花に鳥、絲揃結び

作者:犬塚ひなこ

●千鳥の花
 紅色の花々が咲く石畳の路。
 辺りに響くは鳥の聲。幾重にも続く鳥居を抜けても未だ続く梅の花の景色。赤い鳥居に紅色の花が続く光景の中、梅の枝にとまる小鳥は春の訪れを心地好さそうに謡っていた。
 花の路を抜けた先にはちいさな社が見える。
 賽銭箱の前には立派な鈴乃緒。赤と白の糸が織り混じった叶緒。
 其処には縁の神が祀られているという。縁といっても結ぶだけではない。悪い縁を切り、揃えるという加護もあるらしく人々が祈りに来る場所でもある。
 春は別れと出会いの季節。
 これまでの悪縁、そしてこれから繋がる良縁を願って、君が願うのは――。

「みんなーっ! 神社にお参りにいこーよ!」
 麗らかな日のこと。彩羽・アヤ(絢色・en0276)は仲間達にそんな誘いをかけた。
 何でも縁切りと縁結びで有名な神社を見つけたらしく、其処に皆で出掛けたいらしい。
「お参りだけじゃなくてね、お社の境内に咲いてる梅が見頃なんだって。よく手入れされてて紅千鳥と幾夜寝覚っていう紅色の梅の花がすっごくキレイらしいよ!」
 べにちどり。いくよねざめ。名前だけでも綺麗で素敵だと楽しげに笑ったアヤは自分が知っている社のことについて話してゆく。
 其処はごくごく普通の小さな神社。
 神社の入口である鳥居の前には立派な梅の樹。そして、鳥居をくぐった先の石畳の道の左右にも美しく咲き誇った梅の花の路が続いている。
 その路をゆっくりと歩くだけでも春の風情が感じられるだろう。
 奥の社には運勢を占う御神籤に加えて恋みくじがあり、よく当たると評判らしい。
「おみくじも少し変わってて、糸で編まれたいろんな色の結紐がむすんであるらしーよ。赤に白、黄色に緑に青! 大吉や凶なんかの結果の他に、どんな色を引いたかでも楽しめるのがなんだか良いよね」
 糸は御神籤を結ぶのに使っても良いし、気に入れば持って帰っても良い。
 訪れる人々の間でだけ密やかに云われていることだが、共に訪れた人と同じ色の糸組紐を引けると縁がずっと続くという話もある。
 其処では縁結びは勿論、縁切りも願えば叶うと言われているようだ。縁を切るというと怖いイメージもあるが、悪縁を切ることで良縁を招く。つまりは禍を転じて福と為すという明るい意味合いで縁を切れるという。
「それとね、お賽銭箱の前にある鈴緒……ガラガラーって鳴らすやつね。あれがとても綺麗な音がして気持ちいいんだって。そう聞いたらお賽銭の後に鳴らしてみたくなるよね」
 あんまり激しく振ると煩くなるから駄目だよ、とアヤは悪戯っぽく微笑んだ。
 そして、アヤは社の場所を皆に伝える。
「それじゃあたしは先に行ってるからみんなも気が向いたら来てね。よろしくねー!」
 明るい笑顔を向けて手を降った少女はそのまま元気よく駆け出した。しかしアヤは敢えて仲間達に伝えていないことがある。
 それは――今日という日が、自分の誕生日であること。


