と実際の声の区別くらいはまだつく。
 無論信じていた。しかし、現実をも確り見る彼女は、心の底には常にリスクを考えて行動する。それが、自分の行動原理でもある。
 その声のほうを見る。上だ。
 上空には、見慣れたヘリオン。そして、そこから一気に飛び降りてくるのは良く知っている仲間達の姿だった。

●仲間の声
 ドドド……!!
 翼を持たないケルベロス達が、土を巻き上げながら地に降り立つ。そして燈家・陽葉(光響射て・e02459)が一気に駆けた。ヤタクロウの懐に飛び込むと、『白翼の靴』を空中で煌かせ、その足元を狙って蹴り降ろした。
「くえー!?」
 予想していないダメージだったのか、その蹴りの勢いに弾き飛ばされながら、ヤタクロウは鳴く。
『ハルカはあなたを応援してますっ!』
 そして、ヤタクロウと舞彩を切り離した瞬間に、春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)が流れるようにしてステップを踏む。すると、舞彩の傷が塞がっていく。
『あら大変!怪我してるじゃない!痛いの痛いのとんでけ~♪』
 続けて琴宮・淡雪がふふりと笑顔を振り撒きながら、ピンクのスライムをべっとりと肩に付ける。当然べとべとになるのだが、傷は何故か癒えて行く。
「まいあ、大丈夫!」
「舞彩様、これでもう大丈夫ですわ!」
「陽葉! はるはる! それに琴宮!」
 舞彩が笑顔を向けると、今度はデスマーチ・ラビット(くるくるくる・e02467)が螺旋を籠めた掌をヤタクロウに当てて、戻ってくる。
「舞彩ちゃん、お花見しようとしてたんだって? 絹ちゃんに聞いて、皆で来たよ!」
 デスマーチの声に、浮かぶ安心。上空にはその主のヘリオンが旋回しているのが見えた。
「そういう事だ。私達が来たんだ、安心して良いぞ」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)はそう言って、分身の力を舞彩に纏わせた。
「3本脚以外は、まるで敵とは思えないね……」
 相手を見ながらそう話すのは、ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)だ。彼はブラックに変身するや否や、でぶ猫の『シェーヌ』をファミリアロッドに変身させ、大量の魔法の矢を放つ。
「まいあさんのピンチと聞きましたけど、えっと、ずいぶん可愛らしい姿ですが、敵……ですよね?」
「そうね! なんかすっごく可愛いけど、マイアを狙うなら許さなわいわよ! なんかすっごく可愛いけど!!」
「いえ、まいあさんを狙った時点で敵です。ギルティ、救いようがありません。切り潰しますね」
 久遠・薫(恐怖のツッコミエルフ・e04925)とシィ・ブラントネール(フロントラインフロイライン・e03575)が頷きあい、距離を詰める。
『…御見舞しましょう』
 薫の放った爪が幾重にも広がり、ヤタクロウを襲ったかと思うと、その隙にシィが低い体勢で突っ込みその短い足を狙って組み付いた。
「く、くえー!!」
 よほどその攻撃が嫌なのか、避けようとするも、シィは一本の足を捕まえる。そして、ぶん投げた。
「……な、なんだか可愛らしい敵ですね」
 玄梛・ユウマが舞彩の前に出て盾となる。
「そうねぇ。えっと一番は舞彩の保護でしょ……。で、次はヤタクロウを力いっぱいモフルでしたっけ……?」
 スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)も、惨殺ナイフで少し攻撃をかすめた後に、ユウマの隣に並んで言う。
「き、きっと違うと、思います。見た目で判断してはいけません。ええ、いけません……。しかし、可愛らしい……ですね」
 なんとも気の抜けたやり取りだが、舞彩はそんな仲間達を、心の底から嬉しく思った。楽しくも頼もしい仲間達だから。
「有難う、皆。で、あの鳥は、ヤタクロウというのかしら? 宮元の情報?」
「ああ、どうやら屍隷兵と聞いた」
 ロメオ・シンプキンスがそう言って、森の中から現れる。
「周辺の民間人は遠ざけておいた。思う存分暴れてくれ」
 どうやらロメオは、周囲の様子を確認してくれたらしい。その情報は小さな事だが、戦いに専念できるという大事な情報でもあった。すると、全員がヤタクロウに視線を投げる。
