プロジェクション・マイ・ラブ

作者:鹿崎シーカー

 夜。都会の空を弾丸めいて突っ切った愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)が背中からビルの横壁に激突!
「かはっ!」
 息を絞られる桃恵の瞳に、真っ直ぐ飛来してくる大柄な影! 裸の上半身にガントレット、逞しい肩や頭部に珊瑚を取りつけた大男が凶悪な笑みを浮かべて桃恵を見据える!
「ハーッハ――――ッ!」
 背中を引きはがして斜め下に飛ぶ桃恵。彼女の居た場所に大柄な影が突っ込み、ビルの壁が爆散! 噴き上がる灰色の煙から飛び出した大男が桃恵にダイブし、珊瑚をあしらったメイスを振り上げた。桃恵は横向きに構えた槍を掲げてガード! 彼女の足元で地面が陥没!
「くっ!」
 腕に力を込め、桃恵が槍を押し返す。大男はメイスを押し込みながら桃恵を見下ろした。
「驚いたぜ。まさか、こんなところでお前と会うとは。いやいや、因果なモンだなァ。これも運命って奴か?」
 桃恵は表情を歪め、男を見返す。男は両目を赤く光らせ、邪悪に笑った。
「良いじゃねえか。相変わらず良い女だよ、お前は……なァッ!」
「!」
 バク転する桃恵を男の回し蹴りがかすめる。着地した彼女の腹に前蹴りを叩き込んで吹き飛ばした男は、大きく踏み込んで地面を砕いた。桃恵はバウンドして地面を転がる。
「ハハハハハハハ! 折角だ! もっと良いツラ拝ませてくれよ! お前の綺麗な死に顔をよぉッ!」
 特攻! 大きく振りかぶられた珊瑚のメイスが倒れた桃恵に襲いかかった!


「ふむふむ。元エインヘリアルの死神ね……」
 湯呑を傾け、跳鹿・穫は資料を興味深げに見下ろした。
 ケルベロスの一人、愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)がデウスエクスの襲撃を受けると余地された。
 襲撃者の名は『コーラルクラウン』。珊瑚の王冠を乗せたような姿から名付けられたエインヘリアルだったようだが、現在はサルベージされたために死神の一派に属するようだ。殺しを楽しむ残忍な性格で、特に嬲り殺すのを好むらしい。
 エインヘリアルは元々強い種族だ。さらに、程度にもよるが、サルベージされたデウスエクスは生前より強力なものとなる例もいくらか確認されている。このコーラルクラウンがどれほど変化しているかは不明だが、放置すれば桃恵はまず間違いなく殺されてしまうだろう。
 今すぐ現場へ急行し、彼女の救出。しかる後にコーラルクラウンを撃破してほしい。
 二人がいるのは、深夜になったとある都市。人通りも車通りも無く、ちょっと高い建造物があるごく普通の街並みだ。戦闘や行動に直接不利になるようなギミックは無く、せいぜい街路樹や自販機が点在する程度。
 コーラルクラウンはエインヘリアル特有の体格から来るパワーを生かした近接攻撃の他、水分を瞬間的に加熱する能力を持つ。液体の沸騰・蒸発はお手の物。生物体内や空気中の水分を加熱すらも可能としている。生前から持ち得ていた能力かどうかは不明だが、戦い方及び使用武器も考えた方がいいかもしれない。
「繰り返しになるけど、サルベージされたデウスエクスは元より強くなることがあるからね。下手をしたら八人がかりでもやられちゃうかも。準備はしっかりね」


参加者
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)
カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
ユラ・アスラ(愛する人と幸せを掴む・e36441)
ルリディア・メリーバ(ハッピークランベリー・e41388)
レッヘルン・ドク(診察から棺桶まで・e43326)

■リプレイ

 破砕音! 弾かれた愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)が地面を転がる。うつ伏せの背中が湯気を立て、顔は紅潮。苦しげに白い息を吐きつつ地に手を突く。
「熱っ……痛ぅ……っ」
 流れる滝めいた汗。辛うじて視線を上げると、立ち込める砂煙の奥から歩み出てくる巨躯の人影。桃恵は泣き笑いを浮かべて呟く。
「はぁっ……本当に、貴方なの……? ……はは、間違えるはずないの。こんな形でも会えると嬉しいの……」
「オレもだ」
 踏み出したコーラルクラウンは、担いだメイスで肩を叩いた。夜闇に眼が赤く輝き、邪悪な笑顔の輪郭を描く。
「偶然だよなぁ。殺されてこっち、生き返って暴れてたらよ、よりによってお前と会うとは。それも猟犬になってると来た」
 ニヤつく瞳が桃恵を眺める。
「しかしまぁ、なんだ。こうなっちまってどうするべきか、案外悩むモンだ。あれやこれや考えてたが……そうだな」
「っ……!」
 どうにか四つん這いになる桃恵の髪をつむじ風が巻き上げる! 一瞬で彼女の傍まで移動したコーラルクラウンはメイスを大上段に振り上げた!
