夜道喰らう獣の姿

作者:遠藤にんし


 ソフィステギアは、犬型の配下へとコギトエルゴスムを差し出す。
「お前たちの使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぐことだ」
 犬型の配下は虚ろな視線で、その命令を聞いている。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールはアスガルドへの移住を許した」
 妖精八種族のひとつを復興させ、軍勢をそろえた時、裏切り者ヴァルキュリアの土地を螺旋忍軍に与えると――その言葉を思い返して、ソフィステギアは。
「追い込まれたハールにとって我らは戦力たりうる存在だろう……我らがアスガルドを第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れるためにも――力を貸してほしい」
 ソフィステギアの言葉に、犬型の螺旋忍軍らは頭を垂れてコギトエルゴスム型の装飾を受け入れた。


 町を照らすバーの薄明かり。
 しっとりと穏やかな大人の遊び場、といった雰囲気の辺りに似つかわしくない獣は、一声吼えて人間の喉笛にかみつき、引き裂く。
 啜った血肉はどれほどか。
 やがて、犬どもの首輪に仕込まれたコギトエルゴスムは人馬の姿をした妖精八種族――セントールとして復活し。
「ここは、一体……?」
 セントールは状況が読めないのか辺りを見回していたが、それでも目の前の螺旋忍軍が己の復活に力を貸したことは分かるのだろう。
 身を低めると、セントールは螺旋忍軍へと問う。
「これから、私はどうすれば?」
 問いに、螺旋忍軍の一体は小さく声を上げ、背を向けて歩き出す。
「ついてこい、ということか……」
 呟いて、セントールは歩き出す。
 凄惨なる殺人現場を後にする彼らを、夜の暗闇が覆い隠す……。


「『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知があるよ」
 高田・冴はそのように話を切り出した。
「動物型……犬型の螺旋忍軍による襲撃事件が起こるんだが、この螺旋忍軍の首輪にはコギトエルゴスムが嵌め込まれている」
 螺旋忍軍が襲撃、殺害した人間からグラビティ・チェインが奪われ、人馬型のデウスエクスが姿を見せる……そのような事件なのだという。
「このコギトエルゴスムが妖精八種族のものだというのは間違いない」
 冴がケルベロスたちに頼みたいのは、襲撃を受ける人々を守り、螺旋忍軍を撃破すること。
 それによって、妖精八種族のコギトエルゴスムを入手することだ。
 螺旋忍軍が襲撃するのは、深夜のとある小道だという。
「飲み屋街から少し逸れた、静かな道だ」
 螺旋忍軍は人間であれば襲撃の対象を選ばないので、避難をさせても別の人間が狙われるだけだろう、と冴。
「避難させるよりは、襲われているところを救援に向かうという形の方が良さそうだね」

 また、螺旋忍軍は、接近して、個人へ向けた攻撃を受けた際には一般人の攻撃を行わなくなるのだという。
「邪魔をされても人を殺すだけの力はあるようだが、彼らの目的はセントールの復活のようだからね。復活させることが出来なくなるのであれば殺さない、ということだ」
 攻撃を受けなかった場合や、距離のある攻撃、あるいは広範へ向けての攻撃であれば、攻撃を受けながらも一般人を殺し、復活のための儀式を行ってしまうはず。
「もしもセントールが復活してしまえば、セントールは逃走、一般人は死亡という最悪の状況になってしまう」
 それを防ぐためにも、螺旋忍軍をここで撃破しておかなくてはならない、と冴は言う。
「コギトエルゴスムを確保しておけば、今後何か有利なことが起こるかもしれない」
 そのためには、人々を守ることが大切だと言って、冴はケルベロスたちを見送った。


参加者
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
美津羽・光流(水妖・e29827)
牙国・蒼志(蒼穹の龍・e44940)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)
ナナツミ・グリード(貪欲なデウスエクス喰らい・e46587)
エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)
マリアン・バディオーリ(蓮華草の花言葉・e62567)
ディートリンデ・ベルネ(仲間喰らい・e66050)

