春籠アンティーク~継吾の誕生日

作者:東間

●とある春の日
 春風に吹かれて、ぱた、ぱたた、と張り紙の端が踊る。
 艶々とした紙全体に印刷されていたのは、ある日の風景をいくつも並べたものだった。
 簡易テントの下。布を掛けたテーブルの上。箱を詰んで作った棚。
 行き交う人々。青い空。輝く桜色。
 それから──何が、何種類、いくつあるのかわからないくらいの、物、物、物。
 食器。アクセサリー。日用品。雑貨。おもちゃ。服。本。硬貨。椅子や棚といった家具に、仏具まで。
 暫く見つめていた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)は、並ぶ物の多様さにゆっくりと目を丸くして、ぽつり。
「世界一周気分が味わえそうですね」
 パシャッ。
 掲示板に貼られていたポスターをスマートフォンで撮影すると、その場を後にした。

●春籠アンティーク
 とある寺で毎年春に催される骨董市。それが今年も開催されるのだが、適当に歩いていた時、偶然そのポスターを見かけた継吾は『これも何かの縁』と思い、行く事にしたらしい。
「骨董市という響きにも、ワクワクしたので」
「わかる」
「わかるわ」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は深く頷き、花房・光(戦花・en0150)は笑顔でくすり、と同意した。
「まず『骨董』っていう響きがずるい。何か浪漫が溢れているじゃないか」
「浪漫だけじゃなくて、素敵な出逢いも詰まっていそうね」
 浪漫。出逢い。
 その2つに継吾は少し表情を和らげ、わかります、と頷いた。
 心躍る予感に溢れた骨董市は会場スペースを桜の木々で囲っている為、風が吹いたなら、ひらりひらりと桜色が踊る。
 そんな春の煌めきにも負けないだろう骨董品は、日本だけでなくアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと世界各国の品々が集まっており、宣伝ポスターはそれはもう賑やかだったらしい。
 過去開催された骨董市の画像で『そうなる』のなら、今年の骨董市はどんな風景が広がっているのか。そこも気になるポイントですと継吾は言い、微笑んだ。
「春は出逢いの季節と言いますから、皆さんにもいい出逢いがあるんじゃないかと。そう、思うんです」
 欲しいものを求めて彷徨うのも楽しいだろう。
 何、と決めず、ぐるりぐるりと巡るのも楽しいだろう。
 そこできらりと光る何かと出逢えたら──それが、とびきりの宝物になるかもしれない。


■リプレイ

●巡り逢う春
 青空の下、淡い春色が風に吹かれてふわふわ揺れる。そこからふつりと離れた欠片が、流れるように空中を舞った。世界のあちこちで生まれた品が集まるそこは、沢山の宝物煌めく庭か、玩具箱をひっくり返した特別な部屋。
 心躍るまま巡る中、西欧の小物が多く並ぶ店で十郎が出逢ったのは、台座に乗った青い鳥が優しく囀るオルゴール。つるりとした陶器のオルゴールは可愛らしく、響の表情が自然と綻んだ。
 曲名は店主も知らず。けれど青い鳥が紡ぐ調べが子守歌なのは確か。陶器の小鳥は、心地良い夢も身近な幸せも運んでくれそうだ。
 木製の引き出しは洒落たデザインに作り手のセンスが伺えて、豆皿は豊かなバリエーションでもって2人の心を惹き付ける。
「花、猫……見て、十郎にそっくり」
「……え。そっくり、かなぁ?」
 響が指差した豆皿は肉球柄の小熊猫。十郎の照れは耳に出て、ぱたぱたと動いていた。
 可愛い、と笑った響を連れて巡り、辿り着いた先はアンティーク着物の店。
「響に似合うのがあるかも。ちょっと覗いてみないか?」
「わたしに似合うもの……あるかしら?」
 目の前に並ぶ様は、どうぞと広げられた色図鑑のよう。その中から響の心を惹いたのは、淡い白緑色に、控えめな菊と花車。椅子に腰掛けていた店主の老婆曰く、幸せを招く柄なのだとか。
 春を映した良い色というだけでなく、柄の意味も良い。十郎は笑み、着物を見つめる響へと目を向ける。
「それにする?」
「うん、これにするわ」
「じゃあ後は、帯や小物も探さなきゃな」
「帯に小物……見つかるかしら」
 幸せな心地にしてくれそうな春色を手に他へと目を向ける。広がるのは、まだ見ぬ出逢いを予感させる空間、まだまだ続く宝探しの気配。
 響はふわり目覚める花のように笑顔咲かせ、十郎も楽しげに笑う。次を目指して、2人は華やぐ衣達の前から旅立った。

