凍てる蹄のピアッフェ

作者:銀條彦

●伝令と蹂躙と
 女が手ずから配下へと分け与えた装飾具が戴く、宝玉の名は、コギトエルゴスム。
 馳せ参じた獣姿のデウスエクス達はみな、その場にあって唯ひとりヒトの身を備えるその女の声を待った。

「――お前達の使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
 花弁の如き唇から紡がれ始めた演説は、朗々と響きわたる。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させその軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を我ら螺旋忍軍に与えると。ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう。そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
 そこに喰い込む隙はあるのだと女は――螺旋忍軍ソフィステギアは説く。
 たとえ卑しき走狗に己が身を落とそうとも、彼女達には、果たさねばならぬ一つの大願があった。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 動物型螺旋忍軍の群れを束ねる彼女のことばに、宝玉を与えられた獣の忍び達はいずれも深く深く獣頭垂れる事で応じるのであった。

 惨劇と復活の舞台はすっかり静まり返った深夜のとある公園、その噴水横にて。
「なにこれぇ……野犬!? なんでっ!? っ……たすけ…っ…」
 爪牙の群れは不運な通行人の女の片脚を噛み砕き、脇腹を引き裂き、最後に白い喉を喰い千切った。温かな鮮血とともに注がれたグラビティ・チェインは瞬く間に氷蒼の珠をデウスエクスにと変えてゆく。
 いかにも精悍かつ真っ直ぐな青年武人といったいでたちのその男の、腰から下は、栗毛の駿馬そのものであった。
「――こ、これは一体……?」
 長らく戦場を共にした長槍を手に果てるを最後にぷっつりと記憶の途絶えた人馬の妖精族はしばし混乱の極みにあったが、傍らへと寄り添う3頭の犬の姿をしたデウスエクスと横たわる定命者の惨殺死体の光景を前に復活を遂げた経緯についてを悟る。
 己が復活の糧となった女の死に顔から両瞼をそっと閉じさせ纏う蒼藍色のマントを外して骸の上へと被せ、せめてもと弔ったその後に。
「何ゆえにセントールの戦士たる俺の力を求めるか、螺旋の獣らよ」
 そんなセントールの問いに応えるかわりに純白の毛並みの1頭がついて来いとばかりに、大きく鼻先を廻らした後、三頭は一斉に夜闇を駆け出した。
「よかろう、戦士として恩義には報いねばならぬ」
 それを追う栗毛の脚も速歩からいっきに襲歩へ。
 もとより長駆直入は彼ら種族の得意とする処。三頭と一騎はそのまま、冬天の下、いずこへかと消えた。血染めと化したマント一枚を置き去りにして。

●さまよえる獣たち
 リザレクト・ジェネシスの戦いの後5つの断片に分かれて飛散したまま行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知を得たとの報せを受けたケルベロス達がセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の下へと集う。

「皆さんにはコギトエルゴスムの装飾品を身につけた螺旋忍軍たちが引き起こそうとしている襲撃事件を阻止していただきたいのです」
 すべて動物型だという今回の螺旋忍軍達の狙いは襲撃し死亡した人間のグラビティ・チェインを奪い人馬型のデウスエクスを復活させるというものらしい。
「このコギトエルゴスムもまた妖精八種族であると考えて間違いないでしょう。まずは螺旋忍軍を撃破し、襲撃を予知されている一般人を守って欲しいのです」
 その後にコギトエルゴスムを持ち帰れば依頼は完了である。
「皆さんには計3体の螺旋忍軍を倒すべく出向いていただく事になりますがその前に一つ、留意しておく点があるのです」
 いずれも大きな犬の姿をした装身具つき螺旋忍軍達はたとえケルベロスから仕掛けられても人馬デウスエクス復活に繋がる一般人殺害を優先させるだろう。
 だが、『ケルベロスに近接単体グラビティで攻撃された』直後に限っては犬忍軍達は一般人を攻撃しないという行動予測がなされているのだという。
「この奇妙な性質は、その状態からではグラビティ・チェインを奪取したとしても、復活に必要な手順に何らかの支障が出てしまう故と思われます。それ以外の場合……まったく攻撃を受けない、攻撃を受けても遠距離や近接範囲だった場合そのまま犬忍軍達は一般人の殺害を実行する事でしょう」
 つまり近接単体グラビティを命中させ続ける限りにおいて一般人の無事は確保されるのだと念を押した後、セリカは改めて今回の戦闘に必要と思われる各種データを提示した。
 時刻は深夜、救助対象は夜間営業の店から公園を突っ切っての最短距離で帰宅途中の成人女性1名。他に人気はまったく無い。夜間戦闘となるが公園内はケルベロスやサーヴァントであれば視界等の心配も無いらしい。
「それと……」
 もしも犬忍軍襲撃よりも前に避難を促す等で一般人女性に接触した場合、彼女の安全自体は確保されるかもしれないがかわりにまったく予知外でノーマークのまま別処で襲撃事件が発生する危険性が高いため避けた方がよいとヘリオライダーは言い添えた。

