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とある高校。放課後の教室。部活に行ったり談笑する男女の中で、ひと際アツい集団があった。
「でさー、こないだの見たかよ! ほら、この変身シーン!」
「ああ。ヤバかったよな! あの強化フォーム……俺、ぜってーフィギュア買うわ!」
やっぱり脚本神だわー。などと熱くヒーロー物の特撮を語る男子高校生に向けられる視線は、どことなく冷ややかだ。その中でも、更に厳しい視線を送る集団が一つ。
「あー、やだやだ。いい年してヒーローとか子供っぽくね?」
「だねー。そう思うっしょ」
集団のうちの、一番影の薄い少女。彼女は一瞬だけ彼らにうらやまし気な視線を送り、そこでようやく自分に声がかけられたのだと気が付いた。
「へ? あ、うん。そうだね……」
「今更になってヒーローとかさー、ないわー」
「行こ行こ。カラオケ、予約しといたから」
「……ごめん。ちょっと調子悪いから、私はパスで。ごめんね」
気の弱そうな少女は小さく首を振って教室を出ていく。
足早に学校を出て、少女は気が付くと人気のない公園まで来ていた。ブランコに腰掛け、カバンを漁る。取り出したのは、色あせた、ヒーローもののソフビ人形だ。
「別に、いい年して好きでもいいのに……」
特撮を語っていたクラスメイトに向けた、友人たちの冷ややかな視線を思い出して、少女は身震いする。
「好きな事をわざわざ人に隠す必要があるのか?」
少女のため息に応じるように、ふと声が届く。そこに立っているのは、仰々しい金色の鍵を担いだ、古めかしいレディース風の女だった。驚いた少女が立ち上がり、小さく後ずさる。
「別にいいじゃないか。他人に合わせて自分の好きなものを押し殺す必要がどこにある? 好きな事を邪魔されて、それを我慢する必要は無いと思わないか?」
「それは……」
「そのヒーローも言うはずだ。好きなものを隠す必要は無い。それをバカにするヤツは、友達でも何でもない、って」
いつの間にか出てきては心を揺さぶる女の声。どう見ても怪しい風体にもかかわらず、その言葉は少女の心に入り込んでいく。
「……うん。そうだよね。別に、ヒーロー物を卒業する理由なんて」
言いかけた瞬間、女……ドリームイーター、フレンドリィが少女の胸元に鍵を突き立てた。声もなく崩れ落ちた少女から、ずぶりと黒い異形が、新たなドリームイーターが生まれる。ヒーローを思わせる鎧に身を包んだそれの顔、仮面のようなモザイクに覆われていた。
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「多感な時期だけが見ることを許される強い夢、願望……高校生を狙ってドリームイーターが活動を始めているのは知っているな」
集まるケルベロスを前に、フィリップ・デッカード(ハードボイルドヘリオライダー・en0144)は前置きも無く切り出した。今回の発端はドリームイーター・フレンドリィによるものだ。そう言ったうえで、フィリップは話を続ける。
「周りと歩調を合わせる……和を以て何とやらだ。そういう考えで自分を殺してる奴を狙って、そのドリームイーターは行動を起こしているって訳だ」
そして、今回の押し殺している物が何かと言えばだ。フィリップは机の上に、小さなフィギュアを置いた。
「ヒーロー物の特撮。どうやらこれが発端らしいな」
被害者はヒーロー好きを隠して過ごしていたらしく、あまりそういった作品への理解の無い友人の言葉に人知れず胸を痛めていた、という話のようだった。
「好きなモンを好きだと言うのは悪い事じゃねぇが、そいつを押し付けるのも問題だ。線引きってやつだな。そいつを分からせれば、ドリームイーターにも付け入る隙が出るはずだ。マニアってのはそう言うもんだろう?」
好きな事を隠す必要は無いし、言い返す権利もある。だが、それを押し付けても良い理由にはならない。そのラインを弁えさせればいい。フィリップはニヤリと笑う。
次だ。そう言ってフィリップは手元の地図を広げる。
「彼女からドリームイーターが生まれる場所は幸い人気の無い通りにある公園だ。そのドリームイーターは、彼女自身の友人を狙うだろう」
