●
獣にしては静かに。
多くの犬たちが、かしずくようにひとりの女の前に集まっていた。
「お前達の使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
語りかけるように女は言って細工物を差し出し、それから犬……否、犬型の螺旋忍軍たちにそれらを与えていく。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
その言葉を額面通りに信じられるか、と言えば否。だが、だ。
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう。そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
一体ずつに手ずからコギトエルゴスムの装飾品を与えてやりながら、その女、ソフィステギアは自身の配下たちを確かめた。
皆獣の姿ではあるが、それぞれが螺旋忍軍の刃である。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
ソフィステギアの言葉に、装飾品を与えられた螺旋忍軍たちは、静かに頭を下げた。
夜。
冬の冷たさが抜けてじきに訪れる春を感じさせる風に乗って、ストリートミュージシャンの青年が爪弾くギターの音が終電間際の駅前広場に響く。
旋律に乗せたよくとおる声はしかし道行く人々の気を引くこともなく、むなしく消えていった。
しばらくそうして数曲を歌い上げ、それがいつもどおりのことだといったふうでギターを片付けると、大通りからひとつ入った脇道を通っていきつけの飲み屋へ顔を出そうと足を向けた。
直後獣の影が青年に襲いかかり、路上はまたたく間に血に染まる。
遠く喧騒が聞こえるなか、装飾品に仕込まれたコギトエルゴスムが人の姿を取った。
生まれ出でたのはしなやかな肢体を持つ半人半馬の娘。眠りから醒めたばかりのような表情でゆるりと視線を巡らせ、そばにたたずむ獣に気付いた。
獣がただの獣ではないと理解し、またそれらが自身を甦らせたのだと理解すると、娘は怪訝ながらも己の為すべきことを問う。
獣の螺旋忍軍はついてこいといった身振りをして動き出し、セントールはその後に続いて去っていった。
●
集まったケルベロスたちの顔を見るなり、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004) は声を張り上げた。
「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知があったっす! そんで動物型の螺旋忍軍による襲撃事件が発生するんすけど、それが……」
ええっと、と資料を確かめながら説明するには。
その螺旋忍軍がコギトエルゴスムの装飾品を身に着けており、襲撃によって死亡した人間よりグラビティ・チェインを奪い、人馬型のデウスエクスが姿を現すという事件が起きるという。
「このコギトエルゴスムが妖精八種族のものであるのは間違いないっす。なんで、まずは襲撃される一般人を守って螺旋忍軍を撃破してほしいんすよ。そうすれば、妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れることができると思うっす」
言って、ぐっ! と大袈裟な仕草で拳を握って頷いて見せる。
「敵が現れるのはとある駅前にある広場……からちょっと行ったとこっすね。終電間際って時間が時間なんで、回りにはヤベェ電車乗り落とす! とか、早く帰りてえって人ばっかなんすよ。んで、狙われる兄さんはしばらくそこでギター片手に自作の曲を何曲か歌って、終わったら一杯引っかけようと思って大通りからいっこ入った道で襲われるんで、皆さんにはそこで助けに入ってもらいたいっす」
その道は、一本道の細い脇道とはいえ10人程度が切った張ったをしても問題ない程度の広さがある。
元より人通りが少なくなっているところなので、多少派手に暴れても周囲を巻き込むことはない。
襲撃される人を避難させれば別の人間が襲われるだけで、救出がより難しくなるので、襲撃された所を救援するのが最善だろう。
