蘇る銀狼

作者:蘇我真

 栃木県大田原市。
 草木も眠る丑三つ時、人けの無い中学校のグラウンドにその怪異は現れた。
 体長2メートルほどの浮遊する怪魚が2体――それは、下級の死神だった。
 青白く発光した怪魚は互いの尾を喰らおうとばかりに、空中をくるくる、ゆらゆらと泳ぎ回る。
 その泳ぎまわる軌跡が、青白い線となってまるで魔法陣のように浮かびあがった。
 そして、魔法陣の中心に異変が起こる。
 空中に出来た魔法陣、その中央にできた裂け目から、何かが覗く。
 こびりついた血が乾き、赤茶色に変色した爪。月の光で輝く銀色の体毛。
 それは、狼の前足だった。
「ウォオォ……」
 銀色の前足が、腹が、頭が、刃のように硬質化した後ろ足が……徐々に、魔法陣から出現していく。
 それは全身に返り血を浴びた、狼のウェアライダー……かつて神により造りだされたデウスエクスだった。
 銀狼は銀色の光沢を放つ二本足でしっかりと大地を踏みしめると、夜空の三日月を見上げる。
「ウオォォォォォォォン!!!」
 それはこの世に再び生を受けた喜びか、はたまた己を呼び覚ましたことへの怒りか。
 ただ、銀狼の目は真っ赤に染まり、正気を失っていることだけは確かだった――

●蘇る銀狼
「栃木県大田原市で、死神の活動が確認された。蘇らせようとしているターゲットは……俺と同じウェアライダーだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は、少し言いづらそうに口ごもった。
「今でこそウェアライダーは定命化し、地球側に立っているが……かつては神によって造り出されたデウスエクスだった。主戦力として地球側を苦しめたという。
 死神は第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを、変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているとみて間違いないだろう」
 予知で見た光景を思い出す瞬。
「死神といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプだ。
 こいつはさほど問題ないだろうが……問題は銀狼だな。その強靭な足を硬く、速く動くように変異強化されている」
 硬質化した銀色の足。その足から繰り出される蹴り技はかなりの脅威になりそうだった。
「もしこの銀狼が戦力として死神に持ち帰られてしまったら、面倒なことになる。
 戦力増強を防ぐためにも、現場へ急いで向かって欲しい」
 瞬は銀狼が出現する中学校付近の地図など、資料をまとめてケルベロスたちへと提出する。
「中学校の周辺は住宅街だな。時間帯は深夜だから、出歩いているような一般人はほぼいないだろう。
 グラウンドには遮蔽物も少なく、戦闘に集中できる環境だな」
 敵は怪魚型死神2体に、蘇った狼のウェアライダーの合計3体だ。
「数は少ないが……銀狼には俺たちの失った本能がある」
 ウェアライダーは理性を獲得したことで力を失った。
 では、まだ理性を獲得していなかったころのウェアライダーはどれほどの力を持っていたのだろう?
 気は、抜けそうになった。
「同じウェアライダーを倒せと依頼することに思うところもあるが……今はどうか、眠らせてやってほしい」
 そう告げて、瞬はその瞳を閉じた。


参加者
シャルフ・エリゾン(ウェアライダーのガンスリンガー・e00543)
石火矢・卯月(春風メイド・e00871)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
黒白・黒白(ポーカドットニードル・e05357)
鉾之原・雫(雪耳犬娘・e05492)
レイン・シグナル(シャドウエルフのガンスリンガー・e05925)
楠森・芳尾(灰毛の癒刃・e11157)
レイブン・ギード(渡り鳥・e11716)

