牙犠

作者:犬塚ひなこ

●螺旋の企み
 闇を思わせる黒のヴェールが風に揺らぐ。
 コギトエルゴスムを掌の上で転がす彼女の名は、螺旋忍軍のソフィステギア。
 彼女は目の前に控える三体の獣へと視線を向け口を開いた。
「お前達の使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある。本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた」
 茶、黒、白。其々違う毛並みを持つ配下達に語るソフィステギアはひとつずつ、コギトエルゴスムの装飾を与えてゆく。
「妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を我ら螺旋忍軍に与えると」
 だが、とソフィステギアは首を振った。
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう。そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清されエインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
 信用はできないがこれは好機だと話したソフィステギアは三体の獣に命じる。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 いいか、と向けられた視線。
 その眼差しに応えるように犬型の螺旋忍軍――アブランカ達は恭しく頭を垂れた。

●セントールの戸惑い
 月も出ていない真夜中のこと。
 仕事終わりのいつもの帰路の最中、男性は悲鳴を上げた。否、上げようとする前に獣に喉を噛み切られて絶命したといった方が正しい。
 獣が血に濡れた牙を喉から引き抜けば、首に飾られたコギトエルゴスムが光った。
 そして、其処から人馬型の妖精族が一体現れる。
「ここは……どこだ? わたしは何を……」
 辺りを見回す人馬の少女は状況が飲み込めておらず、不安げな顔をしていた。しかし目の前の獣が自分を復活させてくれたことだけは分かる。おずおずと獣を見つめた彼女はアブランカ達に問い掛けた。
「わたしはこれからどうすればいい?」
 すると、獣達はついてこいといった身振りをして動き出す。人馬の少女はそっと頷き、その後につき――そして、獣と馬はその場から去っていく。
 その行方は知れず。ただ、硬質な蹄の音が夜の闇に響いていた。

●アブランカの襲撃
 リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』。
 またもや其処に繋がる予知があったと話し、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に説明をしていく。
「予知があったのは動物型の螺旋忍軍による襲撃事件でございます。ただそれだけならよくあることなのですが、その犬型の敵が『コギトエルゴスム』の装飾品を身に着けていたのが問題なのです」
 彼らは襲撃によって死亡した人間よりグラビティ・チェインを奪う。そして十分な力を集めた後、其処から人馬型のデウスエクスが姿を現すという未来が視えた。
「あれが妖精八種族のひとつであるのは間違いないです。復活されてしまう前にこちらでコギトエルゴスムを手に入れてしまいましょうです!」
 それに人々が襲われる未来も阻止しなければならい。
 それだけでも重要な任務だと告げ、リルリカは仲間達に真っ直ぐな眼差しを向けた。

 襲撃があるのは今夜の零時過ぎ。
 夜道をひとりで歩いていた男性が襲撃される。
 幸いにも場所は高台の街の一角だと分かっており、その付近で待ち伏せすれば敵を迎え撃つことが出来る。襲撃される人を避難させれば良いと思われがちだがそれでは別の人間が襲われるだけ。救出がより難しくなるので、襲撃された所を救援するのが最善だ。
「襲撃ポイントは公園の傍です。皆様は公園の樹の影に隠れて、男性が通りかかるのを待っていてください」
 敵はすぐにその場に現れるのでそのまま男性を庇い、戦いに持ち込めばいい。
 また、犬型螺旋忍軍は『ケルベロスに近接単体グラビティで攻撃された』場合、コギトエルゴスムを護ることを優先する為、そのときのみ一般人に手を出さなくなる。おそらくではあるが直接攻撃をされると復活手順が行えなくなるのだろう。
 しかし近接攻撃をされなかったとき――つまり此方が遠距離攻撃や近接範囲攻撃で立ち向かった場合、敵はその攻撃を受けたり掻い潜ったりしながら一般人を殺す為だけに動き、人馬型妖精を復活させてしまうだろう。
 敵は三体いるので一体でも逃せば危うい。
「戦い方に難がありますですが、皆様なら被害を出さずに戦えるはずです」
 リルリカは絶対に近接で、単体相手に戦って欲しいと番犬達に願った。
 復活を行わせずに敵を全て倒せば妖精八種族のコギトエルゴスムが確保できる。それらをこちらで確保できれば、グランドロンの探索でも有利になるだろう。
 そして、少女は祈るように両手を重ねる。
「螺旋忍軍がどうしてこんなことを行っているのかはわかりません。ですが、事件を阻止してコギトエルゴスムを手に入れればきっと真実が見えてくるはずです!」
 そして、命を奪わせない為にも――。
 今こそケルベロスとしての力が必要とされているときだ。


