忠犬、贄を求む

作者:雷紋寺音弥

●獣忍、出動す
 どことも知れぬ、薄暗い場所。数多の犬が集まった中央に立つのは、黒き衣を羽織った美しくも野性的な肢体を持つ女性。
 螺旋忍軍ソフィステギア。配下の多くの動物型忍者を持つ彼女にとっては、目の前の犬達もまた忠実なる僕。姿形こそ地球の犬と大差はないが、その全てが犬の姿をした螺旋忍軍に外ならず。
「お前達の任務は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
 そう言って、ソフィステギアの取り出した宝玉に、犬達の視線が一斉に注がれた。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
 ハールの人格は信用に値しないが、しかし追い込まれたハールにとっては、こちらの戦力も貴重なはず。そして、ハールが目的を果たした暁には多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実だと、ソフィステギアは犬達に告げ。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 そのために必要なのは、地球人の豊富なグラビティ・チェインによって、コギトエルゴスムを本来の姿に戻すこと。
 ソフィステギア宝玉を受け取った犬達は、それぞれに頭を垂れて、自らの任務を全うすることを誓っていた。

●猛犬と半人半馬
 夜の帳が降りた街を、ふらふらと歩く影がひとつ。
 会社の飲み会で、帰宅が遅くなったサラリーマンだろう。酒が回って上機嫌な彼が、ふと路地裏へ目をやると、そこにいたのは3匹の犬。
 このご時世、野良犬というのも珍しいものだ。だが、今日の自分は気分も良い。少しくらい、食べ物を分けてやってもいいだろうと、男が弁当の残りを取り出そうとした時だった。
「ウゥゥゥゥ……グァゥッ!!」
 両目を光らせ、犬達は唐突に男へと襲い掛かる。その首に光るのは、美しい宝玉。そう、彼らは単なる犬などではない。ソフィステギアの命を受けた、犬の姿をした螺旋忍軍だ。
「ひっ……! だ、誰か……助け……ぎゃぁぁぁっ!!」
 時間にして数秒。男は頸動脈を噛み千切られ、断末魔の悲鳴と共に絶命した。同時に、犬達の首に付いていた宝玉が、激しい光を放って本来の姿へと還って行く。
「うぅ……こ、ここは……?」
 そこにいたのは、半人半馬の奇妙な青年。状況がつかめず、混乱する青年だったが、少なくとも目の前の犬達が、自分を宝玉の姿から解放してくれたということは飲み込めた。
「君達が、俺を助けてくれたのか? ……分かった。俺も、君達と一緒に行こう」
 3匹の犬に導かれ、半人半馬は、宵闇の中へと消えて行く。後に残されたのは、血塗れの肉塊と成り果てた、哀れな男の残滓だけだった。

