ミッション破壊作戦～穿て、鋼の回廊

■リプレイ

●一
　埼玉県狭山市。
　大都市郊外のベッドタウンとして栄え、日本茶の産地としても知られるこの街の一角に、奇妙なダモクレスの一団が出現してはや一ヶ月が経とうとしていた。
　その名を、リンカネーション・トラックン。
　強襲型魔空回廊を通って街中に放たれた彼らは、転生トラックよろしく道行く通行人を跳ね飛ばし、哀れな被害者たちを異世界ならぬマキナクロスへと連れて行くのだ。
　道路の逆走、信号無視は当たり前。木をなぎ倒し、民家を破壊し、狼藉三昧のダモクレスたちを、ペテス・アイティオ（オラトリオのヤバくないほう・e01194）は、ヘリオンの窓から見下ろしていた。
「許せません……許せません……」
　そう呟くペテスの表情は、彼女が愛飲する闇ウーロンよりもなお暗い。
「よくも街の人たちを、狭山の茶葉を！　春のウーロン新茶を邪魔するダモクレスは残らずスクラップにしてやるです！」
「全くだよ。お茶飲みを怒らせる罪の深さ、あのトラックたちに教えてやらなくちゃ」
　隣で声を震わせる平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）の怒りは、ペテスに負けず劣らず大きいようだ。飲み物といえばまずお茶である彼にとって、ダモクレスたちの所業は許しがたい。
「今日のボクのグラディウスは一味違う。待ってなよトラックン」
「あんな奴ら、お茶畑のカカシにされて、カラスにでも突かれるのがお似合いです！」
　そんな二人の話を耳に挟みながら、瀬戸口・灰（忘れじの・e04992）は眼下に広がる惨状に胸が締め付けられる思いだった。倒壊した家屋。更地と化した住宅地。あの瓦礫の下で、いったいどれだけの人々が犠牲になったのだろう。
「人の命を転生だのと、リサイクルするみたいに軽く見やがって……これ以上の被害者を増やさせはしないぜ」
「ああ、やっていることは単なる虐殺だからな。ふざけた外見だけに、余計腹が立つ」
　アルベルト・ディートリヒ（昼行灯と呼ばれて・e65950）は撤退経路の確認を終え、既に降下準備を終えている。幾度もミッション破壊作戦に参加してきた彼の態度は、冷静さと落ち着きを感じさせるものだ。
　だが、デウスエクスの繰り広げる暴虐は、何度目にしようとも慣れることは無い。むしろそうした光景を見続けきたからこそ、抱く怒りもまた深い。
「こっちはOKだ。ミッション破壊作戦の参加は２回目だが、よろしく頼むぜ」
　撤退ルートの確認を終えた結城・勇（贋作勇者・e23059）の言葉に、アルベルトは記憶を辿る。勇とはかつて、共に作戦に参加したことがあった。
「石巻にあるオークの回廊以来か。あそこの敵も大概外道だったが……」
「ああ。ここの敵にもさっさと引導を渡してやらねえとな」
　その時、降下ポイント到達を告げるアナウンスが機内に響いた。
「おっと、もう着いたか。皆よろしくな！」
「人々のため、春ウーロンのため！　ひと肌脱いでみせるです！」
「頼もしいな。頼りにしているぞ」
　勇が、ペテスが、アルベルトが、仲間と共にハッチへ向かっていく。
「人間をデウスエクスに作り替える侵略者ども……絶対に許さん」
　そう言って、フレイア・アダマス（銀髪紅眼の復讐者・e72691）はグラディウスの柄を握りしめ、仲間の後を追うように大空へと飛び出すのだった。

●二
　街道に鎮座する回廊目指して、地獄の番犬たちが真っすぐに降下していく。
　真っ先に叫びの口火を切ったのは、ペテスだった。
「ウーロン！　ウーロン！　ウーロン！　それすなわち人類の英知の結晶！」
　バリアに守られた回廊を真っすぐに見つめ、ペテスはグラディウスに魂を込める。
「それを育てる農家の人たちを手にかけるとは、何たる非道！　たとえ神様が許しても、このペテス・アイティオが許さないです！」