参加者
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)

■リプレイ

●アブランカの襲撃
 その夜は月も星も雲に隠れていた。
 街灯の薄い光が辺りを照らす中、敵の到来を待つケルベロス達は息を潜めていた。
 公園の木の陰で隠・キカ(輝る翳・e03014)が思うのはコギトエルゴスムによって復活するという人馬型の妖精のこと。
「だれかを助けるために、だれかが死ななきゃいけないなんて、そんなの、やだよ」
 腕の中に抱いた玩具のロボ、キキにそうだよねと語りかけたキカは俯く。
 空野・紀美(ソラノキミ・e35685)はその傍で首を縦に振り、掌を握り締めた。
「いきなり襲ってくるなんてひどすぎるよねぇ! ぜったいぜったい、守りきって、コギトエルゴスムもゲットしちゃうんだから!」
 気合を入れた紀美に峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)はこくりと頷いて同意を示し、獣も螺旋忍軍になれるんだな、と呟く。
 そして、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)も間もなく起こる襲撃について考える。
「新しい妖精種族に螺旋忍軍。一体何を企んでいるのでしょう」
「螺旋忍軍も頑張るものだね」
 エレの言葉にティユ・キューブ(虹星・e21021)が続き、周囲の気配を探る。
「……揺蕩っている間に随分と禍の騒がしいこと」
 シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)も警戒を強めてその時を待ち、エレも倣って周辺の様子を眺めた。
「一般人を害させるわけにはいきません。何としても阻止しなくてはなりませんね」
「はい、頑張りましょう」
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)も気を引き締める。
 そして――。
 公園の向こう側から男性が歩いてくる姿が見えた。同時に反対側で何かの影が動く。
「御出座しでにゃんす!」
 天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)は即座に気配を察知し、仲間達に呼びかけながら立ち上がった。
 予知の通りならば、あの三体の影――アブランカ達が男性を襲うはず。
 だが、番犬達がそうはさせない。
「うわ……何だ!?」
「私達はケルベロスです。そしてあれはデウスエクスです」
 驚く男性の前に立ち塞がる形で紺が陣取り、自分達のことを告げる。それと同時に紺は黒い犬のアブランカ・ククリへと蹴撃を見舞った。
 間髪容れずにキカは茶犬のアブランカ・オダマキへ、猫丸は白犬のアブランカ・カメリアに其々の一閃を打ち込んだ。
「きぃたちに任せて」
「その牙の矛先、決して其方に向けさせませぬ!」
 キカは竜槌の一撃を、猫丸は流星を思わせる鋭い蹴りで襲撃を阻止する。
 その間にシュゼットが間に入った。戸惑う彼の肩にそっと触れたシュゼットは思いと意志を言葉にして告げる。
「今暫しご堪忍を……私達が必ずお守りするわ」
 はい、と男性は頷いてケルベロス達の後ろに回った。
 初撃を抑え込まれたアブランカ達は唸り声をあげ、此方を睨み付ける。しかし、依然として狙いは男性に向けられているようだ。
 決して此処を通しはしないと心に決めた番犬達は其々に身構えた。