「じっくり嬲り殺すことにしたぜ! 死ぬまで愛でてやるからよぉぉぉぉッ!」
 降りかかる重撃! 桃恵が思わず目をつぶると同時、SMAAASH! ……閉じた桃恵の目蓋が震え、ゆっくり開く。そして彼女は目を見開いた。桃恵を庇って立つ白衣の背中。メイスをクロスガードで受け止めるレッヘルン・ドク(診察から棺桶まで・e43326)!
「ふう……どうにか、間に合ったようですね」
 レッヘルンの両肩、白衣の下から縄めいた筋肉が盛り上がり、踏みしめた足がアスファルトに亀裂を入れる。コーラルクラウンは怪訝そうな顔をした。
「なんだァ、テメェ……」
「なに、通りすがりの医者です……と、言いたいところですがね」
 被った紙袋の奥で、レッヘルンは柳眉を鋭く逆立てる!
「桃恵さんの、家族ですッ!」
 クロスガードを押し返し、珊瑚メイスを跳ね上げた。直後、レッヘルンの頭上をユラ・アスラ(愛する人と幸せを掴む・e36441)がハイジャンプで飛び越える!
「ママに……何するのだキック――――ッ!」
 空中かかと落としを横向きにしたメイスで防ぐコーラルクラウン。その足元に飛び込んだユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)とルリディア・メリーバ(ハッピークランベリー・e41388)が、それぞれカニバサミじみた尾とチェーンソーを振りかぶった。
「ふっ」
「でりゃあああああああっ!」
 二人の斬撃がコーラルクラウンの腹に命中し、巨体を後ろに滑らせる! すぐさま追撃に走るルリディアの前で、コーラルクラウンは面を上げた。凶悪な笑みを張りつけ、チェーンソーをメイスで迎撃! 一方桃恵のそばに降り立ったシエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)が薔薇状の攻性植物を伸ばし、風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が両手に薄桃色のオーラを宿す。
「C'etait a l'heure! 桃恵さん、恩返しに来ましたの」
「ちょっと待っててねぇ、すぐに手当てするから……!」
「ママ! ママ!」
 オーラに包まれる桃恵にユラが飛びつく。泣き出す寸前の表情。
「大丈夫!? 痛くない?」
 やや驚いた桃恵は顔を和らげ、ユラの頭を優しく撫でる。
「皆……。……ありがと。うん、大丈夫なの」
 他方、コーラルクラウンとルリディアが激しく打ち合い、斬り結ぶ! 渾身の突きをかわしたコーラルクラウンは、ルリディアの腕をつかんだ。彼女の前腕部が爆裂!
「くああああっ!」
「ハッハーッ!」
 コーラルクラウンはルリディアを蹴倒し、踏みつけた。もがく彼女を見下ろし、笑みを深める。
「いっ……ぐっ!」
「やーれやれ……元恋人と逢瀬の夜。良い気分に良い雰囲気だったってのによぉ……またテメェらが邪魔すンのかァ。ケルベロス」
 欠伸を噛み殺しながらメイスを横薙ぎに振るい、ユグゴトのハサミ尻尾を防御。
「邪魔とは言ってくれる。世話に成った医者の妻が危機に陥る。ならば嬉々と救済するのが友の在り方よ。母親同士、危機の前に力を合わせるべきだ」
「へーえ、お美しいじゃねえの」
 せせら笑うコーラルクラウンの足裏で、ルリディアの体が紅潮していく。肌が蒸気を上げ始める中、回るメイスがユグゴトの尻尾斬撃をガード。踏みつける足に力が込もる!