そこからフィリップは地図に赤い線を引く。その線は住宅街を抜けて、繁華街に抜けていく。その線は学生向けのカラオケチェーンに向かって行く。
「幸い道は限られている。どのタイミングでもいいが、被害が出る前に叩くのが一番だろう」
フィリップはそのまま地図に更に線を引く。狭い路地に追い込んでバツ印を付ける。道の途中で、ドリームイーターの生まれる公園で。ケルベロスが到着するタイミングがドリームイーターが生まれた直後、と言う事もあり、被害は最小限に抑えられるだろうが、万に一つの事態も考えられる。
「バックアップも用意した。上手くこきつかってやってくれ」
そう言いながら、フィリップはヘリオンにもたれていた赤髪の少女、ザビーネ・ガーンズバック(ロリポップヴァルキリー・en0183)を示す。少女はつま弾いていたギターの手を止めて小さくウィンクを返す。
「ヒーロー絡みって事もあって激しい攻撃が予想される。気を抜くなよ」
話は以上だ。そう言ってフィリップは話を区切る。
「折り合いを付けるのは必要だが、好きな事を抑え続けるってのが辛い事も理解はできる。彼女がこの先どう生きて行くか、今回の仕事はそいつも決めかねない。そいつは頭の片隅に入れておいてくれ」
難しい年ごろだな。フィリップは小さく苦笑してヘリ音の準備に取り掛かった。
参加者 | |
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八千草・保(天心望花・e01190) |
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357) |
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921) |
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455) |
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710) |
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286) |
●覚・醒
そのドリームイーターが生れ落ち、ゆっくりと歩みを進めようとした瞬間、風が吹いた。冬と春の境目の心地よさと違い、それはふと背筋が伸びるような緊張感に満ちた世界に変えていく。
「どうやら、間に合ったようですね」
「ホントならこうなる前にってのが一番やけどなぁ……」
風邪に背中を押されるように、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)がゆらりと現れる。その隣に並ぶ八千草・保(天心望花・e01190)も、小さく肩を竦め、まあよしとしましょと小さく呟く。
ヒーローの纏う外骨格。それを模したドリームイーターは、公園の出口に立つ二人を見て身構える。目的を果たす事を優先するため、それは黒いマスクに覆われた顔でぐるりと見渡す。けれど、突破口となりうる場所は既にケルベロス達の包囲に阻まれている。
やむなし、とドリームイーターは手にしたブレードを構えて身を落とす。
「ストップストップ! 話があるんだって、だから、ちょい落ち着こう! でしょ?」
今にも戦いの火ぶたを落としそうなドリームイーターを、ザビーネ・ガーンズバック(ロリポップヴァルキリー・en0183)が制した。
ヒーロー物……特に決戦前において、戦闘の前座に説得が、話し合いが来るのはお決まりの流れだ。それを理解してか、ドリームイーターが僅かに構えを緩める。
それを見て、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は微かに安堵する。まだ間に合う事が分かったからだ。
「事情はちょっとだけ、知ってる。大変だってことは分かるけど……友達かヒーローか。どっちかだけを選ばなきゃいけないの? 両立する事だって、できるんじゃないかな」
彼女の言葉に、一瞬だけドリームイーターがたじろいだ。地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)が頷いた。
