おひな様が嫌なの

作者:遠藤にんし


 第七の魔女・クレーテは牛の被り物を捨て、グレーテルとしての顔を晒す。
 グレーテルの手にはコギトエルゴスム。それに魔女の力――グラビティ・チェインを注ぐと、コギトエルゴスムは変貌し、ヒトに似た形へと変わる。
「これで復活りん♪」
「かたじけない。この御恩、必ず報いよう」
「当然りん♪ せっかく復活させたなから、役に立ってもらうりん♪」
「ならばまずは、グラビティ・チェインの獲得に向かうとしよう」
「いい考えりん♪ ボクりんもお手伝いしちゃうりん♪」


 ……雨が辺りを叩く中、少女――ゆめは、泣きじゃくりながら屈みこんでいた。
「やだもん……やだよ、やだよね?」
 問いかけた先には誰もいない。
 でも、ゆめには確かに、妖精の姿が見えていた。
「おひな様、顔がこわい。ゆめはおよめさんに行かないで、パパとママとずっと一緒にいるのに」
 呟くゆめの前で、妖精はうなずいているのだろう。
 ゆめはぎゅっと小さな手を握りしめて、言う。
「おひな様のお祭り、嫌いだもん……嫌いだもん!」
 叫ぶと同時に、ゆめの体を貫く衝撃がある。
「……ぁ、ようせい、さん……」
 嬉しそうな表情のまま倒れるゆめに、すかさず妖精――タイタニアは癒しを施して。
 少女の体が濡れるのもそのままに、どこかへ飛び去って行った。


「雛祭りなんて要らないという女の子がいるとは思ったけど、まさかタイタニアが利用するなんてね」
 呟く比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)に、高田・冴はうなずく。
「妖精を信じる少女にとって、ひな人形の顔は怖すぎたのかな。……なんであれ、放ってはおけないね」
 ゆめの夢に埋め込まれたコギトエルゴスム。
 それを放っておくことはできないからと、冴は詳しい情報を口にする。
「『ゆめ』ちゃんだね。彼女は、妖精を強く信じる7歳の女の子だ」
 雛祭りを今年は盛大にやろうということになって準備が進んでいたのだが……雛飾りや雛祭りがどんなものなのかを知るにつれ嫌になって、家から逃げ出してきてしまったようだ。
 そして雛祭りから逃避するために妖精と話していたところ、妖精型デウスエクスの復活を招いてしまうらしい。
「妖精を信じる心が、デウスエクスの復活を招いた。だから皆には、ゆめちゃんに会って、妖精を嫌いになる……または、妖精から興味を失うように話をしてほしいんだ」
 今回、ゆめが妖精に心を傾けた原因は、雛祭りにもあるらしい。
 雛祭りというのが悪いものではない、ということを伝えてあげることも、効果的かもしれない。
「説得に成功すれば、ゆめちゃんの中からコギトエルゴスムが出てくる」
 もしも失敗した場合は妖精型デウスエクスが出てくるが、妖精型デウスエクスは戦闘を好まず、すぐに撤退しようとするだろう。
「妖精型デウスエクスをどうするかは、皆に任せるよ」
 戦うこともできるし、逃がすこともできる。
 逃がす場合ならば、1分程度は会話もできるかもしれない、と冴。
「説得できなくても、ゆめちゃんが死亡すればコギトエルゴスムを得ることは出来るが……あまり、気は乗らないね」
 なるべく平和的に、説得で解決したいところだ。
「ゆめちゃんのおうちの人も心配していることだから、早めにおうちに帰してあげたいね」
 おうちでは、雛祭りのお祝いが始まるはず。
 もし時間に余裕があるようであればお邪魔して、楽しい時間を過ごすのも良いかもしれない。


参加者
ティアン・バ(天は九重・e00040)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)
猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)