「一般人女性を守り切るための連携こそが何よりも肝要となります」
 無論それは『グランドロン』探索や戦況の有利不利だけの問題ではない。
 第二王女ハールの策略であろうと他勢力からの横槍であろうと、デウスエクス側の一方的な都合で罪の無いひとつの生命が無惨に喪われるなど地球の番犬として見過ごせる筈も無いのだから。


参加者
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)

■リプレイ


 すっかりと人気も途絶えた夜の公園内。
 独り歩きする女性の、足早なパンプスの靴音だけがこつこつと辺りに響く。
 だが彼女もまさか自身を生贄にと待ち構えるデウスエクスの群れの登場などといった危機まで警戒できる筈も無い。
 いつもの舗装路を辿り、噴水近くにまで差し掛かった時にそれは起こった。

 ――突如、眼前を奔ったのは七色の虹の輝き。
「な、ん、……っ!?」
 思わずショルダーバッグを抱えたまま立ち尽くす女性の前では、脇腹に不意の蹴撃を受けた白い巨大犬……アブランカ・カメリアが横転から立ち上がり豹頭の男を睨みつけていた。
 細い下弦の月光の下。犬の姿を備えた螺旋忍軍――マスタービーストを求める獣達。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)にとって色々と想う処も正直に言えば無いではなかったが今優先すべきはそれではない。
 矢継ぎ早、『猫』の尾の先から投げられた花輪は残念ながらオダマキの名を冠する犬忍軍の咄嗟の回避によってすげなく袖にされた。
 元より遠距離攻撃であるキャットリング、それ単独では一般人保護の助けとはならない。が、寒空の闇を駆けてきた彼らもまた強固な群れなのである。
「夜鳴鶯、只今推参。 ……俺達ケルベロスが貴女を守る。暫し辛抱を!」
 おんせんだらと唱え、纏うた螺旋を掌より解き放った樒・レン(夜鳴鶯・e05621)の一撃すら躱した茶毛の犬忍軍はキャスターの本領発揮といった処か。
 だが真っ先に女性を気遣ったレンのこの名乗りこそが保護対象に現状把握を促し安心させる最初の一歩へと繋がった。
 少しずつだが落ち着きを取り戻しつつある彼女の身を自らをもって庇う為、吉柳・泰明(青嵐・e01433)は敵の真正面にと立ち塞がっていた。そして……。
「心血を、此処に」
 防御から攻撃へ、まったく予備動作の兆しなく殺気すら追い越して抜き放たれた『夜刄(ヤシャ)』の一刀は遂にオダマキへ傷負わせる事に成功する。
 残すは1体、アブランカ・ククリのみ。群れの仲間らが次々と近接からのグラビティ攻撃に見舞われるなか大いに警戒を始めようとしたその有るか無いかの僅かな空隙に。
 暗夜にと溶けこむ裾を翻し、音も無く――緑の妖精は既に滑り込んでいた。
 背後の死角からアトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)が繰り出した超高速の刺突は稲妻で打たれたが如き痛みと痺れとを同時に黒毛の犬忍軍の後ろ脚へ流し込む。
「ひとまずはこれで全部だね。じゃあ、よろしくねキヌサヤ」
 常ならいったん間合いを外した処だがあえてその場に踏み止まるアトリ。応えるウイングキャットが背中の黒翼を羽ばたかせれば、前衛列の多くの身に清浄なる夜風が降り注ぐ。
 黒猫から守護を受け取りながら、攻撃手たるリティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)はすらり伸びた細腕から特大の破城槌を振り下ろした。
(「ミッション確認。『一般人の命でコギトエルゴスムの復活を企てる螺旋忍軍の排除』。現時点での牽制は既に達成状態にある。ならば……」)
 瞬間、レプリカントの双眸に生じたオレンジの明滅。
 『力』の集束は破砕の重量攻撃へと転換されてアブランカ・ククリの堅守をブチ抜いた。