■リプレイ

●中学校侵入
 夜のとばりが落ちきったころ、閉められた中学校の正門を飛び越えるものがいた。
「よっ、と!」
 門に片手をつけて宙を舞う。三日月が彼の顔から生えた針を銀色に照らした。
 シャルフ・エリゾン(ウェアライダーのガンスリンガー・e00543)だ。
「子曰く『飛び越えなくても横に通用門がある』だよ~」
 シャルフが着地を決めた横、夜目で通用門を見つけた石火矢・卯月(春風メイド・e00871)が普通に歩いて侵入していた。
「そ、それは気づいてたべさ!」
 慌てて素の口調が出ているシャルフ。格好をつけたい年頃なのだろう。
「ふふっ」
 その光景を見ながら通用門をくぐるルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)。
 わずかに微笑んだ後、その表情を引き締める。
(「銀狼の正義ってなんだったのかな?」)
 かつてはデウスエクスとして人々と敵対していたのは、銀狼だけではない。ルージュを変えたのは人々の正義や信念だ。
 銀狼には正義が……人を滅ぼす理由があったのだろうか。
(「この戦いで、それがわかったらいいんだけど」)
「にしても、やはりというかなんというか……ウェアライダーが多いわね」
 闇夜の黒に、赤い瞳が浮きあがる。集まったケルベロスを見渡したレイン・シグナル(シャドウエルフのガンスリンガー・e05925)だ。
「かつての暴れていたころのウェアライダー、やはり興味があるの?」
「そうさなァ……ま、興味が無ェといったら嘘になるわなァ」
 そう答える楠森・芳尾(灰毛の癒刃・e11157)の狐の尾が揺れる。
「ご先祖様が地球側だったのか侵略側だったのか……それはわからねェが、わざわざ寝た子を起こす魚は気にくわねェな」
「自分は、別に相手が同じウェアライダーだから来たって訳じゃないッスけどねぇ」
 肩を竦める黒白・黒白(ポーカドットニードル・e05357)はシャルフと同じ、ハリネズミのウェアライダーだ。
 しかし、その視線は前ではなく横、共にいる鉾之原・雫(雪耳犬娘・e05492)に向いている。
(「赤い目の銀狼……もしかして、雫のご主人を殺した敵……?」)
 雫の握った拳が震えている。それは怯えではない。
(「時代的に違うのはわかってる、でも……殺さなきゃ」)
 殺意が迸るのを抑えきれない、武者震いだった。
「雫……」
 心配した黒白が声を掛ける。雫は応えるように、彼の懐へと飛び込んでいた。
「コハク……戦闘中はできるだけ……雫の事は見ないで欲しいの……」
 身長差で自然と胸元へ顔を埋める格好になる。
「何も聞かないで……」
 戦闘で殺意をむき出しにした自分を、大切な相手には見せたくなかった。
「ん、わかったッス」
 黒白は雫を抱いたまま、頭をそっと撫でる。艶やかな黒髪が指の間から零れていく。
「無理だけはしないでね?」
 無理も無茶もしてほしくないと願う黒白。だが、彼女は無茶をするだろうし、それを本気で止める気も無い。
 自分は傍に居て見届ける、どのような結果でも受け止め、受け入れてやろう……その為に同行したのだ。
「はいはい、お熱いことで」
 ヒュウと口笛をひとつ吹き、からかうレイブン・ギード(渡り鳥・e11716)。
「何やら因縁があるようだが、トドメを譲ったりはしねえぜ。殺れるときに殺っておかねえと、逃げられたらことだ」
 レイブンは作戦に私情を挟まない。それは敵であっても味方であってもだ。
 殺らなければ、殺られる。それは彼が傭兵として生き延びてきた中で培った、絶対のルールだった。
「はい、わかっています」
 雫は黒白から身体を離す。震えは、止まっていた。

