血祭のひな祭り

作者:砂浦俊一


 3月3日、ひな祭り。
 日曜日であるこの日、その町の神社では参拝に来た小学生以下の女子にひなあられを配る行事を催していた。地元の商店街も協力しており参道には屋台が立ち並び、境内の一角には八段のひな人形が飾られ、親王と親王妃になれる顔はめパネルも置かれていた。
 参拝客は親子連れが多い。屋台を覗いたり、ひなあられを貰い、ひな人形やパネルの前で写真撮影をしたりと休日を楽しんでいた――罪人エインヘリアルが、現れるまでは。
 晴天の空を引き裂き着地したエインヘリアルは、粉塵の中で不気味に笑う。
「刑から解放するかわりに地球人どもをぶっ殺してこい……か」
 突然の出来事に境内の人々はエインヘリアルの巨体を見上げることしかできない。
「願ったり叶ったりだな! 地球人ども、血祭にあげてやるぜ!」
 エインヘリアルが全身に闘気を漲らせる。
 渦を巻く闘気が砂礫を撒き散らし、人々は悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
 だが逃げる人々へとエインヘリアルが気咬弾を撃つ。それをくらえば人体は簡単に弾け飛ぶ。あちこちで悲鳴が上がり、肉片と血飛沫が飛散する。必死に逃げる親子連れは、娘が気咬弾の直撃に呑まれた。振り返った父親が見たのは自分が掴んでいた娘の手のみ、彼は悲痛な絶叫を上げるが、直後に上半身を気咬弾で吹き飛ばされた。
「たまんねえなぁ! ひゃっはぁああ!」
 鮮血に染まる境内で、エインヘリアルは歓喜の雄叫びを上げる。


 オラトリオのヘリオライダーである黒瀬・ダンテは、緊迫した表情でケルベロスたちを出迎えた。
「皆さん、ヤベー事件っす。天司・桜子(桜花絢爛・e20368)さんからの情報提供で判明したんすけど、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のエインヘリアルが出現、ひな祭りの行事が催されている神社を襲撃するっす。このままじゃあ一般人が虐殺されるだけでなく、恐怖と憎悪が広がり地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる要因にもなっちまうっす」
 ダンテの背後の液晶モニタに、現地の写真と映像が表示された。
 境内は広く、戦闘には充分。だが参拝客や神社の関係者などで人も多いはず。彼らが巻き込まれないよう、避難誘導を優先するべきだろう。
 神社そのものは小高い場所にある。参道には屋台が多く並び、そこから境内までは長い石階段。避難の際は一般人が階段を転げ落ちないよう注意が必要だ。また境内の周囲には林が広がっている。こちらへ逃がすのも良いかもしれない。
「罪人エインヘリアルは3月3日の日曜日、午前11時に現れるっす。敵は1体のみ、挑発には簡単に釣られ、脳筋思考なので最後まで撤退はしないっす。こいつは全身に渦を巻くようなバトルオーラ、これを両腕に集中させての気咬弾を好んで使うっすね」
 敵は遠距離からの攻撃が得意か。ならば近接戦で叩きのめしたいところだが、最後まで逃げずに戦うのだから体力も相当なものだろう。
 油断はできない、ケルベロスたちは身を引き締める。
「ひな祭りの行事が血の惨劇に変わるなんざ、たまったものじゃないっす。どうか撃破をお願いします!」
 ダンテは大きく頭を下げ、ケルベロスたちに頼みこんだ。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)
一・チヨ(星纏う夜・e42375)
マサトラ・アルメイダ(ボアソルチ・e62634)

