妖精の贄は血にまみれる

作者:そらばる

●女と犬
 風変りな衣服に身を包んだ白い髪の女は言う。
「お前達の使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
 鋭く長すぎる爪を持つ手から差し出されたコギトエルゴスムを受け取るのは、多数の大型犬。リアルな質感を持つそれらはしかし、デウスエクスであるに違いなかった。
 犬型のデウスエクスたちは、女の言葉に犬耳をそばだてている。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう」
「そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 女の演説を一言一句漏らさず聞き届けた犬型デウスエクスたちは、コギトエルゴスムの装飾品を身に着け、粛々とこうべを垂れた。

●人馬の妖精
 黒雲が全天を覆い、月の光も届かぬ深夜。
 一人こっそりと校門をくぐり、胸を撫でおろした少女は、突如目の前に現れた大型犬の姿に目を見張った。
「え、なに、もしかして迷い犬……? どこの家の子だろ。ええと、どうすれ……あっ?」
 彼女は、悲鳴を上げることすら許されなかった。
 最後に痛みを知覚したその瞬間には、獰猛な牙が喉笛に食い込んでいた。
 一瞬にしてこと切れ、押し倒された少女の死体に、さらに群れ集る総勢四匹の犬ども。ガツガツ、ビチャビチャ。死体を喰い荒らす忌まわしい音が夜の底を打つ。
 肉片一つ残さず死体が喰い尽くされたその時、白い犬が耳に着けている装飾品がまばゆく輝いた。はめ込まれていた球体の宝石が瞬く間に不可思議なシルエットに変じ、実体化を果たす。
「……え。は? ここなに!? どこっ!?」
 実体化したそれは、素っ頓狂な声を上げつつきょろきょろと辺りを見回した。死んだ少女と変わらぬ年頃の少年の姿でありながら、腰から下は馬の胴体の形状を成した異形である。
「ん、この犬もしかして螺旋忍軍……キミらがオレを復活させてくれたのか? ええーと、それはありがたいけど、これからどうすれば……」
 困惑の抜けきらない人馬の少年に、犬の一体が顎をしゃくるような仕草をしながら身を翻した。他の三頭がそれに続き、悠然と歩きだす。
「ついてこい、ってことか」
 人馬の少年はさして迷わず、犬たちの後に続いた。
 校門を赤黒く濡らす血だまりには、気づかぬままに。

●贄を対価に
「こたびもまた、リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知にございます」
 招集されたケルベロス達に向けて、戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)がそう告げた。
 すなわち、未確認の妖精の存在が関わる事件である。
「事を起こしますは、動物型の螺旋忍軍。これらは犬の姿をしており、『コギトエルゴスム』を装飾品として身に着けております」
 犬型螺旋忍軍どもは一人の少女を襲撃し、死亡した彼女から奪ったグラビティ・チェインで、コギトエルゴスムから人馬型のデウスエクスを蘇らせるのだという。
 このコギトエルゴスムが、妖精八種族のものであるのは間違いない。
「まずは皆様、襲撃される少女を守り、螺旋忍軍の撃破をお願い致します。さすれば、妖精八種族のコギトエルゴスムもまた手に入れることが叶いましょう」

 犬型の螺旋人軍は三種、四匹。いずれも牙や爪、咆哮で攻撃し、遠吠えで肉体を活性化させる、といったグラビティを使用する。
 襲撃が発生するのは深夜。標的となるのは女子中学生だ。どうやら忘れ物を取りに学校に忍び込んだ帰りに、犬たちの襲撃にあってしまったらしい。
「彼女、カナエさんを避難させてしまいますと、標的が別人に移るだけ。確実な救出を履行するためには、カナエさんが襲撃されたところを救援することが最善でございましょう」
 動物型螺旋忍軍はケルベロスを前にしても、カナエの殺害を実行しようとする。
 それを食い止めるためには、『近接単体』グラビティで攻撃することが肝要になってくるという。
「ケルベロスにより近接単体グラビティで攻撃された手番においては、敵はコギトエルゴスムから妖精を復活させる手順を実行できませぬ。一方で攻撃をされなかった場合や、遠距離攻撃や近接範囲攻撃の場合は、その攻撃を受けたり掻い潜ったりしながらカナエさんを殺し、妖精を復活させてしまいます」
 妖精が復活してしまった場合、妖精は状況を呑み込めずに混乱し、戦闘を避けようと逃走を図る。
 螺旋忍軍は足止めをするようにケルベロスに攻撃を仕掛けてくる。
 逃走する妖精を集中攻撃すれば撃破することは可能かもしれないが、捕縛はできないだろう。