●獣の牙
 犬達が身に纏うコギトエルゴスムの装飾が街灯を反射して鈍く光る。
 牙を剥くアブランカ達に対し、エレの肩から降りたウイングキャットのラズリが尻尾を逆立てて視線を返した。
 そしてエレはラズリに呼びかけ、掌を頭上に掲げる。
「――煌めく星の加護を、此処に。降り注ぎ、満ちろ!」
 天駆ける星のカケラの光が戦場に淡い彩を宿し、優しい星の光は加護となって仲間達に巡っていく。同時にラズリが広げた清浄なる力が其処に重なった。
 ティユもボクスドラゴンのペルルと共に守りに入る。
 怯える男性の盾となるべく、アブランカ達を強く見据えたティユは機を見計らった。
 ククリには紺、オダマキはキカ、カメリアには猫丸。其々の仲間達が万が一にでも攻撃を外してしまった場合、遊撃手として出るのは自分だ。
 譲葉も同様に敵を見渡し、啖呵を切ることで注意を此方に向けさせようと狙う。
「さあさあ、ワンちゃん、お前らの相手はこちらだぜ!」
 グルル、と唸る声が聞こえたことで譲葉はしめたと感じた。未だ敵は男性を諦めてはいないようだが多少なりとも気がケルベロスに向いている。
 光輝くオウガ粒子を仲間へと放った譲葉は紀美に視線を遣った。ゆずゆずさんありがと、と笑った彼女は指先を敵に差し向ける。
「わたしは遠慮なくガンガンいっくよーっ」
 射手座のモチーフネイルがきらりと光った瞬間、魔力の弓矢が真っ直ぐに標的を貫いた。その一閃は鋭く強い。仲良しのお友だちが一緒だから格好悪い所は見せられない。それに、頼もしさが力になってくれる。
 譲葉と紀美の連携に目を細め、シュゼットも心を強く持った。
「本当に、惚けている場合では、ないわね」
 自らの役目は罪のない命を守り、未来を繋げること。
 其は星のいらえ。天に皓々たるひかりの抜殻。澄慕え、と詠唱を紡いだシュゼットは男性に狙いが向いても自分が守ると決め、仲間への援護を行っていく。
 冱導が力となって巡る中、キカも守るべきひとへと言葉をかける。
「きぃ達が必ず守るから。絶対、はなれないで」
 オダマキへと凍結の重撃を放ったキカは精一杯の力を揮った。キカの一撃が見事に敵を穿つ傍ら、紺も狙いを定める。
 この事件を起こした螺旋忍軍の真意はとても気になる。だが――。
「まずは目の前で脅かされている命を助けることが先決ですね」
 自分にできることを見失わず、しっかり戦うことが良い結果に繋がる。そう信じた紺は攻性植物を蔓草へと変え、一気にククリを縛り付けた。
 アブランカ達はコギトエルゴスムを守るように立ち回り牙を剥く。しかし即座にティユとエレ達が間に割り込み、鋭い一閃を受け止めた。
 猫丸は彼女達に視線で礼を告げ、カメリアの眼前に踏み込む。暗い夜闇の中で標的を捉えた彼の双眸が鋭く細められた。
「同じ毛色のお犬様……もとい螺旋忍軍には負けられませぬゆえ!」
 振り下ろした一閃は雪さえも退く凍気。
 悲鳴めいた鳴き声があがったが、カメリアは猫丸への反撃として爪を振るいあげた。彼の身を抉った爪が血の軌跡を描く。だが、猫丸は声をあげず痛みに耐えた。何故ならばすぐに仲間が癒やしてくれると知っていたからだ。
 シュゼットは即座に医療魔術の力を紡ぎ、傷を塞いでゆく。
 その際に思うのは自分の力不足。皆々より力が劣ることは百も承知。だが、言葉は呪いともなる。決して口にはしないと決めたシュゼットは懸命に力を揮う。
(「――ならばこそ、為すべきを見失わずに」)
 皆を支え続けることが報いる方法だとしてシュゼットは前を見据えた。
 仲間が頑張ってくれていると感じ、猫丸にカメリアを任せた紀美はククリに狙いを定めて駆ける。再び、コギトエルゴスムが街灯を反射して光った。
「そのねー、首のやつ! 置いて帰ってほしいんだよね! もーねー、ちょー迷惑! 迷惑なの!」
 もふもふは好きだけど、悪いもふもふは許さない。
 えい、と思いきり得物を震えば凍結の一閃がククリを凍らせた。其処に好機を見出した譲葉は援護の手を止め、紀美に続く。
「――行くぞ、一気に削ってやる!」
 追撃として放つのは激情と衝動の聲。
 氈鹿の雷声は咆哮めいた音となって戦場に轟き、ククリを貫いた。ふらつく敵を見遣った譲葉は、行け、と紺に合図を送る。
 頷いた紺はエクスカリバールを振り被った。
「私たちを倒すことよりも、男性の殺害を優先しようとしたことが運の尽きです」
 罪なき命を脅かしたことを後悔させて、塵に返す。
 本気を見せつけようと決めた紺は一気に得物を振り下ろした。こうして戦う自分達の姿が、少しでも男性を安心させることに繋がると信じて――。
 一瞬後、ククリがその場に伏す。
 しかし気は抜いていられない。エレは口許を引き締め、ラズリに更なる援護を行って欲しいと願った。そして、エレ自身はそっと微笑む。
 笑っていれば、絶対に大丈夫。
 エレの笑顔を見た男が、はっとする。それまで怯えていた彼の表情から恐れが消えた。そう感じたエレは彼が自分達を信頼してくれていると悟った。
 そして、エレはエクトプラズムを形作って仲間の耐性を高めていく。
 たとえこの身がどうなろうとも、と決意を新たにしたエレ。その援護を受けたキカも掌を握り締め、オダマキの気を引く。
「あなたの相手はきぃだよ」
 其処から繰り出した氷撃は敵を穿っていった。敵が聞く耳を持たないとわかっていても、キカはアブランカ達に語りかける。
「あなた達にも、そうしなきゃいけない理由があるかもしれない。けど、このままこの人が死んじゃうのはきぃは絶対ゆるせないから」
 更にもう一撃、キカが得物を揮う中でティユもそっと同意を示した。
 誰かの復活がかかっているとしても、それは許してはいけないこと。ペルル、と匣竜を呼んだティユはカメリアを相手取る猫丸に向け、星の輝きを散らす。
「――導こう」
 投影された星図は仲間達に力を与えた。
 譲葉と紺が、そしてキカとシュゼットがカメリアに攻撃を加える。その中で猫丸は身体に加護が巡ることを感じる。
 相手が犬ならば此方は猫。相手を翻弄する俊敏な動きで以て側面に回り込んだ猫丸はアンクに肉食獣の霊気を宿し、ひといきに一閃を叩き込んだ。
「避けられるとお思いなら甘いでにゃんす。余所見をする暇など与えませぬ!」
 刹那、カメリアはその場に崩れ落ちる。
 これで二体目を倒したのだと察し、仲間達は残る一体に目を向けた。