■リプレイ


 ひな祭りの行事で賑わう神社の平和な光景は、出現した罪人エインヘリアルによって破壊された。休日を楽しんでいた人々は、エインヘリアルの姿に恐怖でただ震えるのみ。
「刑から解放するかわりに、地球人どもをぶっ殺してこい、か……」
 エインヘリアルが全身に闘気を漲らせ、渦を巻くそれに砂礫が撒き散らされる。
「願ったり叶ったりだな。地球人ども、血祭にあげてやるぜ!」
 両腕に集中した闘気が境内の人々めがけて放たれた、その時。
「来たな脳筋。見るからに頭の悪そうな奴だ」
 射線上の親子連れとの間に割って入ったのは水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)、巨大な鉄塊剣を盾代わりに敵の気咬弾を防いだ。
「へっ、1人でオレサマと張り合おうってのか?」
 エインヘリアルは口角を歪めて嘲笑するも、鬼人の後ろから八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)が姿を現す。
「未来ある者の為のイベントを無碍にされるのは困ってしまいますわね。それと、どうして1人だけだと思うのです? 上を御覧なさいな」
 天を見上げたエインヘリアルの目に映ったのは、旋回するヘリオンと降下してくるケルベロスたち。
「感情のままに暴れ回るしかない単細胞め。ひな祭りは貴様の出る幕ではないな」
「桜子たちはケルベロスだよ。エインヘリアルさん、無抵抗の人を殺戮するよりも桜子たちと戦った方が、よっぽど楽しめると思うよー」
 着地したカタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)と天司・桜子(桜花絢爛・e20368)は、敵を前後から挟み込む。続いて着地したマサトラ・アルメイダ(ボアソルチ・e62634)は、エインヘリアルの顔を一瞥するなり表情を曇らせた。
「これぞって馬鹿面きちまいましたねー……うへぇ。あんなんばっかなんしょ? 罪人エインヘリアルって」
「ボサっとするな、トラ。僕たちの役目を果たすぞ」
 仲間たちに同意を求める彼だが、イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)から小言が飛んでくる。
「ウ、ウスッ」
 注意を促されたマサトラは、イブと共に一般人の避難誘導を開始する。
 神社そのものは小高い場所にあり、屋台の並ぶ参道から境内までは長い石階段、境内の周囲には林。どちらへ避難させるにせよ、エインヘリアルの攻撃から人々を守り切らねばならない。
「血祭に上げられてぇのはテメエらか。その度胸だけは褒めてやらァ」
 エインヘリアルの興味はケルベロスたちに向きつつある。
「血祭は生憎趣味でない。避難する人々に、手出しさせる気も……無いよ」
「そういうことだ。血祭に上がるのはテメエ、さあ祭りの始まりだ!」
 一・チヨ(星纏う夜・e42375)は眠たげな顔でぽつりぽつりと、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)はリボルバー銃の銃口を向け、エインヘリアルへの挑発を重ねる。
「祭りは好きだ。血祭は大好物だ。血の海に沈めェ!」
 エインヘリアルの全身を闘気が巡る。
 渦巻く闘気は風を呼び、ケルベロスたちの髪をなびかせ衣服をはためかせた。


 仲間たちが敵を挑発している隙に、鬼人は境内周辺にキープアウトテープを張り巡らした。これで戦闘区域は確保、あとは避難誘導中の仲間の位置を把握しつつ、そこから距離を取って戦いたい。
「弱い奴しか仕留めたことのなさそうな脳みそお子ちゃま野郎っ。てめぇ、どこから来た? 地球へのご旅行の目的は何だ?」
 鉄塊剣で斬りかかった彼は、敵を煽りつつも問いかける。どこから来るのか方角でもわかれば儲けものだ。
「ゴチャゴチャうるっせェ! 戦いを楽しませろやァ!」
 戦いの喜びを全身で感じているエインヘリアルは、そう返すのみ。
 次いでランドルフがエアシューズで蹴りかかるが、これを敵は両腕のガードで受け止める。
「脳筋のくせして、気力溜めとかセコイ戦法取ってきそうだな!」
 彼はメンバーに呼びかけるのを装い、相手が攻撃一辺倒になるよう仕向ける。
「はっ。漢だったら豪快にぶっ飛ばすモンだぜっ」
 その言葉は決して大言壮語ではないだろう。
 肌を震わせる闘気からも、それが感じられる。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ!」
「……ほら、俺たちが相手してやる。罪人、潰してみせろ、嗚呼……潰してやるよ」
 桜子の紅蓮桜が敵を包み込み、燃え盛る炎の中へチヨがプラズムキャノンを撃つ。
 耐え凌いだエインヘリアルの口元には笑み、全身の闘気を両腕に集中させていく。
「体力と激情を持て余していらっしゃるのなら。わたくしがそれごと食べて差し上げましょう」
「まったく調教のしがいがある。血だまりで溺れるのはどちらか、思い知らせてやろう」
 頃子は前衛組に黄金の果実でBS耐性を付与、カタリーナはジャマーとしてバスターライフルによる牽制の砲撃。絶え間なく攻撃を浴びせ続け、敵の反撃を遅らせたい。
「チャージ完了ぉ……ってなあ!」
 敵の気咬弾の乱射が始まる。ケルベロスたちは直撃を避けるべく境内を駆けるか、避難者に当たらぬよう防具でガードを固める。外れた、あるいは弾かれた気咬弾は神社の社殿に大穴を開け、鳥居は倒壊、八段のひな人形は粉微塵に吹っ飛ぶ。
 逃げる避難者たちにも再び恐怖が伝播していく。
「皆さーん、林の方へー! 逃げ遅れた人には手ぇ貸してやってくださーい!」
「心配無用だ。こっちへ飛んできたら僕が盾になるぜ」
 背中越しに敵の猛攻を見やりつつ、マサトラは隣人力と凛とした風を用いて人々を周囲の林へ逃げるよう促す。全体の誘導は彼に任せつつ、イブは恐怖で動けなくなっている人をプリンセスモードで励まして歩かせる。
 ひな祭りの行事だけあって幼児の姿も目立つ。
 避難の完了にはもう少々時間を要するか。


