雪が降ったら雪合戦!

作者:砂浦俊一


 雪国、新潟の某所。そこでは地元の商店街主催の冬祭りが行われていた。
 毎年この時期は雪が降り積もっている。そこで商店街の通り沿いに子どもたちや青年会が作った大小様々な雪だるまを並べ、屋台も出す。
 この冬祭りを楽しみにしている住人も多く、町おこしも兼ねた恒例行事だった。
 そう、そのはずだった。
「雪が降ったら雪合戦だろ! 雪だるまを並べただけで、何が冬祭りだ!」
 全身に羽毛を生やした異形の鳥人間、ビルシャナ。これに従う10人ほどの信者が雪祭りの商店街を襲撃した。
「この場所は『雪が降ったら雪合戦教』が貰った!」
「雪だるまやかまくらなぞは、軟弱者のすること!」
 信者たちは並べられた雪だるまを片っ端から蹴倒し、ビルシャナは屋台や商店街の店舗を八寒氷輪で凍てつかせていく。
「死にたくなくば立ち去れ! 我らと雪合戦をしたいのなら、かかってくるがよい!」
 破壊活動を繰り広げるビルシャナから威嚇され、信者たちからは雪玉を投げつけられ、商店街の人々は右へ左へ逃げ惑う――。


「機理原・真理(フォートレスガール・e08508)さんからの情報提供なのです。『雪が降ったら雪合戦、雪だるまやかまくらは軟弱者のすること』という、極端な思想のビルシャナが出現するのです」
 ウェアライダーのヘリオライダー、笹島・ねむが事件の説明をしていた。
「人間だった頃のビルシャナは、事件が起こる街の住人でした。そこで毎年のように『冬祭りでは、商店街全体で雪合戦をしたい』と主張していたのですが、毎年『それは危ないから』と却下されていたのです。それが今回はビルシャナ大菩薩の光の影響でビルシャナ化、信者たちと冬祭りの商店街を襲撃するのです」
 海外のトマト投げ祭りのような感じで、雪合戦での町おこしを考えていたのだろうか。
 しかし意見が通らなかったといって、破壊活動に出るのは論外だ。
「ビルシャナが現れる商店街は、こちらです」
 ねむの背後の液晶パネルに、現地の映像や写真が映し出された。
「ビルシャナたちは朝10時に現れるのです。当日は粉雪が舞い、雪も積もっていますので、戦闘中に服が雪まみれになってバッドステータスの【ずぶぬれ】になるかもしれません。ビルシャナはビルシャナ閃光、八寒氷輪、清めの光を使います。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下として、石を入れた雪玉を投げてきます」
「石? それは雪合戦では禁じ手だろう?」
 ケルベロスの1人が聞き返す。
「はい、ダメなことですが、向こうも戦闘になれば禁じ手だろうと使ってくるのです。でも一般人ですので敵としては弱いです。信者たちも雪合戦好きのためビルシャナの影響を強く受けていますが、戦闘前にビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張をすれば、信者も目が覚めて敵の数も減ります。もし効果がなくても、ビルシャナさえ倒せば配下の信者たちも元に戻るので救出可能です。彼らの生死は問いませんので、救出できたら良い程度に考えてほしいのです」
 信者たちはビルシャナの影響下にある。理屈だけの説得では難しい。
 重要なのはインパクト、そのための演出を考えてみるの良策だ。
 後は靴の滑り止めや、雪まみれになった時のために着替えや温かい飲み物を用意しておきたい。
「雪の楽しみ方は人それぞれ、商店街の人たちの冬祭りのためにもよろしくお願いします、なのです」
 ねむに見送られ、ケルベロスたちは出発する。


参加者
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)