「そうです。人にはあまり言えない好きな事って、誰にでもあると思います。きっと、それは悪い事じゃありません」
でも、と夏雪は自分よりも一回り大きな相手にも毅然に向かう。
「その好きを誰かに押し付けて、誰かに迷惑をかけるのは良くない事です」
ドリームイーターがじり、と一歩下がる。片手で仮面を抑え、頭痛に苛まれているようにかぶりを振る。
「お友達も、わざと言うたわけやあらへんと思うよ? けど、そこまでする事はあらへん。好きなものを好き言うために、誰かを傷つける必要は無いとボクは思うんよ」
「ヒーローが意志を貫く事と力づくは違います。その先にあるものは不幸だけですぞ」
穏やかだが円熟した雰囲気を纏う保とこの中の誰よりも熟達した赤煙の優しくも、正しく和を貴ぶ言葉。それを聞いて、ドリームイーターは更に苦悶する。それは真綿で締め上げられているようでもあった。
やがて、ドリームイーターは自分を縛っていた見えない鎖を払うように剣を振るう。銃の引き金をがむしゃらに引く。
「どうやら、続きはこれも交える必要がありそうね」
少なくとも、今は。そう言ってアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は手にした銃をくるりと回して撃鉄を起こす。その引き金はぴたりとドリームイーターに向けられる。
明確な敵意を感じ、彼女の後ろに浮かぶ伴侶がゆっくりと武器をもたげる。
「そうね。向こうが力づくで他の人間を踏みにじるのならば……それはもう、ヒーローでも何でもない」
アウレリアの言葉に頷き、リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)はバイザーを下す。手にした刀が回転を始めて澄んだ音を立てる。
「ミッション、ドリームイーターの撃破。作戦を開始する」
リティの言葉が引き金であったかのように、ドリームイーターが地面を蹴った。
●ファイト・フォー・ジャスティス
ドリームイーターは片手の剣を上段から袈裟懸けに振るう。その動きはいくばくか精彩を欠いた様子だったが、それでも、スピードは並のデウスエクスのそれではない。
一瞬で間合いを詰めて、そのまま包囲を瓦解させる。そうならなかったのはケルベロス達もそれを織り込み済みだからだ。
「言っておくが、ここから先に進ませるつもりはない」
ドリームイーターの一閃は、下から救い上げる様に迫るリティの刃に阻まれる。互いに刀身を高速で振動させる得物を操るせいか、鍔迫り合う彼女たちの間に、眩い閃光が走る。
「他人の大事なものを踏みにじる。それをお前の中のヒーローが許すのか」
激しい振動の中でも聞こえる、良く通る声だった。その言葉を遮るようにドリームイーターの剣が唸りを上げる。押し切られると見た彼女は大きく身を逸らして後退。一瞬遅れてい唸りを上げる刃が地面を抉る。
「ありがとうございます。襲われたお姉さんの為にも、ここで食い止めます……!」
戦場をこの公園だけにとどめなければならない。このドリームイーターに、『彼女』の友人を傷つけさせるわけにはいかない。夏雪の想いに応えるように、季節外れの雪が静かに降る。グラビティを纏うそれは、ドリームイーターの鎧に足元に降り注ぎ、その動きを鈍らせる。
「どれだけ鎧を纏おうと、今の貴方がやろうとしている事は悪の怪人そのものですぞ」
赤煙がごく自然な足取りで、けれども一切の無駄なく間合いを詰める。一点に集中した付きは正確だった。故に、ドリームイーターも動く事ができた。当たり所が悪ければ致命の一撃になりうるそれを、鎧の最も厚い部分で受け止めた。
微かに眉をひそめて赤煙は動きを観察する。
癇癪を起した子供のような乱暴な動き。それは、彼女が揺れている証のようだった。ドリームイーターの話す正義と、彼女の思うヒーローのありかたに。
「貴方の愛するヒーロー……それは、誰かの言いなりのまま他人を傷つけるのを良しとするかしら?」
アウレリアは引き金に指をかける。それを察して、ドリームイーターが県と一体になった銃を構える。
弾丸が交錯。彼女の放つ弾丸がドリームイーターの足、特に防御の薄い関節部を集中的に突き刺さる。反撃の弾丸が彼女を抉る瞬間、控えていたビハインドが銃撃を遮り、反撃に周囲の鉄柵や鉄棒のパイプをねじ切って即席の槍に、砲弾に変えていく。その苛烈な攻撃を見て、
