門出に誘われる竜の牙

作者:猫鮫樹


 ぶかぶかだった制服も、気付けば体に馴染んで着慣れてきた。それほどまでに毎日着ていた制服も、今日で最後。
 神奈川県にある県立高校の校庭。そこは新たな旅立ちをする生徒と保護者、そして先生達で溢れていた。
 三年間通っていた学び舎を去るというのは心に来るのだろう、鼻をすすり、涙を流す人達が互いに声を掛け合う。
 これから先、未来ある若者たちにはきっと試練が重なるだろう。それでも友と学び、先生に叱られ、楽しかった日々を糧に進んでいくはずだ。
 そんな明るい未来を持つ卒業生たちがいる校庭に、突然白い牙が突き刺さる。
 その牙は見る間に姿を鎧兜をまとった竜牙兵に変え、手にもった得物を近くにいた卒業生に振り下ろした。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 禍々しい声と姿。そして殺されてしまう人々に、明るいはずの未来が竜牙兵の手によって壊されてしまうのだった。


「餅つき大会に現れた竜牙兵の討伐お疲れ様」
 労いの言葉を言って中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)は持っていた本を静かに閉じた。
「鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)さんが危惧していたように、卒業式を迎える学校に竜牙兵が現れたんだ」
 神奈川県にある高校は卒業式があり、式が終わって校庭で友達や先生との別れを惜しんでいる中に竜牙兵が現れ、殺戮することが予知された。
 集まったケルベロス達を見て、急いで現場に向かい、阻止してほしいと鴻は話した。
「ただ、出現前に周囲に避難勧告をしてしまうと、竜牙兵は他の場所に出現してしまうから、事件を阻止することができなくなってしまうんだよねぇ」
 先手を打つことができないため、竜牙兵が現れてから行動するしかない。現場についてからは騒ぎを聞きつけた近隣の警察などに任せられるので、竜牙兵の撃破に集中することはできると続けた。
「竜牙兵は全部で3体。剣や鎌を所持していて、ケルベロスとの戦闘が始まれば竜牙兵は撤退することはないよ」
 校庭も十分な広さがあり、避難さえしてしまえば障害物等気にせず力いっぱい戦える。
「折角、様々な未来を描いて進んでいく人たちの門出を邪魔するなんて許せないよねぇ。残酷な未来なんて壊してきてほしい」


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)
 