「螺旋忍軍が妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れた経緯については、現状判明しておりませぬ。裏には第二王女……はたまた別のデウスエクスの思惑が絡んでいるやも……」
 いずれにせよ、グランドロンの探索を有利にするためにも、妖精八種族のコギトエルゴスムは出来る限り確保しておきたいところである。
「何よりもカナエさんの殺害を阻止することが最も肝要でございます。これをふまえた連携を、よろしくお願い致します」


参加者
ティアン・バ(天は九重・e00040)
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)
カトレア・マエストーゾ(幻想を紡ぐ作曲家・e04767)
歌枕・めろ(アニュスデイ・e28166)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ

●贄を求める犬、贄を救う犬
 草木も眠る深夜の街を、ケルベロス達はひた走った。
「コギトエルゴスムを復活させるための生贄……させる訳には行かないね」
 螺旋忍軍の犬を倒してコギトエルゴスムも確保しないと。プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が小さく呟く。
「妖精種族の復活自体は良いことだとは思うけど、被害が出るのはね……。しっかりと阻止していこう」
 カトレア・マエストーゾ(幻想を紡ぐ作曲家・e04767)は凛々しい眼差しで前方を見据え、足を急がせる。
「弓矢では出来ませんのでー、犬追物とは少し異なりますがー。より素早く確実にー、仕留めて参りましょうー」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)はおっとりと言いつつも、二重跳躍を織り交ぜて住宅街を大胆な立体機動で駆け抜ける。
「妖精の奪い合い……ハールはどうしてこう、色んな種族を巻き込むかな。妖精達が一番迷惑だろうに。いや、復活の機会が与えられたから迷惑じゃない、のか?」
 いまいち妖精の立ち位置や思惑が見えないとぼやく星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)。
「そこは、本人たちに聞いてみるしかないね」
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)はぶっきらぼうに呟くと、表情を変えぬまま鋭く前方に目を凝らした。
「――どっちにしろ、なんの罪もないカナエを生贄なんかにさせたりしないよ」
 行く手に現れたのは、小高い丘の上に築かれた中学校。
 暗い視界の中、ケルベロス達の眼差しは確かに捉える。
 密やかに校門から外へ抜け出そうとする少女の一挙一動を、気配もなく値踏みする獣どもの影を。
 少女が犬に気付く。黒犬が無造作に地を蹴り、飛び上がる――。
 さらにその背後に躍り出る、艶めかしいサキュバスのシルエット。
「綺麗な氷で象ってあげる」
 透ける雪と氷のドレスを纏い、氷の女王の如きプランの号令が数多の氷結の槍騎兵を動かした。
 一斉に騎兵に突撃された黒犬は、跳躍の半ばで地面に叩きつけられた。
「……えっ!?」
 唐突に展開した非日常的光景に、少女――カナエが一拍遅れで声を上げた。と同時、闇夜に紛れていた他の犬どもへ次々とグラビティが降り注いでいく。
「さぁ救出劇の準備は整った。開演といこうか」
 カトレアはカナエと犬型螺旋忍軍との間に割り込むように陣取ると、黄金に輝く果実を実らせ燦然たる癒しの光を前衛へ投げかけた。
「こういう時ってなんていうんだろうね? 白馬の王子様が助けに……白くないし王子様でもないなぁ……黒騎士? いや、しっくりこないなぁ……」
 犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)はぼやきながらも白犬に確実な蹴撃を叩き込み、さらにカラーボールを黒犬の片方に投げつけた。
「なっ、なにが……ええっ……?」
「夜更けに出歩くのはー、感心できませんわねぇー」
 困惑するカナエに気付き、フラッタリーがのんびりおっとりと声をかける。柔らかな雰囲気に引っ張られて表情を和らげかけるカナエ。……が。
 サークレットが展開するや金色瞳が開眼、額の弾痕から地獄を迸らせ……「優しそうなお姉さん」はみるみる変貌を遂げていく。
「サァ、ケ駄喪ノ弩モ、狩リノ時間dA――」
「ヒィッ!?」
 狂笑浮かべ、揺れる妖しき戦闘狂と化して敵陣に突っ込んでいくフラッタリーに、カナエは悲鳴を上げてへなへなとへたり込んでしまう。
 歌枕・めろ(アニュスデイ・e28166)はオウガ粒子を輝かせながら、犬どもから守る形でカナエの前に立ちはだかった。
「カナエちゃん、大丈夫? 必ず護るから、めろたちの後ろに隠れていてね」
「あ、あなたたちはいったい……」
「ケルベロスだ。犬に見える奴らはデウスエクスだ、あなたの命を狙っている。そこでそのまま動かないでくれ」
 左腕のオウガメタルの鎧から大量の粒子を放出しつつ、莉央が端的に告げた。真っ青になって息を呑むカナエ。莉央はさらに言葉を重ねる。
「怖いだろうけど、大丈夫。護ってみせる」
「そうだ、心を強く持ってくれ」
 茶犬をしたたかに打ち据え、ティアン・バ(天は九重・e00040)が声を上げた。戦いながらも展開される最終決戦モードが、カナエの眼差しに燦然と映し出される。
「命を狙われるというのはそれだけで、慣れぬ身には一層、恐ろしいかと思うが――大丈夫、そうさせない為に、来たんだ」
「わっ……わかりました。皆さんを信じます……っ」
 カナエは胸元で忘れ物のバッグを抱きしめながら、己を奮い立たせるように、まっすぐな言葉で応えた。