●生贄を求める猛犬
「招集に応じてくれ、感謝する。リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』だが……新たに、それに関する予知があった」
 残念ながら、今回は穏便に済ませられそうな話ではない。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、自らの垣間見た予知について説明を始めた。
「事件が発生するのは、深夜の住宅街だ。そこを歩いている帰宅中のサラリーマンが、犬の姿をした螺旋忍軍による襲撃事件を受ける」
 何を隠そう、その螺旋忍軍が身に着けている装飾品こそが、今回の事件の鍵となるコギトエルゴスム。螺旋忍軍達は、襲撃によって死亡した人間からグラビティ・チェインを奪い、コギトエルゴスムを本来の姿である人馬型のデウスエクスに戻そうとしている。
「このコギトエルゴスムが、妖精八種族のものであるのは間違いないだろうな。まずは、襲撃される一般人を守り、螺旋忍軍を撃破してくれ。そうすれば、妖精八種族のコギトエルゴスムを確保することも可能だぜ」
 もっとも、敵は任務に忠実な螺旋忍軍。見た目は単なる犬にしか見えないが、なかなかどうして知恵も回る。襲撃されるはずの人間を避難させたところで、別の人間を襲うだけなので、襲撃されたところを救援するのが最善だ。
「敵の螺旋忍軍……この場合は、螺旋忍犬とでも言った方がいいのか? 連中は、お前達との戦闘よりも、任務の方を優先する傾向にあるからな。遠距離からの攻撃しか受けなかったり、自分が何のマークもされていないと察したりした瞬間、お前達の包囲網を容易く掻い潜って、サラリーマンを殺害するぞ」
 それを阻止するためには、少なくとも1人は敵に張り付いて、接近戦を仕掛けねばならない。敵は漆黒の毛並みを持った俊敏な犬と、目元に傷のある屈強な犬、そして白い毛並みの一見して温厚そうな犬の3匹。それぞれ、機動力、攻撃力、攪乱戦法に長け、鋭い牙を武器とする他、螺旋忍者のグラビティと同様の技も使えるようだ。
「万が一、サラリーマンが殺害されてしまった場合、半人半馬のデウスエクスが復活するぞ。復活直後で混乱しているためか、お前達と戦う意思はなく、ひたすら逃げようとするだろうが……」
 追撃するにしても、当然のことながら犬達が邪魔をするので、そう簡単に倒すことはできない。集中攻撃を食らわせれば話は別だが、説得したり捕縛したりといった余裕はないと思った方がいい。
「螺旋忍軍が妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れた経緯は判らないが……エインヘリアルの第二王女や、或いは別のデウスエクスの策略があるかもしれないな」
 どちらにせよ、妖精八種族のコギトエルゴスムは確保できれば、その分だけグランドロンの探索でも有利になる。今回の鍵は、一般人を殺させない事。その点を最優先したうえで、しっかりと連携して事に当たって欲しい。
 最後に、それだけ言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
関・白竜(やる気のないおせっかい・e23008)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
朧・遊鬼(火車・e36891)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)
エリザベス・ナイツ(スターナイト・e45135)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)

■リプレイ

●獰猛なる忍犬
 人通りのない、夜の街。終電帰りのサラリーマンが、街灯の下をふらつく足取りで歩いている。
 酒に酔って、気分が良いからだろうか。いつもであれば気にも留めない路地裏へ、男は気まぐれに目をやった。
「ん……なんだぁ? 野良犬かぁ?」
 ゴミ箱の陰に隠れていた3匹の犬。その姿を見るや否や、男は腰を低くし、笑顔で犬へと近づいて行く。普段であれば、野良犬に施しをすることなど絶対にないのだが、酒の勢いもあって大胆になっていたのだろう。
「ほら、こんなもんでも良かったら、食……っ!?」
「ウゥゥゥゥ……グァゥッ!!」
 だが、カバンの中から弁当の残りを取り出そうとした矢先、犬達は一斉に牙を剥いて、男へと襲い掛かって来た。
「ひ、ひぃっ! た、助け……」
 思わず尻もちを突き、頭を抱えて震える男であったが、しかし犬達の牙が男の身体を食いちぎることはなかった。
「そうはさせないっすよ!」
 間一髪、サラリーマンに噛みつこうとしていた白い犬の頭を、中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)が踏み付けたのだ。
「大丈夫? 怪我は……ないわよね?」
「悪いが、後ろに下がっていてくれないか? ここから先は、俺達でなんとかするぜ」
 犬の前に立ち塞がり、エリザベス・ナイツ(スターナイト・e45135)とフレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)がサラリーマンの男に言った。もっとも、男は未だ状況が掴めないのか、呆気に取られた様子で顔を上げているだけだったが。
「ケルベロスが到着したからには、アンタは殺させん。故に落ち着いてくれ」
 とりあえず、迂闊に動かないで欲しいとだけ告げ、朧・遊鬼(火車・e36891)は改めて敵の犬達へと目をやった。
 黒、白、そして茶色。毛並みこそ違えど、見た目はどれも何の変哲もない犬に過ぎない。その身に装飾を纏ってはいるものの、それ以外は普通の犬と、何ら大差のない見た目であるが。
「……ナノ」
 ナノナノのルーナが、いつになく緊迫した鳴き声で呟いていた。相手の全身から発せられる、獰猛な野獣の臭い。それを感じ取ってのことかもしれない。
「大丈夫です。あなたは私達が必ず守りますから」
 アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)が告げたところで、ようやく安心したのか、男も少しずつ後ろに下がって行った。とはいえ、未だ油断のできる状況ではない。
「わんこの……ニンジャ!! でも……」
 戯れのついでに勝てる相手ではないと、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)も気を引き締める。ケルベロスが現場に駆け付けてもなお、犬達の視線はサラリーマンの男だけを狙っているからだ。
「これからが本業の忙しくなる時間だというのに……仕方がありませんね。今日は憂さ晴らしと参りましょうか」
 溜息交じりに髪をかき上げつつも、関・白竜(やる気のないおせっかい・e23008)は改めて白い毛並みの犬を見据え。
「黒い犬は、僕に任せて。残りの2匹は、悪いけど他の人にお願いするよ」
 それだけ言って、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は走り出す。
 互いに激突する、3匹の犬とケルベロス達。新たなる種族のコギトエルゴスムを懸けて、夜の街にて番犬と忍犬の戦いが幕を開けた。