■リプレイ


 十二単を引きずりながら、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は少女――ゆめの元へ向かう。
「本気で重いわね……早く決着を付けないと……」
 戦わずに全てを終えるつもりではあるものの、もし戦いになるのであればこれを着たままというのはかなり難しいのでは、と感じる淡雪。
「いざとなったら全裸で……」
 などと口走っている間に、一行はゆめの元に到着。
 泣き濡れるゆめへ歩み寄った新条・あかり(点灯夫・e04291)は屈みこんで、潜めた声で彼女に語り掛ける。
「お雛様、ちょっと怖い顔してるよね。僕も最初見た時驚いちゃった」
 ――内緒だよ、と小さな声で言えば、ゆめはこくんとうなずいた。
 あかりは蜂蜜色の微笑を浮かべてから、言葉を重ねていく。
「学校で習ったんだけどね。お雛様って元々は、何か悪いことが起こったとき身代わりになって護ってくれるお人形だったんだって」
 痛い思いをしないように、怖い思いをしないように――元気にお父さんとお母さんと過ごせるように、と。
「――そんなことを護ってくれる存在なんだって」
「パパと、ママと過ごせるように……?」
 ゆめの言葉に、あかりはうなずく。
 しかし、ゆめの瞳には涙の膜が張ったままで。
「パパとママと過ごしたいのに、およめにいくって……」
 ぐす、と鼻をすするゆめと視線を合わせるようにティアン・バ(天は九重・e00040)は屈んで、ゆっくりと、語り掛ける。
「ゆめ、別にお嫁さんになるにしても父君や母君と離れなくていいんだぞ」
 お嫁さんになるのではなく、お婿さんをもらえばいいのだとティアンは言う。
「そうしたら、父君と、母君と、ゆめの好きな人とで暮らせる」
「ほんとう……? すごい!」
 家族と離ずに済むのだと分かってゆめは顔をキラキラ輝かせる。
「お雛様はそういうことも応援してくれているんだ」
 ティアンがそう続けると再びゆめの顔が曇ったのは、雛人形の顔の怖さを思い出したためだろうか。
(「…日本の伝統的な人形って、たしかにちょっと……」)
 怖いというか夜に見ると不気味というか、と思うのは猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)。
 西洋人形と比べてリアルな分余計な怖さがある人形には、愛楽礼自身苦手意識がある……だが、ゆめのためにはそうも言っていられないだろう。
「……私も、気持ちは、ちょっとだけわかるんです」
 ゆめの思いに共感しつつも、でも、と愛楽礼は続ける。
「出来れば、そんな事は言わないであげて欲しいんです」
 愛楽礼がそう言う理由は、雛人形は守り雛とも呼ばれる、みんなを見守ってくれる存在だから。
「ゆめちゃんを、悪いものから守ってくれてるんです」
「お雛様は、お父さんお母さんがひなちゃんの為にって用意したボディーガードなのかもしれないよ?」
 愛楽礼の言葉にあかりも重ねて言う。
「そう考えれば、ちょっと怖い顔してるのも許してあげられる気がしない?」
「……怖い顔をしてるのは、もしかしたら、そういう悪いもの達を追い払うため……かもしれませんね?」
 そして、十二単姿の淡雪は進み出て。
「ゆめちゃん私を見て?」
 顔を上げたゆめは、煌びやかな姿に思わずため息を漏らす。
「ゆめちゃんの嫌いなお雛様の格好をしてみたんだけど……私を見ても怖いかしら?」
「こわくないよ、すっごくキレイ!」
 そんなゆめの言葉に、淡雪は嬉しそうに微笑する。
「ゆめちゃんのお家にあるお雛様も本当は、ゆめちゃんとお話したくて……ずっと待ってるだけなのかもしれないわ」
 お雛様がゆめと会えるのは一年に一度、わずかな時間だけ。
「ずっとゆめちゃんを待ちすぎて……泣いちゃってあの顔なのかも知れませんわよ?」
「そっかぁ」
 納得したような表情を浮かべるゆめに、ティアンは折り紙のお内裏様とお雛様を差し出す。