「敵は獣型螺旋忍軍のアブランカ・ククリ、アブランカ・オダマキ、アブランカ・カメリアの3体なんで、多いってほどじゃないっすかね。んで、これが一番重要なんすけど」
どう戦うべきかと思案するケルベロスたちに、ヘリオライダーは続ける。
「動物型螺旋忍軍は、皆さんに近接の単体グラビティで攻撃されると一般人のほうを攻撃しないっす。でも攻撃しなかったり、遠距離攻撃とか近接でも範囲攻撃の場合は、その攻撃を受けたり避けたりしながら一般人を殺しちまうんで、そこんとこ気を付けてほしいっす」
ただそこにいただけの一般人が殺されるだけでなく、それによって敵戦力が増強されてしまう。
それだけは避けなければならない。
詳しいことはここに書いてあるっす、とヘリオライダーは資料を差し出し、
「どうやって螺旋忍軍が妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れたかはわかんないっすけど、別のデウスエクスの策略があるかもしれないっすね。妖精八種族のコギトエルゴスムは、できるだけこちらで確保できればグランドロンの探索でも有利になるっすから、よろしくお願いしたいっす」
こっくりとうなずき、ぱんっと音を立てて手を合わせた。
「とにかく一般人を殺させないことが重要になるんで、そこをしっかり確認して準備してほしいっす。んじゃ、健闘を祈るっす!」
参加者 | |
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ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342) |
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996) |
神薙・流人(護りしもの・e13632) |
鋼・柳司(雷華戴天・e19340) |
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164) |
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451) |
エマ・ブラン(銀髪少女・e40314) |
メリアドル・ヴィオレット(ヴァルキュリアの妖剣士・e45119) |
●
夜も更け人々がせわしく行き交う雑踏で、ひとりの青年がギターを爪弾きながら歌い上げる。
時折ちらりと視線を向けるのは、漆黒のケルベロスコートに身を包んだメリアドル・ヴィオレット(ヴァルキュリアの妖剣士・e45119)が彼をまっすぐに見つめているからだろう。
それでも、彼女が自分の歌を心地よさそうに聴いてくれていることに気をよくしていた。
数曲を歌い上げて、彼女以外にいるか分からないが、ぐるりと他の聴客へと頭を下げてギターを片付ける。
その様子を隠密気流で目立たぬようにして見ていたエマ・ブラン(銀髪少女・e40314)は、移動を始めた彼の後をメリアドルと共に追う。
ふんわり揺れるシルエットと軍人じみた所作のシルエットを見守り、神薙・流人(護りしもの・e13632)が周囲を警戒してぐるりと見渡した。
「動物型の螺旋忍軍……デウスエクスも面白いですね」
声をひそめて口にした彼のそばで小柄な身を潜め隠れていたルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)が様子をうかがいながら首をひねった。
「螺旋忍軍がマスタービーストを呼ぶ……?」
予知に妙な情報が入っておるな。この謎が謎を呼ぶ感よ。
「半人半馬の種族、セントール……! 保護すれば仲間になってくれるでござろうか?」
期待を込める岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)には、ふむと唸る。
「エルゴスム化しておる以上、状況は分からぬじゃろうな」
とにかく「助けてくれた相手」に付くのも仕方ないか。
「……と、そんな事を言っている場合ではありませんね。罪のない人々に危害が及ばない様力を尽くしましょう」
