IRANAI☆NANIMO

作者:狐路ユッカ

●捨ててしまおう
「物を持つことはよくない」
 すっぱだかのビルシャナが、そう豪語した。まあ、素っ裸といっても羽毛があるから色々大丈夫ではあるが。
「そうですね! 明王様! 私どもも極限まで捨てます!」
「はい! 明王様! すべて捨ててしまいましょう!」
 ダンシャリ明王は、限りなくシンプルな服装に質素な雰囲気の男女を従え、うむと一つ頷いた。
「モノへの未練を捨てろ! モノを捨てろ! そして無の境地へ! 悟るのだ!」
「おおおおお!」
 拍手が巻き起こる。このままでは、彼らは余計なもの(と、彼らが思うもの)を持っている人の家に押しかけ、全部捨ててしまうだろう。

●それを捨てるなんてとんでもない
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は、ううーんと唸る。
「お部屋をきれいにするのはいいことだけど、ね」
「う」
 ちら、と視線を向けられ、エルヴィ・マグダレン(ドラゴニアンの降魔拳士・en0260)は目を逸らす。
「ち、散らかしてるわけではないわよ? ちょーっと……ぬいぐるみが……多いだけで」
 これは完璧にダンシャリ明王に目を付けられるやつである。
「まあ、そういう人の部屋の物を捨てようって目論んでるよね絶対」
 物を捨てることで悟りを開く……それがダンシャリ明王。従えている8人の信者を撤退させ、ダンシャリ明王をふっとばしてほしい、という。
「でも、お掃除をしろって割と正論よね」
 うぐぐ、とエルヴィはウサギのぬいぐるみを抱きしめ、唸る。
「でもさ、……それ、思い入れがあるんでしょ?」
 祈里はにこりとわらって続けた。
「人には人の事情があるってやつ、だよね。んー、まあ、……汚部屋もどうかとは思うけど。なんにせよ、過激な思想を押し付ける明王はやっつけないとね」
 エルヴィは力強く頷く。
「よし……皆で自分の部屋というサンクチュアリを守りましょう!」
 そうして、ヘリオンへと乗り込むのであった。


参加者
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)
 