●使命のために
 闇夜に光る、6つの眼。ケルベロス達と対峙する忍犬達は、その姿形こそ単なる犬なれど、決して無知な獣などではない。
「ウゥ……」
「……グルルゥ……」
 野生の狼でさえも退散しそうな程の殺気を放ちながら、しかし3匹の忍犬達は、ともすればサラリーマンの男に襲い掛かろうと隙を狙っていた。隙を見せず、接敵することで抜かれることを防いで入るが、少しでも警戒を解いたが最後、犬達は己の不利さえも顧みずに、男を殺しに掛かるだろう。
「さすがは螺旋忍軍……撹乱は、お手の物ということでしょうか?」
 アリッサムの鎌が、白き毛並みの犬を薙ぎ払う。見た目は四足の獣でも、忍としての訓練は受けているのだろう。犬達は噛み付きだけでなく、時に螺旋忍者同様のグラビティを使って、分身まで行うというのは厄介だ。
「……っ!?」
 攻撃の終わった隙を狙い、黒犬が白犬とアリッサムの間に割り込んで来た。吐き出す吐息が氷結の螺旋に変わり、鎧を抉るようにして突き刺さる。打撃や魔術には強い鎧も、刺突に弱いのは如何ともし難い。もっとも、敵は技の威力よりも俊敏性を重視しているため、そこまで重たい一撃でなかったのは幸いだ。
「どこを見ているんだい? キミの相手は、この僕だ」
 すかさず、瑠璃が黒毛の犬を蹴り飛ばしたが、対する黒犬も空中で受け身を取って、華麗に着地してみせた。
 効いていないわけではない。現に、黒犬の足捌きは、心なしか鈍くなっている様子も見受けられる。
 だが、その効果が最大に発揮されるのは、戦いが長引いてこそだろう。現状では、麻痺による行動の疎外は気休め程度にしか期待できない。他の者達が残る2匹を倒すまでは、なんとか持ち堪えていなければ。
「無理は禁物だぜ。あまり、出過ぎるなよ?」
「ええ、まだ平気です」
 フレデリの応急処置を受け、アリッサムが立ち上がる。見れば、残る茶色の毛並みの犬も、常に接近されてサラリーマンを狙えていない。
「グゥゥ……」
「行かせないわよ、そっちには。どうしても行きたいのなら、私を倒してから行きなさい!」
 大剣を構え、常に一定の距離を保ちつつも、犬と対峙するエリザベス。目元の傷からして、相手の犬は相当の修羅場を掻い潜って来たことが窺えたが、それでも相手が悪い。
「ウゥ……グルルゥゥゥ……」
 苛立ちを隠しきれない様子で、手負いの犬が涎を垂らしつつ唸った。後方から一撃離脱で仕掛けてくるエリザベスとは違い、茶色の犬には自分を狙う相手に接敵する術がない。しかし、サラリーマンを狙おうにも、その隙を狙って常に接敵されているため、なかなか思うように事を運べないのだ。
「……グゥ……グァゥッ!!」
 怒りと本能のままに吠え、傷犬はエリザベスを狙って氷結の螺旋を発射する。が、それを難なく剣で弾くと、エリザベスは再び距離を詰めて、お返しとばかりに斬り付ける。
「……ギャンッ!!」
 重たい剣の一撃に吹き飛ばされ、傷犬が吠えた。間合いの関係から、傷犬は同じ技でしかエリザベスを狙えない。任務の障害となる彼女を排除しようとするも、そのこだわりが、却って空回りしてしまっている。
 あの犬は、エリザベスだけに任せていても大丈夫だろう。それよりも、今は一刻も早く白犬を撃破するべきだと、遊鬼はルーナに守りを固めさせつつも、手にしたバールを投げつけて。
「そこ、動かないでください。やたらに動かれると迷惑極まりありません」
 その間に、サラリーマンに釘を刺しつつも、抑えに回っている他の面々を白竜が適宜治療して行く。
「速い……でも、逃がさないの!」
 並走しながら、蓮が白犬に向けて妖刀を抜き放った。幾重にも呪詛を重ねられた刃は標的を決して逃さず、まるで刃そのものに意思が宿っているかの如く、白犬に追い縋り斬り付けた。
「ウゥ……グァゥッ!!」
 集中攻撃を受け、とうとう自棄になったのだろうか。苛立ちを隠し切れない様子で、白犬は牙を剥き出しにし、近くにいる者を見境なく狙って噛み付こうとするが。
「甘いっす! 正面から来るなら、容赦しないっすよ!!」
 狙われたのは憐。しかし、今の彼に真正面から攻撃を仕掛けるのは、あまりに悪手と言わざるを得ない。
「これがケルベロスの真の力っす! くらえケルベロスビィィィーム!」
「……ッ!? キャィィィン!!」
 憐の瞳から放たれた、極太の光線が白犬を焼く。グラビティの種類には数あれど、まさか生粋の地球人で、おまけに拳法を使うはずの彼が目から光線を放つとは、さすがの犬忍とて予測できまい。
「あ? あぁぁぁっ! 目が……目がぁぁぁっ!?」
 もっとも、理屈もへったくれもない無茶苦茶な技を繰り出した代償は大きく、憐自身も両手で目を押さえて転げ回っていたが、それはそれ。
 白犬が倒れ、残る犬は後二匹。妨害役がいなくなったことで、ケルベロス達は俄然勢いを増して行き、一気呵成に残りの犬達へと仕掛けて行った。