　そして、ひと思いに叩きつける。
　ウーロンへの愛を、情熱を込めて、それを踏みにじるリンカネーション・トラックンの根絶を強く強く、心に誓いながら。
「もはや一片の慈悲もないです！　あなたたちをスクラップにして、駅前のよく分からない前衛芸術みたいのに転生させてやるです！」
「全く許せないよ。わざわざこの街を選んだ奴らの卑劣さが！」
　和は怒りを込めた声で、グラディウスをバリアに突き刺した。
　弾かれそうになる衝撃を懸命に抑えつけ、お茶飲みの叫びをありったけ剣に込める。
「狭山茶と言えば日本の三大銘茶……その産地で暴れまわるだってー！？　捨て置けない！　茶師さんが安心してお茶を作れる環境を取り戻すぞー！」
　炎弾が、雷光が、ペテスと和のグラディウスから次々に溢れ出た。
　トラックンたちを景気よく屑鉄へと変えていく二人を横目に、勇は肩を竦めて苦笑する。
「やれやれ二人とも、よっぽどお茶が好きなんだな？」
　そして、カッと目を見開き、回廊の奥を凝視した。
「転生もんってなぁ最近の流行りだが、それを踏み躙ろうってのはいただけねぇな」
　日常から抜け出てヒーローになる。
　そんな人々の願いの先で手ぐすね引いて待ち構える、歯車仕掛けの殺人機械。
　勇はダモクレスの手口に対する怒りを注ぎ、バリアに斬りつけた。
「ロマンがねぇ、物語にもなりゃしねぇ！　そんな血の通ってねぇ作戦は勇者としちゃ見過ごせねぇぜ！　転生しちまった奴には悪いが、まとめてスクラップにしてやらぁ！」
　すうっ、と息を吸い込む勇。
「あとよ――」
　全力で振りかぶったグラディウスを、駄目押しのように叩きつける。
「俺も！　茶ぁ好きなんだよ！！」
　轟音がとどろき、大地を震わせる。
　魔空回廊を守護する選りすぐりのトラックンたちが、為す術なく吹き飛び、消し飛び、コギトエルゴスムもろとも粉砕されていく。
「もうすぐ一番茶の芽が出る頃だってのに、お茶屋だけでなく茶畑も荒らしやがって！」
　そんな光景を見下ろしながら降下してきたのは、灰だ。
「人も茶の木も長い年月を掛けて今日まで生きてんだ、勝手にダモクレスに転生させられる謂れなんて無いんだよ！」
　バリアの亀裂にグラディウスをねじ込みながら、灰はあらん限りの大声で吼える。
「勝手に人の転生先を決めたお返しだ、こっちはお前を廃車にしてやるさ！」
「全く、そのふざけた見た目と名前のお前等に轢き殺される側はたまったもんじゃないな」
　もしシリアスでも許せんがな――そう言って、アルベルトはバリアを斬りつけた。
　逃げ惑うトラックンたちを睨みつけ、怒りと共に吐く魂の叫びを、すべて奴らにお見舞いしてやる。
「しかもポンコツダモクレスに転生だと！？　どこまで人の魂を縛り付ける気か！！　その見た目とクズ過ぎる所業、最早どんな裁きでも足りんわ！」
　最後に降下したフレイアは、ダモクレスに蹂躙された街の廃墟を見下ろして、呻くような声を漏らした。
「また、なのか……！？　また、人の命を奪うだけでは飽き足らず、その骸さえも利用するデウスエクスか……！？」
　どれだけフレイアが刃を振るっても、どれだけデウスエクスを討ち取っても、その掌から零れ落ちた命はもう戻らない。
　いや、戻らないならまだ良い。これまでデウスエクスの手によって侵略者の道具と化した人々を、どれだけ葬ってきたことか。
　だからこそフレイアは許せない。逃れる人々を轢殺し、ダモクレスへと転生させる、あのトラックンたちが。
「リンカネーション・トラックンよ。貴様らがトラックだと言うなら、ここに至る道路を私の憤怒で全面通行止めにしてやろう！」
　最後のグラディウスがフレイアの叫びに応え、ひときわ大きな爆炎で回廊を包み込んだ。