●犬と番犬
 ケルベロスによる第一撃は、全ての犬型螺旋忍軍を打ち据え、カナエの前から退かせることに成功していた。
 深く懐に入られ高火力を浴びせられた犬どもは、カナエを守るケルベロスと対峙する形で一塊の陣形をとった。前衛に二頭の黒犬アブランカ・ククリ、その脇を締めるように中衛に茶色のアブランカ・オダマキ、白色のアブランカ・カメリア。
 ――アオォォォォォン……!
 白犬の咆哮と茶犬の遠吠えが闇夜に重なり合った。
 咆哮に込められたグラビティに一瞬足を止めたケルベロス達へ、治癒を得た黒犬が一斉に襲い掛かった。鋭い爪が、凶悪な牙が、プランとリリエッタの衣と防護を切り裂いた。
「悪いわんちゃん達ね、躾直してあげるわ!」
 声を張り上げ、オウガ粒子をさらに大胆に散布するめろ。
 フラッタリーが戦場を駆け抜ける。野干吼に灯る漆黒の仇花。影の者を闇の中に引きずり込まんとする獣じみた躍動は、本物の犬の姿をした敵の身体能力を遥かに上回る。
「――沈メ」
 飛びつくや否や、膂力ひとつで大刀が黒犬へと叩きつけられ、『怒り』を植え付ける。
「お前の相手は、ティアンだ」
 茫洋とした眼差しで茶犬を捉えるティアン。灰色の長髪をおくりびの煙の如くたなびかせ、流星の輝き散らして繊細な体から精密な蹴撃を叩き込んだ。
「螺旋忍軍ならぬ螺旋忍犬ってやつかな? 名前だけは良い感じなんだけどなぁ……」
 ぼやきつつ猫晴が相手取るのは白犬。鋼の鬼に変貌したオウガメタルの拳が、獣の肉体を激しく打ちのめす。
「もう片方の黒犬はリリがやる。ヒダリギ、補助をお願い」
「わかった」
「……もふもふなわんこは嫌いじゃないけど、デウスエクスは大嫌いだから惑わされたりしないよ」
 近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)の放出する輝く粒子に取り巻かれながら、リリエッタは加速したハンマーを的確に黒犬の一頭へと振り下ろし、カナエへの注意を断ち切った。
「全部止められたね。なら……次はあなた。刻んであげる」
 プランは艶やかに微笑み、振動刀『永夜』で凶悪な斬撃を最も消耗の激しい黒犬に刻み付ける。
 犬どもは忌々しげに身を翻し、さらに降り注ぐグラビティに耐えつつ、ケルベロスへの反撃に出る。爪、牙、咆哮。殺意に満ちたグラビティに、儀式を履行できぬことへの不本意の色が隠しきれない。奴らの狙いは今なおカナエにあるのだ。
「劇伴が無いのも寂しいね。真夜中の戦闘にふさわしい曲を流しておくよ」
 カトレアは楽譜にグラビティ・チェインを注ぎ込み、咆哮に立ちすくむ前衛へ、自作した楽曲を静謐に響かせ不浄をほどいていく。
 両者の陣営は一歩も譲らない。
 暗い夜を彩るグラビティの瞬きを、カナエは固唾を飲んで、祈るように見守った。