「何だと思う?」
「なんだろう……お人形?」
 その通り、とティアンはうなずいて。
「この子たちもひな人形。ここが頭で、この辺が袖で」
 言いつつ、ティアンはゆめにマジックペンを差し出して、顔を描いてあげてほしいと伝える。
「かわいい顔にしてあげるといい」
 ゆめによって顔を描かれた雛人形たちもきっと、ゆめが元気に大きくなれるように守ってくれることだろう。
「勿論、今父君や母君、おじいさまやおばあさまが用意しているお雛様も、そう」
 ちょっとだけ怖い顔で、悪いことも怖がって逃げていくのかもしれない。
 そうして説得を重ねたことで、ゆめの顔が明るくなったことに比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)は気付く。
 雛祭りが嫌だ、という気持ちは少し晴れた様子。
(「せやけど、まだやるコトがあるな」)
 猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)がそう思ったのは、肝心の『妖精』からゆめの気持ちを離すことが出来ていないから。
 薄い本および二次元世界へ引き込む――というには相手がまだ若すぎる、などと千舞輝が考えていると、淡雪のファミリアである彩雪がゆめの元へと。
「見た目はコロっとしていてこの子も可愛いわよね。でも……」
 言って、淡雪は懐を探ってひなあられを取り出す。
「ゆめちゃんお菓子は好きかしら? ひなあられを作ったの良ければ食べましょう?」
 差し出された掌には何粒ものひなあられ。
「ありがと――」
 受け取ろうとするゆめだが、しかし彩雪が全てかすめ取ってしまった。
「え……?」
 呆然とするゆめの前で、彩雪は気にすることなくひなあられを残さず平らげてしまう。
「こんな意地悪な妖精なんだけど本当に好き?」
 悪い笑みで尋ねる淡雪に続いて、アガサもまた妖精が良いものではないことを伝えることにした。
「あのね、妖精って見た目は可愛いかもしれないけど、実はすごーく意地悪なんだよ。それもゆめちゃんくらいの女の子にはとくに意地悪するの」
「いじわる? ご飯をとるの?」
 先ほどの彩雪のことがショックだったのか、そんな風に訊くゆめ。
「他のこともするんだよ。誰も見ていないところでつねったり、叩いたり、悪口言ったり」
 もしも『空を飛んでみる?』と誘われたら大変なことになるのだ、とアガサ。
「下から石を投げられたりして地面に真っ逆さまに落とされちゃうの。そんなことされたら、ゆめちゃん怪我どころか死んじゃうよ!」
「ひどい、こわい……!」
 びっくりしたゆめは目を丸くして、アガサは大きくうなずく。
「そんなことになったらパパもママもおじいちゃんもおばあちゃんも悲しむし、仲良しのお友達とも二度と遊べなくなっちゃうんだよ?」
 アガサの言葉に悲しそうな表情を浮かべるゆめ。
 そんなゆめへと千舞輝はウイングキャットの火詩羽を差し出す。
「ほれほれ猫やでー。火詩羽やでー」
 ふわふわの灰色の毛並みを撫でれば、柔らかな温かさにゆめは微笑をもらす。
「かわいい、ふわふわー」
「冬やし暖かいし、もふもふやし、ええ事づくめやろ?」
 もふもふと火詩羽の体に顔を埋めながら、ゆめはおねだりするように千舞輝を見上げる。
「ねこちゃんもっといない? 一匹だけかなあ……」
「一匹では物足りない? おぬしも強欲よのう」
 とはいえ、猫に嬉しそうなゆめの様子は千舞輝からすると悪いものではない。
「ヘイ、猫の祭りぃー」
 千舞輝が空めがけて指を弾くと、どこからともなく猫がわらわら出てきてゆめを中心に、ケルベロスたちをも取り囲む。
 猫まみれになって癒された表情のゆめはもう泣き腫らした顔ではない。
 満面の笑みで猫と戯れるゆめへと、あかりは誘い掛ける。
「さあ、送ってあげるから一緒にお家に帰ろう?」
 雨もすっかり止んでいる。
「あなたの家路は、お雛様の代わりに僕たちが守るから」