●不穏
 星と三日月の灯りが、夜のグラウンドを照らしていた。
 土のグラウンド、その中央付近で怪魚型の死神2匹が、互いの尾を喰らうかのようにグルグルと回っている。
 そして、その中心には――
「オオオォォォン!!!」
 遠吠えをする銀狼の姿。
 ケルベロスとデウスエクス、動いたのはほぼ同じだった。
 銀狼を引きつけて抑えるシャルフ、卯月、ルージュ、芳尾。
 その間に死神2匹を倒すのが黒白、雫、レイン、レイブンだ。
「っと、銀狼を抑えるまえに、こいつを受け取っときなァ!」
 芳尾が月霧十文字を横薙ぎにすると、毒の瘴気を纏った剣閃が放たれた。夜空の三日月を思わせる斬撃が後列の死神2匹を傷つけ、その行動を大きく阻害させていく。
「子曰く『へいへい、ピッチャービビってるー』だよ!」
 盾と剣を持った卯月が、右手の剣で銀狼へと斬り掛かる。それに合わせるようにして卯月のウイングキャットがキャットリングで援護射撃を行う。
 知性を失った銀狼は、それらの攻撃を受け止めようともしない。
「ウオオォォォォンッ!!!」
 片手で振るった剣は筋肉の鎧に止められて、キャットリングは咆哮でかき消される。
「なっ……!」
 銀狼の返り血まみれの脚に、星の力が凝縮される。スターゲイザーが、流れ星のように軌跡を残して卯月の腹へと向かう。
「くっ……!」
 卯月は左手の盾でガードをしようとするが、間に合わない。彼女はディフェンダーのつもりだったが、実際に陣取ったポジションはクラッシャーだったことに気付いた。
(「これ、まずっ……!」)
 重い一撃を覚悟して、目をつぶろうとしたとき。別の一筋の流れ星が割り込んできた。
「その正義、受け止めるよ!!」
 それはルージュの腰にぶら下げたランプだった。
 オーラを込めた拳で、銀狼の蹴りを受け止める。
「ッ……!!」
 ディフェンダーのルージュでも抑えきれない一撃で、骨が軋む。
「ごめん、ボク、位置取りミスっちゃって……」
「大丈夫だよ。僕もお互い様だから――」
 痛みも手伝ってルージュは苦笑する。
「え?」
「エスケープマイン、活性化するの忘れてた」
「ええっ……」
 作戦の前提でボロが出ている。銀狼対応班が浮足だった。
「支援する! 倒れないでくれ!!」
 後衛からウィッチオペレーションでルージュのケアをするシャルフも、前衛にどうやら不測の事態があったことに気付いていた。
「だ、大丈夫だべか……」
 冷や汗が流れ、全身の針の毛が逆立つ。それでも、意識して笑っていた。
「だけども、ピンチの時ほど不敵に笑う……それがハードボイルド、だろ?」
「ちょっと……あっちの状況がよろしくないみたいね」
 死神班の後方支援を担当するレインも、戦場を鷹の目のように俯瞰して見ることで事態を把握する。
(「それにこっちも銀狼に意識がいってる娘がいるし、ね……」)
 レインの目が細まる。視線の先にいたのは、雫だった。
「邪魔を、するなぁあああ!!」
 獣化した拳で、死神の横っ面を殴りつける雫。むき出しにした白い牙、興奮で瞳孔が開いている。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へッ!」
 黒白もまた、プレッシャーで追い込まれる死神をエスケープマインの爆破で足止めしつつ心配そうに雫を見守っていた。
(「あんな雫は、見たことない……」)
 死神対応班のほうは優勢に戦いを進めているが、どことなく嫌な予感がする。
「………」
 それを色濃く、臭いとして感じるレイブン。戦場でよく嗅いだ……この場にいる死神とはまた違う、もっと絶対的な死の臭いだ。
「雫。行け!」
 状況を覆すべく端的に指示を出す。銀狼側が押されているのなら、誰かを援軍としてよこす必要がある。
 なら銀狼へと意識が向いているものを送るだけだ。情を切り離した冷静な判断だった。
「でも……」
「わたしたちが信じられない?」
 レインの螺旋氷縛波が1匹の死神を氷漬けにする。
「ま、わたしはともかく……彼を信じてやりなさいな」
「スターなんちゃらキィィィィック!」
 黒白が星の力を込めた跳び蹴りで凍った死神を地に叩き落とし、そこへ間髪を入れずレイブンのフォートレスキャノンが撃ち込まれる。
 爆発の後、粒子となって消えゆく死神。3人対1匹なら、なんとかなりそうだった。
「ごめんなさい、ありがとう!」
 雫は走る。銀狼へと向かって――

