雨夜のいざない

作者:そらばる

●揺さぶる言葉
 雨のそぼ降る夜の都市部。
 曇り空が月を隠しても都市明かりは煌々としており、雨模様だからといって街から人が絶えるはずはない。
 ……だというのに。
「……? なんだ?」
 駅を出たところで、犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)はイヤホンを外し、怪訝に辺りに視線を馳せた。
 目の前の駅前広場には、一切の人影がなかった。
 振り返れば、駅の構内も無人だった。零れんばかりに一斉に電車を降りたはずの乗降客たちも、駅員も清掃員も、人っ子一人いない。
 危機感が猫晴の脊椎を駆け上がった、その時。
『におう臭う。にじむ滲む』
 不気味な声が、聴覚を不快に揺さぶった。
 鋭く視線を返した広場の中央に、人ならざるものがいた。
 右手に剣を、左手に杖を携えた、鎧の戦士。
 獣の頭蓋と思しき角持つ骸骨の頭部が、そのデウスエクスの種族を知らしめた。
「竜牙兵……!」
 警戒のギアを一気に引き上げた猫晴を、竜牙兵は嘲笑う。
『臭うのぅ。滲んでおる。いずこより生じ、いずこに秘めたかその野心』
「――!」
 『野心』の一言に明確な反応を返した猫晴に、奇妙に表情豊かな竜牙兵はニィィと笑みを深くする。
『かようにつまらぬ場所で、そなたの渇望は満たされまいて。……番犬などという矮小な己を抜け出で、その野心、叶えてみたくはないか?』
「何を……」
『まずはその肚の本性、我が力で引きずり出してくれようぞ』
 高々と掲げられた刺々しくも奇妙な形状の杖が、グラビティの妖しい光に揺らめいた。

●『誘ひし者』
「危急の事態にございます。竜牙兵による犬曇・猫晴様への襲撃が予知されました」
 予知を得た戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は即時に対応したものの、猫晴本人に連絡がつかず、注意喚起はおろか居場所も把握できていないのだという。
「もはや予知に従い、襲撃現場に駆け付けるほかございませぬ。急ぎ救援をお願い致します」
 襲撃現場は都会の駅前。敵による人払いがなされており、一帯は完全な無人の状態にある。
「敵は竜牙兵が一個体、名を『誘ひし者』。剣を用いて数多の斬撃を飛ばし、また、杖を用いての精神汚染と治癒を得意と致します」
 ケルベロス個々人に対して接触を図り、なんらかの『誘い』を持ちかけるという、不気味な動きをとろうとするようだが、その詳細や意図は現状不明だ。
「猫晴様に『誘い』を持ちかける意図も判然といたしません。確かな思惑に基づいた行為なのか、あるいは全てが意味のない戯れ言にすぎぬのか……」
 しかしこうしたケルベロス個人を狙った襲撃事件は、決まってケルベロスの命を狙ったものと相場が決まっている。
「いかな意図があるにせよ、猫晴様の命に危機が迫っていることに変わりありませぬ。猫晴様を救い、誘ひし者の撃破を、お願い致します」


参加者
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
リンネ・マッキリー(瞬華終刀・e06436)
エストリッド・グェンエイラ(心に十字架・e24458)
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)

■リプレイ

●白に煙る
 水煙の香りたち込める暗夜を、黒豹が駆け抜ける。
 その先導に続き雨の中をひた走る、八人の影。
「誘ひし者……猫晴さんとはどういう因縁がある相手なんだろう?」
 高出力で燃える炎の翼で先を急ぎながら、天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)は思案する。予知からは、敵の思惑も正体も読み取れない。
「何を、誘うのか、知らないけれど……ケルベロス殺しは、見過ごせない……」
 無表情にぽつりぽつりと零しながら、空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)は前方を見据える目を不意に細めた。
「必ず、助ける……」
 行く手に浮かび上がるのは、煌々とした駅灯り。
 人けの絶えた駅前広場。対峙しあう人と人ならざるシルエットを目指し、ケルベロス達は走った。