■リプレイ


 暗い小道に姿を見せた螺旋忍軍へと、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)は翼を広げて竜を生む。
「時を喰らう戦の竜よ、その力を示せ!!」
 ロウガの掌で渦巻く黄金の輝きは天使の羽持つ黄金竜の幻影へと変わって白の螺旋忍軍へ立ち向かう。
 歯を剥いて吼える螺旋忍軍とドラゴンの激突。
 力は拮抗しているかに見えたが、ロウガのドラゴンへと加勢する美津羽・光流(水妖・e29827)によって趨勢は変わる。
「螺旋忍軍の奴等に声かけるとか王女の程度も知れるな」
 光流の手にした日本刀は二振。
「腹黒王女に尻尾振ってんやって? そこの白いのの腹も黒くなってんちゃうか。見せてみ?」
 刃を向ける光流の視線は犬にのみ……人命を救うという狙いを気取られないように、彼らの方は一瞥もしない。
 同時に放たれた斬撃は白き螺旋忍軍の魂のみを引き裂く一撃となり、敵はケルベロスたちから距離を取るように跳ぶと身を低める。
 ここにいる螺旋忍軍は四体。黒犬二体は同時にエリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)へ飛びかかるが、エリアスはあえてその攻撃を受け止める。
「戯れつくんなら犬相手のが楽しいぜ?」
 咬まれた脚の、皮膚が裂けるのが感覚で分かった。
 それでも一般人に被害が及ぶよりは余程良いこと。エリアスは妖精弓を引き絞ると、白犬めがけて矢を放つ。
 胸の近くをかすめて刺さる矢に、正気を奪われて漲っていた力を奪われる白犬。そんな白犬にウイングキャットのロキは接近して、鋭利な爪で顔面に傷を負わせた。
 四体の敵の中でも、白い毛並みの螺旋忍軍は狙いすました一撃を得意とする。その攻撃が急所へ当たればどれほど危険か分からないからと、ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)もまた白犬を狙って。
「どこまでも追い詰める……地の果て、天までも届け!」
 ワイルド化したガートルードの左手が伸びる――波打つ刃のダマスカスブレードは白犬の後肢を貫き、勢いのままに地面へと縫い留める。
 広がる血だまりは夜に溶けてよく見えない。しかし確かに血腥く、ナナツミ・グリード(貪欲なデウスエクス喰らい・e46587)はそれを嗅いで犬に笑みを向ける。
「ハロ~、キミらは何を飲みに来たのかなぁ?」
 当ててあげようか? と問いながらも、拳に降魔の力を宿すナナツミ。
「ブラッディ・サムでしょ~? わしもねぇ飲みたいカクテルがあって来たんだぁ」
 トン、と地面を蹴って白犬に迫る。
「そのカクテルの名前はねぇ?」
 拳が、裂傷を負った顔面に叩き込まれ――肉の潰れる感触と共に、噴き出た血を見てナナツミは笑みを広げる。
「ブラッディ・ドックっていうんだよぉ~」
 飛散した血液をブラックスライムに飲ませて、ナナツミは暗がりの中に身を潜める。
「……それじゃ乾杯しようかねぇ? ふふっ」
 笑い声のみを残して姿を隠したナナツミの姿を探るように白犬は目を凝らす。
 暗闇の中、辺りの様子はよく見えない――かと思えば、清らかな輝きが小道を飾り立てる。
「どなたにも累が及ばぬようにしなくてはなりませんね」
 マリアン・バディオーリ(蓮華草の花言葉・e62567)のオウガメタルから零れ落ちる瞬きはケルベロスたちが戦うための道しるべとなって、戦場に広がる。
 そうして輝きを授けながらもマリアンは翼を広げ、戦場に視線を巡らす。
「他の方はいらっしゃらないようです」
 小さな道ではあるものの店が連なるためか、道に障害物のようなものは見当たらない。
 こちらが何か利用できるものもないようだが、逆に敵の有利となるものもないようだ……ならば、真っ向から向き合い、戦うのみ。
 ディートリンデ・ベルネ(仲間喰らい・e66050)の紫の瞳は黒犬へ向けて。
 喰霊刀を手にした時からか、あるいは獰猛なるデウスエクスと目が合った時からか。普段の穏やかさを失ったディートリンデの口からこぼれるのは、凶暴さを秘めた言葉ばかりだ。
「待てと伏せを教えてやろうか、犬ども」
 警戒に身を低めてばかりいる獣の背を、刃が叩く。
 黒い毛並みが引き裂かれたらその中からはどす黒い血液が。溢れ出たそれらで刃を湿らせて、ディートリンデは穏やかならざる笑みを浮かべる。
「忍犬狩りといこうか……」
 牙国・蒼志(蒼穹の龍・e44940)はディートリンデの狙ったのとは別の黒犬へ。
「犬は犬らしく、尻尾をまいて逃げればいいものを……おっと、これはこちらの犬に失礼か」
 挑発の言葉を呟きながら蒼志はバスタードソードを抜き、全身に溜めた力を一気に放出する。
 黒犬はあえて接近することによりそれを回避したかに見えた――だが、蒼志はそれも見越して剣を閃かせ、己へ迫ろうとした黒犬を斬り裂いていた。
 ほのか、バーから漂っていた酒の香はもう分からない。
 螺旋忍軍とケルベロス。互いの撃滅に意志を抱いて、二者の戦いは始まる。


