我が蹄は蹂躙のために

作者:坂本ピエロギ

 その石は、青空を思わせる碧色をしていた。
「お前たちの任務は、このコギトエルゴスムを復活させることだ。グラビティ・チェインを注ぐことによって」
 どことも知れぬ暗闇の中、ぼろ切れに似たフードを被った女――螺旋忍軍ソフィステギアはそう言って、犬の姿をした忠実な配下たちに指令を授ける。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
 姿形こそ犬であるが、彼らは皆ソフィステギアと同じ螺旋忍軍のデウスエクスだ。獣にはない知性を宿した3体の視線を受け止めながら、ソフィステギアは続ける。
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう。そして、ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
 ソフィステギアはそう言うと、配下たちの体に、煌く装飾品をひとつずつ付けてやった。魂の結晶――コギトエルゴスムをはめ込んだ装飾品を。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 ソフィステギアの言葉に犬たちは静かに黙礼し、任務へと赴いて行った。
 その身を飾るコギトエルゴスムの、抜けるような碧い輝きと共に。

「こ……これは一体!?」
 妖精セントールの青年は、いささか混乱していた。
 エインヘリアルとの戦に敗れた自分は、今やコギトエルゴスムとなって彼らに使役される身のはずだ。蹂躙を司る自分の蹄が砕かれた時の記憶は、生々しすぎるほどに鮮明だ。
 しかし、だとすれば。
 だとすれば目の前に広がるこの光景は何なのだ?
 エインヘリアルの姿はどこにもなく、代わりにいるのは見た事もない獣型のデウスエクスたち。その後ろには、グラビティ・チェインを奪われて血の池に沈んだ地球人の骸。
「まさか……お前たちなのか? 私を開放してくれたのは」
 セントールは光るオーラを翼のように広げると、槍の穂先を向けてそう問うた。
「一体なぜ、私を開放してくれたのだ?」
「……」
 問いかけには答えずとも、犬たちが襲い掛かる気配はない。
 それを見て、セントールは判断した。
 人の命を奪った彼らが自分を襲わない。つまり彼らは自分の味方なのだと。
「……私はどうすれば良いのだ?」
 問いかけるセントールに白毛の忍軍は背を向けると、
 ――ついて来い。
 そう、身振りで示した。
「いいだろう、お前たちを信じよう」
 獣たちの後を追いかけて、セントールは蹄の音を響かせて風のように去って行った。

「お集まりいただき、ありがとうございます」
 ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)はケルベロスたちを迎え入れると、噛み締めるような口調でケルベロスたちに話を切り出した。
「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、消息が途絶えていた『宝瓶宮グランドロン』に関わる新たな事件の予知がありました」
 そう言ってムッカの口から告げられたのは、螺旋忍軍が事件を起こす報せだった。
 犬型の忍軍たちが一般市民を襲撃して殺し、それによって得たグラビティ・チェインで、身につけたコギトエルゴスムからデウスエクスを開放するというのだ。
「開放されるデウスエクスが人馬型の妖精であったことから、忍軍の持つコギトエルゴスムが妖精八種族のそれであるのは間違いないと思われます。そこで皆さんには、一般人の救出と並行して螺旋忍軍を撃破し、妖精八種族のコギトエルゴスム回収をお願いします」
 心得たと頷くケルベロスたちにムッカは深い感謝を述べ、改めて状況の説明を始める。
 事件が発生するのは街外れにある深夜の歩道。襲われるのはニ十歳位の青年が一人だが、彼をあらかじめ避難させておくことは出来ないとムッカはいう。
「そうすれば敵は標的を切り替えて、被害も拡大してしまいます。ですので、青年が襲撃されたところを即座に救援するのが最も良いでしょう。戦闘の最中に青年以外の市民が現れることはなく、人払いなどは必要ありません」
 出現する敵は3体。
 いずれも大型犬の姿をした螺旋忍軍で、コギトエルゴスムの装飾品を身に着けている。
「螺旋忍軍たちの目的はコギトエルゴスムとなった妖精を復活させることです。そのため、至近距離からピンポイントで攻撃を受けている間は青年を狙うことはありません。ただ殺害しただけでは、目的を達成できないからです」
 もし螺旋忍軍が目的を果たしてしまった場合、復活した妖精は現場を逃走しようとする。その時点で生き残っていた忍軍たちは、命を捨ててケルベロスの足止めにかかるだろう。
 逃走を図る妖精は、集中攻撃を浴びせれば撃破は可能なようだが――。
「それは本当に最後の手段です。この依頼で重要なのは、市民の命を守り、妖精の復活を防ぐことです。戦いの際には、その点を必ず念頭に置いて下さい」
 確保できた妖精八種族のコギトエルゴスムが多いほどグランドロンの探索は有利になる。
 最後の戦いに勝利するために確実な遂行をお願いしますと言葉を結び、ムッカはヘリオンの発進準備に取り掛かるのだった。