 彼我の状況変化によって攻撃優先目標もまた目まぐるしく変化し続ける。罪無き命を守り抜く事を第一に定めて立てられた作戦方針を、番犬達は自ら遵守し徹底する。
 奏真・一十(無風徒行・e03433)は今繰り出すべきルーンディバイドの構えを取る。
 頑健特化である敵ディフェンダーが相手の頑健技。だが、地を踏みしめる両脚から噴出した蒼黒い獄炎は地獄の番犬たるを全うせよとばかりルーンの呪力を増大させ、タプテ・パラディースの刃がアブランカ・ククリの血肉もろともにその防御を削いだ。
「われらも犬――番犬、であるが……比喩ではなくほんとうに走狗とはな」
 一方でツンとそっぽを向き主の感慨など何処吹く風といった趣きのサキミだったが、作戦自体はしっかりと心得ているらしく先の後衛への列ヒールが取りこぼした後衛ケルベロスに強き水の加護を注ぎ、すぐさま【BS耐性】が補われる。
 防御支援が着々と整えられる中、並行する様に、白き雛菊とダチュラが届けたのは後衛列への攻撃支援である。
 願わくば冷静と勇気をと、そっとお守りや首飾りへ添えられていたエヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)の白く端正な指先が、優美に、宙へと伸べられる。
 まるで天より零れる月星の光を受け止めんとするかの様に。
「いくよ、エヴァンジェリンちゃん!」
「ええ……」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)の弾けるような掛け声を合図に、オラトリオの乙女2人によるメタリックバーストが重なり広がってゆく。
 夜の戦場を染める淡き光によって急速に高められた超感覚は、居並ぶ狙撃手達の大いなる援けとなる。

 グルルと低く唸る獣達の喉元で宝玉の装身具がしゃらりと揺れる。
 何もしらず今はただ蒼石の深き眠りの中――凍てる蹄の水先案内人となるのは螺旋の走狗かそれとも地獄の番犬か。


 最速を期したケルベロス側の初動は奇襲成功として結実し、以降も、彼らに先手を取らせ続けた。襲撃の場と日時がほぼ確定しているのだから地理条件等から逆算して敵の潜伏場所を割り出すことは比較的容易で、完全に機先を制し得えたのが幸いした形だ。