 ふわふわ揺れていた塊から離れた1枚が、ひら、と桜色の便りになって舞い落ちる。
 柔らかな色の世界に春風が吹けば、身に馴染むような懐古の匂いがした。
「なんだか皆きらきらして見えるね」
「確かにキラキラしてる」
 出逢う古物達の持つ彩と姿の多さにラウルは心弾ませながら笑み、人々の想い積もらせ並ぶ品に、そして見慣れたものだけれど決して飽きない笑顔へと、シズネはこっくり頷いた。
 銀の装飾咲く自鳴琴に、真鍮細工の万華鏡。1つ1つに刻まれ、受け継がれていく時はどれほどの深みを持つだろう。思いを馳せ、眺めていたラウルの視線が、ふいに留まった。
「?」
 シズネはその視線を追い、異国めいたグラスがそれを受け止める。万色抱くグラスがヴェネチアングラスだとは知らないシズネだけれど、懐かしげに目を細めていたラウルは興味津々と彩りを瞳に映すシズネに気付き、ふわりと笑う。
「このグラスに咲く花はミルフィオリといって、千の花って意味があるんだよ」
「千の花」
「そう。注げば素敵な色が揺らめくと思うんだ」
 コレがいいな。
 そう弾んだ声も、まるで花咲くようで。だから、シズネは「それにしよう」とすぐ応えてしまったけれど、春になって花が咲けば傍らの花も共に咲くものだから――だからそう、すぐ応えたシズネは悪くない。
 そして優しく返された言葉は、ラウルの心までも春に染めるような温かさ。
「じゃあ、これにしよう!」
「このグラスに咲く千よりももっといっぱいの花を、おめぇと見たいなあ」
「うん。この硝子花のように鮮やかな彩を、これからも共に瞳に映していこうね」
 まずひとつめの花は、隣で咲いた笑顔の花。

「今更だけどサイガ。俺、結構長居するタイプだけど大丈夫かい」
「や、『ついてきゃレアい海外オススメ知れるくね?』と思って。それにいきなしこんなぶわーって並んでて悩むワケよヒト並に」
 アンティークの小物入れを買った後にこちらを気にしたラシードへサイガはそう言って、ほれ、と周りを見る。色硝子の置物、小物。他にもエトセトラ。大概、綺麗ではあるけれど、メルヘンランドからやって来たようなひらひらお花を纏った兎の置物は、綺麗というより可愛い系だ。
「……似合いますぅ?」
「よくお似合いですよ。という事で記念に1枚」
 なんて少しふざけた後、その向こうに鎮座していた物を見てサイガは口の端を上げ、厳ついスフィンクスめいた像を抱え上げる。
「これアンタんちからの出品では? 口から水吐いて門の両側にこう――」
「それシンガポールじゃなかったかい?」
「??? ……けるべろワーク以外で日本出たコトねえし。しかしあんたの実家どんなモンかまるで想像つかんな」
「はは、油田持ってそうな外見で生まれも育ちもアメリカだからかな。最近の実家の写真ならスマホにあるよ。今は兄が住んでる」
 近況報告し合う中で増えたという。どれどれ見せろと覗き込むと、1枚目で玄関ホールの写真がババン。
「……キリンが余裕で収まらねぇ?」
「いやキリンは流石に。けど、隠れんぼが物凄く捗る家でさ」
 母親のクローゼットに隠れた時は物凄く叱られたが、奥から埃を被った指輪を見つけたら今度は物凄く褒められた。思い出話のオマケにサイガはへえ、と笑いながらあちこちへ目を向ける。
「んじゃ俺んちもスペシャルリッチファルカハウスリスペクトしとくか。金運あたり上がんだろ多分」
 丁度いい具合に、貴金属ばかり並ぶ店を見つけた。綺麗なものがあれば、1つ買って帰るのもいいだろう。