セントール復活はさせません。決意を告げる流人に頷く。
「さておき今は、救出と妨害じゃな」
と。不意に緊張が走った。
どこにいたのか、獲物を逃さぬため包囲するように姿を見せた3体の獣。
アブランカ・ククリ、アブランカ・オダマキ、そしてアブランカ・カメリアだ。
自分を襲わんとする相手が犬か狼か、或いはデウスエクスかなど青年には分かるはずもなく、今まさにその凶爪と鋭牙の餌食になろうとしたその時。
「だめ!」
悲鳴じみた制止と共に、護刀のように太刀を手にしたクリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)が、青年の前に躍り出るというよりは、ぽてっと間に入った。
その彼女をやや庇う位置で鋼・柳司(雷華戴天・e19340)が立ち、他のケルベロスたちも青年とデウスエクスの間に割り入る。
「……あ、あんたは……」
状況が飲み込めない青年は、つい先程見知ったケルベロスの姿に声をこぼすと、メリアドルが彼のほうを見ずに頷いて見せた。
「セントールのコギトエルゴスムを復活させはしません! 螺旋忍軍! 人を殺させはしません、覚悟しなさい!!」
強い調子を叩きつけるリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)。
「ケルベロス参上! デウスエクスの悪事は許さないんだよ。お兄さんはわたし達が守るから安心してね」
喊声をあげるエマに続いて、風太郎が大見得を切った。
「コギトエルゴスムと一般人を利用せんとする貴様等犬っころに慈悲などない!」
雄叫びに、アブランカ・オダマキが歯を剥いて唸る。
「犬より猿の方が強いことを教えてくれようぞ! 猿忍の風太郎……押して参る!」
今にも攻撃を仕掛けようとする風太郎の前に、す、とピンクの影が進み出る。
クリスティーナが一歩前に出て、何をする気かと懸念するケルベロスたちを制してから、螺旋忍軍たちを見つめた。
「わたしを知っていますか、なの」
その言葉に、幾人かは気付く。
この獣型の螺旋忍軍は、彼女の……。
「こんなこと、してほしくないの」
真摯に呼び掛けるクリスティーナの言葉と姿を、アブランカたちは確かめるかに注視する。
「みんなとお話して分かりあえないの? しようとしてること、生きてる「今」よりも大切なの?」
アブランカたちは応えない。
それでも、クリスティーナは語りかけた。
「わたしは「今」が大切なの」
悲壮な訴えに応えるものはない。
だが、確かにアブランカたちは彼女の言葉を聞いている。
「思うところはあるだろうが、今はやるべきことを見定めろ」
言葉ほどには厳しさを見せぬ柳司に諌められ、くっと手に力を込めたクリスティーナへ、二振りの刀に手をかけ流人が告げる。
「彼の安全は確保しました。……完璧ではありませんが」
皮肉にも、彼女の呼び掛けは時間稼ぎとなり戦場が整えられた。
今は語らう時ではない。無用な犠牲者を出さぬように護り、アブランカたちの凶行を止めなければ。
●
「グラビティ威力3200オーバーの一撃、何発耐えられるか試してくれようぞ!」
「これ、待たぬか!」
オウガメタルからオウガ粒子を前衛へと広げようとしていたルティアーナの制止を聞かず、風太郎はアブランカ・カメリアを狙い高威力の一撃を繰り出すが、悠々とかわされた。
どれほど威力が高かろうとも、当たらなければどうということはない。
そして互いに連携を取れていないのだ。連携が重要な戦いではないので致命的ではないが、ずれが生じるのは当然である。
改めてルティアーナとリュセフィーが前衛に、メリアドルが後衛に向けてメタリックバーストを用いてケルベロスたちの感覚を研ぎ澄まさせる。
獲物を狙い飛びかかろうとするアブランカ・カメリアの前に、クリスティーナが立ちはだかった。
「なにも知らないセントールさんをとり合うなんてこともしたくないの」
そして、戦いたくもない。戦いたくないけど、今はそれじゃ何も守れない。全部失うより良い。
ぐっと握りしめた拳に降魔の力を宿す。