■リプレイ

●繋いでゆくもの
 梅の花が咲き乱れる境内に春風が吹き抜ける。
 ひとひらの花弁が空に流れてゆく様を振り仰ぎ、社は傍らに視線を落とす。
「綺麗なもんだな」
「成る程確かに、目の醒める様な紅色だ事」
 紅色に魅入られながらネロは社の声にちいさな頷きを返した。
 そして手折らぬ様に、散らさぬ様に花盛りのひと枝へ指先伸ばして口許へとそっと寄す。
「――似合う?」
「似合うともさ」
 そのいろを、お前の唇に差してやりたい程度には。
 ネロからの問いかけに社がそう零せば自然と笑みが浮かんだ。この先では縁結びの御利益があるというが縁についてはもう充分。
「願わずとも、ネロはいいかな。素敵な縁をたくさん貰ったもの」
「そうだな、充分すぎるほどの縁をもらった」
 おかげで多分店も潰れずに済むのだと社は過去を思い返す。一時期はどうなることかと思ったが、それももう昔の話。
 ネロもあの場所が無くなってしまっては困るのだと話して梅の花を見遣った。
「……ネロは他の誰でもない、君と梅が観たかったんだ」
「――知ってるよ。言わなくたってな」
 ふたりは言の葉を交わした後、少しだけ口を噤む。隣に立ち並び、そっと小指同士を繋ぐように絡めれば、かすかなぬくもりが伝わった。
 ほどけませんように。
 ちいさな声で祈るネロの声に気付くも社は言葉を返さない。その代わりに薄い笑みで応える。手を繋ぐことはしないけれど繋いだ小指を離すこともしない。
 そんな微かな繋がりでもいいから、決してほどけないように。
 彼の笑みを見たネロは、絡む小指に少しだけ力を籠めて、花唇をひらく。
「……離したくない」
 弱く零す言葉はひとつの我儘。
 そのとき、ひらりと落ちた紅の花が彼女の角に絡まる。赤い花弁をそっと摘まんだ社はそれを掌にくるみ、大丈夫だというように双眸を細めた。
 それは小指を繋ぐ糸ではないけれど――どうか、願わくば。
 その赤が、根付きますように。
 希う想いは春の風と花のいろに乗って、緩やかに巡ってゆく。

●あたたかな気持ち
 参道の梅を眺め、御社に向かう。
 今日、この日に社へと向かう理由は繋がった縁に対してのお礼の為。
「良い香りだね。空気に梅の花が溶け込んでるみたい」
 涼香は周囲を見上げ、空を飛ぶねーさんも気持ち良さそうだと翼猫に目を向ける。春風を追うように羽ばたく翼猫の後を歩き、壬蔭は涼香に手を伸ばす。
「折角だし手を繋いで行こうか?」
 頷きと共にふたりの手が重ねられ、心地よいあたたかさが巡った。
 どれが紅千鳥で、幾夜寝覚なのかと話しながら紅の路を辿る。暫くすれば手水が見えてきて涼香は其方へ歩を向けた。
「……とそうだ、手を清めなきゃ」
 手を離したふたりは其々に水を掬い、お清めをする。
「涼香さん……お清め出来た?」
「春めいて来たけど水はまだ冷たいね」
「また手を繋いでも?」
 そんなやり取りの中で涼香が問うと、勿論だと壬蔭が頷いた。
 そうしてふたりは社の前でお賽銭をあげる。ちゃりん、と心地よい音を耳にした後、涼香は鈴緒を鳴らす。
「……わ、いい音!」
 たくさん鳴らしたい気持ちを抑えて二回、三回。
 その後はニ拝二拍手一拝だったかと改めて確認した壬蔭は胸中で思いを紡ぐ。
(「涼香さんと縁を結んで頂きありがとうございました。この縁の絲が末長く続き更に太く強くなりますように……」)
 そして、涼香も繋がった縁への礼を思う。
 幾夜寝覚ても波千鳥の様に、今隣にいる人と居られたなら――。
 それを成すのは自分だと知っているけれど、縁結びの神様に応援して下さいとお願いする位は、いいはず。
 閉じていた目を開いて互いに隣を見れば大切な人の姿が見えた。
 視線が不意に合い、ふたりはそっと微笑みあう。少しだけ気恥ずかしかった気もしたけれど、胸に巡るのはやさしくあたたかな気持ち。
「無事にお参りが出来たらお腹空いちゃったね」
 涼香がお腹に手を当てて薄く笑むと、ねーさんも同意を示すように羽を広げる。
「さて、参道にあったお茶屋さんでお団子でもどうかな?」
「お団子? 賛成!」
 そして壬蔭がそう提案すると、涼香は明るい笑顔を浮かべた。