 ……唐突に現れた竜牙兵の言葉は、ずいぶんと婉曲で意図を汲みにくい誘い文句だったが、犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)の中には、腑に落ちる一つの解答があった。
(「あれは、手招きだ」)
 見透かされた肚の底の猫晴の野心。それを叶えることができ、なおかつ竜牙兵が差し出しうる誘い……。
(「奴らの麾下に加われってことか」)
 どこまで本気か知れたものではないが……魅力的な提案であることは、否定できない。
「なるほど、ぼくも君も目標が達成出来てWin-Winってわけ」
 猫晴は肩をすくめると、鋭い眼差しで竜牙兵を射抜いた。
「だが断ろう」
 断言され、竜牙兵は振り上げた杖にエネルギーを蓄えたまま、わずかに意外そうに、半分以上は面白そうに、軽く肩を揺らした。
「理由は3つ。ひとつ、まだ時期尚早だから。ふたつ、ぼくはデウスエクスの中じゃ竜牙兵が1番嫌いなんだ」
 指折り数えた三本目で、猫晴は皮肉げに笑った。
「みっつ。助けが来ちまった」
「ム?」
『――ちょっと待った!』
 緊迫した空気を高らかにぶん殴ったのは、メガホン越しの蛍の声と激しい発砲音。
 背後を振り返りかけた竜牙兵の姿は、横殴りの銃撃が突き刺さる寸前、一瞬掻き消えたかと思えばほんの数歩横に現れた。さらなる牽制射撃が加えられてなお、竜牙兵は最小限の動作で素早くわずかずつ後退しながら、グラビティではない弾丸を難なく躱していく。
 ――のらりくらりとした身のこなしで退いた竜牙兵の背後に、突如として冷気が立ち昇る。
「先手必勝だ!!」
 長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の掛け声。
 鎧武者を思わせる氷結の槍騎兵の突撃が激突する瞬間、雲の如く湧き上がった氷煙が視界を白々と閉ざした。

●無用の誘い
 敵が煙の向こうに消えた隙を縫い、冷気に霞む駅前広場を縦断して、ケルベロス達は猫晴のもとに合流した。
「あらま、猫晴くんも大変ねぇ」
 親密な……馴れ馴れしいと言えなくもないリンネ・マッキリー(瞬華終刀・e06436)の声に、猫晴は若干微妙な顔をした。
「リンネちゃんか……」
「アレ知ってる? 知らない?」
「……初めて見る奴だね。何をしにきたのかは、見当はつくけど」
 猫晴の横顔に秘められた何かを嗅ぎ取りつつ、リンネはひょいと肩をすくめた。
「そっかー。どちらにせよ、倒さなきゃだけどね!」
 仲間の無事を確かめたケルベロス達は、視線を広場中央に返した。
 冷気の煙が退いたそこには、竜牙兵の姿はなかった。
 ――いや、上だ。細い金属柱の上に据え付けられた時計の上。そんな不安定な足場に、奴はいた。
 竜牙兵『誘ひし者』。
「やれやれ、熱烈な歓迎ぶりよな」
 年季の入った外套の霜を払いながら、誘ひし者は飄々と嘯く。
「誘ひし者、何が目的かわかりませんけど、きっと録なヤツじゃないです。ぶっとばしましょう!」
 黒豹の姿から人型に舞い戻り、エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)は血気盛んに戦意を漲らせる。
「まったくだ。あとでめんどくせーことになるくらいだったら、今ぶっ飛ばす」
 実にオウガらしい思考回路で言い放ち、千翠が拳を打ち鳴らす。
「……田吾作、準備は良いですね?」
 感情らしいものを一切窺わせず、淡々と戦闘態勢を整えるマリオン・オウィディウス(響拳・e15881)。持ち主に恵まれない木箱型のミミックが、忠犬よろしく傍らに付き従う。
 誘ひし者はとぼけたように首をひねる。
「ふうむ……ずいぶんと目の敵にされておる。我が何かしたかのぅ」
「命が失われるのをむざむざ見過ごせるか! 医療行為を開始させてもらう!」
 エストリッド・グェンエイラ(心に十字架・e24458)が叩きつけた言葉に、誘ひし者の頭蓋がたちまち笑みを形作った。
「くはははは! ならばお相手せねばなるまいなァ。なに、皆々誘うてしまえば良いことよ!」
 享楽的な高笑いを放ち、誘ひし者は再び杖を怪しく輝かせた。