「こけー!」
「カー!」
 ケルベロス達に合わせるように、陽葉のファミリア、舞葉と清光が鳴いて、ヤタクロウを威嚇すると、舞彩のメイ、春撫の彩撫、淡雪の彩雪も同調するように大合唱を始める。正直に言うとうるさい。
「……コッコ祭りかな、これは。よし、じゃあ遠慮は要らないね!」
 ライゼルが笑いながら言った言葉は、ファミリアを含む全員の気持ちが一つになった証拠でもあった。
「もへあ~」
 そして、釣られたように、ファミリアロッドからでぶ猫にもどったシェーヌが気の抜けた声を上げたのだった。
「……キミもかい?」

●もふもふの魂
 集結したケルベロス達の力は、ヤタクロウを捉え、威力を増していく。
 特に薫がつけた傷を広げる動きは、一糸乱れる事は無かった。影の弾丸や、魔法の螺旋を広げるべく、ファミリアたちが一斉に襲い掛かったのだ。
「もへあ~」
 ライゼルのシェーヌが周囲の木々にぶつかり、いや、バウンドしながら撹乱すれば、
『メイ、みんなを呼んで。総攻撃!』
 舞彩のメイが号令をかけ、こっこシスターズが一斉に襲い掛かる。
『放て!』
「彩撫!」
 そして、陽葉と春撫が後方から舞葉と彩撫を同時に放ち、追撃をかける。
「レトラ、捕まえるわよ!」
 続けて、シャーマンズゴーストの『レトラ』とシィが同時に動く。
「く、くえ?」
 レトラが後ろに回りこみ、ヤタクロウの霊魂を攻撃して気を引けば、前方からシィが今度は嘴に組み付き、がばーっと開けさせる。
「ぐえー!」
 ばたばたと小さい羽で何とか振りほどくが、シィは確りとそのもふもふの体を味わっていた。
「あー! 私もー!」
 そして、デスマーチは鉄パイプを使って、棒高跳びの要領でダイブ。そして、確りと抱きついてもふもふ。勿論その掌からは螺旋を籠めているのではあるのだが、何処からどう見ても、もふもふを楽しんでいるようにしか見えない。
「戦うのは楽しいぃねぇ! アアアアハハハハッ!!」
 まあ、それが彼女の戦い方なのだろう。
 そしてスノーが炎を放った時、とうとうヤタクロウはよろよろと膝を折った。ケルベロス達の容赦ない攻撃を受け、既に動けないでいるのだ。
「く……くえ……!」
 何とか黒いオーラを噴出させ、傷を塞ごうとするも、薫の回復を阻害する力が働き、まともに傷が癒えない。
「……ちょっと、可哀想ですわね?」
 その姿に、スノーがポツリと呟いた。
「そうは言っても、アレはデウスエクスだ。見た目は関係ないんじゃないか?」
 リコスがそう返す。
「んー。そうだね。でも、舞葉も清光も許せないってさ」
 陽葉は、ファミリア達に聞いた言葉を訳して話す。
「敵は、敵だと思います。しかし結論は、まいあさんにお任せしますね」
 すると薫はそう言って、どうするかを託した。
「そう……ね。屍隷兵なのよね……」
 舞彩が少し考え込む。すると、少し心配そうに、メイが舞彩を見上げる。
「メイは、どう思う?」
 そう聞いてみた。すると、こけ! とメイは返事をする。
「え?? いや、それは……どうなの?」
「どうしたんだい?」
 その反応に思わずライゼルが聞く。
「あのね、たぶん、唯のメイの勘だと思うんだけど……。メイにどうやら好意を持っている、みたい……」
「そんなこと、あるものですか?」
 春撫が少し怪訝な表情で聞く。デウスエクスが鶏に好意を持つなど、聞いた事がない。
「そりゃあまあ、メイの勘でしょうけど……」
 舞彩は少しの間考えるも、そう簡単に答えが出るものでもない。すると、スノーがもう一度ポツリと呟いた。
「妾の鹵獲で、その力を換えて業にするというのは……少し、違う気もしますわ。攻撃方法が欲しいわけじゃないですし……」
 スノーの何気ない言葉に、舞彩ははっとなる。
「そうか、魂を喰らう。そして、己の武器とする。それが降魔拳士だわ……」
「あ、そういう事ですのね? それじゃあ……あの子、妾にいただけないかしら?」
 そう言って、スノーはいそいそと懐の宝石箱を取り出した。
「いいわよ……」
 舞彩はそう言って、動けないヤタクロウに近づく。
「……それじゃ、チャンス、あげましょうか。
 姿はなくしても、その魂は生き続けさせる。貴方も、家族になりなさい」
 メイが最後にヤタクロウの体を貫くと、ヤタクロウの体は静かに消滅していく。そして、その一欠けらを、宝石箱に封じ込めた。
