犬の首にて眠れる人馬

作者:狐路ユッカ


「お前達は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
 金の瞳をスッと細めて、ソフィステギアはそう告げた。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。……妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
 黒鋼の毛並みを持つ犬の姿をした螺旋忍軍の首に、美しい装飾品をかけてやりながら、言い聞かせる。
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう」
 ちゃり、と犬の首に巻かれた装飾――コギトエルゴスムが揺れる。
「そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
 次々、犬の首へコギトエルゴスムを付けてゆくと、誇らしげに犬の螺旋忍軍は胸を反らせた。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 しっかりと、犬たちと視線を合わせる。すると、畏まったように犬たちは足を折り、低く頭を下げてソフィステギアに最高位の敬礼を示すのであった。

「あ、あ、あああああ! 来るなぁああ!!」
 突如として現れた獣型の螺旋忍軍に、男は恐れおののく。
 低く唸った後、3頭のうちの1頭が男の喉元へ飛びかかった。
「ぁぎっ……」
 ブチ、と喉元を食いちぎれば、つぶれた蛙のような悲鳴を上げ、男は事切れる。
 その時だ。その獣の首にかけられた装飾品が眩く輝いた。
 そのコギトエルゴスムは、セントール――人馬の姿をした妖精へと姿を変える。
「……?」
 精悍な顔つきをした男のセントールは、自らが復活したのだとその身を動かすことで悟り、しかし、状況が解らずに視線を彷徨わせる。ただ、一つだけ確かな事は有った。
「……あなた方が私を蘇らせたのか。感謝する。……さて、これからどうすればいい?」
 報いよう、と。その申し出に、犬の螺旋忍軍は軽く鼻で行く先を示す。そして、歩き出した。――ついて来い、と。
「承知」
 セントールの青年は頷くと、その犬に続いて去っていくのだった。


 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は手元の資料を見ながら説明を始める。
「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知があったよ」
 祈里が告げたのは、動物型の螺旋忍軍による襲撃事件についてだ。その螺旋忍軍は『コギトエルゴスム』を装飾品として身に着けており、人間を襲って死亡させると、そのグラビティ・チェインを奪い、人馬型のデウスエクスを顕現させるという。
「このコギトエルゴスムが、妖精八種族のものであるのは間違いないね」
 まずは、襲撃される一般人を守り、螺旋忍軍を撃破すること。そうすれば、妖精八種族のコギトエルゴスムを手に入れる事ができるはずだ。でも、と祈里は付け足す。
「気を付けて欲しいんだ。男性は、夜道を1人で歩いている所を襲われるんだけど、もし事前に彼を避難させたら――わかるよね?」
 螺旋忍軍は、別の一般人を襲ってグラビティ・チェインを奪うだろう。かえって安全確保が難しくなる、と祈里は念を押す。
「だから、現場に駆けつけて守って……螺旋忍軍を撃破するのが確実だね。あと、これが大事なんだけど……」
 動物型螺旋忍軍は『ケルベロスに近接単体グラビティで攻撃された』ターンは、一般人を攻撃しない性質があるようだ。なぜなら、螺旋忍軍の目的は一般人を殺すことではなくセントールを復活させること。近接攻撃で邪魔をされると、復活の手順を踏むことが出来なくなるからだ。
「攻撃をされなかったり、遠距離攻撃や近接範囲攻撃の場合は、その攻撃を受けたり掻い潜ったりしながら、一般人を殺して、セントールを復活させてしまう。だから、なんとしても妨害しないとダメだよね」
 もしセントールが復活してしまったら、混乱して逃げ出してしまうだろう。そうなるともう手が付けられない。なんとしてもコギトエルゴスムのまま持ち帰ってほしい。そう言うと、祈里は深く頭を下げた。
「妖精八種族のコギトエルゴスムを、できるだけこちらで確保できれば、グランドロンの探索でも有利になると思うんだ。……頼んだよ」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
アカツキ・イェーガー(木漏れ日を宿す黒狼・e02344)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


