雪の日の大正義

作者:あかつき


 とある寒い雪の日の事。歩道に積もった雪は、通行人に踏み固められてさながら氷のようだった。
「でさ、試験の日にね……」
 楽しそうに話ながら、雪の中を歩いていく女子高生二人組。制服のブレザーに身を包み、首元にはマフラー、スカートは膝丈で風を受けてひらひらと揺れている。その時。
「きゃっ」
 つるん、と一人のローファーが凍った地面に滑ってしまった。そして、ひらりとスカートが翻る。ちらりと見えたスカートの中。
「もーっ……痛いっ」
 もう一人の女子高生に助け起こされながら涙目でそう言った瞬間。
「危ないなぁ……だけど、それも一つのロマン……。雪の日は女子高生のパンチラ……これぞ大正義っ!!!!」
 拳を握りしめ、向かいを歩いていたエナメルバッグを担いだ部活帰りらしい男子中学生が叫ぶ。そして、彼はビルシャナとなったのだった。


 集まったケルベロス達に、雪村・葵は今回の事件の概要を説明し始める。
「個人的な趣味趣向による『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場で、ビルシャナ化してしまう事件が発生する……今回は、雪の日に凍った地面で転んだ女子高生のパンチラを大正義とのたまう男子中学生がビルシャナ化するらしい。彼をこのまま放置すると、その大正義の心でもって、一般人を信者化し、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々生み出していく為、その前に、撃破する必要がある」
 葵は目頭をおさえ、頭が痛いとばかりに語る。
「大正義ビルシャナは、出現したばかりで配下はいないが、周囲を歩いている一般人が大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険性がある。大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応してしまうので、その習性を利用して、議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などを行うようにしてくれ」
 葵はため息を吐き、そう続ける。
「なお、賛成意見にしろ反対意見にしろ、本気の意見を叩きつけなければ、ケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張し信者としてしまうので、議論を挑む場合は、本気の本気で挑む必要があるだろう」
 男子高校がビルシャナ化したのは大通りの歩道、他にも通行人が大勢いる夕方の駅前。とはいえ、当日は雪が降っているので、高齢者の姿は無いようだ。
「なお、避難誘導時に『パニックテレパス』や『剣気解放』など、能力を使用した場合は、大正義ビルシャナが『戦闘行為と判断してしまう』危険性があるので、できるだけ能力を使用せずに、避難誘導するようにしてくれ」
 そこまで説明した葵は、ケルベロス達の顔を順番に見る。
「大正義ビルシャナは、自らを大正義であるとしんじている為、説得する事は不可能だ。しかし、被害が広がらないようにする事は出来る。みんな、これ以上被害が広がらないように、事件を解決してきてくれ。よろしく頼む」
 そう言って、ケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
除・神月(猛拳・e16846)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
リンスレット・シンクレア(サキュバスのギャル系螺旋忍者・e35458)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)

■リプレイ


「雪の日は女子高生のパンチラ……これぞ大正義っ!!!!」
 ビルシャナへと姿を変じた男子中学生に、あまりに突然の出来事に状況を理解できず、周囲の人々は目を丸くして一瞬かたまる。そして、数秒後。
「うわ……うわぁ!!!」
「きゃあっ!!!!」
 阿鼻叫喚、といった表現が恐らく正しいだろうといった状況。
「ねぇ、助けてっ……立てない!!」
 当の女子高生はというと、凍結した路面に足をとられ……焦りもあるのだろう、立ち上がれず隣の友人へと手を伸ばす。
「やだ、ちょっと待って……!!」
 しかし、手を掴んだ友人も、滑る路面に足が踏ん張れず、なかなか助け起こす事が出来ないでいた。
「……きゃっ!!」
 そして、友人も足を滑らせ、あわや転ぼうかというその時。
「大丈夫か?」
 その背を、駆けつけたエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が支え、事なきを得る。
「あ、ありがとう……」
 友人をしっかりと立たせたエメラルドは、次いで転んだままの女子高生の手を引き、助け起こす。
「助かりました」
 ぺこりと頭を下げる二人に、エメラルドは安心させるように微笑んで、肩に手を置く。
「二人とも無事だな? なら、早くこの場から逃げるんだ。他のみんなも……転ばないように気をつけて、逃げてくれ!」
 本当は光の翼で避難の手伝いをしていきたいところだが、下手にビルシャナを刺激するのも得策では無いだろう。そう判断したエメラルドは、手を振り、声を張り上げ、そして時には手を貸しながら、一般人の避難誘導を手伝っていく。