「必要なのは自分で選ぶ事よ。どんな結末を迎えようと……そうでしょう?」
アウレリアが穏やかにほほ笑む。それは死してなお添い遂げる事を選んだ伴侶に向けられているようで。
「少なくとも、あなたから友達やない、なんて思われたらきっとご友人も悲しいよ。傷つけられたなら尚の、事っ!」
穏やかな風を思わせる身のこなし。けれど、その攻撃はかまいたちのように鋭い。一瞬で懐に詰めた保が、鋭い足払いをかける。執拗なまでの攻撃に、ドリームイーターがバランスを崩す。
「今のうちに! ザビーネちゃん、一緒にお願い!」
「あいよ!」
エヴァリーナの掛け声に合わせて、そういや、ギターで戦うヒーローっていたっけ。ザビーネが小さくぼやく。彼女の荒々しい音が、エヴァリーナの適切な治療が前線に立つケルベロス達を奮い立たせる。
●仮面を捨てる日
ドリームイーターによる被害が出る前に食い止める。
その時点で、ケルベロスとしての仕事の半分は達成していると言えた。彼らの厳しくも優しい説得は、ドリームイーターとしての意志とヒーローの在り方で揺れている。
それを振り払うように、ドリームイーターの戦い方は荒々しく、精彩を欠いたものになる。そして、攻撃それ自体の苛烈さは増していく。
ドリームイーターも無傷ではない。鎧のあちこちがひび割れ、特に関節部、肘や膝への損傷は特に深い。
「っ……外装をパージする。長期戦にはならないわ」
どちらに転がるにせよ。リティは心の奥でそう付け足して、ひび割れたバイザーや使い物にならなくなったレドームを、増槽を分離する。
「……ねー。これ、そろそろヤバイんじゃ……?」
「そうだね。だからもうちょっと頑張ろう? でないと、もっとヤバい事になっちゃうから」
「そのちょっとがいつまで続くのさー!」
「……もうちょっと、かな?」
右へ左とあたふたしながら手当てに駆け回るザビーネを励ましながも、エヴァリーナは治療の手を止めない。
それはデウスエクスを倒す為の戦いではない。家族を、そして彼女と並び立つ仲間を死なせないための、もう一つの戦いだった。
「……ふふっ。そうね。あんまり迷惑をかけたくないものね」
傍にいるビハインドに語り掛ける様に微笑み、アウレリアはさらに引き金を引く。素早い二連射を三セット。それはドリームイーターの武器を、足を狙って動きを封じる。
「八千草お兄さん! ドリームイーターの動きを止めます!」
「ええよ。こっちに釘付けやね」
千雪の言葉に応じて保が動く。ゆらりと陽炎のように移動しながら、手にした巨大な砲身から砲弾を放つ。それはドリームイーターの装甲を砕くまでに行かなくても立て続けに衝撃を与えて動きを鈍らせる。
「今です……捕らえました!」
その隙を逃さず、千雪は手にした白いスライムを伸ばす。ドリームイーターの腕に絡みついたそれは、周囲の雪に呼応して氷となって鎧を蝕んでいく。
「これで決める」
リティが踏み込みと共に一閃。ドリームイーターがそれを受け止めようとするが、武器を封じられ、動きの鈍った状態ではデッドウェイトを捨てた彼女に追いつける筈もない。
「ええ。目を覚ます時です。鎧と仮面で自分を隠すことも、その武器で誰かを傷つける必要も、どちらも無いのです」
赤煙が穏やかに語り掛ける。ドリームイーターが彼を正面から見つめる。
その時には、赤煙の貫手が、ドリームイーターの鎧を突いていた。鎧の損傷の酷い部位を狙ってグラビティ・チェインを集中させたその一撃を受け、鎧にヒビが走る。
閃光。
光の中で鎧が砕けていく。
閃光が晴れ、残っているのは立ち尽くすケルベロス達と、微かな鎧の残滓、そして気を失った少女だった。
●夢とヒーロー
気を失っていた少女は、ザビーネのつま弾く聞きなれた曲を聞いて目を覚ます。
昔見ていた特撮の主題歌だ。倒れていた少女はゆっくりと視線を巡らせる。少女が立ち寄った公園は、白い花々が咲き誇り、鉄棒に沿ってブドウが実っている、どこかちぐはぐで、けれどもどこか安心できるような不思議な空間になっていた。
「……バイタルに異常なし。微かに脈拍の上昇が見られるが、許容範囲だ」
「それを聞いて安心しました。脈拍はまあ……見知らぬ人に囲まれればそうなります」