「くあぁぁぁっ……! あ、つっ……!」
「ま、詳しい話はまた後でな。まずはこの餓鬼殺してから遊んでやるよ!」
 一瞬の溜めから繰り出された尻尾の振り下ろしをメイスで弾き、柄尻でユグゴトの腹を突きに行く! 寸前、コーラルクラウンの二の腕を一条の光線が貫いた!
「……あ?」
 コーラルクラウンの背後、片膝立ち姿勢のカタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)が狙撃銃を発砲! 放たれたクリアグレーの光球がメイスの頭部に命中し、一気に膨張。メイスを奪い空に舞う。同時に、コーラルクラウンの首をユグゴトの尾が締め上げた!
「ぐおッ!」
「緩やかに殺すのが好きと視た。故に私も楽しんで貴様を抱擁しよう。抱擁とは即ちお仕置きで、もはや貴様は一刻の生も赦されない。我が身は全生命の胎だが、餓鬼大将に甘い水は不要。お仕置きの時間だ、死への冒涜。さあ、海に還るのだ。甘い死の世界に還るのだ」
 ユグゴトの瞳が妖しく瞬き、コーラルクラウンの視界が真っ暗闇に閉ざされる。困惑する彼の足元地面を砕いて噴き出す植物のツルと黒粘液が巨躯にまとわりつき、締め上げた。直後、コーラルクラウンに飛びかかるユラ!
「ママに、何したのっ!」
 振り上げた両腕の先に橙色の巨大炎球! 軽くうつむいたコーラルクラウンを縛る黒粘液が一瞬にして膨れ上がり、爆散! 黒灰色の蒸気が辺り一面を覆いユラを飲み込む! ユラは思わず顔をしかめた。
「うぇっ、くさっ! ……ふぁっ!?」
 驚愕するユラのワン・インチ距離、蒸気を切り裂きコーラルクラウンが姿を現す! 巨体が繰り出す右ストレート! 割り込んだナノナノがハート型バリアでガードするも、左フックがバリアを粉砕! ナノナノが殴り飛ばされ、巨大な手がユラの顔面をつかむ!
「むぐっ!」
「多いな、多いんだよな! 一人一人じっくり殺すのも悪かァねえが、ちょっと手が回らねえからよ……」
 太い指の隙間からのぞくユラの顔が真っ赤に染まり蒸気を上げる! ユラは炎球を消したユラはコーラルクラウンの顔面に狐火を飛ばして爆破する、がコーラルクラウンは余裕の表情!
「先にお前から死ね! 他もすぐ送ってやるよ!」
「やらせないよっ!」
 コーラルクラウンの真横で蒸気を眩い光が貫く! 閃光と化した桃恵が彼の横腹に突撃し、巨体を揺るがした!
「ぬおッ……!」
「ごめんなさい、私は死ぬわけに行かないの。だから初めて、貴方にこの刃を向けますっ!」
 後ろ手に回転させた大槍に稲光をまとわせ、脇腹に刺突。深々と刃を突き立てられるも、コーラルクラウンは桃恵の後頭部をつかんだ。その場でコマめいて回転し、ユラと桃恵を振り回して地面に向かって振り下ろす!
「オラァッ!」
 地面に叩き込まれた二人の真上で、コーラルクラウンが哄笑!
「ハハハハハハハ! 死ぬわけには行かねえか!」
 コーラルクラウン両拳が赤熱し、白い蒸気をまとわせる。全身を熱したコーラルクラウンは垂直落下!
