それはまるで、宗教の静謐な儀式のようだった。集まった数匹の犬はいずれも低く頭を下げて、中心にたたずむ華奢な少女の言葉に耳を傾けているように見える。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると。ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう」
少女――ソフィステギアは朗々と演説しながら、コギトエルゴスムの装飾品を犬たちに与えていった。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
ハールの人格は信用に値せずとも、追い込まれたあの者にとってソフィステギアは重要な戦力だ。そして、ハールの目的が果たされた時には多くのエインヘリアルが粛清されることになるだろう。
「それは、我らにとっては好都合なこと……。ゆけ、同胞たちよ。そのコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ、復活させるのだ」
――闇夜に人々の悲鳴が呑まれていく。都会の裏路地に数人の若い男たちの食い殺された死体が転がった。彼らを襲った犬型螺旋忍軍の首にかかった装飾品が割れて、長い金髪に金属の鎧を纏った美しき人馬が姿を現した。
「ここは……? 故郷でもなく、どこか遠いところのようですね。あなたたちが私をよみがえらせたのですか?」
夜風に震える人馬の問いかけに犬型螺旋忍軍たちは頷くような仕草をすると、ついてこいと言わんばかりに背を翻し、ゆっくりと駆け出した。
「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知がありました。『コギトエルゴスム』を装飾品として身に着けた犬型螺旋忍軍が人を襲うという事件です」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は神妙な表情でケルベロスたちを出迎え、説明を始めた。
「目的は、殺した人間からグラビティ・チェインを奪うこと。彼らが持っているコギトエルゴスムから復活した人馬型のデウスエクスが妖精八種族であることは間違いありません。どうか、彼らの襲撃を未然に防いで妖精八種族のコギトエルゴスムを入手してください」
襲撃場所は深夜の繁華街。
被害に遭うのは夜中まで飲み歩いていた大学生の若い男たちの集団だ。路地裏に入ったところへ、背後から忍び寄った犬型螺旋忍軍が音もなく襲いかかる。
「大学生は18歳から22歳までの男性が6人、いずれも同じサークルのメンバーのようですね。路地裏は二車線で十分な広さがあり、左右は飲食店やビジネスホテルなどのビルが建っていて見通しはよくありません」
犬型螺旋忍軍の編成は、黒毛のアブランカ・ククリが2体と白毛のアブランカ・カメリアが2体。己の牙と爪を用いた近接攻撃を得意とするが、前者は更に近接範囲の敵を麻痺させる眼力を、後者は仲間の力を引き上げる治癒の遠吠えを持つようだ。
「役割としては、2体のアブランカ・カメリアが周囲を警戒している間に残る2体のアブランカ・ククリが襲いかかって獲物の足を止め、1人ずつ仕留めていくつもりのようですね。襲撃される人間を避難させている間に他の人間を狙われては救出が難しくなりますから、なんとか彼らを助けてください」
犬型螺旋忍軍は、ケルベロスに近接単体グラビティで攻撃された場合、その直後に人間を襲うことはできないようだ。
ただし、他の攻撃方法――範囲攻撃であったり遠距離攻撃あったりした場合は、その攻撃をかいくぐって人間に襲いかかってしまう。
「もし、一般人が殺されればその場でコギトエルゴスムは復活してしまいます。そうなれば犠牲が出るばかりか敵に戦力を与えてしまうことになる……ぐれぐれもお気をつけください」
それでは、ご武運を。
セリカは真剣なまなざしで呟き、ゆっくりと頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
春日・いぶき(藤咲・e00678) |
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) |
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699) |
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106) |
ベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705) |
西院・織櫻(櫻鬼・e18663) |
岡崎・真幸(花想鳥・e30330) |
●密命を受けし獣たち
(「さて、いい風が吹いてはきたが……アブランカとやらは喋らないのかねえ」)
闇夜に身を滑り込ませる岡崎・真幸(花想鳥・e30330)の脳裏を過ぎるのは己の生徒の世間知らずな笑顔。もし、彼女がここにいれば何らかの反応を引き出せたのかもしれないが――それが叶わぬ以上は、ガキどもを守る方が先かと独りごちる。