 唸る犬、男性の悲鳴。そこへ、ケルベロス達は駆け付けた。今まさに男性に黒い犬の螺旋忍軍が飛びかかろうとしたその瞬間、割り込んだ源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が銀河で犬の顔面を蹴りあげた。
「ギャンッ!」
 鼻っ柱を蹴りつけられ、黒毛の犬はその場に転げる。続いて飛びかかってきた白い犬は、如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)がShootingstarに流星の煌めきを乗せ、思い切り蹴り飛ばした。ザァッ、と音をたて、アスファルトの上を螺旋忍軍犬が転げる。残った栗毛色の犬が、低く唸った。
「……私は勝手な理由と理不尽な暴力で命を奪う行為が何より嫌いです。命の重さを軽んじることは許しません」
 ――絶対男性の方を救ってみせます。那岐。沙耶はそう言うと、背中合わせに立つ那岐を振り返る。
「沙耶に取って身勝手で理不尽な暴力で人の命が奪われるのは何より嫌な事だよね」
 知っているよ、と那岐は頷く。必ず、この人を凶暴な牙から守り抜こう、そう言うと、犬へ視線を戻す。
「ひ、い、助けッ……助けて……」
 月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は、助けを請う男性の為にと周囲を見回す。男性を隠せる場所があれば、と思ったが、開けた田舎道にそれは見当たらなかった。まずは、彼の不安を取り除いてやることだろう。朔耶は男性の手を引くと、螺旋忍軍から離れた位置へ共に駆け出す。
「あ、あわっ……」
 足をもつれさせるようにして男性は朔耶について走る。
「大丈夫、ちゃんと守ってやるからな。……リキ!」
 追ってくる栗毛の犬に対応するよう、オルトロスをけしかけた。
「襲う犬あれば護る狼あり」
 そう高らかに宣言すると、尾神・秋津彦(走狗・e18742)は吼丸を振るう。その切っ先が三日月を描き、栗毛の犬を切り裂いた。
「……筑波の狗賓は、人々への狼藉を赦しはしませぬぞ」
 血を払いながら、秋津彦は螺旋忍軍の犬たちを見据える。
「自分は、この栗毛のを担当するであります!」
 仲間たちに担当する犬を知らせる。了解、と声が返ってきたのを耳に入れ、秋津彦は再度刀を構えた。
(「おそらく関係者だよな。聞いている通りか確かめるか」)
 岡崎・真幸(花想鳥・e30330)は、ボクスドラゴンのチビを隣に控えさせると、近くに迫ってきた白い犬に蹴りを入れる。足に食い込んだ犬の牙に顔をしかめながら、真幸は犬に問うた。
「ラウロ」
 不意に出された単語。しかし、犬の攻撃の手は止まらない。
「この名を知っているか?」
 問いに応えず。真幸の言葉を聞いてもいないのか、栗毛の犬が低く唸る。
(「知っているかどうかすらわからんな……」)
 真幸は小さく舌を打つと、次の攻撃に備えて距離を調整した。
(「人馬型の妖精……見てみたい気はするが人命を犠牲にはできんな」)
 恐怖に喘ぐ男性を背に、アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)は、ちらと犬たちを見遣り、そしてそれに対峙する那岐、秋津彦、沙耶へとメタリックバーストを施した。なんとしても、外さないようにと願いさえ込めて。
「ケルベロスとして一般人に手は出させない!」
 鋼の鬼と化した拳で栗毛の犬を殴りつけ、アカツキ・イェーガー(木漏れ日を宿す黒狼・e02344)は叫ぶ。
「グルルルル……」
 栗毛の犬は、低く唸った後、高らかに吼える。
「……ッ、アイヴィー!」
 最前に立つ自分たちが狙われている。そう判断し、アカツキはボクスドラゴンの名を呼んだ。アイヴィーは滑るように真幸の前へ出ると、彼を庇う。
「すまんな。助かった」
「そこまでよ、螺旋忍軍!」
 貴石・連(砂礫降る・e01343)が、勢いをつけて黒毛の犬に回し蹴りを仕掛ける。
「ガゥッ」
 ごろり、と転がりながらそれを避けると、犬は連を睨みつけて牙を剥いた。
「犬の振りをしても無駄。正体は割れてるわ!」