●蘇る銀狼
 傷だらけになりながら、卯月はなんとか耐えていた。
 銀狼の片脚が地面から離れる。
(「中段っ!」)
 腹に叩き込まれる横蹴りに対応して盾を動かす。
(「で、ここから上段に!」)
 蹴りの軌道が変わるのも知覚できる。それでも、腕がついていかない。
「ぐうっ!!」
 アゴに鋭い蹴りが叩き込まれて脳が揺れる。
「子曰く……『心頭滅却すれば火もまた涼し』!」
 落ちそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、戦言葉で自分を奮い立たせる。
「アオオオオオォォッ!!!」
 暴風を伴う回し蹴りが、前衛の卯月とルージュ、それに中衛の芳尾をまとめて攻撃する。
「流石に強い、だけれど……正義なき力、意思なき力に負けるつもりなんかない!」
 ルージュは造り出した黄金の果実を齧りわずかでも己を回復する。
「治したうちから傷つけやがって……!」
 メディカルレインを降らしながら、シャルフの笑みが歪む。回復が追い付かない。
「防戦一方……か」
 共鳴するようにウィッチオペレーションで回復する芳尾。攻撃に手番を割いている余裕がない。
 必死に耐える、ギリギリで均衡していたそのパワーバランスが、ついに崩壊した。
「ア、アオオオオオオォォォンッ!」
 銀狼が吠えた。傷が癒え、鍛え抜かれた銀の脚が、一回り太くなる。
(「狐は狼に勝てねェ……ってのか?」)
 三日月を背にして、遠吠えをする銀狼。その月が満ちた月にも見えて、芳尾は本能的に恐怖を覚えた。
(「いや、俺が本当に怖いのは狼じゃねェ……俺自身だ」)
 ウェアライダーが掛かる狂月病。発症したときに自分もこうなってしまうかもしれない。理性を失い、大切な何かを奪ってしまうかもしれない。
 自分が自分でなくなることが、怖かった。
「殺してやるぅぅう!!」
 銀狼と狐。その間に割って入ったのは犬だった。
 雫の拳は音速を超え、ハウリングを起こしながら銀狼の顔面へとめり込む。吹き飛ばされ、膨らんだ脚がしぼんでいく。
「ご主人を返して……ご主人を返してぇえっ!!」
 防御を忘れ、突進する雫。思わずその攻撃を受ける銀狼。脚が止まった。
「今だ!! 卯月!」
 ルージュは右目だけでなく、その全身を業火で燃やしながら声を掛ける。
「うんっ!!」
 卯月もまた、黒い騎士の幻影をその身に纏っていた。
「死に引くは、朽紅。正義を持って幕を引かせてもらおう」
「ご主人を返して……か。主をなくした気持ち、少しはわかるからね!」
 ルージュの炎と、卯月が同時に銀狼へと殺到する。
「如何なる蛮勇も退けよう、我を恐れよ!」
 まるで闇夜に咲いた紅蓮の薔薇。
 その焔を、黒い騎士の剣風が花弁のように散らしていく。
「ウ、ウゴガアアアァァッ!!!」
 銀狼の断末魔が、ただ闇夜に木霊したのだった。

●未来
 その後、残った死神も無事に倒し、危険な場面もあったものの、なんとか全てのデウスエクスを滅ぼすことに成功したケルベロスたち。
「うちのワン娘がすみませんでしたッス……」
「ごめんなさい」
 改めて謝罪する雫と、それに付き添う黒白。
「い、いやあ、ミスはみんなでサポートしあうもの、だよね?」
「う、うんうん。君の正義、確かに見せてもらったよ」
 苦笑いしあう卯月とルージュ。
「まったく、カバーしたのは俺のほうだっての」
 両手をズボンのポケットに入れたまま、校舎に寄りかかってその光景を眺めるシャルフ。
「あの子が来なかったら重傷もありえたからな……」
「ウィッチドクターとしては、もっと回復できるようにならねェと、だな」
 横にいた芳尾は、言葉とは裏腹にどこかすっきりしたような顔をしていた。それをレインが指摘する。
「その割には、いい顔してるじゃない」
「まァ……な」
 芳尾は黒白と雫を見る。
「何も言わないでごめんなさい……帰ったら、一緒にご飯、食べよ?」
「ん、ご飯の後にちゃんと聞かせて貰うッスからね」
 抱き合うふたり。それ以上を見るのは野暮だとばかりに夜空に浮かんだ三日月へと視線を向けた。
 たとえ狂月病で自分が理性を失ったとしても、周りの誰かが受け止めてくれる。
 銀狼のように倒されるか、それとも雫のように受け入れられるかまではわからないが……。それでも、可能性をわずかに垣間見ることができた。
(「銀狼……俺達はアンタの末裔として、誇りを持ってこの星の為に戦うさ。後は俺達に任せて、ゆっくり休みなよ」)
 三日月が、紫煙でうっすらと隠れて行く。
 それは仕事終わりのレイブンが吐き出した、煙草の煙だった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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