■リプレイ


「ここにダンシャリ明王が……」
 ケルベロスたちはビルシャナがアジトとする廃墟にたどり着き、扉を開ける。まさに信者たちがごみ袋を担いでどこかへ飛び出そうとするところだった。
「あ。私、今から対ビルシャナ戦の戦術ルーチン組むのでいっぱいいっぱいなので、信者の説得はよろしくお願いしますね」
 先にお願いしておきます、とタブレットを操作しながら軽く会釈をした旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)に、エルヴィ・マグダレン(ドラゴニアンの降魔拳士・en0260)は一つうなずいた。
「わかったわ。安心して」
「どうしても駄目なら最終手段に訴えるつもりではいますけど」
 嘉内のその言葉に苦笑いを浮かべる。
「いざというときはお願いするわね」
 その傍らで、浜咲・アルメリア(捧花・e27886)は、なんとなく頭を抱えている。
「……どうも、断捨離のせいかさっきからあの曲が頭の中に流れるのよね……」
 新手のビルシャナの攻撃かしら……。とつぶやく。対峙する前から精神攻撃してくるなんてすごいぞビルシャナ……(すっとぼけ)。
「なんだ貴様ら。貴様らも捨てることへの美学を理解しわれらとともに行こうというのか?」
 そんなことを宣うビルシャナに、アルメリアは小さく首を横に振った。
「なぜだ! 美しい部屋を我らと共に作ろうと……そうは思わないのか!」
「そうね、片付いた綺麗な部屋は素晴らしいわ。それは確かね」
「そうだろうそうだろう!」
 信者たちが拳を突き上げて同意を求めてくる。
「けれど、それは『全て捨てる』とは違うわ」
 いらない、捨ててしまおう――そういうことではないのだ、と。
「な……どういうことだ!」
「いい。部屋が散らかる原因はひとつ」
 びしり、と指を突き付ける。
「それは『いらないものと、いるものの区別ができていない』からよ」
 かく言うあたしもそうなのだけれど……。アルメリアは小さく付け足すと、続ける。
「いらなくなった服と、思い出の服。どうでもいい置物と、大切な貰い物」
 それって全くの別物でしょう、と問う。若い女の信者がぴたりと動きを止めた。
「捨てるのではなく、まず掃除と整理。捨てるのはその後、よ」
「捨てるのは……後……」
「高価とかレアとか、ではなくあんたにとって大切なものを残して、それ以外を捨てる。そうすることで、お気に入りだけに囲まれた生活を送る……素敵なことだと思うわ」
 女はアルメリアの言葉に大きくうなずいた。
「そう、お気に入りに囲まれた生活! 素敵!」
 影響されやすいタイプの女である。ビルシャナを無視してすり抜け、女はどこかへ走り去っていった。
「えっ、えっ……」
 取り残されたビルシャナは戸惑いを隠せない。残る7人の信者たちがビルシャナを励ますように寄り添う。
「捨てることこそ我らの教義、決して違えるな!」
 ビルシャナの叫びに呼応する信者へ、エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)は違う、と唇をかみしめる。
(「……物を捨てるっていうのは物を買うのと同じくらい大事なことなんです。それを洗脳させてやらせるなんて……」)
 物を作った人、買う人に贈る人に使う人、皆の想いを粗末にするような奴は許しておけない。そう、彼らは縁の大事さを知らないのだ。
(「――私の小結丸でぶった斬ってやります!」)
 キッとビルシャナを見据え、そして小さく息を吐いた後でその口を開いた。
「そう、ですね。確かに捨てることは重要です」
「そうであろう!」
 わかってくれるか、と笑顔になるビルシャナに、エイシャナは『けれど』と付け足す。
「でも捨てるだけじゃ『もったいない』から、寄付すべきです」
「寄付?」
 若い男が首をかしげる。
「そうね、寄付なら必要としている人のところに物が行くわよね」
 エルヴィがうなずくと、エイシャナもそれに答えて頷く。
「そう。ですが……寄付を続けると『寄付がないと生活に支障が出る側』になってしまう」
「えっ」
 エイシャナの話題の転換に、男は一瞬わからないという顔をした。
「あげつづける、捨て続けると、手元には何も残らないものね」
 エルヴィがそう続けると、はっとした顔になる男。その横にいる老人も、ほう、と頷く。
「ということは、人は『物によって支えられてる』んですよ」
「そうよね、必要なものは残さなくちゃ。それが他人にとって必要でなくても、自分にとって必要ならば……ね」
 エルヴィが微笑むと、男と老人は顔を見合わせる。
「そうか……俺たち、物に支えられて生きている……」
「うん……」
「おい、待て、何を言って」
 もう一度部屋にあるものを見直してみよう、とか言いながら去っていく二人を、ビルシャナはついに止めることはできなかった。


