ミッション破壊作戦～春風が氷雪とかして吹きぬけて

■リプレイ

●降下作戦
「ハーイ、面白そうだったから来てみたけど、なんか人数少なくね。本当に大丈夫なの？」
　多少命の危険を感じた、トリューム・ウンニル（碧き天災の運び手・e61351）が素直に言い放つ。
　すると、簡単に死ぬ気はない——という感じで、エメラルド・アルカディア（雷鳴の戦士・e24441）が藍の眸で睨み返してくる。
「おっと、怖い、すごい気迫よねー！」
「心配ない。……ついさっき見た星占いによると、今日の私は無敵モード……」
　そのような記事はどこにもないけれど、空鳴・無月（宵星の蒼・e04245）がつぶやくように言うと、皆、本当のこととして解釈する。
　なら心配ないな。
　と、トリュームの表情が機嫌よさげに綻んだ。
　一発で魔空回廊を破壊できる可能性があるのと同様に、撤退を阻む敵が偶々弱いと言うことだってあり得る。
　そうでなかったら、なるようにしかならない。
「そのときは、私が暴走してでも」
「なら、ワタシもとりゃーっと暴走する。心構えがないとか異論は認めないッ！」
「ちょっと待て、簡単に暴走暴走って言うのは良くない。——確かにひと昔前ならば強敵かも知れないが、俺たちも昔よりは強くなっているはずだよな？」
　無茶な行き先は選んではいないし、そうそう滅多なことは起こるはずがないと、フレデリ・アルフォンス（ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627）が言うと、暴走のことで頭がいっぱいになりかけていたエメラルドも、ノリだけで言っていたトリュームも気持ちを落ち着いてくる。
「強敵は『腐敗の華』だっけ？　植物園のラフレシアとハエトリグサを混ぜたようなやつ。あたしたちがあんなダサイ奴に負けるはずないにゃん！」
　埼玉県をディスる俗語を意識せずに使いながら、アイクル・フォレストハリアー（ラディアントクロスオーバー・e26796）は無邪気に軽口に飛ばす。
「……暴走はよくない。ああいうのは、本当に最後……」
　意味深な無月の言葉に空気がシーンと静まりかえる。
「あ、そうにゃ。撤退の流れを確認するにょ？　魂の叫びは各自のことだから省略——で、その後出てくる強敵を速攻で撃破、退却。グラディウスはうっかりなくさないようにしっかり身に着けておくにゃん、とても簡単にゃあ」
　アイクルの言う作戦はオーソドックスなもので、特に口を挟む必要もなかったが、ここに時短に繋がる行動をプラス出来れば、撤退時間を短縮できた分、強敵と戦う時間が余分に確保できる。
　しかし作戦行動を増やすと言うことは、良いことばかりではない。良かれと思ってしたことでも、敵に位置を知らせる口実を与えてしまったり、時間が掛かりすぎたりして、不利に働くこともある。
「上毛高原駅の近くの山中よね。子持山と赤城山って分かりやすいランドマークもあるから、わかりやすいね。それに新幹線もいい目印だし！」
　トリュームの言うことは、知っているだけで便利に役に立つこと。
　試験前に出題範囲として示された教科書のページのようなものだから見ていなければ得を出来ない。
　一方、グラディウス攻撃の余波がもたらす強烈なスモークの内部で、発煙筒の煙を焚いたり、発炎筒の光で位置を示したりすることはほぼ効果が無い。もしそれらが効果的に機能すると仮定すれば、敵に位置を知らせ、招き寄せるリスクも孕むため、しないという判断に至るのが自然だ。
「怪我人に手を貸すのは当然のことだし、後は実行あるのみだね」
「まあ、もし5人で一発クリアできたら、あたりのグンマー伝説のはじまりにゃん。超カッコイイにょ？！」