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

●一
 ヘリオンを降下したケルベロスたちは、夜闇に紛れながら、螺旋忍軍の襲撃が予知された現場へと急いでいた。
 街外れの一帯はひっそりと静まり、時折明滅する街灯が寂れた歩道を照らしている。風の止んだ道の向こう、スマホを手にした青年を見つけ、猟犬たちは走る速度を一層上げる。
「あれが護衛対象か。まだ襲撃を受けてはいないようだな」
「敵に先手を打たれるわけにはいかねぇ。急ごうぜ」
 ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)の言葉に水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は頷くと、斬霊刀『無名刀』の鍔に手をかけて臨戦態勢へと入る。
 青年はどこかで遊んだ帰りなのか、その足取りはのんびりとしたものだった。まさか自分がデウスエクス復活のために襲われるなどとは思ってもいないのだろう。
「封じられた妖精八種族の復活。それを狙う犬の螺旋忍軍……か」
「うむ。螺旋忍軍らしからぬ急ぎ働き……いや、畜生働きだが」
 封印された妖精に思いを巡らせる鬼人の言葉に、ジークリットは敵への嘲りを含む言葉で応える。忍軍の内情を知る術はないが、スパイラスのゲートを失って久しい彼らが形振り構っていられない状況に陥っていることは想像に難くない。
「人馬の妖精セントール……奴らには過ぎた玩具だ。最悪の事態だけは避けねば」
「ああ。コギト球をケルベロス本部に送れば、何らかの形で復活はさせられそうだし、な」
 そんな二人の会話を後ろで聞きながら、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)は複雑な表情を浮かべていた。
(「要請八種族のコギトエルゴスム、か。無事に回収できると良いのだけれど」)
 アルシエルの脳裏に苦い記憶が蘇る。それはかつてエインヘリアルの尖兵として使役されていた頃の、血に濡れた記憶だった。
 守ることには未だ慣れない身だが、犠牲を出すわけにはいかない。
 復活を許したセントールをやむなく討つ――そんな最悪の事態が起こらぬよう密かに祈りながら、アルシエルは光の翼を輝かせて飛翔する。
「螺旋忍軍にも色んな奴がいるんだな……奴らの螺旋、学ばせてもらおうか」
 いっぽう軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)は眼鏡の底に物騒極まりない笑みを貼り付けて、翼を覆うブラックスライム『黒液双翼』を臨戦態勢へと移らせた。
 青年へと近づいて、双吉は声を上げる。
「おい、そこのお前!」
「ん、誰だ? こんな夜に大勢で……」
 ケルベロスたちに気づいた青年が、双吉らに視線を向ける。
 と、その時。
 眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)の黒い猫耳が、迫りくる獣の足音を捉えた。
「みんな気をつけて。来たみたい」
 戒李が言い終えると同時、3体の犬型螺旋忍軍が闇の中から現れた。
 黒犬のククリ、白犬のカメリア。暗褐色の毛並を持つのはオダマキだ。
 碧色のコギトエルゴスムを身につけた忍軍たちは、慣れた動きで陣形を組むと、突き刺すような鋭い視線を青年へ向ける。
「ひっ!」
 殺気に気圧され、へたり込む青年。それを仕留めようと忍軍が牙を剥いたとき――。
「待ったー! 罪のない人を狙うデウスエクスには、ここで退場してもらうよ!」
 マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)の声が、忍軍たちの足を止めさせた。装着したエアシューズで攻撃体勢を取って忍軍を牽制しながら、マイヤは青年を安心させるように声をかける。
「ケルベロス参上! きみの命は絶対に守るから安心してね!」
「え? え?」
 状況を飲み込めずにいる青年に、レティシア・アークライト(月燈・e22396)はくすりと微笑むと、
「すぐ済みますので、ご協力下さいね――勿論、背中はお任せを」
 そう言って、ウイングキャットの『ルーチェ』と共に盾役の配置についた。
「グルルルル……」
 対する忍軍たちは邪魔な乱入者を視界に収めつつも、青年から注意を逸らさない。
 ケルベロスが少しでも気を抜けば、その牙はたちまち標的の喉笛を食いちぎるだろう。
「なるほど、妖精復活か。次から次へと色々考えるものだ」
 まあ、その計画もここで失敗するんだけどね――ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)はオウガメタルで全身を包むと、敵のコギトエルゴスムを指さしてにやりと笑う。
「面倒な挨拶は抜きだ。その宝石をいただこうか」
 グラビティを帯びた流体金属の輝きが、死闘の始まりを告げた。