■リプレイ

●立ちはだかる白い牙
 卒業する生徒を祝福するかのような春の陽気。
 別れを惜しむ卒業生からは鼻を啜る音が漏れている。3年間通った学び舎。一緒に授業を受けていた友達。様々なことを教えてくれた先生。
 着慣れた制服も今日で最後と考えると、寂しい気持ちでいっぱいになるのだろう。
 そんな卒業生や先生、保護者が集まる校庭に白い牙が3本飛来し、突き刺さった。
 砂埃を上げて、白い牙が鎧兜の異形姿……3体の竜牙兵の姿となり、鎌と剣を振りかざして酷く重たい、そして淀んだ声で宣誓する。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 振りかざす剣が風を斬っていくその様に、悲鳴が飛び交う。
 新たな未来へと歩みだす卒業生を嘲笑うかのように、竜牙兵の一閃は卒業生らを脅していく。だが、そこに稲妻を帯びた超高速の突きが竜牙兵の体を射抜かんばかりに繰り出された。
 その攻撃の先には喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)がゲシュタルトグレイブを携えて、理不尽な暴力を力ない人たちに奮う竜牙兵を睨みつけている。
「力を振り回すだけの骨ばかりのおバカさん達、私達が相手するのよね!」
 挑発するように波琉那が竜牙兵へと叫べば、逃げる保護者達の中から藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)が『脳天直下』を砲撃形態へと変形させ竜牙兵に撃ち込んでいく。
「みなさん早く校庭から出て!」
 竜牙兵を足止めしつつ、シェーラが逃げる人々が安全に逃げられるように声を掛けていく。その声に従って逃げていく人を横目に確認していた浜咲・アルメリア(捧花・e27886)はウイングキャットの『すあま』と共に竜牙兵の前に立つ。
 逃げ遅れた人がいないように回りを警戒しつつ、波琉那へとグラビティをかけていった。
「磨け、《不語仙》。叢雲流霊華術、弐輪・蓮華」
 アルメリアの弐輪・蓮華が波琉那に施される。少しでも、竜牙兵に与えるダメージが上がる様にするためだ。
 すあまもサポートするために、前衛に立つ四人へと邪気を祓うように翼を羽ばたかせる。
 剣を持つ2体の竜牙兵の行動が阻止された中、残った竜牙兵が鎌を大きく振り上げようと武骨な足を動かそうとした瞬間。
「これから学び舎を旅立つ若者を守らんとのう」
 愛用のリボルバー銃から撃ち放たれる弾丸は竜牙兵の鎌を弾き、ボクスドラゴンがそのまま前進させないようにブレスを吐き出す。
 硝煙を上げるリホルバー銃の狙いは定めたままカヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)はボクスドラゴンと共に竜牙兵を一瞥していた。
 折角の門出を邪魔する輩には早々にご退場願わなくてはならない。
「うらああああ! とっとと壊れろや!」
 先陣を切っていた波琉那が竜牙兵を挑発し、カヘルが鎌を持つ竜牙兵を牽制。
 旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)も鎌を持つ竜牙兵へと狂戦士じみた突撃とともに繰り出したのはエメラルド色に輝くイナゴの幻影。
 無数に作り出されたイナゴは竜牙兵を貪るためにその鎧兜へと侵食していく。
 これからの未来がある人達が、その保護者や先生が、駆け付けた警察の人達によって無事に避難していくのが背後から感じられる。
 そんな明るい未来が待っているであろう卒業生を見るのは心が痛むだろう旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)は、所構わず現れる竜牙兵を緑色の眼光で睨みつけた。
「人が集まっているとみれば所構わず出てきやがって! おかげでこんなところに引っ張り出され、迷惑極まりないんだよ! 今日の私は虫の居所が悪いからな、覚悟しておけ!」
 半ば八つ当たりに近い嘉内の言葉だが、人が集まるところに出現する竜牙兵には文句の一つも言いたくなるのだろう。
 アルメリアがその言葉に一つ頷いていた。

