今ここにある輝きを

作者:地斬理々亜

●タイタニアの復活
 機械的な、宮殿のような場所。そこに集まっていたのは、ドリームイーター、パッチワークの魔女の生き残りの3名だ。
 その内の1人である、第七の魔女・クレーテが、自らが頭に被っていた牛の被り物に手を掛けた。すぽんと抜けて、少女の顔が現れる。『第七の魔女・グレーテル』としての正体を現したのだ。
 グレーテルは、手にしたコギトエルゴスムに、魔女の力――グラビティ・チェインを注ぐ。すると、背中から蝶に似た翅を生やしたデウスエクスが、息を吹き返し、その場に立った。
 グレーテルと、そのデウスエクス……タイタニアは、言葉を交わす。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」

●少女は夢を見る
 とある住宅の子供部屋に、少女が一人いた。名は、アイネ。
「それでね! 今日学校でね、私、言ったんだよ。『妖精さんはいるの!』って」
 アイネは、誰もいない空間に向けて言葉を投げかけ続ける。
 手元には、絵本が一冊。
「なのにね、ひどいよね。誰も君のこと信じてくれなくって――」
 その言葉が止まる。
 彼女の信じる『妖精』が、目の前に姿を現したからだ。
「わあ……!」
 嬉しさからであろう、笑顔を浮かべるアイネ。その口の端から、不意に血が溢れた。
「……え?」
 アイネは、ばたりと床に伏す。
「……あら? あら? これはワタシのせいでしょうか……?」
 『妖精』の女性はルーンを描き、倒れたアイネにヒールを施すと、蝶の翅で羽ばたき、飛び去っていった。

●ヘリオライダーは語る
「リザレクト・ジェネシスの戦いの後は行方が分からなくなっていた、『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知がありました」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は説明を始める。
「妖精を信じる純真な少年少女のグラビティ・チェインを奪い、妖精8種族の1種と思われるデウスエクス……妖精型のそれが、実体化する事件が起きています。少年少女の夢の中にコギトエルゴスムが埋め込まれ、充分な力が溜まった時点で実体化を起こす、ということのようです」
 夢の中に埋め込むという手段から、ドリームイーターが事件へ関与していることが考えられるが、詳細は不明だと牡丹は補足した。
「妖精型デウスエクスの側には、被害者を殺す意図はないようです。ですが、放置するわけにはいきません」
 牡丹はさらに続ける。
「妖精型デウスエクスを復活させることができるのは、妖精を信じる純真な少年少女だけ。なので、皆さんには、夢にコギトエルゴスムを埋め込まれているアイネさんに、実際に会っていただきます。色々な話をしたりして、アイネさんが、妖精を嫌いになったり、妖精への興味を失うように仕向ければ、デウスエクスは復活できなくなり、コギトエルゴスムは夢から排出されます。そうすれば、コギトエルゴスムを確保できるでしょう」
 それから、と牡丹は言う。
「もし説得に失敗したなら、妖精型デウスエクスは戦わずに撤退しようとします。さほど強くはないので、そこで強力な攻撃を叩き込めば撃破できるでしょう……コギトエルゴスムは得られませんが。……見逃す、というのも選択肢の一つかもしれません、判断はお任せします。攻撃を行わなければ、1分程度の会話は可能でしょう」
 最後に牡丹は、こう締めくくる。
「アイネさんには妖精の姿が見えているので、『妖精なんていない』という説得は難しいです。けれど、『妖精よりも興味を惹かれるもの』がアイネさんにできれば、妖精の姿も見えなくなりますし、デウスエクスの復活を防ぐこともできます。現実には様々な輝かしいものがあるということ、皆さんの手でアイネさんに教えてあげてください。よろしくお願いします」


参加者
ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
 

■リプレイ

●事情説明
 初めに、ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)がアイネの家を訪れた。
「はい、どちら様でしょうか」
 玄関のドアを開けて応じたのは、アイネの母親である。
「ケルベロスです。実は……」
 大きな眼鏡を通して母親の姿を認め、ルーシィドは事情の説明を始める。
「アイネちゃんの夢には、コギトエルゴスムが埋め込まれています。安全に取り出すために、一時的に、妖精を信じる心をなくしてもらうことが必要です」
 『情報の妖精さん』は、書物や電子媒体の情報を要約し記憶するための能力である。ルーシィドは、ヘリオライダーが伝えた情報を筆記し、この能力を用いて要約・記憶することで、分かりやすく説明することに成功した。
「これから私の仲間が作戦を開始します。その間は、待っていてください。どんなことがあっても、アイネちゃんを守ります」
「そんな、まさかアイネの身にそんなことが……。分かりました、信じて待っています。どうか、アイネのことをよろしくお願い致します」
 アイネの母親は、ルーシィドへ深く頭を下げた。
 信用と協力は、得ることができた。いよいよ、作戦の開始である。