●二
「連携なら負けないよ。わたし達の強さ、見せてあげる!」
「ボクたち猟犬の強さ、教えてあげるよ」
 手始めに仕掛けたのはマイヤと戒李だった。
 マイヤのスターゲイザーが中衛のオダマキに狙いを定め、その鼻面を強かに打った。
 直撃した蹴りに顔をしかめるオダマキ。そこを斬りつける戒李の月光斬。スナイパー二人が放つコンビネーションは早くも敵の注意を奪い、青年を襲う隙を奪っていく。
 一方、レティシアとアルシエルもまた、カメリアへ攻撃を開始した。
 勢いをつけて飛び込んでくる白犬カメリアを迎え撃つのは、レティシアが振り下ろす巨大なルーンアックス『sourire de deesse』と、ルーチェが飛ばすキャットリングだ。
「庇っているだけだと思いましたか? ――残念」
「グゥ……ッ!!」
「どこを見ている? よそ見は禁物だよ」
 三日月の刃を自在に操り、妖しさを湛えた笑みで挑発するレティシア。憎悪を込めた視線を返すカメリアへ、光の翼を暴走させたアルシエルが突撃。ルーンディバイドで守りを剥がされた体に光の矢を受け、カメリアは呻き声を漏らす。
 最前列のククリを相手取るのは、ジークリットと鬼人だ。
「水無月、よろしくな」
「ああ、頼りにさせて貰うぜ」
 青年めがけ襲いかかろうとする黒犬ククリめがけ、ジークリットが迫る。
 間合いを詰めて叩き込むのは、風を集めた一振りの斬霊刀――。
 ではない。
「ふっ……剣だけを振るうとでも思ったか? 甘いな!」
 足に装着したもうひとつの得物、エアシューズの踵落としだ。
 ウリルの散布するオウガ粒子を浴びて、ジークリットの流星蹴りが月光を反射して輝く。
 打ち据えられ、動きを鈍らせるククリ。そこへ鬼人が絶空斬を寸分違わずに叩き込んで、傷口を空の霊力でジグザグに引き裂いていく。
「こいつはオマケだ、受け取りやがれ!」
 双吉のスターゲイザーがククリの足に命中するのと、忍犬が一斉に攻撃に出たのは、ほぼ同時だった。
 足並みを乱すことなく、忍犬たちは流れるような連携攻撃でウリルを捉えた。
 治癒を阻害する牙でウリルの腕を切り裂くオダマキ。追撃で傷を引き裂かんと飛びかかるウリルの一撃をアルシエルが庇って防いだ。小さなトラックくらいなら軽々と吹き飛ばしそうな衝撃に、ヴァルキュリアの青年は歯を食いしばって耐える。
「く……っ!」
 一方カメリアは、自分を含む中衛の回復にかかる。白い咆哮は彼らの傷を塞ぎ、BS耐性の恩恵を付与していく。
「やらせない! ラーシュ、ボクスタックルだよ!」
 マイヤの指示に、サーヴァントのボクスドラゴンが短く鳴いて応える。
 戒李の薙ぎ払う絶空斬が直撃し悲鳴をあげるオダマキ。そこへマイヤがマインドリングを具現化した剣を突き放ち、ラーシュのタックルがオダマキをBS耐性もろとも吹き飛ばす。
「アルシエル! こいつを白犬にくれてやれ!」
「感謝する……!」
 双吉のブレイクルーンを宿したアルシエルが、惨殺ナイフで血襖斬りを振るう。
 保護を削られながら、斬撃の乱舞に耐えるカメリア。そこへレティシアが駆動輪の疾駆で跳躍し、ピンヒールの蹴りでカメリアの前脚を踏み砕く。
「……!!」
「あら、ごめんなさい。つい踏んでしまいました」
 一方の忍軍たちも決して陣形を乱すことなく、ただ淡々と勝機を狙い続ける。犬とは思えない粘りを見せる彼らに、ケルベロスもまた微塵も隙を見せずに攻め続ける。
 鬼人の雷刃突とジークリットの破鎧衝が同時に振り下ろされ、ククリの守りを剥いだ。
 そこを摩擦の炎を帯びたエアシューズの蹴りでウリルが黒犬を炎上させる。
 返す刃で、重力を咀嚼する牙をウリルめがけて放つククリ。即座に盾となるルーチェを、カメリアの凍てつく視線が鬼人らもろとも氷で包み込んでいく。
「ちっ……何とも面倒な敵だ」
 凍傷に身を切り裂かれていくジークリットをオダマキは見据え、
(「戦いはこれからだ」)
 そう告げるように、黒い咆哮で己を奮い立たせるのだった。