●晴れの舞台は壊させない
 避難は完全に完了し、これで戦闘に集中できるケルベロス達。
 暖かな春の陽気を楽しむ空気はこの校庭には存在するはずもなく、肌を刺すような殺気が春の陽気を消し去るかのように充満していた。
「ほらほら! 私達倒さないと、グラビティ・チェイン奪えないよ!」
 波琉那は挑発するように声を上げ、オウガメタルを纏う拳で竜牙兵の鎧を砕くように殴りつけていく。鎧や骨を殴りつけるたびに響く鈍い音は確実に、竜牙兵の体にダメージを与えられているだろう。
 殴りつけては竜牙兵から距離を取る波琉那の背後からは、別の竜牙兵が波琉那の体を叩き斬らんばかりに迫っていた。
 風を斬り迫りくる剣に波琉那は避けることもできなかったが、同じようにオウガメタルを身に纏ったアルメリアがその切っ先を代わりに受け止めていた。
「させないわ」
 アルメリアは竜牙兵の剣により体に少しばかり傷が入るが、痛みを物ともせず眼前の竜牙兵を赤い色の瞳で睨みつけている。
 今回の竜牙兵の調査にあたった友人の分も、守り抜くんだ。
 こんな最低な世界でも、嫌いじゃないから、だから誰かの明日のためにもこの竜牙兵達を倒せなくちゃいけないんだと、強い意志が赤い色の瞳に滲む。
「アルメリアさんありがとうなのね!」
「どういたしまして、次の攻撃来るよ」
 波琉那が背後にいるアルメリアにそう述べると、少しツンとしたような口調で返ってくる。
 一人じゃないとはなんと心強いのか。
 そんなことを波琉那は思いながら、再度拳を握ると炎を纏うドラゴンの幻影が竜牙兵を焼き払わんばかりに横を通っていく。
「こんな日に竜牙兵なんて、お呼びじゃないんだケドねェ」
 去年の今頃はシェーラも小学校の卒業式だった。高校の卒業式にはまだ遠いことだけれども、思い入れがないわけじゃないのだろう。
 こんな晴れの日に邪魔をするなんて、本当に竜牙兵は空気が読めない。
 焼き払うために出されたシェーラのドラゴンの幻影は、そんなシェーラの気持ちを含んでいるかのように熱く燃えているのかもしれない。
 鎌を振り回す竜牙兵はカヘルと嘉内の二人が押さえてくれている今、少しでも早く剣を持つ竜牙兵を倒していまいたいところだ。
「カヘルさん、私の回復は大丈夫なので他の人へ回復お願い」
 回復が被らないようにアルメリアはカヘルにそう伝えて、自身の傷を癒していく。竜牙兵の攻撃によるダメージは少しでも、自分が背負うためだ。
 カヘルはボクスドラゴンに回復の指示を出して、前衛がすこしでも剣を持つ竜牙兵に集中できるようにと鎌使いに取り付けた見えない爆弾を爆発させていく。
 爆風が熱気を伴って砂埃を巻き上げていけば、その煙の中に向かって嘉内はアームドフォートの主砲を一斉に発射した。
 狙うは鎌を持つ竜牙兵。
 だが、竜牙兵にも仲間を庇う頭があるのだろう。その一斉に発射された攻撃は、剣を持った竜牙兵の体に着弾していた。
 盾役の竜牙兵が庇うことは嘉内も承知の上での攻撃だ。
 嘉内の攻撃を喰らった竜牙兵は縺れる足で踏ん張り、ケルベロス達へと剣を向けていく。だがその体はダメージからかひび割れていた。
 そこを狙うように波琉那が地面を蹴り上げて走り出す。ひび割れた竜牙兵の体に向かって一撃。
「グウッ!」
「本当にタフなのね!」
「波琉那、避けて」
 波琉那の攻撃を意地でも耐え抜いた竜牙兵にシェーラがとどめを刺すために追撃する。
「貴女の御前に傅く私が、偉大なる御身を讃えることをお許しください。貴女は例えば氷、茨、棺。極寒の冬に一輪咲く、気高く麗しい白の花」
 シェーラの背後に現れるのは夜叉の女王。鋭い視線が竜牙兵を射抜いていく。
 脆くなった竜牙兵の体にその攻撃がとどめとなったのだろう。倒れた体は校庭の砂を巻き上げて崩れ去った。