■リプレイ


 地元商店街主催の冬祭り当日、午前10時。
「雪が降ったら雪合戦だろ! 雪だるまを並べただけで、何が冬祭りだ!」
 粉雪の舞うこの日、ビルシャナを筆頭に10人の信者が冬祭りの商店街を襲撃した。
「この場所は『雪が降ったら雪合戦教』が貰った!」
「雪だるまやかまくらなぞは、軟弱者のすること!」
 通り沿いに並べられた雪だるまを乱暴に蹴倒した彼らは、しかし妙な違和感を覚えた。
「おかしい。雪だるまはあれど、人がまるでおらん……」
 ビルシャナも不審に思い、周囲を見回す。
 商店街の店はシャッターを下ろしたまま、屋台も並んではいるが人の姿は全くない。
「例年ならこの時間には人が集まり出しているのに……」
「教祖さま、これはどういうことでしょう……?」
 信者たちも顔を見合わせ、ビルシャナの指示を仰ぐ。
 ビルシャナ自身も妙だと感じているが、信者たちには毅然と指示を出さねばならない。
「フフン。人がいないのならば、ここは既に我らが掌握したも同然。この先のイベントスペースで雪合戦を心ゆくまで楽しもうぞ!」
 行く手の角を右折すれば、そこにはイベントスペースとして使われる広場がある。
 しかし――そこで彼らが目にしたのは驚愕の光景だった。
「きょ、教祖さま、これは……!」
「なんとォ!」
 立ち止まり、ビルシャナたちは目を見張る。
「来ましたですね……」
 息を白く長く伸ばし、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が微笑む。
「驚いて声も出せないみたい……作った甲斐があったというものね、真理」
 その隣に立つマルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)は、手袋を嵌めた手で巨大な雪像をポンと叩いた。
 題して『雪玉を投げる鳥人間』、ビルシャナの姿を模した雪像だ。
 その近くにはかまくらもある。中にはコタツとミカン、カセットコンロと茸鍋が備えられ、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)とエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が温まっていた。
 雪像もかまくらも彼女たちが朝早くから作っていたものだ。
 商店街の人たちにも話を通し、冬祭りの開始時刻を遅らせてもらっていた。
「外は寒いが此処は温いぞ。貴様らもおコタに入らないか?」
「さすがにあの人数は無理だろう。それに彼らは雪合戦で体を温めたいのでは?」
 ユグゴトは信者たちを手招きするが、エメラルドはミカンの皮を剥きつつ冷静にツッコミを入れた。
「良い気分で雪だるまを壊してきたようですが……」
「この雪像、雪合戦も良いってつもりで作ったのです……それでも壊しちゃうのです?」
 マルレーネと真理、ビルシャナたちを挑発するように問いかける。


 かまくらの中にいた2人も外へと出てきた。
「さすがに粉雪の舞う外は冷える。こういう日に雪合戦というのも冬の風情を感じるが、それだけでは情緒を感じられぬように思うな」
「雪だるまを壊してきたのなら、此れも破壊するべきだ。雪合戦こそが至高だと解くならば『教祖』も撲り倒せるに違いない。神の教えを守る為に神を殺して魅せろ」
 エメラルドは外の寒さに身ぶるいし、ユグゴトは手にした何かのスイッチを入れた。
「どうだ。神々しい輝きだろう?」
 雪像には電飾が巻きつけられており、それが七色に発光する。
「教祖さまを模したような雪像……こ、これを壊せと?」
「それでは教祖さまに歯向かうことにならないか?」
「しかし雪だるまやかまくらは軟弱者の遊び……これも壊さねば……」
 信者たちに動揺が広がり、壊すか壊さないかで意見が割れる。
「へえ……雪合戦の素晴らしさを表す雪像なのに壊すんだ? 自分たちの教義を否定するんだ?」
 このマルレーネの指摘に、信者たちは言葉を呑み込んでしまった。
「おのれ、姑息な真似を……」
 ビルシャナが呻くように言葉を漏らし、畳みかけるようにマルレーネはこう言った。
「そうか、自分たちならもっと上手く作れるってことね。なにせ、雪合戦を愛しているんだもん、もっとリアルな雪像を作れるよね。それに最近は雪合戦が競技にもなっているよね、本当に雪合戦が好きならば、エクストリーム雪合戦というルール作りをしたらどう?」
「雪には色んな遊び方があるです。一見してまったりするだけのかまくらですが、貴方たちが雪合戦で皆を襲うなら、このかまくらも要塞になるのですよ。どうです? 貴方たちもかまくらの要塞を作ってみたら。雪だるまでも構わないですよ。私たちが相手してやるです」
 真理は足元の雪をすくって雪玉を作ると、信者たちの足元へ放り投げた。
「……良いだろう。そのルールで雪合戦、やってやろうじゃないか」
「こっちも防壁代わりの雪だるまを作るから、ちょっと待ってろ!」
「女だからって手加減はしないからな!」
「やってしまいましょう、教祖さま!」
 ルールはともかく雪合戦を挑まれた――そう思い込んだ一部の信者たちが、雪玉を転がして雪だるま作りを始めた。
「おまえたち、待たぬか! あいつらの言葉に乗って雪だるまを作ってどうする! 雪だるまは軟弱者の遊び、作るのは禁じているだろうが!」
 信者たちを止めようとするビルシャナだが、その声は届かない。
「くぅ! 雪合戦が好きなだけに、雪合戦ができるとあれば止まらぬか!」
 ビルシャナは天を仰いで嘆き、雪だるま作りに加わらない信者たちは右往左往するばかり。そうしている間にも防壁代わりの雪だるまが作られていく。