「そっちの方が、殺し甲斐があるってもんよなアアアアッ!」
 滑り込んだレッヘルンがバットを振り上げ鉄拳相殺! 疾駆した錆次郎がユラと桃恵を担ぎ上げて脱出すると共にバットが押し負け、衝撃で地面が砕ける。噴出した砂煙から飛び出したレッヘルンをコーラルクラウンが追撃! 拳のラッシュを紙一重で避けるレッヘルンの紙袋が裂ける。
「……なるほど。自身の血流を熱して体温を上げ、運動量を無理矢理増やすと……なんという力技!」
「ご明察だ」
 楽しげに言い、コーラルクラウンはレッヘルンの腹を蹴り上げた。浮いた彼の背中にアームハンマーを振り下ろして硬い地にぶつける!
「ごはッ!」
「お前も体感してみるか? 悪かねえモンだ、これが意外とな!」
「Hurlez-le! ラジン!」
 コーラルクラウンが笑みを引っ込め前方回転跳躍! 彼の居た場所を斬撃が斬り裂き、ハチめいた巨竜がコーラルクラウンに追いすがる。着地と同時、振り返ったコーラルクラウンはドラゴンのカマキリじみた鎌足が放つ高速連撃を掻い潜って一歩踏み込み、ショートアッパー! 跳ね上がるドラゴンをすり抜け、薔薇の攻性植物が飛び出す!
「Pour épargner! ヴィオロンテ!」
 噛みかかる攻性植物のアギトをコーラルクラウンの手がつかんだ。次の瞬間攻性植物が発火し、激しく燃え上がる! のけ反り悲鳴を上げるヴィオロンテ!
「……!?」
 ツタの絡む腕を引くシエナ。そこへドラゴンを殴り飛ばしたコーラルクラウンが肉迫し、彼女の顔面に剛拳を見舞う! 殴られ、叩き伏せられたシエナは踏まれながらも敵の足にツルを巻きつかせ、彼を見返す。
「Une question……ひとつ、聞かせて頂きたいことがありますの」
「ハン?」
 鼻白むコーラルクラウンに、シエナは毅然と視線を返す。
「La confirmation……あなたは本当に望んで殺戮をしてますの?」
「あァ? 馬鹿なことを聞きやがる」
 コーラルクラウンの口元が三日月型に吊り上がった!
「お前、遊ぶのは嫌いなクチか?」
 次の瞬間、コーラルクラウンに絡んだツタが全て爆ぜ散る。解放された足がシエナの両腕を踏み砕いた!
「Dommages……どうして……!」
「なんでか? 水あるからだよ!」
 シエナの頭に片足を上げるコーラルクラウン! その喉笛が手の形に凹み、巨躯が宙に浮き上がる。離れた場所で腕を伸ばしたユグゴトは、そのまま腕を振り回してコーラルクラウンを投擲! バク宙を打った彼にカタリーナが踏み込み、手刀で鳩尾を穿つ!
「ぐおッ……!」
「なぶり殺しとは余裕綽綽だな。まさか、我々を舐めているわけではなかろう?」
 手刀を引き抜き鼻面に打撃! ノックバックするコーラルクラウンからバック転で距離を取り片膝立ち姿勢になったカタリーナは狙撃銃を構えた。
「殺られる前に殺る、それが戦いの鉄則ってもんだ。貴様はその鉄則を理解しているつもりか?」
「ああ……理解してるぜ」
 コーラルクラウンは面を上げる。凶悪な笑み!
「けどそれじゃあ楽しくねえだろ! もう殺してくれって言わせねえとよお!」
「下衆め……頭を冷やせ!」
 ライフルが放つ青白いビームをコーラルクラウンは跳躍回避! 真上に浮遊していたグレーの光球を拳で割ってメイスを取り出し、高速回転しながらカタリーナに落下する。飛び退いた彼女の前で大地陥没! その時、両腕を花弁めいて開いた錆次郎がマシンアームを引っ込めた。
「これで良しっ!」
「ありがと、錆次郎っ!」
 起き上がった桃恵が翼を広げて飛翔し、上空からコーラルクラウンへ飛び蹴りを放つ! 掲げたメイスに阻まれるも、バク宙を決めて蹴りのラッシュ! 高速回転するメイスとぶつかり合った。
「僕も強くなったの! もう泣いてるだけの女じゃないってとこ見せてあげるの!」
「桃恵ちゃんっ! ユラちゃんっ!」
 コーラルクラウンの真後ろに回り込んだルリディアが二本のチェーンソーを重ね、凄まじい金属擦過音を響かせた。騒音に怯むコーラルクラウンに、桃恵は空中サマーソルトキックでメイスを蹴り上げる。巨体のワン・インチ距離にユラ!