●譲れないもの
 オダマキは此方を睨めつけていた。
 その視線はケルベロス達に守られる男性に向いている。しかし、相手も最早その牙が届かないことはわかっているだろう。
 されど命令に忠実に従おうとしているのか、オダマキは敵意を放ち続けていた。
「伏せるのは貴殿らよ、螺旋忍軍」
 シュゼットは凛と言い放ち、予知された未来には辿り着かせないと宣言する。
 守り、癒し、敵を斬る。それが自分達――番犬としての使命。
「ラズリ、お願い」
 エレは翼猫の名を呼んで補助して欲しいと伝え、自らは攻撃に転じる。
 清浄なる力が巡っていく最中に地面を蹴ったエレは流星めいた蹴撃でオダマキを足止めした。紺は今こそ己の力を発揮するときだとして、魔力を紡ぐ。
「迂闊に踏み込んだ報いを受けなさい、私の世界は甘くないです」
 途端に黒い影が蔦のように絡みつき、敵の力を奪い取っていった。紺に続いたティユもペルルに合図を送り、共に攻撃を仕掛けに駆ける。
「終わりを始めようか。そう、君の――」
 抜き放った刃が描くの月光の斬撃。この一閃が終幕への始まりだと告げたティユに合わせ、ペルルも体当たりで敵の身体を揺らがせた。
 傾ぐオダマキ。其処に肉薄した譲葉は低く唸るような声で語る。
「目、逸らしてんじゃねえよ」
 そして再び紡がれたのは喉の奥から溢れて止まない、魔力を籠めた咆哮。収束した聲は聞いた者の耳を貫き、腹の底から震わせるような雷鳴が如き大音声となった。
 流石でにゃんす、と仲間に称賛の眼差しを送った猫丸はふと思う。
 相手は獣。どうしてだか彼らからは自分と似たものを感じる。
「……わちき、少しばかり思う所がありまして。意地、という訳ではありませぬが、ここで負ける訳にはいきますまい!」
 もし自分の考えていることが当たっているならば余計に敗北は出来ない。
 手にした筆を振り上げた猫丸は空中に斬撃を模した線を描く。その一筆は気迫を孕み、抜群の切れ味を持った一閃となって敵に襲いかかった。
 キカはもうすぐで戦いが終わると感じ、ロボットのキキに一瞬だけ目を向ける。
「みんなが居るからだいじょうぶ。こわくなんてないよね、キキ」
 そう口にした少女は受け継いだ破壊の記憶を自ら呼び起こし、掌に機械の力を宿した。そして、一瞬で接敵したキカは告げる。
「あなた達に守りたいものがあるように――」
 きぃにも、守りたいいのちがあるの。
 掌で敵に触れた瞬間、それは致命的な打撃となって巡った。シュゼットとエレはキカが戦いの終わりを導いたことを感じ取り、紺も仲間に最後を託す。
 ティユと猫丸は頷きを交わし、譲葉も友人を見つめた。
 その意志を感じた紀美は指で拳銃のような形を作り、オダマキを示す。
「わるい子にはおしおきなんだからねっ! これで、終わり――!」
 刹那、無邪気な射手座が宙を舞う。
 その矢の軌跡はまるで、終焉を飾るかのように一直線に標的へと飛び込んでいき――そして、最後の獣がその場に崩れ落ちた。