 とはいえ果すべき使命を携えた螺旋忍軍達の反撃もまた苛烈でありひと時たりと気を抜く事は出来ない。敵の牙が狙う先はケルベロスではなく、無力なただの一般人なのだから。
「決して手出しはさせない――護ってみせる」
 震えを懸命に堪えて頷いてくれた女性の傍らにはディフェンダーとして迎撃態勢を固める泰明が就く。
 ケルベロスとサーヴァントがガッチリ布陣を完成させた今、何故だかデウスエクスにつけ狙われているらしい自分が逃げ出そうと半端にアレコレ動くより後ろでじっとしている方が安全だしケルベロスの助けになるだろうと彼女も腹を括っているらしい。
 ――真夜中の公園に響き渡る獣達の咆哮。
 さしあたって機会を窺うべくアブランカ達は散開し、態勢を立て直しにかかる。
 まずはカメリアからオダマキへ二重三重と幻影の護りが施されたのが初撃。
 次いで、近接の間合いに立ち塞がるケルベロスの陣を喰い破らんとふた筋の氷結の螺旋が夜を飛翔した。狙い定めた先はいずれも後列。先により精度の高い近接攻撃を実施した者を脅威と看做したが故の選択なのだろう。
 今宵の螺旋忍軍達はケルベロスを狩らずともよい。ただの一瞬、敵の攻勢を逸らせれば、それで使命は果たせるのだから。
「タカラバコちゃん、おねがい頑張って!」
 雛菊の主の指示通りに躊躇わずミミックは盾として跳躍した。
 あっさりと砕け散る衝撃、ばら撒かれた破片。ペロキャンがなければ致命傷だった――という訳では無いにせよタカラバコは半ばクーラーボックスになりかかりつつも前衛役としてとっても頑張ってくれている。
(「抜群の連携力……その起点となっているのは、白か」)
 ジャマーはどのみち近単命中の優先順では1番手だったのだから作戦に変更は無い。話が早くて結構な事だと薄く口端を歪めながら、陣内は、改めて仲間達に指示を伝えた。

 反撃にと獣爪から繰り出された圧は揺るぎなき螺旋。
「忍犬としてのその忠義は天晴だが……只命じられるまま命を蔑ろにするとは醜き也」
 同じく螺旋の業修めた忍びたるレンだが今宵は癒し手に徹し、戦いを支え続けている。
「アナタたちにはアナタたちの矜持や理由があるのでしょうけれど……」
 エヴァンジェリンにとっては犬とは普段より慣れ親しむ近しき存在。
 故に敵達のそのひたむきさも忠誠も彼女にとっては、少しだけ、やりにくい。だが決して手を緩める訳にはいかないのだとジャマーとしての展開力を最大限に発揮してエンチャントの付与を振り撒いてゆく。
「その女性を殺させるわけにはいかないの」
 凛とそう言い放った彼女の術によって【破剣】の後押しを得たスナイパー達は続々と敵エンチャントを討ち破ってゆく事が出来た。
 常に連携を牽引し自陣の守備を補強するカメリアの存在は厄介ではあったが、しかしそれ以上にケルベロスが最も警戒しまた実際に梃子摺らされているのはオダマキであった。
「ちょこまかと……」
 リティから繰り出された高周波ブレードの一閃とあんぐり蓋を開けたタカラバコのガブリングをわずか紙一重で躱し終えた茶毛の犬忍軍の眼前に、ゆらり、現れた黒豹の獣人。
 天より射し込む月は不可思議なほど眩く、仰ぎ見る『猫』の瞳をいっそうと輝かせる。
 おい、と、ごく軽やかにいつもの調子で呼びかければちょちょいと悪戯に踊る尻尾の先、紅蓮と燃え盛る向日葵の花冠。それは陣内の胸底の奥深くより燈された炎。
「咲き誇れ……」
 だが手向けられた『ひーぐるま』が灼き尽くしたのは猛然と割って入った黒犬、アブランカ・ククリであった。
 それは盾役として既にダメージ深く回復も追いつかぬ己より撹乱に優れたカメリア、逆転の一撃を狙い得るオダマキを1分でも長く生かした方が善いと自ら判断した故の挺身か。
 だがその最期を見届ける暇も与えず、強引に包囲網を掻い潜ろうとオダマキが駆け出す。
「絶対、止めてみせる!」
 ワンピースを波打たせ翻しながらひなみくの執念が喰らいついた。脳天めがけて炸裂する電光石火の蹴りにさしもの忍犬もくらりと一瞬その体を傾げる。
 たまらず紡がれた癒しの幻術。
 ディフェンダーを粉砕した事で包囲網はよりいっそう効果を発揮し、そこから雨霰と降り注ぐ近接単体攻撃と織り交ぜられる状態異常やブレイク攻撃の前に、さしもの敵中衛ペアもその真価を封じられ手詰まりとなりつつあった。
「今度こそ、捉えた」
 高速演算が弾き出した踏み込み、からの、膂力任せな串刺し。
 リティが突き立てたブレードは白きカメリアの肉体を地面へと繋ぎ止めた。
 必死に逃れようともがき遂には片脚を切り捨てた獣。だが……遅い。
「そちらには使命があるのだろうがこちらにも責務がある」
 紫瞳だけは、冴え冴えと、静寂を保ったまま。
 一十の地獄が『蓋』をこじ開け戦場へと解き放たれてゆく。劫火と呼ぶには、あまりにも冷た過ぎるそれは晩靄にも似て……。
「――その爪牙、目論見ごと此処で折る!」
 また一つ、此処に、不死の命が絶ち落とされる。