「でも、うたのお兄さんにひどいことしてふっかつさせるのが一ばんだめなの!」
想いごとぶつけられたその力をアブランカ・カメリアはしたたか打ちつけられ、姿勢を崩すがすぐに体勢を整えた。
少女を見据えるその瞳はどこか、問いかけるようでもあった。
リュセフィーのミミックがエクトプラズムで武装を具現化し繰り出した攻撃を防ぎアブランカ・ククリの放った氷結を、エマはつい太ももの拳銃を抜いて打ち払い返す手で敵に向けてしまい、
「あ、そうだった」
と、『近接単体攻撃で攻撃しないと一般人が襲われる』ということを思い出してそのまま自身をまばゆい光の粒子と変え突撃する。
至近距離で突っ込んでくるヴァルキュリアをアブランカ・ククリはかろうじてかわし、間髪入れずアブランカ・オダマキが繰り出した攻撃を柳司が捉え受け流して、凍気をまとわせた貫手の一撃を繰り出す。
機械の腕に抉られ苦鳴を上げるデウスエクスに、強く地を蹴り流人の放った蹴撃が鋭く刺さった。
一撃或いは二撃を受けたアブランカたちは、しかしこの程度で戦意を喪失してはいない。
「同胞のために異郷で命を懸けるか。立場が違えば忠犬と讃えられる行動かもしれんが、此方も引くわけには行かんのでな」
その意気や良しと、柳司もまた拳を構えた。
ケルベロスたちのなかには経験が浅い者もいたが、グラビティによるエンチャントと回復の支援により、やや攻め手が弱いものの確実にデウスエクスを制圧しつつあった。
「久しぶりの実戦だから緊張するよ」
「ええ、私も久しぶりの依頼なので少し緊張しています」
ぴりっとした表情でこぼしたエマに、流人も太刀を持ち直しながら応えた。
でも頑張る、と笑ってスカートの裾を翻しアブランカ・ククリへと跳躍する彼女の拳に闘気が集まり、
「いつもなら銃メインなんだけど格闘戦を強いられているんだよ!」
叫ぶ勢いで強打を叩き込む。
その一方、命中率が心許ないリュセフィーの攻撃はかわされがちで、彼女の指示を受けたミミックの攻撃も早々に見切られていた。
「犬っころのくせに小賢しいですね」
蹴撃を避けられ歯噛みする彼女の前へさっと躍り出て、風太郎が敵へ向かい吠えた。
「火力に自負あるとはいえ拙者は慢心はせぬぞ!」
『ニンジャは慢心したら死ぬ』……古事記にもそう記されておる、と。
「刮目せよ! 煌めけ、我が閃光螺旋! ニルヴァーナッ! アミダ・スパイラルッ! イヤーッ!」
彼がただひとつ振るう如意棒へ虹色に輝く無量光大螺旋を宿し、アブランカ・カメリアへと突貫する。
「前向きなのはいいことなのでしょうね」
閃光のなかデウスエクスがどうと倒れ伏すのを眩しげに目を細めながら確かめ、メリアドルは喰霊刀に食らわせていた魂をリュセフィーへと分け与えた。
仲間を倒され、アブランカ・ククリとアブランカ・オダマキはケルベロスたちへと向ける敵意をいっそうに強める。
しかし次の一手を打つより先に、ルティアーナが弧を描いて御護刀の一閃を放った。
「悪いがお主らの思うとおりにはさせぬよ」
守りの立ち回りは得意ではないがの……。
自信に満ちた言葉の後にやや苦い表情を浮かべたが、案ずるなと頼もしい言葉が返る。
愛用の銃に比べて不得手な近接攻撃を行うエマは当初こそうっかり攻撃を間違えそうになっていたが、
「あ、でも結構楽しいかも」
と、身軽に脚を振り上げ蹴りを放った。
しかしその一撃を受けたアブランカ・オダマキは、怯むことなくケルベロスへ向かって爪を振りかざす。
「雷華戴天流は対デウスエクスを想定した拳法。四足の獣も想定の範囲内だ」
柳司がすっと身を低くしその爪を己の身で受け止め、敵を掬い上げるようにして攻撃を止めた。
そのまま機械と化した腕で貫手を以て敵を貫き、その内部を手首の捻りで破壊すると同時に発剄を放つ。
「雷華戴天流、絶招が一つ……蒼龍雷穿!!」
吼えたその一瞬、ぞ、っと青い雷光がアブランカ・オダマキの身体に疾った。
ぶるりと身を震わせたデウスエクスに、弧閃が迸る。
「一閃……!」
流人が一息に放つ一刀に、咆哮が響いた。
最後に残ったのは、アブランカ・ククリ。だが、既に多大なダメージを負っており、もはや脅威ではない。
であればと、ルティアーナが理力を練り上げた。