「分かっちゃうよねぇ、パンチラって一瞬のエロが詰まってる感じするしぃ?」
 その頃、ビルシャナの元へたどり着いたリンスレット・シンクレア(サキュバスのギャル系螺旋忍者・e35458)は、にやりと挑発的な笑みを浮かべながらそう言った。
「そう、パンチラはエロ……いや、それを越えた存在……むしろ、ロマンだ!!」
 ビルシャナは羽毛に覆われた拳をぐっと握る。その瞳は、やたら生き生きと輝いていた。
「何と言うか、また、マニアックな大正義ですね……」
 駆けつけた矢先に聞こえたその言葉、そして拳を握り力説するビルシャナの姿に、旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)はぽつりと呟く。
「ちらりと見えるそこにこそロマンはある……雪の日、寒い中……そんな中にこそある温もり……」
 なかなかポエミーな事を言っている。もしかしたら、彼は元々ロマンチックな中学生だったのかもしれない。
「ビルシャナ化しなければその先の人生で、もっと素晴らしいことに出会えたかもしれないのに……」
 思わず溢した嘉内の本音だが、距離がまだ離れている事もあり、ビルシャナの耳には届かない。
「さて……僕はいつ話しかけましょうか」
 時間稼ぎは、なるべく長く出来た方が良い。嘉内は、議論を引き伸ばせるタイミングを計りつつ、ビルシャナとの距離を一歩、また一歩と詰めていく。
「あたしもまたまだ現役なんだけどさぁ、やっぱ見てみたいー?」
 そんな嘉内の視線の先で、リンスレットはくるりと周り、制服のミニスカートをひらりと広げてみせる。
「っ……な、何……いや、そんなものロマンとは言わない……!!」
 葛藤しつつも、ビルシャナは首を振りその姿を遮るようにして両手を振る。
「なんでぇ?」
 こてん、とあざとく首を傾げるリンスレットに、ビルシャナは叫ぶ。
「不慮の事故によるパンチラだからこそのロマン……それが故意によるものであればそれはパンチラであってパンチラではない!!」
 何やらやたら難解な事を言ってのけるビルシャナに、同じく攻撃の射程圏内まで距離を詰めていた除・神月(猛拳・e16846)は盛大に溜め息を吐いた。
「待ちの姿勢になっちまった時点で情熱が足りねーんだヨ、お前ハ」
 この寒さの中何故か薄手の服を着てる神月。ぺらぺらの布に覆われた大きな胸をたゆんと揺らし、ことさら強調するようにする神月に、ビルシャナはなんとも言えない顔をしていた。
「なんなんだあんた」
 突然の登場に思わず中学生らしい言葉遣いになったビルシャナ。神月はふんと鼻を鳴らし、続ける。
「雪っつったら雪遊びだロ。まだその年なんだシ、無邪気を装って雪をぶつけて、服を透けさせるっつー手段もあるんじゃねーカ? こんな風にヨ」
 言うや否や、神月は横に用意していた雪山をざくりと両手ですくい、頭から勢いよく被る。
「えっ」
 あまりに突然の行動に、ビルシャナは目を瞬く。そんなビルシャナの目の前で、神月のかぶった雪は体温でみるみる内に融けていく。
「っ?!」
 ぶはっ、とすごい勢いで息を吹き出すビルシャナ。というのも、元々薄手だった服が透け、一応着てきた下着が見えてきたのだ。