●忠義の果て
 白犬が倒れてしまうと、そこから先は早かった。
 攪乱役を失って、バランスを欠いたためだろう。スピードや攻撃に特化した残りの二匹では、もはや自分達だけではケルベロス達による攻撃のダメージを捌き切れない。手数の上でも押し負けている以上、倒されるのも、もはや時間の問題だ。
「このような人殺し連中は、確実に葬り去ってやるっすよ!」
 犬は好きな方だが、しかし狂犬となれば話は別。ハンマーによる憐の豪快な一撃が茶色の傷犬を殴り飛ばし、それに続けて遊鬼もまた仕掛けた。
「さぁ、俺が鬼だ。精々綺麗に凍りついてくれ」
 瞬間、辺りに漂う青白い鬼火。宵闇の中、揺れるように燃えるそれは、しかし熱を放つのではなく、奪うもの。そんな凍れる焔をバールに纏わせ、遊鬼は真正面から傷犬を打つ。
「……ギャンッ!!」
 さすがに、これは効いたようだ。全身を凍り付かされて、もはや傷犬は次に強烈な一撃を食らったが最後、粉々に砕けてしまうかもしれない程に弱っていた。
「ウ……ウゥゥ……ガァァァッ!!」
 だが、それでも彼らとて腐っても螺旋の力を使役する忍犬。その意地と誇りにかけて任務を全うせんと、最後まで牙を剥き出しにして、ケルベロス達へと襲い掛かる。
「もう、諦めるのだよ。それ以上は、下手に動いたら身体が崩れてしまうの」
 妖刀を構えつつ蓮が告げたが、それでも傷犬は止まらない。仕方なしに、蓮もまた刃を構えると、擦れ違い様に斬り付ける。
 交錯する蓮と傷犬。しかし、勝負は実にあっけなくついた。
「……?」
 ガラスの砕けるような音がして、傷犬の前足が、身体が、そして尻尾が粉砕される。蓮の言った通り、全身を氷漬けにされていた傷犬の身体では、妖刀の一撃には耐えられなかったのだ。
「これで、残すは一匹か。だが……どうやら、俺達が手を下す必要もなさそうだ」
 傍らに佇むルーナへと告げ、遊鬼は最後に残された、黒毛の犬へと目をやった。俊敏さを武器にするだけあって、上手く直撃を避けているようではあったが、それでも徐々に追い詰められているのは明白だった。
「意志を貫き通す為の力を!! 全力で行くよ!!」
 月の魔力が姿を変えた瑠璃の剣は、獲物を決して逃がさない。一意専心の言葉通り、その刃は縦横無尽に動き回り、相手に逃げる隙を与えることはなく。
「逃すかあ!」
「かぶとわりっ!!」
 フレデリの鋭い突きが黒犬を真横から貫き、エリザベスの繰り出した必殺の剣戟が、正面から頭を叩き割る。それでも、一人でも多く道連れにしてやろうと牙を剥いて襲い掛かる黒犬だったが、そこはアリッサムがさせなかった。
「残念ですが……あちらの殿方の命、狩らせるわけには参りません!」
 敢えて自らの腕を差し出す形で、アリッサムは仲間達の盾となる。一見して無謀な行動にしか見えないが、犬の姿をした者を相手にしているのであれば、あながち間違った行動とも言えず。
「ウォ……オォォ……ッ!?」
 アリッサムの腕に噛み付いた黒犬だったが、次の瞬間、その身体はアリッサムが放った竜爪撃によって、横薙ぎに殴り飛ばされ吹っ飛んだ。
 犬にとって、もっとも強力な武器は己の牙。しかし、敵に噛み付いてしまえば、当然のことながら他に攻撃する手段は殆どない。牙による一撃は犬にとっての必殺であると同時に、自らの身体を顧みない特攻と呼ぶに等しいもの。
「ゥ……ウゥゥ……」
 低い唸り声をあげながら、せめて一矢でも報いてやろうと、力なく立ち上がる黒い犬。もっとも、この場に限って述べるのであれば、さっさと倒されていた方が幸せだったかもしれない。
「迂闊ではありませんか? そこは既に私の間合いですよ?」
 立ち上がろうとした黒犬を、白竜は目にも止まらぬ早業で斬る。自分の視界が斜めにずれて行くのを感じながら、黒犬は静かに倒れて動かなくなった。