　フレイアと仲間たちはスモークの中へと降り立ち、回廊の方角を凝視する。
「……どうだ？」
　息を殺して問う灰に、勇はかぶりを振った。
「駄目だな。動いてやがる」
　勇の言う通り、トラックンたちの魔空回廊は未だその偉容を保ち、狭山の地に聳え立っていた。和はグラディウスを収納すると、気を取り直したように微笑んで、
「みんな揃ったー？　それじゃ、急いで撤退しよー！」
　ミッション地域の外を目指して、仲間たちと離脱を開始するのだった。

●三
　静寂が覆う狭山の街道をケルベロスが走る。
　ひび割れたアスファルトを蹴り、ダモクレスの残骸を吹き飛ばし、一直線に走る、走る。
　そうして駆け続けること数分。ふと煙幕の向こうから、地獄の底から轟くようなエンジン音に、先頭を駆ける勇とフレイアが足を止めた。
「やれやれ、ポンコツ転生トラック野郎のお出ましか」
「そのようだな。みんな、気をつけろ！」
　言い終えると同時、巨大なトラックが真正面から突っ込んで来た。
　問答無用、出会い頭の轢殺転生アタック。フレイアは砲弾の如き突撃からペテスを庇い、襲撃をかけてきた敵をキッと睨みつけた。
「貴様が――回廊の主か！」
　巨大なトラック型の体躯。フロントガラスに映るつぶらなお目目。
　強化型リンカネーション・トラックンである！
『リン・カー・ネーショオオォォォォォン！！』
「ふふーん、やってくれましたね！　黒ウーロンの天罰を下してやるのです！」
　ペテスがスマホをぽちぽちと弄ると、トラックンの周りが影で暗くなる。ちらと見上げたトラックンの頭上から飛来するのは、無人飛行機の編隊だ。
「来たれ、降りそそげ、滅びの雨よ！」
　クラッシャーのペテスが放った『Pluvia ruinam』の一撃は破滅的なまでの威力を伴い、トラックンに襲い掛かった。
『トラックゥゥゥゥン！！』
　滅びの雨（物理）を浴び、パーツを撒き散らして逃げ惑うトラックン。
　そこへ和のスターゲイザーに足を払われ、派手に転倒する。
「お茶の産地を乱す悪魔め！　お茶飲みの鉄槌を下してやるー！」
「ついでにパーツも剥いでやる！　この拳でな！！」
　灰の戦術超鋼拳が、トラックンの鼻面にめり込んだ。衝撃でひび割れるフロントガラス。トラックンは怒り狂った咆哮をあげて、回転するホイールナックルで勇に迫る。
「させるかよ……っ！」
　闘竜爪脚を装着した脚を振るいながら、トラックンの猛攻を捌く勇。
　しかしコミカルな見た目とは裏腹に、敵の火力は馬鹿のように高い。どこまでも標的へと食らいつく執拗なトラックンのホイールに、勇は次第に押され始めた。
「夜朱！　前衛の味方を回復しろ！」
　灰のウイングキャットが、清浄の翼で勇たちの傷を塞ぎ始めた。
　そこへアルベルトの百戦百識陣が、フレイアの不撓不屈の咆哮が、勇の剣となって、彼の力を強めていく。
「あんなふざけた敵に、これ以上好き勝手させられんからな！」
「こんなところで、私は、私達は――負けるわけにはいかんのだ！」
　保護を打ち破る破剣の力。奮起を促す魂の叫び。
　湧き上がる力を込めた勇の蹴りが、振り下ろされるトラックンのホイールを弾き飛ばし、さらに勢いを乗せてトラックンの足を蹴り砕く。
『カ……カー・ネーショオオォォォォォン！！』
　歪んだフレームを軋ませて、悶絶するトラックン。コンテナシールドで傷を塞いでいく敵めがけて、フレイアはボクスドラゴンに攻撃を命じる。
「ゴルトザイン、打ち砕け！！」
　箱竜の体当たりで、トラックンの上昇した防御効果を破壊させながら、フレイアは凛とした声でダモクレスに告げる。
「私はまだ復讐を遂げていない。それ以外にも討たねばならん敵が増えたばかりでな。貴様ごときに負けてはいられんのだよ！」
　なおもしつこくホイールを回転させて迫るトラックン。