 吼える声、かち合う牙と刃、互いの消耗が見て取れる。しかし、ケルベロス達はそこを退くわけには行かない。罪のない市民の血を、この犬どもにくれてやるわけにはいかなかった。
「立場は違えど、主人に忠を尽くしているようですな」
 秋津彦は、栗毛の犬が疲労から酷い唾液を垂らしながらこちらに来るのを見据え、呟く。
「ならば……小生は人々を護る狼としてその牙を砕いてくれますぞ」
 大きく口を開けてとびかかってきた栗毛の犬――螺旋忍軍めがけ、禍々しい気を纏わせた得物を振るう。その口を横一文字に切り裂くように、刀は犬の頭を砕いた。声も発せぬまま、栗毛の螺旋忍軍犬はどしゃりとその場に崩れる。からん、と軽快な音をたてて落ちたコギトエルゴスム。それを、残る二匹に拾わせる隙など与えない。
「っ、と! させない、よ!」
 那岐のクリーヴブレイカーが唸りをあげ、近づいてきた白毛の犬の身体を殴り飛ばす。もう一頭の黒毛の犬が、天を仰いで遠吠えを響かせた。
「っ……しまっ……」
「知ってるか……中型犬ですら人間を吹っ飛ばすパワーが『普通の犬』にもあるんだよ」
 そういうと、朔耶はリキを黒毛の犬へとけしかける。ましてやリキはオルトロス。その言葉の通り、黒毛の犬の身体をリキが吹っ飛ばした。縺れるように二頭が転がる。
 衝撃をまともに喰らう前に、アイヴィー、アカツキが後衛のケルベロス達を守る。その勢いに、アイヴィーは姿を消してしまった。
 反撃とばかりに、黒毛の犬がリキへと噛みつく。リキはそれまでも消耗もあってか、どさりとその場に倒れ込み動かなくなった。
「……リキ!」
 しかし、構ってもいられなかった。白毛の犬が、もう体勢を立て直している。そのまま、勢いをつけて螺旋を込めた前足をアカツキへと叩き付けた。
「っぐ……!」
 アカツキは己の中で膨れ上がる螺旋の爆発力に呻く。はぁっ、と短く息を吐くと、攻性植物をしゅるりと伸ばした。
「……向こうも必死かもしれないけど、それはこっちも同じだ!」
 伸びた蔓が、犬の足を掠める。犬は驚いたようにステップを踏むと、アカツキと距離を取った。
「大丈夫か」
 アルベルトはアカツキを癒しつつ、前衛に立つ仲間たちへとオウガ粒子を纏わせる。軽く咳き込むと、アカツキは立ち上がり、アルベルトをふりかえって笑った。
「ん。もう大丈夫だ! ありがとな!」
 良かった、とアルベルトは頷く。次の手が来るぞ、と犬たちを注視すれば、既に沙耶がその拳を握りこんで白い犬へ突っ込んでいくところだった。『Moonlight』を纏う彼女の拳が、唸りを挙げて白い犬の鼻っ面を叩く。
「ギャンッ! ゥ、グゥ……ッ」
 白い犬への攻撃を阻むかのように、黒い犬が突っ込んでくる。しかし、その足取りはケルベロスによって傷つけられたためおぼつかない。
「させるわけにはいかないんでな」
 真幸は、『ミサキ』を取り出すと黒い犬の背の傷をズタズタに切り裂いた。
「ギャァァァッ!」
 およそ犬とは思えぬような悲鳴が、あたりに響く。