●三
 殺意でどろりと濁った空気の中、ケルベロスと忍軍の戦いは続く。
 威力に優れるククリの攻撃から、堅固な守りで味方を庇うアルシエルとレティシア。
 回避に優れるオダマキに、撃ち漏らすことなく攻撃を命中させ続けるマイヤと戒李。
 忍軍対応の6名が敵に常時密着するかたちで攻撃を続けたことが奏功し、青年の命は未だ失われずに済んでいた。
 しかし、忍軍たちも負けてはいない。
 鬼人とジークリットの高火力がもたらすダメージを遠吠えで回復し、双吉とウリルの支援を受けた者に牙を向け、ケルベロスの壁を突き崩そうと必死に戦い続ける。
 勝敗を決める天秤がシーソーのように振れ、そして――。
 転機をもたらす一手を打ったのは、鬼人とジークリットだった。
「仕掛けるぞ、ジークリット!」
「承知した。終わりだ、黒犬!」
 火力を最も集中的に浴びていたククリめがけ、二人は一気呵成の攻めに出る。
「我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ!」
「風よ……血に飢えし獣を打ち倒せ! 烈風!!」
 鬼人の鞘から走る刀光の軌跡が、白い彼岸花を描く。
 ジークリットが剣へと込めた重力が、空気を切り裂いて襲いかかる。
 鬼人とジークリットのコンビネーション攻撃は、ダメージが蓄積されたククリの防御を突き崩し、その心臓へとグラビティの楔を打ち込んだ。
「――!!」
 悲鳴すら遺さずにコギトエルゴスムの結晶となって砕け散るククリ。碧色の宝石をはめた装飾品が、じゃらりと音を立てて地面に転がる。
「まずは1匹、だな」
 ジークリットは剣先の血を払い、カメリアへ切っ先を向けた。
 一方、カメリアとオダマキの戦意は未だ旺盛。怒りや恐怖に我を忘れることなく、青年の喉笛をなおも執拗に狙い続けている。味方を失ったにもかかわらず、任務遂行以外は端から頭にないのか、その動きには些かの乱れも見られない。
「敵ながら天晴れ、とでも褒めてやるべきかな」
「何をする気なのかは知らないけど、妖精達を利用なんてさせないんだから!」
 アルシエルのヴァルキュリアブラストを防ぎ切り、戒李へ飛び掛かろうとするオダマキ。そこへマイヤが『Hexagram』を発動し、侵蝕する星の光を一斉に浴びせかける。
「上を向いて、きっと願いは叶うから」
 降り注ぐ星光が直撃し、ブレイズクラッシュで燃えるオダマキの体が更に燃え盛った。
 肉を焦がす炎にも構わず、咆哮をあげて飛び掛かる牙を、レティシアはルーンアックスの柄で受ける。
「あら。随分と躾の悪い犬ですね」
 反撃で振り下ろされるスカルブレイカー。衝撃で吹き飛んだオダマキの目に映ったのは、バックステップで下がるレティシアと、そして――。
 足の魔術回路を展開し、小さな結界で自分を包み込む戒李の姿だった。
「幻をボクに、痛みをあなたに」
 夜空に浮かべる仮初の満月にウェアライダーの血が昂ぶるのを感じながら、戒李は静かに刀を鞘に戻した。
「じゃ、ちょっと行ってくるよ。レティ」
「はい。戒李さん、お気をつけて」
 レティシアに目配せした後、跳ぶ。
 瞬きにも満たない瞬間に、戒李はオダマキを間合いに捉え、
「これ以上勝手をされたら困るんだよ。大人しく、涅槃に還ってくれるかな」
 言いながら、抜き放った刀を無造作に振り下ろす。
 獣性を解放した戒李の一撃を避けきれず、オダマキは胴体を真っ二つに両断され、結晶となって砕け散った。
「ウオオォォン!!」
 最後に残ったカメリアが切り裂く咆哮を前衛に浴びせた。僅かに氷が残るアルシエルの傷を、双吉のオラトリオヴェールが即座に塞ぐ。
「させるかよ。俺がいる限り、誰も死なせねえぞ」
「さあ、大人しく討たれるんだ」
 ウリルがゲシュタルトグレイブの突きでカメリアの神経を焼いた。その横合いから鬼人とジークリットの絶空斬と破鎧衝が放たれ、カメリアの白い毛並みを真っ赤に染めていく。
「喰らう牙ならこっちにもある! 爪はないからブン殴るけどよーッ!」
 回復担当だった双吉もまた攻撃に転じ、カメリアとの距離を一気に詰める。双翼にまとうブラックスライムで、カメリアを万力のように挟み込んだ。
「力押しってーのは柄じゃないが、しかし! 完全に捉えたこの状況! 思いっきりいくしかねーよな~~~~ッ!!」
 双吉が繰り出すのは押し潰すような拳のラッシュ。『レゾナンスグリード・潰』の猛打に滅多打ちにされ、苦しげな息で膝をつくカメリアに、アルシエルは呪いの弾を放つ。
 それが、最後だった。
「さあ、終わりだよ――北方より来たれ、玄武」
 召喚された蛇がカメリアの躰を絡め取り、全身の骨を砕きながら毒を打ち込む。カメリアは一際大きな断末魔の咆哮をあげたのち、ぱたりと絶命した。
「終わったか……見上げた忠犬ぶりだったよ、まったく」
 アルシエルは忍軍の躯を見下ろして、最後にそう呟いた。