●続き繋がる縁の花
 感じるのは梅花の彩と香り。気分も機嫌良く石畳を進み、社へと。
 紅の路を渉り、清浄な気に洗われた心地で夜は口許を緩める。十郎もレリアを伴い、まずは参拝に向かった。
 夜は儀礼作法に則り、祀りし神へと思いと礼を捧げる。
 鳴らす鈴緒の澄んだ音が身の裡を清め、気を引き締めてくれたようで夜と十郎はそっと視線を交わしあった。
 レリアも堂に入っている夜に倣い、神妙にお参りを行う。
 花が好きだからお寺もお社も訪れはしていた。けれど参拝までには至らず、馴染みがなかったと離したレリアはこそりと微笑む。
「少し緊張しました」
「わかる!」
 十郎にそう告げれば、小声で答えが返ってきた。
 そんな中で夜は祝詞を紡ぐ。
 己もまた社を預かる神職。それ故に祓い清めを囁く言葉は春の風にさやさや流れる唄の如く澱みなく、辺りに優しく響いてゆく。
 十郎は友のあげる祝詞に耳を傾け、レリアもその声と所作に目を細めた。
 きっと行く末の縁も安泰であろうと素直に思える。
 自分には祝詞をあげることなど出来ないけれど、夜に結ばれた良縁が末永く続きますように。十郎に結ばれる縁が良きものでありますようにと願ってやまない。
 そして、レリアは願う心を美しく響く鈴緒の音にそっと託した。
 祝詞を終えた夜は振り向き、二人の肩口を祓う。
 それは悪縁を絶ち良縁を願う祈りに代えるもの。
「煤払いだ」
 此れから出逢い結ぶ絆が、君達にとって良きものでありますように。
 そう願われた思いと肩口を祓う滑らかな所作に微笑み、十郎も静かに願った。
 新たな縁も、今ある縁も、途切れて、再び繋がる縁も。すべて大切だと胸を張って言える自分でありたい、と。
 それから三人は御神籤を引きに向かう。
 そのとき、通り掛かったアヤがレリア達に手を振って駆け寄ってきた。夜達は其々に誕生日の祝いの言葉を告げると少女は照れたように笑って微笑む。
 そうして、三人と少女は御神籤の結果を確認していく。
 レリアは吉。紐の色は赤。
 十郎は大吉。紐の色は緑。
 夜は末吉。そして紐は青。
 序にアヤは半吉で紐は黄。
 それぞれが違った色と結果になったことに彼らは目を細め、ちいさく笑んだ。
「皆のは何が書いてるんだ?」
 十郎は興味深く問いながら緑の紐を財布に大事に入れる。
 レリアは赤い紐が恋に関係あると知って、十郎に倣って紐を大切に仕舞い込んだ。興味は薄いけれど気になってしまうのが乙女心。くすりと笑ったアヤに思いが気付かれてしまったと察し、レリアは少しだけ照れくささを感じた。
 そんなときに夜の目の端にひらりと花の煌きが映る。
 差し出す掌に乗った梅の花弁をアヤへと贈り、夜は改めて祝いを送った。
「お守りになるかもしれないよ。きっと天からの祝福だ」
「新しい一年も、良い縁が繋がっていくように」
「わあ……ありがとう!」
 合わせて十郎からの思いも受け取り、少女は心の底から嬉しそうに笑った。
 そうやって、笑顔の花も咲くと良い。
 願いも思いもやさしく、春のようにあたたかく――心地好い時間が巡ってゆく。

●ずっと続く時間
 紅色の鳥居を潜り、続く梅の路をゆく。
「綺麗……!」
「ん、ほんと、綺麗……」
 手を繋いだ如月と萌花は春の花の景色に感嘆の声を零した。たくさん咲く梅の花の道は直ぐに通り抜けるのはもったいなくて、如月は萌花と繋ぐ右手をちょちょいと引く。
 少し、ゆっくり歩きたい。
 手からそんな意思表示を感じ取った萌花は歩調を緩めた。
 見えるのは境内に向かう人に、梅。それから囀る小鳥達の姿。それらをじっくりと見つめながら進むふたりは景色と季節を楽しむ。
「梅にこんなに種類があるなんて知らなかったな」
 幾夜寝覚なんてぽってりしてて華やかでかわいい、と話す萌花の横顔をちらりと見た如月、梅に近い彼女の髪を瞳に映す。
 こんなに近くでも花が咲いているようで何だか嬉しくなった。
 そうしてふたりは境内から社へと向かい、お願いとお祈りの内容を考える。
「もなちゃんと……こんなゆっくりできる時間が……もーっと続きますようにって……神様へのお願い、追加しちゃわなきゃ」
 お祈りの内容宣言した如月の言葉に萌花はくすくすと笑った。
「ふふ、それは神様よりあたしにお願いすればいいんじゃないの?」
 微笑ましい思いに頬も綻び、気持ちも緩む。
「あは、確かに叶えてもらえそう……じゃあ早速……ね?」
 萌花へのお祈りも込め、如月はぽかぽか陽気にだって負けないくらいあったかい手をぎゅっと両手で包み込んだ。
 握られた手をぎゅっと握り返した萌花も微笑み、繋いだ手を見つめる。
 重ねた手に重ねたお揃いの指輪。
「少なくとも、今日はもう少し、続きそうだし?」
 なぁんてね、と快く交わされた視線は春の陽気のようにあたたかくて心地好い。
 そうしてふたりは、花の路をゆるりと歩きだした。