●望まぬ復活を阻止するために
 肝要なのは、カナエに爪一本届かせぬこと。
 ケルベロス達の戦いは徹底していた。ただ一体に絞った、近接の一撃を全ての個体に叩き込み続ける。攻撃を免れた個体があればそれを優先的に。陣営はオウガ粒子の輝きに満ち、超感覚を励起された番犬たちは犬型螺旋忍軍の思惑を的確に潰していく。
「新しい妖精8種族……セントール? 螺旋忍軍が復活させたら、こいつらもリリの敵になるのかな?」
 苛烈な蹴りで黒犬の急所を貫きながら、犬の首や耳元に揺れるコギトエルゴスムを目にとめ呟くリリエッタ。
「今でさえデウスエクスが蔓延ってて虫唾が走るのに、これ以上増えられるのはたまったもんじゃない。復活はなんとしても阻止しないとね」
 皮肉っぽく断じて、猫晴は雷纏う刃で斬り込み白犬を釘付けにし続ける。
「罪もない誰かの血に塗れてでも、復活したかっただろうか」
 茶犬の動きを的確に阻害しながら、ティアンは誰にともなく呟く。
「セントールは……多分今の地球の事を知らないんだよね。ケルベロスの存在もきっと、まだ。ヴァルキュリア達みたいに話す機会があれば良いのだけれど」
 今度は守護星座の力を振り撒き、敵の動きに目を光らせながら、莉央が言う。
「とにかく今は出来る事を。妖精の軍勢も第二の故郷も与えちゃいけない。止めなきゃその先は、悲劇だ」
「ああ。ティアンにはセントールの事はわからないが。少なくとも、お前たち螺旋忍軍のいいようにはさせてやらない」
 グラビティが激しく瞬き、降り注ぐ。
 ――アオオォォォン……アオォォォォン……アオォォォン!
 連鎖する咆哮。三重に重ねられるグラビティの衝撃に怯んだケルベロスの前衛を、突如戦線を飛び出した黒犬がすり抜ける。虎視眈々と研ぎ澄まされた牙がカナエを狙う――。
「させない……! ルー、力を貸して!」
 咄嗟に荊棘の魔力を込めた弾丸を射出するリリエッタ。あわやのところで食らいついた弾丸が黒犬の無謀を阻止した。
 悔しげに退いた黒犬が着地の足をもつれさせる。
 それは、蛍光塗料でマーキングされ、余剰グラビティを幾重にも浴び続けていた一頭。消耗が限界に至ったその瞬間を、フラッタリーは逃さない。
 華の如き漆黒の獄炎、野干吼に纏わり影を裂く。如何なる死が起ころうと変わらずに。
「華ヲ。闇ヲ呑ミ尚輝kU華ヲ!」
 灯る走狗の身体は煌々と、闇に瞬き塵に帰す。
 花火の如き爆発に呑まれ、黒犬の肉体は塵も残さず爆散した。