　フレデリに応じるような、アイクル言葉にムードがパッと明るくなる。まるで修学旅行にでも行くような和気藹々が漂い始めたところで降下準備を告げるアラームが点灯した。
　現実の人間は定められた不自由の中にあって、それでもやりたいことをするために必死に藻掻いている。
　好ましくない現実であっても目にしたありのままを認めなければ目指す理想には手は届かない。多少のことなら占いの結果をでっち上げるように聞き手に快い言葉をいくら連ねることも出来るだろうが、偽りは大切な時に牙を剥く。
　扉のロックが外れる音と共に、アラーム音が鳴り響き、ランプの色は降下可能を告げる緑に切り替わる。
「開けるにゃ！」
　元気いっぱいの声と共に、アイクルが扉を開け放つと、猛烈な勢いの寒気が機内に吹き込んでくる。
　高速で回転するローターブレードが空気を掻く風を感じながら、遠くの空から足下の方に視線を移せば、遙か下方に魔空回廊を防護するバリアらしきものが見えた。
「あたしから、行くにゃ」
　此所は群馬県。アイクルが最初に飛び出して行ったのはこの土地への愛着からかも知れない。

　ミッション破壊作戦は地域の開放作戦的な一面を持つが、行き先は攻撃に向かう少人数のケルベロスにのみ任されている。故に、共に攻撃に向かわないケルベロスが関与することは出来ない。
　ただし上毛高原駅周辺の攻性植物のミッション地域中枢に攻撃が掛けられるという状況は、多くのケルベロスがヘリポートで目に止めている場合もあるから、気に掛けている者がいれば、各自の判断によって自身や旅団の仲間と共に、ミッション地域に赴く者もいるだろう。
　そうした幸運が重なれば、攻撃と撤退という任務が終わった後ならば、該当の地域で会うことは出来るかも知れない。
　なおグラディウスについては、これを所持する者に対して強襲型魔空回廊を可視化する効果や、行使により強襲型魔空回廊、およびその防護バリアを攻撃できることが判明しているだけで、不明点もあると言われる。

　打ち砕くにゃ。
　重力によって落下速度が急速に増して行くのを感じながら、アイクルは手にした確りと構える。
　高空からは小さくしか見えなかった、魔空回廊の上部を守るバリアの存在感は瞬きの度に急速に増し、今や一面に広がる壁のように見えた。
「あたしが正統派アイドルとして君臨するグンマーにあやしげな植物がのさばっているとか、絶対許せることじゃあないにゃ！」
　叫びと共に満身の力をグラディウスに込めて真っ直ぐに突き出す。
　刃先とバリアが接触すると同時青白い光が煌めき、次の瞬間には腕に伝わってくる衝撃と共に周囲の空気を圧し退ける様な火球が膨らみ始める。
「このあたしがいる限りグンマーに手は出させにゃい！　おんどりゃあああああああああああふ——」
　衝撃に逆らう様にアイクルはグラディウスに力を込め、蓄えられたグラビティ・チェインを放出せんと、言葉に出来ない叫びを続ける。
　爆発、突然に生み出された巨大な熱量によって作り出された猛烈な上昇気流が巻き起こる。火焔を孕んだ赤黒い雲が高空を目がけて立ち昇って行く。
（「いつものことだけど、すごい破壊力……」）
　巻き上がる風に根元から引き抜かれた杉の木や異形の植物が、爆炎からの放射熱に晒されて瞬く間に発火する様が見える。
「臭い。駅の近くに、こんな酷い匂いのが、いるなんて、いるだけでも、迷惑だし……」
　有機物の焦げる匂いと腐敗臭が混じりあった刺激を孕んだ臭いに鼻がおかしくなりそうだった。
　無月は嫌悪感に眉をしかめながら背中の羽根を鋭角にすぼめて、巻き上がってくる爆煙を裂くようにして降下速度を上げる。
「土地を変質させていくのも、許せない……」