　フレイアは攻撃を真正面から受け止めると、返す刃でルーンディバイドを撃ち込み、装甲を剥ぎ取った。
「みんな！　チャンスだ、やれ！！」
　その言葉を合図に、和が、アルベルトが、灰が、勇が、一斉にトラックンへ牙を剥いた。
「いくぞ！　必殺のー……てややー！」
「吹き飛べ、この悪趣味トラックめ！」
　和の知識を一冊の書物に具現化した『全知の一撃』。
　振り下ろされた本の角が車体にめり込んで、巨大な凹みの痕跡を刻み込む。そこへ追撃で突き刺さりミラーを破壊する、アルベルトの雷刃突。
「例えここで壊せなくたって、俺たちは後へ続く傷を刻み続けてやるさ。お前たちが斃れるまで、何度でもだ！！」
　灰の抜き放った日本刀が円弧の軌跡を描き、排気筒を吹き飛ばす。
　勇は掌にグラビティ・チェインを込め、体中から煙を吹き始めたトラックンの眉間に狙いを定めた。
「男だったら機械に興味があるもんかも知れねぇが――」
　発動するのは、『重力連鎖《黄道十二星剣撃》』。
　勇に召喚された十二本のゾディアックソードが、その身に宿した星座の力を湛え、一斉にトラックンに刃を向ける。
「生憎と俺ぁドラゴンや妖精のファンタジー専門でなぁ！　トラック野郎にゃさして興味もねぇんだよ！」
　振り下ろされる、勇の手。
　剣の雨に貫かれ、串刺しにされ、もがき苦しむトラックンへ可愛らしい足音が迫ってきたのは、その時だった。
　ぺてぺて。
　ぺてぺてぺてぺて。
『トラッ……クン……？』
　トラックンはひび割れたフロントガラスに映る目で、音のする方向を振り向いた。
　視線の先から走ってきたのは、ペテス。
　ペテシューズを履いて流星蹴りを叩き込まんと迫るペテス・アイティオの姿である。
『ト――トラックゥゥゥゥン！！！！』
「サヨナラです。リンカネーション・トラックン！」
　眼前に迫るオラトリオの少女は、トラックンに死を告げる天使そのものだった。
　絶叫にも似た悲鳴をあげるトラックン。ペテスはその眉間に狙いを定め、
「とおおおっ！　ぺてすきーっく！！」
　スターゲイザーの一撃で、コギトエルゴスムの結晶もろとも、トラックンの命を無慈悲に刈り取るのだった。

●四
　それから数分後。
　次第に晴れていくスモークを突っ切り、ケルベロスは敵の支配領域から離脱した。
「皆、大丈夫か？」
「問題ない。グラディウスも全部揃っている」
　仲間の安否を確認するアルベルトに、フレイアが状況を報告する。
　回廊の破壊こそ叶わなかったが、十分に成功といえる結果だ。和とペテスは一撃を加えた回廊を眺め、大声で胸を張って見せた。
「見たか！　これが、お茶飲みの力だ！」
「次こそはこの地を取り返し、闇ウーロンの茶葉を取り戻してみせるのです！」
　ダモクレスの拠点と化した埼玉県狭山市。
　この街に人々の賑わいが再び戻るのは、果たしていつの頃だろう。
　来たるべき未来を思い描きながら、ペテスはふと考える。
（「その時は闇ウーロンの茶葉とか茶葉の作付面積とか、農家の人と交渉するです！」）
　いっぽうフレイアと灰は、怒りを湛えた目で、トラックンたちを生み出し続ける魔空回廊を睨みつけるように眺めていた。
「待っていろダモクレス。貴様らの回廊は、私たちが必ず破壊してやる」
「ああ。被害に遭う人々を、少しでも減らせるといいんだがな……」
　この街に、いつか平和を。
　犠牲となった人々に、安らかな眠りを。
　再戦の誓いを胸に抱き、ケルベロスは狭山の転生街道を後にした。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年3月12日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
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