「おっ、おねぇさんっ……!!」
 口許――いや、嘴許と言うべきか――をおさえるビルシャナ。口ではなんと言おうと、故意のチラリズムも彼の心を刺激するものであったらしい。
「いっそ下着なんて置いて来ようかと思ったんだけどナ……、まぁノーブラなんてお子さまには刺激が強すぎるって事だロ」
 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべる神月に、ビルシャナはぶんぶんと首を勢いよく横に振る。
「な、なななな何をっ……く、くそっ……!!」
 あまりの同様に地団駄を踏むビルシャナを横目に眺めつつ、嘉内は周囲の様子をうかがう。エメラルドが手伝っている分早く避難が出来ているようだが、全員が安全な場所へと逃げる為にはまだ少し、時間が必要なようだった。それを確認し、嘉内はすうっと大きく息を吸う。
「雪の日の女子高生のパンチラが大正義だと? 甘い!」
 まるっきり意識していなかった嘉内からそう言われ、ビルシャナはびくりと肩を震わせる。しかし、彼はすぐに気を取り直し、不機嫌そうに顔を歪めつつ嘉内の方へと目を向けた。
「何……? どういう意味だ」
 問い返すビルシャナへ、嘉内はびしっと人差し指を向けた。
「では台風や強風の日のパンチラは大正義ではないのか!? いや、そもそも雪の日ではその大正義は1年に1回巡り合えるかどうかだし、九州の方に至っては一生に一度巡り合えるかどうかだぞ!? それを大正義と言えるのか!?」
 ものすごい勢いで捲し立てる嘉内に一瞬圧倒されかけたビルシャナはしかし、ぐっと顎を引き、嘉内を睨み付ける。
「台風や強風は確かに魅力的ではある……温暖な地域では雪などそうそう降らない事も理解できる! でも……いや、だからこそ!! 一際寒い一日……眩しく白い雪……年に一度降るか降らないかだとしても……そんな奇跡のような一日の、奇跡のような瞬間!! だからこそ、輝く一瞬があるというものじゃないのか?!」
 わかるようなわからないような主張に、嘉内は頭を振り、敢えて大袈裟な溜め息を吐いた。
「わかってないなぁ……」
 敢えて溜める嘉内に、ビルシャナは不機嫌を隠しもせずに舌打ちする。
「何がだ」
 そんな問いに、嘉内は意味深ににやりと笑う。
「そもそも、男ならパンチラを見るだけではなく、柔らかく温かい女体を抱きしめてあーんなことや、こーんなことを……」
 先ほどの神月の下着の件で判明した中学生の妄想力とウブさ加減を考慮しつつ、具体的な単語を出さず敢えて濁した嘉内に、ビルシャナはかっと目を見開いた。そんなビルシャナに、嘉内は言い切る。
「それこそが本懐であり大正義ではないのか!?」
「そ……それは……っ!!」
 自信に満ちた嘉内の言に、ビルシャナは動揺を露にする。その時。
「避難は完了したぞ!!」
 エメラルドの声に、ケルベロス達はそれぞれの武器を構え、ビルシャナへと向けた。
「くっ……くそっ!!!!」
 明確な攻撃の意思を察したビルシャナは、ケルベロス達へ向けて殺意を込めた視線を向けた。