「行此儀断無明破魔軍……! 大元帥が御名を借りて命ず、疾くこの現世より去りて己があるべき拠へと還れ! たらさんだんおえんびそわか……!」
大きな動作で呪印を結び、織り成された破魔の光矢をつがえ撃ち放つ。
呪儀の光は狙い違えることなく敵を射抜き、ざあっと消えゆくと同時にアブランカ・ククリが地に伏せる。
3体のアブランカたちは皆倒れ動く気配もない。万が一にとしばらく警戒するが、それも無意味とさえ思えた。
これで戦いは終わった。青年の無事を確かめて、それからコギトエルゴスムを回収し……。
「あっ!?」
不意の悲鳴に、意識を逸らしていたケルベロスたちははっとする。
地に倒れ伏していたはずの螺旋忍軍が、いつの間にか立ち上がりケルベロスたちから距離を取っていたのだ。
無論、青年へ手出しできる状況ではないし、満身創痍となった身ではできてせいぜいが捨て身の特攻だろう。
「まだやる気!?」
敵の攻撃を警戒してエマはスカートの裾に手をかけたが、しかし最前までと様子が違うことにも気づく。
まっすぐに見ていたのは、
「……わたし?」
呆と口にしたクリスティーナ。
何故共に来ないのか。そう、その視線は告げていた。
「どうして……わたしは、戦いたくない。みんなとなかよくくらしたいの」
意図が分からず困惑する彼女をアブランカたちはしばらく見つめていたが、やがてふいと顔をそむけていずこかへと去ってしまう。
それはどこか、クリスティーナが一緒に来ることを期待していたのに、彼女に拒まれ諦めたかのように。
「アブランカたちは、ブランシャールさんのことを仲間だと思っているのでしょうか」
「どうなのかしら。少なくとも、敵だと思ってはいないようだけれど」
流人の言葉に、メリアドルが目を伏せる。
アブランカたちが去った後を見つめる少女から目をそらすように。
●
再度の脅威はないかと柳司が周囲をあらためるが、もうアブランカたちの気配も、他のデウスエクスのそれもない。
「大事ないかしら」
よたよたと皆の前へ出てきた青年へ、メリアドルが声をかけた。
ケルベロスたちに守られ、怪我らしい怪我はひとつもないと安堵の息を吐いたその時。
「さて、命の恩人に夜食でも奢る気はあるかの?」
「え!?」
いたずらっぽく笑って言うルティアーナに問われ、青年の声が裏返った。
小柄な少女の挑戦的な問いを受け懐勘定を始めた青年に向けられたのは、楽しげな笑い。
「ははは、冗談よ、この人数ではきつかろうて!」
「……で、ですよねー……」
心臓に悪い冗談だと溜息をつき、しかし落ち着かない様子で周囲を見回す。
自分が襲われる、それも酔漢や暴漢などではなくケルベロスが相手する存在に目をつけられるとは想像もしていなかったのだろう。
「終わったよー。気をつけて帰ってね!」
元気づけるエマの言葉に今度こそ安心し、頭を下げて礼を告げ、それでもきょろきょろと警戒しながら帰路につく。
その姿が見えなくなってから、
「螺旋忍軍はマスタービーストと関りがあるのでござろうか? 此度の事件群に忍犬を使うのは、ただの偶然だとは思えぬな……」
大仰な仕草で唸りひとりごちる風太郎。
「だが、今はセントールの保護が最優先でござるな」
思考を切り替え視線を向けた先で、流人がコギトエルゴスムの装飾品を少女へと手渡す。
クリスティーナはコギトエルゴスムを大事そうに手にして、物憂げに見つめた。
グランドロンの探索がこれで少しでも有利になればいいのですが、と口にし、流人は思案に視線を落とした。
「コギトエルゴスムを与えたソフィステギア……いったい何者なのでしょうか」
「分からないけど……」
彼女たちが何者かが分からないのではなく、その真意が分からない。
けれど分かり合えないなら私は大切な地球の皆の為に戦う。そう誓う。
「でも、」
いつか皆分かり合えるはず。
矛盾してても、皆そうだと信じてる。
そう自身にも言い聞かせるよう口にして。
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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