●人馬の宝玉
 敵の夜襲を辛くも防ぎ、サラリーマンの命を救ったケルベロス達。だが、戦いが終わったにも関わらず、彼らはそれぞれ、何か思うことがあったようで。
「……まったく、戦い辛い見た目の敵だったな」
 犬好きのフレデリにとって、今回の戦いは自分の中の良心や、罪悪感との戦いでもあった。忍者は古来より動物を使役したとも言われているが、できることなら、犬の姿をした相手は手に掛けたくないのだ。
「滅ぼした妖精族を配下にしようとするとはな……。同じ手段は効かぬことを知れ」
 そんな中、誰に告げるともなく、遊鬼は静かに空を仰ぐ。シャドウエルフの彼にとっては、今回の敵の作戦は、同じ妖精族としても許せない部分がいくつもあった。
「さすがは忍者。汚い……は、彼らにとって誉め言葉かしらね?」
 苦笑しながら、エリザベスは道端に転がっていた、美しい宝玉を拾い上げる。先程の犬忍達が身に着けていたものだろう。と、いうことは、これが新たなる妖精族が変じた、コギトエルゴスムなのだろうか。
「それが新しい妖精族っすか?」
「できれば、友好的な相手であって欲しいね」
 宝玉を覗き込む憐や瑠璃だったが、今のところは何の変化も現れず。それこそが、生贄として殺されるはずだったサラリーマンが、無事に生き延びることができた証だろう。
「さて……それでは、改めてお代をいただきましょうか?」
 一方、その隣では白竜がサラリーマン相手に金の回収を試みていたが、それはそれ。
「誰がロハだと申し上げましたか? 治療費の明細を差し上げますので、一週間以内にこちらへ振り込みをお願い致します」
「は、はぁ……」
 怒涛の展開に頭が付いて行かないのか、サラリーマンの男は呆気に取られた様子で白竜のことを見上げている。
「えぇと……これで、コギトエルゴスムは全部かな?」
 他にもいくつか転がっていた宝玉を拾い上げ、蓮はそれをアリッサムに手渡した。それを受け取ったアリッサムは、改めて歓迎の意を示し、優しく宝玉へ微笑んだ。
「ようこそ、地球へ。あなた方にも、きっとこの星は優しいですよ」

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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