「あれか、狙われてる学生ってのは」
真幸の視界に入ったのは、千鳥足で群れる若者たちが6人。
「お若いですねぇー。そういえば私と同年代のようなー」
戦いの緊張感にはそぐわないフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)の間延びした声色が、くすりとさざめくような笑みで夜気を震わせた。
「気持ちよく酔われているところ、失礼いたしますーといったところですねー?」
「ええ、――敵も気が付いたようです」
春日・いぶき(藤咲・e00678)が呟くのと、獣臭を乗せた風が鼻先を掠めるのとが同時だった。体を低く、颶風のように駆け抜けたサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)と道の反対側から飛びかかった黒い影が激突、闇夜を迸る流星の如き蹴りが鋭い爪を持つ前脚を弾き返す。
やや遅れて、学生たちの間から悲鳴が上がった。
「な、なんだ――犬!?」
「下がっていろ」
紫に燻る炎の声色で、ベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705)はもう一体のアブランカ・ククリの牙を縛霊手を纏った腕で受け止める。
「グルルッ……!!」
奇襲をすんでのところで阻まれた二頭の黒犬は憎悪を剥き出しにして低い唸りを上げた。
「ここにいると皆さん食べられちゃいますよっ! すぐに逃げてくださーいっ!!」
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)の甲高いヴォイスは獣の咆哮などものともせず、夜の通りに響き渡った。
「ひ、ひええっ……!」
辺りに満ちる殺気に追い立てられるように、二、三人の青年が逃げ出していく。
「ま、待ってくれぇ!!」
「くそ、早く立てよ!!」
酔いの特に深い二人は足がもつれてうまく走れない。
他の青年が手を貸そうとするが、その間に見張りへ立っていたアブランカ・カメリアがアスファルトを這うように駆け寄った。
「さて。もふもふのわんこさんと戯れる有意義なお仕事のはじまりですね」
悠然と、学生たちを背に庇う位置に立ち塞がるなりナイフを構えたいぶきは迫りくる獣の喉元めがけて舞うように刃を奔らせた。
周囲に飛び散る血しぶきと、獣の悲鳴。
(「最終手段と考えていましたが、仕方ない」)
既婚者として、また感情操作的な行いそれ自体を好まないという個人的な理由から封印しておきたかった甘い囁きを、いぶきは解禁して告げた。
「大丈夫ですから、落ち着いてください。ちゃんとお仲間を連れて行ってあげてくださいよ」
「あ、ああ……」
不覚にもどきりと頬を染める学生にやれやれといぶきは肩を竦め、フラッターは相変わらず間延びした声で彼らを急かした。
「お冷ですのー。気を保たねば死んじゃいますのよー?」
「す、すみません」
その話術と凛とした一筋の風は学生たちの酒でかすみがかった頭を晴らす効果があったようだ。
「ほら、早くしなよだぜ」
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)はぽんと最後の学生の尻を叩くようにして立ち上がらせると、戦場を見渡した。
「3匹は足止めに成功。あと1匹、どこからくるのだぜ?」
「――後ろです」
清かな金属音を立て、櫻鬼を抜いた西院・織櫻(櫻鬼・e18663)が闇に向かって四肢を断つ剣閃を放つ。
「ギャンッ!!」
悲鳴の主は残るアブランカ・カメリアだ。白い毛皮を血に染めてこちらを威嚇する獣と対峙する真幸の背で三対の翼が羽ばたいた。
「学生を守るのが講師の役目ってやつでな。悪いが、ここは通さんよ」
●白花の使い
「よし、全匹攻撃入ったぜ!」
邪魔者を避け、今にも見えなくなりそうな生贄たちを追いかけるためアスファルトを蹴る獣の前に己をさらけ出したサイガは挑発するような笑みを浮かべて言った。
「へえ、今時イヌでもニンジャになれんの?」
五指に纏う紅蓮の炎がその横顔を照らして、互いの距離を詰める。こちらを喰らい尽くさんとするククリの顎へと強引にその右拳をねじ込んだ瞬間、鈍い音がして獣の牙が折れ飛んだ。
「この程度かよ?」
獣の血が滴る爪を払い、ベリザリオは後ずさるククリを流星の名を冠した襲撃でもって追撃する。敵の首にかけられた装飾具が乾いた音を立てて揺れた。
「それはこちらで預からせてもらうぞ」
不快げに眉を寄せ、ベリザリオは装甲に包まれた拳でククリのこめかみを殴りつける。
「どうやら、素早さに優れる獣のようです」
周りの仲間にも聞こえるように、織櫻の静かな声が発された。
空を断つほどに洗練された太刀筋を前に攻めあぐねたカメリアは、機会を窺うべく態勢を立て直しにかかる。が――そこへ真幸の彗星めいた襲撃が容赦なく撃ち込まれた。
「なるほど。じゃ、まずは機動力を削ぐとするか。チビ、周りに合わせて動けよ」