●四
「無事で良かった……ケガはない?」
「は、はい。ありがとうございました!」
 マイヤの言葉にようやく助かった実感が湧いたのか、青年は恐縮した表情でケルベロスに深く頭を下げた。転んだときに少し膝を擦りむいただけで、命に別状はないようだ。
「いや良かった。帰り道、気をつけるんだぜ」
 鬼人は、手当てした青年をマイヤと一緒に見送ると、ロザリオにそっと祈りを捧げる。
(「……終わったよ」)
 一方、現場周辺のヒールを完了させたレティシアは、回収された装飾品に目を向けた。
 つい先ほどまで行われていた死闘を意に介さぬように、コギトエルゴスムの宝石は青々とした光を静かに湛えている。
「綺麗な色ですね……」
「ああ。セントールが連中の味方となる未来が回避できて何よりだ」
 ジークリットは感慨深く呟いた。
 この宝石に眠る人馬の妖精がどのような存在なのか、それを知る術を今のケルベロスたちは持たない。しかし、グランドロン争奪戦においてエインヘリアル勢力をまず一歩リードできたのは、大きな収穫だった。
「シャドウエルフにヴァルキュリア、グランドロンにシャイターン、それからタイタニアにセントール……情報が分かってない妖精は、これで残り2種族か」
 指折り数える双吉に、マイヤが頷く。
「そうだね。このセントールも、わたし達の仲間になってくれたらいいんだけど」
 解き放たれた妖精たちがケルベロスと手を取り合う日はやって来るのだろうか。
 マイヤは期待と不安を胸に抱きながら、仲間と共に帰還の途に就くのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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