「パンツ見える瞬間を狙うってゆー男の気持ちも分かんねーでもねーわナ。でももうちょっと経験積んでおけバ、それ以外にも良い意味で目覚めそーだったんだじゃネ?」
 そう呟きつつも、神月はビルシャナがどのように動くかと神経を張り巡らせていた。今回の役目は仲間達の盾として動くこと……神月は激昂するビルシャナを鋭く見据える。そんな神月の横を、エメラルドが駆け抜けた。
「君の抱く欲望を否定するつもりはない。健全な証ではあるだろう……故に、それを利用するビルシャナは断固退治せねばならないのだ」
 暴走した光の翼――電気を帯びた光の粒子を纏い、エメラルドは勢いそのままビルシャナへと突進していく。
「これが私の全力だ――受けてみろ!」
 エメラルドの渾身の一撃を受け、ビルシャナは防御の姿勢を取るも数メートル吹き飛ばされる。
「くそっ……俺の……俺の大正義は……不滅だっ!!」
 しかし、その一撃ではビルシャナは止められない。叫び、ビルシャナは腕を大きく右から左へと薙ぐように振るう。その軌跡を追うように放たれた氷の輪は、ケルベロス四人の中程……エメラルドへと向けられる。
「させねぇヨ!!」
 タイミングを見計らい、氷の輪とエメラルドの間に割り込んだ神月は、その攻撃を諸に受けるが、ぐっと足に力を込め、歯を食い縛り、耐え抜いた。
「ギャルの本気、見せちゃうかんねぇ♪ 良い感じにデコっちゃうからさぁ、大人しくしてなよぉー?」
  まだ神月の体力に余裕があると判断したリンスレットは、秘密の道具を両手に、ビルシャナへと駆ける。
「な、何をするっ!!」
 戸惑うビルシャナを他所に、目で追えないほど素早く動くリンスレット。気がついた頃には、ビルシャナは羽根を毟られ、あられもない姿へと変貌していた。
「似合ってんじゃーん!」
 きゃは、と笑うリンスレット。しかし、ビルシャナにそれに反論する気力は無い。
「ぐぬぬ……!!」
 大事なところを残して毟られた羽根を申し訳程度に隠し、ビルシャナは羞恥に唸る。
「元が中学生とは言え、ビルシャナはビルシャナ……っ。わかってはいるが、しかし……」
 内心の葛藤から、その攻撃の矛先をビルシャナへ向けることを躊躇っていた嘉内。しかし、彼は数回深呼吸し、意を決してきっとビルシャナを見据える。
「……全てを食い尽くす災厄の蝗よ! 我が求めに応じ現れ出でて、彼の敵に滅びをもたらせ! 緑翠蝗!」
 躊躇いは捨てきれないまでも、ケルベロスとしてあるべき姿が嘉内の背を押す。魔法で生み出されたエメラルド色のイナゴの幻影を、鎧装から散布したナノマシンを取りつかせていく。
「う、うわぁっ!!」
 あまりの勢いに悲鳴を上げるビルシャナへ、ナノマシンの無数のイナゴは覆い被さるように飛びかかっていく。
「っやめ……やめろっ!!」
 振り払うように両手を振るうビルシャナを、イナゴの毒が蝕んでいく。
「ぐっ」
 毒の影響もあり、ぐらりと姿勢を崩すビルシャナへ、リンスレットはペイントブギを構える。
「いくよーっ!!」
 元気よく宣言するや否や、リンスレットは塗料をビルシャナへと勢いよく飛ばし、鮮やかな色合いで塗りつぶしていく。
「っぐ!! くそぉっ!!」
 苦しむビルシャナへと、エメラルドがゲシュタルトグレイヴを構え、高速の突きを繰り出していく。稲妻を帯びたその切っ先に突き刺され、ビルシャナはがくりと膝をつく。
「これで終わりだ……!!」
 嘉内が掌からドラゴンの幻影を放ち、とどめを刺すべく魔法を放つよりも少し早く、ビルシャナは自身の身体から強烈な光を放ち、傷を回復する。
「っ……!!」
 そんなビルシャナへと炎が襲いかかり、身体全てを焼き尽くすようにその皮膚を焼いていくが、それでもとどめを刺すには至らず。焼け焦げたビルシャナを視界に認め、嘉内は僅かに眉間に皺を寄せる。そんな嘉内を通り越し、神月が駆ける。
「折角だからナ……喰らい尽してやるヨ!」
 腰の位置で握りしめた拳に降魔の力を込め、ビルシャナへと叩き込む。一発、二発、三発。数えられない程の拳を受けたビルシャナが地面に倒れた頃には、もうその命は尽きていた。
「……変なものに目覚めなければ、いや、そこでビルシャナ化しなければ、中学生で人生を終えることもなかったでしょうに……」
 苦い思いを胸に抱きつつ、嘉内は武器を納め、その亡骸へと黙祷を捧げる。
「もしかすると、私も一歩間違えれば、そちら側になっていたかもしれません……」
 誰しもが抱くささやかな……? 願いを人より強く持ったが故に目覚めてしまった、今は亡き男子中学生に、嘉内は語りかける。
「そーだナ……あと少し、経ってからなラ……もう少し違った方向に目覚めたんだろうガ」
 肩を竦める神月に、リンスレットも小さく息を吐く。
「そーだね……高校生になったら、もっと楽しいコトとかあったのにー」
 自身の経験に照らし合わせ、呟いた。
 そして、エメラルドはぴくりとも動かないビルシャナへと踵を鳴らしながら近づいていく。その傍らに辿り着き、エメラルドは跪く。
「少年の意識が残っているのかどうかはわからないが……」
 そう言いながら、エメラルドは彼の身体を抱き上げる。
「助けてやれず、すまなかった。鎧姿の私では君の望みは叶えてやれないが」
 自身の悔恨を吐き出すように呟くと、エメラルドはビルシャナの頭を、鎧に覆われた胸に埋めるように、抱き締めたのだった。
 そして、ケルベロス達は何とも言えない悲しみを胸に抱きつつ、ヒール作業などの後片付けを終え、帰路につく。彼らを励ますように、白い雪は雲間から僅かに漏れる陽光を弾き、きらきらと光り輝いていた。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月23日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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