●知ってる? 妖精は皆クズだってこと
 アイネの部屋の扉が音もなく開いた。
 侵入者に、アイネは気づいていない……彼らが隠密気流を纏っているから。
「~♪」
 アイネは鼻歌交じりに絵本を眺めている。その横に寄り添うのは、カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)。
『お花がだいすきなようせいさんは、手のひらにのる大きさ。人がねがいをかなえ、しあわせになるための、おてつだいをしてくれます』
 アイネがページをめくる絵本には、子供向けにひらがな多めの文体で、そのように書いてある。
(「なるほどのう。予想通り、妖精に良い印象を持たせる内容じゃの」)
 確認したカヘルは、軽く息を吸い込んだ。アイネへ、そっと声をかける。
「ふぉっふぉっふぉ……アイネやアイネ。おぬしはここにあることが、妖精の真実全てかとお思いかのう?」
「えっ……?」
 きょろきょろ、辺りを見回し始めるアイネ。
「どこを見ておる? こっちじゃ」
 カヘルはアイネの正面でロングコートを脱ぎ、隠密気流を解除した。現れたその姿は――。
 ……頭に触角。
 背中に虫の羽。
 乳首に星マーク。
 肌は全身真っ白にメイクを施してある。
 極めつけとして、首ふりふりの、白鳥パンツ!
 彼のボクスドラゴンも、ほぼ同じ衣装で、雄叫びを上げた。
 同様に隠密気流を使っていた、トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)も一緒に姿を現す。サイコーにカッコいい光の翼は今回は使わず、クソダサな付け羽。触角つきカチューシャもつけている。
(「カヘルのじーちゃん、思ったより気合入ってるわね!?」)
 トリュームは一瞬ぎょっとしてから、アイネのベッドを勝手に使って、トランポリンよろしく、ぽいんぽいん跳ね始めた。
「……きゃああぁーーーっ!?」
 あまりの事態に数秒間固まっていたアイネは、悲鳴を上げた。
「変態、変態がいるよぉ! ママーッ!!」
 助けを求めるも、母親は来ない。ルーシィドの説明により、ケルベロス達を信頼して待っているからである。逃げようにも、カヘルは真正面。アイネは逃げられない。
「ふぉーふぉふぉ! わしは妖精デウスエクス、その名もカーヘルじゃ! 妖精がその本に書いてある通り、全て花々を愛す手乗りサイズと思ったかのう?」
 カヘルが悪そうな笑いと共に、下半身から生やした白鳥の首をふりふりしつつ言う。トリュームは床に寝ころび、お菓子を食べる。
「や、やだやだ、妖精さんはこんな変態じゃないもん! 違うもん!」
 必死にアイネは否定しようとする。
「知っておるかのうー? 妖精はすんごいイタズラ好きなんじゃぞ?」
 カヘルが顎で示した先には、アイネの部屋のオモチャ箱をひっくり返して辺りを散らかすトリュームの姿。
「やめてよ!」
 駆け寄り止めようとするアイネの頭に、トリュームは指を突き付ける。
「あんたが信じてくれたおかげで出てこれるようになったわ、アリガトね!」
 トリュームは、ちょんとアイネのおでこを突っつく。
「ひゃーっはっはっはっ!」
 カヘルがスイッチを押すたび、どっかんどっかんとカラフルな爆発が起きる。ヒールグラビティのブレイブマインなので、部屋が壊れることはない。
「ママ! ママぁ! なんで来ないの!?」
 悲しそうな声を上げるアイネ。
「わしらは妖精、このようなことをしても、誰もなーんにも咎めはせん。おぬしの心に住み着いておる、おぬしの心でしか見えぬ妖精じゃからなぁ! かっかっかっ!」
 カヘルはとどめとばかりに、アイネの持つ絵本を取り上げると、一息に引き裂いた。
「……ぁ……」
 アイネの目に涙が溜まる。
「嫌うがよい! 妖精はみなクズじゃからな!!」
 カヘルはそのセリフを残すと、トリュームと共に撤収した。
「なんで……? 私、何か悪いことしたの……? う、うぇーん……」
 泣き出すアイネを、その場に残して。