 その日、ビハインドの葉介はとっても忙しかった。必死だった。
 というのも、梢子があれ何かしらあれも気になるわと、好奇心の赴くままに駆け回るからだった。
 そうと知らない梢子は、高価かつサイズも大きいアンティーク家具に目を奪われ、うっとり中。
「あのテーブルと椅子素敵ねぇ……」
 流石にあれはと焦った葉介がちょいちょいと袖を引かなければ、出会いの季節という春の日に諭吉が羽ばたき、お別れしていたかもしれない。
 代わりに、葉介の導きで梢子が出逢ったのは和柄のティーカップ。紅梅と白梅がそれぞれ描かれたペアのそれに、梢子は笑む。
「へぇ、ティーカップね……これもなかなかいいじゃない。葉介はこれがいいの?」
 こくりと頷いたのを見て、葉介がそういうならと梢子は春咲くティーカップのセットをお買い上げ。紅梅と白梅どっち使おうかしらと思案する梢子と、傍に浮かぶ葉介。2人の帰路を彩るように、桜が舞った。

 久々のデートが花見と買い物がセット。しかも長期海外旅行が難しいケルベロスだから、ウォーレンは骨董市で巡る世界一周がとにかく嬉しい。
 光流も、普段は照れてしまう腕組みを「久しぶりだから」と人目を気にしておらず、ウォーレンと一緒に選んだポスター――浪漫たっぷりのアンティーク風世界地図を、誕生祝いの言葉と共に継吾へと贈る。
「今日のお役に立つはずだよ」
「宝探しのご利益がありそうやろ」
「はい。世界一周も捗りそうです」
 かすかに笑んだ継吾と別れた後は、2人一緒に世界の骨董巡りへと。
 早速ウォーレンの心を奪った硝子の茶器はアメリカンアンティーク。アメリカと骨董が結びつかず意外に感じた光流だが、ウォーレンの故郷と思うと愛しさもひとしおで。
「じゃあ次は光流さんの故郷の品も探そう?」
「俺の? 俺のはもう無くなってしもうたさかい。今は君が俺の故郷や」
 光流は明るく笑って、せやから、と続ける。
「君が選ぶもんなら何でも俺の故郷の品やで」
「……僕が? それは責任重大かも」
 ぱちりと瞬いたウォーレンは、照れ臭そうにはにかんでから「じゃあ、」と光流の『故郷』を探し求める。ぴんと来たのは木独特の温かみと豪華さが共存する小物入れ。
「どうかな。光流さんにぴったりだと思うんだけど……」
「ってそれ白樺の樹皮細工やん、めっちゃ地元の工芸品や」
「本当? 見つかったね、やったー」
「おおきに、レニ。骨董てこないなのもあるんやな……奥が深いわ」
 世界一周気分とまさかの出逢いがセットになる。それも、骨董市ならでは。

「去年も桜が綺麗だったけど、今年はなんだかわくわくするね」
「ああ。今年は賑やかで楽しげな雰囲気だな」
 今年、2人で見る桜は骨董市で賑わう寺の境内から。
 ノルは並ぶ品と舞い落ちる花弁に目を輝かせ、瞳に光踊らせるパートナーを見るグレッグの表情は、自然と綻んでいく。
 2人手を繋いだまま探すのは『器』、と、ふわっとしたものから『花瓶』という確かなイメージに変わった。しかし実物を前にすると、今度は『どれがいいか』と大いに悩まされる。
 その内側に光を柔らかに通す硝子は涼しげで透明感に溢れ、穏やかに年を重ねたとわかる陶器は柔らかで暖かだ。
「うーん、どうしよう……」
「どっちも魅力的だな」
 日々の暮らしに目の前の花瓶を重ねてイメージすれば、どちらも優しい彩りを添えてくれる予感に満ちている。
 ――巡る季節ごとに様々な花を飾って、一緒に眺めていきたい。
 グレッグは胸に浮かんだ願いに笑むと、真剣に悩み続けていたノルを見る。
「両方とも買って、大切にしよう」
 その言葉にノルが笑顔を輝かせたのは言うまでもない。
 買った花瓶は互いに1つずつ持ち、繋いだ手は帰り道も離さないまま。帰りに飾る花を選ぶのも、今この瞬間のように幸せで、あたたかな筈。
 花瓶を探していた時のように、その時も『買った花をどっちの花瓶に飾ろうか?』と悩むかもしれない。けれどそれは楽しい悩み。そのひとときも、今の2人のように笑顔が咲いている――そんな、あたたかな予感。