「俺たちはこの世界のみんなの部屋を綺麗にするために善を働くんだ! 邪魔するな!」
 いきり立つ信者を前に、七種・酸塊(七色ファイター・e03205)は眉を顰める。
「……自分の部屋の管理ができてないやつなんてそういないだろ」
「へっ」
「部屋の中にあるのは全部持ち主が大事にしてる物なんだから、勝手に捨てたら取り返しがつかなくなるぜ」
 あっけにとられている男をよそに、エルヴィは気まずそうに視線を逸らした。
(「う……」)
「思い出の写真とか、もう手に入らないオモチャとか……誰にでもあるだろそういうの」
 お前にはないわけ? そう言いたげに酸塊は首をかしげる。物が多くても片付いていて、どこに何があるかわかっていて、すぐ取り出せるなら無理に減らすことはないんじゃないかと酸塊は告げた。
「そ、そそそそれができないから捨てるんだ!」
 そう叫ぶ男にぴしゃりと言い放つ。
「いや、だからそれお前の場合だろ?」
「ふぇえ」
「勝手に捨てて、それで喧嘩になったりするんだし、面倒ごとは避けるべきじゃねえか?」
 ようやっと、男は立ち上がった。
「確かにな、うん……面倒ごとは嫌だな」
「えっ、善を働かないの!? ねえ!」
 ビルシャナの制止も聞かず、男は出ていく。
(「団砂利というのはわしには理解できんわい楽しいのかのう?」)
 信者たちがごみ袋を抱えて目を爛々とさせているのを見て、カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)は首をかしげた。なんでそんなに躍起になっているんだろう、と。
「負けるなーっ! 捨てる! 捨てるぞ!」
 残った4人の信者らとビルシャナ。完全にヒートしちゃっている。そこへ、
「おぬしらモノをそう易々捨てるでない」
 カヘルの渋くよく響く声が通った。ぴたり、と信者らの動きが止まる。
「モノにはそれを作った者の心が込められておる。物心を蔑ろにしてならぬ」
「は、はぁ? 何言って……」
 若い女が反論しようとする、が、カヘルの瞳の奥が静かに光るのを見て、口をつぐんだ。
「物を捨てればその分心の豊かさが減るぞよ。……それとも捨てるかのう?」
「え……」
「おぬしらの部屋全て! 金も! 家も!」
 ビクッと女は肩を揺らす。
「さ、さすがに家は……」
 傍らの男が叫んだ。
「じいさんよ、そりゃ屁理屈ってもんだろうよォ!?」
「なーにが屁理屈よ。あなたたちが言ってる全部捨てる理論のほうがぶっ飛んでるわよ!」
 エルヴィはウサギのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、舌を出した。戦闘前に言われたのだ。
 ――物の廃棄は取捨選択じゃ、心のものう? エルヴィもぬいぐるみは大事にせい。
 その言葉に胸を打たれたエルヴィ。何を残し、何を捨てるのか。それさえ正しく選択できれば、過剰に捨てることなどない。
「その着てる服も!」
 叫びながら、カヘルは男の胸元につかみかかる。
「ひ、ひぃえ!」
「髪も!」
 カヘルの手にはバリカン。けたたましい音を立て、今にも男の髪の毛を刈り取ろうとしている……!
「ひゃっ、やめ、やめぅ……」
「命をも捨てる覚悟はあるかのう?」
 男の耳元で低く問えば、たまらず男は逃げ出していった。
「こ、の、爺―っ!」
 口汚くカヘルを罵る女の頭に、リボルバー銃を突きつけてカヘルは笑う。
「……ドタマも捨てるかのう?」
「ひぎっ……」
 たまらず、女は駆け出し逃げて行った。何もかも捨てる……命さえも捨てるという意味になりかねない。
「ふぉーふぉふぉふぉ……」
 髭を撫でつけながら笑うカヘルに、エルヴィはくすりと笑みをこぼした。
(「おちゃめさん」)
 残る二人の信者はというと、まだなにやらぶつぶつ言っている。引く気がないようだ。