●宝玉の彩
 全てのアブランカが倒れ、消滅する。
 同時にコギトエルゴスムが転がっていく様に猫丸とティユが気付いて追いかけ、紺がそれをさっと拾い上げて確保した。
 譲葉は安堵めいた気持ちを覚え、紀美はやった、と笑顔を浮かべる。
「ふっ」
 紀美は撃ち終わった後の銃にそうするように指先に息を吹きかけてポーズを取った。譲葉は軽く首を傾げて紀美に問う。
「何だそれ?」
「なんかねぇ前にテレビでみたんだよね!」
「なるほどな」
 格好いいなと笑む譲葉に紀美も笑顔を向けて、二人は勝利を喜ぶ。
 その傍らではシュゼットとエレが男性の様子を見ていた。彼には怪我ひとつない。ケルベロス達に礼を告げた男性は頭を下げ、元通りの帰路についてゆく。
「ありがとうございました」
「いいえ、当然のことをしたまでだから」
「お気を付けてお帰りくださいね」
 彼の後ろ姿へとシュゼットはたおやかに手を振り、エレはラズリを抱き上げてその背が見えなくなるまで見送った。
 キカもキキを抱き締めて仲間に怪我がないかを確かめていく。
「みんな、だいじょうぶみたいでよかった」
「皆々様と協力できたおかげでにゃんす」
 少しの疲労はあっても大怪我をした者はいない。猫丸は目を細めてから仲間達を見渡し、無事に役目を果たせた今を歓んだ。
 そして、猫丸達は紺が持つコギトエルゴスムに目を向けた。
「これがコギトエルゴスムですか」
 紺が改めて掌の上に視線を向けると、シュゼットとエレも興味深そうに覗き込む。ティユもよく見るために紺からコギトエルゴスムを受け取った。
 ペルルが不思議そうに見つめる中、ティユは大切にそれを掌で包み込む。
「新たな妖精か」
「この中に馬みたいな子がいるなんて……!」
「改めて思うと不思議だよな」
 ティユが呟くと紀美と譲葉が其々に頷いた。キカも透き通った宝玉のようなそれをじっと眺めて反射する光に目を眇めた。
「きれい。悪いものには、思えないね」
「善いお人、いえ、妖精であればよいのですが……」
 猫丸も宝玉を透かして見るように視線を向けてゆるりと息を吐いた。
 ティユも頷きを返し、ケルベロスとしてともいえるけど、と言葉を落とす。
「純粋な好奇と好意としても、仲良くしたいものだね」
 この中に封じ込められた人馬の妖精は一体、どのようなものなのだろうか。
 謎と不思議。そして少しの期待が巡る中――夜は深く更けてゆく。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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