「ひな祭りは、女の子の成長を願う大切な行事だよ。殺戮なんて、絶対に許さないよ……必殺のエネルギー光線を、食らえー!」
 盾役を務める桜子は胸部を展開、敵の気咬弾へ対抗するようにコアブラスターを撃つ。
「クッ……ソがぁ!」
 相打ちになり、エインヘリアルは足を踏ん張りこらえるが、桜子は転倒してしまう。
 さすがに敵の一撃は強く重い。侮れない。
「アンナ姉さまたちが合流するまでは……ジョーカーさん!」
 マインドシールドを張った頃子はサーヴァントの名を叫ぶ。
 名を呼べば意思疎通できる相棒は敵に突撃、煽り顔の映像で注意を引きつける。
「さゆり……あいつ、気に食わないだろう? 俺の代わりに好きなだけ、暴れてこい。今日は許す」
 チヨもまた相棒をエインヘリアルへ突っ込ませる。
「邪魔っくせえ!」
 敵がまとわりつくサーヴァントたちを追い払おうとしている隙に、チヨは負傷者の回復に務める。
「突っ込む。合わせてくれっ」
「応っ。気咬弾に頼りすぎると懐がお留守になるぜ、そらよ!」
 遠距離からの攻撃が得意なら近接で叩きのめす。
 鬼人は愛刀で敵の胴を突き、直後に横へ跳ね、入れ替わりにランドルフの螺旋掌。
 腹部への痛打の連続に、こみ上げてきた血がエインヘリアルの口から吹き出た。
「……番犬が群れやがンなァ!」
 エインヘリアルは左腕でランドルフを跳ね除けようとするも、その肘へカタリーナの撃ったゼログラビトンが命中した。
「こっちだ。撃ってこい」
「撃ち合いが望みか。ならテメエから死ね!」
 左腕を一時的に封じられたエインヘリアルは、カタリーナへと右腕で気咬弾を撃とうとして――今度は鎖が巻き付く。
「っしゃあ! ドンピシャ!」
 避難誘導を終えて合流したマサトラの猟犬縛鎖だった。
 快哉の叫びを上げる彼だが、その顔には初陣の緊張感が滲み出ている。
「若僧ォ!」
 エインヘリアルは鎖を強引に引き千切ろうとする。
 だが、その顔面に合流したイブの気咬弾が直撃した。
「コレはおまえだけの得意技じゃない」
「……ヒヒヒ、脳が少し揺れたぜぇ」
 折れた前歯と共に血が吐き出される。
 前歯を一本失くした顔で、エインヘリアルは凄惨で不気味な笑みを見せた。