●惑わす言葉
 怪しく輝く杖先が、右から左に、上弦の弧を描いた。
「まずは先約じゃ。その本性に潜む魔、暴いてみせよう」
 瞬間、紫色の衝撃波が地上に降り注いだ。その集束先は――中衛。
 咄嗟に組んだケルベロスの陣形の中央には、猫晴がいる。
 即座に無月が動く。翼を広げた全身で衝撃を受け止め、酩酊のような感覚を振り払いながら呟く。
「あくまで、狙いは、一人……ということ……?」
 一方で、誘ひし者は興を削がれたように顎を撫でている。
「……木を隠すならば森か。ならば炙り出さねばなるまいの」
「その前にまず、そこから下りてもらいましょうか」
 マリオンの手元から巨大なエクトプラズムの霊弾が迸った。
 命中した時計が爆散し、その爆発に半ば巻き込まれ押し出される形で、誘ひし者の身体が宙に躍り上がる。
 それを追いかけるように、猫晴がひしゃげた時計の柱を蹴って空中に飛び出し、流星の如き蹴撃を敵の芯に落とした。
 重力に屈し、地面に落ちた竜牙兵に、凍結の弾丸が追い打ちをかける。
「ああまったく、また霜が……」
「それで結局、骨の貴方は一体なんなの? 猫晴くんに何か用?」
 ぼやきながら服をはたく誘ひし者に、構わず問いかけるリンネ。誘ひし者は次々と投げつけられるグラビティをいなしながら答える。
「いやなに、少々勧誘をな」
「勧誘? うーん……よくわっかんないなぁ」
「言うなれば『すかうと』というやつだのぅ。そちらじゃ叶わぬ野心を、こちらで叶えてみんかいな、と」
「野心?? そんなものあったの? 私が聞きたいんだけどそれ!!」
「そこはそれ、若いモン同士で話し合わんか。――我を退けることができたらだがのぅ」
 相も変わらずどこまで本気か知れない戯れ言を垂れ流しながら、誘ひし者は無造作に剣を翻した。瞬時にして幾多もの空間の裂け目のようなものが生じたかと思えば、それは斬撃となってケルベロスの前衛へ殺到した。
「標的を変えてきたか……だが問題ない。初陣の身なれど、回復は任せてくれ先輩方」
「おれも、出来る限りのことはする」
 即座に雷の壁を構築し、陣営を守護するエストリッド。それに合わせて、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)も回復グラビティを輝かせる。
 エイシャナは額に剣の切っ先を当て、精神を集中させる。
「虚にて実を断ち斬る我が刃……疾風の剣……っ、虚空太刀!」
 刹那、裂帛の気合いで放たれた一閃が、空を断つ。
 空間ごと鎧を斬り刻まれ、誘ひし者は初めて苦痛の呻きを上げた。
「ぬぅ……なかなかの太刀筋だの……」
「褒められても何も出ませんよ!」
「とか言いつつ喜色全開な辺り、まだまだ幼いのぅ」
「んだとガキ扱いすんなコラァ!!」
 より激しくなっていく言葉とグラビティの応酬。
 誘ひし者は前衛を徹底して標的にした。猫晴への執着は尽きていないだろうが、戦いに際しては私情に囚われぬ狡猾さを窺わせた。
「さて……そろそろこの者どもの『魔』も引きずり出し頃かの」
 杖の放つ妖しい衝撃波が、ケルベロス達の心をかき乱した。