　他の生き物に取り付き、土地に合わせて変わろうとするなら兎も角、そこにある有り様を自分都合に変質させる身勝手さへの憤り、ここから離れざるを得なかった人々の無念を代弁するかのように、無月は叫び、頭の上に振り上げたグラディウスを全力で叩きつける。
「ここから、出ていってもらう……！」
　腕先に激痛が走る刹那、グラディウスから放出されるグラビティ・チェインの奔流が故郷や職場を追われた人々の怨嗟を含んでいる様に感じだれた。
　それ以上は何も叫ばずに、無月は腕先に力を込めた。
　遠方からは、空高く立ち昇る茸雲と対をなすように、雷光と爆炎の副産物でもある爆煙（スモーク）が霧のように山を覆って行くように見えた。奪還作戦の戦火に晒される故郷を目にした住民たちは何を思うだろうか。
「本当にゃ、雷光も爆炎も、これを持っていない者のみに襲いかかるのにゃ……」
　仲間との合流を待っていたアイクルの目に、自身を避ける様にして、飛翔した雷光がスモークの先の攻性植物の影を貫く様が映った。
「今はこうするしかない」
　エメラルドはバリアの状況を確かめるように上を見上げた、眉をしかめる。
　何もしなければ、自ら行使したグラディウスの余波で木が焼かれることも無いが、戦わなければ、攻性植物の侵略は止まらず、被害はさらに拡大してしまう。
（「人が大切に想いを込めて育ててきた花と人命を踏み躙る攻性植物には日頃ムカついてるんでね」）
　スモークの内側で煌めく光はグラディウスの余波がもたらす破壊によるものだろう。
　攻性植物が現れさえしなければ——。フレデリは普段から感じていた攻性植物への憤りをグラディウスに込めながら、間近に広がる防護バリアーの一点を睨み据える。
「しかも、この綺麗な空気を汚すこの腐臭、お前等の根性そのものだな」
　同時に鼻をつく異臭、目をしかめながらフレデリはグラディウスを叩きつける。ある日突然、このような異臭が家に漂うとしたら、堪ったものではない。とんでもないことだ。
「大掃除の時間だ！」
　光が爆ぜ、目に見える全てが眩しい白で塗り尽くされる。上と下の感覚すら無くなりそうになる刹那、重力が引く力に導かれるようにフレデリはバランスを保ち地上を目指す。
　グラディウス攻撃の余波に晒された地表は濃霧の如きスモークに覆われていてよく見えない所が多かったが、雷光や爆炎による被害が敵戦力へのダメージだけでは無く、正常な森の植物などにも及んでいることは簡単に想像がつく。
「こんなくっさいのに居座られちゃ迷惑！　臭くなくても迷惑だけど！！」
　そんな中、フレデリが上を見上げれば、魔空回廊を防護する半球形状のバリアはまだ健在で、追いきれない程の高空にまで達したグロテスクな茸雲をバックに、叫びを轟かせ、突っ込んでくるトリュームの影が見える。
「汚物は消毒だー！！」
　轟く叫びと共に、爆炎が爆ぜて、甲高い衝撃音がバリアを揺さぶった。
　しかし、バリアは硝子の鉢を打ち鳴らしたような共鳴音を響かせるだけで、一筋のヒビも入っていなかった。

●撤退戦
　果たして、合流を果たした一行は素早く撤退を開始する。
　現状でも特に問題は無いが、ここが森と定義すれば「隠された森の小路」のような防具特徴が使えれば、さらに素早い撤退につなげられたかも知れない。
　退路に立ちはだかる攻性植物『腐敗の華』は唐突に姿を現した。
　だが前を行くアイクルの夜目が幸いして不意を突かれることはなかった。
　それでも、容赦なくまき散らされる悪臭を含む溶解液は、それを警戒したフレデリの展開する光の壁の効果をもってしても被害を完全に食い止めるには足りなかった。
「なんなのこれ！　服が溶けるとか聞いてないよ！」