 犬の螺旋忍軍たちは狙いを澄まし、あるいは苛烈な攻撃を向けることでケルベロスたちを追い詰めようとした。
 その一撃一撃は、決して無視できないもの。狙っての一撃は思わぬ以上の負荷を与え、強烈な攻撃はそれだけで呼吸が止まりそうなほどの気魄に満ちていた。
 攻撃の応酬はまさに命のやりとり。首輪に嵌め込まれたコギトエルゴスムのために猛攻を仕掛ける犬が、しかし戦いの中で徐々に追い詰められてきたのは、奴らが回復の手立てを持たないからでもあった。
 回復が出来ない犬たちの傷は広がることはあっても塞がることはない。催眠に目を回して互いを喰い合えば、その隙にマリアンは仲間へと癒しを送り届けることが出来る。
「アンカー様、お加減はいかがでございますか」
 蓮華草の花畑でエリアスを包み込んで、マリアンは不安そうな表情を浮かべる。
「これで平気だ。助かった」
 エリアスの返答に、安堵の微笑を浮かべるマリアン。
「安心いたしました」
 マリアンから癒しを受け取ったエリアスは、ロキと共に前線に立つ。
 敵の攻撃こそ無視できないものの、これまでに負わせたものの蓄積のお陰か敵の攻撃の手数は少なく、威力も最初と比べると落ちてきていることが分かる。
 癒しはマリアン一人で十分。だからこそロキはリングを叩きつけ、エリアスは存分に16式円匙2型改+を犬へ叩き込むことが出来たのだ。
 蒼志は赤茶けた毛並みを赤黒く返り血に汚しながらも気にすることなく攻撃を重ねる。
 黒犬の鼻面を大きく打ちつけた刃が犬の牙を折る。鼻を潰され平たくなった顔面でなおも蒼志を睨む黒犬は今にも喉笛めがけて飛びかかろうとしているが、ナナツミのブラックスライムに抑え込まれてそれは叶わない。
「ぜんぶぜーんぶ、食べちゃうよぉ」
 ナナツミの拳は迷うことなく黒犬の胸に突き入れられた。
 欲するのは心臓ではなく魂。全てを喰らわれた黒犬が力なく崩れ落ちる。
「ここは……押し通す!」
 ガートルードは遠吠えに含まれる力を支えの盾で受け流し、白犬へ虹の輝きを持つ蹴りを最期の一撃として叩き込む。
 残るは白犬と黒犬ともに一体ずつ。ピンクの髪を揺らしてガートルードがもう一体の白犬を見れば、ロウガの放った三日月型の斬撃が白犬の全身に殺到し。
「時の理、我が刃にて封じる!!」
 力なき者を害そうとした螺旋忍軍を許さないとばかりに攻撃を重ね続けていたロウガが、その命を終えさせた。
「残るは一体だな。絶対に倒してみせようぞ」
 最期を見送ったロウガの言葉に、ディートリンデはうなずくと共に黒犬へ刃を向け。
「下がれ!」
 呪詛を乗せた刃で黒犬の腹を突き、地面へと叩きつけた。
「ああ、鬱陶しい……!」
 叩きつけられてなお動く黒い塊を忌々しく見下ろすディートリンデ。
 黒犬が起き上がれずにいるのは奪われた体力があまりにも多いからであり、そんな黒犬へと光流は口を開く。
「便利に使われてるだけやん。捨て駒一直線やで? ちゃうわ捨て犬か」
 光流にとって犬そのものは好ましいものだったが、地球に害為す存在であるというのならやるべきことは一つだけ。
「螺旋忍軍も負け犬しか残ってへんねんな。マスタービーストも愛想つかしてどっかいくはずや」
 言葉と共に、真上から刃を落とす光流。
 叩き込まれた刃が、犬の首を両断――その首輪から、ころんとコギトエルゴスムが転がり落ちた。