 青空に舞った花弁が1枚、ひらり、ひらり。左右に揺れては踊る花弁が萌花の青色に映る。掌で受け止めてみようと手を伸ばせば、僅かな空気の流れに乗った花弁がふわっと舞い上がって、また、落ちてくる。
 手を繋いでいた如月も慌てて手を伸ばし――という、春との追いかけっこをする2人はもうアンティークの銀食器やティーセット等、ちょっとした贅沢を終えた後。けれど2人の骨董市はまだ終わらない。
「あ、これ、如月ちゃんにどぉかな」
 萌花が手に取ったペンダント、それの細い銀鎖がしゃらりと音を立てた。
 蔦のような模様が彩るハートのシルバーフレーム。中央でアメジストが輝き、ハートから滴るように真珠が揺れる。
 上品で、繊細。美しくも、愛らしい。これを如月の首元へ贈りたいと即決した萌花は、早速如月の首元へ添えてみる。
「はわ、似合う、かし、ら……?」
「ん。超かわいい」
 お返しにと、如月も萌花の為の輝きを選び出す。シルバーのハート型に、オニキスが1粒。艶々とした、穢れない黒瑪瑙。
「私は……これ♪」
「あたしのも、似合うかな?」
「もちろん! もなちゃんを悪いものから守ってくれますように」
「ありがと。その気持ちごと大事にするね」
 愛の守護石といわれるアメジストと、美を謳う真珠。
 古来より魔除けの石として愛されたオニキス。
 互いの為に選び、願いを籠めたペンダントが青空の下できらりと輝いた。

 灰色の瞳に、春の陽射し受けたガラスペンの煌めきが映る。
(「……君に、」)
 燃やし続けた手紙は、届いていなかった。
 ティアンがそれを知ったのは、炎のような色に染まって輝く空と海、浜辺に立ったあの日の事。
 それからは赤橙のインクは一滴も減らず、青の一筆箋もその枚数を減らす事無く。それらは共に、手元に残されたままだ。
(「目の前で世界に還った君は、今度こそ逝くべきところへ辿り着いたろうか。これからなら、届くだろうか」)
 届くと信じていられたらよかった。
 だいすき。赤橙のインクで青の一筆箋に想いを、言葉を綴って。そして燃やしたとして。煙が、届けたと思った全てが『彼』まで届かないかもしれない事が、こわい。
(「こんなに、だいすき、なのに」)
 白い指先は古びたガラスペンへとなかなか伸びず、しかし瞳は春の陽射しを浴びて輝くそれを映したまま。
 桜の花弁が、何枚か舞い落ちた後。暫くして、ティアンは迷いながらもガラスペンを買っていた。今は何色も抱いていないそのペンで赤橙を吸い上げる――その時が来るのか、決心がつくかはわからない。今は、まだ。

 テントの下。棚やテーブルの上。あちこちに世界中から集まった物が並び、今より前、『昔』に生まれた物との出逢いを求める人々で賑わっている。その中に、水凪もいた。
 桜舞う場に並ぶのはどれも長い時を経てきた物ばかり。今此処にあるという事は、かつての持ち主達がどれほど大事にしてきたかというその証。
 新しいものとは違う魅力で満ちた今日、どのようなものと出会えるかと歩いていた水凪の前。ひら、と花弁舞ったその先に、二対のカップアンドソーサーが並んでいた。陽射し浴びる勿忘草と天鵞絨はその色合いを活き活きと魅せていて。
(「……まるでわたしたちの瞳のようだ」)
 脳裏に浮かべるのは、今は傍にいない愛しい面影。このカップアンドソーサーも、誰かと誰かの、あたたかなひとときに寄り添っていたのかもしれない。
 店主に声を掛け、勿忘草と天鵞絨の縁をしっかりと繋いで。
 心の内で、そっと語りかける。
(「次はわたしたちと想いを繋ごう。帰ってたら紅茶を淹れようか」)
 そうやって、『人』と『物』の物語は紡がれていく。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月9日
難度:易しい
参加:17人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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