 ケルベロス達はここまで螺旋忍軍によるコギトエルゴスム復活を儀式への試みすら封殺し1体また1体と敵を打ち倒して来た。
 残るは遂にアブランカ・オダマキ1体のみ。仲間をすべて失った茶毛犬の眼光はそれでも任務遂行を……地球人殺害を全く諦めてはいなかった。
 その想いの全てを地獄の番犬は、冷徹に、跳ね返す。
「守りたいものを、守りたいだけ。そう簡単に通しはしないわ」
 戦いの最終盤、もはや弱体化も味方支援も充分と判断したエヴァンジェリンは流星の輝きを伴う羽ばたきからオダマキを踏みつけその機動を殺いだ。
 ケルベロスから最も多くの回数狙われ、にもかかわらず、3体の中で最も長くを戦い抜いたオダマキの全身は、既に、歴戦の古傷に加え真新しい鮮血に塗れている。
 ――咆哮はアトリの乱射の向こうへと掻き消された。
 『煙中潜伏(ハイドアウト)』……立ち昇る煙幕越し、不規則かつ予測不能な連続蹴撃を浴びせるこの戦法を、ここまでアトリはもっぱら味方支援にと用いて来たが最後のそれは今までとは全く異なった――持てる銃術と蹴術の、全てを。
 取り囲ませた煙幕すら薄れる零距離へと肉薄して尚、諜報と暗殺司る妖精のスピードは敵を圧倒し、避けるも防ぐも許さなかった。
「でも、こっちじゃ、ないよ」
 瀕死の獣の命刈り取ったものは、獣の、キヌサヤの爪。
 アトリの持てる全てをもって、最後の忍犬もまた討ち取られたのだった。


 死の危険に曝され続けながらもケルベロスと共にそれに耐え切った気丈な一般人女性は、何度も頭を下げた後、無事に夜の帰路へと再び戻っていった。
 その後、噴水周辺の小道で幾つかの破損箇所を発見したレンは、メディックとしての今宵最後の忍務にメタリックバーストを解き放った。それはまるで季節を外れた蛍火。
 『夜鳴鶯』は片合掌の姿勢のまま瞑目してせめてもの祈りを捧げる。
(「忍軍の宿命に殉じた哀れな輩よ、その魂の安らぎと重力の祝福を今は願おう……」)

 この夜、回収できたコギトエルゴスムは犬型螺旋忍軍の数と同じ計3個。
 予知内ではグラビティ・チェイン供給を後回しにされていたのであろう他のふたつもまた人馬の妖精種族の物だろう。
「ねえ。あなたたち、もしも復活できたら何かしたいことはあるの?」
 エインヘリアルとの戦いの果てに力尽き永き時の内すべてを凍てつかせたまま、今は掌に小さく収まる蹄の戦士達へひなみくがそっと問いかける。無論、答えは何も返らない。
「――願わくは、敵対する事無く、穏やかに目覚められる日を」
 泰明のそんな願い叶う未来が訪れるか否かは……いまだ定かならぬまま。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。