 動くようになった左手で右腕の鎖を振りほどき、エインヘリアルは呼吸を整える。顔と腹から血を流しながらも闘気を練り上げていく。
「まだまだこんなもんじゃ足ンねェ……オレサマを血祭に上げんだろォ? やってみせろよォ!」
 雄叫びを上げるエインヘリアルだが渦巻く闘気には異変。砂礫を飛ばすほどの勢いはあるが、ケルベロスたちが肌に感じる圧力は減じている。疲弊か負傷によるものか。いずれにせよ、ここで潰す。
「傷は俺たちが癒す。ね、頃子。さあ、皆。存分に暴れておくれ」
「ええ。その身を冒すもの、残さず綺麗に頂きますわ。マサトラさんも、しっかりね」
 ケルベロスたちは視線を交わし合う。チヨと頃子は仲間たちの負傷を癒やし、前衛組がエインヘリアルへ突撃する。
 敵も両腕から気咬弾を放って応戦。威力は減じているだろうが、直撃は避けたい。
「貴様のような何も考えずに突っ走る奴は真っ先に戦死するのがお似合いだ。己の頭の悪さを地獄の底でじっくり後悔するがいい」
 味方を援護すべく、カタリーナはブレイジングバーストでエインヘリアルを包む。
 業火に肌を焦がしながらもエインヘリアルは反撃に転じようとするが、体の動きは精彩を欠いている。
「チィっ! 血が足りねえ……流れ過ぎたかっ」
 舌打ちする敵めがけて桜子は跳躍、血気盛んに前へ出てきたマサトラも相手の懐に飛び込んだ。
「もうおしまい? その動きも、封じてあげるよ」
「んもーオジサンうっせぇから口閉じてモタモタしといてくんな!」
 さっきのお返しとばかりに桜子の飛び蹴りがエインヘリアルの脚を打ち、マサトラの右手から放たれた降魔の力は顎を打ち抜く。エインヘリアルは上下の歯で舌を噛み、激痛に声ならぬ叫び。舌は半分ほどが切れていた。
「少しでも情報を得たかったが……その有様じゃ喋れんな。いいぜ、散れ!」
「コイツはとっておきのプレゼントだ。闘気も纏めて喰らって爆ぜろ!」
 鬼人が繰り出すは刀の極意、その名は無拍子。極限まで無駄を省いた極致の斬撃がエインヘリアルの右肘から先を切断した。
 ランドルフがリボルバー銃から撃ち出したのは、グラビティ・チェインと気を練り合わせた特殊弾。着弾と同時に魔法力による爆発を引き起こし、エインヘリアルの左腕を肩の付け根から吹っ飛ばす。
 全身が血塗れ。文字通り血祭に上げられたエインヘリアルの前へと、翼をはためかせたイブが降り立つ。
「――大丈夫、僕がいるから。僕の“さいわい”を、傷つけさせたりしない」
 イブが歌う『終わらない夜に』、弟分と妹分であり、歌手としての彼女のファンであるチヨ、マサトラ、頃子へ宛てたもの。
 夜に浸るバラードがしっとりと歌い上げられ――これがエインヘリアルへの葬送曲になった。罪人は仰向けに倒れ、二度と動くことがなかった。

 戦闘が終わり、初陣の緊張感から解放されたマサトラはその場に座り込んでしまった。
「あー……緊張した。あっ、お片付け手伝いまっす!」
 だがすぐに彼は立ち上がる。ヒールに、現場の後片付け、負傷者の治療。仕事はまだまだ残っている。
「戦争というのは策略がモノを言うんだ。単身で勝とうなどという甘い考えが、命取りになったな」
「3月3日のひな祭り……テメエにとっちゃ『散々』な日だった、なんてな」
 カタリーナとランドルフはエインヘリアルの死体を見下ろしていた。その死体が塵のように散っていく中、鬼人は恋人から貰ったロザリオに手を当て、祈る。
「まったく、罪人エインヘリアルの地球への不法投棄はご遠慮願いたいぜ」
 あと、どのくらい、凶悪な罪人が送り込まれてくるのか。
「どれだけ来ようと片っ端から潰す。でも、今日のところはひな祭りを楽しみたいね」
「さんせーい。折角だから、桜子もひな祭りを楽しんでおきたいなー」
 イブの言葉に、桜子は挙手して賛同する。
 破壊された社殿やひな人形もヒールによって修復された。どちらもも華やかさとメルヘンチックなファンシーさが追加された感じだ。
「これも今日がひな祭り、だから? ……少々華やかすぎる気もするが、まあ、壊れているよりは良い、だろ。血腥い祭りは、これで、おしまい」
「ええ。許してくださいますでしょう、きっと。華やかで平和なのは、おいしいですもの」
 眠たげな目で社殿を見上げるチヨの隣で、頃子が微笑んだ。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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