真幸のボクスドラゴンは尾を振り、箱の中に戻ってカメリアの鼻先に思いきり体当たりする。戦場の前の方がが明るい光に満たされて、その輝きを放つ張本人のピリカが叫んだ。
「プリムもいってっ!」
ピンク色をしたピリカのボクスドラゴンは大きく息を吸い込み、鼻を痛がるカメリア目がけて高熱のブレスを吐き出した。
「闇夜ヲ纏ヒテ影ナル汝ラ、墨二テ灼イテ燻シ出サン。後Ni残ルハ死二群ガrU畜生ダケ」
いつしか四つん這いとなったフラッタリーのサークレットの瞳が黄金に煌めいた。開闢したサークレットの下から覗く不気味な弾痕を見せつけるように、フラッタリーは――修羅は駆ける。野干吼に宿された業火の火種がカメリアに叩きつけられた時、眩いばかりの火花が爆ぜた――散り逝く獣を踏み越え、彼女は次なる獲物を求めて哄笑を浮かべる。
「グルル――」
仲間を失い、怒りに我を忘れた獣の頭上から赤い血のような汁がしたたり落ちた。いぶきの投擲した果実はカメリアの足元に赤い水たまりを作り、その動きを足止める。
「よっ、と。後ろがお留守ですよだぜ」
両手に纏った手甲タイプの竜斧を打ち合わせ、タクティはカメリアを渾身の力で殴り倒した。アスファルトの上を転がりながら己を癒さんとする獣へと無慈悲に刀を振るう男の名を織櫻という。
「ここまでです」
死告げの言葉はあまりにも短い。
二刀より放たれた斬霊波の迸りがカメリアを飲み込み、跡形もなく滅し尽くした。
●黒き咆哮と我想の石
「やった! あと二匹ですよっ! かぁわいい犬は大好きですけど、やっていいことと悪いことがあるんですよねー!」
夜闇にピリカのルーンが煌めき、破剣の守護を得たベリザリオの爪先がククリの前脚を砕いてそこに宿っていた破壊力を一気に削ぎ落す。
今や、戦場は中空を舞う紙兵やドローンによって厚い守りが固められていた。前脚を庇いつつ、破れかぶれの咆哮を放つククリの眼前に飛び出したタクティのミミックが破壊されつつもその身に攻撃を受け止める。
「よくやったのだぜ!」
見る間にタクティの手元に緑色の龍頭が生み出され、大きく顎を開いて襲いかかった。手負いのククリはこれを避けきれず、被弾――その隙を逃さずしなやかな身のこなしで頭上を取ったサイガの闇に紛れた斬撃が黒い毛皮に刻まれた傷を更に押し広げた。
「そろそろ頃合いだろ?」
サイガの宣言通り、その身に幾つもの負担を負ったククリにその攻撃は耐えきれない。
「ヒトの柔肉と一緒にされちゃあな。いいから眠っちまえよ、永遠にさ」
今わの際に襲いかかった爪が腕に食い込むのも気にせず、サイガが振るった腕が三日月の弧を描いてククリを葬った。
「わわわっ! すっごい痛そうっ!」
大丈夫ですか、とピリカが更に輝きを増して援護する。
最後のククリの咆哮を、織櫻は余裕を持って交差させた二刀で受け流した。僅かに静電気のようにまとわりつく麻痺も、ピリカといぶきの降らせる癒しの雨が優しく拭い去ってくれる。
「病魔専門とは言え医者を名乗る以上、矜持がありますから。後顧の憂いなく力を奮って下さい」
「援護に感謝を。前を空けてください、ベリザリオ」
「やる気か」
半身で射程を空けたベリザリオの前に滑り込み、織櫻は己の刀に膨大な量の霊気を通した。そして放つ、二刀斬霊波――!!
「ガウゥッ!!」
首筋から血を迸らせ、それでも退くことなく命令を遂行しようとするククリがその時、びくりと恐怖に身を震わせた。
低い、地を這う高さから聞こえる笑い声。
「――逃ガサヌ」
それまで恐ろしい量を放出していたグラビティチェインが瞬く間に莫大な紅蓮の炎と化してフラッタリーの全身から吹き出した。
咄嗟に逃げようとしたククリの足を切り裂いたのは、闇に紛れて接近していたいぶきの手元で閃く二丁のナイフ。
「おっと、こっちにもいるんだわ」
真幸の声が届くより先に、召喚された異世の神の『一部』がククリの尾に触れた。それだけで獣を氷に閉ざすには十分だった。
立ち往生したククリが最後に見たのは、狂おしきフラッタリーの形相と全てを燃え尽くす炎の紅。全ての獣が倒された後には、彼らが身に着けていた装飾具だけが残された。
「ふう。どうやら全員逃げられたようですねー」
いつも通りに戻ったフラッタリーは被害者の無事を確かめてふんわりと微笑んだ。先ほどまで戦っていた身の毛もよだつ姿とは似ても似つかない。
「これがコギトエルゴスムなのかだぜ」
タクティは落ちていた装飾具を拾い上げた。全部で4つ。ピリカは慎重にそのうちのひとつを手に取り、その美しさにため息をついた。
「綺麗ですねー!」
「何があるか分からんからな。気を付けて持ち帰ろう。織櫻は無事か?」
「問われるまでもありません」
ベリザリオの問いに、織櫻は素っ気なく応える。血の跡の残るアスファルトをなぞるようにメタリックバーストを放出して汚れをぬぐい去ったタクティはこれでおしまいと両手をはたいて立ち上がり、おどけた足取りでその場を後にした。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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