●救いの天使
「悪い妖精さんだよね、ほんとに」
 続いて現れたのは、園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)である。
「誰……?」
「うち? うちは天使だよ。いたずらする妖精さんと違って心優しいから、キミのことを助けに来たんだ。この翼が見えるでしょ?」
 白い服装を纏った藍励は、純白の偽翼を動かしてみせる。
「天使さん……」
 泣き腫らしたアイネの目、その瞳に、希望の色が宿る。
「通りすがりのケルベロスだ。悲鳴が聞こえたが、何かあったのか」
 直後、ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)が、ルーシィドを連れてやって来る。同時にククロイは、プラチナチケットを使用した。
「ケルベロスさん……天使さんのお知り合いなの……?」
 『関係者』という認識を持たせるプラチナチケットは、そのようにアイネに作用したようである。
「そうだ。妖精がいるのだから、天使がいてもおかしくはない」
 否定する理由は特にないため、ククロイは頷いた。
「妖精さんは、いるんだよね……さっき、ひどいことしてきたのは、妖精さんなの? いい妖精さんはいないの?」
 破けた絵本をぎゅっと胸に抱いて、アイネは問う。
「そうだよ。いい妖精さんなんていないよ。皆、あの妖精さんみたいなのばっかり」
 答えるのは藍励。
「妖精が来ていたのか。俺は誰ともすれ違わなかったが」
 ククロイも口にする。『見えていなかった』というふりである。
「お菓子食べる? ジュースもあるよ。うちお話大好きだから、しよ?」
「うん、ありがとう天使さん……」
 とすん、とアイネは床に座った。

●危険な妖精
「俺が知っている妖精はシャドウエルフとシャイターンだな」
 ククロイは話を始める。
「シャドウエルフは知ってるけど、シャイターン?」
 アイネは答えた。ククロイはシャドウエルフについてあれこれ言うのは思い直し、シャイターンについてのみ語ることにする。
「シャイターンは人から奪ったり、炎で色々燃やしたりする妖精だ。そういう危険な妖精もいるんだ」
「……」
 ジュースのパックを手に、黙り込むアイネ。
(「子供の純粋な気持ちを傷つけたりするのは、少々心苦しいな」)
 真実を織り交ぜて語っているとはいえ、ククロイの胸は痛む。
「妖精の中には、仲良くなった子供を、自分の国にさらってしまうものもいます」
 ルーシィドは持参した絵本を開き、中身を読み上げた。
「妖精はお母さんの元に鬼の子を残します。お母さんは、鬼の子を子供だと思いこんで、いなくなった子供のことを忘れてしまうんです」
「そ、そんなぁ……」
 アイネは軽くショックを受けている様子。
「でも大丈夫。悪い妖精がさらいにきても、天使様が守ってくれますわ」
 そう締めくくったルーシィドの横で、藍励が微笑む。
「神の使いだからな。困ってたら助けてくれるのは当然だ」
 ククロイが頷く。それから、彼はこう付け加えた。
「妖精は自分に興味を持った相手に悪いことをするからな。こればかりは自分でどうにかするしかないな」
「そっか……」
 アイネは俯いた。
「つまり、私が妖精さんのことが好きだったのがいけなかったんだね」
 好き『だった』……アイネの言葉は既に過去形だ。
「もう、妖精さんなんて嫌いだよ。また私に何かあったら、助けて、天使さん」
 アイネが信頼の籠もった視線を向ける先は、天使――藍励。
 『妖精』によってどん底に突き落とされたアイネの元に、真っ先に駆け付けた『天使』に、アイネは好ましい感情を抱いた。
 ……アイネがその言葉を放った直後、ことり、と音がした。
 見れば、床にコギトエルゴスムが転がっていた。
 説得は、成功したのである。

●彼女の信じるもの
「これは悪い妖精がいなくなった証拠だ。危ないから俺が預かっておこう」
 ククロイがコギトエルゴスムを拾い上げる。
(「妖精型デウスエクス、か。このままコギトエルゴスムを回収し続ければ、何か動きを見せるだろうか……?」)
 考えながら、ククロイはコギトエルゴスムをしまった。
(「アイネちゃんが信じたかった妖精が、どうか幻でありませんように」)
 ルーシィドはしまわれるコギトエルゴスムを見ながら、そう祈った。
「ごめんね。さっきはああ言ったけど、いい妖精さんも本当はたくさんいるよ」
「えっ?」
 藍励の言葉に、アイネはきょとんとする。
「そうです。あの二人も、本当は憎まれ役を買って出ただけですよ」
 カヘルとトリュームについて、ルーシィドは言う。
 藍励が天使かどうかについては、藍励は曖昧にしておきたい様子なので、ルーシィドはそれに触れない。ただ、二人がアイネに嫌われたままなのは、どうしてもルーシィドは避けたかったのだ。
「そう……なの?」
 アイネは数度、瞬きをした。
「でも、私は妖精を信じるのは、もうやめておくよ。怖いし」
 裂かれた絵本をゴミ箱に突っ込んで、アイネは言う。
「私には、天使さんがいる。ケルベロスさんも、いる」
 にっこりして、アイネは頷いた。
「だからもう、きっと大丈夫!」

 少女は妖精を信じることをやめ、天使とケルベロスを信じることにした。
 天使もまた、幻想だ。
 だが、彼女を救うために手を尽くした、ケルベロス5名の意志の輝きは、本物。
 その輝きが、アイネを救ったのである。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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