●戦いの残響
 竜牙兵1体を倒し、残るは剣と鎌を持つ竜牙兵が1体ずつ。
 カヘルが愛用のリボルバー銃の排莢をしながら、足止めをしていた竜牙兵と仲間達の様子を見つめる。
 ほどほどにダメージは竜牙兵側にも、ケルベロス側にも蓄積はされているだろうことは、体表面についた傷や衣類などの損傷具合から判断できるが。
 動き回って攻撃を繰り返している現状、蓄積する疲労まではどこまでのもか分からないだろう。
「前衛の回復は頼むわい」
 カヘルが排莢し終わったリボルバーに回復の力を込めた弾丸を装填し、嘉内へと銃口を向ける。
 鎌を持つ竜牙兵に積極的に攻撃を仕掛けていた嘉内の体には幾重にも傷があった。
 狂戦士のように特攻し、アルメリアがいくらかは庇ってくれてはいるものの、それでも切傷は後をたたない。
「……あ? そんなもんか? こんな傷はな、こんな場所に引っ張り出された辛さに比べれば、全然痛くも痒くもないんだよ!」
 吠えるように叫ぶ嘉内に、撃鉄を起こしてカヘルは弾丸を撃ちこんでいった。
「痛みはあるが我慢じゃ」
 カヘルの言う通り、嘉内の体に撃ち込まれた弾丸は衝撃と痛みを伴っているが、それでも癒しの力があることには変わりないのだろう。蓄積されたダメージが癒えたように感じる。
 回復した体を動かして嘉内は鎌を持つ竜牙兵に再度攻撃に出た。
「全てを食い尽くす災厄の蝗よ! 我が求めに応じ現れ出でて、彼の敵に滅びをもたらせ! 緑翠蝗!」
 エメラルド色に輝くイナゴの幻影をまた無数に作り出し、竜牙兵の鎧や骨を貪らせる。
 嘉内の作り出したイナゴ幻影はあっという間に竜牙兵の体を覆いつくしていった。
 体中を覆いつくすイナゴの幻影に竜牙兵はもがいて暴れるが、数が多いのか中々振り払うことができずにただ侵食され続けてしまう。手に持った鎌は力なく地面に落ちる。
 砂埃がその衝撃によって巻き上げられ、覆いつくしていたイナゴの幻影が霧散していくと、竜牙兵の姿も砂埃となって消えていった。
 残るは剣を持った竜牙兵だけだ。
 波琉那は残った竜牙兵を倒すべく、体力を万全にするために黄金の蜂蜜酒を使いアルメリアを回復する。
 倒された仲間を嘆くかのように、剣を大きく振り回す竜牙兵の攻撃をアルメリアが引き受けていく。回復を施された体は、その攻撃をなんの苦労もなく受け止められる。
「さぁ、観念するんじゃのう」
 鋭い眼光でカヘルは竜牙兵を睨む。
 ケルベロス達に囲まれてしまった竜牙兵にはもう成す術がないのだろうか。低い唸り声を上げるしかない。
 唸る竜牙兵に慈悲もなく、シェーラが焼き払うかのようにドラゴンの幻影を放つ。
 燃える炎に身を焼かれ、竜牙兵が咆哮をあげる中アルメリアが淡紅の髪と自身の名と同じ花を揺らし、竜牙兵の体を素早く蹴り上げていった。
「グオァァァァァ!」
 地獄の底にいる怪物のように、末恐ろしい咆哮をあげる竜牙兵はただもがき苦しみ、膝をついた。
 春の陽気で暖まった春の風が、そんな恐ろしい竜牙兵の咆哮と共に竜牙兵の体も吹きとばしていったのだった。

●春風と門出
「これで修復終わりかな?」
 竜牙兵との戦闘で荒れた校庭をヒールで直していたシェーラは、同じようにヒールしていたアルメリアに声をかけた。
 同じようにアルメリアも終わったのだろう、シェーラの声に答えれば、避難していた卒業生達も校庭に戻ってくるのが見える。
 折角の門出の日に竜牙兵が襲撃してくるなんて、ついてないなんて感じてしまう。
 去年卒業した小学校のことをシェーラは思い出しているのかもしれない。
 すあまを撫でていたアルメリアも卒業生達を見つめ、高校の校舎や雰囲気を感じて少しだけ懐かしい気持ちが胸をそっと染めていた。
「高校卒業となればそこからもう立派な大人じゃ」
 髭を撫でながらカヘルは戻ってきた卒業生達に声を掛けていく。大人から背負う責任と学校で養った知識と経験を活かし悔いのない人生を歩んでいけるようにと、ささやかな祝辞を述べていく。そんなカヘルの言葉が卒業生の心に染み渡っていったのだろう。
 明るい未来を見る瞳は涙に滲んでいた。
 卒業生達を見つめる三人から少し離れた位置にいた波琉那。
「罪深いあなたが転生できる時がいつになるのか分からないけど…今度生まれ変わったら、うっかりと仲良しの友達にでもなろうね……」
 竜牙兵が死んだ後を眺める波琉那は、そっと弔いの祈りをささげる。その行為が自己満足であろうとも波琉那はただ春の温かさ、卒業生達の声の中祈り続けた。

「お疲れさまでした。それじゃ、私はこれで」
 なんて戦いが終わって早々に皆に告げて、嘉内は足早に高校から抜け出していた。
 校庭のヒールなんかはもう仲間に丸投げして、明るい未来のある卒業生を視界に入れないように出てきた帰途。
 これから未来がある人達を見ているのは心が痛いのだろう。
 嘉内は誰もいない道すがらそっと呟くのだった。
「……卒業おめでとう。私のようにならないことを祈るよ」

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月18日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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