 はぁー、と深いため息をついたのは嘉内であった。
「ここまで言われてもわかりません?」
「わかるもなにも!」
「じゃ、貴方達の命を断捨離しましょうか?」
「へ?」
 男二人は嘉内の病んだ昏い笑みに冷や汗を流す。
「物への執着のない、無の境地に至れますよ?」
 じり、じり、と歩を詰める嘉内に、ついに一人は逃走した。
「お、俺は逃げない! 逃げないからな!」
「仕方ないわね」
 ビルシャナの号令と共にこちらに突っ込んできた男を、アルメリアは軽くいなしてその首根っこに手刀を叩き込んだ。
「ぶぎゃ!」
「はわわわわ」
 ビルシャナはすでにケルベロスの勢いにおっかなびっくりだ。だが、そうも言ってはいられまい。降り立たせるようにごみ袋を高々と掲げて叫んだ。
「捨てるのだ、何もかもを!!」
「無茶なこと言ってないで……まったく」
 小さく息を吐くと、嘉内は前衛に立つ仲間たちへとヒールドローンを展開する。
「IRANAI! SUTERO!!」
 爆音に近い念仏を唱えるビルシャナに、仲間を庇って前に出たアルメリアは頭を押さえてかがみこむ。
「うっ……これ……なんか聞いたことあるような……」
 心配そうにすあまはアルメリアを含めた前衛のケルベロスの周囲を清浄の翼で飛ぶ。
「うん……大丈夫よ」
「下手な歌を聞かせるでないわ!」
 カヘルはリボルバー銃を勢いよく引き抜くと、達人の一撃を撃ち込む。
「ぎゃあああ!」
「さて……被害が出る前に食い止めるぜ!」
 酸塊が、パイルバンカーをビルシャナの腹部めがけてねじ込みに行く。凍てつく杭に打たれ、ビルシャナはその場にどしゃりと倒れこんだ。
「うぐお、まだ、まだ退くわけには」
 などとうめきながら、ビルシャナはガランガランと頭に付けた鐘を鳴らす。
「なんじゃ、それも捨てればよかろうに。のう?」
「そのとおりね!」
 カヘルとエルヴィ、嘉内は耳を軽く押さえて衝撃に耐える。
「許しません……」
 エイシャナが低く呟く。
「とにかくこの明王はぶった斬ってやります!」
 そのコンプレックスである小柄な体躯から発せられたとは思えぬ程の、咆哮。ビルシャナは勢いに圧倒され、その場に伏せて動けなくなった。次いで、エルヴィの拳がその頭を強かに打つ。
「人の部屋のことにまで口出しするのはプライバシー侵害ってもんよ」
 嘉内は鐘の音を受けた仲間のために、ヒールドローンを展開し、いまだ、と目配せをする。
「逃したりしねえよ」
 這うようにして逃げようとしたビルシャナに、
「存分に味わってけ!」
 酸塊の旋刃脚が見事に命中したのだった。
「あああああああ!」
 すべてを捨てろと豪語したビルシャナが、まさに己の体を無に帰す。なんと皮肉なことか。


「片付いた……ってとこよね?」
 エルヴィが息を吐く。うん、と頷き、そして嘉内は首を捻って、ため息を一つ。
「……それにしても、極端に走るからビルシャナ化するのか、ビルシャナ化したから極端に走るのか、一体どっちなんでしょうね?」
「……鶏が先か卵が先か……みたいな?」
 なんにせよ、やってることの極端さが半端じゃない。迷惑甚だしい。傍らで自分のハットと銃をじぃっと見つめてなにやら考え込んでいるボクスドラゴンに、カヘルはこれこれ、と声をかけてやった。
「ボクスドラゴンや、おぬし得物とハットは捨てるでない。大事なものじゃろう?」
 それがないと戦えんじゃろうに、と笑うと、ボクスドラゴンはこくんと一つ頷く。エイシャナはというと、ふーっと息をついた後独り言ちる。
「無事に終わったし……お部屋の掃除したり……あはは」
「ん? 手伝うか?」
 酸塊が笑いかける。もちろん無理には捨てない、と付け足して。
「そ、それなら私も手伝ってほしいかも……」
 エルヴィが恥ずかしそうに小さく手を挙げる。誰からともなく、和やかな笑いが起こった。
「大切なものは、大切に……ね」
 アルメリアがしみじみと、噛み締めるように呟く。
 誰かにとってはいらないものかもしれない。それでも、自分にとっては宝物ならば……。上手く、その『物』と付き合っていくのも大切なことだ、と。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月16日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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