「私の……私の大好きな人達を傷つけるなら! 貴方は私にとって一番悪い人っ! 悪い人は……退治だよっ!」
 橙色に光るユラの両手がコーラルクラウンに打ち込まれ、彼を真後ろにふっ飛ばす! ユラは叫んだ。
「パパ―――――ッ!」
 ユラの真横を突風が抜ける。両手首から薬液を滴らせたレッヘルンは、渾身の鉄拳を敵の腹に叩き込んだ! 巨体がくの字に折れ、はちきれた白衣から腕の筋肉が露出。拳を振り切る!
「同じ女性を愛した者として……そして今現在、桃恵の隣に立って共に歩む者として! コーラルクラウン、貴方を倒し、そして救いましょう。この、拳でッ!」
 弾丸じみて吹き飛ぶ巨躯に桃恵が追撃。翼を広げた彼女の姿が掻き消える。次の瞬間、桃恵はコーラルクラウンの胸を貫いていた。青い瞳が涙で滲み、大粒の雫を零し始める。
「私は今幸せです。家族がいます。貴方に守られなくても立派に生きてます。だから……心配、しないでください」
 槍が引き抜かれ、コーラルクラウンが前のめりに倒れる。その体は燃え上がって炭化し、灰となって消え失せた。



 白み始めた空の下、シエナがアスファルトに花束を置く。レッヘルンと並んだ桃恵はユラを抱き、押し殺した声で言う。
「ごめんね、シエナ。お花まで用意してもらっちゃって」
「Ne vous dérange pas……お安い御用ですの」
「ママ」
 ユラが桃恵の顔を見上げる。
「私役に立った? ママのお手伝い、出来た?」
「うん。十分すぎるぐらい。ありがと」
 ユラの頭を優しく撫でる桃恵。その手が震え、甲に涙が滴り落ちる。俯いた桃恵はしゃくり上げ、涙声で小さく呟く。
「私は貴方に出会えて幸せでした。初めて私を物ではなく人として見てくれました。愛してると言ってくれました。……ごめんなさい、今は貴方より好きな人がいます。娘がいます。大切な仲間がいます。だから、私が死ぬまででいいです。私達の幸せを応援してください……」
 レッヘルンが胸元に手を当てて頭を下げ、シエナが両手を組んで目を閉じる。
「かつての貴方が愛した女性は、桃恵さんの幸せは私が守り抜きます。どうか……」
「Pleurer……今度こそ、安らかに眠るですの」
 四人から離れた所で口を手で押さえ、そわそわするルリディア。錆次郎が彼女の肩を指先でつつく。
「ルリディアさん、ルリディアさん。邪魔しちゃ悪いよ」
「ん……」
 四人に背を向けた錆次郎に続き、ルリディアは口を開いた。
「恋愛とか結婚とか……あたしには、よくわかんないけどさ。桃恵ちゃんにとって大切な人だったんだね、あのでっかいの」
「……そうだね」
「う―――ん、うまく言葉にできないけどさ! こんな形になっちゃったけど、最後に桃恵ちゃんに会えて、でっかい人も幸せだったんじゃないかな?」
「……そうかもね」
 他方、離れた電柱に背中を預け、カタリーナが煙草を吹かす。その隣でユグゴトは瓶の入った袋を掲げた。
「さて、一先ず我が友の危機は去った。皆の無事を祝って、祝杯と相成ろうか」
「構わないが、未成年には……」
「分かって居る。蜂蜜檸檬も持って来た。未成年には、其方を振る舞おう」
 夜が明け、登った朝日が花束を照らす。そよぐ風が桃恵の涙ひと粒をさらい、どこかへと消えていった。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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