傍で様子を見ていたリティの淡々とした報告に赤煙は胸をなでおろす。その様子を見て、さらに少女の混乱が加速する。
「初めまして、かな。私はエヴァリーナ。あなたは?」
「は、はい。あの。ええと、夏海です。夏に、海で……夏海」
うんうん、と小さく頷いたエヴァリーナやケルベロスを見まわして、夏海と名乗った少女は困るともほほ笑むともつかない、複雑な表情を浮かべる。
「初めまして、と言うには何と言うか……そうでもないような」
「そうやなぁ……ちょっと前に色々あってな。剣を交えたと言うか拳で語り合ったと言うか」
保は冗談とも本気ともつかない、曖昧な笑みを浮かべる。
ケルベロス達は簡単にかいつまんで事情を説明した。彼女が起こした事としてではなく、あくまで彼女が被害者である事を崩さずに。
「その、ご迷惑をおかけしました……私のせいで……」
話を聞いて、夏海は俯く。手にしたキーホルダーを握りしめ、胸元でぎゅっと握りしめる。
「夏海お姉さんは、友達と遊ぶのも、ヒーローも好きなんですよね」
夏雪の言葉に、少女は少しだけ考えてから頷いた。どちらも選べない、と言うように。
「友達の前だとできないことってあると思う。私もみんながダイエットって言ってる前で牛丼のメガ盛りとか、頼みづらくて……一杯だけにしちゃうし。でも、どっちかを選べって言われたら私も出来ないと思うか」
十分な量じゃね、とザビーネが後ろで首を傾げた。
「学校、っていう閉じられた世界。そこでどう戦うかは貴方の自由よ。そして、その戦い方は身に着けているはずよ」
義妹の言葉に頷いて、アウレリアは頷く。あくまで強制はしない。けれど、ヒントは与える。既に夏海はその戦うサンプルを既に手に入れているのだから。
「その通り……例えば、最近のヒーローは若手の俳優や有名歌手を使っている事も多いと聞いています。いかようにも伝え方はあるでしょう」
「そういうことやなぁ。友達なんやろ? 別に、その子も本心で言ったわけやないやろうしな……それで悩めるんは、大人の一歩やね」
赤煙と保が穏やかに背中を押す。それを聞いて、夏海はゆっくりと立ち上がった。その表情に、気後れは無く、けれども手が白くなるほどにキーホルダーを握りしめていた。
「ありがとうございました。それじゃあ、私はこれで」
「……カラオケ、お友達と楽しんできてくださいね、めいっぱい」
見透かしたような夏雪の言葉に少女は驚いたように目を見開き、そして笑った。今までの気後れした笑みとは違い、心からの笑顔だった。
「……ようやく、ヒーローらしくなれたようね」
駆け足で公園を去る少女を見て、リティは小さく頷いた。表情こそ変化していないが、彼女の纏う雰囲気がほんの少しだけ、柔らかくなる。
事件は防がれた。ケルベロス達の間に弛緩した雰囲気が流れる。
「ふー。これで一件落着?」
「そうみたいね。はい。ザビーネもお疲れ様」
アウレリアの差し出したお茶。そこから漂う微かに目がひりひりする匂いと底に沈んだ、妙に赤い何かを見て少女が硬直する。保や夏雪達にも振る舞おうとするのを見て、エヴァリーナが割って入る。
「ストップ。義姉さんは味覚が人と違うって自覚して」
「そう……それじゃあ最近学校はどう?」
「ええと。はい。楽しく通っています。けど、どうして急に……」
「ま、ぼちぼちやなぁ」
「し、出席は足りてっし……進級は……多分……うん」
僅かに困惑する夏雪や穏やかな笑みを浮かべてはぐらかす保達と裏腹に、ザビーネの視線が露骨に泳いだ。それを見てまあ、とアウレリアは目をほんの僅か見開く。
おせっかいを焼き始める女性とそれに翻弄される十代のケルベロス達をよそに、赤煙とリティはその騒ぎを遠巻きに見ていた。
「この季節です。学園ドリームイーターとやらも『卒業』してくれればいいのですが」
赤煙の言葉に頷いてリティは周囲を警戒する。
春はもうすぐだ。けれども、夕暮れの公園を通り抜ける風は冷たかった。
作者:文月遼 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月16日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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