　激しく動けば、溶けかけた服が破れてしまうかも知れない懸念に脅かされたトリュームは当然のように古代兵器「SUMOW-94-BASH」を発動する。
「ハーイ、今週のビックリドッキリなヤツはコレ！」
　何度も同じ手を使うのは気が引けるが、背に腹は代えられない。
　急ぐのであれば一番強力なのを叩き込むのが礼儀だ。スモークに覆われた頭上から降ってきたパーツがドクロの形に組み上がり、敵の頭上で大爆発を起こす。
　よし。と心のなかでガッツポーズをする、トリューム。
　一方、無月は、時間がないと言われているにも関わらず、初手から自分に盾の加護を施していたお蔭で、着衣の被害が少ないようだ。
「足元……注意……。……もう遅いけど」
　身だしなみは大事さを実践する無月の呟きに前後して、敵の足下から無数の槍が突き上がり、咲き誇っていた巨大な赤い花弁をボロボロに穿った。
　攻撃とは違う、悪臭と体液とまき散らしながら、悲鳴の如き異音を響かせる攻性植物。
　この攻性植物が、痛いとか苦しいとか感じているかどうかは分からなかったが、赤い花の中央部を口のように開け閉めしながら、粘液を吐き出している様を見れば、ダメージは重なっているように感じる。
　合い言葉は火力で圧倒せよ。
　間髪を入れずに、アイクルの満身の怒りと共に繰り出した拳が攻性植物の巨体を打ち据える。
「ぶっ——おおおおおおす！　——ぁあああああああっく！！」
　直後、叫びと共に踵に踏み込んだ力を拳に伝えれば、突き出した腕はズブズブと敵の体内深くにめり込んだ。
　５人のうち２人がクラッシャーだ。火力で相手を挫く意思は強い。
「心配するな、私も今できる最善は尽くす」
　１体の敵に対して威力は心もとなかったが、エメラルドが敵に重ねた氷の冷気はダメージを刻み続け、仲間の背中を鼓舞する歌もその効果を持続した。
「後悔するなよ」
　内なる悲劇の記憶を短い言葉に込めて、フレデリは悲劇のもたらす狂気に取り憑かれたが如くに魔力をふるう。傷だらけの攻性植物の身体に刻まれたバッドステータスが一挙に花開き、その巨体が大きく揺らぐ。
「まだ斃れないのか？」
　スモークが薄まって来ている。癒やしの力を攻め手に切り替えたが、それでもなお踏ん張る敵。
「余計なことを考える暇があったら、攻撃あるのみにゃ——」
　戦闘は此方が有利なはずなのに、攻撃を繰り出すアイクルの大振りの拳が突き刺さる。
「……まだ、時間はある」
　無月は呟き、同時に焼け焦げた地面から湧き上がる大量の槍が攻性植物の身体を地に貫き留める。
　そこに自分の身丈ほどもあるハンマーを肩に担いだトリュームがドラゴニックパワーの噴射の勢いのままに突っ込んで来る。
「もらったぁ！」
　そして、その巨大なハンマーヘッドを真横から叩き付けた。
　鈍い音と共に大きな赤の花弁が切り飛ばされる。そして敵は生気を失った様にして縮み始める。
　これをもって立ちはだかる敵の撃破を誰もが知った。
「急ぐにゃ！」
「怪我人はいないな？」
　撤退を促すアイクルに続けて、フレデリが状況を確認する声が響く。
「行こう……」
　殿を守る無月の呟きを合図にして、一行は再び駆け始める。
　追ってくる敵の気配はない。どうやら、無事に帰れそうだ。
　もう３月も半ばを過ぎているのに、山々を吹き抜けて来る風はまだ冬のように冷たい。
　そして今、降り始めた雨は戦いで燃えた森の煤を含んで墨汁の様に黒かった。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年3月18日 難度：普通 参加：5人 結果：成功！
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