 直後、ビルシャナは強硬手段に出た。
「相手の言葉に踊らされおって! 貴様らは修行が足りぬ!」
 信者たちが作った雪だるまを蹴り倒し、嘴も大きく開いて怒号を上げる。
「し、しかし雪合戦を挑まれたからには……」
「だからといって雪だるまを作る必要はない! 我らに防壁なぞ軟弱なものはいらぬ!」
 さらにビルシャナは『雪玉を投げる鳥人間』の雪像へと八寒氷輪を浴びせ、瞬く間にそれを氷像に変えてしまった。
「これで氷像だ。雪だるまでも雪像でもないから壊す必要もなし。女ども、貴様らを倒して氷像を貰い受ける。我を讃える勝利のモニュメントとして、未来永劫この場所に飾ってやろう!」
「ずいぶんと都合の良い考え方ね。自分の信念はどうしたの? 信条や意見をその場その場で変える方が軟弱者だと思うけど?」
「黙れぇ!」
 マルレーネに挑発されたビルシャナは、雪玉を作って身構える。
「どうだ? 久々に雪だるまを作ってみて、案外楽しかったのではないか?」
 ユグゴトはニっと笑みを見せて信者たちに問いかける。
「勢いに乗せられたとはいえ、童心に帰った気分だった……雪合戦以外で童心に帰れるなんて」
「そういえば商店街の雪だるまは、地元の子どもたちも作っていたのだっけ……悪いことをしてしまった……」
 雪だるまを作っていた信者たちは、じっと自分たちの手を見つめる。
「雪が降ったから、嬉しさや物珍しさから遊びに走るのも元気があって良いとは思う。だが少し大人になって、雪の降る景色を楽しむと言う遊び方もあるのではないかな? 少なくとも、他人が作った雪だるまを壊すのは大人のすることではない」
「えー、皆さん。その鳥人間にまだ従うのです?」
 エメラルドが優しく語りかけた後、真理が信者たちに尋ねた。
「すみません教祖さま、私には雪だるまを壊してまで雪合戦はできませんっ」
「人が悲しむような真似はできないっ」
 その場から走り去る信者は5人。残りはビルシャナに従う様子だ。
「これだけ残れば充分! 皆の者、癪に障る女どもを叩きのめすぞ!」
 ビルシャナの命令に従い、残った信者たちは配下となってその場で雪玉を作り始める。
「随分と寒そうな面だ。雪像。神を殺した輩から茸鍋を与えるべき。私は貴様らの母故に、温かな抱擁も与えるべき。さあ。おいで」
 挑発するようにユグゴトが手招きし、残りのメンバーはビルシャナたちに対抗して雪玉を作っていく。
「我らに挑んだこと、後悔させてくれる。やってしまえ!」
 ビルシャナ自身は後衛で指示を下し、前衛の配下たちが一斉に雪玉を投げ出した。
 ケルベロス側も応戦、かまくらや氷像と化した『雪玉を投げる鳥人間』を盾にしつつ雪玉を投げる。
 その時、配下の1人が投げた雪玉が、氷像に当たって異音を立てた。