●前哨戦は幕を閉じる
 残るはすでに十分に消耗した三匹。ケルベロス達は手を緩めることなく全ての犬を捌いていく。
「グルルル……ガァァァッ!」
 戦線を飛び出した白犬が突出してくる。その動作を読み取り、めろは敵の進路に回り込んだ。
「めろに任せてね」
 鋭く翻る獣の爪に防護を裂かれながらも適度にいなし、めろはボクスドラゴンのパンドラに攻撃を任せて、即座に治癒を輝かせた。自身の影から産み出した魚たちが、腕にくっきり刻まれた三本の傷を癒し、浄化していく。
 犬たちは攻勢を諦めない。ケルベロスの包囲網に果敢に挑み、隙あらばカナエを狙わんとする。しかしその都度浴びせられる大量のグラビティ。遠吠えでしぶとく戦線を支えつつも、全体の限界もまた瞬く間にやってきた。
「踏んであげる。悦んでいいよ」
 サディスティックに愛らしくも色っぽく、プランの蹴りがしたたかに黒犬を打ち据える。流星の輝きが美しい肢体を煌びやかに彩った。
「……グルァッ」
 纏いつく重力に抗い、黒犬はそのまま牙を返しプランに噛み付いた。即座にカトレアが聖女による頌歌を響かせ急速に傷を癒す。
 悪あがきを成功させ自陣へと身を翻す獣の体を、めろが強襲する。
「伏せ!よ」
 具現化された光の剣が黒犬の背を斬り裂いた。剣の輝きに呑み込まれるように黒犬の姿が掻き消え、黒い煙となって夜の闇に霧散する。
「残り二匹。――この“夢”、解析出来る?」
 莉央は流れるように標的を切り替え、白犬へと指先を押し当てた。多種多様な魔術を凝縮させた小さな光が、白犬の体内へと流し込まれ、その動きを急激に鈍らせる。
 もはや治癒も強化も不要。ケルベロス達は次々に攻撃グラビティを重ねていく。白犬の命脈もまた、数巡とかからず尽きようとしていた。
「番犬の庭で勝手をするから、こんな目に合うんだよ、デウスエクス」
 淡々とした言葉にどこか暗い感情を滲ませて、猫晴は敵の懐に潜り込んだ。敵の呼吸を読み取り繰り出される正確な打撃が、白犬の腹部に深々と突き刺さる。
 弾き飛ばされた白犬の体は力なく宙を舞い、一度だけ地面を跳ねて、やはり煤のように夜に溶けて消えた。
 その瞬間、仲間が消えた間隙を縫って茶犬が突破を試みようと動いたのを、カトレアは見逃さない。
「君が最後だ、ちょっと動かないでもらえるかい?」
 発達した蔓草が一挙に隙なく敵を縛り上げる。
 一切の身動きを封じられた茶犬の瞳に移るのは、うっすらとしたティアンの微笑み。
「ふふ、――」
 少女は惑わすように何かを囁いて、茶犬の頭部をそっと撫でる。得体の知れない、奇妙に倒錯した情景だった。
 激しい興奮と緊張に見開かれた茶犬の瞳は、正体不明の当惑に染まりながら、不意に命を失った。
 その肉体が闇夜に散っていくのを見届け、猫晴は地面に残された球体の宝石に歩み寄った。
「これが妖精……セントールのコギトエルゴスムか」
「そのようだね。いくつか確保できそうだ」
 一粒つまみ上げ、カトレアはしげしげと宝石を見つめた。
「こいつは悪いヤツじゃないかな?」
 他の犬が持っていた一粒を手に取り、リリエッタは妖精へと思いを馳せる。
 一方、被害を免れたカナエは、未だ校門の前にへたり込んでいた。目の前に繰り広げられた戦いがあまりに刺激が強すぎたか、疲れたように呆然としている。
 目線を合わせて呼びかけるティアン。
「もう大丈夫だ、安心してくれ。怖い目にあわせてすまなかったな」
「……えっ。……あぁっ、は、はい……っ」
 はっと我に返りつつ、カナエの返答はふわふわと頼りない。
「ごめんね、怖かったね。もう、あの怖い犬はいないからね?」
 落ち着かない様子のカナエを、プランがギュッと抱きしめた。暖かく柔らかな体に包みこまれ、カナエは芯に残っていた怯えと緊張をふっと解き、小さく鼻をすすりあげた。
「……この子、家まで送った方が良いかな?」
「もちろんよ。夜遅いし、女の子だもん」
 どうしたものかと思案する莉央に、めろはきっぱりと断言してみせた。
 残されたコギトエルゴスムの最後の一粒を手に取って、カナエの安否を遠目に見やりつつ、「優しいお姉さん」に戻ったフラッタリーは呟く。
「終わってからが本番ですわねぇー」
 この夜ケルベロスの手に確保できたコギトエルゴスムは、一頭につき一粒、計四粒。
 今後の大きな戦いへの大切な布石となるだろう宝玉たちは、沈黙を保ったまま、久方に雲間に覗けた月明りに美しく輝いた。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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