「仲良くなれると、良いわね」
 ぱたりと閉めた宝石箱は、一度キラリと光り輝いた気がした。

●梅の花と春の風
「あ! 陽葉さん、それにスノー……さん???」
 梅が咲き誇る場所に、舞彩に案内された浩子がすぐに舞彩の後ろに隠れた。
「浩子! 大きくなったわね! ……どうして隠れるんですの?」
「だ、だってこんなに人が沢山いるって思ってなかったんだもん!」
 その言葉を聞き、陽葉は笑う。
「おいでよ浩子! みんなでお花見しよう!」
 陽葉とスノーもまた、彼女を舞彩と共に救った経緯があり、良く知っている。陽葉は浩子の手を引くと、梅の花が一番良く見える場所へと案内した。
 戦闘でデコボコになった地面は、浩子が来る前に、ヒールをしておいた。少し幻想的な風景に変わってしまった箇所もあるが、それほど違和感は無い。
 ケルベロス達は、浩子に戦闘の跡を見せたくは無かった。知らなくて良い事など、山ほどあるのだから。
「こ、こんなに沢山の人……準備、してないよぉ」
 浩子は手に持ったお弁当と、その場にいるケルベロス達を交互に見る。
「大丈夫ですわよ!」
 すると、淡雪がじゃん! と幾つもの重箱をビニールシートに並べていく。そのシートはレトラがさっと用意したものだ。そしてシィが座ると同時に、レトラはお茶を主に差し出す。当然、他のメンバーも分も全て用意されている。
「俺も、もって来ておいた」
 ロメオは、淡雪とは異なり、重箱を何重にも重ねて積み上げる。中身はサンドイッチとスコーンだそうだ。
「突然人が増えて、大丈夫かと思っていましたが、これなら問題ありませんね」
 薫はそう頷いて、舞彩の隣にすっと座る。
「凄いですね! でも、こんなに食べきりますかね?」
「……その心配は、無いと思うな」
 ユウマの心配そうな声に、ライゼルがはははと笑いながら、その根拠となる人物を見る。
「さあ、食うか! 絹は報告の後来るそうだ。楽しんでおいでやーっと言っていた。うむ」
 その人物、リコスは楽しそうに箸を取り出した。
 少し前まで、デウスエクスと戦ってた場所など、微塵も感じない。
 風はまだ冷たいが、日は暖かく感じる。そんな陽気が心地良い。
「……やるな、ライゼル」
「何の事だい? ふふ、梅の花を観賞しながら重箱をつつくというのも、乙な物だよね」
「……お兄様食べるの早過ぎ!?」
 リコスがライゼルの目の前から食べ物が消える瞬間を見て、対抗意識を燃やしてがっつくと、陽葉は驚きながらも、春撫とロメオのスコーンを食べる。
 春撫は「……足りるか?」と心配するロメオに、お礼を言いながら、レトラの用意したお茶を飲んだ。
「……スノー。まだヴァルキュリアリバースするには早いですのよ? 」
 淡雪が隅でうずくまっているスノーに駆け寄る。どうやら日本酒を持参してきていたようだ。余りのペースに、すぐにべろべろになっているのだが……。
「はい、お団子。お料理は私難しいけど、お団子はたくさん持ってきたよぉ」
 デスマーチは、お昼が少し落ち着いた頃、三色団子を取り出しす。そして、梅の木のふもとに座る。そのままぐぃーっと背を伸ばすと、重力に逆らう事無く後ろに倒れこんだ。
「なかなか……良い景色、だねぇ……」
 お腹一杯になったデスマーチは、目を瞑ると、気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
 梅の甘いが、すっきりとする香りが、あたり一面を包み込み、この時でしか味わえない風情を満喫する。デスマーチが気持ちよく眠る事を、誰も止める事は無い。
 ケルベロス達のファミリアたちも、辺りで走り回り、その様子を見た浩子も笑う。
 今、此処に在る奇跡。大げさだが、そういうものかもしれない。そのひと時を大切に慈しむのだ。

 風にのった小さな花弁たちが、春の訪れを喜んでいるのか、ふわりと舞い踊る。風が止むと、そのままひらひらと円を描いて落ちていく。
 するとその丸い花弁は、一つの宝石箱の上に止まり、また風にのって飛んでいくのだった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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