 そういえば、と真理は思い出す。直後にマルレーネの顔めがけて飛んできた敵の雪玉を、彼女は片手で受け止めた。
 雪玉の中からは石が落ちてきた。
「私たちには効かないかもですが……私のマリーに、こんなことするの許すと思うですか……?」
 パートナーへの卑劣な行為に、真理は静かだが激しい怒りを瞳に宿す。
「事前情報で聞いてはいたけど……本当に石を入れるなんて。性根が腐ってる!」
 石の入った雪玉を投げた配下へと、マルレーネが雪玉を投げ返す。手加減しているがケルベロスの力で投げられた雪玉は相当に痛い。顔面に喰らった配下はそのままのけぞって昏倒した。
「敵は上にもいるぞ?」
 光の翼で空へと舞い上がったエメラルドは、配下たちの直上から雪玉の絨毯爆撃。
「う、上からだとっ……ひゃばっ!」
 正面に集中すれば上から雪玉を落とされ、上に注意を向ければ正面からの直撃。
 このケルベロス側の連携に、ビルシャナ側の陣形は乱れて統率も崩れる。
「男の意地を見せんか!」
 配下を鼓舞しつつビルシャナも雪玉を投げるが、劣勢は覆らない。
 ここでユグゴトが敵前衛を突破し、ビルシャナへと溜め斬りの一撃。
「わ、我が体に傷をつけるとは……もう手加減は抜きだ、氷漬けになれい!」
 ビルシャナの八寒氷輪がケルベロスたちを襲う。その威力は雪玉とは比較にならない。
「ふはははは! 雪玉なぞ投げずに最初からこうしておけば良かったァ!」
 高らかに笑うビルシャナだが、ケルベロスたちも氷像にされたくはない。残る配下どもを手加減攻撃という名の雪玉投擲で蹴散らし、ビルシャナへと矛先を向ける。
「霧に焼かれて踊れ」
「――治療開始。助けてみせるです」
 マルレーネは強酸性の桃色の霧でビルシャナを包み、真理はサーヴァントのプライド・ワンを護衛に付かせると両手の指を変形展開して負傷者への治療を行う。
「この霧ごと氷結せい!」
 ビルシャナは霧を払うように腕を振り、再び八寒氷輪を放とうとする。そこへ上空からエメラルドが襲いかかった。
「これが私の全力だ――受けてみろ!」
 全身を放電する光の粒子へと変えた突撃がビルシャナの胴を抉る。
 ビルシャナは嘴から鮮血を迸らせ、数歩、後退する。だが負傷を回復させる時間は与えられない。
 敵の攻撃が途絶えたこの機に、ケルベロスたちは総攻撃に出る。
 真理の放った攻性植物と、マルレーネの禁縄禁縛呪が左右から敵を拘束。動きを封じたビルシャナの胴を、エメラルドのゲシュタルトグレイブがさらに抉った。
「鳥人間には雪よりも炎が相応しい。焼き鳥を食す気は皆無だが、奴の羽毛で布団を拵えるのも悪くない。兎角。抱擁の時間だ。雪合戦以外は認めぬ貴様の物語、否定する」
 ユグゴトの放ったそれは、相手の存在を否定して証明を混濁させる。混濁されたものは自身の在り方を見失い――やがて己の物語を放棄する。
「我に雪合戦を否定しろというのか……否定などできぬ、できぬ、でき……」
 抵抗するビルシャナだが、やがて瞳から光が消えた。自らの存在すら否定し、その命も消え果てた。

 戦闘が終わり、ケルベロスたちは配下だった信者たちを介抱する。雪の中で気絶していた彼らは体が冷え切っていた。
「雪見酒。こういった余裕のある楽しみ方も良いものだぞ」
 エメラルドは魔法瓶に入れた甘酒を紙コップに注ぎ、目覚めた信者たちへ手渡していく。
 逃げ出した信者たちもいつしか戻ってきていた。自分たちがやってしまったことへの反省か、彼らは壊した雪だるまの代わりに新たな雪だるまを作っていた。
「マリー、私たちも手伝うです」
「カッコイイのとカワイイの、どっちを作る?」
 真理とマルレーネも協力して雪だるまを作り始める。壊された雪だるまもヒールで修復されるが、増える分には問題ない。
 やがて商店街の人々も現れ、開始時刻を遅らせていた冬祭りの準備を始める。
「冬祭り。去れど己は酒を呑もう」
 取り戻した平和な光景を満足げに見ると、ユグゴトは湯気を立てる茸鍋をつついて一杯やるため、かまくらの中へと戻っていった。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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