「細工は……見当たらないか」
 明かりに透かしてコギトエルゴスムを眺めて、蒼志は呟く。
 エリアスも見てみるが、これといって特別なものであるという印象はない……こんなものだったかという疑問は湧いたが、それがエリアス自身の記憶違いなのかどうかは、よく分からない。
「コギトエルゴスムは全て回収ね。良かったです」
 ガートルードはうなずいて、辺りへのヒールを終えると時間を確認。
 夜はもう随分と深く、未成年が歩くには危ない時間。ガートルードは、寄り道せずに家に帰ることにした。
「私は先に帰りますね。お疲れ様でした」
「お疲れさま」
 丁寧におじぎをして帰るガートルードを見送ったディートリンデは月を仰ぎ見てから、バーに行くことに。
「下戸だけど、せっかくだからノンアルコールでも貰おうかしら」
 そんなディートリンデのリクエストには、ノンアルコールカクテルのグレナデンミルク。
 まったりとした甘さを楽しみながら、ディートリンデはセントールに思いを馳せる。
(「もし仮にコギトエルゴスムから復活したとしたら、他人を犠牲にしてしまうのって、どういう気持ちなのかしらね」)
 復活したら、彼らが何を思うのか……考えるディートリンデのそば、ロウガはウイスキーの氷を転がしている。
「お次は何か?」
「いや、一杯だけで良い」
 マスターの問いに首を振って、ウイスキーをそっと口に含むロウガ。
 岩塩煌めくグラスの縁に唇を寄せるのは光流。
(「王女もあの犬らの親分もしょっぱい目にあわせたろ」)
 ソルティードッグの塩気を楽しみながら光流がにんまり笑ったのは、そんな思いがあったからであり良質なウォッカの味に気を良くしたからでもある。
 くい、と二杯目を干してなお、蒼志の顔に酔いの色はない。
(「何者かを生かすために何者かを死なす」)
 アルコールが入ってなお冴えた頭で、蒼志はそんなことを考えている。
 生かすために死なす、それは間違いではない……だが、螺旋忍軍らの行いは間違いだと、蒼志は意思を持ってそう感じていた。
 既に浴びた返り血は拭い去った後。酒の香りを静かに楽しむ蒼志の元に、ドッグジャーキーが一枚。
「食べてみるぅ?」
 ふふっと笑みをこぼして、ナナツミはカクテルグラスを持ち上げていた。
 マリアンの手元にはチャイナブルー、膝にはロキ。
 キューバ・リブレを嗜むエリアスはマリアンと会話をしながらロキに手を伸ばそうとするのだが、犬のにおいがついているせいかロキは頑なにエリアスを避ける。
「頑張って戦ったのによ!」
 釈然としない表情のエリアスに、マリアンは微笑と共にロキをひと撫で。
「ふふ、喧嘩するほど……というのでございましょうか?」

 酒の深まる、静かな時間。
 静かに時計の針が進む中、今日の夜はいつもより長いようだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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