●兄と妹
「縁結び、だってさ」
 ユアは梅の花が咲く境内の路を見つめ、傍らのビハインドに語りかける。
 彼女の名はユエ。白い着物に白い翼、白い菖蒲の花を咲かせたオラトリオであり、ユアの大切な双子の妹でもある。
「僕らの新しい縁にお参りしていこうか?」
 ユエとその名を呼んだユアは歩きはじめる。こうしてふたりで並んで歩くなんてことは少し前ならば考えられなかった。
 ――本当は彼女は天に召されるべきだと思ったのに。
 そんなことをふと思い、目の前の本殿を見上げたユアは少し肩を落とす。
 するとその様子を見守っていたユエがユアの肩に手をおいた。
「……落ち込んでても仕方ない、かい?」
 彼女がそう言っていると感じてユアは佇まいを直す。確かにそうだと感じたユアはゆっくりと息を吐き、そうだね、と頷いた。
「まぁ、ひとまずお参りしていこう」
 願おう、僕らの新しい縁に。
 そして――君がここに居る事が、せめて君にとって幸いになるように。

●ちいさな楽園
 先ずは神様にご挨拶、そして縁結びのお参り。
 手早くそのふたつを済ませたエトヴァは紅梅の香りに誘われて歩き出す。
 青空に、鮮烈な紅。
 甘い花色を重ねて立ち込める香気に、は、と息をつく。
 何処かに座ろうと周りを見渡せば丁度良い東屋が見えた。花が眺められる其処に腰を下ろして広げるのは家族が持たせてくれたお弁当。
「……中身は何でショウカ?」
 大きな大きな砲丸おにぎりを頬張り、エトヴァはその味に舌鼓を打つ。
 卵焼き、ウィンナ、エビ天、鳥つくね。美味しさに頬綻ばせて縁結びを願った家族の顔を思い、温かな緑茶を共にする。ほっこりとした気分で美味しいごはんと美しい花を眺め、麗らかな春の陽を味わう。
「……異国でハ、桃源郷があるそうデ。梅の園もまた、楽園のようだと思うのですよ」
 穏やかな気持ちで口にしたのは心からの思い。
 そして、お昼を満喫したエトヴァは立ち上がり、再び散策に向かう。
 コートに纏うは梅の香。
 自分と、そして大切な家族への御守りを授ってから帰路につこう。
 そう考えるエトヴァの胸にはあたたかな心地が巡っていた。