 もう立ち上がらないか、そう思ったが、犬はゆらりと立ち上がった。首に付けられたコギトエルゴスムは意地でも渡さぬとばかりに、吼える。――が、その喉笛を連の絶空斬が潰した。ぶつり、と鳴き声が止み、代わりにひゅー、ひゅーと犬の喉から悲しげな音が鳴る。
「狂犬病とか移されたらたまらないもの」
 噛みつかないでね、と連は犬を見下ろす。その黒い毛が、さわっ、と揺れた。
「でも、定命化するなら歓迎よ」
 ぎろり、と視線だけで黒犬は返した。
「ま、そんなつもりがあるわけないか」
 さあ、止めを、と促す。那岐は進み出ると、その腕を黒い犬へ向けた。その隙にも任務を遂行せんと駆ける白犬へ、秋津彦が身を低く屈めてから飛び掛かる。
「貪欲であり執拗、そして狡猾――狼の狩り、お見せ致す」
 鞘から抜き放たれた吼丸が、地を擦るか擦らぬかという低さで白犬の脚に襲い掛かった。強かに、前足二本の足首から先を切り落とす。
「グ、ガアァッ!」
「今のうちに!」
 那岐は詠唱を終え、
「さて披露するのは我が戦舞の一つ、風よ、進むべき道を切り開け!!」
 軽やかに、舞う。その際に吹き荒れる風が、黒い犬を切り刻んだ。身じろぎひとつさせる暇さえ与えず、犬の命にグラビティの楔を打ち込む。かつん、と音をたて、また一つ、コギトエルゴスムが地に落ちた。
「あと一押し、がんばろう!」
 連の声に、ケルベロス達は頷き合う。
「困った時でも困ってなくても唱えてください♪」
 朔耶が呼び出すは、背に翼を持つ巨大な獣の御業。その獣は狼に似て。
「行けッ!」
 放たれるは、まばゆい雷撃。切り裂かれた前足に、潰された鼻っ柱、そして目つぶしの如き雷撃――白い犬はなすすべもなく、その場に立ち尽くす。
「意志を貫き通す為の力を!!」
 沙耶の持つ四季彩刀【榎】が、太陽の輝きを放つ。そのまま、体ごと突進するように螺旋忍軍を叩き切った。どさ、と重たい音とともに、白い毛並みの犬は頽れる。その毛並みが紅く染まる前に、定命を選ばぬ魂は消滅した。


 装飾品として犬の首に付けられていたコギトエルゴスムを、ケルベロス達はひろいあげる。
(「クリスティーナ……」)
 真幸は教え子である少女の名を思い出し、そして小さく息を吐いた。世間知らずで、いつも笑顔の明るいあの子は、この襲撃事件に、どれほど心を痛めるだろうか。罪のない人間の命が、利用されようとしている。今回阻止できたことは幸いだったが、またいつ襲ってくるとも知れない。
 秋津彦は、犬の消えた場所にそっと手を合わせた。黙祷を捧げ、そして顔を上げる。
「――人を害そうとした事は絶対許せませんが、命を賭して主命を果たした姿には敬意を」
 イヌ科同士のこの戦い、軍配が上がったのは秋津彦の方だった。やっていることは到底許せることではないが、最後まで使命を全うしたその姿勢に、敵ながらあっぱれであると、そう呟き。
 アカツキは周囲にヒールをかけながら口を開く。
「今後も情勢には注意しないとな。……で、お兄さん大丈夫か?」
 片隅で震えていた青年に、問う。
「あ、はい……」
「立てるか?」
 アルベルトはそっと青年に手を差し伸べた。
「あ、あ、ありがとうございます」
「恐ろしい思いをさせたな。……無事でよかった」
 気を付けて帰れよ、と背を撫でてやると、青年はケルベロス達にひとつ礼を告げ、会釈をして帰路へ着いた。

「しかし、どうして螺旋忍軍が妖精の復活に手を貸しているんだろうな?」
 ふと、アカツキが呟く。
「さあ……妖精八種族か。彼らは地球を愛してくれるかしらね」
 連は掌の中でコギトエルゴスムを転がしながら、首を傾げた。
「セントール……。人馬の姿っていうけど宇宙じゃ彼らも妖精扱いなのね。常識が崩れそう」
 自分の中の概念がひっくりがえるわ、と言うと、連は小さく笑う。
「なんにせよ……守り切れてよかったですね」
 沙耶は胸を抑えるようにして、安堵のため息をひとつ。那岐は彼女の顔を見て、同じように安堵の表情を浮かべると、頷いた。
 コギトエルゴスムは、静かに、静かに光を湛えて眠るのみ――。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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