 ゆめの言うまま家路を辿ると、不安そうな表情の両親が出迎えてくれた。
「迷子になってたみたいで」
 アガサは言って、ゆめが両親に怒られないようにと気を配る。
「わざわざありがとうございます。良ければ、一緒にお祝いをしませんか?」
 両親にそう誘われて、ケルベロスたちはうなずいた。
「団欒の邪魔になってしまいますから……」
 愛楽礼は遠慮がちではあったものの、ゆめにとってはケルベロスたちはすでに『お友達』。
 ゆめ自身に誘われて、愛楽礼もお邪魔することにした。
 広い和室には立派な雛飾りが据えられて、テーブルを埋め尽くすほどの御馳走が並べられている。
「すごい飾りやなぁ」
 雛飾りを見上げて感心したように言う千舞輝は、猫たちが飾りを倒さないように気を付けながら席について。
 手製のちらし寿司もお吸い物も、丁寧に作られたものでとても美味しい。
 まだ幼いゆめのためか可愛らしい飾り付けのちらし寿司を堪能しつつ、アガサは穏やかな家族の光景を見つめてゆめへ言う。
「ママもお雛様に見守られて大きくなって、パパと結婚して、ゆめちゃんのママになって幸せになったんだよ。だからきっとゆめちゃんも幸せになるよ」
 両親、そして子。
 彼ら全てが幸せであれば良いと願って――自分はそうは出来なかった分までと願って。
 ゆめは嬉しそうにうなずくが、彩雪を見るとちょっとだけびくっとした。
「本当はとっても卑しいだけで怖く無いわ」
 彩雪が他の人の分まで食べ過ぎないように見張りつつ、淡雪は悪役になってもらった彩雪についてそう伝える。
「お雛様と一緒で一人ぼっちには、慣れない鶏さんなのよ~」
 淡雪が汗をかいたのは焦ってフォローを入れたせいでもあり、ずっしり重い十二単のせいでもある。
「そろそろ脱いでも良いかしらコレ……私が重すぎて力尽きそうなのよ……」
 ぐったりしつつ脱ぎだす淡雪の肩が出た辺りで、あかりはその肩を隠すように着物を整えてあげる。
「そのくらいにしておいてね」
 倫理的に問題のない範囲に収まった淡雪の隣で、あかりはティアンと共に雛飾りを物珍しげに眺めていた。
 ティアンは出身が違うため、雛祭りというものは詳しくはない。
 あかりは出身こそ同じではあるものの……孤児院でも育ての親の元でもこういったものは経験がなく、桃の節句は新鮮な体験なのだ。
「オスイモノもチラシズシもおいしい」
 色のついたヒナアラレも可愛らしい、と見つめるティアンに、ゆめの母親は嬉しそう。
「食べ物には由来があるんですよ。例えば――」
 それぞれの食べ物には意味が籠められ、縁起の良いものばかりが並んでいることが分かる……そうした祈りを込めた食卓は、ゆめのためのもの。
 健やかに育ってほしいという両親の祈りを受けるゆめが、デウスエクスの復活に利用されずに済んだことに安心しながら、ティアンはお吸い物に口をつけた。
 あかりがゆめに抱くのはほんのりとした憧れと羨望。
 両親から、女の子として、祝ってもらえる。
 それがどれだけ尊いことかを知っているからこそ、あかりは誰もが雛祭りを喜ぶこの場が嬉しかった。
 机上を飾る桃の花のひと振りはあかりがお土産にしたもの。
 桃の節句のお祝いは、穏やかに過ぎていく。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月4日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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