●其れは眩い色
 季節は遅い気がするが、今年始めて参るならばそれが初詣。
 エリアスと麗威は梅もそこそこに本殿を目指し、お参りへと向かう。
「梅が見頃で季節を感じられる雰囲気がいいな?」
 俺が目覚めたのも丁度この時期だと話した麗威は傍らのエリアスに問いかけた。ああ、と頷いた彼は物珍しそうに辺りを見渡す。
「プラブータにこういうのあったのか……全く覚えてねぇ」
 一年経っても神籤も参拝も実はまだ未体験。
 だが、知らないのならばこれから覚えていけばいい。ただ有り難い事に地球に来てから縁を切りたい相手は一人も居ない。そう語ったエリアスに麗威も頷きを返した。
「この一年は人に恵まれ過ぎたなぁ……お前含めて、な?」
 違いないと答えたエリアスの後に続き、麗威は本殿前で立ち止まる。
 まずは御神籤を引いて、その結果は後の楽しみにとっておくことにした。未だ紐の色も見てないんだと期待を膨らませるエリアスの様子に麗威は双眸を細めた。
 できれば同じ色の紐がいいと考えながら、彼らは賽銭箱の前に向かう。
 小銭を投げ入れると、ちゃりんと心地よい音がした。
「神さんには先に挨拶、だったけ?」
「お参りではニレイニハクシュイチレイ、だろ?」
 そんな言葉を交わしながら二人は初めてのお参りをはじめてゆく。
 麗威が鈴緒を鳴らせばエリアスもその真似をする。綺麗な音が響く中で麗威は地球に来てからの素敵な縁の数々に感謝を抱く。
 この縁を大切に、感謝をしながら過ごしたい。
 そう願う麗威に倣って、エリアスも自らの思いを込めてゆく。
(「これからもこの世界で楽しく過ごせるように……そして神籤の結果が良くても悪くても、引いた紐が同じ色でありますように!」)
 言葉にしないでも思っていることは同じ。
 そうして閉じた目を開いたふたりは参拝を終え、先程引いた御神籤を確認する。
「お、なんか明るい色が出た?」
「どちらも黄色、だな。金色にも見えてお前の瞳の色みたいだ」
 早速願った思いが通じたのか、結ばれていた紐の色は明るい金に似た黄色。
 それを陽に透かしてみたエリアスは麗威の髪の色にも似ていると感じた。ふっと笑みを交わしあったふたりは御神籤をひらいていく。
 中身がどのような内容であったとしても、願うことはひとつ。
 ――願わくば、この幸せな時がいつまでも続きますように。

●幾夜寝覚と紅千鳥
 素敵な名前の梅があるのだと感じてメロゥと蜂は境内を歩く。何処からか小鳥の鳴く声が聞こえ、二人は双眸を緩めた。
 春風が花を揺らすみちゆき。社に向かう間、メロゥはぽつりと零した。
「メロが切りたいのは、人との縁ではないのだけれど……自分の中の欲と縁切りをしたい、というお願いをしてもいいのかしら」
「……欲」
 彼女の言葉に蜂は思わず目を丸くした。するとメロゥはその意味をそっと語っていく。
「あまり欲張りになっちゃうのは良くないので自戒も込めて、と……」
「……何か、大人ね」
「メロは全然大人じゃないのよ」
 思ったことを口にした蜂に対してメロゥは首を横に振って、甘えてしまうから、とちいさく付け加えた。蜂はそういうことかと薄く笑む。
「欲張りになっちゃうって思っているうちはまだ、欲張りさんじゃないと私は思っちゃうけど。笑顔で受け入れてもらえているうちは甘えてもいいのよ」
 きっとね、と告げた蜂を見つめたメロゥはちいさな溜息を吐いた。
「もっとしっかりしたいわ。……ねえさまの方が大人です」
 けれどその声色は柔らかくて、裡に抱える悩みも思いも幸せだからこそだと分かる。
 そして社についた二人は鈴緒を前に立ち止まった。
「蜂は何をお願いするの?」
「ねぇさまはねー……縁が欲しいかも」
 今でも充分縁を貰えているけれどほんの少しだけ、赤い糸というものに憧れる。
 なぁんて、とメロゥの問に答えた蜂は悪戯っぽく片目を瞑った。
 そしてふたりが引いたのは赤い糸が結ばれた御神籤。メロゥは中吉、蜂は吉。一番気になってしまう恋愛についての項目は『待てば叶う』『望みはあり』と書かれていて、二人はくすりと笑みを交わした。
「だいすきなねえさまのお願いごと、必ず叶ってほしいわ」
 メロゥの優しい思いに蜂は頷き、ふたりは赤い糸を手にしたまま御神籤を木に結ぶ。
 見渡せば境内の奥にも梅の花が咲いていた。
「お参りも終わったし、ゆっくり花を見て帰りましょ?」
「そうね、梅見をして帰りましょう」
 ふたりはあたたかな心地が巡ることを感じながら、ふたたび歩き出す。
 春の陽気に頬も綻んでばかり。
 どうか――新しい春の始まりに。良き縁が、ありますように。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月7日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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