●誰しも魔を秘めて
 前衛が一斉に頭を抱えだす異様な光景に、陣営は色めき立った。敵の不浄による侵食力が、この瞬間に猛威を振るったのだ。
「く……催眠……祓わないと……」
 蓄積しすぎた眩暈と誘惑を浄化すべく、無月は花びらのオーラを振り撒いていく。
 慌ただしく飛び交うヒールの輝きに、誘ひし者は愉快げに笑う。
「己の内なる野心は窺い知れたかの? 抱え込むのはさぞ苦しかろう辛かろう。その野望、今叶え難いものならば、我が手を――」
「――表に出さなければいいのですよ」
 誘ひし者の言葉をバッサリと断ち切る、マリオンの冴え冴えとした声。催眠が浄化しきれていない状態でさえ、その表情に揺らぎはない。
「誰もかれもが何かしらを抱えている。それだけのことを何をそんなに大仰に語るのやら」
「ふむ?」
「強いて言うならそうですね。最初の一言で彼を引き込めなかった時点で、あなたの負けなのでしょう。ここに私たちがいる時点で、あなたは詰んでいるのですから」
「……ほほう」
 マリオンの発言に少し意外そうな声を漏らす誘ひし者。
「特別製だよ、ヒーリングバレット!」
 横合いから蛍が治癒の薬品を込めた弾丸を撃ち込んだ。催眠と消耗とを一緒くたに解消されたマリオンは、研ぎ澄ませた感覚と運動能力で地を蹴る。
「後は勇気だけ」
 暴力的な加速で間合いを詰めて、必殺の一撃が誘ひし者の腹部を痛打した。
「ぐぬぁ……っ」
 宙を吹っ飛びながら、誘ひし者は鋭く剣を振るい、追撃に来る者たちへと斬撃の嵐を叩きつけた。
 蛍は翼の炎を噴射し、バレルロールの如き挙動で数多の斬撃を掻い潜り、アームドフォートの全主砲を輝かせた。
「そこ!」
 一斉に発射された火砲が、激しい爆発を巻き起こしながら誘ひし者を蹂躙していく。
「これはしたり……」
 杖を治癒の光に輝かせ、言葉尻に余裕を失いつつも、誘ひし者はぼやくのをやめない。
「かように頭が揃っておって、だぁれも誘いに乗らぬとは……おぉ、そちらのボサボサ頭よ、どうじゃ。我にすかうとされてみぬか?」
「あら、私も誘ってくれるの? うれしいなぁ」
 ノリ良く答えて見せながら、リンネは二刀の柄を握り締めた。
「でも残念、お断りね!」
 刹那、紅長刀『瞬』と黒短刀『終』が閃いた。始まりは灼熱、終わりは極寒。卓越した剣閃が、敵を斬り捨てる。
「がはっ……で、ではそこな未熟者は……」
「その態度でどうして誘われてくれると思ってんだてめーはっ!?」
「なんじゃ懐の狭い」
「ブッコロす!」
 もはや頭に血の上り切ったエイシャナは武力で事を制さんと、神速の突きも冴えわたる。
「その誘いに乗ったらどうなるかじゃねぇんだよ……」
 心を明かさぬ仲間が何を考えているのか、気にならないはずはない。しかし問題はそこではないと、千翠は敵意と呪いをその全身に漲らせる。
「誘ってる当のてめぇがなんとなく気に入らねぇ。ぶっ飛ばす理由はそれで十分だ!」
 呪いは巨大な竜となる。全てを食い千切らんと暴れるあぎとが敵を追い詰め、獰猛な牙で切り裂く。
「足元……注意……。……もう遅いけど」
 無月の小さな呟きが誘ひし者の聴覚に届いた時には、すでにその足元から生えた大量の槍が脚部を貫き動きを縫い留めていた。
「貴殿にどのような都合があるか、当方は与り知らぬ。デウスエクスである貴殿に、この御仁を連れて行かれては困るのだ」
 身動きとれぬ敵へと雷を迸らせながら、エストリッドは生真面目に目を伏せる。
「かつてデウスエクスの尖兵だった私なりの矜持でな。すまぬ」
「くはっ」
 誘ひし者がおとがいを放った。
「くはははは! これは確かに、我が見込み違いよ」
 呵々大笑するその懐には、すでに猫晴が飛び込んでいる。
「造作無く堕ちるかと思っておったが……なかなかどうして堅固な『守り』に囲まれておるのぅ」
 猫晴は答えず、ただ戦いのために純化された拳を誘ひし者の腹部に叩き込んだ。
 怪しい光を発しながら砂の如く崩れ去っていく竜牙兵。
「君はただ、タイミングが悪かっただけ……かもね」
 残骸の中に残された刀剣を拾い上げ、猫晴は小さく呟いた。

「倒せた……ね」
 無月は淡々と、どことなく安堵のようなものを滲ませ吐息をついた。
「ですね。逃げるつもりなら地の果てまで追ってやるところでした」
 エイシャナは自慢の健脚を披露できずに残念だとばかりに肩をすくめた。
「結構派手に壊れたなぁ。ああ犬曇、怪我がないか診てもらっておけよ」
 千翠は黙々とヒールに取り掛かろうとしていた猫晴をメディックの方へ押し出してやると、自慢の怪力を振るって、時計を中心に広がる戦痕の修復に着手し始めた。
「えぇ? 別に大したことないんだけど……」
「犬曇殿、お怪我などされておられぬか? 傷を放っておくと化膿の危険がある。見せてくれたまえ」
 押し出された先には、何がなんでも手当てしてやろうという、エストリッドの生真面目な顔。
 猫晴は観念したように溜息をついた。
「わかったよ……頼んだ」
 彼方からの手招きは遠い。今は、まだ。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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